あたろーの日記
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旧暦1月3日。 階下の大家さんちに家賃を渡しに行ったら、大きな、手のひらほどのどら焼きをもらった。実はその前、残業中に、上司が、残業している人達への差し入れに、小さな、一口大のどら焼きを沢山くれたのです。 今日はどら焼きの日であります(うそ)。
今月で退職する人の、最後の出社日だった。最後の出社日というのは、寂しいもんですね、数日前にもそんなことを書いたのですが。どうしても、自分の最後の出社日を想像して、自分の時はどんな感じになるんだろうと、ちとブルーになってしまう。人ごととは思えない。いつかはそういう日が、自分にも確実に訪れるので。 今日退職なさった人には、長い間ほんとうにいろいろお世話になった。人知れず気を遣って行動するところは、私も見習わなければならないなあ、と、いつも思っていました。 これから春に向かって、ひとつまたひとつ、と、別れの風景が増えていくのかな、と思うと、やっぱり哀しいものですね。
宇野千代本、読んだ。宇野千代さんの書かれた本は、私の中では「宇野千代本」というニックネームがついています。長らく、宇野千代さんて得体の知れない長生きおばあちゃんであったのですが、最近、とみに気になるお方であります。もうあの世にいらっしゃるけれど。と言っても、千代さんのお総菜本と、『行動することが生きることである』(集英社文庫)をやっと昨日読み終えただけなんですが。 『行動することが・・・』は、確か昨年春頃に買って、ちょっとかじって、最後まで読み終えてなかったのですが、最近の私はたぶんこの本を購入当時以上に必要としていたんでしょうか、昨日は夢中になってしまった。副題に「生き方についての343の知恵」とありますように、千代さん(あえてそう呼ばせて頂きますが)の長く波瀾万丈な人生から得た、千代さんの言葉で綴られた処世の方法、心の向け方、など。 本文はあちこちに線を引っ張って、大事な部分が沢山出来てしまいました。目次の一部を拾いますと、「行動が思考を引き出す」「熱中する、夢中になる、何かが生まれる」「思い込んだことは、その通りになってあらわれる」「忘れることが新しい道へ踏み出す一歩である」「希望を発見することの上手な人は生活の上手な人である」等々・・・。 宇野千代さんは、ほぼ1世紀を生きた方でしたが、おいくつになっても素直で可愛らしい性格の方だったと、本を読んでいて伺い知れました。私も千代さんみたいなおばあちゃんになりたい。あ、そうだ、まだ代表作『おはん』すら読んでませんでした。こんど読もうと思います。
そだそだ、忘れてた、夢の中で、地震が来て騒いでました、私。最近地震がないから、自宅の防災グッズのチェック怠ってた。っつうか、非常食に買ったカロリーメイトも、羊羹も、かにぱんも、とっくの昔にみんな食べ尽くしてしまった。おやつにしちゃった。今度買い足しとかないと。災害は忘れた頃にやってくると言いますし。
旧暦1月2日。 あれ、いつから旧暦の1月になったんだろ。知らなかった。世間ズレしてる私。 出勤しても1日中頭がボーッとしていた。 とはいえ、月末業務があるので、今日明日はちょっと頑張らなきゃいけない。久々残業。でも頭と胸の痛みが続いていてかなりしんどい。って、ここで愚痴ってみる。。。去年から私と同じような風邪を引いていた女性が、今日はほぼ回復よ、と言っていた。私より1週間ほど早く引いたので、では私のこの風邪も来週には治るかな。彼女も先週、頭と胸の痛みに悩まされたとのこと。うむうむ、光明が見えてきた。・・・今日明日明後日ふんばって、仕事がなんとか一段落したら、今週の木曜と金曜はお休みもらって、4連休にして、4日間自宅でぐっすり眠ることに、上司の了解を得た。4日もあれば完治するだろー、との期待がございます。しようがないからうどん買い込んで、毎日土鍋に野菜とうどんで。それか鍋一杯に何か煮込んでおくか。もしくは4日間連続鍋料理? もう、愚痴っぽい1月の日記ですが、とにかく、動けないのはしんどい。あれもやりたいこれもやりたい、と気ばかり焦る。いついつまでにこの風邪が治らなんだらどうせば。。。(田舎の言葉)と思うと尚更身体に毒だ。 会社で、何人かの人に、「布団の中で本読んでるから治らないんだよ」と言われる。ぎく。「本読むの我慢してぐっすり寝ないと」・・・ぎく。 布団の横に、積ん読本置き場と化したこたつテーブルがあって、横になるとそれを見上げる形になる。寝ていると、お腹の上に、時々1冊、ぽろっと落ちてきたりして。
『寄席はるあき』(安藤鶴夫・文/金子桂三・写真/河出文庫)。最近リニュウアルした河出文庫(背表紙がちょっときつい黄色になっちゃった)の新刊。と言っても、1968年に東京美術から出た本を底本をしてある。この前浅草松屋の古書市で買った『わたしの寄席』(雪華社)も同じくあんつるさんこと安藤鶴夫と金子桂三(弘)のコンビ。奥付を見たら、こちらは『寄席はるあき』の2年前の刊行だった。だから、2冊の内容には似たところが多い。ほとんど同じコト言ってる箇所もちらほら。でも、あんつるさんの文章が好きで好きでたまらないので、そういうのは全然構わない。まずは『寄席はるあき』を読みました。読んでいて、昔の、あんつるさんの子供時代の大正から、晩年の昭和30〜40年代の古き良き寄席の風情にどっぷり浸かってしまった。あんつるさんの随筆は、人があまり足を止めないところでふいっと立ち止まって、独り感慨深く頷いている、それでいて、幼い頃から大人びた視点で培ってきた、あんつるさんならではのプライドがちらほらと見え隠れしていて、自分の独特のものの見方を控えめながら提示しつつ、本の向こうで共感してしみじみ涙を流してくれるような、そういう読者を誘っているような感じがある。高田文夫の解説によると、当のあんつるさん、かなり好き嫌いのはっきりした人で敵も多かったらしい。 金子桂三の写真もいい雰囲気。人形町の末広亭の席亭に頼み込み、高座の様子を撮影できたは良いけれど、さすがに、撮影用の光源は使用できないしかも当時のフィルムは感度がよいものでもASA200、それでも、噺家さん達の、表情に顕れたさまざまな含みを、金子さんの写真はしっかり捉えている。柔らかくもシャキッとした噺家の高座の写真。色もの、出ばやしさん、それから楽屋の写真(志ん朝の表情も)、いいなあ。 大正時代か、昭和30年代にちょっと遊びに行ってみたいのであります。
旧暦12月29日。 ひたすら布団の中。朝目覚めて天気の良さに、「ああ、今日はマラソン日和だ」と独り涙をこぼして再び寝入る。新宿シティハーフマラソンというのが今日あって、エントリーしたのですが、参加できず。・・・それから夢の中で、自分がジョギングシューズを履いて、いつものジョギングコースに向かって張り切って歩いていた。いざ走ろう、と腕時計のストップウオッチをスタートさせ、はたと気がつく。「あれ、風邪まだ治ってないんじゃん」・・で、とぼとぼ帰って行く。なんつう夢だ。追い打ちを掛けるような。なんでこんな分かり切ったことを夢に見るかなあ。まったく。 昨日は寝たり目を覚ましたり、で、布団の中で『いつのまにやら本の虫』(出久根達郎・講談社)を読んでいた。職場の本好きの方から戴いた本。出久根達郎は古書店を営みながら味わい深い小説や随筆を書いてきた方。以前、古書の周辺を題材にした短編集を読んだことがある。この、出久根さんの本を5冊も戴いたので、嬉しくて、大事に読んでいるのです。 長年古書を売る仕事をしてきて見聞きしたこと、感じたこと・・・本の周辺の話、ご自分の幼い日のこと、ご両親のこと・・・中でもじーんと来たのは、10年前の東京のガイドブックを探して欲しいと依頼してきた九州のご夫婦。観光目的のガイドブックは、うんと古いか新しいかでないと古書業界では重宝されない。やっと見つけて送ると、届いたガイドブックを手に早速上京して筆者の店を訪ねてきた。聞けば、これからそのガイドブックを頼りに東京を歩くという。娘さんが学生時代を過ごした10年前の東京の姿を思い描きながら。娘さんはしばらく前に事故で亡くなったという。こんなエピソードを読んでいて、ページをめくるのが辛くなってしまうところもあった。 今日みたいな天気のいい冬の1日は、背中にカイロ貼り付けて、マフラーぐるぐる巻にして、うんと暖かい格好をして、ふらふら古書を探しに行きたいのですが。。。 せっかく、神保町にも早稲田にも池袋のジュンク堂にも行きやすい場所に住んでいるのに、つまんないです。あーほんとにつまんねー。 つまんなーい。。。
旧暦12月28日。 朝布団の上でパンを食べて、午前中は出久根達郎の随筆本読むうちに眠って、お昼に再び起きて、シチュウ、それも、大根・里芋・蓮根・人参・セロリ・えのきだけ・レタス・鶏肉、という、ありったけの野菜のごった煮風シチュウを鍋一杯に作った。これで、今日の夕食と明日の昼食あたりまでまかなえるかしらん、と思う。で、さっき、昼ご飯に、出来上がったシチュウを早速、それから玄米ごはんと納豆、冷や奴。良く噛む、良く噛む、とにかく良く噛んで食べる。 それというのも、実は昨日、どうもやっぱり具合悪いなあと思いつつも仕事をしていたら、夕方猛烈にだるさが襲ってきて、あと30分で定時の退社時刻、というところでもう椅子に座っているのもしんどくなって、トイレに駆け込んでみたもののただ為す術なく、しゃあないので救護室に入ってソファーに横になった。胸と頭がだるだるで、一体どうしたんだろうという感じだった。しかし、いつまでも会社で横になっていても埒があかないので、とにかく早く帰宅して家で寝ないと、と、急いで帰り支度をして会社を出た。昨日はカメラ同好会の新年会だったのですが、残念ながら参加できず。 地下鉄に乗りながら、途中の駅でいちど吐き出さないと、自宅まで持たない、と、次第に状況が切迫してくる。あと一駅、もう一駅、と、我慢しながらなんとか乗っていたけれど、九段下駅で限界になり、乗り換えの神保町駅まであと一駅なのにそこで降りて、トイレマーク探す。でも、トイレはあっち、っていうプレートに沿ってエスカレータを上がるも、トイレが見つからない。なんて不親切なんだっ!と、憤るもかえってそれが良かったらしく、一瞬吐き気を忘れたので、急いで再び下に降り、ちょうどやってきた電車に乗り込み神保町まで行くことに。電車のドアが開いて目の前にずらりと空いたシートがあったので、これ幸い、帰宅どきにこんなに座席が空いているとは、とほっとして沈み込むように座る。と、電車が走り出すと、私の前に立っていたスーツ姿のお兄さんが、いきなり、「ハーッ」と言って、両手をぐっ、ぐいっ、ばーっと、ええと、あれはなんですか、空手の型?太極拳?少林寺拳法?ともかくそんなポーズを次々と披露し始める。・・・どうりで座席が空いているわけだ、観客はあたくし1人である。困った。喉の真下まで上がってきていた吐瀉物(になる予定の物)が、再び沸点目指して上昇を始める。お兄さんは、新たな観客が乗車してくるのを待っていたのである。いちど型が決まると、両手両足を揃えて深呼吸をし、次の型に移る。「フーッハーッ」・・・・・・もう、なんとでもしてよ。文句言わないよ、口開いたら飛び出しちゃうんだからさこっちは。どうせ一駅だからここに座ってるわよ。 ようやく(長かった・・・)電車が神保町駅に着いて、エスカレータを上がったすぐ先にあるトイレに飛び込み、飛び込んだら並んでてぎょっとしたけど、すぐ順番が来たので急いで入り、吐こうと思ったらマスクしてた、マフラー巻いてた、ダウンジャケットの前ファスナー開けっ放しだった、で、支度に手間取った。そうこうしているうちにのっぴきならぬ状況となり・・・。 とりあえず、ちょっと生き返った心持ちして再び電車に乗った。お昼に食べたちと油ッケのあるものはひととおり出してきたのですが、まだむかむかする。とにかくだるい。座りたいなあと思っていたら何駅か目で座れた。ほっとして座り、しばらくすると、隣のお兄さんが、「ふふっ」と笑う。なんかねえ、アイドル女性の写真が沢山載った雑誌を真剣に嬉しそうに見ている。それはいいんだけど、きっと好きな人の写真見つけたんだろうなあ、次第にコーフンして「うふふ、うふふ」と笑い声が大きくなっていく。いいよ、全然構わないです、そういう人、よくいるもん。一風変わった人には慣れております。しかし、静かにしていて欲しいときに限って、隣や目の前の人が賑やかだったりするのはどうも辛い。お兄さんはしまいには本文を朗読し始めた。仕方ないのでちゃんと聞いてあげた。 駅前のコンビニで、レトルトのおかゆとシチュウのルーと牛乳を買う。レトルトのおかゆ買うのすんごい久しぶり。先月から風邪を引いていても、胃腸の調子こそ悪けれ、食欲はしっかりあったので、おかゆで済ませようという気は起こらなかった。それがここへきて、さすがにおかゆしか食べられなくなったのでありました。よく立ち寄る駅前のコンビニのお兄さんは、店内に響き渡る声でレジ応対をする。最後は大きな声で「ありがとうーございましたー!」とはきはきと言い、ホテルのフロント係以上に丁寧に、片手を胸の前に置き、もう一方の手は後ろに回して、深く深くお辞儀をする。時々女子高生のグループがそれを見てくすくす笑って出て行くんだけど。とにかくそのお兄さんは、100円のお菓子買っても、何を買っても、そういう風に舞台俳優なみの大手振り身振りで客をあしらうので、レジに並んでいる時から自分の番を考えてどきどきしてしまう。 やっとの思いで帰宅して、さっそく布団を敷いて、喉が渇いたので蜜柑を食べ、おかゆを食べ、早く寝た。 話が長くなりました。だから、シチュウもご飯もよーく噛んで、とにかく消化を良くしているのであります。 また寝ます。
| 2006年01月26日(木) |
しつこい風邪だなー。 |
旧暦12月26日。 風邪が治らず、治ると思ってたのに、しつこく治らず、今週油断してマスク外してたりしたのが悪かったのか、一昨日あたりから再びだるさがぶり返す。今日の午前中、職場を抜けさせてもらい、会社近くの内科へ行った。たしか前回行ったのは今月の6日だったか、だったので、約3週間ぶり。先生に、「いちど治ってまた引いたの?」と聞かれて、「いえ、治ってないんですずっと」と答える。沈黙。 最近の聴診器は性能が良くなったらしく、服の上からでもOKらしい。先生が、「(フリースジャケットの)ファスナーだけ下げてくれる?」と何度も繰り返しているのに、私ときたら全然聞いてなくて、一生懸命セーターをスカートのウエストから引っ張り上げて、お腹をぺろーん、と出す。先生、「あ、いや、お腹はいいから、首のほうファスナーだけ下げてくれれば」「あ、すいません」そうでしたそうでした、と、お腹引っ込めて、首の上まで引っ張り上げていたフリースのファスナーを胸の辺りまで下ろす。で、聴診器。・・・やっぱり気管支ちと炎症気味。どうりで頭痛とだるさが続くのです。前回と違う薬、しかも6種類も受け取って帰ってきた。 今度の日曜は、ハーフマラソンの大会にエントリーしてるのに、ここ1ヶ月はジョギングも、自転車乗りもしていない。まだとても走れるわけなくて、悔しいのですが、泣く泣く不参加の予定。どうしてでしょうねえ、風邪を引いてからもう1ヶ月、ジョギングもサイクリングも我慢してきたし、お散歩すらしてない、お出かけと言えば本屋か落語か近所の居酒屋だけでしたのに。ぜんぜん不摂生してないよねぇ。。。それもこれも、早く風邪を治して元気になりたいがためなのに、どうして治らないのでしょう。ずっと頭と胸が痛くて、いい加減しんどいですだ。 悔しいのですが、この土日はひたすら眠ることにします。明日1日、会社頑張ろう。
旧暦12月25日。 昨夜は会社の歓送迎会で、酔っぱらって帰宅したために書かずに寝ちゃいました。すいません。 送別会というのは、寂しいもんですよね。広い世の中で、毎日数えきれないほど多くの人達と視線も言葉も交わすことなくすれ違っているけれど、そういった中でお互い顔も名前も覚えて、仕事を一緒にする仲間になって、何億といる人間の中のごくごく一握りの人達としか、自分の一生の中でそういうつきあいをする人は現れないわけだけど、そのごくごく一握りの人達とも、いずれ、別れて、お互いまた何億という人達の中に紛れ込んでいく。自分の一生のうちで、そういう風に関係する人達って、一体どれくらいいるんだろう、と考えてしまう。何千人?何万人? でも、その、何千人か何万人かの人達の全てと送別会が出来るわけでもないんだなあ、とも。送別会をしないまま、それが互いに顔を見合わせる最後の瞬間だとも気づかないまま別れてしまう相手のほうが圧倒的に多い。当たり前だけど。私は不精なほうだから、「今度会おうね」と口約束だけしつつ、いつの間にか疎遠になってしまった知人もいたり。たまたま道ですれ違い挨拶した数日後に相手が亡くなってしまい、結果的に路上の会話が最後の別れになったりと。 色んな人と出会ったりすれ違ったり会話したり一緒に仕事したり。そういう自分の毎日って、いったいどういう意味を持ってるんだろうって、送別会の時いつも思いめぐらせてしまいます。 理屈っぽいですね(笑)
銭湯の湯船に浸かっていたら、浴室内を、1歳半くらいの男の子がギャンギャン大声で泣いている。見ると、30代前半とおぼしき母親が、いらついたように風呂桶を持って歩いていく。その後ろを男の子はひたすら泣きながらついていくのだけど、母親は少し立ち止まって、彼が自分に追いつこうとするのを見ていながら、そのくせ追いつかれようとすると再びそっぽを向いてすたすた歩き出す。男の子のほうは、母親が自分を振り返って、距離が縮まると泣き声がそれでも落ち着いたものになるけれど、母親がまた自分をほうって歩き出そうとすると、いっそう泣き声を大きくして、必死に母親についていこうとする。その後母親はさっさと浴室の外にある露天風呂のほうへ出て行ってしまい、男の子だけ取り残されて、みんなが体を洗っている浴室内で、ずっと大声で泣き続け、泣きながら、今度は周囲の、髪を洗ったり体を流したりしている女性達のそばへ順番に近づいて、それはいったいどうしようというのか分からないのだけど・・・母親だと勘違いして近づいたのか、それとも母親以外の女性に優しくしてもらおうとしたのか、・・・見ていて胸が苦しくなるくらい気の毒だった。母親はまるで自分には関係ないかのように露天風呂に行ってしまったし、男の子の泣き声は浴室中に響き渡っているしで、みんな困惑。私もお湯の中から一部始終を見ていて、いったいどうしたらいいんだろ・・・と、思っていたら、別の湯船にいたおばさん達が4、5人揃ってお湯から上がってきて、「危ないよ、滑って転んだら」等々言いながら男の子を抱き上げ、母親に詰め寄っていた(裸のおばさん達が集団で母親を叱る様子はちょっと怖かったです・汗)。 幼い男の子が裸で、自分を守ってくれるのは母親だけ、頼れるのは母親だけ、と、必死に泣いて訴えている姿が、強烈に印象に残った。
旧暦12月23日。  今日のわんこ。 ・・・昨日よりなんだか小さくなって。
河野多恵子『小説の秘密に関する十二章』を読んで、自分の今までの小説の読み方があまりにも拙かったことに愕然とした。あまりにも安易な視点でこれまで読んできた。読んでいて自分が理解できない小説、面白くない小説は、途中で放り出したり、ざっと流すように読んだり、或いは名作だからと無理矢理字面を追うだけだったり。 そういう読み方をしてきたので、谷崎も三島も漱石も、ほんとうに読めたかどうだか、かなり怪しい。実はそういうことで、昨日からちと落ち込んでました。 実家に、母が昔買った文学全集があって、十代の頃、ちょっとずつ囓りついてはみたものの、『卍』とか『虞美人草』とか、『仮面の告白』とか、何が書いてあるのか理解できないまま、こんなものかなあ、と読んでしまった。 30代も半ばを過ぎようとする今、自分の読書の質と量が、圧倒的に不足していることを痛感している。謙遜なんかではなくて、本気でやばいと思っています。40歳になるまであと数年のうちに、今まで自分が敬遠してきたり、過去にさらっと読んで分かったつもりになっていた作家や、理解できずに放り出した作家のものを、片っ端から改めて読んでいこうと思います。
旧暦12月22日。 日中は自宅にて本を読んだりちょこちょこ掃除してみたり。 机の前に丸まって本を読んでいると、時折、雪をジャッジャッと踏みしめて歩いていく音が聞こえてくる。それが心地よくて、余計静けさを感じて、で、安心する。そうか、田舎の冬の音なんだ、自分が子供の頃から聞き慣れた雪の音だからだ、と納得する。雪が沢山降り積もった翌日、青空の下を、長靴を膝まで埋まりながら、まだ誰も歩いてない雪の原に、自分の足跡をつける競争なんて、よくやったよなあ。 『小説の秘密をめぐる十二章』(河野多恵子・文春文庫)を読む。『文学界』に連載されていた当時、時々買って読んでいたけれど、文庫になったので再び読む。沢山線を引きながら読んだ。小説を書く人が心しておきたいことが書かれている。よくある、いかに受賞するか、という類の本ではなくて。特に面白くて示唆に富んでいたのは、小説の構造についての章。芥川龍之介と谷崎潤一郎がからんだ小説の筋についての論争。
それで、久しぶりに芥川龍之介の短編を読みたくなって、『羅生門・鼻』(芥川龍之介・新潮文庫)を読む。 当たり前だけど、十代、二十代、三十代で、同じ小説を読んでも、感じ方は全く異なる。今までに読んだことのない小説を読むのも楽しみだけど、かつて読んだものを再読するのもまた楽しいんだな、と思う。
夕方、深川江戸資料館小劇場にて、今年1回目の「さん喬を聴く会」。今日はいつもと違い、日曜の開催(いつもは土曜日なのだけど)なので、落語仲間でもある友人は来られず、近場に住む私だけ行ってきた。そうなんだよね、翌日仕事だと思うと、確かに日曜は帰宅が遅くなるのを躊躇してしまう。 しかし、会場に着くと、満席で、補助席も出る大盛況。若い人の姿がまた一段と増えた。すごいなあ、さすがさん喬師匠。 柳家さん弥「千早ふる」、柳家さん喬「うどん屋」、と続いて、林家正楽の紙切り、最後は再びさん喬師匠で「御神酒徳利」。さん喬師匠の噺は今回は泣かないで聴けた(笑)いつもジーンと泣かせる人情噺ですが、今日は「御神酒徳利」で、ちょいといたずら心で易者の真似事をした棒手振りの八百屋が、ほんものの易者と思い込まれた挙げ句、失せ物探しのためにお得意さんである旦那と三島まで出かけていく羽目になり、ハラハラ冷や汗かきながらなんとか切り抜けつつ・・・という爆笑もの。ほんとは易者でもないのに、失せ物探しのスペシャリストに祭り上げられてしまった八百屋の、慌てつつもやぶれかぶれの、それでいてどこか飄々として堂々とした占いっぷり、それも「そろばん占い」という訳の分からない占い方法に、みんながだまされてしまうさまが面白かった。 今回のゲストは紙切りの林家正楽。正楽さん大好き。三味線に合わせて体を左右に揺り動かしながら紙を切る。今回は普段の寄席より時間が長くて、お客さんのリクエスト含め、藤娘、お正月、梅に鶯、千秋楽、七福神・・・それから、これは初めて見た、こんなのが見られるなんて嬉しかった、というのが、最後、懐メロや美空ひばりのメドレーに合わせて、予め準備してきた沢山の紙切りの絵を、ステージのスクリーンに、正楽師匠自らが次々と映し出していく、影絵スライドショー。一番最後の、「川の流れのように」に合わせて、舟に乗った沢山の人々、キャラクター(サザエさん一家やアンパンマンや犬、それからさん喬師匠や正楽師匠ご自身まで)が画面を横切っていくのは、楽しくて、会場大爆笑。それでいて、何故か、ジーンと来て、たぶん、美空ひばりの歌声と、正楽師匠の一生懸命さに打たれてしまったんだと思うのですが、涙が出てしまった。なんつうか、私の言葉ではうまく言い表せないのですが、すごい芸術作品を見たような気分で、それがステージの上で這いつくばって懸命に紙を動かしている正楽師匠の姿と、スクリーンに映し出される見事な影絵とのコントラストなもんだから、笑いつつも泣いてしまうという・・・。ともかく、面白かったです。楽しかったです。
自宅近く、喫茶店の前に、大きな、私の肩くらいまである、白い犬と、子犬のペアが。雪でよくここまで作ったなあ、と感心してしまい、これまた感動してしまい、融けてしまうのが気の毒なので、その前に撮影。前足なんてほんとかわいくできてた。これまた芸術作品なのでした。
| 2006年01月21日(土) |
雪がふるふる雪みてをれば |
旧暦12月22日。 朝、寒くて出られずに布団の中でもぞもぞしていたら、大家さんがアパートの周囲や外階段を雪かきする音と、近所の人達との会話で、どうやら外が積雪だと知る。 ようやく意を決して布団から這い出し、外を見ると、わあ、凄い雪だー。嬉しくなって、積もった雪をすくい上げて、つぶてにする。ふわふわと柔らかい雪に手を突っ込むのが気持ちいい。 読み終えた本の中から、時代小説や随筆など、両親の好みそうなものを選んで、母の気に入りのお茶などと一緒に段ボールに詰め、えっちらおっちら雪の中をコンビニまで運んでいく。まさかこんなに降るとは思わなかった(夕方までに都心の積雪量は9センチだとか)、こういう日に限って雪が降る。今日出した荷物は、新潟の実家に明日の午前に着きますでしょうか。ちょっと難しいかな。 夕方、早めに銭湯に行き、またカップ酒を買って帰り、肴を作って早めの晩酌を始める。今日はまぐろのユッケ風サラダ、大根と厚揚げの薄味煮、と、突然食べたくなってスーパーで買ったお稲荷さん。まぐろのユッケ風サラダは、スライスした玉葱とルッコラなどを合わせて皿に敷き、その上にまぐろのたたきを乗せ、真ん中に卵黄をちょこんと。最後に、すり下ろしにんにく+ごま油+醤油+コチジャンを混ぜたたれを上から回し掛けるだけ。 ちびりちびりと熱燗を呑みながら、窓の向こうに降り積もる雪を感じ、しんみりと、山頭火の句集をめくる。
雪がふるふる雪みてをれば
雪へ雪ふるしづけさにをる
ここにかうしてわたしをわたしをおいてゐる冬夜
しんみり雪ふる小鳥の愛情
雪のあかるさが家いつぱいのしずけさ
今夜は、雪が出てくる句を見つけると、ちょっと嬉しくなってしまう。 それから、借りてきたDVD『続・座頭市物語』(1962年大映)を観る。勝新の座頭市シリーズ第2弾。物語は第1弾座頭市から1年後という設定。市が、1年前にいた土地を再び訪れ、そこで実の兄と巡り会い・・・という話。共演は、勝新の実兄城健三郎(若山富三郎)。それから、若き日の水谷良重がなんともしっとりした良い雰囲気。ずば抜けて美人、というわけではないのだけど、眼と唇に色気があって、さっぱりとして芯の強い女性を巧く演じている。 で、やっぱり今回も泣いてしまう。泣いてしまうのだけど、74分というのはあっという間の短さで、「え、これで終わり?」と最後はちと呆然。 だけどそれでも面白かった。
旧暦12月21日。 寒いー。 残業そこそこに帰宅。途中でDVDを返してまたレンタルしたいので、地下鉄ではなくて山手線にて。渋谷から山手線に乗ったら、電車が遅い。代々木で10分ほど停車。大久保辺りでもまたしばらく停車。田端あたりの線路に、「お客様」が立ち入ったそうで、その「お客様」の身の安全を考慮して、山手線全線ストップしているとの社内アナウンスが。 ・・・・さて、線路に立ち入っているお人は、果たして「お客様」なんでありましょうか。電車に乗っていると、よく、こういう事態に出くわして、こういうアナウンスを耳にするのですが、いつも疑問に思う。電車に乗ったりホームに大人しく待っている人は、確かにお客様なんですけど、正しいお客様は、線路に立ち入ったりはいたしません(間違って落ちてしまったとかいうのは別として)。ちゃんとお金を払って乗っている我々と、線路に立ち入って電車を止めている人が、同じ「お客様」とは納得がいかないよなー・・・と、満員電車で半ば酸欠貧血になりながら、電車が動き出すのを待っていたのでありました。 ほんとは車掌さんだって、「線路に立ち入ったバカヤローがいまして」と言いたいんでありましょう。しかし、そう言ったら最後、こんにちではすぐに大問題となってしまう。 ようやく「お客様」の身柄が確保されて、電車が動き出して、レンタル屋さんのある駅で降りて、そいで、駅前の書店&レンタルビデオ屋さん(今じゃDVD屋さん)に入って、座頭市シリーズ第2弾と、黒澤映画を借りて、書店で雑誌『クウネル』『カメラ日和』を買って帰宅。今夜は自宅で雑誌をめくりながら、ゆっくり晩酌。ワンカップ酒を2本(Gさん情報誌さんきゅう)買ってきて、小鍋で熱燗にして、肴は作り置きのきんぴらごぼう(今週は弁当作りさぼったからすごく残っている)と、エリンギと舞茸のオムレツ。 明日は東京でも雪が降るとか。で、明日はセンター試験。職場の上司のお子さんが受験なので、残業中にその話を聞いていたら、十数年前の自分のことを思い出した。 私の時はまだ「共通一次試験」でして、実は、お恥ずかしいことに、私は試験の2日ほど前に、学校の体育の授業中に、バドミントンで足首を捻挫した。それで、なんと、ギブスをはめて、松葉杖で受験会場へ。その日の新潟市はたいそうな雪で、やっぱり、交通機関もマヒ。私は友達と一緒に、父に車で1時間以上かかる新潟大学の試験会場へ乗せて行ってもらい、試験会場では松葉杖姿にみんなの同情を戴き、で、足の怪我とはまったく関係ないのですが、理数系が平均点以下という笑うに笑えない結果に当然一浪いたしました。だいたい、受験直前にはみんな慎重になるのに、いくら体育の授業だからって、本気出してはしゃぎ回り、挙げ句捻挫するんだから、最初から結果は見えているようなもんでした。だいいち、好きな科目以外は全く勉強していなかった、というか、理数系の理解力が皆無でした。 「雪」「受験」から、十数年前の自分を思い出して、つくづく思うのは、あれから相当歳をとったのに、相も変わらず怪我ばかり(特に捻挫)しているなあということです。 人間って、成長しないもんですね。
旧暦12月20日。 ここ数日、暖房のいらない朝だったのに、昨夜から寒くて。 今朝、あんまり寒いのと眠いのとで、おべんと作るのめんどいなー、と思いながら冷蔵庫覗いてたら、今日が期限切れの豆腐発見。パックのまま鞄に入れて、お昼は会社でお弁当を買って、豆腐も一緒に食べることにした。 帰宅して今気がつきました。 豆腐の存在をすっかり忘れていた。 それで、何故か、こんな夜中近くに、豆腐だけ食べてます。 一体何のために豆腐を会社まで持っていったのか。 冷たい。
嬉しいこと3つ。 会社で、友達が、山崎まさよしのベストアルバムをCDRに焼いて、ラベルもちゃんとつけて、くれました。最近、やままよ(って言うんですね)がいい、歌が上手いし曲もいい、って私がホロホロになっていたところ、「じゃあ」と、作ってくれた。わーい!私の知っている曲、知らない曲、沢山入っているので、聴き応えがあります。早速iPodに入りましたです。 別の友達が、4月に東京ドームで行われるBON JOVIのライブチケットをゲットしてくれた!イングヴェイはなんとかチケット取れたけど、ボンジョビは入手不可能だろうと思って最初から行くのを諦めていたのですが、強運な友達が申し込んでくれて、見事入手。ありがたやー!4月は燃えるぞー。今度は私以上に(たぶん)ノリの激しい人と一緒です。わーい!すごく楽しみです。 今日、会社の、隣の部署の部長さんから、饗庭孝男の本を7冊も戴いた。これもすごく嬉しい。ご自宅ほか郷里の蔵も本だらけ、というもの凄い読書家であります。以前、この方の縄張りである神保町の古書店街のとある場所で、私が古本を漁っているのを見かけたそうで、それ以来、本についての情報をいろいろくださるようになった、本(特に古書)の大先輩。今、溢れんばかりの蔵書を整理なさっているそうで、私にも、会社に持って来て、ちょこちょこ分けてくださるとのこと。もう感涙ものです。身近に本に詳しい方がいるというのはなんとも幸せな話で、いろいろ学ばせて戴いております。
・・・午前中、ちょっとした用事があって、実家に電話するも、ただただベルが鳴り続けるだけで、留守のよう。留守電にもしてない実家(私もだけど)。あれえ、オヤジ、退職してウチでゴロゴロしてるんじゃないの?と、父の携帯電話にも電話。すると、電源が入ってないか電波の届かないところに・・・とのアナウンスが。それから何度か電話して、夕方ようやく実家の電話に父が出た。昼間ずっと出掛けていたそうで。 「お父さんさぁ、なんで携帯電話ずっと圏外なの?電源入れてないの?」 「おお、お父さんはな、携帯電話使う用のないときは、電源切って家に置いて行くんだ」 ・・・それじゃあ携帯電話買った意味が全くないんだけど。 だいいち、携帯電話を絶対使わないって、出掛ける前に分かるわけ? いろいろ反論したい娘ではあったが、長年の付き合いで、言っても無駄なことは重々承知なので、黙っておいた。 だいたい、年末に帰省して現場を目撃したから驚いたのだけど、たまに忘れずに携帯電話を持って外出しても、電源を入れ忘れたままなので、どっちみち意味がないのであります。車の運転席の父から、助手席の母が携帯電話を受け取って、妹に電話を掛けようとして、「あれ、これ、電源入ってないの?ねえ、電源って、どうやって入れるの?」と後部座席の私に聞いてきた。ウチの両親は、とんでもなく時代遅れだ。 しようがないよなー。 ちなみに母は携帯電話を持っていない。 父以上に使いこなせないので。
| 2006年01月18日(水) |
ポール・オースターと向田邦子。 |
旧暦12月19日。 ライブドア、いつかはこうなると思っていた。「人の心は金で動かせる」と言ってはばからない金の亡者が、テレビはじめとするあらゆるメディアや政治の舞台にまでに頻繁に登場し、著書(それも金儲けの本ばかり)が書店で平積みされたり。こういう人がもてはやされる今の日本って、かなり異常だと思う。ホリエモンを持ち上げて露出度を上げたマスコミ、政治家、経済人・・・みんな、株価操作の共犯者でしょう。今さら被害者面するなよ、それより自分の価値観を見直せよ、なあんて思っちゃうんですけど。言い過ぎですかね。。 お金も大切だとは思うけど、いつも「カネ、カネ」と言ってばかりの人からはつい逃げ出したくなるのであります。 『シティ・オヴ・グラス』(ポール・オースター/訳・山本楡美子・郷原宏/角川文庫)を読んだ。ポール・オースターの小説は初めて。都会に住む人間の孤独を、こういう形で描く作家なのだと、読み終えてしばらく考え込んでしまった。起伏のある物語ではない。ちょっとミステリーを期待していたのだけれど、結局違うところへ読み手は連れて行かれてしまう。そして後に残るのは哀しい空虚感。けれど、読み始めに持っていた期待は、そのまま持ち続けて損はない本だった。 読みかけだった『思い出トランプ』(向田邦子/新潮文庫)を読み終える。実家の母の本棚にこの人の本が何冊かあって、だから、私も実家でこの『思い出トランプ』の親本を読んだことがあるのだけれど、十数年ぶりに読み返すと、つくづく、向田邦子という作家の恐ろしさにぞくっとさせられる。短編集なのだけど、どの作品を読んでも、人間の、日常のふとした拍子に生まれる心理を、鋭くすくい上げてある。自分が大人になって、酸いも甘いもある程度知った年齢になったせいか、この作家の切り取る場面の的確さに、読んでいて打ちのめされてしまう。向田邦子が半世紀しか生きられなかったのは、多くの読者にとって不幸だ。
旧暦12月18日。 復活の日は近い。 と、信じるのであります。 職場で、私と似た症状の風邪に、去年の暮れ、私より数日前に罹患して、やっぱりまだ治らない女性がいます。私たちが風邪でぐずぐずだるだるで休んだり寝込んだり眼を充血させたりごほごほやってる間に、他の人達はみんな治っていく。なのに、私たちだけは(と書いても相手の女性はこれを読んでるわけじゃないのですが)、ずーっと引いたまま、いい加減周囲にも不摂生と思われやしないか心配するのですが(実は言われてたりします)、彼女もいぜん風邪マスクなので、仲間がいるというのはこうもほっとするかな、と、ちと安心。昨日彼女が午前半休で医者に行った午後、私が早退。今日もマスク同士「まだ治らないよねえ〜」と情けない会話。 しかし・・・ほんとに・・・どちらが先に治るでしょうか。 治るでしょうか。
不摂生ではありませんが、会社帰りに久しぶりに神保町で途中下車。三省堂書店に寄って『男の隠れ家』2月号を買う。特集は「156人の384冊・愉悦の読書空間」。『寄席はるあき』(安藤鶴夫文/金子桂三写真・河出文庫)『室生犀星詩集』(新潮文庫)『ジャズ・アネクドーツ』(B・クロウ・新潮文庫)。 三省堂隣のビル5階にある古書モールにも、久しぶりに入る。『東京物語考』(古井由吉・岩波書店)を見つける。これは嬉しいな。読みたかった本だ。しかも状態が良くて500円というのも(^^)。ここで残念ながら時間切れ。閉店になったので振り返り振り返りしながら店を出る。 悪い夢を見た。 風邪で長いこと寝込んでいて、起きて布団から出ようとしたら、足元からゴキブリが4匹ほど、ダダダーッと飛び出してきた。ぎええっ。夢の中で硬直する私。そこで目が覚めた。最悪。 正夢になりませんように。
旧暦12月17日。 体調がすぐれず、昼過ぎに会社を早退。なんか、まだダメだなー。早く風邪を治してしまいたいです。 ということで、早く寝ます。
| 2006年01月15日(日) |
『続・男はつらいよ』 |
旧暦12月16日。 昨日とはうってかわって朝から青空。着込んでいた服を1枚脱ぎ、また1枚脱ぎ。いやに暖かいなあと思ったら、東京は4月並の陽気だとか。なるほど、と暖房を消して、セーター1枚になって、昼過ぎから部屋の大掃除。年末にやらなかったから、わりと一生懸命掃除した。ちょっとすっきりして気持ちがいい。夕方はお弁当のおかずとか煮物作り。野菜の値段が高騰している。この前鍋にニラを入れようとスーパーを覗いたら、ニラが1把198円で、びびった。・・・こういう時、契約農家から仕入れた野菜を宅配してくれる大地宅配のようなシステムはほんとにありがたい。葉付き大根、里芋、人参、白菜、セロリ・・・。育ててくれた農家の人達の名前も場所のメモも、野菜とともに届けられる。ありがたいことです。 銭湯から戻ってすぐに晩酌の支度。出来上がった煮物やきんぴらをお皿に盛って、芋焼酎のお湯割り準備して、借りてきたDVD『続・男はつらいよ』を観ながら呑む。1969年公開。寅さんシリーズ第2作目。寅さんは高校時代の恩師に巡り会い、自分がかつていじめていたその娘さんに惚れてしまう。また、京都で、自分の実の母親と再会するも・・・。・・・前半は相変わらずの寅さんの荒天破ぶり。しかし、後半は、もう、いろいろありすぎて、寅さんと一緒に泣きっぱなし。ほんと、泣きながら観てました。マドンナは佐藤オリエ、寅さんのライバルに山崎努。恩師に、東野英次郎。最初、山崎努だとは気がつかなかった。あ、そうそう、寅さんの母親に、ミヤコ蝶々。いい味出してます。 風邪は、あと一息で治りそう。身も心も活動的になってきた。体調が悪いと、何事にも意欲が湧かない。健康であることのありがたさを改めて知った。たかが風邪、されど風邪ですね。
| 2006年01月14日(土) |
松屋浅草古本まつり。 |
旧暦12月15日。 午前中は布団の中。元気の良い休日なら、会社のある平日よりも早起きして張り切るのに、今日は朝ご飯食べて再びもぐる。『鬼平犯科帳』などをめくりながら、うとうとして、手から文庫本がこぼれ落ちるを感じながら眠りに入る。そういう寝入り方はなんだか幸せ。。。 昨日読んだ本。『三人噺・・・志ん生・馬生・志ん朝』(美濃部美津子・文春文庫)。これがすんごく面白かったです。去年読んだ『びんぼう自慢』(古今亭志ん生・ちくま文庫)とセットで読むとさらに面白いかもしれませんです。今を再び時めく噺家故古今亭志ん生の家庭のあれこれを、長女である美濃部美津子さんの眼から描いたエッセイ。芸事以外はなんの役に立たないお父さん(志ん生)と、その血を受けながらそれぞれに芸の道へのめり込んでいった弟達(馬生・志ん朝)と、破茶滅茶な亭主を支えながら子供達を育て上げたお母さん。どう考えても普通ではない芸人一家のあれこれを、身内が語った本は、なんとも面白くて、一気に読んでしまった。 志ん生が戦中、満州に慰安に行ったくだり。志ん生本人による『びんぼう自慢』では、満州に行った理由を、大好きな酒が沢山飲めるから云々とかなり強気に書いているけれど、娘の美津子さんによれば、実は、空襲警報のたびにパニックになって、防空壕からさえも1人逃げだして迷子になる父を、子供達が面倒見切れなくなって、満州行きの話が出たときに、お父さんが怖がっている空襲に遭わなくて済むのと、空襲のたびにパニクったお父さんに振り回されずに済むという理由で、行くのを勧めた、という話。私は志ん生の『びんぼう自慢』を先に読んでいたので、この、美津子さんの本を読んで、「なんだあ、話が違うじゃん」と笑ってしまった。 美津子さんが語る志ん生一家のエピソードは、どれも温かくて、家族に対する愛情が溢れていて、志ん生に対する美津子さんの気持ちは勿論、50代でなくなってしまった弟志ん朝の話もまた、読む者をじーんとさせてしまう。志ん朝が亡くなった時の話。胸がいっぱいになる。。。 午後、お昼にうどん(また・・・)食べて再び布団にもぐっていたら、なんだか体がラクになったような。。。それで、ガバッと起きあがり、近所の銭湯に飛び込み、急いで、と言っても夕方になりましたが、バスに乗って、浅草の松屋へ向かった。 バスの中では、本を読むと酔ってしまうので(電車は平気なんですがバスはどうも)、iPodで志ん生の落語を聴いていた。そうしたらシンクロニシティが。志ん生の「千早ふる」を聴いていたら、噺の中で志ん生が「・・・・・(竜田川は)大関だ」と言うのと、バスのアナウンスが「次は大関横丁〜」と言うのが、ほぼ同時だった!わあ、びっくり。こうして文章にするとたいしたこともないように見えてしまうのですが、結構びびった。ぽかん、と口をあけて、イヤホンを外して、しばらく社内アナウンスを聴いてから、再びイヤホンを耳に入れて、巻き戻しして確認。へへ、面白いねえ、と、1人ニヤついた。 松屋浅草では、第9回古本まつりが開催中で、いてもたったもいられなくて、出掛けたのでありました。折しも雨が本降り。久しぶりに激しい雨を東京で経験。しかし、体調も少し良くなったことだし、雨なので、客足も鈍るだろうと踏んでのことであります。といっても、会場に着いたのは午後6時。あんまり長居したらまた風邪がぶり返しそうだし、ちょうどいい時間かも、と、閉店7時半まで急いで見て回る。急いで、のつもりではなかったのに、着いてみたら会場が結構広かったので、少し慌てた。慌てながらも購入したのは3冊。『わたしの寄席』(安藤鶴夫・雲華社)1,050円。『聖』(古井由吉・新潮社)500円。『定年後』(岩波書店編集部編)800円。最後の『定年後』は、どうも、定年後の日々の過ごし方の下手なオヤジにと。・・・長年仕事を忠実にこなしてきた人間というのは、どうも、平日に自分の自由時間を謳歌することに罪悪感を感じるものらしく、平日に会社を休んでまで遊び回りたい娘としては、見ていて(離れていてもこういうのは見えてしまう)気の毒としか言いようがない。 他に興味を惹かれる本もあったのですが、予想よりも高かったのと、時間がなくなったのとで、これは潮時かな、と、退散。まだ風邪が治りきってないのと、お財布の中身と、家にある積ん読の山に対する罪悪感で、諦めがつき、帰宅の途に。 自宅近くまで来て、久しぶりに近所の居酒屋へ入り、買ってきた本をめくりながら熱燗。お酒を呑むのは、お正月に実家で口にした以来。ここの熱燗は、常に湯に入れてあるらしく、注文するとすぐに出てくる。たぶん、ツウの人からするとこれは正しい熱燗ではないのかも知れないけど、私は結構好きです。十分酔うし、なにより熱い。お銚子をつまむのすら命がけの熱さなんですが、「あち、あち」と思いながらおちょこに注いで、きゅっと口につけるのがなんとも幸せなひととき。 浅草からのバスの中で、ちょっと車酔いも手伝ってか、再び頭痛と熱っぽさが襲ってきたのですが、熱燗で救われました。久しぶりに、心底、「美味しい」って思いながら呑んだ。 明日は念のため、1日大人しく寝ていることにします。 来週は風邪引きもう嫌ですよ、ほんとに。
旧暦12月14日。 今日がほんとの討ち入りの日かな? 昨日風邪が治ってきた!なんて調子に乗って帰宅後DVDなんて観ちゃったもんだからか、今日再びぶり返す。頭痛とだるさと、今度は腹痛。残業しないで会社を出る。 と、まっすぐ帰宅する前にちょっと高田馬場。BIGBOX古本感謝市を覗く。・・・しかし、寒いのとだるいので、『万年筆の旅』(吉村昭・文春文庫)を買って早々に退散した。・・・と、あとちょっとで自宅、というところで、レンタル屋さんに寄って、『座頭市』を返して、寅さん2作目を借りて、こんどはほんとに帰ってくる。 夜遅くになって雨が降り出した。東京で聞く久しぶりの雨音。これが東京だけならいいんだけど。雪が降り積もった地域で、雨と気温の上昇が、この週末にあるとか。雪崩の被害がないことを祈るばかり。。。 今夜は早く寝ます。
旧暦12月13日。 レンタルのDVDで、『座頭市物語』(1962年大映)を観た。 主演は勿論勝新太郎、共演は天知茂。勝新の座頭市シリーズ第一作。 お正月に実家で観たテレビ番組、・・・と、手元の手帳をめくると、新聞のテレビ覧の切り抜きが貼ってあるのですが、元旦のNHK『知るを楽しむ・私のこだわり人物伝SP』(昨日の日記にも書いた番組です)の中に、市川雷蔵の話も出ていて、当時彼のライバルだった勝新の座頭市シリーズについても触れられていた。それを観ていて、「よし、今年は座頭市シリーズを順番に観ていくぞ」と決心。座頭市シリーズの前身ともいえる作品『不知火検校』(1960年)も含めて観てみようと。で、借りてきたのはまずは『座頭市物語』。これが面白かったです。天知茂演じる労咳の浪人が凄い。死期が迫っているのが登場時点で分かるほど。市とは互いに同じ匂いを嗅ぎ取って、心から親しめる友となるも、運命は2人を殺陣の渦の中に引き込んでしまう。しかし、結果はおそらくそうなるであろうと思いながら観ていても、天知演じる浪人、平手の生きざまに市同様にじーんとなってしまう。天知茂って、若い頃あんなに格好良かったんだ!・・・それにしても、市の居合切りも凄いなあ。動きが速い。 嬉しいことに、私がよく行くレンタル屋さんには、座頭市シリーズと寅さんシリーズが勢揃いしてます。今年は寅さんも(これも正月テレビで観たので)観ていこうと思うとります。 いやあ、しかし、面白かったです。。。コーフンして寝つき悪そう。
| 2006年01月11日(水) |
新潟にも古本文化が・・・。 |
旧暦12月12日。 久しぶりに出社。まずは溜まっていたメールを片っ端から読んでいく。ああ、1月ももう半ばにさしかかるのね。恐ろしいこと。 部屋が狭くなっていく一番の原因は、どんどん高くなる積ん読の山です。最近、2日にいっぺんは部屋のどこかでガサッドドドッと雪崩が起きる。読みたい本を5合目あたりからそっと抜き出したはずなのに、6合目以上が崩れてしまう。これらが全部私の頭の中に入っていれば、私はきっと天才、才女、才媛なんですけど。読むと片っ端から忘れていくのと、もともと読むのが遅いくせに、なんでこんなに本ばかり溜まってしまったんだろう。。。 しかし、そのくせ、本をなかなか手放す勇気がない。読まなくても、読んでも、いつかまたその本が必要になると思ってしまう。 去年は読み終えた本を妹の家に送っていたのだけど、最近新築したら、どうやら本の置き場がなくなったらしく、年末に、「お姉ちゃんから送ってもらった本さ、ブックオフに売っていい?」と聞いてきた。慌てたのは私で、「だ、だめ、だめ、だめ!!!」と、たとえ文庫本であっても、今の出版界の流通システムでは、すぐに本屋の店頭から消えていずれ入手が難しくなる本も沢山あると言うことを必死に説明する。と、うんざりした様子で「・・・分かったからさ、じゃあ処分しないからさあ、これ、全部、実家のほうに持っていくから」と言われた。完全に厄介者扱いされてしまった。前は、読み終えた本があったら送って、と、自分のほうから言ってきたくせに、子育てに新しい家にといろいろ忙しくなったせいか、言うことが変わってきた(泣)。そういうわけで、実家に私の本が移動。しかし、昔実家に送ったものがすでにあったので、母がぼそっと、「この家はいずれ本で潰れる」と呟いた。嘘だって、そんなに本ないって。たいした量じゃない癖に! ただ、実家に帰省中、気がついたのだけど、昔は、「古本なんてどこの誰が触ったか分からないようなのを買うなんて嫌」と言っていた母が(新潟には古本屋が少ないからあんまり古本買いが浸透してないのです)、父と一緒に、最近古本屋にちょくちょく出掛けているらしいということです。古本屋、と言っても、神保町にあるような古本屋さんじゃなくて、ブックオフのような新古本屋さんが新潟にも増えつつあって、そこに車で通っているらしい。私を新幹線の駅に送ってくれる車中でも、夫婦で、「おい、帰りに○○寄っていくか」と会話していた。私は窓から「へーこんな店がいつの間に」と、でかい新古本屋さんの看板を眺めていたのでした。 両親とも、昔から本を良く読むほうだとは思うのですが、当たり前かもしれないけど、ひどく偏っている。まあそれで良いのですが。父は山岡荘八とか司馬遼太郎ばかり。ただ池波正太郎を読んでなかったのは意外だった。年明けのNHK番組で、山本一力が池波正太郎について語る番組があって、それを親子3人で見ていたら、父が池波作品に興味を示したので、ここぞとばかりに私が蘊蓄。同じ番組で今度は向田邦子の話題もあったので、向田作品好きの母とこれまた楽しい会話になった。 父が昨春退職して、両親ともゆっくり読書する楽しみを改めて発見しつつあるようで、そうなると、オヤジの好きそうな本をピックアップして送ってあげるのも娘の役目かな、と思えてくる。今回の帰省中は、本の話なんかも親子でして、結構充実した時間を過ごせたのでありました。
| 2006年01月10日(火) |
1年の計は本日にあり。 |
旧暦12月11日。 会社を休んでしまった。これで1人だけ5連休。連休前に買っておいたゆでうどんも食べ尽くしたし、連日鍋ももう飽きてしまった。お酒だけはぜんぜん呑んでないぞう。どうせ呑んでも心地よく酔うどころか頭がなおさらぐりぐりしてしまうだけなんだから、全く呑む気になれない。そうそう、それで、体重のほうなんですけど、これがびっくり、去年の12月28日(帰省する前日)からほとんど変わってないのです。実家から東京に戻ってきて、早速体重計に乗ったら、食べては寝てばかりいたくせになんとちょっと減っていた(って、書きましたっけ?)。で、この連休5日間またずっと食べるか寝るかしていたのに、さっき体重計に乗ったら、帰京してからわずか500グラム増えただけだった。なので、昨年末とほぼ同じです。凄いですよね、我ながら、これは凄いと思う。だって運動も家事も何もしてないのに。ひたすらクウネル人間だったのに。これまで夏も冬も、帰省すると、犬の散歩とか家事とかやってちょっとでも体動かしてても、数日間で確実に2キロぐらい増えて帰京してたのに。贅肉が筋肉になったのと、お酒を呑んでないのが良かったのでしょうか。しかし、そうそう油断もしていられない。油は断ちたいけれど。・・・早く体調元に戻して、少しずつでも運動始めなきゃ! 山崎まさよしさんはほんとに歌がうまいですね。歌唱力もあるし、リズム感もあるし。「アトリエ」っていうアルバムは、自分1人で作り上げたらしい。もう、すごいとしか言いようがない。聴いていると、元気が出てくる。iPodにお気に入りのアルバムが入っていると思うと、それだけで安心、幸せ。 年末年始、実家で書こうと思っていた年賀状(遅いって・・)、結局書けずに、みんなに不義理してます。呆れますねえ。。。
風邪がなかなか出て行かなくて、今日も布団の中で、どうしよう、このまま明日も調子悪かったら・・・なんてぐるぐる悩んでました。でも、音楽聴いたり本をぱらぱらめくったりしているうちに、途中で気がついた。風邪が治らないことばかりに神経が行ってしまって、逆に風邪を体の中に閉じこめてしまっているんじゃないかと。あ、これはちょっといかん。心配事ばかりしてるなあ。 ということで、手帳を開いて、布団の上で、今年やろうとしていることのアイデアや計画を、むにむにと書き出しました。去年やろうと計画してたのに、結局やらなかったことなど。それって、去年は、頭の中で考えてるだけだったから、具体性を欠いてしまい、いつしか忙しさにかまけて忘れてしまったことだったのでした。だから、手帳に、思いついたアイデアをぽつぽつ付け足して、書き始めるとどんどん計画は大きくなっていくし、考えてるだけでは思いつかなかったコトも出てくる、そうやって、一歩一歩ささやかな計画実現に向けて動いていこうと思います。って、たいした計画じゃあないんですけどね。へへ。しかし、ただ思っているのと、具体的な計画を書き出すのとは大違いのようで、やっぱり、書く、っていうのは凄いことなんだな、という気がします。書く、書き留める、記録する。私は忘れるのが早いので、ふっと思いついたことをすぐ書き留めないと、すぐに忘却の彼方。今年はちょくちょく手帳を開いて、いろんなことを書こうと思います。 以前、アイデアマラソン手帳なるものを日記に書いたのですが、それ、今年用に買ったものだったのですが、ちょっと使ってみて、1日のスペースが少なすぎて、結局使うのやめました。もったいないけど、他のメモ用にしよう。・・・と、次に買ったのはほぼ日手帳。思い立った時にはサイトでの販売は終了していて、新宿ロフトに行ったら、売れ筋の色は売り切れで、残っていたのは大量のグリーンと、わずかにサーモン、それからレッドがたったの1冊。しかし、私はネットで見たときに「グリーンがいい!」と決めていたので、ちょうど良かったです(笑)。グリーンは葉っぱの色だし、ハートチャクラの色だし、なんだか平和の色って感じもするし。 このほぼ日手帳は、1日1ページ、自由に書ける罫線なし、薄い方眼の入ったまっさらなページが与えられている。ここに、日々気づいたこととか書き留めておきたいこと、本や映画の感想等々、いろいろ書き込んで行こうと思います。まだ使い始めたばかりですけど。 でも、今日、今年の計画などを書いていたら、風邪で気弱になっていた気持ちがちょっと明るく前向きになってきた。病気の時は誰でも気弱になってしまうけど、これからやろうとすることの具体的な計画を立てて、半歩でも歩き出せば、自然と元気もついてくるかな、と思った。 ・・・そういえば、今年は行こうと思っていた京王百貨店の古書市、とうとう行けなかった。年明けの古書市、毎年恒例のがあちこちで開催されているのだけど、この連休なんて出掛けるのにちょうどよかった筈なのに、行けなんだ。行けば行ったで散財しそうだったから、風邪引いてちょうどよかったと諦めればそれでよし。・・・ちょっと悔やまれます。
旧暦12月10日。 とうとうこの3連休を寝て過ごしてしまった。金曜から数えると4日目。昨年末の風邪引き初めから寝正月を入れて計算すると、今回の風邪で延べ7日も寝込んだことになります。うひゃ。。。なのに、頭痛咳ともに軽くなってはきたものの、まだ調子が出ない。あんまり寝っぱなしでもよくないと思ってしばらく起きてみるとまただるくなることの繰り返しで。おっかしいなあ。こんなに体が弱いとは思わなんだ。この冬は風邪を引かないつもりだったのに。もとい、体を鍛えてたのに〜。もう2週間近く走ってないです。どうしよう、今月末にはハーフマラソンの大会に出る予定なのに。焦ってもしかたないと腹をくくって、まずは治すことに専念しないと。・・・と、もしかして、これって十分こじらせてるの?自分の体なのに自分のじゃない感じ。体の内側にもう一体別の体がはまっていて、それがぐずぐずと風邪を招き入れてだるだるしているような感覚です。 布団の中で、ほとんどずっと、iPodに入れたNina Simoneの「Pastel Blues」「Finest Hour」とAdiemusの「Adiemus�掘廚�Björkの「Vespertine」、それから山崎まさよしの「アトリエ」を、繰り返し繰り返し聴いている。Ninaは元気をなくしたときに聴くお気に入り。AdiemusとBjörkは昨年図書館でCDを借りてきてiPodに入れた。Adiemusは以前NHKの番組でテーマ曲に使われて日本でも人気がある。CDは持っていなかったのですが、図書館で見つけたのでラッキーと思い借りてきた。Björkの音楽はぜんぜん分かんない、興味持てない、と思っていたのですが、昔『ダンサー・イン・ザ・ダーク』という彼女の主演映画に心打たれた身としては、聴かず嫌いは損かも、と思って同じく図書館で借りて。山崎まさよしはあんまりよく知らなかったのですが、前からあの、売れてる歌手のわりにはフツーっぽい容姿というか、自分の周りにもいそうな感じの親しみ(へんな言い方ですね)と、温かみのある声が気になっていて、Appleのミュージックストアで、今まで出たアルバムの視聴をして、曲調が一番静かでシンプルな音のアルバムを「ぽちっ」とダウンロードしてしまいました。 で、ひたすら、この4アーティストを繰り返して聴いています。風邪で気弱になっているせいか、さすがにハードロック系は頭にしんどくて、しばらくお休み。4アーティストに共通するのは、何度聴いても癒されるボーカル、ってことでしょーか。特にNina Simoneの声は生命力と優しさと逞しさに溢れていて、彼女の弾くピアノの、エネルギーに満ちあふれ且つ繊細なその音色と一緒になって、涙が出るほど安心感が生まれます。ベッソン監督の『ニキータ』をリメイクしたアメリカ映画『アサシン』は、『ニキータ』でベッソンが織り込んだ細部の読みどころをことごとく無視した、いかにもアメリカっぽい娯楽映画になってしまっていたのですが、それでも私が好きなのは、ガブリエル・バーンのダメ渋格好良く情けない男ぶりと、カトリーヌ・ドヌーブの貫禄の美しさが見れたのと、主人公のブリジット・フォンダが可愛かったのと、彼女扮するマギーの好きな歌手がNina Simoneという設定があったからです。マギーの母親が好きでよく聴いて泣いていた、というエピソードも、Nina Simoneという人の歌を考えると、うなずけたりもする。 『アサシン』全体的に大衆受けを狙った娯楽路線としか思えない作りだったのに、映画の中でブリジット・フォンダとガブリエル・バーンのニーナ・シモン(いきなりカタカナですが)の音楽についての会話だけが異様に浮いていた。なのにそれがあるとないとではこの映画の質が格段に違ってしまうような気もする。『アサシン』を観たのはもう10年近く前だと思うから、それ以前には私もNina Simoneという名前は知ってはいたものの、大人が聴くもの、というイメージがあって、あんまり興味はなかった。それなのに、ここ数年、ことあるごとにこの人の歌に癒されている。他にも好きな女性ボーカリストは何人かいるのですが、一番好きな人を1人選べ、と言われたら、Nina Simone、になる。 山崎まさよし、いいですね。もっと早くから聴き始めればよかった。こんなに耳に心地よいとは思わなかった。速い曲調の曲は、日本語の場合、言葉を聞き取って意味を掴もうと無意識に神経が働いてしまうせいか、疲れる。だから、この人のテンポの速い曲はちょっと苦手なのですが、『アトリエ』に入っている曲はミディアムで、歌詞がどれも素敵で、メロディも綺麗で、とにかく優しさに溢れていて、ちょっと痛みを感じる曲もあったりして、いいなと思う。それからこの人は、ブルースの影響もかなり受けているのか、ブルージーな曲もまたいい。私が他の女性ボーカリストよりNina Simoneに惹かれるのは、彼女のブルージーな部分が好きでもあるからで、彼女がジャズの人なのかブルースの人なのか(一般にはジャズボーカリストと言われているけれど)、そんなジャンルはどうでもいいのですが、ブルースもしっかり自分の中に流れさせてクロスオーバーに歌える女性歌手はそうそういないんじゃないか、と。あれ、話がずれました、山崎まさよしの話、だから彼のブルージーな歌声もいいですね、ほんとに。。。特にアルバムの2曲目『未完成』という曲、すごく格好いいですね。。。 と、書いていて、またちょっとだるくなったので、今日も早く寝ます。って、もう寝過ぎてあんまり眠くないのですけど。それと、ずっと寝ていたので、腰が痛いです。こんなこと言ったらずっと寝たきりの人達に申し訳ないのですけど。ほんと私って根性なしだ。 なんか、愚痴ばっかりですね。すいません。
| 2006年01月07日(土) |
『博士の愛した数式』を読む。 |
旧暦12月8日。 今日もずっと布団の中。3連休で良かった。いつもの土日なら中途半端な回復のまま出社することになりそうだ。もうこうなったら、連休全部使って風邪を治すことに専念する。 布団の中で『博士の愛した数式』(小川洋子・新潮文庫)を読む。「第1回本屋大賞受賞」ということで、去年だったか一昨年だったかかなり話題になった本が文庫化。みんなが「良い」と褒めまくると逆に読む気が失せる天の邪鬼な私でありました。が、読んだ。で、良かった。面白くて一気に読んだ。・・・しかし、博士の愛した数式=オイラーの公式が、作品の中で未消化のままのような気がして、ちょっとひっかかった。読み手がいろいろ解釈すれば良いのだろうけれど、それにしてもやっぱり、数式が半端な役回りのまま、無理矢理感動のクライマックスに話が流れ込んでいくと感じるのは、私の読み方が浅いからだろうか。他に、読み手が自分の頭の中で組み立てて想像したいと思う場面を、書き手の文章が先回りして完成させてしまい、読んでいてしらける部分がいくつかある。けれども、全体的に、温かくて読後感は悪くない、と思った。 そんでは、本日も20時には布団に入りますです。
| 2006年01月06日(金) |
今年はほんとに雪が。。。 |
旧暦12月7日。 風邪、治らず、やば、ほんとにこじらせちゃったかな、と、会社を休んで寝ていました。夜、鶏肉、白菜、葱などを入れて1人鍋。今夜は20時に布団に入ります。 帰省中は、風邪で具合の悪い私のために、両親がせっせとすき焼きなどを食べさせてくれた。妹家族も弟家族もいなかった元旦午後から3日朝まで、私の布団は居間に敷きっぱなしで、3度の食事も3人でそのそばにテーブルを持ってきて、至れり尽くせりで、両親が代わる代わる体調を聞いてきて、なんかこんなに甘えちゃっていいのかなあと、30代半ばにもなってお恥ずかしいのですが、親になんでもかんでもやってもらった正月でした。親も、年に2回しか帰ってこない、電話も滅多によこさない、東京でなにやってんだかいつもどたばた忙しそうな娘が、やっと帰ってきたと思ったらひっくり返ってだるそうにしてるので、これ幸い(?)と、あれこれ世話を焼きたがっているようだったので(爆)、大人しく従っていました。 しかし、その時の風邪がまだ治ってないとなるとさすがに心配させるので、早く治さねば。
行き帰りの新幹線、越後湯沢のほうはほんとうに凄い雪だった。新潟育ちの私でも、あれだけの雪はちょっと見た記憶ないよなあ、と、車窓から周囲の景色を覗き込んでびっくりしていた。車体の何倍もの高さになった雪の壁を縫うようにして、ゆっくり車が動いていた。東京に戻る日、私が新幹線で越後湯沢を通り過ぎたちょうどその頃に、湯沢のスキー場ではあちこちで雪崩が起きていたそうで、東京の近所の酒屋で、おじちゃんが、「大丈夫だったの?」と聞いてきた。実家のある新潟市のほうは、平年より雪が多いと言ってもまだまだ許容範囲内で、私がいた間も、一晩でドカ雪や雷、吹雪はあれどもそれもいつものことで、自動車で移動する分にはさほど不便は感じなかったけど、県内の豪雪地帯は凄いらしく、実家に掛かってくる電話では話題がみな雪のほうに行ってしまっていた。やはり、雪になれている新潟県人でも、この冬の雪は異常なほどの量で、驚きを隠せないのでありました。でも、毎年雪が多いのはこれから、1月末から2月にかけてなのに、今時点でこんなに降ってしまったとは、後々が怖いですね。しかも、これだけ降り積もった雪が春先にとけ出すと、水の量も半端じゃないし、雪崩も怖いし、雪解けが遅れると田植え時期にも影響が出そうだし、今年も大変な年になりそうですね。 2日だったか3日だったか、テレビのニュースで、「東京地方は小雨がぱらつき、1ヶ月ぶりに傘の必要な天気となりました」というようなことをアナウンサーが喋っていたら、母が「ええっ!?」と驚いて私の顔を見た。「うん、そうなんだよ」傘の必要ない日なんてないくらい、冬は毎日どんよりしている雪国では考えられないことなのでありました。 この週末はまた雪が沢山降るとか。秋田も大変なことになっているし。長野や石川では住宅が押しつぶされるなどの被害も出ているし。心配な冬ですね。
| 2006年01月05日(木) |
カイロカイロどこに貼ろう。 |
 旧暦12月6日。 今朝届いた大地宅配の野菜、箱を開ける間もなく出勤したので、夜帰宅してから玄関先で開けた。 でっかい人参が!なんじゃこりゃー。 長人参、というものだそうです。私の手は普通よりちびこいのですが、それにしてもでかい人参だ。きんぴら、煮物・・・うーむ、普通の人参4本分はあるぞ。 最近お弁当のために、毎週きんぴらごぼうを作り置きしているのですが、帰省して母のきんぴらを食べて、やっぱり美味しいと思った。母は、私の作るエスニックなカレーとか、ハーブやスパイスを使った料理などは作れない(作らない)けど、私の作れる料理で母も作るものとなると、断然母の味のほうが良い。私だって料理歴は結構長くて、小学生の頃から夕食の手伝いとかしてるけど、母の料理にはかなわない。きんぴらひとつとったって、この前実家で食べて、「やっぱこの味なんだよなあ・・・」と、思わず呟いたら、隣で母が、「あんたどうやって作ってるの」と。うーん。ひじきの煮物もねえ・・うーん、不思議だ。お袋の味、っていうのは、もひとつ何か特別な隠し味があるんでしょうか。私にはまだまだ足りないもの。 今日、ようやっと、病院に行ってきました。風邪の。 あんまりげほげほと咳が出るし頭痛もいっこうに治らないので、職場のみんなに、「肺炎になるぞ」「病院に行っておいでよ」「早く帰れ」と言って頂き、そう人から言われて初めて自分でも「こりゃやばいかも」と焦りだして(遅いっつうの)、仕事中の14時近くに慌てて会社飛び出して地下鉄駅ひとつ隣の内科へ。・・・と、病院着いたらしーんとしていて、窓口のガラス窓が閉まっていて、診察は15時からですと貼り紙がしてある。にゃんと!そんなことってある?あんたっ。仕方ない、一旦職場に戻って、15時ちょい前にまた来よう、でも、診察券を受付の箱に入れていけばいいのかな、と、あんまり病院に行かないのでどういう仕組みになっているかよく分からない私は、奥で談笑してるっぽい(笑い声が聞こえる)看護婦さん達を呼ぼうと、「すみませーん」と何回も叫んだ。が、誰も出てこない。「すみませーん」「すみませーん」「す・み・ま・せええええんっ」ブーッ・ブーッ・・・・と、声と、卓上のベルを何度も何度も鳴らす。私もしつこいんですけど、あっちもすごい。聞こえないのがすごい。こちらにはあちらの談笑する声が聞こえるのに、あちらにはこちらの必死の叫びが聞こえていないというのもまたすごい。まさか聞こえないふりしてるんじゃないだろうなあ、いくら休憩時間ったって、あーた、どの職場でも昼休みに電話すら出ないってことはないでしょう、しかも病院なんだから、これが元気のいい風邪引き姉ちゃんじゃなくて急病人だったらどうするつもりなんだ〜っ!と、ずうずうしい精神の持ち主になった私は、無視されればされるほど声を張り上げるのであった。もうそろそろ疲れたな、帰ろうかな、でもここでちょっと確認してから行けば、15時に来てすぐ診察してもらって、またすぐ社に戻ることができるようになるかもだし、そうすれば仕事の時間を削らないで済むしな、と、いかにも仕事熱心な考えをする。・・・そこに、他の患者さん達が2人ほど、院に入ってきて、私の後ろに並んだ。 むむ。やはり、この人達のためにも、ここで引き下がってはいけない。と、元気の出た私は再び「すみませーーーーんっ」と叫んだ。 ギイッと予想だにしない方向からドアの開く音がした。と、見たら、少し離れたところにある診察室のドアが開いて、眠そうなお顔をした初老の先生が、申し訳なさそうに、「すみませんねえ」と、出てきた。。。 15時にまた来るので診察券ここに入れておいていいんですか?等々確認して、ようやく病院を一旦後にしました。どうやら、休憩時間に奥でお昼寝なさっていた先生の束の間のまどろみを、私が雄叫びでぶち壊してしまったようで。。。もしくは、論文でもお読みだったのを、あまりにもしつこい叫び声にいたたまれなくなって出てきたのかも。 後でまた行きましたら、診察室に一番に呼ばれまして、先生開口一番に「さきほどは本当にお待たせしてすみませんでした」 ・・・いえ、私のほうこそうるさくしてなんとお詫び申し上げて良いものやら。 ほいで、ちゃんと、薬もらってきました。「お腹の調子は?」「あ、実は今日からお腹も痛いです。昼からピーです」とセーターをまくったら、お腹に貼っていたカイロがぽろり。「あ、カイロをお腹に貼るのは、悪いってわけじゃないんですけどね、いいんですけどね、でも腸の動きを活発にしてしまうということもあるんですよ」「あー・・・なるほど・・・」 ふーむ。どこにでも貼ればいいってわけじゃないんだな、カイロ。 会社で背中(セーターの下)にカイロを貼っていたら、立て続けにいろんな人々に、「背中にカイロ貼ってるのがよく分かるよ」と大笑いされた。 まるでロボットの燃料を入れる部分の蓋みたいに、セーターの一部分が四角に浮いて見えるようです。この際だからロボット歩きでいようかな。 んーむ。どこに貼ればいいんだ、カイロ。
| 2006年01月04日(水) |
今日は水曜日なのだ。 |
旧暦12月5日。 仕事始め。なのに朝からゲホゲホマスクのゲホ太郎でありました。なんか1人だけ目立って激しく風邪を引いているようで、情けないやら恥ずかしいやら。なんかちょっと喋ると「げほーっ」とわざとじゃないのに喉ちんこまで飛び出しちまうのかと思うくらい大袈裟な咳が出てしまふ。やだな。いい歳した乙女が。 明日は復活!といきたいところなんですけど、3連休にずれ込んでしまいそうな予感。今週中には治します! 昨年末、まだ私が風邪を引いてない時に、上司が「風邪気味だ・・・」とだるそうだったので、持っていた「肌に直接貼れるカイロ」を1枚上げたのに、「薬には頼りたくない」と言って使われないまま机の上に残っていたのを今日発見、「これ、薬じゃないんですけど、でも使わなかったんなら返して頂きます」と返してもらって、ちょうどよかった、と、自分の肩胛骨と首の中間辺りにぺた、と貼り付けた(肌に直貼り)。それをすっかり忘れて銭湯に。貼っていたことに気がついたのはついさっき、銭湯から帰ってきて、寝間着(古い言い方だなー)に着替えている時でした。はて。背中に貼っておいたカイロは、さてはて。どこさに落として来ただ。。。頭洗って、顔洗って、その次に身体・・・背中ゴシゴシしたはず・・・。 ・・・・・(=_=;) あんまり悩まない方がいいんじゃないかと思うので、今夜もまた早く寝ます。 ・・・別件ですが、どうも、まだ、曜日の感覚が戻ってきておりません。 今日は水曜日だったんですね。なんだかまだ火曜日のような気がしないでもないし、木曜日だったかな、という気にもなる。実際木曜日だったらどんなに嬉しいべ。 でももうあと数分で木曜日になるんだから、まあいいか。 ああ、早く寝なきゃ。
| 2006年01月03日(火) |
正月休み終わりだ・・・ |
旧暦12月4日。 あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願い致します。 今年もいろいろぐだぐだと書きつづって参ります。どうぞお気を確かに(?)、気長にお付き合いのほどお願い致しますm(_ _)m ・・・と、さきほど、夜8時過ぎに東京の部屋に戻って参りました。上越新幹線、自由席運良く空いていたところに座ることが出来たのですが、東京に入ってから、上野駅手前で、10分以上止まってました。東京駅と上野駅のホームが混雑して折り返しの列車が遅れているからだそうで。明日からほとんどの企業が仕事始めで、今日3日がUターンラッシュのピークになっちゃったので、今年はちょっときついスタートになりました。 実は、私こと、去年帰省直前に引いた風邪が治らず、どころか実家に着いたとたんに酷くなっちゃって(寒かったのと気が緩んだせいか)、昨日までずっと寝たきりでした。ひゃ〜。正確に言うと、寝たり起きたりで、起きてごそごそ動いては酷くなって翌日は寝てる、という繰り返しで、昨日は、東京に戻るまでに治さないと4日は仕事休めないというので、1日中布団の中でした。あ〜あ。・・・おかげで、家の手伝いもほとんどせず、食器洗いすらせず、ただただ、上げ膳据え膳で、しかも正月だから酒までつく(爆)、という、超贅沢な寝正月を堪能してしまいました。親孝行するのすっかり忘れちまった。。。どころか、親に孝行(?)させてしまった。。。 おかげで、風邪も治りつつあります。が、まだだるいので、今夜は早く寝ます。明日は仕事忙しいぞぅ(笑泣) でも、私だけじゃないしね、仕事始め。文句は言えません。はい。明日からお仕事のしと、頑張りませぅ。
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