斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」
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2002年11月30日(土)
正統なユビキタスの定義と日本のクルマ
あちこちでユビキタスという言葉が目に付くようになった。 だが、これらのほぼ全ては間違った使い方をされている。 もはや単なる広告キーワード。 ユビキタスを直訳すれば「偏在する」という意味となる。 そのせいか単なる「どこでもブラウザ」のことをユビキタスと称しているようである。 携帯電話経由でどこでもブラウザが使えます、メールが読めます。 ホットスポットでどこでも高速でブラウザが使えます、メールが読めます。 これらはモバイル・インターネットでしかない。 ユビキタスとは言わない。 「ユビキタス」という言葉は1988年にマーク・ワイザーによって生み出された。 生まれた場所はパロアルトにあるゼロックスのPARC。 ゼロックスのPARCは現在のコンピューティング環境の全てを生み出したといっても過言ではない。 ユビキタスとは「コンピュータが全てのモノに組み込まれ、コンピュータがモノではなく、環境となることである」 マーク・ワイザーはこうも言っている。 “最も重要なテクノロジーはテクノロジーが「見えなくなること」である。テクノロジーはどこにあるのかわからなくなるくらいに布のように日常生活に織り込まれる。ペンや電気がどこにでもあるように、まるで目立たず、それらがいかに重要な存在かを日々の生活で忘れてしまうような状況。それがユビキタスコンピューティングとともにある、ということだ“ ユビキタスとはコンピュータが目に見えないくらいに、環境に溶け込み、コンピュータそのものが環境の一部となることである。 様々なセンサーから得られた情報とそれに対する何らかのフィードバック、情報配信やサービスの提供、それがユビキタスである。 ブラウザもメールもどうだっていいのである。 現在のところ一番ユビキタスに近い環境を実現しているのはクルマである。 クルマは既にセンサーだらけだ。 クルマの内部は既にオフィス並みのネットワークが張り巡らされている。 車内の配線は既にKm単位だともいう。 カーナビはもはやGPS衛星により地図上にクルマの位置情報をマップするだけの存在ではない。 道路に張り巡らされたVICSのビーコンにより、渋滞情報や工事情報、駐車場の空き情報を得る事ができる。 経路も渋滞情報の変化に応じて最適コースはリアルタイムに変更される。 携帯電話を通じて目的地の天気予報。 オービスや取締りの情報まで地図上にマップされる。 電話がかかってくれば、相手の名前が画面に出る。 基本操作は音声認識で行われる。 そしてETC。 現在は高速道路の料金所でしか使えないが、駐車上の料金支払いやドライブスルーといったクルマを使用する際の決済手段に発展する可能性がある。 盗難警報装置はPHS内蔵となり、盗難されてもクルマの位置情報を得る事ができる。 事故が起きればエアバッグのセンサーと連動して、携帯電話が自動的に救急通報を行う。 クルマは既に充分ユビキタスである。 先日発表されたホンダ・アコードに至っては、既に自動運転に限りない機能を搭載している。 バックミラーに埋め込まれたセンサーが白線を捕らえ、前方の車両との距離を常に測り、ハンドルやブレーキ、アクセルをコントロールする。 ワザと運転サポートシステムという位置付けにされているが、事実上、高速道路であれば既に自動運転は可能である。 これがユビキタスなのだ。 車両や道路に埋め込まれた無数のセンサー、それらの間では無線により無数のやりとりがなされている。 クルマ単体だけではなく、インフラと一体となったシステムこそがユビキタスなのだ。 ただ、携帯電話会社が目指すテレマティクスは概念的には「どこでもブラウザ」の域を出ていない。 携帯電話各社の目論見など、ユビキタス環境のごくごく一部でしかない。 コンセプトより現実のインフラのほうがずっと先進的である。 どこでもインターネットなんてユビキタスのごくごく一部。 今の日本のクルマ社会で既に実現されているユビキタス環境がこれからは更に発展し、地球上の全てに展開されていくことになる。
2002年11月29日(金)
アラン・ケイとカウンターカルチャー
アラン・ケイがHPに移籍した。 今から10年近く前、表参道で小さなパーティーが開かれた。 出席者は30人くらい。 そのパーティーにはアラン・ケイがゲストとして出席していた。 アラン・ケイの他にはマウスの発明者であるダグラス・エンゲルバート。 当時のマックカルチャー系の有名人や編集者達が出席していた。 筋金入りのマックオタクだった僕は、カバンからパワーブックと油性マジック(事前に用意していた)を取り出し、サインをお願いした。 僕は自分はI○M社員(当時)ではあるが、マックオタクであり、アラン・ケイは自分にとってはアイドルであることを伝えた。 アラン・ケイは快く僕のパワーブックに大きくサインをし、握手をしてくれた。 アラン・ケイのサイン入りパワーブックはさすがに10年以上昔のモデルなので、クローゼットの奥で眠っている。 アラン・ケイとは現在のパーソナルコンピュータの原型を作った人物である。 パーソナルコンピュータの父と呼ばれる。 1968年に未来のコンピュータのイメージを「ダイナブック」というコンセプトで表現した。 「ダイナブック」は先日から発売が始まった「タブレットPC」に近い。 ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)時代にはMacintoshの原型となった「アルト」を開発。 今となっては当たり前となったGUI環境を実現。 アルトを接続するためにイーサネットの原型、プログラミング言語として初のオブジェクト指向言語と呼ばれるスモールトークも相次いで開発された。 PARCはユビキタスのコンセプトを最初にマーク・ワイザーも生んでいる。 PARCは現在のコンピューティング環境の主要なコンポーネントを生み出しながら、自らはビジネスには結びつかなかったという悲しい施設でもある。 70年代から80年代にかけての初期のパーソナルコンピュータ業界にはカウンターカルチャーの影響が大きい。 パーソナルコンピューティングとはデータセンターというお城の牢屋からコンピュータを救い出すための戦いであり、ビッグブラザーから個人へとコンピューティングパワーを奪い取るための運動でもある。 特にMacintosh/Appleなどカウンターカルチャーのそのものである。 悪の帝国と化してしまったマイクロソフトだって創業時の集合写真を見れば、ヒッピー集団である。 マイクロソフトも初期は大企業に対抗するカウンターだったのだ。 インターネットもパーソナルコンピュータもみんなカウンターカルチャーの産物である。今でもそのカルチャーは失われてはいない。 僕自身もカウンターカルチャーの影響はとてつもなく大きい。 僕はエスタブリッシュメントの仮面を被りつつ、本性はカウンターカルチャー野郎である。 世界を変えるのは「テクノロジーと経済」。 僕はテクノロジーだけではなく、そこに経済が加わってはじめて世界を変えることができると信じている。 僕が今の仕事を選んでいる理由はそこにある。 テクノロジーが起爆材となり、経済が進化する。 経済の進化によって更にテクノロジーの進化が加速する。 「テクノロジーと経済」は世界を変える最大のドライバーなのだ。 日本のネットベンチャーには吐き気を催すが。 ふーむ。HPか。 確かAppleの創業者のスティーブウォズニアックはHPの出身だったな。 でも、HPにはカウンターカルチャーの残滓はほんの少しでもあるのだろうか。 せめてジョルナダの後継製品くらい出せよな。 ■アラン・ケイの移籍に関するHPのニュースリリース (英文) 〜Computer Pioneer Alan Kay Joins HP http://www.hp.com/hpinfo/newsroom/press/2002/021126b.html
2002年11月28日(木)
オクノ総研 総裁プロフィール
先日、某大学で授業をやったとき、簡単に自己紹介をしたら、あまりものワケのわからない経歴に驚かれてしまった。 オクノ総研WEBLOGを読んでいる人も、一体この人は何者?というギモンが涌くだろう。 なので、もっと混乱させることにする。 ちなみにこのプロフィールは嘘ではない。 本当の経歴。 クライアントにプロフィールの提出を求められる際にもほぼこのまま出している。 謎解きをしたければ過去ログを漁ってください。 ■オクノ総研 総裁プロフィール 職業;戦略コンサルタント。 大学卒業後、外資系コンピュータメーカーに入社。宣伝部、マーケティング部門、マルチメディア事業部、e-bisuness事業部等に勤務。 国内外で数多くの新規事業およびベンチャー企業の立ち上げを行う。 外資系コンピュータメーカーに勤務する一方でインディーズ系ミュージシャン、スタジオエンジニア、イベントプランナー、ライター、編集者、グラフィックデザイナー、CD−ROMプロデューサー、WEBデザイナー等、マルチクリエイターとして国内外で活躍。 クリエイティブ、ビジネスの両面で多くの受賞歴を持つ。 現在は外資系コンサルティングファームにて通信・ハイテク業界を中心に国内外にて事業戦略、新規事業戦略、マーケティング戦略、M&A、企業価値評価関連のコンサルティング業務に従事。 特にエマージングテクノロジーを梃子とした事業戦略の策定には多くの実績を持つ。
2002年11月27日(水)
オクノ総研Live@SFC
某大学で授業をしてきた。 湘南にある例の有名大学。 ていうか今回の題名を見りゃあどこかわかるだろ。 僕の勤務するコンサルティングファームがその某大学で特別講座みたいなコマを持っており、僕も授業を行う時間を貰ったのだ。 いつもは小難しい話をしているらしい。 たまにはアホっぽい授業もないと、ってことで僕にお鉢が回ってきた。 僕としては「オクノ総研のサイトの宣伝をしてもいいのならやってもいいよ」って事で受ける事にした。 ワケのわからない話を好き勝手にしていい、との事。 「コンサルタントのなかにもいろんな人がいるんだ」って事をアピールしたいらしい。 僕が話せば学生も「コンサルタントのなかにはこんな人もいるんだ。だったら自分も戦略コンサルタントくらい楽勝」って思うだろう、っていう魂胆だろう。 僕の授業のテーマは「twenty minutes into the future(20分後の未来)」。 この題は「Max Headroom」という15年くらい前の英国のテレビシリーズの冒頭に出てくるキーワード。 CGキャラクターのMax Headroomは「The Art of Noise」の「Paranoimia」っていう曲のビデオクリップに出てきたり、MTVのバーチャルVJもしていた。 知らないだろうけど。 いわゆるサイバーパンクが全盛だった頃のチープでチャンキーだけど格好いい番組。 どうでもいい事を書いてしまったが、授業の内容はユビキタス関連のお話。 近未来社会について僕が考えている事をべらべらとしゃべった。 世の中で腐るほど聞くユビキタス関連のネタがあまりに本質的ではないので、オクノ総研が考える「正統なユビキタス」について語ってきたのである。 日本のインターネットの殿堂に乗り込んでユビキタスの話をしにいくとは我ながらいい度胸である。 恐いもの知らずともいう。 特別授業なので参加者は学部生から院生まで。 当然ながらユビキタスの研究をしているような学生や院生もいるハズ。 学生は教室に100人以上集まっていた。 意外や意外。 学生さん達には結構ウケた。 おー100人以上の学生が身を乗り出して僕のバカ話を真剣に聞いているぞ。 こ、こんな僕の話をマジメに聞いてくれるなんて・・・。 授業が終わってからも学生が何人もやってきて、いろんな質問を受けた。 ちょっと、いやかなりうれしい。 担当の教授は「こんな話は初めてです。ショッキングでした」。 そりゃ初めて聞く話だろう、世界中の誰も言っていない、僕のオリジナル理論だし。 逆に言えば、オクノ総研が言ってるだけで誰のお墨付きもないってことだけど。 ここの授業の内容はまた少しづつ小出しにオクノ総研に書いていくつもり。 うはは。 実は僕の本業ネタはここにはまだ書いていないのだ。 ネタのストックなんてまだまだいくらでもあるぞ。
2002年11月26日(火)
TV放送のビジネスモデル崩壊の日まであと3年
在京TV局の9月期決算は軒並み減収減益。 景気が悪いので企業が広告費を削減したため、とされる。 ま、その通りだろう。 僕も宣伝部に3年ほど籍を置いていたことがある。 企業の業績が悪くなると、真っ先に削られるのが広告宣伝費だから。 特にTV広告は直接的な売上増のような効果には結びつかない。 TV広告の目的はAIDMA(アイドマ)の法則のうちAttention(注目)の役割を担う。 AIDMAとは、広告に注目するところから始まって実際に購買行動に至るまでの人間の心理プロセスである。 マーケティング戦略を練る際には一般的にこのAIDMAにしたがってメディアを使い分ける。 ■AIDMA ・Attention(注目) ・Interest(興味) ・Desire(欲求) ・Memory(記憶) ・Action(行動) TV広告は時間が短いため、映像のインパクトで商品に注目してもらい、認知させる程度の役割でしかない。 TV広告は消費者の実際の購買行動には最も遠いところに位置するため、真っ先に切られる運命にある。 今回の決算の悪さは景気の悪化によるものだけれど、今後は構造的な問題が露呈する。 TVの将来は暗い。 問題は僕がずっと言っているようにPVR(Personal Video Recorder)の普及である。 僕が愛用するチャンネルサーバーやコクーンに代表される、ハードディスクビデオレコーダーの普及がTVのビジネスモデルに死をもたらすのだ。 広告収入で成り立ってきたTVのビジネスモデルは、あと数年で崩壊する。 数年と言わず3年程度しかもたないかも知れない。 PVRの利用者はCMを当然のごとく飛ばす。 PVRが普及すればCMを見る人間がいなくなる。 そして個人の都合にあわせて好き勝手な時間帯にTVを視聴するようになる。 CMを見る人がいなくなるうえに、クソ高い広告料金をぼったくていたゴールデンタイムという概念がなくなってしまう。 広告主にとってはゴールデンタイムに高いお金を払ってCMを流してもらう必然性がなくなる。 踏んだり蹴ったりである。 企業は既にTV広告費を削減し、直接的な売上に結びつくマーケティングに予算を急速にシフトしつつある。 今までのTV放送を支えていた広告モデルはあっという間に完全に崩壊する。 しかも崩壊までの時間はあとわずか。 本日現在ではPVRはまだマニアのものかもしれない。 でも、2-3年もすればあっという間に普及する。 PVRの便利さは一度でも使ってしまったら二度と離れられないほど麻薬的なものである。 米国では既に広告主がTV広告費の削減を検討しはじめている。 ■PVR の影響で、広告主はテレビ広告費を削減へ http://japan.internet.com/wmnews/20021126/11.html 日本のTV放送のビジネスモデル崩壊の日まではあと3年くらいしかないのかも知れない。 もはや広告モデルは成立し得ない。 TV局は広告に依存しない有料放送モデルのへの移行を早急に検討をはじめるべきである。 っていうか、もう検討しまくっていると思う。 でも、消費者は有料放送になんてそう簡単にお金を払わない。 今まで無料だったものが突然、有料になりました、と言われても反発するだけである。 地上波TV局は突然死を迎えるかも知れない。 有料放送に移行できないのであれば、現在のTV広告の方法を完全に切り替える必要がある。 番組のなかに広告を織り込むしかない。 ドラマの中に出てくる商品が全て広告。 ドラマの主人公が乗っているクルマもファッションも全て広告。 ビールを飲むシーンでは必ずラベルが見えるように持ちかたをする。 トーク番組のなかでは突然「いやー、このドリンクおいしいですね」「最近、僕は○○がマイブームなんですよ」。 全て広告。 これからはTV番組そのものの作り方が根本的に変化していくはずである。
2002年11月25日(月)
NTTの次世代戦略「レゾナントコミュニケーション(激藁)」
NTTが次世代に向けた戦略を発表した。 その名も「レゾナントコミュニケーション」。 レゾナント(resonant)とは「共鳴する、共振する、響く」の意味で、世の中と共鳴しながら進歩する、光による新世代コミュニケーション環境をめざすらしい。 共鳴するために香りや手触りも伝える「五感通信」システムの実現を狙っている。 これまでの「話す」「聞く」「見る」に加え、「かぐ」「触れる」ことの実現を目指すのだそうだ。 これから固定電話はVoIPによって一挙に売上高が下がるので、代替案を出してきた、というところである。 NTT自身もグループ合計で現在約4兆円ある固定電話収入が、5年後には1兆円強の減収になると認めている。 今までの「話す」「聞く」「見る」だけでは、トラフィック(NTT風に言えばトラヒック)がそれほど増えないので、何でもかんでもネットで流しちゃえ、ってところ。 五感通信が実現したらそりゃあ、さぞかしトラフィックは増えるだろう。 そこで疑問。 �.肇薀侫�ックが増えたとして既にブロードバンドは固定料金ではないのか? �△修發修皀優奪箸任砲�いが流れてうれしいか? �0貘里匹Δ笋辰董屬砲�い」「触感」を出力する気なのか? そういやあ、インターネット上で「におい」を流そうとした会社があったなあ。 デジセント(DigiScents)。 http://www.hotwired.co.jp/news/news/3206.html 「かぐ」「触れる」といった情報は流すことより、アウトプットのほうが難しい。 何でもにおいが出せる機械とかどんな触感でも再現できる機械などできないだろう。 「万能においの素カートリッジ(詰め替え用)」をコンビニで買えるようにするのか? 全ての触感を再現って、想像もつかない。 作れたとしても特定用途にしか使えない程度のものだろう。 きっとたぶん間違いなく絶対エロ分野。 まともな利用シーンとして想定されるのは犯罪捜査だろう。 たぶん「におい」のサーチエンジンとかも作られるハズだ。 ユビキタス社会は世の中のありとあらゆるところにセンサーを張り巡らせた世界になる。 世界中に「におい」センサーが張り巡らされているのだ。 捕らえた容疑者にPCの「におい」センサーにお尻向けて「ぷうっ」と「におい」を入力させる。 すると、同じ「におい」がどこにあるのか即座にマッチングされる。 犯人がたどった足取りがわかるのだ! 犯人は犯行現場で一発、「ぷうっ」と「におい」を出力していた。 しかも、乗り捨てた車にも同じ「ぷうっ」の「におい」が。 あちこちの電車のなかや飲食店のセンサーからも「ぷうっ」の「におい」。 犯人は足取りを全てたどられてしまう。 刑事は「ぷうっ」の「におい」をかいで、「確かにこの『ぷうっ』は現場に残されていたものと同じですね」 犯人に向かって「おい!この『ぷうっ』はおまえの『ぷうっ』じゃないのかっ!白状しろ。どうだっ!ゴルア!」と怒鳴りながら「におい」発生装置を容疑者の顔に押し付け、「ぷうっ」をかがせる。 「かっ、勘弁してください。私がやりました」 犯罪者は指紋と同じように「ぷうっ」の「におい」もデータベースに収められる。 指紋と同じく「ぷうっ」の「におい」は全ての人で異なるのだ。 世界中には「におい」センサーが張り巡らされている。 犯罪者は釈放されても「ぷうっ」の「におい」により常に行動をトラッキングされることになる。 「ぷうっ」の「におい」を発する度に国家権力に行動をつかまれてしまう。 いつどこで「ぷうっ」と「におい」を出力したかを記録されるのだ。 一度でも警察に捕まったら、二度と「ぷうっ」が出力できなくなる。 まさに、ビッグブラザー。ジョージオーウェルの「1984」。 映画版の1984の音楽はユーリズミックス。 ユーリズミックスは僕のカラオケの十八番。 ああ、何と言う恐ろしい世の中だろう。 犯罪は激減するに違いない。 「ぷうっ」と「共鳴する、共振する、響く」新世代コミュニケーション環境。 下記を見るとこんなことをまじめに書いてあります。 5,000億円の投資だって。 http://www.ntt.co.jp/news/news02/0211/021125.html
2002年11月24日(日)
AirH"を128kに機種変更
AirH"を128kに機種変更。 NECのコンパクトフラッシュタイプ。 ついでにコースを「ネット25」に切り替えた。 「ネット25」は25時間までの通信料金が含まれている。 以前は32kの使い放題コースだったのだけれど、せいぜい10時間/月くらいしか使用していなかったので、ネット25に契約を切り替えた。 1日あたり1時間くらい使用できるのだからこれでも余裕である。 気分的に利用時間に上限ができてしまったのが悲しいが、どうせAirH"を25時間も使うことはない。 AirH"のカードをジョルナダ720に挿してみる。 ジョルナダ720とはハンドヘルドPCと呼ばれるキーボードつきのPDAである。 ごくごく一部のマニア層にカルト的人気を誇る。 設定はプロバイダの接続先の電話番号と、通信速度の設定を変えるだけ。 これといったセットアップは必要ない。 ドライバもいらない。 たったのこれだけで、サクっとつながる。 セットアップの所要時間は約30秒。 さっそくネットに繋いでベンチマークテスト。 だいたい平均して50kくらい出ている。 128kには程遠い。 予想通りの結果。 もともと大した期待はしていない。 住宅地の自宅マンションからの接続だし。 AirH"32kの速度が実質20kくらいだったことから考えれば、倍以上の速度。 ありがたく感謝しよう。 メールとブラウザは問題なく作動。 一番重要なハンドヘルドPC用の2ちゃんねるブラウザ「Hikky」もキチンと動いた。 これで電車のなかでもサクサクと2ちゃんねるを見ることができる。 良く考えてみれば今まで使っていた機材の速度が上がった、っていうだけなのでこれといった感動はない。 自宅もオフィスも無線LANを導入済みなので、既にジョルナダ720は以前から無線LANカードを挿して超高速で使っていたし。 って事で明日から電車のなかでも快適に2ちゃんねる三昧。 廃人へまっしぐら。 12月14日発売予定のキーボードつきLinuxザウルスにも心が動く今日この頃。 だって、このキーボードつきLinuxザウルスのディスプレイってくるくる回るんだよ。 あー、ディスプレイをくるくる回したいっ。 ジョルナダ720のソフマップの中古買い取り価格をネットで調べてみたら36,000円。 もう2年近くも使ってるPDAなのに結構良い買い取り価格。 Linuxザウルスは予約価格で59,800円。 ビックカメラの10%ポイント還元で約54,000円。 差し引き18,000円也。 そのうえ貯まっているビックカメラのポイントを使えば、ほとんどお金を使わず買えてしまう。 ああ、ヤバい。 ■BNR スピードテスト 回線速度計測ページ http://www.musen-lan.com/speed/speed-img.html ■WindowsCE用2ちゃんねる用ブラウザ「Hikky」 http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Cupertino/6987/hikky.html ■LinuxザウルスSL-C700 http://www.sharp.co.jp/corporate/news/021112-1.html ■ソフマップ中古買取価格検索ページ http://used.sofmap.com/kaitori/
2002年11月23日(土)
近くて遠い「成りあがり」
矢沢永吉の「成りあがり」をTVでやっていた。 ついつい、惰性で見てしまう。 確か、所ジョージが「成りさがり」っていうパロディー本を出していた。 所ジョージは全く成りさがってないけど。 僕は矢沢永吉はTVのCFで見かける程度で音楽を聴いたことはない。 ファンだという人も見たことがない。 深夜のドンキホーテに集まる人々には身近な存在なんだろうけど。 今となっては音楽の世界であのようなカタチで成りあがることはなかなか難しい。 音楽のジャンルが細分化されてしまってるし、メガヒットはシステム化されたプロデュースシステムのなかからしか生まれない。 ライブハウスを地道に廻っていても成りあがれない。 せいぜいカルトのカリスマ。 モーニング娘のオーディションに応募するほうが高確率で成りあがれる。 成りあがるためには、ハガキを書きまくれ。 まずは投稿雑誌でも買って来い。 成りあがっても持続することは難しい。 消費されるだけだからね。 今の僕なら成りあがった奴らを消費する側に回る。 上昇志向の強い若者を食い物にする悪い大人。 僕は「成りあがり」の中の登場人物で言えば「俺、大学4年だし、就職活動があるし・・・」と言って去っていったメンバーに相当する。 僕も学生時代はインディーズで活動していたけれど、何の未練もなくサラリーマンになった。 僕の学生時代については書いてくれている人がいる。 ここに出てくるペータースのオクノジュンというのが僕だ。 http://homepage1.nifty.com/hebon/fhp/fhp_24.htm#bands 「キャデラックに乗りたくねーのか?」 乗りたくないです。 ほんの2−3年前、ネットバブルの頃。 「今のままがんばったってせいぜい年俸1億くらいだろ、俺はIPOで50億めざす」と言って何人もの「成りあがり予備軍」が勝負に出た。 そんなのはアホな夢、とも言えない。 実際、当時はかなりの高確率だったから。 「成りあがり予備軍」のなかの何人かは本当にIPOまでたどり着いた。 僕は逆にベンチャーを畳んでさっさと安定収入の生活に入っていた。 様々な誘いもあったけれど、断っていた。 成功した人達に対して、僕は嫉妬を感じない。 僕は成りあがることに興味がないのだ。 成りあがった人たちを批判するつもりなど、毛頭ない。 すごいエネルギーだな、と素直に感服する。 僕がかつてベンチャーを設立したのは自分のやりたいことを自由にやれる環境が欲しかったからだった。 大企業のなかでは意思決定のプロセスが長すぎて、社内調整だけで消耗してしまう。 ベンチャーを畳んだのは、ベンチャーであっても結局のところは出資者が存在するわけで、自由が得られなかったからだ。 資金、人材のリソースが少ない分、かえって不自由だった。 特に人材の問題は深刻だった。 僕は自由が得られさえすれば、別に成りあがらなくてもいいんだよね。 自由を得るために成りあがる必要があるのなら、成りあがる必要もあるけれど。 ま、結局のところ、成りあがるために必要なエネルギー源である「強烈なコンプレックス」もなければ、「過剰な自負心」も「上昇志向」もない、ってことでしかないのだけれど。 僕はサザエさんみたいな家庭で、のほほんと育った。 タラちゃんが成りあがる姿は想像しづらい。 あはは、単なる負け犬の遠吠えですね。 成りあがった皆様、今度会ったらビールでも奢ってください。 今の僕の仕事は成りあがった人達の知恵袋。 とんでもなく高いフィーを請求するので、既に成りあがった人しか僕に仕事は頼めない。 成りあがってビッグになったのはいいけれど、本当のところはいつ落ちぶれるか怖くてたまらない、そういう人は僕に連絡ください。 成りあがりの目安は年間売上3,000億くらいです。 そこんとこヨロシク!
2002年11月22日(金)
「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」を目指せ
僕は常に最強。 負けることなどあり得ない。 無敵。 僕が最強であり続けている理由は「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」を目指しているからである。 だって、競争もなにもレースに参加しているのは僕しかいないんだもの。 僕が最強なのは当然なのである。 「オンリーワン」の地位にある限り、負けることなどない。 実を言うと僕は競争が苦手である。 外資系コンサルティングファームの戦略グループなどという、超競争社会で生活しているくせに、競争が大の苦手。 子供の頃から常に競争を避けてきた。 正確に言えば、競争に巻き込まれないように気をつけていた。 無用な競争に巻き込まれ、僕の数万倍は優秀であろうエリートちゃん達がボロボロと落ちこぼれていく。 ああ、かわいそう。 何でそんなに無駄な事を一生けんめいやってるんだよ。 やだやだ。 この競争社会で生き残るためには、競争に巻き込まれてはいけないのだ。 競争は避けよ、さっさと逃げろ。 消耗するだけだ。 そんな性格でよく戦略コンサルタントなんて職業をやってられるなあ、と疑問に思うだろう。 僕も何の努力もしないでのほほんとしているワケではない。 競争を避け、「オンリーワン」の地位をキープするための努力は欠かしていないのだ。 競争のないエリアをせっせと開拓しつづけている。 でも実際は競争がなく、かつ価値のあるエリアなんてほとんどない。 クリエイターをやってる頃は、オンリーワン戦略は最強だった。 自分の芸風をうまく演出すりゃあ、一丁あがり。 でも、コンサルタントではそうはいかない。 価値のあるテーマでかつ誰も目をつけていないような分野なんてまずあり得ない。 と、なると最先端攻撃しかない。 誰よりも早く情報をキャッチし、面白いテーマを見抜き、一気に立ち上げる。 情報が早いハズのコンサルタントや業界のリーダー企業が気づいた頃には、僕は既にエキスパート。 僕しかいないので、いきなりトップのエキスパート。 誰よりも先端を走っていれば、競争には巻き込まれないぞ。 日本だけでは情報収集に限界があるので、海外にも情報網を張り巡らせる。 数百ページの英文のアナリストレポートを泣きながら読む。 社内のナレッジマネジメントのDBは隅から隅まであさる。 ちょっと何か思いついたら、Googleで検索して、ヒントを探す。 夜中まで営業している本屋にはほぼ毎日立ち寄る。 ベストセラー本は全部買って読む。 醤油の瓶から看板、中吊りまで目につく文字は全部読む。 新製品が発売されたら、速攻で予約。 面白そうな人がいたらすぐに話を聞きに行く。 頭の整理のためにWEBLOGに書きまくる。 開拓作業は人の100倍は努力してるぞ。 寝る間も惜しんで、情報収集と研究に時間を費やし、常に頭はフル回転だ。 あれ?良く考えてみると僕が一番競争に巻き込まれてるような・・・。
2002年11月21日(木)
「F5」キャンペーン
アクセスが2,000を超えた。 このクソ長くかつ読みにくい文章を我慢して読んでくださっている方々、ありがとうございます。 酔っぱらってるとちゃんとした文章が書けないし、酔っぱらってなきゃそもそも文章が書けない。 難しいところではある。 オクノ総研を開設して3ヶ月。 3ヶ月で2,000アクセスというのはいい数字なんだか悪い数字なんだかよくわからない。 たぶん、超フツーの個人サイトの数字だろう。 当初の計画ではWEBLOGに短い文章を書いて、DOCSにそれをまとめるつもりだった。 でも、やめることにする。 今後はWEBLOGのみにします。 DOCSは企画倒れとなりました。 いつの間にやらWEBLOGがやたら長くなってしまった。 これ以上長い文章を書いたら、読むほうが拷問。 そんなもん読む奴いないだろってことでDOCSは廃止。 何とか年内に3,000アクセスは達成しておきたいなあ。 と、いう事で「F5キー」キャンペーンのお知らせ。 ■「F5キー」キャンペーン オクノ総研 http://www.junokuno.com/ にアクセスして「F5キー」を連打しよう!
2002年11月20日(水)
本当に企業は株主の利益を最優先して良いのか?
僕は「会社は株主のものだ」とか「企業の存在目的は株主の利益を最大化すること」と、資本主義原理主義者ぶりを発揮している。 それって「資本家の犬」の意見であり「支配する側の論理」ではないのか?と、「週刊金曜日が好きなタイプの人」は疑問に思うだろう。 企業にとっての他のステークホルダーを軽視し過ぎてはいないか? 確かに株式会社のしくみや資本主義の構造や原則から言って企業は「株主=資本家」の利益を最大化することに注力すべし、ということは正論だけど、本当にそれでいいのか? ■「株主が一番偉い説」に対する反論 ・一番偉いのは顧客ではないのか?お客様は神様ではないのか?企業は顧客がお金を払ってくれるから利益を上げられるのではないのか? ・取引先は放って置いて良いのか?原料や部品を供給してくれる企業や商品を販売してくれる取引先があるから企業はビジネスをスムーズに展開できるのではないのか? ・従業員の幸せはどうなるのだ?従業員は単なる資本家の奴隷か?従業員がマジメに働いてくれるから企業はビジネスを遂行できるのではないのか? ・企業は社会の一員ではないのか?国民として社会にキチンと貢献すべきではないのか?社会や国に奉仕しなくても良いのか? ・株主の要求ばかりを気にしていると短期的な視点でしか企業が経営できなくなるのではないのか?目先の利益や株価ばかりを気にして長期的な成長機会が損なわれるのではないのか? 別に構わないのである。 企業は基本的に株主の利益だけを考えていれば良いのである。 企業を取り巻くステークホルダーは ・顧客 ・取引先 ・従業員 ・銀行 ・政府 ・株主 である。 企業のP/L、損益計算書の項目を見てみよう。 �’箴紂文楜劼悗両ι福Ε機璽咼垢猟鷆 � ��原材料コスト(取引先への支払い) ��製造販売費用(従業員への給与支払い) �ぜ擽睚嶌僉�金利支払い(銀行への支払い) �ダ廼癲弊�府や社会への支払い) �ζ睇�留保(成長のための再投資用) ��配当(株主への支払い) かなり乱暴な書き方をしたけれど、P/Lは�,�ら�Г僚臠屬乃�述されているはずである。 企業の収益配分の優先順位である。 株主への配当が一番最後にあることに注目して欲しい。 株主への支払いは一番後回し。 企業活動においては全てのステークホルダーに対する義務を果たし、絞り切った絞りカスのみが株主の利益となるのである。 場合によっては投資を優先し、配当金が払われないこともある。 企業の構造から言って株主の利益を最大化する、という命題は全てのステークホルダーを満足させてはじめて成立する。 広い会場でプレゼンテーションをするとき「後ろの方、ちゃんと見えますか?聞こえますか?」とたずねる。 前の人にはそんなことはたずねない。 後ろの人にとって問題がなければ、前の人に問題がないのは当然だからだ。 企業活動も同様。 株主の利益を一番に考える、ということは結果的に株主よりも前の席に座っている他のステークホルダーの満足を株主以上に考えていることになる。 経営者の皆さん、まずは株主のこと、資本を提供してくれた資本家のことを一番に考えてください。 株主が満足する、ということは結果的に全てのステークホルダーの幸せにつながります。
2002年11月19日(火)
固定通信に未来はあるのか?(いやない)
NTTグループが初の売上高減となった。 初の売上高減なんて言ってられるのは幸せである。 米国でワールドコムが破綻したことに比べればまだまだ平和。 通信事業の地獄はこれから始まる。 どう考えてもダメなのが固定通信である。 移動通信の未来も決して明るいものではないけれど、とりわけ悲惨な未来図しか描けないのが固定通信である。 固定通信と移動通信は構造が大きく違う。 移動通信(携帯電話)は公共かつ有限の資源である電波を使う。 無線の周波数帯域には限りがあるのだ。 圧縮効率の飛躍的な向上のような技術革新がない限り、電波の有効利用には限界がある。それに対して、固定通信は光ファイバーさえ敷いていけば、いくらでも容量を増やすことができる。 技術革新など何もいらない。 土管に光ファイバーさえ埋めていけば、無限に容量は増やせる。 今後、容量あたりの固定通信価格は無限に低下する。 そのうえ、実は光ファイバーインフラは世界的に既に供給過剰なのである。 ブロードバンドの普及により、リッチコンテンツの利用はこれから爆発的に増加するだろう。 ただし、ADSLにしても光ファイバーにしても利用料金は既に固定である。 いくらトラフィックが増えようが、通信事業者の収益は増えない。 無限に増やせる資源である固定通信料金は値下がりすることはあっても値上がりすることなどあり得ない。 そのうえ、音声通話はIP化が進む。 音声通話は既に固定料金で利用中のデータ通信料金のみとなる。 音声通話収入はいずれゼロになる。 NTTの固定電話事業の収入はごくごく近い将来に半分になってしまう。 じゃあ、リッチコンテンツの配信は伸びるのか? 近い将来は当然順調に増えていくだろう。 ユーザー側は既に固定料金なので、収益源にはならないとしても、一万歩譲って配信インフラやバックボーンの需要は伸びる。 が、興味深いのはハードディスク容量の伸びである。 現時点で160GBで4万円、映像を録画するとすればMPEG2クオリティーで100時間。 とんでもないスピードでギガバイトあたりの単価は下落している。 このペースでいけば、あっという間にTUTAYAの全ビデオが自宅のPCのハードディスクに入ってしまう時代が訪れる。 コンテンツ配信の効率的なネットワーク構築のためにはコンテンツ配信サーバーはエッジ(ユーザーに近い側)にどんどん寄せていく必要があるが、究極のエッジはローカルのハードディスクなのだ。 もはやキャッシュサーバーすらいらない。 そうなれば未来のTSUTAYAで全部入りのハードディスクを借りてきて、見たぶんだけお金を払えば良いのだ。 いずれは地球上の全てのコンテンツがPCのなかに入ってしまう。 そうなれば、ブロードバンドインフラそのものがいらなくなってしまう。 配信インフラどころかビデオオンデマンドすら必要ない。 必要なのはコミュニケーションとリアルタイムの情報だけである。 自分が見るTV放送の全番組など、現在でも既にハードディスクに録画可能である。 リアルタイムのブロードキャストなんて衛星で空から一斉配信したほうが経済的な効率性は高い。 未来のスカパーのチューナーはIPマルチキャスト化してるだろうし。 ああ、恐ろしい。 NTTには施設負担金の72,000円を返せ、とか意地悪を言ってはいけない。
2002年11月18日(月)
パーソナルビデオオンデマンド環境が欲しいぞ
チャンネルサーバーを買ってからというもの、ほとんどTV番組を生で見ることがなくなった。 僕はチャンネルサーバーに自分が見るかもしれないと思われるTV番組は何でもかんでも録画している。 TVは基本的にチャンネルサーバーに録画された番組のなかから見ている。 ニュース番組も録画されたものを見る。 ニュース番組もどうでもいいニュースが多いので自分が見たい部分だけを飛ばして見る。 番組を見逃すこともないし、番組の時間に合わせることもないし、CMはすっ飛ばすし。 もはやプチビデオオンデマンド。 見ないかも知れない番組も節操なく取りまくっているのだけれど、基本的に1週間で自動消去されるようにしているので、ハードディスクが一杯になることもない。 録画予約はMyYahooの番組表を見てPCを経由して行う。 気に入った番組は毎週、定期的に録画するような設定にする。 快適、快適。 が、しかし! 大きな問題がある。 録画していても僕にはTVを見る時間がないのであった。 平日は家に帰るのは遅いし、休日は出かけてしまう。 そもそもTVの前にいる時間が短いのであった。 いくら番組を飛ばしまくって時間を短縮して見ているといっても限界がある。 平日なんてTVを視聴可能な時間はせいぜい1時間、無理しても2時間くらいが限度である。 それに大事件や台風や地震のときなど、会社で仕事中であってもどうしてもTVが見たいときは良くある。 いくらインターネットでニュースが見れると言っても、やっぱりTVが見たいのである。 ラジオ局はインターネットで流しまくっているのに、TV局は番組をインターネット経由で流しているところはほとんどない。 せいぜい、ごくごく一部のニュースや番宣をちょろっと流しているくらいである。 前フリが長くなったが、今たくらんでいるのは「パーソナルビデオオンデマンド」である。 家で見れなきゃ外から見ろ、なのだ。 チャンネルサーバーを使ってみて、タイムシフトの偉大さは痛感した。 今度はどこでも見れるようにしたい! 会社からだろうが、出張先からだろうがどこからでも自分専用のビデオサーバーから番組を見たいのだ。 PCでチャンネルサーバーと同じような機能は実現可能だし、様々な製品も出ている。 UnderworldのBGMでTVCFをやっているソニーのVAIOのギガポケットをはじめとして、TVチューナーとキャプチャー、MPEGエンコーダー、EPGの複合製品はたくさんある。 自宅のPCでTV番組サーバーを構築し、外出先から見れるようにしてしまえば良いのだ。 自宅のPCに外部からアクセスするためにはIPアドレスが固定である必要がある。 ADSLで常時接続であっても、IPアドレスは接続のたびに切り替わる。 でもそんなものはフリーのダイナミックDNSのサービスとフリーツールのDiCEを使えば良いのだ。 お金を払うのはネットの世界では「負け」なので、できる限り無料サービスと無料ツールを活用する。 詳しくはこの辺を見るべし↓ ■DiCE DynamicDNS Client (自宅でインターネットサーバー) http://www.hi-ho.ne.jp/yoshihiro_e/dice/ PCのビデオサーバーとダイナミックDNSを組み合わせれば、パーソナルビデオオンデマンド環境ができる(と思う)。 この環境を構築すれば、会社からでも、出張先からでもTV番組が見れる。 海外からだって日本のTV番組が見れるぞ。 リアルタイムにエンコードしてれば生放送も見れる。 ビットレートを下げれば、AirH"経由でも見れるかもしれない。 おい、これってTV番組の再送信だろ。 いいのか? 公衆が誰でも見れるような環境を作ると大変まずいので、せめてパスパードくらいはかけておく必要があるな。 いずれにしてもTV局に対する嫌がらせ以外のナニモノでもないな。 予想;環境を実現した時点で満足して実は全然使わないと思われる。
2002年11月17日(日)
氷結21°を冷凍庫に入れてはいけない
「氷結21°」というお酒が発売された。 「新製品は即買い」の僕は新発売のポップを見て速攻で買った。 700mlで620円と安物の焼酎よりも安い。 ウォッカベースであるらしい。 ビールだけではアルコール度数が足りないので、度数の高いお酒は必須である。 ビールをチェイサーにしつつ、アルコール度数の高いお酒を飲む。 「氷結21°」はその名の通り、アルコール度数は21°。 ワインや日本酒よりは少しアルコール度数が高いが、ストレートで飲むには適当な度数だ。 僕はウォッカ好きである。 ウォッカは癖がない。 同じスピリッツのジンやテキーラ、焼酎と比較すればとても素直なお酒だ。 癖のあるお酒も好きだけど、日常的に飲むには癖がないほうが良い。 冷凍庫には「ズブロッカ」が常備されている。 冷凍庫でキンキンに冷やし、トロトロになったウォッカ。 凍らせた小さなグラスに注いで、一気飲み。 (゚д゚)ウマママママママママママママママ!!!! 「氷結21°」のコピーは 「冷やせば冷やすほどおいしい。氷に注ぐとさらにおいしい」 「氷との相性抜群。キンキンに冷えた氷結21°ストレートとザクザク氷で更に際立つおいしさ」 と、冷やせ冷やせ攻撃である。 そうだな、ウォッカベースだもんな。 名前も「氷結」だし。 冷凍庫に入れてトロトロにしよう! 翌日。 「氷結21°」はただの氷の塊と化していた。 良く見ると「冷凍庫での保存は避けてください」と「小さく」書いてあった。 「氷結21°」を購入した人の87パーセントくらいは僕と同じ間違いを犯すと思う・・・。 ちなみにこれだけ書いておきながら「氷結21°」はまだ凍ったままなので、飲んでいない。
2002年11月16日(土)
細くとも長いつきあい
古い友人の結婚式に出席してきた。 西麻布の古い教会。 曇り空で少し肌寒い。 教会での式なので、とてもシンプル。 正しい結婚式。 カトリックの式次第に沿って粛々と進む。 儀式化されすぎているきらいはあるけれど。 賛美歌なんて歌ったのは何年ぶりだろう。 僕は新聞や雑誌、TVで見かける財界人や芸能人たちが前方のテーブルに鎮座しているような結婚披露宴に出席する機会が多い。 もちろん僕は後ろのほうのテーブルだ。 財界の大物がかわるがわる新郎を誉めそやす、出席できなかった大物はビデオでお祝いメッセージ。 結婚披露宴というよりも、「新郎の出世を願う会」。 新婦はどこへ行った? 僕は意外に女性の友人の結婚式に出席する機会は多い。 男性の友人はどうしても仕事がからむ付き合いが多い。 それに対し、女性の友人は純粋に友人関係。 男性の友人は濃く短い付き合いが多いのに対し、女性の友人関係は細く長い。 今日も新婦側の友人としての出席。 彼女とも実際に顔を会わせるのは年に1−2回くらいでしかない。 普段はメールのやりとりが中心。 細く長い。 仕事上の関係は全くない。 彼女と僕は同じような時期に以前勤めていた会社を辞めた。 クリエイターだった僕はなぜか戦略コンサルタントになり、SEだった彼女はクリエイターになった。 僕らは正反対の道を進んでいた。 お互いに正反対の方向からやってきて、瞬間的にクロスして、また逆の方向に向かっていた。 僕は彼女とのウェブサイト制作がクリエイターとしての事実上、最後の仕事となった。 一瞬の「点」のクロス。 僕は戦略コンサルタントを本職としつつも、クリエイターとしての活動も辞めるつもりはなかったのだけれど、実際にはそんな余裕はなかった。 何の予備知識もなく、異業種からいきなり戦略コンサルタントになってしまった僕は、相当の努力を強いられていた。 最初の1年くらいは、自分の全エネルギーを仕事に慣れることのみに費やした。 眠る時間もロクになかった。 オフィスに泊るハメになることも多かった。 仕事以外のことには時間的にも、精神的にも費やす余裕はなかった。 一方で、彼女も相当の困難に直面していた。 クリエイターのアシスタントとして、ゼロからのスタート。 極端な徒弟制度のなかで、精神的、肉体的に限界ギリギリのところにいた。 と、いうか限界を超えてしまったことも何度かあったようだ。 年月は経ち、彼女はクリエイターとして一人立ちし、僕も何とか仕事をこなせるようになっていた。 「点」のクロスでしかなく、僕と全く別の方向に進みつつある彼女とは疎遠になりつつも、細く長いやりとりはつづけていた。 彼女は苦しい時代を乗り超えて、一人前になり、結婚に至った。 僕らは一瞬の「点」のクロスでしかなかったけれど、細く長いやりとりは続けている。 「線」でも「面」でもない、「点」のクロス。 お互いにまだ「成功」とまではいかないまでも、別々の世界の新しい生活に少しづつ馴染みつつある。 濃くはなくとも細く長いつきあいって大切な気がする。 このサイトの目的のひとつは僕の周辺を通り過ぎていった人たちとの細く長いつきあいをキープすることでもある。 僕自身、これからどこに向かうのか自分でも予想がつかない。 少なくとも一箇所で安定的な人生を送ることが不可能であることは間違いない。 僕がどこに行ってしまっても、一生変わらないであろうURLやメールアドレスを取得している理由はそこにある。 www.junokuno.com このアドレスは一生変えようがない。 僕はここにいる。 僕に連絡を取りたければCONTACTボタンを押せばいい。 今まで出会ってきた人たちとは細く長くつながっていたいと思う。
2002年11月15日(金)
幸福だった日本「ブランド」社会主義モデル
世界で唯一の成功例と言われた日本の社会主義体制が崩壊の危機に瀕している。 1990年代に世界中の社会主義国家が崩壊していくなかで、日本だけが生き残ったと思われていた。 かつての日本は結果の平等が国家によって保障されている国だった。 がんばってもがんばらなくても結果は同じ。 お勉強をがんばっていい学校を経ていい会社に入ろうが、遊んでばかりいていい学校に入れず零細企業に入ろうが、実はそれほど生活レベルは変わらない。 ローリスク・ローリターン。 努力や才能、運の如何にかかわらず、結果を保証する社会主義体制。 投資で儲けようにも、キャピタルゲイン課税。 お金持ちの家に生まれても、過大な相続税。 お金を一杯稼いでも、懲罰的とも言える高額な税金。 額面上の収入には多少の差があっても、実際の手取額は額面ほどの違いはない。 お金持ちも貧乏もない。 本当の平等社会。 富は稼いだ人から稼がない人へ、頑張った人から頑張らなかった人へと循環する。 いい学校、いい会社なんてただの見栄。 本当の意味での「勝ち組」も「負け組」もいない。 みんな結果は同じ。 違いはブランドだけ。 貧富の差も勝ち負けも幻想でしかなかった。 日本人は経済的な格差などほとんどないなかで、ほんの小さな差異だけを求めて競争していた。 記号的差異。 ほとんど同じ結果のなかで微妙な差異を求める、おおいなる競争。 見栄の張り合いだけである。 ブランド社会主義。 微妙な差異のなかでの見栄の張り合いは日本独特の奇妙なカルチャーを生み出す、一種のエネルギー源でもあった。 牧歌的社会である。 本当の競争社会など存在せず、単なる見栄の張り合いだけだったんだから。 経済的な社会主義モデルのうえに、ブランドによる競争を持ち込んだ日本の幸福モデル。 ところが、1990年代の後半から日本的社会主義体制が崩壊に向かった。 経済そのものの縮小とデフレ。 日本社会主義は「結果の保障」をするだけの体力を失った。 勝つことを認めない社会主義体制のままでの経済のシュリンク。 結果として、日本は「負け組」か「負け組ではない」かの二択だけの社会になってしまった。 「負け組」か「負け組ではない」だけの競争社会。 「勝ち組」は存在しない。 誰も勝つことはない。 勝つことを容認しない経済体制はそのままなのだから。 生き残ることだけが目標のサバイバルゲーム。 現時点で「負け組ではない」人達にも何の保障もない。 いつ「負け組」に転落するかわからない。 ハイリスク・ローリターン。 僕らは崩壊に瀕した社会主義体制のなかで極めて遠くなった「勝つこと」など考える余裕を失った。 勝ったところで懲罰的税制が待受けているだけだ。 勝つことを認めない社会主義モデルはそのままで、負けるリスクだけが増大したのだ。 目標は「負けないこと」もしくは「生き残ること」。 もはや見栄経済ではない。 本当に路頭に迷う危険が常につきまとうのだ。 最近、かつての日本的社会主義体制が健在だった頃は実は悪い時代ではなかったのではないかと思う。 本当は「勝ち組」も「負け組」もいない社会。 本当はみんな同じなのに、単に見栄の張り合いをしているだけ、なんて実は幸せではないか。 誰も飢えていないし、寒さに凍える人もいない。 貧富の差など、ビールと発泡酒くらいの差でしかない。 「記号的差異」のためだけに努力し、満足する社会。 かつての日本は「社会主義モデルのなかに記号的差異を求める競争」を持ち込んだ社会であった。 日本は本当に幸せな国だったのだ。 皮肉ではなく、今はそう思う。
2002年11月14日(木)
オクノ総研Live!(昼のオクノ総研中継)
シャカシャカシャカシャカ(イヤホンから漏れる音) 「やっぱ、仕事中はテクノに限るなあ。テンポが速いやつ。手がリズムにあわせて速く動くもんなあ。今、聴いているのってDaft Punkの曲なんだけど、日本語名は『仕事は終わらない』だぜ。俺らそのもの。うひゃひゃ」 カチャカチャ(キー入力) カチャカチャ(キー入力) カンカンカン(変換) カンッ(エンターキー) カチャカチャ(キー入力) カチャカチャ(キー入力) カンッ(エンターキー) カンカンカン(変換) カンッ(改行) コンコンコン(スクロール) クリクリ、クリクリ(マウス) モソモソ(タバコ取り出し) シュヴッ(ライター) 「フーッ」 プチッ(マウス左ボタン) 「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!! 」 「ほれみろっ、こうやって縦軸にPER(株価収益率)。横軸にTRS値(数年間の株価の上昇額と配当金の総額のCAGR値(年間平均成長率))を入れて散布図を作れば、マーケットの期待値と企業が期待にどれだけ応えたかの相関関係がわかるぞ。PERはマーケットの期待値だからな」 「あげ?ウゲーっ!、赤字の企業が混じっとるやんけ。PERがマイナスじゃん(赤字企業だとPERの意味なし)。ダメダメじゃん。うーーーーーんっ。んじゃ、PBR(株価純資産倍率)でどやっ。似たようなもんやろ」 プチッ(マウス左ボタン) 「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!! 」 「俺様の言ったとおりじゃん。ほれ、A社は『捨て子ゾーン』。B社は『ダークホースゾーン』(散布図にマップされた企業群に勝手にゾーン名をつけている)。C社は優良企業かつ高株価で期待値が高すぎでTRSが高くなりようがないから、ちゃんと『教育ママの犠牲者ゾーン』に入ったぞ。完璧っ!」 「んじゃ、次は各企業のムキムキ度とブクブク度を見るぞ。企業が健全に成長しているかどうかを見る。縦軸に5年間の収益増加率のCAGR値。横軸にROIC(投下資産利益率)からWACC(株主資本コストと負債コストの加重平均)を引いたROIC-WACC Spreadを入れる。これで散布図を作れば、企業が単にブクブクとデブ化してるのか、ムキムキ状態なのかがわかるぞ。えっ?WACCを求めるのにβ値(株価と市場全体の株価の動きとの相関関係)がいるの?」 ピッピッピッ 「もしもし、オクノ総研ですけど。あのね、A社とB社のβ値が欲しいんですけど。ブルームバーグ端末で調べてもらえますか?速攻で。うひゃひゃひゃ。うんうん。はいはい。うひゃひゃひゃ。んじゃ、よろしくっ!」 カチャカチャ(キー入力) 「しっかし、これ見てみ?日本企業って低金利のおかげでDebt Cost(資金調達コスト)が低くてWACCが低いのにROICが低いからROIC-WACC Spreadが激低。ホント、日本企業ってアホだな」 「ねえねえ。対数グラフに相関曲線引きたいんだけど、どうやってやんの?相関曲線引いてさ、相関曲線より上は逝け逝けゾーン、相関曲線より下は逝ってよし良しゾーンにしたいんだけど。そうそう、相関曲線より下の子会社は速攻売り飛ばしゾーン」 「あー、腹減ったな。カツカレーまんでも買いにいってくるか」
2002年11月13日(水)
ユビキタスは携帯電話に福音をもたらすのか?
携帯電話3社の9月期中間決算が出た。 とうとうというか早くもというか、3社中2社が減収に転落である。 携帯電話の普及状況からして、予想されていたことではあるけれど、あまりにも早い減収転落。 今回の減収の理由について、ひとつ驚いた点があった。 ARPU(Average Revenue Per User/ユーザーごとの収益平均)の下落である。 ユーザー一人当たりの支払い金額が少なくなっているのだ。 これは意外だった。 携帯電話会社の基本戦略は「音声通話からデータ通信への移行」である。 音声通話が爆発的に伸びることは考えられないので、携帯電話事業者はデータ通信にフォーカスした戦略を進めてきた。 そのためのiモード、iアプリ、写真メール、動画メール、TV電話、メッセンジャーである。 携帯電話会社は少しでも容量の多いパケットを頻繁にやりとりをさせるために知恵を絞り、機能を追加してきたのだ。 端末の通信速度の高速化もその一環である。 ところがそのデータ通信がアダになってしまった。 携帯メールの普及により、音声通話が減少した。 利用者は相手の都合に気兼ねなく送ることができ、かつお金もかからない、携帯メールにシフトし、音声通話をあまり利用しなくなってしまったのだ。 これは盲点だった。 僕は音声通話は横ばい、データ通信は増加、になると思い込んでいた。 でも固定電話のことを考えれば、当然の事だった。 確かに電話で人と話すことは極端に減った。 いまやほとんどのやりとりはeメールである。 と、なると携帯電話会社の今後の業績はかなり深刻である。 携帯電話会社の今後の成長戦略は �^貎擁�数台の端末普及 �▲如璽芯命�の増大によるARPUの増大 だからだ。 一人複数台の端末普及とは「動くモノ全てに携帯通信モジュールを埋め込むこと」である。 ユビキタスともいう。 ペットや徘徊老人の位置情報検索や、クルマ、自動販売機、テレビ、冷蔵庫、炊飯器等々何でもかんでも通信モジュールをつけちゃえ、という発想である。 この戦略は通信事業者にとってはおいしいようで実はかなり厳しい。 今後、あらゆるデバイスににIPアドレスが振られ、通信機能を持つことになることは確かである。 しかし、これが携帯電話事業者の利益に直結するかというと、そうも言い切れないのだ。 理由は �〃搬單渡奪ぅ鵐侫蕕鮖箸ι�然性はない �△笋蠅箸蠅気譴襯如璽燭肋�さなパケットデータのみ だからだ。 例えば、自動車用(テレマティクス)の通信モジュールは携帯電話である必要はない。 既に渋滞情報や駐車場の空情報はカーナビのVICSで得られるし、高速道路の料金所で使われているETCのDSRCは駐車場やドライブスルーの決済に応用することも可能だ。 地図や音楽といった大きなデータのダウンロードはガソリンスタンド等に無線LANインフラを用意し、そこで給油時に一緒に落とせばいいのだ。 遅くて高い携帯電話インフラを使用しなければならない必然性はない。 携帯電話インフラの必然性があるのは、緊急通報と盗難車の追跡サービスくらいのものである。 少なくとも大容量、高速の携帯電話インフラは必要ない。 既に無線LAN、Bluetooth、無線ICカード、VICS、DSRCといった携帯電話インフラを必要としない無線でのデータ通信方法がいくつも存在するのだ。 コンテンツに関してはデジタルTVやデジタルラジオも控えている。 では、仮に携帯電話が一人複数台普及したとしよう。 でも、そこでやりとりされるデータは位置情報や状態に関する小さなパケットデータのみなのである。 人間以外の機器相互の通信にはリッチコンテンツを必要としない。 ユビキタスネットワークにおける機器相互の通信、M2M(Machine to Machine)では音声も必要ない。 ユビキタスネットワークでやりとりされるデータは、常時接続である必要はあるものの、基本的には小さなパケットデータばかりなのである。 つまり、ARPUは伸びない。 そのうえ複数台持たせるためには基本料金の値下げは必須である。 そもそも基本料金が安くなければ複数台の携帯電話契約なんてできない。 それに機器相互の通信であればIP通信のみで良い。 ならば、音声通話はいらないので基本料金をもっと安くしろ、という圧力は高まるはずだ。 それに加えて音声通話もいずれはIP化する。 IP接続のみであれば、回線を占有する必要がないので料金は安くできるはずである。 料金体系を値下げせざるを得なくなるのだ。 ユビキタス時代が到来するからと言って携帯電話事業者の未来はバラ色というワケではないのだ。
9月期中間決算の数字がほぼ出揃った。 いくつかの企業は「V字」回復を達成した模様である。 ああ、これで安心。 日本経済も緩やかでまだら模様ながらも、ところどころに明るいきざしが・・・。 甘いっ! 本当の意味でV字回復を達成した企業なんて限りなくゼロなのである。 せいぜい「L字」。 良くても「し字」。 ひどけりゃ「く字」。 業績がストンと落ちる「I字」。 倒産してしまって「・」になってしまう「!字」。 V字回復のカラクリは単に「前年度にリストラ費用を前倒しして計上していただけ」、という点である。 前年度にリストラ費用を積み増し、極端に悪い数字を計上。 今年度は業績が回復したわけではないが、前年度にリストラ費用を積み増して最悪の数字を計上した結果、一見、V字回復を達成したように見えるだけなのである。 それに加えてリストラにより、一時的に余計なコストが減っただけ。 企業の本来の収益性が向上しているわけではない。 V字回復を達成した企業の株価って別に上がってないでしょ? 本当のV字回復だったら、とんでもなくすごいことなので株価は上昇しなければおかしい。 数ヶ月前から株価が上昇に転じ、V字回復は既に株価に織り込み、というわけでもない。 以前から株価は変化なし、もしくは順調に景気良く下落中。 マーケットは正直だなあ。 V字回復は基本的にインチキなのである。 前年度にリストラ費用を積み増し、わざわざ悪い数字を演出したにもかかわらず、V字回復を達成できず、更にリストラ費用を積み増し、とか言ってる企業の実態は予想以上にひどい。 企業の実態は全然良くなってはいない。 「減収、増益」ってやつだ。 そもそもの売上が伸びていない。 表向きは「単に売上高を大きくすることではなく、収益性を向上させ、筋肉質な利益創出体質への転換を計った」というところであろう。 営業利益は伸びているように見えるが、リストラによる一時的なコスト削減によるものである。 正しいリストラとは「収益を増大させること」「コストを削減すること」の両方が必要。 収益の増大とコストの削減により、結果として「キャッシュをいかに生み出す構造に変革するか」が本来の姿。 現状のリストラでは「収益の増大」効果は全くと言って見られない。 せいぜい、工場やバックオフィスの人間を無理やり営業部門へ配置転換することくらい。 「マーケットの冷え込み」がどうのこうのとからしいが、そもそもの売上を増大させるようなアクションは見られない。 切り捨てばかりでは収益増大効果があるワケがない。 日本企業のリストラは「コスト削減」が中心である。 コスト削減もコスト構造を変革するようなものではなく、単にコストに見合わないものを切り捨てているだけ。 赤字事業の切り捨て、撤退。 工場の閉鎖、売却。 そして、給与と実際の働きが見合わない「逆ザヤ中高年社員」の切り捨て。 コスト構造を改革したわけではなく、患部を切り捨てていっただけ。 悪いところは切除したものの、病気そのものが治ったわけではないのだ。 ダメなものは、まず最初に捨てる、というアプローチはそれはそれで正しいのだけれど、後が続かない。 構造を改革しているわけではないので、根本的には何の解決にもなってはいない。 対処療法でしかないので、効果は短期的なもの。 リストラとは企業を「キャッシュをいかに生み出す構造に変革するか」であって、社員を路頭に迷わせることではない。 日本企業のリストラ=構造改革はまだまだこれから。
2002年11月11日(月)
マフラー1本、右ハンドルのアウディTTは素人
僕は左ハンドルのマニュアル車に乗っている。 アウディのTTクーペのクワトロ。 乗り始めてからそろそろ3年になる。 日本に数十台しかない余計なウイングのついていない希少なオリジナルモデル車。 別に希少なオリジナルモデルなどと断らなくても、そもそも月に一回見かけるかどうかといったクルマである。 21世紀のカーデザイントレンドの突破口となり、ニッサンのZをはじめ、世界中のカーデザイナーがパクりまくったという、格好良すぎるデザインである。 バウハウスだとかFuturismo(未来派)だとかカーデザインの領域を超え、アートの次元で語られているクルマだ。 ソニーの出井会長も乗っている。 僕はカーグラフィックTVで松任谷正隆氏が「いいなあ〜、かっこいいなあ〜、欲しいなあ〜」とワケのわからないコメントをしているのを見かけ、デザインに圧倒され、発売1年前に値段も決まっていない状態でオーダーしたのだ。 不人気車というわけではない。 お下劣な六本木や渋谷では見かけないが、表参道や外苑前あたりでは良く見かける。 休日の外苑前の絵画館の手前、セランのあたりには間違いなく駐車されているタイプの車である。 そもそも台数が少ないのは左ハンドルのマニュアルしか設定がないことによる。 日本では左ハンドルもマニュアルも売れないのである。 左ハンドル車は少数のバカが買うかも知れないけれど、マトモな人は輸入車であっても右ハンドルを選ぶ。 左ハンドルなんて現実には不便極まりない。 追い越しの時には先を見通せないし、有料駐車場や左ハンドル用ボタンのない有料道路の無人料金所ではいちいちクルマから降りなくてはならない。 どう考えても右ハンドルのほうが便利である。 ちなみに珍しく右側にお姉ちゃんが乗っている場合も、TTは窓が異常に小さいので、自動支払機に向かってに手を出そうとすると変な体勢になり、腕がつって叫ぶことになる。 それに加えてマニュアル車。 マニュアル車なんて、まともに運転できるやつはもはや少数派。 車庫入れが面倒。 ミッションは6速だし変な構造なので、素人だとバックギアも入れられないだろう。 盆暮れの高速道路の鬼のような渋滞に巻き込まれたらクラッチのせいで足が筋肉痛になる。 僕としては右ハンドル、オートマ車のほうが楽チンなので断然好きである。 左ハンドルのマニュアル車の利点なんて「盗難に遭わない」くらいのものである。 左ハンドルマニュアル車は盗難車マーケットですら不人気なのである。 そのうえ1800ccの小さなクルマのくせに妙に値段が高い。 と、いうワケでアウディTTはマトモな人はなかなか買えないクルマだったのだ。 妙に敷居が高い。 僕はデザインに惚れてしまったので、不便さには全て目を瞑った。 不便さを楽しむ自虐的かつ自己満足的なダンディーさを気取っているフリをしつつ、実は耐え忍んでいたのである。 ところが、である。 アウディジャパンはTTの廉価版の右ハンドルオートマモデルを発売しやがったのである。 正確にはティプトロだが、むかつくのでオートマと書く。 廉価版は僕の保有するクワトロより100万円も安い。 値段の高いクワトロ版は左ハンドルでマニュアルのままだが、値段の安いFF版は右ハンドル、オートマ。 アウディジャパンは左ハンドル車=高級車などという時代錯誤な認識をしているようだ。 廉価版のTTはFFだし、パワーも45馬力も低いのだけれど、外見上の見分けはほとんどつかない。 そもそも必要以上に速いので、少々馬力が落ちたところで何の問題もないし、クワトロなんて普通に都内を走るぶんには全く関係ない。 外見上での違いはマフラーが左右二本出しか一本出しかのみである。 内装なんて全く同じ。 まず、見分けられる人などいないだろう。 アウディTTは誰でも買えるクルマになってしまったのである。 こちとらせっかくやせ我慢して乗ってるのによ。 僕の嫌いな軟弱アパレル野郎が大挙して買いそうである。 休日なのにスーツを着てデートをしてるような勘違い野郎が廉価版のTTに乗っているのを見かけたら、ジャージ、サンダル、阪神タイガースのキャップといった貧乏くさい格好でクワトロで横につけてやる。 いひひ、煽りまくるのもいいな。 こっちのほうが馬力はあるし、クワトロだからコーナリングも速いし。 ドライビングテクニックも「グランツーリスモ3」でハンドルまで買って練習しまくっているので完璧である。 皆さん、マフラーが一本しか出てなくて、右ハンドルのTTを見かけたら「あっ、貧乏TT!」と声をかけてあげてください。 ちなみに僕のアウディTTの主な使用目的は雨の日のレンタルビデオの返却である。
2002年11月10日(日)
ジャンクフードのBTO化
最近、小一時間問い詰めたいことが多くなった。 と、いうより小一時間問い詰めっぱなしである。 少し前までは、吉野家で「つゆだく、ギョク!」とか言ってるバカを見るたびに「お前らつゆだく言いたいだけなんちゃうんか?」と小一時間問い詰めたくなっていた。 今ではあちこちから「つゆだく、ギョク!」という声が聞こえるので小一時間問い詰める余裕がなくなった。 最近は吉野家で若い女の子を見掛ける事が多くなったけれど、なぜか必ず「つゆだく」を頼んでいる。 「お前らつゆだく言いたいだけなんちゃうんか?」 なんだか最近では吉野家で特殊オーダーをするのが当たり前になってしまったようである。 吉野家の特殊オーダーには ・つゆだく・・・・・牛丼のつゆ多め ・つゆ抜き・・・・・牛丼のつゆ少なめ ・ねぎだく・・・・・玉葱多め ・ねぎ抜き・・・・・玉葱少なめ ・軽いの・・・・・牛丼並盛の御飯少なめ ・あたまの・・・・・牛丼大盛及び特盛の御飯少なめ ・玉子黄身だけ・・・・・玉子の黄身だけ ・肉抜き・・・・・玉葱丼 ・つゆだくだく・・・・つゆだくのさらに上 などがある。 つゆだくとか言って喜んでいるバカども、もっと勉強して来い。 今週号の日経ビジネスによれば、マクドナルドは今後、ややこしい注文に対応するようだ。 細かい注文に対応できるようにするため、今までの作りおき方式をやめて、注文を受けてから作り始める方法に変更を進めているらしい。 実はマクドナルドでも以前から特殊オーダーは可能だった。 あまり知られていないようだけどピクルス抜きのような簡単なものではなく、パティやチーズの枚数指定もできる。 「チーズバーガーパティ50枚」のようなバカオーダーも以前から可能だった。 このような注文は今まではあくまでも特殊オーダーだったのだけれど、今後は注文を受けてから作り始めるので、特殊オーダーや細かい注文に問題なく応えられるらしいのだ。 まさにジャンクフード屋の総BTO(Build To Order)化。 でも、三田二郎では以前より「豚ダブル野菜からからあぶらニンニク麺固め」のような呪文を唱えることができなければラーメンを食すことはできない。
2002年11月09日(土)
携帯電話デザインの醜さとバリューチェーン
日本の携帯電話は機能的には圧倒的に優れているけれど、デザインは格好悪い。 海外の携帯電話はデザインは格好いいけれど、機能的には日本の携帯電話の数世代前と変わらない。 これは日本と海外の携帯電話のビジネス構造の違いに起因している。 日本の携帯電話ビジネスは垂直統合モデルである。 バリューチェーンが垂直統合されている。 それに対して海外の携帯電話ビジネスではバリューチェーンはフラグメントしている。 日本の携帯電話会社はインフラからプロバイダ機能,コンテンツ(正確には課金機能)、端末までの携帯電話ビジネスの全てのバリューチェーンを支配している。 バリューチェーンが垂直統合されていのだ。 端末は各メーカーが自由に作っているように見えるが、実際は異なる。 携帯電話事業者がメーカーに基本仕様を提示してメーカーに製造をしてもらい、携帯電話事業者が買い取って販売するようになっている。 携帯電話端末に携帯電話事業者のロゴは入っていてもメーカーのロゴが入っていないのはそのせいだ。 それに対して海外の携帯電話ビジネスは垂直統合されていない。 携帯電話会社はあくまでもインフラの提供、端末メーカーはあくまでも端末の提供、とバリューチェーンのおのおのの領域が分断されているのだ。 理由はSIMカードによる。 SIMカードとは携帯電話の番号部分の情報が記録されているICカードである。 SIMカードにより、利用者は携帯電話を買い換えても、SIMカードだけ差し替えれ利用可能になる。 買い替えが自由なのだ。 基本的に端末は買取モデルなので、日本でいうところの機種変更という概念がない。 SIMカードは日本ではFOMAカードのイメージに近い。 ただし、FOMAカードは他事業者との互換性はない。 日本の携帯電話事業者によってインフラの互換性がないので、自由に端末を乗り換えることはできないので、ビジネスモデル上はSIMカードとは異なる。 一方で、FOMAカードは端末の買取モデルおよび、複数端末の使い分けには寄与する。 日本の携帯電話事業者はバリューチェーンの全てを自分で押さえているので、技術的には自由な展開が可能。 全てを自社内のみで決定可能で、他社との調整を必要としないので、どんどんと新しい技術を取り入れることが可能なのだ。 日本の携帯電話事業者が異常なスピードで新しいサービスを展開可能なのはバリューチェーンの全てを押さえていることによる。 かつてMacintoshがWindowsよりも優れていたのと同じ理由だ。 Macintoshはハードウエア、OSの両方をAppleのみが供給している。 Appleはハードウエア、OSを自社内で開発していたため、Windowsよりも速い速度での進化をすることができていたのだ。 WindowsはCPUはインテル、ハードウエア製品は各メーカー、OSはマイクロソフトとビジネスモデルは垂直統合されていない。 バリューチェーンの特定領域の水平統合は起きているのだけれど。 コンピュータ業界のバリューチェーンに関しては長くなるのでこれ以上は触れない。 日本の携帯電話のインフラ、サービスは異常な進化を続ける一方、端末製造メーカーとしては技術の進化が早すぎるため、最新機能を盛り込みすぎた携帯電話端末を動かすことが精一杯の状態が続いている。 端末のバグによる無料で機種交換を行うようなトラブルが続いている。 まだまだ日本の携帯電話ハードウエアは成熟しておらず、進化の途上なのだ。 ユーザーの要望としてデザインは重要な要素ではあるが、まだデザインを洗練させるだけの余裕がない。 背面液晶がついたり、カメラがついたりすることにより、デザインコンポーネントそのものが変わってしまうのだ。 しかも、半年に1回はモデルチェンジする。 とてもデザインを成熟させるような余裕はない。 日本でもたまにデザインの優れた携帯電話端末が存在するが、機能面を見ると1世代前のものだったりする。 それに対して海外の端末は進化の速度が遅い。 低いレベルである程度、技術が成熟してしまっているのだ。 バリューチェーンがフラグメントしているため、新しい技術やサービスを迅速に提供することができないのだ。 最新技術の盛り込みようがないので、最大の差別化ポイントはデザインでしかない。 ただし、今後はこの垂直統合モデルは崩れていく方向に向かう。 FOMAのFOMAカード、i-modeのプロバイダ部分の開放、電話番号のポータビリティー、iアプリ等が垂直統合を崩していく。 そのうえに無線LANやIP化といった携帯電話の事業構造そのものを激変させるような変化も待受けている。 バリューチェーンのアンバンドル化が起きるのだ。 一方で、携帯電話へのTV電話機能の盛り込み、PDA化により携帯電話のハードウエアデザインに影響を与えるであろう仕様の変化はこれからも続く。 携帯電話デザイナーにとって、利用形態の変化はデザインに大きな影響を与える。 日本の携帯電話端末の機能はまだまだ成熟しない。 携帯電話のデザインも成熟せず、使い勝手とデザインの美しさを両立させた携帯電話端末が出てくるにはまだ時間がかかる。 携帯電話ビジネス構造の今後の変化についてはまた気が向いたら書きます。
2002年11月08日(金)
FOMAは本当にダメなのか?
NTTドコモが2002年度末時点のFOMAの契約数予想を130万から32万へと大幅に下方修正した。 やっと認めたか、といったところである。 もともとの目標値がただでさえ低かったのに、それを4分の1以下に下方修正。 NTTドコモの3Gはダメなのか? FOMAは普及しないのか? auの時代がやってくるのか? 僕の見解では「否」である。 最終的にはNTTドコモのFOMAが勝つと思っている。 携帯電話の現行の2G(PDC)から3G(FOMA/W-CDMA,CDMA2000)への移行は携帯電話会社にとっては単に迷惑なだけなのである。 携帯電話会社、特に現在の勝ち組みであるNTTドコモとしては積極的に携帯電話の世代交代を進める理由など何もないのだ。 世代交代の時にはシェアの大きな変動が起きることが多い。 NTTドコモとしては3Gへの移行など迷惑極まりないはずである。 2Gから3Gへの移行はお役所が決めた事。 携帯電話が急激に普及してしまい、帯域幅が逼迫してしまった電波の利用効率を上げることが第一の目的。 そのために導入された技術が3G(FOMA/W-CDMA)。 2G(PDC)が開発された時期よりも今のほうが技術は当然進化しているので、副次的に高速通信が可能になったり、音のクオリティーが良くなっていた、というだけの話なのだ。 デジタルTVへの移行ともともとの理由は同じ。 TV電話だとか動画だとか高速データ通信とかは携帯電話会社にとってはあくまでも副次的なもの。 帯域が一杯なので皆さん早く移行してください、というだけのこと。 「携帯電話で動画なんて見ない」とか「TV電話なんて使わない」とか言われても困るのだ。 技術が勝手に進化して通信速度が上がっちゃっただけなんだもの。 後付けでなんとか利用方法を考えないといけなくなっているだけのこと。 NTTドコモとしてはユーザーが早期にFOMAに移行してくれなくても一向に構わない。 インフラがきちんと完備されて通話エリアが広がり、待受け時間も伸び、端末も軽くなり、FOMAが現行のPDCと同じかそれ以上の実用性を持ち始めてから移行してくれれば良いのだ。 FOMAが現行のPDC以上の実用性を持ったとき、ユーザーはFOMAだとか3Gであるとかを意識しないで自然に移行するだろう。 機種変更のときに新機種がたまたまFOMAだった、というカタチでの移行。 NTTドコモはFOMAが実用性を持ちうるまで、現行のPDC端末の504iや251iシリーズで時間稼ぎをすれば良い。 auのCDMA2000にシェアを取られなければ良いのだ。 auの3Gを買っても、3Gそのものの良さは全く関係ない。 動画や高速通信なんてほとんど意味ないでしょ。 3G特有の機能を目的にauを選択している人なんてほとんどいないと思う。 高速データ通信をしたけりゃ普通はAirH"128Kを使うでしょ。 auのCDMA2000の利用者は単に機種変更をしたら、その機種がたまたまCDMA2000だった、ってだけの事。 NTTドコモとしてはauが3Gの良さをアピールして、ドコモユーザーがauに移行してしまうことが一番怖い。 できればユーザーに3Gを意識して欲しくないのだ。 FOMAが使いモノになるまで504iや251iシリーズで満足していて欲しい。 ただ一方で、504iや251iシリーズの端末がauやJ-Phone(ボーダフォン)に比べて競争力を失ってしまっているのは事実。 いつの間にやらauやボーダフォンのほうがずっといい端末が揃っている。 GPSに関してはauはCDMAインフラと連動して動くクアルコムのGPSチップを搭載している。 CDMA2000/Oneそのものがクアルコムの技術であるため、NTTドコモは真似できない。 来年あたりにNTTドコモもGPS携帯を出してくるだろうけれど、性能的には現行のauのGPSケータイほうが優れているはずである。 NTTドコモには慢心があったことは否めない。 圧倒的なシェアにあぐらをかき、努力を怠り、ユーザーをバカにした態度を取っている事は反省すべきだ。 端末メーカーやコンテンツプロバイダに対する態度も同様だ。 ただし今後、ドコモはシェアを武器に端末メーカーに対して無理難題を押し付けて最強端末を出してくることだろう。 端末メーカーはNTTドコモが気に入らなくても、一番大きなお客さんだから、最優先せざるを得ない。 コンテンツプロバイダも同じ。 NTTドコモはNTTグループの既得権益や規制のおかげでシェアを獲得したにもかかわらず、努力や卓越した経営力、技術により高収益や高シェアを上げた、と勘違いしている。 もともとはNTTのインフラを利用して全国どこでもでつながるって事が優位性だったんだから。 その後の成長を牽引したと言われるi-modeはHDMLではなくC-HTMLを採用したこと、コンテンツプロバイダが収益を確保できるインフラを用意したことは素晴らしいことだと思うが、ただそれだけである。 i-modeの仕様は普通に考えれば誰でもそういう結論に達する程度のものである。 恥ずかしい本を書いて自慢するようなことではない。 他の携帯電話会社が同じ事をできなかったのは、単に体力の問題である。 世界標準からはずれるC-HTMLをあえて採用するほどのシェアも、コンテンツ課金のしくみを独占するほどの影響力も持ち合わせていなかっただけだ。 NTTドコモの戦略の勝利ではない。 でも結果的に2005-6年ころにはNTTドコモのFOMAは圧倒的に伸びていく事になってしまうのだ。 だって、2Gから3Gへの移行は単なる機種変更だもん。 FOMAが使い物になるまで、NTTドコモは気合いの入ってないFOMA端末でお茶を濁しつづけるだろう。 一方で504iや251iシリーズは充実させ、auへのユーザーの移行を止めようとするだろう。 FOMAの低調ぶりに対するマスメディアの見方はちょっと間違っている。 とは、言いつつもNTTドコモが僕と同じ考えをしているかどうかは良く知らない。 単にFOMAの普及が遅れて、あせってるだけだったりして。
2002年11月07日(木)
「セキュア・トークン」とパスワード・ハック
会社から「セキュア・トークン」とかいうデバイス配布された。 直径3cmくらいで数字が表示される小さな液晶ディスプレイがついている。 100円ショップで売っている中国製のデジタル時計みたいなデバイスだ。 これからはこのデバイスを常に携帯しなければならない。 セキュア・トークンというくらいなのでこれはセキュリティーグッズなのである。 会社のシステムにアクセスするにはこのデバイスが必要なのだ。 セキュア・トークンの液晶には6桁の数字が1分おきにランダムに表示される。 これが会社のシステムにアクセスする際のパスワードなのである。 システムのセキュリティー強度を上げるために、固定的ではなく1分おきにパスワードが変更されるシステムになってしまったのだ。 実際にはこの液晶に表示される6桁の数字と自分の固有のパスワードの両方を組み合わせて使用することで更にセキュリティー強度を上げるようになっている。 実は「固定的な」パスワードなんて破る気になれば誰にでも破れる。 別にハッキングのスキルなんて全く必要とはしない。 特別なツールも必要ない。 「固定的な」パスワードはセキュリティーレベルからいうと非常に弱いのである。 仮にパスワードが英数記号8文字だったとしよう。 英数記号8文字だとパスワードとしては最もきちんとしている部類に入る。 英数記号は8ビットである。 8ビットは2の8乗なので256文字。 パスワードが8文字だったらその更に8乗。 256の8乗なので「18,446,744,073,709,600,000」 18,446,744,073,709,600,000通りのパスワードパターンが考えられる。 ぱっと見た感じではすごい数のパターンが存在するように見える。 しかし、この程度のパスワードを破ることはそんなに難しいことではない。 当たり前のことだけどパスワードハッキングはコンピュータを使って解析を行う。 一般的には「ジョン・ザ・リッパー」を使用する。 「ジョン・ザ・リッパー」とはパスワードの総当りツール。 「ジョン・ザ・リッパー」を使ってパスワードがヒットするまで延々と全ての英数記号を総当りすれば、いつかはパスワードがヒットする。 更に解析の時間を短縮したければ、辞書ファイルを使う。 パスワードはランダム数字や記号ではなく、何らかの言葉を使っているケースが多いので、辞書を使って意味のある言葉や人名、地名を優先して当たるようにする。 そうすれば、ヒット率は更に向上する。 そもそもそんな事をしなくても、多くの人はブラウザのパスワードをいちいち入力するのは面倒なので「パスワードを記憶する」のチェックボックスにチェックをしているだろう。 この場合、その人のPCを使えばシステムにアクセスも可能だし、パスワードを頂いてしまうこともできる。 通常「********」と表示されるパスワードを見えるようにしてしてしまえば良い。 そういった場合のツールは「ぱすみえ」。 「ぱすみえ」とは「********」のようにアスタリスクで見えなくなっているパスワードを通常の英数記号として見えるようにするツールである。 「ぱすみえ」を使えば、その名の通りパスワードは丸見えになる。 もっと無用心な人であればパスワードをポストイットでPCに貼っていたりするかもしれない。 「固定的なパスワード」が存在する限り、完璧なセキュリティーなどあり得ないのである。 暗号も同様で破れない暗号などこの世に存在しない。 強度の高い暗号とは桁数が多くて、単に解読に時間がかかるというだけの話なのだ。 このような「固定的なパスワード」に対抗するためには「固定的でないパスワード」を使用する必要がある。 1分おきにパスワードがランダムに変われば、パスワード解読は1分以内に完了しなければならなくなる。 今のPCの能力ではツールを使っても1分以内にパスワードを解読するのは不可能。 現実には数時間程度はかかる。 将来的にPCの能力が上がればハックされる運命ではあるけれど。 セキュアトークンを常に携帯するのは面倒だけど、セキュリティーを守るためには、今のところかなり強力なツールなのである。 普通に考えればここまでしなくても・・・と考えがちなのだけれど、コンサルティング会社は、とんでもなく重要な機密書類に常に接する立場にあるので、このくらいは当然必要なのだ。 注;ここで紹介したツールに興味があればGoogleで検索してみてください。簡単に手に入ります。使用に関しては自分のリスクでご勝手に。
2002年11月06日(水)
永続的に株価を上げる続けることは可能か?
僕の最近の研究テーマは「どうすれば永続的に企業の株価を上げる続けることができるのか?」である。 企業は株主のもの。 僕がいつも言っていることである。 企業は株主の利益のために存在しているのだ。 で、あれば企業の存在目的は「永続的に株価を上げる続けること」と「高い配当を行なうこと」である。 「高い配当を行なうこと」については、高い配当を行なって企業の内部留保を減らしてしまうよりも、事業への再投資を行なったほうが良い場合もある。 もしくは配当を行なわないで、そのお金で自社株を消却して、市場に出回る株数を減らして、一株あたりの価値を上げるほうが良いかもしれない。 なので、必ずしも株主にとっては高配当が良いというわけではない。 それに対して「永続的に株価を上げ続けること」は状況にかかわらず、常に重要である。 「高株価の維持」ではなく「永続的に株価を上げ続けること」であるところに注意! 投資家は高株価が維持されても何の得もしない。 投資家にとっては「株価は上がり続けてこそ意味がある」のだ。 株価は「投資家の期待値を上回ったか下回ったか」により形成され、変動するという側面を持っている。 株価が上昇するか否かはその企業の絶対的なパフォーマンスの良し悪しではなく「投資家の期待値を上回ったか下回ったか」で決まってしまう。 いい業績をあげれば、株価が上昇し続けるというわけではない。 そもそも業績が良い会社は既に高株価。 高株価のなかに高業績が織り込まれてしまっているのだ。 そのうえ株価は現在の業績だけの反映ではない。 株価は、将来の業績の期待値も含んでしまうので、将来業績が伸びるであろうと予想される企業は既に高株価になってしまっているのだ。 一説には10年先の業績まで織り込んでしまっているという。 よって、もともとの期待値が高い高パフォーマンス企業の株価はそう簡単には上がらない。 「高株価の維持」が精一杯。 「株価を上げるためにはマーケットの期待値を超える事」が必要。 マーケットがたぶんこのくらいは達成するだろうという期待値の通りの業績では株価は上昇しないのだ。 期待値を超えてはじめて上昇する。 逆に株価が下がるのは「マーケットの期待値を裏切ったから」である。 誰も期待していない企業の業績が悪くても、これもまた織り込み済みなので株価は下がらない。 でも、誰も期待していない企業がいきなり、好業績になったら一挙に株価は上昇する。 「永続的に株価を上げる」ためには「マーケットの期待値を常に上回る好業績をあげ続けなければならない」 好業績が続くとマーケットはそれが当たり前だと考え、株価に織り込まれてしまう。 企業は常にその期待値を超え続けなければならない。 まさに、自転車操業。 そんなことは無理。 未来永劫、マーケットの期待値を超え続けるなんて不可能。 現実には、マーケットの期待値があまりにも高くなったら一休み。 配当を高くして株主の期待には応えつつ、マーケットの過大な期待が収まるのを待つ。 もしくは自社株の消却などをして、一株あたりの価値を上げる。 そういった、株価の上昇以外の方法で株主の利益に応えつつ、期待が収まったら、またがんばれば良いのだ。 ・・・・と思う。
サラリーマンにとって通勤時間の過ごし方は重要である。 帰宅したら速攻でビールを飲み、爆睡に突入してしまう僕にとっては通勤時間は貴重な自由時間。 片道1時間。往復で2時間。 仕事、睡眠、食事といった時間を除いた自由な時間は意外に少ない。 朝は日経を隅々まで読み、女性週刊誌の中吊りを全て読みきり、世間の話題に遅れないようにする。 帰宅時はKIOSKで雑誌を買って読むか、PDAで2ちゃんねるを見るか、オクノ総研の更新。ボーっとしている事はまずない。 音楽も重要だ。 僕は最近はおやぢくさいラジオを愛用している。 FM、AM、TVがステレオで聴ける「おやぢラヂオ」の王道。 ポータブルCD、ポータブルMP3CDプレイヤー、MP3プレイヤー、NetMD等々を聴いている事もあるけれど、「おやぢラヂオ」の使用頻度が最も高い。 ポータブルCDは重いし、メディアを入れ替えるのが面倒。 ポータブルMP3CDプレイヤーは起動が遅いのでイライラするし、激重。 MP3プレイヤーは毎朝PCからダウンロードするのが面倒すぎ。 NetMDはCDをいちいちMDに録音するのが面倒。 という事で「おやぢラヂオ」の使用頻度が最も高い。 軽いし、電池は長持ちするし、いろんな音楽を聴けるし。 電車のなかではノイズが目立つけれど、まあ我慢。 ほとんどいつもはインターFMを聴いている。 渋谷に向かう東横線で多摩川までは76.5。多摩川を超えると76.1。 多少は英語のお勉強にもなる。 インターFMはマニアックな音楽はまずかからない。 いわゆるバカなガイジン用のわかりやすい音楽が中心。 ガスパニックとかの田舎モノガイジンが集まるお店やクラブに行くとかかっているのと同じ系統。 プラチナディスクを取ってそうなメガヒット。 でも、そういうバカ系の洋楽は疲れなくて良い。 通勤時やクルマを運転しているときに聴き流すのにはバカ系の洋楽がベスト。 まだ半分寝ている朝の通勤時や疲れてヘロヘロになっている帰宅時にマニアックな音楽は聴きたくない。 電車のなかを見渡してみるとラジオを聴いていそうな人はまず見かけない。 圧倒的にMDのようである。 一体何を聴いているんだろう。 カラオケの練習曲かな。 ラジオって聴かないのかなあ。 「おやぢラヂオ」って結構いいと思うんだけど。
美人とは全人類の平均的な顔だという。 世の中の全ての女性の顔を足して平均値を出せば、それが美人という事らしい。 だとすれば、映画や小説にも同じ事が言えるんじゃないか? 世の中の全ての映画、小説の平均的なストーリーを作れば最高にヒットする映画や小説ができるんじゃないのか。 様式美の極致。 確かにハリウッド映画を見ていると、ほとんど同じようなストーりーばっかりである。 僕としては、様式美として楽しんでいるので文句はないし、それはそれで好きである。 「水戸黄門」でも「007」でも何でもいいけれど、オチがいつもと違っていたら困るだろう。 あっと驚くような展開で、いい意味で裏切られるような展開もいいのだろうけれど、コンサバティブに「やっぱりこう来たか」的な展開も嫌いではない。 僕の考えるハリウッド映画の基本的文法はこうなる。 ■ストーリー; ストーリーの基本は逃げる主人公とヒロイン、そしてしつこく追いかけてくる悪役。主人公とヒロインは最初はいがみあう。様々な危機を回避し、一緒に戦っていくうちに主人公とヒロインは恋に落ちる。いろいろごたごたがあったあと、最後に悪役を倒し、主人公はヒロインと結ばれる。めでたし、めでたし。 と、思いきや最後に悪役復活。でもあっけなく悪役は退治。 ■キャラクター設定 主人公;元は何らかのエリート。何らかの理由で現在は落ちぶれている。 ヒロイン;心に何らかの傷を持っている。主人公によって癒される。 悪役;主人公と同じくもとは何らかのエリート。誰かに裏切られるか何かで人生に失望。悪役に。 映画の分野ではジェームス・キャメロン、文学ではディーン・クーンツがこの文法に忠実である。 彼らのストーリーはこのヒットの文法に沿って書かれている。 彼らはウケる映画なり小説の文法を律儀に守ってストーリーを書いている。 確信犯。 特にディーン・クーンツに至っては「ベストセラー小説の書き方」(未読)なんて本を書いているくらいだから、明らかに確信犯だ。 相原コージと竹熊健太郎は「サルまん(サルでも描けるまんが教室)」でまんがのヒットの構造を明らかにした。 それと同じく、映画、文学の世界でもベストセラーの方程式は存在する。 この黄金の文法に従ってストーリーを書けばベストセラー間違いなしである。 また一歩野望に近づいた。 アホな事言ってないで、企業経営の成功の方程式を書けよ>>俺
2002年11月03日(日)
チェンジ・ザ・ルール
「ザ・ゴール」の第三段である「チェンジ・ザ・ルール」を読んだ。 第一段の「ザ・ゴール」は工場内の生産効率を最大化する話だった。 工場内のボトルネック(制約条件)を見つけ出し、全体最適をはかる物語だ。 生産管理において生産過程の最も時間がかかるボトルネックに合わせなければ結果的に生産効率を最大化することはできない、という理論についての物語。 単純に言えば、集団で歩く際にも一番歩くのが遅い人を早く歩けるようにしなければ、集団全体としては早く移動できない。 全体として効率を上げるためには、ボトルネックとなっている一番歩くのが遅い人を見つけ出し、その人を早く歩けるように手段を講じること、という理論だ。 第二段の「ザ・ゴール2」は工場からマーケティングまで話が広がった。 工場の生産効率が上がって、モノをたくさん作れるようになっても今度はマーケティングがボトルネックとなって、結果的に在庫が溜まる。 工場内から企業全体に話を広げ、企業全体で全体最適をはかろう、という話だった。 ただし、小説として読むとかなりつまらない。 全然面白くない。 そして今回の第三段の「チェンジ・ザ・ルール」。 今回はERPの話だ。 第二段の「ザ・ゴール2」を読んだときは「二度と読むか、こんなつまらない本」と思ったのだけれど、最近ERPがらみの仕事も多いのでがまんして読むことにした。 ERPの話だと言うと、かなりつまらない本のように見えるが、実は非常に面白い。 「ERPを導入したは良いけれど結果的に企業の収益が上がっていない、さてどうしよう?」という疑問に答える物語。 答えは題の通り「ルールを変えなきゃだめよ」という事。 コンサルタントの僕にとっては当たり前、といえば当たり前のことだ。 この物語はERPソフトの開発会社が舞台となっているので、どうしてもシステムを導入することや自分の担当分野の業務改善だけに注力してしまい、結果として会社の収益改善に頭が廻らない、という設定。 ERPを導入することにより工場の生産効率が上がりました。 でもなぜか倉庫の在庫は膨れ上がってしまいました。 結果的に会社のキャッシュフローは赤字を垂れ流し。 物語はまた例によって全体最適の話なので、企業全体のサプライチェーンを見渡して、業務を変革しようとする。 ERPを導入し、部分最適を行うだけでは企業全体としては何も変わらず、かえって収益には悪影響を与えるかも知れないのだ。 ボトルネックが移動するだけ。 ERPを導入することではなく、企業全体のオペレーションの「ルールを変え」、収益を増大させる。 「ルールを変える」事を抜きにしては効果は得られない。 ERPについては「この服を着たければ痩せてきてください」と良く表現される。 ERPは「ベストプラクティス」として設計されている。 ERPを企業のオペレーションにあわせてカスタマイズするのではなく、企業のオペレーションをERPにあわせる。 でも、実際は企業の現行のルールにあわせてERPはカスタマイズされまくっている。 ERPの仕様に企業のオペレーションをバカ正直にあわせる必要もないけれど、企業側の現行オペレーションにそのままあわせてしまっては何の意味もない。 「顧客のニーズに応える」という悪しきマジックワードにもとづくERPのカスタマイズ。 顧客のニーズが「現行業務のルールは変えない」という前提に立ってしまっているにもかかわらず。 そうなると本来は全体最適をめざすはずだったのに、特定の業務の改善にとどまってしまう。 確かにシステム屋さんが陥り易い罠だ。 僕もシステム屋さんと会話をすると部分最適を主張するシステム屋さんと全体最適を主張する僕ら戦略コンサルタントとの間のギャップは日々感じる。 物語の後半ではサプライチェーンは工場→会社全体→業界全体へと広がっていく。 サプライチェーンは個々の企業体だけではなく、業界全体に広げてはじめて全体最適となるのだ。 原材料調達から工場、流通、エンドカスタマー。 既に今の世の中の動きはその線で動いているんだけど。 ERPを導入することそのものが目的と化し、本来の目的を見失っている企業が多いのは事実。 特に部分最適となってしまっているプロジェクトが大半であろう。 本来のERPは企業全体の全体最適のツールのはずなんだけど。 「ザ・ゴール2」で幻滅した人も「チェンジ・ザ・ルール」は読んだほうがいい。 特にERPのシステム開発にかかわっているような人は読むべし。
2002年11月02日(土)
ルイス・ガースナーとオクノ総研
日本経済新聞の「私の履歴書」でIBM会長のルイスガースナーの話が始まった。 「私の履歴書」は主に政財界大物の自伝が2−3週間くらいに渡って毎日連載されている。 しばらく前には当代最強の経営者といわれるゼネラルエレクトリックのジャック・ウェルチも登場した。 ジャック・ウェルチの時は単なる年寄りの自慢話に終始していてかなり辟易したけれど。 ルイス・ガースナーは1993年に瀕死の状態だったIBMにやってきて、IBMを見事に再生させた。 そして、今年一杯で退任する。 実は僕は1989年から1999年12月31日までIBMに在籍していた。 ガースナーの仕事を身近で見ることができた。 ガースナーは「元」戦略コンサルタントである。 僕は「現」戦略コンサルタント。 ガースナー;戦略コンサルタント→IBM オクノ総研;IBM→戦略コンサルタント 似たようなもんじゃねーか。 似たようなキャリアなのにこの差は何なんだ? ガースナーはIBMのCEOとしては初めて外部から来た人材だった。 それまでのIBMのCEOは全て生え抜きだったのだ。 しかも、元戦略コンサルタントでコンピューター業界の人間ではなかった。 調整型の人間ではなく、トップダウンで前例を無視してガンガン会社の構造を変えていった。 恐ろしくて誰も文句を言えない。 悪く言えば暴君。 来日した際にはガースナーが泊るホテルの部屋の壁紙とカーペットを全て張替えたという伝説もある。 強烈だった。 でも結果的にコンピューター業界の素人がIBMを徹底的に破壊し、生き返らせたのだ。 当時のIBMは官僚主義の末期状態だった。 組織、部門の生き残りが全て。 個々の組織の生き残り戦略としては正しかったが、IBM全体としてみればひどい有様だった。 今の日本の政治と同じだ。 全ての組織が自分達の生き残りのために、結果的にIBM全体としての利益を損なっていた。 ガースナーが行ったリストラも苛烈だった。 当時まだ給与の低い若年社員であった僕には直接関係なかったけれど、ガースナーがやってきて数年以内に45歳以上の社員の大半はIBMを去っていった。 IBMの実質定年は45歳となった。 日本IBMも25,000人いた社員は20,000人になった。 IBM以外ではどう考えても通用するとは思えない中高年がどんどん放り出されていった。 退職していった何人かの人たちは、退職するとき僕にIBMの銀でできた社員章をくれた。 「あとは、おまえに任せた」というメッセージだ。 何十年にも渡って使ってきた社員章を若造の僕にくれた。 リストラがひと段落つき、IBMの一人勝ちと呼ばれるような時期になって、僕はIBMを退職した。 そして僕はガースナーの前職と同じ職業である、戦略コンサルタントになった。 そろそろ戦略コンサルタントになってから3年になる。 ガースナーが何を考えていたのかが良くわかるようになった。 彼はIBM社員であると同時に戦略コンサルタントでもあったのだ。 ガースナーがIBMで行った仕事は戦略コンサルタントとしては史上最高だろう。 多くのビジネススクールでケースとして取り上げられるに違いない。 ガースナーが行った改革は結果的に大成功を収めた。 でも、僕のところには毎年、現IBM社員とリストラされた元IBM社員からの決して幸せとは言えない現況を伝える年賀状が届く。 企業の再生にはどうしても痛みが伴う。 今の僕は昔の同僚たちよりもガースナーの考え方に近い。 だけど、僕はリストラされた中高年社員の気持ちもわかっているつもりだ。 資本主義の申し子であっても一応、ウエットな日本人でもあるから。 痛みを最小化するためには、個々の社員が会社に頼らずとも生きていけるようなスキルを身に付けるしかない。 終身雇用を前提とした、特定の企業内のみで通用するニッチなスキルを身に付けることはもはや意味をなさない。 でも、中高年の人たちには今更つらいだろうな。
2002年11月01日(金)
sakamoto三色とWAR HEAD
坂本龍一の「US」、「UF」、「CF/TV」の三色セットを買ってきた。 電車の中吊りにも広告が出ている坂本龍一の赤青黄色の同時発売ベスト。 3つまとめて買ったら、約1万円。 編集しただけで、制作コストはほとんどかかっていないだろうからボロもうけだな。 まとめて買ったらもれなく「初回盤限定!貴重な坂本龍一お宝音源」がもらえるらしい。 限定物に弱い僕は当然まとめ買いだ。 僕はずーーーーーっと「WAR HEAD」という曲の入ったCDを捜し求めていた。 「WAR HEAD」は1980年ごろにシングルとして発売された当時としては大変珍しいアッパー系のテクノ。 中学生だった僕はYMOのポップさより、「WAR HEAD」の過激な音にイカれてしまっていた。 「WAR HEAD」はこれまた珍しい紫色のカラーディスクで900円もした。 当時は通常のシングル盤は700円だったので、中学生だった僕は貧乏臭くも買い逃してしまっていたのだ。 世間的にはあまり人気がないのかアルバムに入ることもなく、ベスト盤でもことごとく無視されていた。 で、やっと見つけたのだ。 「WAR HEAD」。 「US」の3曲目に入ってる〜! たぶん聴くのは20年ぶりくらいだ。 PCに入れてWindows Media Playerで聴く。 あれれ、今聴くと全然過激じゃないぞ。 僕の記憶よりずっとポップだ。 70年代後半から80年代初期に特有の音だ。 でも20年ぶりに聴いたのに曲の構成とか全部憶えている。 僕は音楽を完全に記憶するという、極めてどうでもいい特技を持っている。 アレンジからドラムやベースのパターンをはじめとする全楽器の音を全て覚えてしまう。 ついでに絶対音感付き。 何の役にも立たないけれど。 「WAR HEAD」はいわゆる坂本龍一の芸風とはかなり違う。 今でいうとダフトパンクみたいな音。 20年以上前の曲なので、もろアナログの音だけど敢えて今この曲をもうちょっとソリッドな音で作り直したら、面白いと思う。 ダフトパンクあたりがカバーしないかな。 それに「WAR HEAD」の次には「Thatness And Thereness」! 僕が坂本龍一の曲のなかで2番めに好きな曲だ。 知っている人が少ないのになぜかセガカラ(カラオケ)には入っているというナゾの曲だ。 本当はMedia Bahn Liveに入っているピアノ版のほうが好きだけど、今回は「B−2 UNIT」に入っているオリジナル版だ。 僕は学生の頃、ライブでたまにシャレで「Thatness And Thereness」のピアノ弾き語りとかをやったりしていた。 このCDには初めて聴く曲は一曲も入っていないけどいいのだ。 マニアだからな。
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