元・白血病患者の日記
 

2003年03月31日(月) 本当に憂鬱な月曜日

 気分が重い。嫁さんの立腹する顔を見ていたら、何かのスイッチが入ったかのように、こっちの調子がおかしくなった。食事をする気にもならず、普段にも増して無気力になる。
 俳優の古尾谷雅人が突然の自殺。遺書もない突発的なものらしい。将来のことに気苦労を感じた真面目な人間が、突然、引き金を引いてしまうということが最近は多いといが、そんなところなのだろうか。
 それでも履歴書だけは送りに郵便局へ。でも、これが精一杯。桜を見上げる気分にもなりゃしない。



2003年03月30日(日) 東京のスナフキン

 よく晴れた日曜となった。あらかたの部屋の掃除をした後、前々から興味を示していた釣堀に子供と出かけてみる。

 店に入る前に、中に入ったら映画館と同じだから静かにしろと注意をした。釣れないでイライラしてる親父がいるだろうから、いちゃモンでもつけられかねない。そういうことはシッカリと承知して、また説明に納得すれば守る子供である。

 入り口で店の人に「今日は迷いませんでしたか」と聞かれる。誰と勘違いしてんのかと思ったが、なんでも五反田から通う親子連れがいたんだとか。ご、五反田からここまで来るんですかい。

 ピリピリした感じの園内には、常連が自慢の竿を自在に操っていた。釣果はどんなんか知らないけど。

 邪魔にならないような隅っこに陣をかまえる。時間は1時間、はたして釣れるか釣れないか。

 何度か当たりがあって、大物を釣る。水が跳ねるので子供は驚く。

 釣れることを確認したからか、自分にも竿を握らせろというが、浮きが立つ前に竿を上げて餌を落としまくる。…そんなすぐに魚は食らいつかないって。ただ、気分だけは堪能してる様子。まるでスナフキンになったような感じがするとのこと。

 時間内に、なんとか3匹を釣る。まぁ、こんなもんでしょ。その間、ハス向かいのジイさんにヒットがないので睨まれる。最期のほうは、わざわざこっちまで仕掛けを投じてきた。ふふふ、竿ではないのよ、釣りは腕よ腕。



2003年03月29日(土) 車イスと花見

 昼飯をすませ、天気もいいのでジイさんの見舞い。最初、顔を出した時は人の顔を見ながら無視しやがったが、孫と嫁さんがいるのを確認したら人間が変わった。テメエ! イヤホンでラジオを聞いているが、その音の大きいこと。こんなの一日やってたら耳がおかしくなる。ボリュームの調整くらいしてもらえばいいのに。

 「テープもそうだけど、看護婦の世話にはなりたくないんだよ」

 だから、オートリバースだってんだろうが。小便もクソも世話になってるんだから、テープの入れ替えくらいお願いできんだろうが。わけがわからん。

 看護婦さんが車イスを持ってきてくれたので、院内散歩。なんでも少し前に看護士さんに連れられて散歩はしたんだとか。4分くらいだけど、桜が咲いているのでよかった。こういう時だから素直にいろいろと話せると思ったが、ダメだった。このヒトもバアさんも、妹も、ズットあのまんまなんだろうな。
 
 夕方、もらった入浴券で銭湯に。露天が女風呂の日だったので、子供は嫁さんと一緒に。銭湯に来る時は、最近、子供と一緒だったので一人で来る銭湯というのは年々振りになるのだろうか。いつも子供がちょろちょろしてるので入った気にならなかったが、ジックリと入っていると銭湯の湯というのは疲れるものだ。子供のころ、こんな銭湯に1時間もいられたのだから元気な頃もあったのね。



2003年03月27日(木) お兄ちゃんになりました

 子供のコマネチ部分が昨日、もの凄いことになった。掻き毟って飛火してしまい、ただれてしまったのだ。もう…よくなったと思ったらこれの繰り返しであるが、水ぶくれで痒そうだし、痛そうだし。

 木曜と金曜は、蒲田総合の皮膚科はA医師なので駅裏の皮膚科へ。病院を移ることによって症状も変わるかもしれないので行ってみる。

 10人ほどがひしめく院内で、順番待ちの子供に絵本をせがまれる。気のせいか皮膚科というところは神経質な人が多い。独特の湿った空気の中、静寂を打ち消すように絵本を読む…なんか恥ずかしいな。オズの魔法使いは、主人公が女の子。クレヨン王国も、セーラームーンも…。どういうことだ!

 飲み薬、塗り薬、色々と出た。ベトベトのクリームではなく、ローションを使ってみることになった。子供に会えばいいのだが。

 保育園に子供を連れて行くと、違うクラスだった。最年長のゾウ組さん。来年は小学生…とにかくもう待ったナシ。

 今日も天気がいいので徒歩で職安へ。病院に行っていたので昼になった。丁度、ゾロゾロと職員が出てきたところだが、大きな声で「なんでみんな必死な顔するんですかね、笑っちゃいそうになるオジさんとかいるもん」という奴がいた。公務員とは違うんだよ。



2003年03月26日(水) トレーナーを減らす、布団を減らす

 失業保険の関係で顔を会わせたらしい姉ちゃんが、職安で検索してる最中、大きな声で話はじめる。ここは道端か? ピリピリしてる空気があるので誰かが注意すると思ったが、何の動きもない。まぁ、仕事探してるというフリをしないと認定されないで来てる人ばかりなので、仕方ないのだろうか。ゲームボーイしてたり、携帯でメールしtるんだから係わり合いにはなりたくないのだろう。こっちも出向いてまで注意するのも何なので、っていうかプリントしたのでさっさと出る。

 今回の収穫をネットで検索してみるだが、会社名どころかその作品さえもヒットしてくれない。自社HPとまではいわないが、何にも検索に該当しないというのはマズイんでないかい。まぁ、そんな会社だから職安登録してるのかも知れないが。

 平和島の桜のつぼみが大きくなっていた。中には開花してるのもあった。昨日の雨から一点し、気温の高い日である。春は本当に間近。何の動きもないうちにサクラサク。気持ちは焦る。そういえばジイさんの病室から桜は見えるのだろうか。全身不随で動けないが、リハビリの時とかに外を見るといってような。一階の施設の窓からでも眺められれば気晴らしにもなるし、季節を感じることもできるんだけど。

 劇団放浪見聞録の中村さんから演劇の知らせが届く。頑張ってるなぁ。機会がありましたら、是非。



2003年03月25日(火) 梅は咲いたが桜はまだ

 先週末からの気持ちの落ち込みが激しい。昨日の実母とのやりとりで止めをさされたか。
 しかも雨だし。
 就職情報誌は水曜発売だが、試しに南関東を対象にした情報誌を購入してみる。月曜と木曜に無料の地区限定モノはあるが、アルバイトばかりなので。が、なんとも見難いだけではなく、トホホな代物だった。これで広告料はいくらするんだろ。



2003年03月24日(月) バアさん貝になる

 様子を見に大森の実家へ。向こうからは顔を出しにくいだろうから、息子が折れて出向いてみたのだが、ロクに口も聞いてもらえなかった。…なんで俺があたられなければいけないんだろ。

 嫁さんがジイさんの見舞いとして歌のテープを作ってくれたので渡す。何の返答もない。まぁ、ジイさんが楽しんでくれればいいんだけど。今回のこれは、秘密裏に(ってほどでもないが)嫁さんが会社で録音してくれたもの。休日に会社に出向き、図書館で借りた演歌(村田英雄に三橋美智也…)の録音をする。ご苦労様でした。こりゃ本当に部屋のCDを修理しなければいけないだろう。デジカメの修理を先にしてしまったが、なんか故障するのが多いな最近。

 ジイさんの暇潰しなら妹が録音してくれれば一番いいのだが、そのことをバアさんに聞いたら「あ? そんな事ぁ聞けないよ」と一言。実の娘でしょ。なんで話をするのに気を使うのか。冗談ではなく妹が家で『ただいま』『飯』『寝る』という言葉しか発しないというのは本当かも知れない。まぁ、俺も妹も母親にはいい育てられ方をしたからなぁ。

 相変わらず、ふつうの人にはわからない親子関係の続く家である。

 これからのこともあるし、前に相談した保険のこととか聞いてみたが、病室の『お父さん』によるとそんなものは必要ないと言われたよ、と他人事。ジイさんが言っていたというが、誰の言葉なんだか。(中略 自主規制 部分削除)もうテがつけられないくらいにバアさんがキレてるので、退散する。あんたや妹の為でなく、身動きできないジイさんが可愛そうだからしてるというのに…。ラジカセひとつにしても、喜んで一日中、やってるそうじゃないか。ただ着替えだけ運ぶのが見舞いなのかな。身動きできないでテレビもラジオもない生活させといても平気だった人に何をいっても無駄だろうが、少しでも快適になるようにしてあげるという気持ちはない、らしい。バアさんと妹は一度、入院をしてみるといいのかも知れない。別にドラマのように手をとりあって、とまではいわないが、ふつうのことが出来ないものなのだろうか。玄関を出るといい歳ながら泣きそうになった。

 ってことで、せっかく立ち直りかけた気持ちが再び沈む。重いなぁ。



2003年03月23日(日) 誰よりも早いイラク情報

 体調の悪い嫁さんと子供を残し、充てもなくフラフラと外に出る。とにかく、部屋にはいたくなかった。天気がいい休日というのに何の目的もないままさ迷う羽目になるとは。恨むぞバアさん。

 入院中のジイさんは、ギプスで首を固定されている。ふつうのイヤホンはすぐに耳から外れるので、耳に引っ掛けるタイプのを買ってバアさんに届ける。一応、昨日の件では(少し)反省しているのか、それとも息子が一人だからか、バアさんは自分の言いたい事をブツブツと言い続ける。でも、言ってることは何かおかしい。っていうか間違ってるじゃん。

 が、ここで注意というか訂正しようものなら、またキレるだろう。困ったバアさんだこと。実家に来て鬱に磨きがかかってしまう。もういや。

 夜中までフラついてるうちに、やっと部屋に戻る気になる。一日、何を食べたか覚えていないが、家の飯がうまかった。

 体が常に緊張していたからだろう、グッタリしているんだけど寝れない。目が冴えて寝れない。

 横にいるアトピーの子供が身動きするごとに薬をつける。本当に痒いのだろう、大人の力でも剥がしきれないほどの力で掻き毟っていたりする。なんとか治らないものだろうか。かわいそうに。

 なんか横になっているのも気が滅入るので、置きだしてみる。深夜。丁度、NOAHのプロレスが終了したところだった。…布団でイライラしてるのなら、起きてリアルタイムでプロレス見てたほうが健全だったかも知れん。

 イヤホンでテレビを見る。何故か深夜に柔道をやっていた。テレビショッピングもやっていた。しかし、ほとんどの局はイラク情勢。世界は大変なことになっているというのに、俺は何をしているんだろうか。あ…いかん。

 新聞屋が階段をけたたましく登り、外が明るくなってきたころに布団に戻る。まだ寝れない。が、子供の寝息を聞いているとホッとする。布団から飛び出した腕を中に入れようとしたら、握り返してきた。なんか叱咤されたみたいな気がする。父ちゃん、早く体治さないとな。

 嫁さんの目覚ましが鳴るころにはウトウトしていた。やっと眠くなったと思ったら起きる時間だ。う、立ったまま眠れそうにつらい。



2003年03月22日(土) バアさんは導火線

 朝、バアさんが来たことでシッチャカメッチャかになった。昨日、我々が病院を去るのと入れ違いバアさんが到着したんだとか。で、(想像だが)思いのほか元気なジイさんがいて、なんとなくホッとしたんだろう。

 だが、まぁ、非常に下らないことでバアさんがキレ、嫁さんが泣き、私が鬱にあなってしまった。

 なんだろう、もう去年の新宿での飲み会以来の落ち込みじゃないのか、コレ。せっかく助かっておきながら何だが、本当に死にたい気分になった。やばい、と頭では思うのだが、その反対側で「どうにでなれ」と思っている。…バアさん、何しに来たんだか。



2003年03月21日(金) 孫の見舞いにジイさん感動する

 子供を連れて、ジイさんの見舞いに行く。バアさんから散々「行かないでいいからね」と言われ続けていたわけで「本人も来るなって言ってるんだから」ということだった(実際、電話でうちら三人も行くと告げたら怒られた…「行くならあんた一人にしなよ」と電話を切られたっけ)。

 が、嫁さんと孫を見たジイさんの声の弾むこと。息子が一人で行った時の会話の無さは何だったんだろうという感じだ。私とは余程、会話をして聞かれたら嫌なことがあるのだろう。家族ってなんなんだ! こんな体になっちまったんだから、もう恥ずかしがることもないだろうに。身動きできない人間に今更、バアさんみたいに事故の顛末をグチグチは言わないよ。もっと息子を信じろ。…無理か、子育てを放棄した良心だもの。照れとかではなく、接し方を知らないという感じなのだろう。悲しいことだが、うちの特異さは10年近く接した嫁さんは分かる。
 
 ラジオなどいらないとバアさんが言っていたが、よほど退屈だったのだろう嬉しそうにしている。こんな程度しかできないのだから、もっと色々といってほしい。本当、長期の入院は辛いのだ。自分はまだ行動が制限されていただけだが、全身の麻痺というのは行動が出来ないわけで、ストレスも比べ物にならないと思う。

 昼になり、看護婦さんの邪魔をするのも悪いので退散する。そんなつもりもないのに「もう来ないでいいからね」というジイさんの言葉は「またおいでね」としか聞こえなかった。素直になれっての。別に何を遠慮するのか、ちゃんと来るから元気出せ。

 それにしても話はしておいたが、子供はどう思ったんだろう。2年前には父親が白血病で見舞いをし、今度はジイさんが全身麻痺…。少し前に嫁さんの見ていたドラマは、癌になった教師が残りの人生を精一杯に生きるというものだった。ゴールが見えたから一生懸命になる、というものではあったが人の生き死になんて案外身近になるんだなと今更ながらに思う。平々凡々というのは、案外、難しいのだろうか。しかし、どんな星の元に生まれたんだか、子供や嫁さんには苦労かけるなぁ。そのぶん、気持ちは伝えてるつもりではいるんだが。

 前に大原専門学校の先生に「人の運の許容量は絶対に等しいと思う」と慰められたことがある。まぁ、そうでも思わないと人間はしぼんでしまうだろう。「今が坂を降りきったところだから」というが、なかなか坂は続くのであった。



2003年03月20日(木) ついに攻撃開始。戦争は嫌だなぁ。

 過剰な心配を続けるのは、とても体に悪い。わかっているのだが、家庭の事情でそういう育てられかたをしてきたので感情のコントロールが上手くいかない。今日もため息ばかりで何もする気にならない。気がつくと時間だけが過ぎている。

 昨日の夜は、体がだるく、9時過ぎには横になっていた。こんなことでは長生きできんぜよ。今朝は7時にけたたましく鳴る『森のクマさん』に気がつかなかった。本当に気がつかなかった。

 嫁さんの作る飯は美味いんだけど、何か機械的に食べてるようで申し訳がない。ただ、困ったことに食欲の規制がきかない。イライラしてて止まらない。元気なんだか何なんだか。

 今日は部屋から出ることが出来た。昼になってからだけど。午前中は、ブッシュの戦争開始報道をテレビやラジオで聞いていた。長引けば、石油ショックになるだろう。きっと追い詰められたフセインは油田を意味なく破壊するだろうから、世界的な石油ショックになるかも…。

 こんな時、無職のままという状況は辛い。何かあっても仕事に集中できればいいのだろうになぁ。生まれ代わったら公務員になろう。

 明日は見舞いに行く予定なので、ラジカセを買いに行く。母親は入院患者の気持ちを考えない人なので、24時間寝たきりの苦労を知らないのだ。ラジオもテレビもないで天上を見続けるのは辛いぞ。しかも不自由な体でストレスも溜まってるはずだし。まだカセットを揃えてないのでラジオとしてしか使えないけど、父親には絶対に必要なものだ。

 っても金がないので溜めたヨドバシのポイントで買う。最近はCD、MDが当たり前なのでラジカセの数が少ない。しかもオートリバースは案外、ないものだ。そうだよな。



2003年03月19日(水) 家から一歩も出られず

 昨日のことを引きずっているのがいけないのか、また具合が悪くなる。先週は、母親による報告で見事に体調を崩したが、似たような症状だ。いかんなぁ、こんなことくらいで凹んでては。

 と、頭では思うのだが体が動かない。先週は、父親の事故をきっかけに自分が頑張らねばと体が動いた。徐々に動いてたんだけど、元に戻るのは早いなぁ。

 職安に出ようとコートを着るのだが、部屋から出られない。荷物を背負うのだが、外に出られない。差し込む日差しは春みたいなのに、出る気分にならない。

 止めを刺すように、封書が二通。一つは全然、連絡のなかった宗教関係の業界紙。もう一つは、月曜に面接をしたケーブルテレビの新聞紙。また全滅となってしまった。出口はどこにあるんだろうか。



2003年03月18日(火) なんてこったい!

 子供の顔に出る湿疹がつづくので、皮膚科へ。まぁ、ほぼ一週間経過してるから丁度いいだろう。子供は何故に、同じ名前の子供が今日は来ていないのか気になるようだが、あっちは妹が焼けどで来ただけなのでもう終わりなの。

 経過がよさそうなので、次回は二週間後ということになった。

 天気もいいので歩いて職安へ。途中に実家があるので顔を出し、父親の治療計画書を借りる。母親からの説明では訳がわからんし、妹は口を聞いてくれないので仕方がない。

 で、普通の家庭なら色々と相談をするのだろうが、隠し事の好きな母親が今後のことも何も話しをしないのでそれとなく聞く。そしたらまぁ、「私ゃわかんないよ」ばかり。わからないまま通すつもりだったのかしら。

 (嫁さんが詳しいので)いくつか質問をする。が、その質問の意味をわかってくれない。やばい。

 一番ショックだったのは、何も保険に入っていなかったことだろうか。いや、別に両親の勝手なのだが、二年前に息子がこんだけ苦しんでいるのを目の当たりにしときながら何もしていない。自分は無茶ばっかしてるくせに、何もしていない。どうすんだよ。俺の体もこんな調子だし、困った。本当に困った。

 なんか落ち込んだので職安の前に、近くの平和の森公園へ。いつもなら緑を見れば少しは気が落ち着くのだが、今日はダメだった。いかんなぁ。

 職安を後にして、肩を落としながら歩く。寒い日であるが、なんか夏服の背広で出歩くのも慣れてきたみたいだ。あれやこれやと考えているわけではなく、頭の中が真っ白になっているので、気がついたら蒲田だった。なんか…ついでだから川崎まで歩く。でも何も打開策は思いつかない。

 …いるんだよな、無茶な運転するくせにひとつも保険に入ってないで大怪我する奴って。



2003年03月17日(月) なかなかドラマのようにはいかないようで

 やっとのことでジイさんの見舞いをする。一日に首を折ってから何日経過してると思ってんだか。

 荏原病院というのは、辺鄙な場所にあって電車だと駅から遠い。バスだと遠回りになるという場所にある。早めに出たつもりだったが、昼が近づくので少しだけ焦った。いくら面会時間とはいえ、食事時に行くのは看護婦さんに迷惑だ、と入院生活経験者は思ってしまう。

 部屋は四人部屋だった。窓際で上を向いたままの父親は、一回り小さくなっていた。そんな感じだった。面会用のイスにはバアさんが持ってきた着替え。完全に使わないであろうテレビは横を向き、上にバナナと缶コーヒーが乗っている。頭上にはコンセントにつながった電気カミソリがあるだけ…。他には何もない。

 毎日、何をしてるんだと聞けば「天上を見てるんだよ、仕方ねえだろ」と。こんな入院生活をしていたら、気持ちが弱ってしまうよ。体が動かないまでも音楽とか聴けるんだら何とかしないのか?

 「イヤホンはNHKしか聞けないし、耳からすぐに外れちまうからいらない」なんでウチの人はこうなのだろう。バアさんも、患者の言葉を真に受けてこれではいかんだろが。

 主治医に来てもらい、席を外して説明を聞こうとしたのだが「何度か見えられた奥さんと妹さんに詳しく説明をしていますが…そういえば長男の方ですよね。確か、はじめましてのような」妹はここ数年、口を聞いてくれないとか、母親はこの入院を最期まで隠すつもりでいた、と言っても信じてくれないだろうな。でも、一応、話をしてみたら頷いてくれた。こういう変わった家庭もあるんです。お恥ずかしい。

 バアさんの説明ではわからなかった、事故の原因がハッキリした。なんでも数年前にも(酔って)転倒し、MRIで診断し、手術をしろと言われていたのだそうな。それが救急車ですぐに担ぎこまれた病院。そこでは手術できないので、こちらに搬送されたのだが、その時の先生が後輩とかで一応の連絡があった上での処置だという。

 「最初の段階で手術をしていれば、こんなことにはならなかったんですけどね」

 …なるほど、その数年前の転倒で首をやっていて、やや麻痺は出ていたんだろう。そんな状態なのに雨の日に自転車で出かけて止めをさしたと。自業自得ではないのか? まぁ百歩譲って手術が怖い、病院が嫌いというのもあったとして、バアさんは何も言わんかったのか? もちろん、私には隠していたので始めて知ったわけだが、家族じゃないのかよー。とにかく情けない。怒鳴りつけたいけど、全部我慢。動けない人間相手に叱り付けるのはやめましょう。

 「そうしますと、面会は別々の日がいいみたいですね」って先生、そこまで気を使ってもらわなくとも、これを機会に話し合いをしたいと思います。

 ただ、こんな状況でも向こうはまだ強情になるかも知れないけど。

 再度、病室に戻る。私が白血病で入院してた時は、人の気も知らないで「俺があんなになったら病室から飛び降りる」とか抜かしたらしいが、よくよく話をすればやはり寂しいみたいだ。今度は、孫を連れて行くからな。バアさんが何を言っても。あの人は、人の気持ちを知らなさ過ぎる。

 そんな変な気持ちのまま、飯田橋で面接。入っていきなり社長らしき人物がイスにふんぞり返って、窓の外を見ながらアゴで指示を出していた。なかなか雰囲気のよろしい会社のようで。

 戻ると封書が届いてた。先週の空調タイムスだ。確か、次回は編集長を交えて面接といっていたが封書とは…。案の定、不採用の通知だった。きったねぇの。PCできるし、今時、文字定規を使える珍しい人だということで約束してたのに。やはり最期の方で聞かれた前職からの空白(白血病で入院)が原因かしら。でも言わないわけにはいかないもんなぁ。春はまだ遠い。



2003年03月16日(日) 渡る世間に鬼は

 ジイさんの見舞いには、月曜に行くことにした。たぶん、今日はバアさんが洗濯物を取りに行くので、病室で衝突するのもマズイだろう。なんで実の子供が見舞いに行くと怒られるんだろうか。それに話は、バアさんのいない時の方がしやすいかも知れない。

 せっかく金曜に飲みに行ってストレス発散したのに、バアさんとの一本の電話で気分が悪いまま。我ながら、同じことをいつまでも悩んでいると思うが、母親はこの三倍はしつこい。あの人に育てられた自分と妹は、まったく同じだ。子供は、育てたようにしか育たない…。まだ自分は家を離れたからマシだと思うけど、妹はソックリである。何にヘソを曲げてるかは知らないが、嫁さんとは口を聞いたことないし、ここ一年は私にも口を聞かない。まるで冗談のようだが、本当の話である。

 金曜に壊れたデジカメを修理に出すついでに、子供と川崎で遊ぶ。いつものように玩具屋めぐりをするのだが、今日はファミコンのところで足を止める。FF�勝辞兇離�ープニングが気に入ったらしい。

 その足で蒲田に戻り、久しぶりに屋上で遊ばせる。曇りで寒い日であるが、なぜか混雑していた。何か特売でもあったのか?

 アパートに戻る途中、バアさんが自転車で部屋に向かうのを目撃。フト子供を見ると、足を止めていた。どうしたか聞くと、「なんか、帰りたくなくなった」という。バアさん、評判悪いぞ。

 入り口に突っ立っているバアさんは、俺が子供連れなのでホッとした様子。孫を出汁に部屋に入るものの、何も言わない。昨日のこと謝るのならさっさとしろい。結局、ろくに会話もないまま「雨が降るから帰るとしようかね」と家路についたわけで、子供も首をひねっていた。もう…勘弁してもらいたい。



2003年03月15日(土) 二日酔いの積み木崩し

 別に無茶な飲み方はしてないのだが、久々の二日酔いになる。おかしいな、そんなに飲んでないのに…。

 突然、弱くなったのかな? 年齢相応といえば、こんなものなのだろうかしら。なんとなく、それがショック。まぁ、心労も重んだのかもね。

 先週は、隊長崩してしまったので見舞いに行けなかったが、明日こそ行かねば。バアさんに電話して時間を決めようとしたのだが、第一声が「あんた本当に行くのかい?」だった。まだそんなことを言うのか、この人は。

 「お父さんが来るなって言ってるんだよ」とか抜かすが、一応、私は長男なんですけど。

 子供が白血病で入院してるのに、よほどの用事がなければ見舞いに来なかった親。一度も見舞いに来ることのなかった妹。父親が全身不随になっているのに、長男に見舞いに来るなという母親。いまさらだが、変な家族である。

 本当に自分たちだけで全部できると思っているのだろうか。病状の色々なことを教えてくれれば、ネットを使って何かしらわかるかも知れないのに。あの人のことだから、きっと親戚にも連絡してないだろう。隠し事の好きな母親だから…。おかしい。
 しばらく問答していたら、「勝手にしなよ」と電話を切られた。俺らって親子じゃないのかな、家族じゃないのかよ。いい加減にしろババア!



2003年03月14日(金) 今日くらいは

 前々から約束をしていた『八起会』の若い部門な集まり。ふふふ、この歳でも若い方に入れてもらえるのじゃ。さすが職業訓練学校の集まりですな。

 父親が入院してるのに酒を飲んでる場合ではないのかも知れないが、パーッとややらんと気が滅入る。ナイスタイミングといえばナイスな時期であった。この際だ、騒ぐときには騒がねば。

 やはり酒というのは楽しく飲まないといけない。いまさらだが、最近は苦い酒というか嫌な酒が多かったもので。酒をたしなむ女性も多くなったが、人を不愉快な気分にさせない人と一緒にいれたので、楽しかった。

 みなさん、付き合ってくれてありがとね。



2003年03月13日(木) みんな頑張れ!

 朝からHPで頚椎や脊髄のことを調べてみる。…どうも白血病の時と同じようで、これも一概にくくることができないよう。その人の状態がどんなのかで、症状は万別のようだ。ここで調べたことが即、父親に通じるというものではないみたい。

 で、退院されて社会復帰をした人の貴重なHPをいくつも見る。ただ、ため息。どうやったらこんなに力強く生きられるのかと思う。障害と付き合い続けるのは、並大抵のことではないと思うのだが、みなさん前向きだ。

 そんな方だからこそ、退院できたりリハビリが上手くいったのだろう。とにかく自分の意思によって、治りが違うみたいだ。さて、父親も前向きに頑張ってもらいたいのだが。
 
 職安から4つ応募したうちの一つから郵送で不採用が届く。『ソープランドマガジン』編集者…ホッとしたんだか残念なんだか。もう形振りかまってないのがよくわかる。もう一つ、電話で来週の月曜に面接が決まる。上手くいきますように。



2003年03月12日(水) 久々の面接

 「とにかく日本では縁故による就職に頼るしかないのです」という、絶望的なセミナーの講師がいっていた「ある程度の年齢で異業種を目指すのは、今の日本の状態では無理です。前職と同じ職種を狙い、スキルをみせつめるのです」に従い編集職を探す。

 最近の編集は、面接はすぐに行わず職務経歴書と参考作品の郵送が多い。で、職務経歴書を送ると、もう病歴のおかげでケチョンケチョンだし、何より作品になると建築の業界紙なもんでつぶしがきかない。何度も同じことを思うが、建築の文章を書いてた人間にふつうの文章が書けないということはないのに。(エロ小説を書きながら、中学生向けの文章を書いてる人もいるんだから)あぁ、異業種扱いになってしまうのね。

 …という底なしのスパイラルの中、久しぶりに面接となった。こんな不景気なので単純に編集で面接をするというのは、逆にあやしい気もするのだが。

 去年からいつ使うとタンスにも入ってなかった背広。もちろん、夏服である。季節柄、冬服にしたいところだが、次はいつ使うかわからないので我慢して夏服でお出かけをすることに。気合だよ、気合。ここで驚くことがあった。ズボンは普通に履けるのだが、ベルトが締まらない。なんと去年の夏から穴4つ分も太っている。むむむ、基礎代謝が落ちているのは実感しているが、これは洒落にならない事実だ。なんという恐ろしい現実か。夏は近いのだぞよ。

 『空調タイ●ス』という業界紙。週刊で新聞を発行しているのだが、面接官が遅れてる間に社内を見回すのだが、奥の机でキーボードを打って作業をしてる人から懐かしい音がした。ワープロの印刷音である。ワ、ワープロですか。そういえばコンピュータは一台しかないなぁ。みんなどうやって記事を書いてんだろ。

 面接してくれた人の話によると、みんなワープロを使用して印刷屋に持ち込むのだそうな。まさかと思ったが、割付は手作業。

 「最近は、文字定規を使える人が少なくって」って、まだそんなことしてんですか。

 「募集をかけても、最近、集まるのは大きいところにいた人だから新聞作りの全般を出来る人はなかなかいなくって」…なるほど。ちなみに本日は、校正日ということで、大方の人が印刷屋に行っているそうである。レトロなのはビルだけではなかったのだ。帰りに見本誌をもらったのだが、目が痛くなるくらいにビッシリとした文字間の新聞だった。何もかもが時代に逆行している。これ、読んでる人いるんだろうかね?



2003年03月11日(火) 星に願いを (は?)

 昨日の夜は寝れなかった。時々、あるんだけど暗い中、ジッとしていると父親のことを思ってしまう。全身不随ということは、こういう状況に、毎日なっているのだなぁと。

 これはツライ。本当にツライ。

 先週の風邪ひいた時は、モソモソ、ゴソゴソとしていた子供が、こういう時には静かに寝ている。…こういう時は世話させろ。

 仕方がないのでコッソリと起きる。深夜のテレビをつけているのだが、あまり面白くない。なんだか胃が痛いだけだ。頑張れ、オヤジ。

 職安にて編集の仕事を探す。他の仕事と違い、作品(書籍とかの印刷物)で一次審査を行えてしまう編集職は、最近、面接までたどりつけない。つぶしがきかないなぁ、前職が建設の業界新聞というのは。マスコミ関係者は、文字を書く行為は同じだというのに何故か工学系出身者は、それしか書けないと思っているフシがある。だもんで、職安では編集職は4つまでの応募が可能としている(らしい)。

 うち一つは翌日に面接をするという。久しぶりだこと。でも、なんか怪しい。
 
 さっそく部屋に戻り、プリンターで職務経歴書を作成する。全部同じではなく、いぜんアドバイスをしてくれた講師(天下りの役所OB)のいう通り、募集先の会社をネットで検索し、それにあわせた職務経歴書を作成。人事課というのは、こんなミエミエのものでないと目を通さないのか。バカみたい。

 しかし、これがなかなか面倒くさい。検索かけてもヒットしない会社ばかりなんだもの(そんな会社だから就職情報誌ではなく職安なのだろうけど)。それでもなんとか探し、ありったけの言葉で企業を褒める。…こんなことしないと駄目なのかよ、いやな世の中ね。

 寒い日、そして風の強い日が続くので日中は嫌なことばかりだが、夜はオリオン以外の星も綺麗に見えた。東京でも、これだけ見えれば十分かな。まぁ、いつかいいこともあるさ。 



2003年03月10日(月) 食パン、食パン、普通食

 昨日の夜は、やっと汗をかいた。ただ、寝入りそうになると子供が掻くので気になって仕方がない。乾燥してるんもんなぁ。とはいえ、このままにしとくと悪くなるばかりだもの。頑張れ、タイガゴン。

 朝も早いうちからバアさんがやってきた。何かあったのかと心配したが、息子の調子を見にきたのだという。動機が『自分が父親のことを話したので具合が悪くなった』と思っているのが気になる。この人は、本当に父親の入院を隠し通すつもりでいるみたいだ。凄い家族。

 バアさんは、しばらくして孫と一緒に保育園へと向かった。これからは病院に通うことが多くなり、孫の顔を見ることが少なくなるから来たんじゃないか、そんな感じにも見える。

 昼前に職安に行くつもりだったが、断念。もう四日目になるが相変わらずツライ。

 父親のこともあるので、これまで以上に早く就職をなんとかせねば。午後に職安へ。なんか久々の外出である。そのせいだか何だか自転車の進まないこと。ジイさんのくれた子供用自転車ではあるが、それを抜きにしても進まない。体の鈍るのは早いなぁ。

 晴れ、風が強いという条件下、花粉もビュンビュン飛散してることであろう。が、それほど症状がどうこういうものではないので、やはり風邪である…と思う。しかし、職安ってこんなに距離があったのだろうか。



2003年03月09日(日) 駄目な長男

 父親が入院してる病院へは何でもバスで約1時間かかるらしい。あの一人では電車の切符も買えないバアさん(自分だけでは埼玉の実家にも帰れない)が、よくもまぁバスの乗り継ぎなどというものをしていると感心してしまった。

 しかし、肝心の私の体調が駄目だった。治りが悪いんだよなぁ。大丈夫かいな。いけなくなったのでバアさんに電話を入れると「私が余計なことを口走ったばっかりに〜」ということを抜かしたそうである。そうことではない!

 嫁さんは子供を連れて行くので、後日、一人で行けばというがそういうものでもない気がする。来週、絶対に行きます。

 で、気を利かせてくれた嫁さんが、この寒い中、子供を連れて図書館めぐりをして時間を潰してくれた。昨日に続き、眠りまくる。

 鼻の調子も悪いので、花粉症ではないかという疑惑が浮上する。そんなバカな、と思うが嫁さんは大真面目である。なんでも花粉症による頭痛、倦怠感が続き、会社に通えなくなってクビになった人もいるのだとか。そうかなぁ。確かに熱は微熱なんだよな。ってことは、花粉が飛んでる間はこの症状のままなの? 耐えられない…。
 
 ただ、具合が悪くなったのって雨の日なんだよね。やはり心労で抵抗力が落ちたんだろうと思う。



2003年03月08日(土) 季節外れの風邪なのか

 昼には子供のスイミングがあるので、なんとか治そうと思っていたが駄目だった。まぁ、ダルイのと頭痛ばかりなのでインフルエンザではないのだろうが、ツライ。

 昨日、父親のことがあったので、なまいきにも心労かなと思わないでもない。やばいよなぁ。明日は見舞いに行く予定なので、なんとか今日中には治しておかなければ。

 ってことで、悪い時には体が睡眠をほしがるのか一日中、寝てる。っていいうか眠ってた。



2003年03月07日(金) 父、頚椎損傷で全身麻痺となる

 寒く冷たい雨。

 なんか今週は、気分が滅入りっぱなしのせいでか、免疫力も落ちているのだろうなんか風邪気味。朝からマスクで安静。

 そんな中、バアさんが突然やってくる。「タイガはどうしてる」って保育園に決まってるだろうに。何だろうと思いつつも中に入ってもらう。

 「お父さんがバカだからさ」と切り出した内容は、突然のものだった。

 先週の土曜も雨だった。そんな中、ジイさんは会社で一杯ひっかけ、魚屋で刺身を買って自転車で帰宅途中に転倒する。

 「おでこを5針も縫ってさ」というので、よくある話だと思ったのだが…。

 かなり動揺していたが、何度も同じことを聞いてるうちに頚椎を損傷したと。どうして転倒して頚椎をと思ったが、ガードレールに頭を打ち付けたらしい。

 手術は5日に数時間かけて行われたが、それとて最終的な手術ではなく経過次第で反対側からの手術もあるという。また、術後においてもリハビリが必要だろうが、どこまで回復するかもわからないという。…というより、年齢のこともあるので麻痺が回復するかどうかも分からないらしい。

 今は集中治療室にいて、体は全然、動かないそうだ。

 …なんで、そんなことを長男が今頃、知るんだろうか。

 「もう、私はどうしたらいいか」

 今更、なんで電話のひとつもしないと怒る気にもならない。だって俺の入院の時もひた隠しにしたもんなぁ。バアさんの秘密体質はどこからきているのだろうか。

 私ゃもう分からないよ、といいつつこんな雨の中を来たんだから、話し合いをしに来たのかと思ったが、「お父さんは、心配させるから黙ってろって言うんだけど、もし万が一になったら知らなかったんじゃ何だろうから」だと。

 今から一緒に見舞いに行くといえば、妹が今日は行くからいい、と。来るなとまで言われた。ワシが白血病の時も見舞いに来なかった妹であるが、ジイさんの見舞いには行くのか。歓心、感心。

 まぁ、ジイさん、バアさん、妹だけの家族という括りにしたいのなら仕方ないが、そうじゃないから来たんでしょうに。

 「とにかく、何かあったら知らせるから」といって帰って。ジイさんが全身麻痺になったくらいに、緊急時のこの家族らしからぬ態度にショックを受ける。おかしいって。

 昼休み、嫁さんに告げると比較的、同様がないことにホッとする。ただし、こんな重大なこと隠していいわけないので、子供にも告げることに。

 あまり顔を会わせたことのないジイさんであるが、孫は泣いた。当たり前のようだが、実の親子間で変なやり取りがあったのでホッとした。子供は普通の感情を持ったまま育ってほしい。



2003年03月06日(木) 親父→♀

 何かこう今週は気分が悪い。今日も空模様が悪いので、職安には行けない。

 気分をかえようと床屋へ。確か最初に「長さは丁度イイので、多めにすいてくれませんか」と言ったはずなのだが、春に向けてサッパリとしてくれた。まぁ、いいんだけど。

 ラジオで国会中継をしているのだが、映像がないのに議員のダラケ具合が伝わってきてイラつく。自民党への突っ込みはいくらでもあるのだが、質問する方にもやる気がない。もう…。

 髪を切る作業を最初から最期まで見てたので、本人は気がつかなかったが、保育園から戻ってきた子供に「前の方がいい」といわれて少しショックだった。

 ちなみに嫁さんには女子中学生といわれる。そりゃオカッパっぽいけどさ。でも、鏡をよっく見るとこういう女子中学生は確かにいる。むう、本格的に化粧をしてみようかしら。うふ。

 



2003年03月05日(水) がんばれプリンター

 履歴書に添付する職務経歴書用のプリンターをやっと接続する。

 まず設置場所を確保するために、本体を横向きにして台座の下に持っていくことに。説明書の通り、接続してから電源を入れて、インストールする段階になってハタとCDが入るかどうか気になる。横向きになった本体では、CDが落ちてしまうのではないか、と。

 また設置し直しかと思ったが、最近の機種は横向きでも読み取ってくれるとは。すごいなぁ。

 おそるおそるインクを取り付けたり、ビクビクしながら説明書の通りに作業をすすめるのだが、機種が古いので同じ画面にならないで困る。まぁ、同じように作業をしたとは思うのだが。

 作業を終え、何かテストしたいのだが紙がない。仕方ないので印刷物の裏を使って印刷してみる。おぉ、カラープリントだ。次にワード文章の確認。OK、これでもう書類選考は突破だ?



2003年03月04日(火) 失業保険対象者は修了認定書がないと受給できません

 とても風の強い日となった。昨日は春一番が吹いたが、今日は冷たい強風。

 昨日の情報に続き、この日は人事。何をやるんだろうと思っていたが、講師の先生はリーダーシップ研修をやるという。なんじゃそりゃ。

 大きな企業で新人に対して行う性格診断である。これまた就職と関係ないような気がする。ピントがズレてると思ったのは内容だけでなく、講師の先生もだった。

 「みなさんは10日間のセミナーを謳歌してる最中だと思いますが〜」だの「十分に楽しみながら講義を受けてください」だと。目の色替えて仕事探してんのに謳歌も楽しんでるもないでしょうが。

 さて内容だが、紙の中心に大きな円が描かれている横に、フリーハンドで10円玉を描け、と。「たかが10円と思わずに、お金を大切に思ってる人は自然と大きく描くんです。そういうことがわかります」なんだそりゃ。

 この企業で実際に行われてるという心理テスト?は、人事課で参考され各部所に配属される…ってこんなの体験させてどうするんだか。昨日以上に退屈な午前中である。

 こんなことで一日潰されてはたまらないので、終わりにする。だって失業保険の支給受けてないから修了証書なんていらないもの。…無駄であった。なんかすっかり落ち込む。職安の考えてることなんて、こんなものなんだろうな。先週から何をしてたんだろ、オレ。



2003年03月03日(月) とても便利なホームページビルダー

 先週までのはガイダンスであり、今日から本番となる体験セミナー。少しでも就職に役立つならと思いつつ、池袋まで出かける。

 月曜日の『お題』は情報化。同じ資格の大原でも、池袋は情報系ということでこちらになったのだろう。授業をしてる学生やら教室を見てみるが、ごっついPCがあちこちにある。

 すっかり体が仕事から遠ざかっているので、池袋まで遠征しただけで疲れてしまった。この状態のまま夕方まではツライなぁと思っていたら、同じようなことを思ったおじさんがいたらしく、「先生、抗議は何時まであるんですか」と聞いた。3時を目処という言葉を聞き、ホッとしてしまう。情けないなぁ。

 プリントにはシスアドとかMCAとかあったのだが、午前中は簡単なホームページの作成をさせられる。…? なぜこんなことをしなければいけないのだろうか。
「皆様には提供をしたい情報がたくさんありますので、時間は有意義に使いましょう」と講師の方はいっていたが、学科の説明ではなく何故に貴重な時間を使ってこんなことを…。

 小学生のころだったろうか、塾で勉強をしてる子は学校で同じ内容のことが出ると退屈で退屈で遊びはじめていたが、なんとなくこの歳になって気持ちがわかった。さすがに遊びはしなかったが、まさかホームページビルダーの初歩をやらされるとは思ってもいなかった。

 午後になって学科の説明がはじまる。覚悟はしていたがカタカナが多い。コンピュータ、情報の世界では持っている知識は3年で陳腐化してしまう。新しく出たシステムにニーズが集まれば、今度はそれがベーシック。とはいえ、色々と便利そうな資格はあるのだが、最低でも半年の期間が必要って「すぐに役立つ就職セミナー」ではないのかしら。

 「すぐに就職を希望してる方につきましては、例えば履歴書の資格の欄に『シスアドを勉強中』といった感じでも記入をすればいいんです。履歴書なんてものは、実際、詐称とまではいいませんが書いたもん勝ちみたいなところがありますから」



2003年03月02日(日) 天皇杯王者とJリーグ王者(笑)

 (見てないけど)京都パープルサンガの試合のせいで昨日は酒が進んだ。せっかくアジア杯でいい酒を飲んだというのに…。なんでこんなチームに正月は負けてしまったのだろうか。そう考えると逆に恥ずかしい。同じ負けるにしても3−0はないだろ。これでジュビロが調子にのったらどうするんだか。

 そんなやけ酒のせいだか何だか、朝は起きていながら『アバレンジャー』と『555』を見逃す。結局、いつものように昼まで起きられなかった。嫁さんも具合が悪いようだが、昨日の寿司が悪かったのだろうか。そういえば嫁さんは気持ち悪いということで、寿司屋じゃ一皿しか食ってなかったもんな。何なんだ、あの店。

 風は強いが天気がいいので、子供と外に出ようとしたらバアさんが来た。朝、誕生日を孫と祝ってやろうと電話した時は「用事がある」とか抜かしてたくせに。

 3月になったということで、テレビマガジンを買いに本屋に孫とさっさと出かける。子供もニコニコしながらバアさんと出かける。まぁ、どっちも笑顔になるのならいいことだ。

 結局、貧血っぽいやらなんやらで買い物に出ただけで終ってしまった。もうすぐ春だというのに、体はまだ目覚めてくれないのだろうか。みんな白血病…じゃなくてパープルサンガが悪い!



2003年03月01日(土) 寿司デビュー

 明日はバアさんが来るだろうから(3日が誕生日)、とても冷たい雨の中、川崎までプリンターを買いにいくことにした。

 履歴書くらいにしか利用用途が思いつかないのに、カラーのプリンターになった。まぁ、今のはインクが独立してるので経済的ということらしいが、本当にピンキリなのね。やたら目の色を変えて解像度の高いプリンタの説明を求めてるジイさんがいたが、どんな使い方をするのやら。孫の画像とかを焼くのかな。まだ一人で電車に乗れないうちのバアさんに、爪の垢を飲ませてやりたい。

 パチンコのあぶく銭があるので、たまには菓子パン以外の昼飯をしようと思う。(雨だからそもそも無理なんだけど)子供に何がいいかと聞けば「寿司! 回転してるやつ」だという。そういえば前々から回転寿司に行きたがっていたもんな。CMとかテレビで見てて、自分と同じような歳の子が食べてるの気になってたのかな。

 いつも列が出来ている店に行ってみると、一皿470円とかいうのがあった。ゲッ! 回転してんのに、この値段。しかたなくアーケードのしょぼい回転寿司屋へ。なんでも好きなもの、といった手前、約束は守らねば。

 目を輝かせながら、動き続ける皿を見守る子供。5歳なのに生意気な。私なぞ回転寿司に入ったのって大学生になってからだぞ。

 とはいえ、注文するのは鉄火巻き、たまご焼、サラダ巻きといった類。家族で来ながらいっこうに皿が積まれないので、店のおばちゃんが後ろをウロウロしてプレッシャーをかける。他にスペースがあるのに、わざわざワシの横から品物を流す。露骨だ。でも…魚が全部乾いてんだもの、頼む気にならない。よく他の客はこんなものを平気で食ってるもんだ。ガリとお茶で腹がいっぱいになった。

 親子3人で6皿ということで、威勢のいい「ありがとうございました」という声はかけてもらえなかった。正直な店だこと。


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