主婦の雄叫び - 2003年02月28日(金) 掃除に丸2日もかかってしまった。 妹からお願いされている作業があり、 ここは一つ、今までの垢を落とし、心機一転 スッキリした気分でそれに取り掛かろうと奮起したのはいいが、 信じられないことに2日間もかかってしまったのだ。 垢が多すぎたようで・・・・。 本当は、一日で終わる予定であった。 が、部屋を片付け、掃除機をかけ、エアコンのフィルターを洗い、 遮光カーテンかっ?と見間違うような真っ白に曇った窓ガラス210×75�僂� 6枚拭いた時点でとっぷり日が暮れた。 風呂はどうした!トイレはどうした!洗面所はどうした! おまえはそれでも主婦なのか!ともう一人の自分が叫び、 その声に押されるように、今日も掃除するハメになった。 トイレの便器をゴシゴシとこすり、旦那のもしかして”水”が飛んでしまって いるかもしれない床をトイレクイックルでシコシコ拭く。 そして、風呂。浴槽はもちろん、壁、床、椅子、洗面器、 何故か風呂に置かれているあひるちゃん5羽まで、 念入りに手をかけなければならない。 それは、カビキラーとバスピカを同時に使ってしまったおかげで、 途中、クラクラするという「命の危険を冒して」までの一生懸命さであった。 洗面所をやり、洗濯までもやってのけ、終わったのが7時。 いったいどんな家なのか? 主婦となって早8年。 家事をマジメにやると、こんなに大変だったなんて・・。 だってキリがない。 家事の労力は、理想を高く持てば持つほど果てしなく広がってゆく。 おまけに、汚れは自分一人でつけたわけではない。 旦那の汚れと私の汚れ、半分半分。 2人の共同責任である汚れを一人で処理する。 しかも、無報酬。どんなに頑張っても、拘束された時間、 労力に対して発生するお金はゼロ・・。 私は問いたい・・大して評価もされないのに、どうしてそれが「主婦だ」という ことだけで”スマイルゼロ円”の精神でやらなければいけないのか? 一緒に暮らしてる者のために生活環境に気を配り、家事をするというのは、 要人を守る”SP”と「一緒にいる人のために身を粉にして」とか 「気を配る」ということに於いては、大差ない大切な仕事であるにも関わらず、 世間の専業主婦に対する評価はあまりにも低くないだろうか? 名前は忘れたが、何年か前に「専業主婦なんていらない」的な本が出版され、 それが爆発的にヒットした。 「ちょっと理論が極端では・・・?」などと曖昧に思っていたのだが、 さっき「いや〜、、掃除した後の風呂って気持ちいいなぁ〜!!」という 風呂上がりの旦那の声を聞き、私はハッキリ確信した。 専業主婦はもっと威張っていい! そう、専業主婦、万歳!と。 ウオォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! おしまい。 ... Y、その後。 - 2003年02月27日(木) 結婚して名古屋に住む友人M美から、メールが入った。 「日記読んだよ。で、Yとは飲みに行きましたか?まだだったらよろしく 言っておいてね!」 Yとは、ついこの前この日記に書いた、飲みに行くと300円多めに 出してくれる、あの男の友人である。 もともと私とM美、そしてYは会社の同期であった。 3人が会社にいた頃は、時々だが食事に行ったりしてたのである。 彼女のメールは続く 「300円というびみょーな数字に彼を懐かしく思い出しました」 そう、彼はどんな時でも300円の男。 私を励ます時も、楽しませる時も・・出すのは300円、300円の男。 なので、今回もそれ以上の金額を期待することなく、その日を迎えた。 行ったのは渋谷の創作料理屋ふうの小ジャレた店。 この不景気だというのに、結構人でいっぱいだ。 「ははは〜ん、、この暗めの雰囲気に釣られてどんどんくるのだな・・ これじゃあ北の○族も会社更生法のお世話になるわけだ、、」と どうでもいいことを思いながら、創作された見た目、味付けを堪能する。 う〜〜んなかなか旨い。 彼との久しぶりの時は4時間にも及んだ。 これから産まれてくる子供の名前のこと、 彼の会社のこと、 私がいた業界が今だ不景気だ、ということなどをペチャクチャとおしゃべり。 そしてお会計。 2人で楽しく過ごした金額は一万円弱。 財布を出し、半分払おうとすると、なんと4000円で良いという。 「今なんておっしゃいましたか?きっと、私は酔っているんだわ」と、 もう一度聞き直しても同じ答が返るのみ。 押し問答の末、結局彼には1500円ほど多めに払ってもらうこととなった。 が、何故?何故なんだ・・。と疑問が頭から離れない。 300円から1500円といったら、5倍ではないか!? 帰りの電車の中で始終そんなことに思いを馳せ、 地元の駅に着き、チャリンコ置き場に行って、使用量100円を出そうと 財布を開けると、中にはさっきもらったばかりのYの名刺。 そこには株式会社○○○○ △△△部 課長×田××とある。 課長である・・。十数年前までは、同期だった彼が会社が変わったとはいえ、 今は課長・・・。 そうか・・・出世したからか・・・。 そういえば、飲んでる席で名刺を肴に 「ヤダァ〜、、偉くなっちゃって〜」 「いやいや、、そんなことないよ」なんて あんなに盛り上がっていたではないか! 「いつもより5倍」の謎が解け、そうか、そうか、ハハハハ、、と 颯爽とチャリで家へと向かう私であった。 ごちそうさまでした。 おしまい。 ... 愛・その時 - 2003年02月26日(水) 夜、11時過ぎに帰宅し、 パンツ一枚の姿で、フォッフォッと 目にも留まらぬ早さをもって「腹筋鍛え中!」の旦那に、 「ご飯が先かい?風呂かい?」と良妻ぶりを発揮して聞いてみると、 「君はファンキーモンキーベェベェ〜〜!」 と、腹筋の腹を休めながら、いきなりキャロルの歌をひとフレーズ口にして、 「これってどういう意味だと思う?」と返され、 仕方なく 「どうよ!どうなのよ!ベイビー!ってことじゃん。」と 意味不明に自分が答えてしまった時、 または、ビデオに撮っておいた「マイケルジャクソンの真実」を見終わった後に、 台所の換気扇の下で、 「結局、この番組で分かった真実って〜のはさ、マイコーがかなりの変わり者ってことと、 顔が尋常ではないってことでしょ〜。あの少年とベッドを供にする気持ちは マイコーが博愛主義者で慈善主義者だったら、まあ分かんないでもないし、 小さい頃からスターだったんだから、私達が普通じゃないと思う生活が 彼にとっては日常なわけで、ある程度考え方が”あさっての方向”なのは 仕方ないんじゃないかな・・・。」 とマイケル論をぶった私に対して・・・、 「俺はさ〜、バブルス君が見たかったんだよなぁ〜。 出てこなかったよね・・・?どうしたんだろう・・?」 と、マイケルが過去連れていたチンパンジーの方に旦那が注力していた、 と知った時、 私はこの人と一緒になって本当に良かったと思う。 おしまい。 ... シャドーボクサー - 2003年02月25日(火) 昨日は指導員のバイトの日。 日曜日の夜、次の日が週のスタートということもあってか、 客は少なめであった。 遅番で入ったもののまったく暇。 「ほわぁ〜〜、、何しよっかな〜〜・・」などと、受付であくびの一つや二つ、 三つも四つもしていると、あと30分程で閉める時間になる夜7時半頃、 一人の女性がフラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜リやって来た。 胸のあたりまである長い黒髪には艶がなく、青白い顔には化粧もしてない。 背が高い上に痩せているから、”フラ〜〜リ”やって来たその姿は、 「何気なく立ち寄った」というよりは、「私、倒れそうでして・・」と いった感じだ。 私が彼女と会ったのは、これで2回目。 わがままな人々も多くやって来る中で、うるさいことも言わない、 質問もしない”良い客”である。 会員名簿に名前、年齢などをササっと記入し、パソコンの番号札を 渡そうとすると小声で彼女が言う。 「あのぉ〜・・・・・・・今日は・・・・印刷・・・・したいんです・・」 うちは、印刷する際に申告してもらうことになっているので、 「ハイ!印刷するときは言ってくださいね!」と元気いっぱい 笑顔で答えると、彼女は長い髪をサワ〜っと揺らし、 無言で首をコクリとさせるのみで、必要以上に力んだ私の声だけが、 フロアーに響くのであった。 そして、それから10分後。 「あのぉ・・・・・印刷・・・お願いします・・・・・・・」 声をかけられ、「はいはい」とプリンターの準備をしに彼女のもとへ 行った私が見たもの。 それは、パソコンディスプレイいっぱいのジョー。 色鉛筆で書き殴った青空のような背景に、ファイテイングポーズをとるジョー。 「あしたのジョー」の姿である。 こんな、格闘技とは縁もゆかりもまったくないような ひ弱そうに見える人がジョー。 まったくビックリしたジョ〜〜〜。 ・・・なんちゃって。 動くプリンターの音を聞きながら、そういえば・・・と私は思いだした。 「この前も彼女はジョーを見ていた。で、ジョーの雄姿を印刷していた」と。 夜8時。そろそろ閉めますという私のかけ声で彼女はフラ〜〜っと立ちあがった。 印刷したジョーを一枚持って。 彼女は30代半ば。 寒い夜に・・・・ 一人の中年の女性が・・・・・ 地味なこの場所へやってきて・・・ 架空のヒーロー、ジョーを慕う・・・・・ いったい何故・・?何を思って・・? 使用量100円を払って立ち去るその後ろ姿を見送りながら、 私は歌うのだった。 ♪明日はぁ〜〜〜〜どぉおっちだぁ〜〜〜〜〜〜〜♪・・と。 おしまい。 ... だとよ。 - 2003年02月24日(月) 昨日、旦那と2人でテレビの前。 すると、青い空に凧がゆうゆうとなびく映像が、 「♪青雲〜それは君の見たひかぁりぃ〜〜〜ボクが〜〜み〜た〜 希ぼぉお〜〜〜、、、青雲〜〜それはふれ合いのこぉこぉろぉ〜〜 幸せのぉ〜〜青いくぅ〜〜も〜、、、、、青雲!!♪」 というような、「青春時代」でお馴染みの森田公一が歌うCMソング と供に映し出された。 「青雲」という線香のコマーシャルである。 どこまでも晴れた目の覚めるような青空と、もっちりした白い雲を背景に、 凧がゆうゆうと、時にくるりんと舞い遊ぶ爽やかなものであった。 それを見て「青雲だから、青い空・・・う〜む・・」などと、一人考える。 何故なら、「商品が出た時分は、わかりやすさに於いて、 この映像は良かったかもしれないが、いい加減変わってもいいのでは? こんなに青い空と雲頼みばかりでは、企業の宣伝戦略としていいのだろうか?」 という疑問を持たざる終えないからだ。 地味ではあるが、人間一度は世話になるに違いない「線香」という 大切な商品について、私がそうやって真剣に考えている矢先、 私より5年は線香の世話になるのが遅いであろうと思われる 年下の旦那が・・・ 「あ〜〜〜〜〜〜、、俺凧あげてぇ〜〜!凧〜〜〜!」・・・だとよ・・。 「・・・・・・・・・・・・。」 あげりゃぁいいじゃん。 おしまい。 ... 産まれる人。 - 2003年02月21日(金) 来月出産する妻を持つ男の友人Yから一月末、 「飲みに行く件はどうなりましたか?」と催促メール が入った。 本当は一月早々にもそれは催される予定であったが、 意外な忙しさで、私の方がバタバタし、呑気に酒など酌み交わしている 場合ではなかったのである。 しかし、「それどころじゃない!」とは、いつも飲み会で300円ほど 多めに出してくれる彼にそんな冷たい言葉、浴びせる訳にはいかない。 「一円を笑うものは一円に泣く。」が世の心得なら 「300円を笑うものは次ぎからは300円さえおごって貰えない」が私の心得。 彼とはしばらく連絡を取っていなかった。そう、一年ぐらい。 どーしてるかな?と思っていたところ12月に電話をもらい、 じゃあ新年会でもやるか、という話になった。 そしてその時、私は彼の奥さんが妊娠したことを知ったのである。 受話器の向こうで彼はもぞもぞと、しかしうれしそうに、子供を作った理由を 私に話すのであった。 「いや〜、、夏に大学の同窓会があったのさ〜、 久しぶりに昔の友達達にあったらさ〜子供がいないのが 俺を入れて数人しかいなかったんだよね〜〜」 (ふむふむ・・・) 「それでさぁ〜俺焦っちゃってさ〜。なんていうの、 取り残された気持ちになっちゃって〜」 (・・・?) なんだそりゃ?という言葉と笑いが出かかった。 −取り残される?− 世界中では確かに日々、子供達がどしどし産まれているかもしれない。 が、女性の生き方が多様になり、選択肢も多くなったというのに、 今どき女からも聞かないようなセリフを まさか、男の君から聞くとは思わなんだ。 結局、彼との飲み会は2月の後半になった。 「3月に入ってからでいい?」という私のメールに対し、彼の返事はこういう ものだった。 「2月中でお願いします。3月には俺も産まれるので」 (俺も産まれるので・・・・・・・・?) 私はこんなふうに女の立場に立った男を、他に知らない。 おしまい。 ... ないものねだり。 - 2003年02月20日(木) 深夜、旦那とテレビの前。 それにしても、ジャパネットタ○タの社長は、 値段を言うときだけ、何故あんなに早口なんだ? 「富士○のぉ〜このパソコンにぃ〜最新のぉキャ○ンのデジカメ うおぉ〜おつけして・・・・ぴゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」 「えっ?今何て言った・・?」みたいな。 次々と紹介される品々を見ながら、旦那は言う。 「あ〜〜〜〜、、これいいなぁ〜〜!カーナビ!俺カーナビ欲しい〜〜〜!」 へっ? だから、うちには車ないんだってば! おしまい。 ... 住むならやっぱり一戸建て。 - 2003年02月19日(水) うちのパソコンディスプレイの上は、 犬でいっぱいである。 それは、私を癒してくれる。 そう、例えばこんなふうに、飲み会に行った旦那が 夜中の2時半になってもいまだ何の音沙汰もなく、 「なぜだぁ〜〜、、なぜ帰って来ないのだぁ〜〜、、」 と、その極楽とんぼぶりにワナワナしてる時、 または、ゴミの日にも関わらず、彼が朝忘れて会社に行き、 昼近くに起きた私が玄関に鎮座する大量のゴミを前に 「なぜだぁ〜〜〜、、なぜ捨てなかったぁ〜〜、、、」 と、怒りに震えている時など。 しかしその犬たち、生犬ではない。 すべて、写真。 一番最初にやって来たのは、去年旦那が誕生日にくれた 「飛び出す柴犬カード」の柴3匹であった。 そして、そこに旦那が仕事で使った犬のテレカを 切り抜いてはそこに立てかけていき、 昨日、紀州犬の子供が加わったから、これで、総勢9匹。 切り抜いている時は、 「初めまして〜、ようこそ我が家へ〜〜」 とか 「おっと、こう切ると犬が痛そうだ・・」 なんてノッてる私も、 数日経ち、ふとそこにいる彼らを見ると、 その平面さにガックリ・・・ しょせん写真・・・・だと。 だから言ってもいいですか? 家欲しい!犬欲しい! おしまい。 ... はさみ上手な女。 - 2003年02月18日(火) 大学を卒業した後、私はテキスタイル、いわゆる生地屋にデザイナーとして 入社した。 小学校、中学と家庭科が大の苦手だった私が、まさか服飾関係の 仕事に従事するとは、自分でも信じられないことであったが、 取り敢えず「入れてあげます」と言ってくれたのが、そこだけであり、 親からの仕送りストップの期限もすぐそこまで迫っていたので、 この際、生きるために!と思って就職したのであった。 面接の時、「やりがいを感じます!」なんて言い放ったものの、 廊下やフロアーにゴロゴロ置いてある生地の反物を見ると、 宿題のパジャマを徹夜で泣きながら縫ったのに、まち針まで縫い込んだことが 提出時に発覚して、「いや〜〜、、これくらい見逃してください」と開き直って こっぴどく怒られたことや、型紙の裁断で間違ってはさみを入れてしまい、 慌てて不足分の生地を買いに行ったら、同じ柄がなくて結局全ての裁断 をやり直した、などの過去の「家庭科顛末記」が頭をよぎり、 実際ゾっとする想いであった。 しかし、「生きるため!金のためなら頑張ります!」という 執念が、いつしか一人前の生地屋に私を育てていった。 生地そのものにいつの間にか嫌悪感を持たなくなり、生地を切るはさみ使いも、 江戸の紙切職人か?というまでになった。 そんな絶好調のある日のこと、私はいつものように、 2枚に重ねた生地に軽快にはさみをいれていた。 鼻歌なんか歌いつつ、もう目を瞑っていても手が勝手に動いてくれる、 というほどの順調さで。 サクサクサクサクと生地を切り進め得意になっていた矢先、 何故か音は濁音になり、サクサクはザクザクに変わった。 しかもはさみを一回一回入れるたび、持ち手にズシンと手応え さえも感じる。 「どうしてこんなに切りにくいのか?」と思い、エイ!っと力を入れた。 すると、ザックリ!という音がして。ふっと手元が軽くなった。 何かひと山超えたような感触さえあったので、どれどれと見てみると、 なんと、自分がその時していたマフラーまで裁断。 生地を2枚に重ねる時、マフラーが間に挟まっていたことに 気がつかなかったのだ。 マフラーは買ったばかりであった。気に入ってもいた。 油断していた自分が悪いとはいえ、 「三つ子の魂百までも」ということわざを、私は思い出さざるおえなかった。 そして、時を経て昨日の夜、洗濯物を畳んでいた時のこと。 お気に入りのボルドー色のパンティーのゴムの部分に、 ポチポチと縫い糸がほどけて絡まった毛玉のようなものを発見。 そのまま見逃しても良かったが、 「毛玉付きパンツはオバサンへの第一歩・・」と、はさみでカットすることに。 で、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・ハイハイ、そうそう、そうですよ。 パンツも切ってしまいましたよ。 プチプチと毛玉をつまんで切ってるうちに、パンツの生地までつまんで しまっていたのであった。 切り込みは約1センチ。が、ストレッチが入っているので、 身につけた場合、穴はかなり伸びて目立つ。 夜、パンティー1枚の姿を旦那に見せる機会もめっきり減ったとは言え、 いくらなんでも、妻が穴あきをはいてる、というのはマズイ。 誰からも頼まれてないのに、自ら女をリタイヤすることはない。 泣く泣く捨てた。 お気に入りがゴミと化した瞬間。 そう、あの時と同じ。 それでも私は信じている。 自分が”はさみ上手”であることを。 おしまい。 ... 下町バレンタイン劇場 - 2003年02月16日(日) 土曜日の夜、指導員の仕事を終え、近くのドトールでコーヒー を飲んでいると、大学生ぐらいの若いカップルがやって来て、私の隣りの 空いてるテーブルに寄り添うように座った。 女の子の方はちょっとした”素人の優香”といった感じで、 男の子はといえば、これがまた背も高く目がクリっとしていてモデル系。 ビジュアルにかなり力が入ってる2人である。 芸能人でもあるまいし、こんなカップルもいるのかと、 世の中の広さを改めて見る想いだ。 そう、30ウン年、長く生きてきた私の”恋人達に於ける一方的法則”によると、 通常の素人カップルというのは、まさに天気予報図の”西高東低”。 片方のビジュアル度が高ければ、もう一方はほぼ間違いなく低く、 「何故、この人と?」 「どこが良かったのですか?金持ちだからですか?」 と質問までしたくなってしまう組み合わせが多い。 その完成度の高さから 「まさか、本当に芸能人だったりして?」とチラチラと見ていると、 席に座って数分後、 男の子の方が 可愛い彼女が持ってきた 可愛い紙袋から、 可愛く小さな蓋つきカゴを大切そうに取り出した。 そして蓋を開けた彼の手にちょこんと乗っていたものは、 手作りのこれまた可愛く美味しそうなチョコレートであった。 一日遅れのバレンタインデーである。 彼はそれをゆっくり目の前でぐるりと一回転させ、彼女の愛情をよ〜く目で確認 すると、うれしそうにパクリ。 が、「おいしい?」「うん、おいしいよ!」などとは2人は言わない。 味わう彼も静かな笑顔なら、彼女もまた、そんな姿を横でニコニコと 見つめるだけ。 ほっほ〜〜。なんて、ういういしい素敵なカップルなんだ。 若い2人からほのぼのした気持ちをもらい、すっかり癒された 気分になって、店内の時計を見ると8時40分。 「そうそう、夕飯どうしよう・・」と思い、打ち合わせをすべく 家にいるハズの旦那に携帯で電話。 が、2度ほどかけても何故か通じない。 旦那の携帯の方へも挑戦するが、これもまたダメ。 隣りのテーブルでは、”バレンタイン劇場”が続いている。 う〜〜〜ん、、、と思って3回目。 ようやく通じた。 「もしもし〜!!電話したんだよ!何処行ってたの!」 「眠くて寝てた〜〜ふぁ〜〜・・・・」 (ナニ〜〜!人が働いていたのに寝てただとぉ〜〜) 「寝てても、電話ぐらい出れるでしょ!」 「ふぅ〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・」 「ホレ!夕飯どうする!なんか買って帰ろうか?」 「ふぁ〜〜〜ん・・俺なんでもいい・・・・」 困った。旦那は夕方にサーフインから戻ってきて、 その疲れからすっかり「お話にならない人」と化していた。 これ以上何を話しても無駄なようであった。 なので・・ 「ん〜〜〜〜、、とにかくさ、ご飯だけ炊いといて!ご飯!分かった?ご飯だよ!」 「ふぁ〜〜〜〜〜〜〜い・・・ツーツーツー・・・・・・」 パカリ!!携帯を閉じ、イライラしながら私はもう一度、隣りのカップルに 目をやった。 2人は見つめ合い、ポツリポツリと彼の言うセリフに、 彼女がくふふふ・・なんて笑っていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 私はこの時ほど自分のことを「おばさんである」と実感したことはない。 おしまい。 ... 愛の厳しさ。 - 2003年02月15日(土) バレンタインである。 結婚記念日を忘れてしまうような女である私なので、当然 のように、このバレンタインも、また、まったく頭に入ってはいなかった。 数週間前から街のあちらこちらで、チョコレートがやたら売られているような 気もしたが、バレンタインの「バ」の字も思い出すことはなく、 私の認識としては「最近チョコレートが駅の構内や街角でバーゲンされている。 菓子業界もきっと大変なんだろう・・」ということであった。 ところが、おととい友人KのHPに遊びに行き、その中に 「最近どこもかしこもカカオだらけ・・」と書いてあるのを見て、 ようやくバレンタインがすぐそこまで来てることにハッとしたのである。 結婚記念日は旦那もたぶん忘れている可能性が高かったので、 その日が過ぎ去ってしまってからも「忘れたことに罪はない。」となるが、 バレンタインはそうはいかない。 その日は必ず旦那が義理チョコを会社の女の子から2〜3個もらって 来るからだ。 例え彼が「今日はバレンタイン」ということを忘れてしまっていても、 そんな女の子達の人間関係を円滑にしようとする有り難い心使いが、 否応がなしに、彼にその日であることを思い出させもし、 「赤の他人でさえこんな感じなのだから、愛する妻はどんなもので俺への愛を表現 してくれるのか!?」と期待も膨らむに違いない。 これは忘れるわけにはいかない。 愛がどうしたこうしたとかいう問題ではなく「彼が覚えている」といった点で 忘れるわけにはいかない。 友人のおかげで運良く思い出すことができたことに安堵しつつ、 昨日の午後、それだけのために電車に乗って隣りの駅の駅ビルへと向かった。 だが、私ははなっからチョコレートを買う気などなかった。 お口の中に入れてひと噛みしただけで、すぅ〜〜っと勝手に溶けていってしまう はかなげなヤツより、「今、俺は確かに妻の愛を食っている!」 と食べていることをものすごい手応えで、意識できるものが欲しいのである。 夫婦愛とは、甘くとろけるようなものではない。 「愛してるよハニ〜」 「私もよダ〜リン」 などという関係はそう長くは続くものではなく、 「また、飲んできたの〜。まったく何時だと思ってんの!コラ!」 とか 「ちょっと〜そこ散らかさないでよ〜、自分で片付けてよ!コラ!」 とか 「明日の朝はゴミだから!今度は忘れないでよ!コラ!」 てな感じで、もっともっと力強いのだ。 そんな愛を象徴するようなもの。 しかもそれはどこかに「カカオ」の要素が入ってもいなければならないので、 買うのは決まっている。そう、チョコレートケーキまるまるワンホールしかない。 これなら、むしゃむしゃとたくましく食えるし、あまりにも量が多いため、 一度に一人で食う姿は「挑戦者」。 愛の厳しさを体を持って確かめることができる。 しかもその大きさにかこつけて「私の愛はこんなにビッグ!」と 主張もできるという優れもの。 帰り道、ケーキが崩れてしまわないように丁寧にいたわりながら 改めて自分のナイスチョイスに満足し、 「そうは言っても一人じゃ食えなかろう。手伝ってあげることもまた夫婦愛。」 と口元が緩む私であった。 おしまい。 ... 無責任。 - 2003年02月14日(金) 午後2時半。秋○原のベッ○ーズは今日も遅めに昼食を とろうとする人でいっぱいであった。 ベーコンエッグクロワッサンとホットコーヒーを受け取り、 カウンターにひとつだけ空いていた席に腰を落ち着け、なにげ なく右隣に目をやると、そこには非常に不可思議な男女が2人座っていた。 男の方は年の頃なら20歳前後。やせ形、マジメ、オタク、オドオド、 といった感じの青年で、女の方は「おまえら何処で知り合った?」 と聞きたくなるような明らかに男とは別世界の住人であった。 「ここが目!」「ここが眉!」「ここが口!」と、白く塗り固められた 顔の上で、それぞれのパーツがお互いに気を使うことなく主張しまくる 化粧の派手さは「ママ〜今日の分、ツケといて〜〜〜!」と、 私の頭に何の意味もなく、”スナック「さくら」”という言葉を 浮かびあがらせるほどだ。 香水もきつかった。 もの凄い勢いで臭ってくる。 まるで点け始めた石油ファンヒーターのようで、 そのレベル設定は”強”並み。 「飲食店では”弱”にね!」がマナーである。 いったいどういう関係なのか?と隣りの会話に耳を傾ける。 どうやら話題は男の大学生活についてらしい。 そして”さくらのママ”は男が話すことにいちいち頷いて相づちを打ち、 何故か手元のノートにメモを取っている。 ノートに並ぶのは短い単語ばかり、男の話の中で彼女にとって大切!と思われる キーワードを拾い、書きとめているようでもあった。 男は学生生活のこと、試験のことを真っ正面だけを見てボソボソと、 しかし途切れることなく話し、”スナックさくらのママ”は 「それは凄いわ〜」「さすがだわ〜〜」「大丈夫よ〜」 などと、彼を励ましたりしている。 話を横で聞いてるうち、私の頭の中では次第に 「地方から出てきて、今だ東京の生活に馴染めない孤独な青年が、 街で何らかの目的で近寄ってきたオバサンに、その淋しさをつい話して しまっている」というストーリーが出来上がってしまっていた。 そう、彼女には絶対に下心があるに違いなかった。 だって、変である。会話の様子から見て親しい感じでもない2人が、 こんなファーストフードのカウンターで「青春お悩み相談室」なんて。 男の話の中から何を探ろうとしているのか? メモったキーワードは何に利用しようとしているのか? 何かを売りつけるつもりなのか? または、何かの団体への勧誘なのか? そういえば、私は予備校時代の男友達Mから上京したばかりのある日、 街で見ず知らずの女性から優しく声を掛けられ、うっかりついて行ったら 変な家に連れていかれ、気がつけば裸になって水風呂に浸かっていた・・ それは新興宗教絡みだった・・・という恐ろしい話を聞いたことがある。 これは、同じ地方出身者としては、黙ってはいられない。 私は彼を勝手に「地方出身者である」と決めつけた上で、 ”いよいよ”の時は助けてあげようと言う気にまでなっていた。 いつ出るか・・いつその時が来るか・・・と待って待って20分。 ふと時計を見ると、時間はすでに2時55分。 「いっけね〜〜、、三鷹で待ち合わせがあったんだ」 私は急いで席を立った。 彼の無事を祈る。 おしまい。 ... エキゾチック〜じゃぱん! - 2003年02月13日(木) 昨日は「身近なお江戸の旅」の日であった。 徳川家ゆかりの場所を訪ねるのである。 が、その前にもう一つ。松戸の伊○丹にある化粧品屋で顔の マッサージをタダでしてもらう日でもあったので、 取り敢えず私が先に入り、終わる頃合を見計らって、 お供となる友人M子がそこに私を迎えに来るという手筈になっていた。 伊○丹に着いたのが11時半。午前中に起きたので当然眠い。 で、くるくるくるくるマッサージしてもらううち、うらりうらりと すっかり夢心地になってしまい、友人が来た時にはすっかり寝ぼけていて、 施術してくれていた店員のお姉さんから 「あの〜、、お友達が迎えにいらっしゃいましたけど」と声をかけられても 「エ〜〜、、誰がぁ〜〜」と言ってしまう始末。 でも、そんな私がかろうじて目を覚ますことができたのは 「ハイ終わりました!お疲れ様でした」というかけ声とともに見せられた、 鏡に映る自分の顔にビックリしたから。 どうやら、頼んでもいないのに、眉まで施術されてしまったらしい。 剃られ、細くなりすぎた眉にツツツツ〜〜〜と黒のラインが引かれたその様子は まるで、ひじきであった。 ひじきは好きだが、眉としてはどうかなぁ〜?と半分疑問に思いながら、伊○丹を 後にし、食事後お目当ての所へ。 松戸の駅から歩いて15分ぐらいのところにその場所はあった。 第15代将軍徳川慶喜の実弟である徳川昭武の別邸だという。 歴史館も併設してある広い敷地の中に、明治に建てられたという邸宅と庭。 240円払って中に入り、さぁ!と気合いを入れるものの、 なんかチンピンカンプンだったので、松戸市のボランティアとしてそこにいる係り の熟年女性に説明して貰うことにした。 「こんにちは〜〜」「よろしくお願いします」と向かい合って挨拶を交わし、 どこから来たのか?などという会話を済ませると、何故か沈黙。 私達と案内員、お互い顔は笑っているのだが、困ったことにその後に続ける 言葉が見つからない。 ニコニコとお愛想笑いしたまま立ちつくす若くもない女が3人。 不気味である。 その女性もなれてないのか、説明し出すタイミング をはかりかねているようであった。 が、黙って入り口近辺にこのままいるわけにはいかないことは、彼女が 一番良く知っていたらしい。 少しして意を決したように「あの〜・・」と説明を始めた。 邸宅の中は素晴らしいものであった。明治17年に建てられて以来、 壁などは塗り直したものの、他は手を入れてないそうだ。 一番驚いたのは屋敷内にあった内倉と呼ばれる土蔵。 田舎で良く見かける蔵がそのまますっぽり家の中に組み込まれてマス!と いった感じ。 扉や壁が黒や茶色の細かい粒が混じったぶつぶつした石でできてると思ったので、 「分厚い石ですね〜」と感心すると、石ではなくて実はコンクリートだそうだ。 「みがき出し」という技術でコンクリートを石っぽく見せてるらしい。 何のために・・?コンクリートのままじゃダメなのか? とも思ったが、その”わざわざさ”に当時の職人さんの技術の高さを 見る想いである。 実はそこ、そんな技術が満載の館であった。 部屋の鴨居部分には当時としては珍しく蝶やコウモリのくり抜きが施されていた り、張りの部分が継ぎ目なしの高級杉一本丸々であったり。 湯殿では、天井の一部が木の皮を編んだカゴの表面のような感じになって、 そこから湯気が外に出るように工夫されていた。 まわるほど、説明されるほど、「ほぉ〜〜」と呟く回数が多くり、 説明してくれる案内員さんも、私達のそんな様子を見て、いったいどうした?と 思うほどテンションが高まり、声が大きくなる。 そしてついに、庭の桐の木に説明が及んだ時、それは頂点に達したのであった。 「あの木を見てください。ホラホラそこです、そこっ!!ついこの前まで、 赤い実が!それはもう綺麗な、綺麗なほどうわぁ〜〜〜〜〜〜っとびっしっり なってたんですよ!いや、あれは桐の木の一種なんですが、それはもう綺麗に、 綺麗に!うわぁ〜〜〜っと、ええ、ええ、本当に綺麗でした赤い実がうわぁ〜〜〜 っと・・・・・・・」 力強い。赤い実がよっぽど気に入っていたようである。 彼女の綺麗という言葉を窓の外に向かって繰り返しながら、手と両足をやや広げ、 腰を落とし、少し前かがみになった姿勢は、まさに相撲の”がぶり寄り”。 きっと彼女のこの館を愛して止まない気持ちが彼女を「ごゅつあんです」状態に させてしまったのであろう。 そのあと、当主昭武が趣味としていた明治の人々を撮った写真を観て、 そのごつめな骨格がうちの旦那とそっくりである、ということを発見し、 そして庭で紅梅の美しさに見とれた。 古き日本の素晴らしい職人技術、趣のある建物、目を奪われた紅梅の可憐さ、 そして、その邸宅をこよなく愛す案内員の女性の”がぶり寄り”。 すべてにおいて満足できた旅であった。 おしまい。 ... 愛し合う2人。 - 2003年02月11日(火) 私達の結婚記念日は1月21日。 それを話のついでに思い出したのが1月24日。 忘れていたくせに「いや〜、、昨年は一ヶ月半ぐらい遅れて 気づいたから、それに比べれば、今年は2日しか経ってないし、 私達も進歩したよね〜」と、反省どころか大満足の2人。 「良く思い出した!エライ」「いいえ、あなたこそ」とお互いの労 をねぎらって、急遽、何かしなくては!という気持ちにまでなり、 銀座での食事を決めた。 お目当ては黒豚しゃぶしゃぶの店。友人と何度も行ったそこは、 私のお気に入りであるのだが、旦那にその旨さを報告するだけで、 旦那を連れていったことはない。 行きたがっていたので、大切なセレモニーの食事としてはピッタリだ。 「よ〜し、豚食いに連れてってやる!」と大きな態度で、もちろん私 がおごるわけではさらさらなく、生活費の封筒を握りしめ、 銀座のその店へと向かった。 私は肉があまり得意ではないが、そこの豚しゃぶは大好物である。 そばつゆの汁で、しゃぶしゃぶしゃぶっとした肉をつけていただく。 テーブルに付き、メニューもそこそこに豚しゃぶを注文。 皿に盛りつけられた豚肉を見ただけで「ウォ〜〜〜〜」と感激し、 ”しゃぶしゃぶ”も”しゃ”ぐらいで、早速口に運ぶ2人。 1枚、2枚、3枚・・・面白いように、するすると豚が口に吸い込まれてゆく。 そこに、結婚記念日に関する会話はない。 2人で供に過ごしてきたこの8年を振り返るというヤツだ。 例えば、 「今までいろいろあったなぁ〜」 「そうね、楽しいことも、辛いことも・・ね」 とか 「俺についてきてくれてありがとう」 「ううん、こちらこそ・・これからもよろしく」 ではなく 「おいしいなぁ〜」 「だから言ったじゃん!おいしいのさ!」 とか 「この汁変わってるなぁ〜。家でもこの味出せないかなぁ〜」 「無理だね。レジの横で汁売ってんじゃないの」 など。 しかも、食事のお供に飲んでるのは、ワインだとか、琥珀色のウイスキーでは なく、「焼酎お湯割り梅入りでお願いね!」とオヤジばり。 豚しゃぶはあっという間に食べ終わり、その後、豚舌のみそ漬けとお新香 で焼酎を各5杯ずつちびちびとやり、 「いやぁ〜食った、食ったぁ〜、良かったぁ〜」と店を後にした。 豚でパンパンになった、まさに豚っ腹をポンポンと叩きながら、 「来年の結婚記念日もまた豚ずくしで行こう!」 「ガッテンだい!」 と2人で誓ったのであった。 こうして、8回目の結婚記念日は終わった。 私達は愛し合う2人である。 おしまい。 ... KISS - 2003年02月08日(土) 深夜の池袋。 JRの終電も秒読み段階に入り、間に合うのかよ、と バタバタと西武線の改札を出ると、駅の構内には別れを惜しむ 若いカップルがチラホラ。 つないだ手はとても名残惜しそうで、なかなか離れることができない様子。 抱き合ったり、見つめ合ったりを繰り返し、最後にはキス。 カップルによって様々だが、それは、恥ずかしげな小鳥のようであったり、 バキュームカーのようであったり・・。 「君しか見えない」 「う〜〜ん・・私も・・」などと、 例え、相手がキムタクでなくても、例え、松嶋菜々子にはほど遠くても、 それぞれが主人公気取りだ。 きっと、目には分厚い”恋のフィルタ”ーってもんがかかり、 お互いの姿を「月9」の主人公に見せているに違いない。 恋することって恐ろしや・・。 結婚して私も丸8年。実はそんな彼らがちょっと羨ましかったりする。 夫婦になってしまえば、ずっと一緒にいるのだから、 そこにシンデレラ物語、タイムアウトはないのである。 「あれ?さよならするこの瞬間ってどんな気持ちだったっけ?」 「切ない気持ち」というヤツを、今ではすっかり忘れてしまった。 そういえば、私は駅でキスなんかしたことない。 いや、あったかもしれない。 もっともっとすれば良かった。 恋をいつまでも忘れぬように。 そう、激しくぶちゅ〜〜〜〜〜〜〜っと。 ... あわてんぼさん。 - 2003年02月07日(金) 今日、久しぶりに図書館に行ってみた。 本棚の前に立ち「ハテ?何冊借りれるんだっけ?」と 疑問に思って、隣りにいた係の女性に 「何冊までいいんでしたっけ?」と質問すると、 「ご自分が2週間の間に読める冊数でしたら何冊でも」 という答。 これは、びっくりだ。制限がなかったとは。 じゃあ、100冊借りても? 1000冊借りても? おとがめナシ? 読めないけど。 などと考えながら6冊を借り、外に出て歩いていたら、 向こうの方から女の子がニコニコしながら 私の方へと走って来た。 女の子は4歳ぐらいで、両手に一冊ずつ絵本を持ち、 「返そ〜と!返そ〜と!」と言いながらニコニコしてて、 そんなにその本を手放すのが嬉しいのか?そんなにつまらなかったのか? と私に思わせるほどのはしゃぎっぷりである。 小さい体に、ともすれば自分の体半分ぐらいの大きさの本を 両手に持ちながら、パタパタフラフラとバランス無く走る様子は、 まさにつつかれた”やじろべえ”といった感じで、 「絶対転ぶ!」と予感させるものがあったのだが、 するとその子、私と打ち合わせしていたかのように、 本当に見事に転んでしまった。 前のめりにパタっと。 が、その子は泣かなかった。 ビックリしたようではあったが、泣かなかった。 そして、ちゃんと自分で起きあがった。 あわてんぼさんは偉かった。 しかし、どうして子供はあんなふうに転ぶのか? どうしていつも忙しないのか? そういえば、私は悠々と、のっしのっしと歩いてる子供を見たことがない。 大抵はいつもパタパタしている。 パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ・・・。 まるで、大切なものを見つけ、気持ちがはやってしょうがないといった感じだ。 良く転ぶのはそれが子供にとって必要だからに違いない。 初めは、転んだという行為そのものに驚き、怖くなり、そして泣く。 一人では立ち上がれない。 でも、何回か転ぶうち「なぁ〜んだ、意外と平気じゃん」と度胸もつき、 次第に自分の力で起きあがるようになる。 きっと、そういうふうにして、大きくなってゆくのかもしんない。 大人はめったに転ばない。転ぶことも、転んだこともいつしか忘れる。 すると、そのうちつまずくことが怖くなる。 大人の方が弱虫だ。 たまには、あわてんぼさんになるのもいい。 おしまい。 ... 彼方へ。 - 2003年02月06日(木) ものもらいができて、その可愛そう加減から、 絶対何かもらえる!と思ってのぞんだ指導員。 この前ティッシュをくれた事務局の例のオヤジと話をしたのにも関わらず、 目を腫らし崩れている私の顔にぜんぜん気が付かないのは、 もしかして、私の顔がもともとその程度のレベルだったから? などと不安さえ感じていたら、実は彼の奥さんの方が大変だということ が話の途中で発覚した。 インフルエンザらしい。 熱が高いらしい。 で、彼が夕飯を作らなきゃいけないらしい。 なので、他人の妻のことなんか構ってられないらしい。 納得。 「大変ですねぇ〜〜〜」と半分男やもめふうの日常を思って 思わず同情。 彼がみそ汁の鍋をふきこぼし、たくわんを切るのにあたふたしてる 様子が目に浮かぶ。 だって、料理なんかできそうにもない厳つい顔付き。 そして、頭を覆うパンチパーマ。 今時、何処で当てたのか・・。 良く分かんないが、男っぽいのは確かだ。 「同情されたいのに、してる・・・・」 意外な展開で、昨日私が思っていたこととは大違い。 私は可愛そうがられる予定だったハズ。 そしてさらに一時間後。 見回りに来たついでに私と話した彼が言う。 「ホントに元気だよね〜〜〜」 そうそう、私は元気。悔しいぐらい元気なの。 その瞬間、「何かを貰う」という予定が、遠くの彼方へ飛んで行った。 チッ! おしまい。 ... もらい物 - 2003年02月05日(水) 明日は指導員の日だというのに、 なんと、目に「ものもらい」ができてしまった。 若い!(なんとなく・・) それにしても、この前は風邪、そして今度はものもらいとは・・。 人と接してなんぼ!の仕事をしているのにも関わらず、 まるで「そのお仕事辞めちゃえば・・・・」と言わんばかりに 人に移る病気ばっかりである。 免疫力の弱いお年寄りを相手にすることもあると言うのに・・まったく。 例えばその心配はこんなふうに現れるかもしれない。 今現在、私の左目はかなり腫れている。 ただでさえ小さいオチョボ目が横綱朝青龍並みにぼってりしていて、 このままで行くと、明日はどーなっているのやら?という予想もつかないほど。 こうして日記を書きながらもその腫れは着々と進行している。 と、言うわけで、インターネットスポットで私から指導を受けた人々も、 老いも若きも、男女問わず、朝青龍になってしまう・・って。 旦那はこの私の現状を疲れだ、という。 確かにここ最近の私はハードであった。 が、昨日はゆっくりしていたハズ。 いよいよ年で回復力も鈍くなってきたらしい。 追加で休養を取るとしたら、明日は休みたいぐらいなのだが・・・。 いや、待て・・。この前鼻水が怒濤のように流れていた時も、 私は頑張って仕事に行った。 そして、親切な事務局のオヤジからティッシュをタンマリ貰ったではないか。 この「ものもらい」”可愛そうレベル”は同じぐらいのハズ。 いえいえ、もしかしたらそれ以上かも。 だって女の命である顔がこんなに崩れかかっているんですもの。 すると、同情心に火がついたオヤジから、もっと良いものを貰えるかも。 明日も頑張ることにする。 おしまい。 ... GOOD LUCK! - 2003年02月04日(火) うちの旦那は男ばかりの3人兄弟の2番目である。 毎年恒例の新年会もなく、今年に入ってから音沙汰がとんとない。 この前その話が出て、 「みんな、元気かなぁ〜、最近会ってないよね〜、寂しいねぇ〜」 と私が言うと、旦那は 「みんな忙しいんだろ〜、男兄弟ってそんなもんだよ」とあっさり。 ただ暇だというだけで「緊急ミーテイィングだ!集合だ!」となんだかんだ で頻繁に会う私達姉妹とは大違いだ。 で、「ふ〜〜ん・・男兄弟ってなんか血の繋がりがいがないなぁ〜」などと 思っていたら、昨日ドトールでとっても仲のいい男兄弟に遭遇した。 何故、そう私が判断したかと言うと、その3人がどう見ても50代後半 のオヤジ連中であったからだ。 兄弟になって30年そこそこの旦那の兄弟でさえ、もはや交流薄!というのに、 50年ほどそれをやっていると推測される彼らが、こうして集まるなんて、 よほど仲がいいに違いない。しかも休日に。 彼らは店の真ん中当たりにある大きな楕円系のテーブル、 いわゆるL卓に横一列に並んで座っていた。 中央に飾ってある花を挟んで私の向かいっかわである。 私は、初めその3人をヤクザだろうと思っていた。 いかつい顔をして、アントニオ猪木と貴ノ花を足して2で割ったような体付きは、 とても堅気の人々とは思えない。 まさか、ドトールで秘密の取引か!と手に汗を握るところであったが、 話を盗み聞きして10分。頻繁に飛び交う「兄さん」という言葉で 彼らが兄弟だということが発覚。 ・・・良かったような、おもしろくないような・・。 3人は次男坊の家について話し合っているようであった。 私の取材によると、次男坊は最近奥さんと離婚して家を追い出されたらしい。 慰謝料の一部として渡すハメになったのか、 もともとマスオさん状態だったのか・・・。 とにかく、住むところを早急に探さなければならなくなり、 兄弟の知恵を借りようとしているのであった。 次男坊は不安そうだった。なんたって家を借りるお金もないらしい。 その彼を鼓舞し励ますように、兄が弟が 「住むなら足立区、荒川区がいいぞ、安いから」「俺が保証人になってやる」 などと彼にこれからの道筋をつけてあげようとしていたのだが、 悲しいかな次男坊はとっても飲み込みが悪いタイプだった。 話の流れの中で、長男と思われる男性から「公営の住宅に入ると良い」と言われ、 そのシステムや、どこに問い合わせばいいのか、などを説明されても チンプンカンプンのようである。 同じことを何度も聞き、それに対して何度も説明する兄、そして弟。 もしこれが他人なら「おまえはバカか!」と怒鳴ってしまいそうなところだが、 2人とも気が長いのは、やはり身内だからであろう。 結局最後、次男坊もやっと話を理解し、長男から問い合わせ先の電話番号を 貰い、3人仲良く帰って行き、私はその後ろ姿を見送りながら 「グッドラック・・」と心の中で静かに応援するのであった。 しかし、どうだろう?なんで離婚したのかは知らないが、50になって まだ、家のことを心配しなきゃいけない人生って。 「人間死ぬまでなにがあるかわからんなぁ〜」と思いかけ、私はハッとした。 うちの旦那の兄さんは公務員。弟には手に職がある。 サラリーマンは彼だけである。 こんな時代、サラリーマンほど不安定な仕事はない。 しかも我が家は賃貸。家賃が払えなくなり、いつ何時住むところが無くなっても 不思議ではない身の上なのだ。 しかも、さっきの路頭に迷おうとしている次男坊と同じで、 旦那も3人兄弟の真ん中ときたもんだ。 「グッドラック!」なんて励ましてる場合ではないかも・・・。 コーヒーを飲みながらゾッとするのであった。 おしまい。 ...
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