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斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」

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2003年02月28日(金) M&Aは効果よりもリスクのほうが大

僕はこの8ヶ月ほどの間、M&A関連の仕事をしていた。
M&Aの仕事といっても、企業の買収をしていたわけではない。
既に合併が決まった企業をくっつけるための戦略を作っていたのである。

M&Aはコンサルタントにとって、総合芸術的な仕事である。
M&Aはヒト、モノ、カネという企業の3大要素が複雑に絡みあう。
M&Aは買収が決まるまでの、ディールの部分にばかり注目が集まりがちだけれど、コンサルタントにとって面白いのは、企業の統合が決まったあとの実際の統合作業の過程である。
PMI(Post Merger Integrarion)と呼ばれる。
全く異なる企業をひとつにまとめて、1+1を2以上にする作業。

現実世界でのM&Aのほとんどは1+1が1.5くらいにしかなっていない。
統合作業での失敗がほとんどだ。
多くのM&A案件は2つの財務諸表を1つにまとめるだけのものに過ぎない。
特に投資銀行主導の案件はその程度のものだ。

銀行は財務諸表やビジネスポートフォリオ主導でM&Aを考える。
M&Aのディールを検討しはじめたとき、2つの企業を合併させると、大きなシナジー効果が生まれる可能性は大いに存在する。
「きっとこの2つの企業を合併させれば、市場で競争優位を確立し、マーケットを独占できるはずだ」

机上では確かにその通りなのだけれど、企業統合の現実は単純ではない。
ビジネスモデルの違い、サプライチェーンの違い、人事制度の違い、システムの違い、企業文化の違い云々。
現実には企業活動の全ての部分が異なる。
2つの全く異なる企業を、1つにまとめる作業量は膨大。
2つの企業の全てを細部までを含めて洗い出し、異なる部分を統合する。
完全に統合することは、ほとんど不可能であると言ってよい作業だ。
だが、この不可能な作業が企業統合なのだ。

「細かいところは別にいいんじゃないの?」と考えがちだが、現代のビジネスオペレーションのほとんどはシステム化されてしまっている。
システム的に統合するためには、細部まできちんと統合しなければ、ビジネスは動かない。
特にERP的に強く結合されたシステムは、どこか1箇所をいじると、全体に影響をもたらす。
全体最適を狙って完璧に作りこまれたシステムは、ちょっとした変更をも拒否する。

作業だけで済む問題でもない。
工場や支店、製品群なのどの重複するビジネスインフラの整理統合等に目が行きがちだが、それだけではない。
異なる給与体系、人事評価制度をどのようにまとめ上げるのか?
全く異なる企業文化を融合させることは可能なのか?

ほとんどの場合、それらはうまくいかない。
企業の統合の成功事例はとても少ない。
2つの異なる企業を完全に1つにまとめる、なんてことはほとんど不可能に近い。
新聞には毎日のようにM&Aの話題が出ているけれど、統合後に成功した企業はほとんど存在しないのが現実なのだ。
成功確率が少なく、かつ複雑怪奇なプロジェクトだからこそ、僕らに仕事が来るんだけど。

でも僕は、ひとつ前に戻りたい。
M&Aって本当にやる意味があるの?
たぶんM&Aそのものには大きな意味がある。
でも、M&Aに意味があるとしても、企業を完全に統合する必要なんて本当にあるの?

企業統合なんて言わないで、持株会社のもとで別々の2つの企業として財務面だけの統合を行ったり、株を買収して子会社化するほうが、ずっとリスクが少ないと思う。
無理に企業をくっつけても得るものは少ない。
どうせ、財務諸表を連結して、ビジネス領域での重複をなくし、シナジーが出ればいいだけなのだから、大きなリスクをとって、企業のオペレーションまでを完全統合する必要などない。
規模の追求と言ったところで企業が完全に統合されてなきゃいけない、なんて理由はない、と思う。

M&Aは危険が一杯だ、ってことにマーケットもいい加減、気づいても良さそうなものなんだけど。


2003年02月27日(木) 今一度、ECサイトのクレジット決済のしくみを見直せ

インターネット犯罪と呼ばれるものの多くは、インターネット上ではなく、リアルの世界で起きている。

インターネット上でTCP/IPに乗ってやってくるクラッカーから自分の身を守るための注意も必要だけれども、もっと危険なファクターはネット上に存在するのではなく、リアルの世界に存在する。
パソコン、インターネット関連の犯罪の多くは、インターネットを通じてクラッカーが犯すのではなく、リアルの世界で行われており、インターネットとは別のところで行われている。

クレジットカード番号をECサイトで入力する。
EC草創期にはインターネット上でクレジットカード番号を入力するのは危険だ、と警鐘を鳴らす意見も多かった。
インターネット上で、流れるパケットをクラッカーにキャプチャーされたらどうするのだ。
そのECサイトがマトモなサイトだとどこで証明できるのだ。

しかし、今ではごくごく当たり前に誰もが気軽にクレジットカード番号を入力する。
「だって、クレジットカード番号はSSLで暗号化されてるんでしょ?」
「お店はベリサインの証明書を入れているんでしょ」

危険は去ってはいない。
クレジットカード番号は、ネットワーク上で盗まれるのではない。
ECサイトの企業の内部の人間が漏洩するのだ。
ネット上での情報が暗号化されていても何の意味もない。
証明書はサイトが偽者ではないことを証明するものであって、犯罪サイトではないことを証明したり、信用度を証明するものではない。

WEBサイトでクレジットカード番号を入力したときの危険性は、増す事はあっても減ってはいない。
システムの問題ではなく、運用の問題だからだ。
いくらクレジットカード番号が暗号化されていようと、クレジットカード番号を受け取ったECサイトの内部で犯罪が行われていたら、テクノロジーでは防げない。
社員でなくとも、協力会社、派遣の人間に犯罪者が混じっている場合がある。
大手のサイトであればあるほど、実際のサイトの運用は外部企業に委託されている。
委託された企業は更に別の会社に委託。
その会社は身許の不確かなアルバイトを雇う。

ECサイトがどのように運用されているかまで、外部から窺い知ることはできない。
クレジットカード番号がどのように扱われているかまではユーザーは知る由もない。

でも、これはリアルの世界の買物でも同じ事。
リアルの世界で買物をした場合も、店員はクレジットカード番号を知りうる。
そこでももちろん犯罪の危険がある。
だが、リアルの世界の買物では物理的な店舗が存在するし、支払いの際に店員の顔を見る。
インターネットでのショッピングでは相手の確認ができない。
そのぶんだけ犯罪に巻き込まれる危険度は高い。

以前、SET(Secure Electronic Transaction)という規格があった。
運用が異常に面倒だったので全く普及しなかったクレジットカード決済の手段だ。
今でも存在するのかもしれないけれど、今となっては耳にする事はまずない。
クレジットカード会社は犯罪の一番の危険が店舗に存在することは当然、知っている。
クレジットカード会社としては、クレジットカード犯罪を減らすための一番の方策は、「店舗にクレジットカード番号を知らせないで済む決済手段」の開発。
そもそも買物の際に店舗の店員がクレジットカード番号を知る必要などないのだ。
クレジットカードが有効かどうかがわかれば良いだけなのである。
リアルの店舗であれば、ユーザーがクレジットカードを端末に挿してパスワードを入れるようにすれば、かなりの確率でクレジットカード犯罪は防げる。
更にカードがICカードであれば犯罪発生率は激減する。

ネットの世界でも同じ事だ。
店舗にクレジットカード番号そのものが届かなければ良いのである。
ユーザーが買物をする際に、店舗には買物に関する情報が届くが、クレジットカードの決済情報に関してはクレジットカード会社から決済の承認情報だけが届けば良いのだ。

少なくとも、この方法で多くの犯罪は防ぐ事ができる。
でも、運用が面倒くさい。
システム的にも高コスト。
ユーザーも特別なクライアントソフトを導入する必要がある。
SETは完璧とも言える安全死を持っていたのだけれど、安全を手に入れるためのコストが高すぎたため、普及しなかった。

しょせん、コスト見合いなのだ。
セキュリティーには完璧を求める必要はない。
犯罪による被害と守るためのコストのバランス。
国家や政府であれば、コストを度外視して、犯罪を防ぐのだろうけれど、企業としては犯罪による想定被害額と犯罪を防ぐためのコストのバランスが取れている必要がある。

クレジットカード犯罪が行われた場合、直接的な被害を被るのはユーザーではなく、クレジットカード会社。
不正に使用されたクレジットカードの被害は保険でカバーされる。
クレジットカード会社が被害分は被る。
ユーザーにとっては精神的苦痛はあっても、金銭的苦痛はない。
たが、カード犯罪の増加は店舗のクレジットカードの料率や会費に影響し、結果的にユーザーに負担は回りまわってくる。

今一度、ECの危険性を検討し直したほうが良いと思うのだけれど。

■SETの超簡単な説明
http://www.atmarkit.co.jp/aig/02security/set.html


2003年02月26日(水) 自分の身は自分で守ろう(スパイウエア撃退ソフトをインストール)

スパイウエア撃退ソフトをインストールしてみた。
スパイウエアとはウェブサイトを訪問した際や、フリーソフト等をインストールした時にこっそりとシステムの奥深くに忍び込み、ユーザーの行動を監視するソフトウエアである(詳細は文末のリンクを見よ)。
勝手にレジストリを書き換えたりもするので大変ウザい。
ただし、分類学的にはウィルスではないので、ウィルス対策ソフトでは撃退できない。

広告屋、マーケティング屋、CRM屋に言わせれば「顧客理解」という事かな。
顧客の真のニーズを理解し、最適のサービスを提供する、みたいな。
親切な広告屋さんは、僕らがインターネットでどのようなサイトを見たり、どのようなソフトをダウンロードしているか、という事を逐一見守ってくれているのである。
僕が今、何に興味を持ち、何を買おうとしているのか、趣味嗜好は何か。
怪しげなDVDやソフトウエア、投資、サラ金、ねずみ講のスパムメールが届き、ポップアップウィンドウがパカパカ開く。
ECサイトで買物をしようと思ったら、突然ポップアップウィンドウが開き、「その商品だったら、こっちの店のほうが、安いよ、こっちで買え」。

僕は怪しげなサイトを徘徊する行為が比較的というか、結構かなり大好きである。
ただし、怪しげなサイトを徘徊するための用心は怠りない。
ネット戦争のなかでの攻守の「攻」のやり方も多少は理解しているので、「守」のほうも万全である。
おかげで、もう10年ほどインターネットを使っているけれど、ウィルスに感染したこともないし、怪しげなスパムメールが届く事もない。

ウェブアクセスに際しては基本的にプロキシは通すし、ちょっと後ろめたいときはプロキシを二重(いわゆる多段串)にしてみたりもする。
「東京ナイチンゲール」で良さげな串探しをしてみたり(意味の理解できない人はわからなくて良いです)。

自宅内からのネットアクセスもルーターを通しているし、WindowsXPのファイアーウォールもONにしている。
ウィルス対策ソフトはフリーウエアを使っているけれど、常に最新の状態にアップデート。
メールサービスはウィルスチェックサービス付きのものを使用。
WindowsUpdateも週に1回くらいはチェック。

Cookieに関してはウザい部分もあるけれど、Cookieを完全に排除してしまうとECサイトでカートが使えなくなったり、MyYahooやAmazonみたいに自分用のカスタマイズページを設定できるサイトが使えなくなったりと、何かと不便があるので完全には排除できない。
なので、今はCookieファイルを「手作業」で編集して余計なものを消している。

セキュリティー意識は高いつもりだったのだけれど、スパイウエア撃退ソフトをまだインストールしていなかった。
Spybotをダウンロードしてインストール。
PCの中のスパイウエアを検索してみた。
126件!ヒット。
想像以上にやられてました。
即刻、全て撃退。
危ない危ない。

セキュリティー対策がいい加減な人は、即刻きちんと対応したほうが良いと思う。
大きな声では言えないけれど、アナタのネット上での行動を監視する事なんて、リアルの世界でのストーカー行為よりずっと簡単。
特にネットで日記を公開しているような人は、自分を危険にさらしていることをきちんと理解すべき。
自分の身は自分で守りましょう。

自分の身を自分で守るためのコストは、インターネットという自由だけどアナーキーな世界で生きていくためのコストと割り切る事が大切。
セキュリティー対策を何もしていないことは、自宅にカギをかけないで出かける以上に危険。
渋谷のセンター街を自分の個人情報を書いたプラカードを持って全裸で歩くようなもの。
インターネットは基本的に無法地帯だということをきちんと理解して対策をしてほしい。

■マシンに潜む“害虫”ソフト、急繁殖
http://www.zdnet.co.jp/news/0302/25/ne00_spyware.html
■無料のスパイウエア対策ソフト Spybot - Search & Destroy Ver.1.1ダウンロード
http://www.zdnet.co.jp/products/us/tools/spybot_u.html
■無料のウィルス対策ソフト AVG AntiVirusダウンロード
http://www.grisoft.com/
■自分が晒しまくっている情報を確認するためのサイト「確認くん」
http://www.ugtop.com/spill.shtml

注;これらの対策ソフトをインストールしたあとも、常に定義ファイルを最新に保たないと意味ないよ


2003年02月25日(火) ポストITなどと言ってるIT音痴は救いようのないアホ

最近、IT嫌いというか、反ITみたいな人が増えているような気がする。
世の中がIT、ITと騒がしいので、ちょっと先端を気取ってみたい人は、反ITを装ってみたりする。
ビジネス雑誌でも、ITネタの持込はお断り、の編集部もあるようだ。

戦略系のコンサルタントの場合も新卒や中途でも入社して間がない人間は概してIT嫌いである。
新人コンサルタントには、戦略コンサルタントなんだからシステムのような下流はにかかわりたくない、という妙な意識がある。
プロセス系のプロジェクトやシステムが関係するようなプロジェクトは若者には概して人気がない。
「ザ・コンサルタント」的なピュアな戦略プロジェクトに入りたがる。

曰く、「ITだけで何でも解決できるわけじゃないでしょ」、「システムを入れただけで企業が改革できるなんてことはありませんよ」。
ごもっとも、その通りです。
ITだけでは何も解決しません。

でもね。
戦略を立て、実行する際にはITは不可欠なのですよ。
最初にITありきが駄目なのはおっしゃる通りなのだけれど、戦略を立てた後の実行フェーズに移ったとき、ITを無視して実行できる戦略オプションは少ない。
イマドキのビジネスの実行フェーズにはITは不可欠。

きちんとした戦略を立てる。
そのうえで、戦略を実行するためにシステムを構築する。
ITを抜きにして戦略は語れない。
確かに、はじめにITありきで戦略を立てるような困った風潮が目に余るのは確かなのだけれど。

コンサルタントはITからは逃げられない。
システムの事を全然知らないコンサルタントは、たとえ戦略コンサルタントであったとしても生きていけない。
昨今は戦略コンサルタント凋落の時代と言われるけれど、戦略コンサルタントが凋落している理由はシステムを軽視し、システムの言葉を理解できず、戦略が実行に繋がらなくなったからだ。

IT抜きでビジネスを語れるのであれば。勝手に語ってもらえば良いのだけれど、無理してまでITを避けることはない。
ITに頼るのは安易だ、などという妙なプライドを持ってもしかたがない。
企業の課題が解決されれば、手段は何でもいい。
ITを使わなくても良いのであれば、それでも構わない。
ただ、今やITを抜きに語れるビジネスはほとんどない。

僕は戦略コンサルタントになる前は、コンピューターメーカーで営業をやっていた。
コンピューターメーカーの営業の仕事は、やり方は違えど戦略コンサルタントと非常に近い。
コンピューターメーカーの営業と戦略コンサルタントの異なる点は、システムが唯一の落としどころか、システム以外のオプションがあるかの違いである。

コンピューターメーカーの営業はシステムの売り子としてイメージされるような営業活動が仕事の中心ではない。
コンサルタントと同じように、企業の課題の解決策を考えるのがコンピューターメーカーの営業の仕事である。
課題の解決策として、その企業に最適なシステムを答えとして出すのが、コンピューターメーカーの営業。
今のシステムはコンサルティング抜きでは「絶対に」売れない。
システムの営業はコンサルタントとしての能力がなければ生き残れない。
コンサルティング営業などというレベルではなく、コンサルタントそのものでなければならない。
大企業担当のシステム担当営業は課題解決ができなければ、もはや営業とは言えない。
コンサルティングファームのコンサルタントと同等かそれ以上のコンサルティングスキルが必要。
システムが課題解決のツールである限り、システムを売る営業は顧客企業の課題を解決できるだけのスキルがなければならないのだ。

かつての僕はシステムの営業をやりながら、いつの間にかコンサルティングが本業のようになってしまっていた。
深く顧客企業に入り込めば入り込むほど、営業というよりもコンサルタントになってしまう。
巨大で複雑なシステムを売り込もうとすればするほどコンサルタントになってしまうのである。
僕は営業色が薄れ、事実上のコンサルタントそのものになってしまったとき、コンピューターメーカーを退職し、戦略コンサルタントになった。

退職した理由は、ある日上司から「お前のやっていることは営業じゃない。コンサルタントだ。コンサルティングをしたければ、コンサルティングファームにでも行け」と言われたからである。
今となってはちゃんちゃらおかしい。
僕の以前いた会社はその後、コンサルティングファームを買収した。
しかも、僕が退職直前に所属していた事業部の事業部長が、そのコンサルティングファームの社長。
時代は変わるものである。
コンサルティングなんてどうでもいい、とか言ってたくせによ。

戦略とシステムのハザマにいると、両者のギャップは確かに大きい。
同じように企業の課題解決という目標を持って仕事をしているのにもかかわらず、話す言語が全く違う。
システムの人間はシステムの言語で話すし、戦略の人間は戦略の言語で話す。
システムの人間はビジネスを全て詳細に細かいところまで定義したがるし、戦略の人間はビジネスを抽象化したがる。
僕は両者の間に立って通訳となる。

システムとビジネスのギャップは実は大きい。
IT嫌いの人にはきちんとITの勉強をして欲しいし、システムの人にはもっとビジネスの勉強をして欲しい。
僕は「ITをビジネスの言葉で語ること」が一番大切だと思っている。
ITをビジネスツールとしてキチンと認識したうえで、ビジネスの言葉で語ること。

「ポストIT」とか言って、IT嫌いの先端人のフリをしようとしているアナタ。
アナタは救いようのないアホだ。


2003年02月24日(月) オクノ総研の野望に向けて一歩を踏み出す事にした

実を言うと僕は水面下で陰謀を企んでいる。
オクノ総研の野望である世界征服に向けて、近々出版社廻りを始めることにした。

僕の最終的な人生の目標は「徹子の部屋」への出演である。
黒柳徹子がこの世から「あぼーん」してしまう前にこの野望を達成しなければならない。
残された時間は少ない。

「徹子の部屋」への出演には未だ相当の距離がある。
野望への第一歩として、小さな事からコツコツと、戦略を実行に移さなければならない。
徹子の部屋出演は遠大な目標であるが、まずは一歩を踏み出さねばならない。

と、いうことで僕は出版社廻りから始める事にした。
地道な営業活動である。
世界征服のためは、まずはこのオクノ総研を世の中に知らしめなければならない。
オクノ総研のメジャー化である。
いつまでも知人に「サイトを作りました。死ぬほど暇だったら見てみてください。いや、見るのは気が向いたときでいいんですよ。お忙しいでしょうから」みたいなメールによるプロモーションをしていては埒があかない。
世界征服のためにはオクノ総研がメジャーにならなければならないのだ。
オクノ総研をメジャーにするためにはマスコミを上手く活用するのが一番手っ取り早い。
マスコミを使ったプロパガンダである。

マスコミを使ったプロパガンダのためには、まずは出版社廻りをしなくてはならない。
オクノ総研は黙っていても執筆依頼が来るほどメジャーではない。
と、いうよりもオクノ総研のサイトの存在を知られた時点で執筆依頼など来なくなる。
僕としては、へりくだって「いやー、クソしょうもないネタなんですけど、紙面汚しにちょっとこういうネタもいいんじゃないですかねー」みたいな営業活動をしなくてはならないのである。
僕は専業ライターではないので、お金が目的ではない。
あくまでも世界征服のためである。
世界征服の野望のためには、まずは企画書を用意して出版社を廻らなくてはならないのである。

僕は世界征服の野望実現のための短期的な目標として、以下の3つを考えている。

�〃遒飽豌鵑六┿錣鵬燭�書く
��月に一回はセミナーや講演でしゃべり倒す
�G�に1冊は本を出す

これらの目標は1、2年以内に実行する所存である。

アホだと思うだろう。
でも、僕はミュージシャンになってやる、と宣言してレコードを出した(インディーズだけど)。
クリエイターになってやる、と宣言して、初版30万部のCD−ROMを出した(刷っただけで売り切ったわけではない)。
雑誌を作りたいなあ、とホザき、10万部の雑誌を創刊した(3号でつぶれた)。
何も宣言しなかったけれど、なぜか某文芸コンテストで大賞を受賞した。
ノリで企画したイベントで日本イベント大賞を受賞した。

僕は宣言した以上、「たぶん」本当に実行してしまう。

と、いう事で出版社廻りための準備作業として、今まで書き散らかしていた駄文を整理してみた。
まずは、ビジネス系の出版社から攻撃を開始する。

ビジネス系出版社の編集者の皆さん、戦略コンサルタントと自称する、どう見ても三流の広告業界人みたいな怪しい人物が訪問するかと思いますが、ちょこっとでいいので、ページをあげてください。

オクノ総研 DOCS ジャンル別(過去ログのジャンル別整理)


2003年02月23日(日) サントリーダイエット生もプリン体カットだった

プリン体カットビール(発泡酒)は「キリン淡麗アルファ」だけではなかった。
「サントリーダイエット生」もプリン体カットビールだったのである。

キリン淡麗アルファはプリン体90%カット。
それに対して、サントリーダイエット生はプリン体は50%カット。
プリン体カット率ではキリン淡麗アルファのほうが偉いのだけれど、サントリーのダイエット生はプリン体50%カットに加えて、カロリー50%カット、糖質70%カットなのである。
サントリーのダイエット生はプリン体カット率に関してはキリン淡麗アルファに負けているのだけれど、カロリーカットでは勝っている。

プリン体もカットして欲しいし、カロリーもカットして欲しい。
健康のためなら死んでもいい、と公言している僕としてはどちらも捨てがたい。

うーむ。
難しい。
選択に困る。

素直にビールを飲まなきゃいいのだけれど、そうはいかない。
ワーキングクラスのささやかな楽しみであるビールを飲まないわけにはいかない。 

しかたがない。
両方飲むことにしよう。

■サントリーダイエット生
http://www.suntory.co.jp/beer/diet/home/index.html
■キリン淡麗アルファ
http://www.kirin.co.jp/brands/alpha/top_fla.html


2003年02月22日(土) 企業は株価へのインパクトをもっと意識するべき

パートナーから「今のプロジェクトが失敗したらどのくらいのインパクトがあるのかなあ?」と聞かれた。
「ヘボったら株価が下落して、時価総額へのインパクトは大きいですよね」
「それってどのくらい?」
「株価が10円下がっただけでも、XXX億円くらい時価総額が下がりますね」
「うへーっ」

何らかの企業戦略が失敗して、収益を失う事は当たり前なのだけれど、それ以上に株価の下落が企業に与えるインパクトは大きい。
戦略そのものの成否だけではなく、戦略を市場がどう受け取るか、だけでも株価は大きく動き、企業価値に対しては大きな影響を与える。

例えば、この間のセガのサミーとの合併発表。
合併発表のあど、セガの株価は一気に下落した。
約200円の下落。
時価総額で計算してみると、350億円。
あの発表でセガは350億円の企業価値を失ったのである。

セガ程度のそれほど企業規模、時価総額の大きくない企業であっても、数百億円のインパクトがあった。
これがさらに巨大な企業であれば、数千億円レベルのインパクトも珍しくはない。
昨今の金融機関の奇策に対する市場の反応は凄まじい。
市場はバカではない。

企業が行う不用意な発表や不祥事による株価へのインパクトは時価総額で考えると、予想以上に大きい。
その企業の数年分の利益など簡単に吹っ飛ぶ。
企業トップの発言だけで、数百億円の時価総額下落など日常茶飯事だ。
記者会見での社長のちょっとした一言が簡単に数百億円のインパクトとなって返ってくることもある。

企業の広報、IR担当者はそのことをどの程度理解しているのだろうか。
もちろん株価を気にはしているだろうけれど、自分達のちょっとした判断ミスが簡単に数百億円のインパクトを与えている事をどこまで意識できているのだろうか。
企業の戦略そのものの価値が重要なのはあたりまえのこととして、その戦略の伝え方、企業からのメッセージの発信のしかた、市場とのコミュニケーションの巧拙が莫大な金額的インパクトを持つ。
企業が市場との対話に失敗すれば、そこでは数百億、数千億のペナルティーが科される。

株価の決定要素は基本的に「企業が将来生み出すであろうキャッシュフローに対する期待値」である。
株価が企業の将来の業績予測に基づくものなのであれば、企業は業績予測を正確に市場に伝えなければならない。
企業の業績が事前の業績予測に基づく市場の期待値を上回れば株価は上昇し、期待を裏切れば株価は下落する。
市場はサプライズを好まない。
あっと驚かされる事が嫌いだ。
市場は企業の事前業績予測が、できる限り正確であることを求める。
当初の業績予測を下回れば、株価は大きく下落する。
そして、業績下方修正が続けば、その企業は市場からの信頼を失い、株価は更に下落する。
業績予測のブレが大きいとその影響は数百億、数千億のペナルティーとして返ってくる。

企業は自社の状況をきちんと正直に、かつ正確に市場に知らせる義務がある。
広報、IRの対応は想像以上にインパクトが大きい。
同様に記者会見やメディアでの社長のコメントのインパクトも大きい。

これらの市場とのコミュニケーションの巧拙が企業の収益の数年分にも相当することをきちんと理解してほしい。
企業は、戦略を決定、実行する際にも株価へのインパクト、市場への影響をもっと意識すべきだ。


2003年02月21日(金) 四半期決算開示義務化は企業と投資家の対話促進剤

四半期決算開示が4月から義務化される。
世界中の主要国で四半期決算開示が義務付けられていなかった国など日本くらいのものだ。
日本でもマトモな会社は既に四半期決算開示は当たり前の事になっている。

たまに「四半期決算開示」ではなく、「四半期決算」についての議論をしている人がいるが、義務化されたのは「四半期決算の開示」。
決算開示の義務化であり、企業内での決算そのものは四半期どころか、月次、週次で行っている時代だ。
企業はそこまで怠慢ではない。
年に一回しか自社の業績を把握していない企業など、あるわけがない。
あるとしたら・・・恐ろしい。
なので、四半期決算開示はIRの問題である。

四半期決算開示が義務化されるということは、企業業績が3ヶ月単位で投資家から評価されるということだ。
米国企業は短期的な業績ばかりを重視して、長期的な視野で企業運営をしない、といわれる。
四半期決算なのだから3ヶ月で結果を出さなければならない。
四半期の決算の結果に投資家は右往左往する。
企業は四半期の決算の数字作りに奔走する。

そこでは季節変動や長期的な視点は排除されがちになる。
1年間というスパンのなかで、帳尻を合わせる、といった経営が困難になる。
だが、企業が3ヶ月ごとに安定した収益をあげ続ける事はなかなか難しい。
業態によっては業績が季節によって変動する場合もある。
例えば、ビールは夏にたくさん売れるだろうし、暖房器具は冬のほうが売れるだろう。

一般的に四半期決算になれば3ヶ月ごとに安定した業績を求められるようになりがちだ。
季節的な要因やビジネスモデルの違いを、きちんと投資家に説明することによって、投資家の理解を得る事もできるけれど、基本的には3ヶ月単位で業績が安定しなければならない。

企業は、業績について定量的な数字を発表するだけではなく、定性的な要因についての詳しい説明を行う必要が生じる。
企業はそのような季節要因や長期的なビジネス計画についてもきちんと投資家に対して説明する義務がある。

例えばゲーム業界。
大作を3年に一回しか出さないゲーム企業があったとする。
3年に一度、収益が大きく伸びる。
それ以外の時期の業績は低い。
この企業は3年に1回しか業績の高い年がないが、それはそのようなビジネス形態なのだ。
それが悪いというわけではない。
もちろん、複数のゲームを並行して開発し、ポートフォリオと業績の安定をめざす必要もあるけれど。

僕は米国的な3ヶ月単位で数字の帳尻合わせをするような企業経営を行う必要があるとは思わない。
3ヶ月単位の数字作りに奔走する結果、長期的な収益を失う事になるとすればなおさらだ。

企業はきちんと投資家に説明(IR)を行えば良いのだ。
企業は投資家に対して、自社の決算結果について、誤解を招く事のない様にきちんと説明すること。
自社が長期的な視点で企業を運営しているのであれば、そのことを理解してもらえるように努力すること。
現在は投資の時期で収穫の時期ではない、ときちんと説明すれば良いのだ。

そこにウソやごまかしががあれば一気に投資家の信頼を失う事になる。
正直に投資家に企業の業績を開示すること。
開示義務のある項目だけではなく、できる限り詳細な情報を開示すること。
四半期決算開示の義務化は企業に更なる積極的なIRを求める。

投資家は投資家で、企業の本来の業態をきちんと理解したうえで業績評価をすべきだ。
短期的な数字だけを見て企業を評価してはならない。
本来の企業の状態を読み取る努力をすべきだ。

四半期決算の開示は企業と投資家との対話促進の起爆剤となるはずだ。


2003年02月20日(木) 少しずつ経済に明るい兆しが見えてきた(ような気がしないでもない)

各企業の12月決算の結果が少しずつ出てきた。

9月決算の時、僕は�校�回復なんてインチキだ、と書いた。
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20021112

以前書いた内容は、�校�回復は前年度にワザとリストラ費用を計上して巨額の赤字を計上し、今期はその分の赤字がなくなったため、一見�校�回復に見えているだけ。
現に営業利益が出ていないではないか。
キャッシュを生み出す体質に変化せず、単に名目上の赤字を減らしただけなのだから、こんなものは�校�回復とは言えない。
と、まあこんな感じのことを書いた。

今回の12月決算の状況は明らかに9月決算と状況が異なる(ような気がする)。
すべての企業が回復基調とは言えないけれど、部分的に回復基調の企業が出始めている。
リストラで赤字を減らしただけではなく、キャッシュを生み出す原動力となる営業利益そのものが増えた企業がいくつか出てきた。
ようやく、リストラによるコスト減(↓)から収益増(↑)の方向に企業業績が向かい始めた。
ごく一部の企業だけど。

僕は仕事柄、いくつもの企業の内情を見ている。
どの企業も外部から見る限り一様に、巨額の赤字の計上と苛烈なリストラを行なっているのだけれど「企業文化」というべきか芸風というべきか、各企業の内情は随分と異なる。
各企業の内情は様々である。

大きな違いは「自己否定できたかどうか」だったと思う。
現状の業績悪化の原因はどこにあるのか?
マーケットの冷え込みによるものなのか、自分たちの企業の構造、ビジネスのやり方に問題があるのか?
全ての企業の業績が悪いわけではなく、少数でも好業績の企業が存在するのであれば、自分たちの企業の構造、ビジネスのやり方に問題があるのは明らかだ。
景気のせいにしてはいけない。
景気が悪いなら悪いなりにビジネスのやり方がある。
だって、不景気でも儲かっている企業はあるのだから。

企業の経営者が決算発表の席で、業績悪化の理由としてマーケット冷え込みの話ばかりをしているのを見ると、無性に腹が立つ。
マーケットの業況や景気の良し悪しだけで、業績が変動するのであれば、経営者などいらない。
好景気であれば業績が上がったのに、などというのは経営者として失格だ。

自分たちの企業の構造、ビジネスのやり方に問題がある、と判断した企業は構造改革を行なった。
それに対して、悪いのは自分たちではなくマーケットの冷え込みが問題だ、と判断した企業は人切りと工場の閉鎖ばかりを行なった。
即効性はあるが、収益性の回復にはちっとも効かないその場しのぎのコストカットに終始した。

今期、�校�回復を果たしたA社は近年、徹底的な自信喪失状態にあった。
社内のムードもかなり暗かった。
「俺たちのやっていることは全然駄目だ」と完全自己否定。
A社は伝統的な日本企業で日本型経営の見本のような企業だったのだけれど、自分たちの「企業文化」そのものにも自信を喪失していた。

彼らは過去の成功体験を否定することから始めた。
彼らは、自分たちの「企業文化」がもはや今の時代には合致していないことに気づいていた。
自分たちの伝統的な「企業文化」を尊重しようとするあまり、変革はタブーだったのだ。

彼らは自分たちの伝統を徹底的に破壊しはじめた。
伝統を守っていられないほど、追い詰められていたのだ。
伝統を破壊する決心を固めた彼らの動きは凄まじかった。
確かに僕の目からみても彼らの伝統に固執し過ぎる企業文化に根本的な問題があるのかは明らかだった。
だけど、そこまでやるか、という徹底した破壊ぶりだった。
そばで見ていても、ハラハラした。

でもそれは性急だったけれど、正しいリストラだった。
構造改革、リストラクチャリングというコトバに忠実な正しい意味でのリストラ。
コスト削減に終始せず、収益を生み出すための構造に徹底的に変革しようとしていた。
彼らはの変革はまだ道半ばだけれど、ここまで覚悟を決めた以上、徹底的に変革を進めて欲しい。
ここまで自分たちを否定できたのだから、収益回復は間近(だといいですね)。

経営者の皆さん、業績は他責にしてはいけません。
全てあなたの責任です。
業績が上がれば社員の功績。
業績が下がればあなたの責任。

徹底的に自己否定して自分を破壊できなければ、業績回復など望めない。
コストカットだけで業績回復などありえない。


2003年02月19日(水) 通勤電車内にモバイルホットスポットを作ってくれ

「無線による、駅でのインターネット接続実験」の案内がメールで届いた。
これはJR東日本がいくつかの主要駅で行なっている無線LANの接続サービスである。
僕がモニターで参加しているくらいだから当然無料。
実験のわりには2月20日から12月19日までと、なかなか長期に渡って無線LAN接続を無料で行なうことができる。

昨年もこの実験は行なわれており、僕も当時から参加していたのだけれど、なぜだか一時中止となっていたものが再開になった。
きっと利用者が少なかったんだろう。
今回はNTT等の他の無線LAN事業者とのローミングも行なうらしい。

JRには駅ではなく車内で無線LANを利用できるようにして欲しい。
JR東日本のIT列車だかなんだかの計画案には無線LAN接続って書いてあった。
山手線のホームの隅っこや改札口にホットスポットがあっても仕方がない。
山手線は1−2分間隔で到着するので、ホームで電車を待っている間に無線LANを使っているような時間の余裕はない。
ホームでの電車の待ち時間なんてほとんどないのだから、車両内で使えるようにして欲しいところだ。
と、いいつつ山手線の車両内でも、電車に乗っている時間も長くても10分程度なのだけれど。

僕としてはJRはあまり使わないので、営団地下鉄にこのサービスを行って欲しい。
地下鉄の駅と車両内をホットスポットにして欲しい。
地下鉄の駅は密閉空間だし、面ではなく線状の構造なので、駅全体をホットスポット化することにはそうコストがかかるわけではない、と思う。
毎日使っている営団だったら、有料でも構わない。

成田エクスプレス車両内では既に無線LANを使う事ができる。
成田エクスプレスのグリーン車は車両全体がホットスポットになっている。
インターネットへは車両に取り付けられたFOMA経由で接続する。
僕は無線LANを使ってみたいがために、わざわざグリーン車に乗って使った。

僕は通勤電車内で、ほぼ毎日AirH”経由でPDAを使ってネットに接続している。
AirH”は地下鉄車両内であっても駅に停まっている間はつながるので、駅に停まるタイミングでダウンロードを行なっている。
これが無線LANだったらもっと速くていいのにな、と毎日思う。
ペースメーカーをつけた人に迷惑が、という声もあるのだろうけれど、全車両をデータ通信禁止にする必要などない。
ペースメーカーを装着している人は少数派なのだから、車両を分ければ良い。
東急は既に車両を「携帯電話の電源を切る車両」「データ通信はOKの車両」に別けている。

いくつかのファストフード店で無線LANが使用可能になりつつあるけれど、基本的にホットスポットサービスは無料で提供して欲しい。
少なくとも、無線LANで料金を取るのであればもうちょっとホットスポットをまともに整備してからにして欲しい。
都心の区に1−2ヶ所しかないホットスポットサービスに月額2,000円は払えない。
少なくとも現在のように、ホットスポットがほとんどない状況ではお金は払えない。
喫茶店で無線LANを利用可能にするためのコストは、有線で音楽を流すコストと変わらない。
だったら、そのくらい無料でサービスしてもいいのに、とも思う。
初期費用3万円、月額運用費用5、000円程度なのだから。

ホットスポットのサービス事業者は本気でホットスポットを整備する気があるのだろうか。
きっと様子見なんだろうと思う。
今のところはまだ本気でやる気はないけれど、突然ブレイクして乗り遅れたら大変だからとりあえず事業としてはじめておこう、くらいのものだろう。
ホットスポットは1ヶ所につき2−3万円で作れるのにもかかわらず、有料サービスなのにホットスポット数が全部で30ヶ所、などと言ってる企業は一体何を考えているのやら。
仮に自力でホットスポットを整備しきれないんだったら、ローミングを推進すべきだ。
2.4G帯の限りある電波資源を使うのだから共用すべきだ。
駅などの一部の場所ではホットスポットの場所取り合戦もはじまっている。
各サービスがローミングされていれば、多少は使い勝手も良くなる。

ホットスポットの場所そのものはMapFanやLycosで検索できるようになりつつあるので、多少は見つけ易くなってきたのだけれど、相変わらず見つけづらい。
接続そのものも、ESS-ID、WEPキー、ユーザーID、パスワードなどと実に面倒くさい。
あちこちのホットスポットでの接続のために、いくつもの接続設定をしておかなくてはならない。
まあ、自動接続はユーティリティーソフトを使えば良いのだけれど。

ホットスポットは一気にブレイクするかと思ったけれど、意外と利用者は少数派。
ホットスポットのエリアも予想外に広がっていない。
調査レポートを読んでみても「利用したい」は多いのだけれど「利用している」は限りなくゼロ。
一度でも高速の無線接続を体験したら、ナローバンドのAirH”がアホらしくなるほど中毒性の高いものなのに。
僕のザウルスではIP電話も使えるし。

日本のノートパソコンはモバイル目的ではなく、自宅が狭くて置き場所がない、というただそれだけの理由で売れているだけで、モバイラーは少数派だから仕方がないのかな。
無線LANも自宅内での移動目的だろうし。

■無線による、駅でのインターネット接続実験
http://www.jreast.co.jp/musenlan


2003年02月18日(火) ボーナスがなくなった

ボーナスがなくなった。

正確に言えば、ボーナスとして支払われていた給与分が、ボーナスの支給日ではなく、毎月の通常の給与支払日に割り振られて支払われることになった、というだけのことなのだけれど。
社会保険制度の総報酬制への対応。
リストラの一環というわけではない。

僕は年俸制なので、一般的な意味のボーナスというものは存在しない。
僕の会社では年俸の分割割合は自由に設定できる。
年俸のうち「ボーナス的」に受け取る金額の割合を自分で設定できるのである。
僕は年俸を16分割して、通常の月には年俸の16分の1、6月と12月にはそれに加えて、年俸の16分の2をボーナス的に受け取るように設定していた。

これが今回の社会保険制度の総報酬制への変更に対応して、年俸を12分割で毎月受け取ることになり、「ボーナス的」な概念がなくなってしまった。

今年の4月から社会保険料の負担額が、月額給与ベースではなく年収ベースで決定される総報酬制になる。
今までは、月額の給与をベースに社会保険料が決定されていたため、年収のうちボーナスの比率が高く、月額給与が少ない人は、社会保険料が少なくて済んでいた。
逆にボーナスが少なく、月額給与の比率が高いと社会保険料の負担率は高くなる。
これではボーナスが少ない中小企業の人たちがかわいそう、って事で4月から総報酬制に変わる事になった。

それにあわせて余計な社会保険料を払いたくないので、ボーナスを多めに設定している僕の社会保険料負担を減らすために「ボーナス的」なものをなくしてしまったのである。

ボーナスがなくなるぶん、毎月受け取る金額が増えてしまうわけで、これは困りもの。
さらなる無駄遣いを招く。
物欲に対して非常に意思の弱い僕としては、月額給与を減らしてボーナス的にもらえるように設定することで、辛うじて通常月の無駄遣いを抑えていたのである。

「○○がスゲー欲しいけど、ボーナスまで待とう」
「いや、ボーナスまでは待てないかもしれないけれど、少なくともクレジットカードの引き落とし日がボーナス支給日以降になる日まで待とう」

その歯止めがなくなってしまう。

僕としては自分の生活に少々の不都合が出ることよりも、ただでさえクソ高い社会保険料をより多く取られることのほうがずっと癪。
総報酬制に対しては、社会保険制度の不公平感をなくすための処置なので、文句を言うわけにもいかない。

ま、しょうがないわな。
でも、ボーナスがないっていうのも何だか味気ないなあ。

■年収基準に保険料算定「総報酬制」
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/ansin/an320401.htm


2003年02月17日(月) アマゾンのアフィリエイト・プログラムに参加することにした

アマゾンのアフィリエイト・プログラムに参加することにした。
アマゾンからアフィリエイト・プログラムへの参加承認のメールが届いたので、早速トップページにサーチリンクを貼ってみた。

これで、オクノ総研にとうとう収益源が生まれた。
オクノ総研のトップページの右側にあるアマゾンのサーチリンクで検索し、本やCDを買うと、オクノ総研の収入になるのである。
これで、中小企業挑戦支援法を活用し、資本金30円の節税目的(脱税ではない)の株式会社を設立しても、一応事業活動はやっている、という言い訳が成り立つってもんだ。

オクノ総研のトップページはWEBLOGと比較すると圧倒的にアクセス数が少ないので、アマゾンのサーチリンクなんぞをつけたところで、誰も検索なんかしない。
僕がアマゾンのアフィリエイトでお金を稼ぐなんて事はほとんど不可能。
せいぜい、自分でサーチリンク経由で本を買って、ほんの少し割引になって、ちょこっと得するだけだろう。
僕はアマゾンのヘビーユーザーなので、いくらかは意味があるかも知れない。
でもこれって、アムウェイに参加している目線の定まらない兄ちゃんの「だって洗剤安く買えるし」という言い訳と同レベルだな。

本気でアマゾンのアフィリエイトで儲けたかったら、WEBLOGの内容を書評やゲーム評論、音楽評論、映画評論ばっかりにして「購入はこちら」にしてしまえばいい。
僕はWEBLOGに読んだ本の事を書いたりすることもあるので、「WEBLOGを読んで僕もあの本を買って読んだよ」などと言われる事もある。
だったら、WEBLOGにもアマゾンのボタンをつけて、商売しまくってやろうか、と考えなくもない。

いや、どうせだったらWEBLOGに書く内容を全てタイアップにするほうが良いかも知れない。
ありとあらゆる商品を取り揃えている、アフィリエイトサイトでもあればいいのに。
アフィリエイト参加者用に大量のバナーやアイコンが用意してあり、日記を書いたら、その内容に応じたバナーを自分で貼り付ける。

「今日、青山のカフェで友人とお茶してきました。とってもいい雰囲気のお店で是非皆さんにもおすすめしたいです。行くべし。下のアイコンをクリックすると割チケがもらえるみたいなので、更にお得かも」
みたいな。

クリック保証のバナー広告を売って、クリック回数を増やすために、社内にクリック隊を置いていると噂されるサ○○ーなんかはこういう商売すれば、良いのにね。

アマゾンのアフィリエイト用のツールを見てみると、ありとあらゆる種類のバナーが揃っている。
しかも単純なバナーではなく、バナーに機能を持たせたり、カスタマイズしたりできるのである。
僕が思っていたよりもずっと進んでいる。
ジャンル別のベストセラーを表示させたり、サーチ機能をつけてみたり。
まだ、ちらっとしか見ていないのだけれど、なかなか気合が入っているようだ。
書いた内容に応じて、もっともクリックしてもらえそうなバナーを選択できる。
これなら小銭稼ぎができるかも、と幻想を抱かせてしまうところが恐ろしい。

やっぱりアマゾンはECサイトの王様だな。


2003年02月16日(日) ブロードバンド時代だからこそウェブサイトは軽量であるべき

先週からオクノ総研の改造に取り掛かっている。

オクノ総研のトップページにはほとんどグラフィックがない。
テキストとテーブルだけでページのほとんどを構成した。
いかに「違和感なく」グラフィックを減らすか、が今回の改造のテーマ。
全くグラフィックを使わないと、のっぺりしたページになるので多少は使っている。
ページの軽量化が目的なので、あくまでも最小限。

ブロードバンド時代だからウェブサイトは少々重くても良い、というのはウソだ。

ブロードバンド化の最大のメリットは何か?
ブロードバンドコンテンツを楽しめるようになった事か?
違う。
ブロードバンドコンテンツを利用している人間は、まだまだ少数派のはずだ。

「ブロードバンド化の最大の恩恵はウェブアクセスが速くなったこと」である。

クリックするとページがスカッとストレスなく現れる。
これがブロードバンドの最大のメリットだ。

ブロードバンドの普及率が高くなったからといって、サイトを重くしても良い、というワケではない。
ユーザーはストレスのないウェブアクセスに慣れているからこそ、逆にページを軽くしなければならない。
ストレスのないウェブアクセスに慣れたユーザーにとって、重いページは耐えられないストレスをもたらす。
ページが軽く高速に表示されれば、ユーザーのストレスが軽減され、さらなるクリックをする気にもなり、他のコンテンツ見てくれる。
逆にページが重ければ、ユーザーは多くのクリックをしようとしなくなる。

ブロードバンド化によってユーザーの行動で最も大きく変わった点は「重いサイトでも見るようになった」ではなく「より多くクリックし、より多くのページを見るようになった」である。

「先進的」と呼ばれるサイトのデザインの変遷を見てみれば良い。
新しくなるにつれて、よりシンプルに、より軽量になっているはずだ。
現在のマトモな企業のサイトリニューアルとはFLASHを使った派手なサイト作りではなく、いかにシンプルなサイトにするか、である。
勘違いしているオヤジが多いのには困りモノだけれど。
「ブロードバンド時代なんだから、もっと派手なサイトにならんのかね?キミはブロードバンドの普及率を知らんのか?」

FLASHを使うな、とは言わない。
FLASHは使いようによってはいくらでも軽くできる。
もともとFLASHは画像をベクター化することによってサイトを軽量化するためのツールだ。
画像を増やすくらいならFLASHを使ったほうがサイトがより速く、軽量になる場合も多い。
FLASHを避けて、DHTMLやテーブルだけで整形する場合も、CPUに負荷をかけ、レンダリングが遅くなった結果、逆にサイトが重くなってしまう場合も多い。

禁欲的にシンプルさを追求する必要もないけれど、サイトは軽くあるべきだ。
サイトデザインそのものをウリにするサイトであれば、アート的にシンプルさは追求可能だろうけれど、情報を伝える事を目的としたサイトで、寒々しくない、ある程度の「にぎにぎしさ」をグラフィックを最小限に控えて表現する事はなかなか難しい。

シンプルでありながら、にぎにぎしく、かつ軽いサイトってどうやって作ればいいんだろうね。
HTMLに数年ぶりに触れてみたような僕にとってはかなりの難題。
偉そうに言いつつ、自分が実践するのは難しい。


2003年02月15日(土) 祝!一万アクセス達成!

WEBLOGを書き始めてから、約半年。
ようやく一万アクセスを達成することができました。

皆さん、どうもありがとう。

毎日文章を書きつづける事は、思っていたよりもずっと大変でかつ楽しい。
書くこと自体はそれほど大変ではないのだけれど、ネタを切らさないことに苦労する。
僕の毎日の文章は長くなりがちなので、思いつき程度のネタでは量が書けない。
ある程度の時間をかけて自分のなかで「発酵した」ネタでないと書けない。
反射神経的にニュースに反応して、書いていることも多いのだけれど、やっぱり「発酵」して、いい塩梅になった僕の考え方を付加しないと、文章にならない。

オクノ総研は「個人サイト」なので、僕は個人サイトらしく「ナマの文章」を書くことを心がけてきた。
パクリネタは書かない。
時事、経済について書いていても、雑誌や新聞、ウェブで他の人が述べているような意見は書かない。
僕はジャーナリストではないので、公正な文章を書くつもりもない。
コンサルタントのサイトだから、コンサルタントらしいものの見方を期待してやってきた人もいるのかも知れないけれど、僕はコンサルタントである以前に「僕という個人」でしかない。

毎日、文章を書きつづけると、自分の本来の姿を隠して表向きの自分だけを取り繕う事なんてできない。
僕のなかの増幅されたノイズが大きくなる。
自分自身の隠れたノイズが表面化する。

書いたものが溜まってきたので、今、ひたすらHTML化の作業をしている。
WEBLOGをHTML化し、内容をジャンル別、日付別に整理し、過去ログを読み返しやすいように、アーカイブ化するつもり。
近日中に「DOCS」としてWEBLOGの過去ログを読めるようなページを作ります。

オクノ総研を始めた頃は、オクノ総研は「手段」であって「目的」ではなかった。
将来、本を書いたり雑誌に寄稿するための準備作業のつもりだった。
でも、最近はオクノ総研そのものが「目的」になりつつある。
今はWEBで個人的なメディアを作り上げる事のほうにずっと興味がある。
これから僕がパブリックなメディアで何かを書くことがあったとしても、それはオクノ総研のプロモーションの「手段」であり、もはやそれは僕の「目的」ではない。
オクノ総研が「主」であり、パブリックなメディアは「従」。

毎日気合を入れて書くので、毎日読んでもらえるとうれしい。
これからも僕は「個人的」な文章を書き殴り続けます。
僕の書いたものに意見をもらえるともっとうれしい。


2003年02月14日(金) 企業合併と株価の関係(セガとサミーを考える)

セガとサミーの合併が発表された。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/im20030213AS3K1303413022003.html

セガはゲームメーカー、サミーはパチスロメーカー。
セガは家庭用ゲームのイメージが強いが、実際にはゲームセンター向けの事業で収益を稼いでいる。
カジノ構想をにらんだ合併と捉える事ができる。

僕はこの合併によってセガの株価は上昇、サミーの株価は下落、と直感的に思った。
財務的にはセガのめちゃくちゃなバランスシートをサミーが泥を被って救済することになる。

しかし、マーケットの反応は違った。
両社ともに株価は激下げ。
合併発表の翌日、セガは-8.44%パーセント、サミーは-7.69%パーセントと大きく下げた。
まさか合併発表の翌日に株価がここまで下がるとは思わなかった。
合併比率がわからないとは言え、少なくとも財務的にボロボロのセガにとってサミーは救世主だと思うんだけど。

セガが下げた理由の推測
・事実上の吸収合併であると捉えられた
・セガは事実上の解体か?との憶測
・家庭用ゲームから業務用、カジノ向けに経営の軸足を移すと捉えられた
・97年のバンダイとの合併破談の連想

サミーが下げた理由の推測
・財務的にボロボロのセガの吸収による財務体質の悪化
・セガ内部のゴタゴタを背負い込む事による今後の経営への悪影響
・情に流されたとしか思えない経営判断に対する市場の抗議

サミーにとってセガを吸収することのメリットはセガのブランド力でしかない。
カジノ構想をにらんで、セガのアミューズメント事業の強みを得たい、という理由もあるのだろうけれど。
基本的にはマイナス要因のほうが多いと思われる。

合併比率がまだ不明なのだけれど、セガもサミーも上場企業なので。合併比率はほぼ株価の時価総額で決定される。
そのうえに「のれん代」と呼ばれるブランド代、プレミアム分が加算される。
サミーはセガの時価総額に対していくらかの「のれん代」を上乗せして合併比率を決定する事になるのだろう。

ただ、セガの適正株価、時価総額は企業価値評価の理論からは計算できない。
企業価値とは「将来その企業が生み出すであろう将来の予想キャッシュフローの合計から、金利、リスクを割り引いたもの」である。
セガはずっと赤字が続いており、将来のキャッシュフローの予想ができない。
キャッシュフローを全く生み出していないのだから、企業価値はゼロだ。
株価は「将来」の予想キャッシュフローから導き出されるので、現在、収益を生んでいなくても構わないのだけれど、セガはIRもむちゃくちゃ。
業績見通しをコロコロ修正するので、株価もそれにつられて大きく変動する。
全く信用できないセガのIRに対して、市場は信頼を完全に失っているので、株価は低いほうに収斂している。
極論だけど、現在のセガの株価は事実上、のれん代というか、ブランド価値だけと言ってもいい。
収益を生む本来の企業としての価値はほとんどない、と言ってもいいかもしれない。

最近はM&Aがとても多いのだけれど、企業の合併の成功率は恐ろしく低い。
企業は合併により、両社のシナジー効果により業績を向上させることを狙う。
だが、実際は合併によってシナジー効果を得ることはなく、失速する確率のほうが圧倒的に高い。
多くの場合は合併後の企業の統合に手間取り、結果的に業績を悪化させる。
合併の成功例と呼べるものはほとんどない。

それに対して、株価は合併に向けて上昇する事が多い。
理由は合併比率の交渉を有利に進めるため、両社が株価の向上策を次々と打ち出すからだ。
リストラや財務のお掃除等の株価向上策が次々に行なわれる。

更に日本の企業合併の際の会計処理は、ほとんど無法地帯で何でもやり放題。
合併のドサクサにまぎれてインチキくさい会計処理を行い、バランスシートを一挙に改善させることが可能。
実は日本の企業合併に関する法律ってなあーーんにもない、と言っても良い。
やりたい放題。
三井住友銀行とわかしお銀行のように、最近の銀行のアクロバッティブというか、奇策というか、とんでもない合併が相次いでいるけれど、これらはこの日本の法律の隙をついたものだ。
モラル的には大問題だけれど、違法ではない。
企業合併の際に気にすべきは、せいぜい独占禁止法(公正取引委員会)くらい。

この後、このセガとサミーの株価はどうなっていくんだろうね。
まだ、合併発表の直後で情報がほとんどないので、良くわかりません。


2003年02月13日(木) 肉体化するということ

やっと、ようやく、とうとう、なんとかサイトのリニューアル作業を開始した。
実を言うと今回は非常に難航している。
僕がツールの使い方を完全に忘れてしまったからだ。

クリエイティブツールは、もはや僕の身体の一部ではない。

以前はデザイン作業はPhotoShopで行っていたのだけれど、今回はPowerPointでレイアウト作業を行っている。
仕事で毎日十数時間使っているPowerPointoは自分の肉体の一部と化している。
デザインの仕事をしていた頃はPhotoShopも僕の肉体の一部だった。
DirectorやQuark、Illustratorも身体の一部と化していた。
特にPhotoShopとDirectorでの作業の早さは超人的だった。

NYでクリエイターをしていたときは、僕の手の動きが異様に速いので、作業をしていると、周囲に外人さんクリエイターの人だかりができた。
そのうえ、ベロベロに酔っ払って調子に乗り、深夜(午前4時頃)のNYのグリニッジビレッジにある100人以上の客のいるインタ−ネットカフェでDJに「Japanese No.1 Creatorrrrr! JUUUUUUUUN!  From TOKIOOOOOOO! 」と紹介され、100インチスクリーンにエロ画像を出して、オ○○コマークを描いて、その場でPhotoShopでエロ画像を加工して即興ギャグパフォーマンスをやる、という悪ふざけをやったくらいだ(その時は仲間にも客にも日本人は僕以外にいなかったので、僕のギャグの意味が本当に理解されていたのかはナゾ)。
狂った酔っ払いとゲイの皆さんで身動きのできないそのお店のなかで、握手攻めに合ったので、たぶん東洋の神秘としてウケていたんだろう。

道具は肉体化しないとどうしようもない。
何も考えなくても、身体が勝手に反応する。
脳ではなく、身体が先に動く。
道具が自分の肉体の拡張ツールになる。
ほんの数年前までは頭に浮かんだイメージをMacintoshは瞬間的に具現化することができた。
画像だろうと、映像だろうと、音楽だろうと。

楽器でもクルマでもカメラでも仕事でもPCでも何だっていいのだけれど、道具は肉体化して初めて仕事に使えるようになる。
頭で考えて使っている段階では仕事にならない。
少なくともお金をもらえるレベルには到達しない。

道具だけではなく、コンサルタントにとってはフレームワークや分析手法も同じ。
マニュアル本を読みながら、使っていても大した成果は得られない。
ロクな示唆は得られない。
肉体化していないからだ。
脳でしか理解していない。

若いコンサルタントと会話していると、頭だけで理解して肉体化していないな、と感じる事が多い。
彼らは本を読んだだけで、自分のモノになったと思い込んでいるようだ。
最初にフレームワークありきで、無理やり事実をあてはめようとする。
肉体化していないので、説明はできるが突っ込みには耐えられない。
応用もきかない。

「うーん、やっぱり軸の切り方がおかしいんですかね?MECEじゃないのかなあ?」

「違う。お前がこのフレームワークを肉体化していないからだ。脳だけで理解するな。身体で覚えろ。肉体化しろ」

キミの事だよ>

僕は3才の頃から「強制的に」ピアノを習わされていた。
僕はピアノの練習が大嫌いだったので、機械的にただ先生の言う通りに弾いていた。
クラッシックピアノとは作曲家の意図の通りに弾くもんだ、と教えられた。
僕は演奏機械だった。
からくり人形の様に、僕はただ譜面に書かれたとおりにひたすら正しくピアノを弾いた。
僕は「将来は音楽家になるんだよ」と言い聞かされて育ったので、大嫌いなピアノだったけれど、毎日2時間ずつ練習していた。
大きなグランドピアノは毎日触れていても、僕の肉体からは遠く離れていた。

小学校高学年になったある日、僕は気づいた。
僕のピアノは音楽じゃない。
ただ鍵盤をタイミングに合わせて正確に押しているだけだ。
譜面に合わせて強弱をつけ、音楽に見せかけているだけだ。

「僕は自動演奏人形じゃない」

その日から僕の自分の弾きたいようにピアノを弾くことにした。
僕は小学生のガキながら、音楽を自分なりに解釈し、肉体化しようとした。
その時からピアノは僕と一体化した。
僕の身体の一部となった。
僕は自分の解釈で自分の肉体の欲する音を出そうとした。

結果として、僕はクラッシックの世界から落ちこぼれた。
当時はしょせん、ガキの音しか出せなかったのだ。
女の子ばかりのピアノのなかで、男の子の僕の出す荒々しい音は、それなりに評価されたけれど、「正しい」クラッシック音楽からはどんどんかけ離れていった。

そのまま、惰性で高校2年生まで音大受験コースのピアノ教室に通ったけれど、結局クラッシック音楽と僕は相容れなかった。
ただでさえ不器用なのに、偉大な作曲家の曲を好き勝手に演奏する。
下手くそなうえに、ワケのわからないリズムを刻む。
「ピアノは打楽器だ」が当時の僕の信念だった。

僕はクラッシックの世界には受け入れられなかった。
当たり前だけれど、クラッシックの世界ではピアノは「打楽器」ではない。
僕は高校2年の終わりという大学受験の準備開始には遅すぎる段階で、ようやく音大受験を断念し、普通の大学受験コースに変更した。

だけど、僕はそれはそれで良かったのかな、と思う。
大人は認めてくれなかったけれど、それは僕の音楽だったから。
僕の肉体の刻むリズムだったから。
しょせんはガキだったから無茶苦茶な音だったんだろうけれど。

結果的にそのあと、普通の大学に進学してから1年足らずでインディーズながらレコードも出せたし、コンテストでも賞を取れたし、ライブハウスは満杯だったし。
それはそれで良かったのかも知れない。

僕は道具が自分の肉体と一体化して、考えなくても自分の身体が反応し、自分の感性が自動的に具現化される境地に達しないと納得できない。
ツールが自分の身体、肉体と一体化しないと何もできない。

脳ではなく、肉体で理解する。
考えるより先に身体が反応するまで、反復訓練をする。

とかいいつつ、僕はHTMLのオーサリングやデザインワークが肉体化から遠く離れてしまったので、今回のリニューアルは難航している。
以前は神業的に使えたのに。
まあ、現場から既に5年も離れているから、という言い訳もさせて欲しいのだけれど。

身体、肉体と脳が遠く離れていく。
僕は脳ではなく、肉体で考える。
だって僕の脳はアルコール漬けだから。


2003年02月12日(水) G−SHOCKの20周年記念モデルを衝動買い

G−SHOCKの20周年記念モデルを買ってしまった。
THE Gという電波時計と太陽電池のついているモデル。
液晶が赤い。

僕はもう7−8年、ロレックスのサブマリーナという時計を愛用している。
古い007でショーンコネリーが使っていたモデル。
最近の007はオメガだけれど、昔の007はロレックスだったのである。
本来は安物時計を年に2−3本買うほうが好きなのだけれど、このサブマリーナ以降、時計をあまり買えなくなった。

理由はサブマリーナが機械式時計だからだ。
機械式時計は置いておくと、2−3日で停まってしまう。
毎日、腕に巻いて振り続けなければならない。
一旦停まってしまうと、時刻合わせが面倒。
特に日付の部分がやっかい。
きちんと日付を考慮したうえで時刻合わせをしないと、昼の12時に日付が変わってしまったりする。
僕は時刻合わせが面倒なので、寝るときも、運動するときも、サウナでも温泉でも、ずーーーっとサブマリーナを着けっぱなしにしていた。
だって、停まると面倒なんだもの。
それに加えて、僕にはロレックスは傷だらけのほうが格好いいはずだという勝手な思い込みがあるので、「エイジング」と称してわざと乱暴に扱っている。
おかげで時計が増えても、サブマリーナをはずせない。

と、いうワケで日常的にはサブマリーナばかりを使っているのだけれど、その裏でやっぱり、年に2−3本の安物時計は買い続けている。
僕は基本的に「限定モデル」「最新モデル」という言葉に大変弱い。
オマケに機械モノが大好きなので、1ヶ月に1回も使わないような時計をせっせと買っている。
マニア以外、誰も知らないようなオタクなモデルもいくつか持っている。
ただ、コレクターではないので使い方は荒っぽい。

で、今回のG−SHOCKの20周年記念モデル。
限定モデルが欲しかったというよりも「壊れない、停まらない、狂わない」というThe Gが欲しかったのである。

The Gは機能だけ見れば史上最強。
頑丈で、絶対狂わなくて、電池もいらない。
だけどデザインが・・・。
デザインが大変イケてない。
カシオのサイトには「メタルと樹脂の融合した洗練されたデザイン」と書いてあるのだけれど、「チープなプラスチックに妙にピカピカした金属部分」にしか見えない。
いくら機能が優れていても、このデザイン、色使いはないんじゃないの?ってところだった。
The Gは出る前からスゲー欲しかったのだけれど、あまりもの格好悪さに買うことを躊躇していた。

ビックカメラにスタイラスを買いに行ったら、本来限定モノのはずの20周年記念モデルが発売後2週間も経つのにまだ並んでいた。
世の中的にはもはやG−SHOCKの限定モデルなんぞのブームは遠くに去っているらしい。
で、この20周年記念モデルの現物を見てみると、意外にシックなのである。
ピカピカしていない。
液晶が本来は派手さを狙ったのか赤っぽいのだけれど、それが僕には逆にシックに見えた。
やっと恥ずかしくないThe Gが・・・。
これなら、買っても大丈夫。
衝動買い。

って事で、今は家や会社や駅で時刻合わせ用の電波の強度を調べて回っているのであった。

スピードの電波モデルが出たら、また買っちゃうんだろうな・・・。


2003年02月11日(火) ようやくサイトリニューアルに取り掛かった

サイトのリニューアル作業に取り掛かった。
正しく言えばリニューアルというよりも作りかけで放っておいたものに、ようやく手をつけ始めた、というだけの事なんだけれど。
作りかけのまま放っておいては北朝鮮の柳京ホテルと同じになってしまう。

1万アクセスに近づこうとしているのに、未だにサイトが作りかけのまま、というのもそろそろマズい。
と、いう事でサイトリニューアルに取り掛かることにした。

げ、HTMLを完璧に忘れてしまっている。
GoLiveもDreamWeaverも全然わからない・・・。

デザインするどころの話じゃない。
ぜ〜んぜんわからない。

しかたがないので、デザインはPowerPointで作ることにした。
コンサルタントは朝から晩まで(正確には朝から朝まで)PowerPointをいじり倒しているので、まずは身体に馴染んだPowerPointでレイアウトを作る事にした。
普通はPhotoShopで作るんだけど、今の僕にとってはPowerPointのほうが作業が早いんだよっ。

言い訳がましいが、僕らが仕事でサイトの設計をするときもPowerPointでスロットと呼ばれるコンテンツを箱単位で並べるところから始める。
まずはデザインは完全に無視して必要な機能をスロット単位で並べるとことからサイトの設計を行う。
綺麗なデザインを最初に作っちゃうと、クライアントはデザインばっかりを見て、ユーザービリティーや実際のコンテンツのほうに目が行かなくなってしまうので、まずはスロットだけを並べるところからサイトの基本設計を行ったほうが良いのだ(逆に言えば格好いいアタリの写真を適当に貼り付けておけばごまかせる)。

それに今のウェブサイトはHTMLでスタティックに作る事はほとんどなく、Java等でダイナミックに生成されるページがほとんど。
システム開発的にも最初にスロット単位でサイトの構造の設計をしておいたほうが効率が良い。

と、いう事でHTMLを完璧に忘れ去った僕はおたおたとサイトのリニューアルに取り掛かった。
とりあえずPowerPointで必要なコンテンツを整理してレイアウト。
画面をキャプチャーしてPhotoShopに持っていく。
それからDreamWeaverとGoLiveの機能のわかっている部分だけをヨタヨタと使いつわけながらHTML化。

ああ〜ダサいっ。
全然だめ。
うまくできないっ。

いつの間にやらセンスも技術もどこかへ行ってしまったようだ。
ある日突然、サイトが格好良くなっている、っていうのはもはや無理だな。
少〜しずつ、修正していきます。
本当は1万アクセス記念サイトリニューアル!と行きたかったんだけど、間に合いそうもない。

ほとんどの人はWEBLOGをダイレクトに見てくださっているようだけれど、本当はちゃんとオクノ総研のページは別にあるのですよ。
時間を見つつ、WEBLOGのコンテンツもHTML化して、ジャンル別に整理してバックナンバーを読みやすいようにしたいと思っています。

出来上がったらそちらもよろしく。

■オクノ総研(工事中)
www.junokuno.com


2003年02月10日(月) 知覚の扉を蹴破れ

もう少しドラッグに関して僕の考えを書きたい。

僕はドラッグに対して否定的ではない。
「リベラル」だとか「ラブ&ピース」と言いたいわけではない。

僕は人間が自分の脳に作用するドラッグに興味を持つ事は不自然ではないと思う。
興味を持たないほうが不自然だ。
僕は「全て」のドラッグに対して肯定的な立場を取る。
大麻に関しては世の中的にも開放運動が盛んだけれど、僕は「全て」のドラッグを解禁すべきだ思う(異論だらけだと思うけれど)。

「知覚の扉」を開きたいという欲求は誰にだってある。
ドラッグが本当に知覚の扉が開くのかどうかは知らないけれど。

ドラッグはクリエイティブを加速するのか?
僕は否定的だ。
ダウナー系のドラッグを使用して、何かを作ってみればいい。
出来上がってきたものはロクなもんじゃない。
作り上げたその時は素晴らしいものに思えるのかもしれない。
作り上げた時は、自分は神だと思うのかも知れない。
でも、後でシラフの時にその時の作品を見てみればいい。
結果として出来上がってきたものはどうしようもないシロモノのハズだ。
ミュージシャンや作家がクリエイティブのためにダウナー使用する事には何の意味もない。

じゃあ、アッパー系なら良いのか?
アッパーとは史上最悪のドラッグ、覚醒剤だ。
覚醒剤はインタークーラーツインターボ付のコーヒーみたいなもんだ。
脳を無理やり覚醒させる。
脳のレセプターをぶち壊す
安全弁を破壊された脳は臨界点まで暴走する。
暴走した脳は・・・。
覚醒した脳には何も起こらない。
だって、覚醒してるんだから。
あまりにも現実的な世界が垣間見えるだけだ。

だけど、僕は「全て」のドラッグを否定しない。
高級であれ、低級であれ。
僕は自分自身の脳を破壊することを望んでいるからだ。
僕の脳を破壊したい。
僕は自分自身を破壊したい。
暴走した自分の知覚がどこに向かうのかを見極めたい。

神はどこにいるのか?
神などはどこにもいない。
神は自分の脳のなかの幻想だ。
だったら僕は自分自身の脳のなかにいる、その神に会いたい。
神に会って「いやあ、今日も冷えますね。来年の阪神タイガースは期待できますかねえ」くらいの会話は交してみたい。

人間にとって最も不可思議な宇宙は自分自身の脳だ。
理解できない世界が自分自身のなかにある。
そのなかにダイブしたい、という欲求を否定する事は誰もできない。
ドラッグが許されないのであれば、瞑想でもシンクロエナジャイザーでも酸素バーによる過剰な酸素吸入でもいい。
僕が最もわからないもの、最も知りたいものは自分自身だ。

ドラッグを使用した結果、使用者がどうなろうと知った事ではない。
死のうが発狂しようが知った事ではない。
それは全て「@YOUR OWN RISK」。
個人の問題だ。
何が起ころうと、国家の介入する問題ではない。
イリーガルでなくても、ニコチン中毒もアル中も全て個人のリスクだ。

ドラッグが地下に潜ることによる問題のほうがずっと大きいと思う。
ドラッグの害についてきちんと理解したうえで、使用するぶんには何の問題もないと思う。
禁止するからアンダーグラウンドエコノミー(893)の資金源になるのであって、普通に薬局で売ればいいのに、と思う。
ドラッグで自分の健康がどうなろうと、国家の知ったことではない、と思う。
せいぜい、保険の契約に問題が出るくらいだろう。
死のうが発狂しようが放っておいて欲しい。

しつこいようだけれど、僕はイリーガルドラッグに関しては、常用者ではない(信用できなければ家宅捜索でも尿検査でも血液検査でもしてみればいい)。
僕はドラッグに関しはモラル的には全く悪い事だとは思っていないけれど、逮捕されたくない、という単純な理由から手を出さない。

ドラッグを「自分探し」のひとつのツールとして捉える人間が増えている事実は否定できない。
実際はドラッグくらいで、自分が見つかるハズもないのだけれど。

合法的にトリップしたければ、酸素の過剰摂取が一番手っ取り早い。
宗教的な儀式や修行をしなくても、酸素バーとか酸素ボンベがお店に売っているので、買ってくればそれでOK。

ドラッグ後進国の日本人としては「悪い事をしてるぞ感」を楽しむのがせいぜいなのかな。


2003年02月09日(日) 痛風対策のプリン体カット発泡酒発売

僕は年末に受けた人間ドックで、痛風予備軍に分類されてしまった。
成人男性の五人に一人は痛風予備軍である。
僕の食生活から言えば当然の確率。
原因は明らかだ。
ビールの飲みすぎ。

僕は平日は毎日1リットル、休日は2リットルのビールを何年にも渡って飲みつづけてきた。
毎週1ケースのビールを消費する。
ここまでビールを飲むと、買いに行くのも面倒である。
僕はビール原理主義者なので、他のお酒はあまり飲まない。
長年に渡って、延々とビールだけを飲みつづけてきた。

そのうえ、僕は「牛角」→「ペッパーランチ」→「吉野家」の肉食3点ローテーションを繰り返している肉食主義者でもある。

その結果が人間ドックによる痛風予備軍の判定。
痛風はプリン体の過剰摂取によって陥る。
プリン体はビールと肉に多く含まれている。
今のところは「予備軍」であって、何の問題もないけれど今の食生活を何年続けると・・・。
痛風は「風が吹いても痛い」という病気なので、何としても避けねばならない。
日常から「健康のためなら死んでもいい」と公言している僕としては、痛風なんかになってしまっては面目まるつぶれである。

僕は人間ドックの結果を受け取ってから、ビールを「なるべく」飲まないようにした。
人間ドックの結果からみれば、酒の飲みすぎ、アルコールの過剰摂取は問題ではなかった。
確かにビールだけでアル中になるとは思えない。
アル中の恐れはないようだ。
プリン体の過剰摂取が問題。

それから僕はビールの量を減らして、プリン体が少ないといわれる焼酎を中心に飲む事にした。
2.7リットルサイズの焼酎とホッピーを買い込んだ。
お上品に720ミリリットルボトルなんかを買ったら、3日くらいしかもたない。
しかし、焼酎はペットボトルに入っていて、無色透明なせいか、ついついミネラルウォーターのようにガバガバと焼酎を飲んでしまう。
今までのビールを飲んでいた時の感覚で、焼酎はアルコール度数がずっと高いというのに習慣とは恐ろしいものだ。
このままでは今度はアル中だ。

と、思っていたらプリン体90パーセントカットの淡麗アルファが発売された。
これで淡麗は三兄弟になった。
ビール界のマイルドセブンを狙っているのだろうか。

僕と同じようにプリン体を心配している人間はたくさんいたのだ。
ビール会社にとっては痛風を気にして、ビールを飲まなくなる人間の数は少なくなかったと見える。
機会損失。

酒税が上がることが決まってしまい、値段が安いという唯一の付加価値を失ってしまった発泡酒は、値段以外の付加価値を追求しなければならなくなった。
発泡酒なんてどうせビールのパチモンなんだから、ビールと同じ味に近づける事だけを追求してもしかたがない。
発泡酒はいくらがんばってもビールにはなれないんだから。
発泡酒独自のマーケットを形成してもらいたいものだ。
これからもいろいろな商品が出てくる事を望みたい。
どうせだったら、プリン体だけではなく糖質も減らしてくれればよかったのにね。

これで安心してビールを飲めるってもんだ。
発泡酒だけど。

■プリン体90%カットの「淡麗アルファ」
http://www.kirin.co.jp/brands/alpha/top_fla.html


2003年02月08日(土) ホワイトカラーの仕事も中国移転

中国の大連市主催の投資説明会に行ってきた。
日本企業に対して大連に進出し、投資しませんか?という説明会である。
大連の市長ご一行様が大連の投資環境についての説明を行う。

高輪プリンスの会場は、中国だった。
通訳つきの中国語プレゼンテーション。

「▽☆#*□」(中国語)
   ↓
「日本の皆さんこんにちは」(日本語)
   ↓
「▽☆#*□」(中国語)
   ↓
「中国共産党大連執行部の○○です」(日本語)
   ↓
「▽☆#*□」(中国語)
   ↓
「本日は尊敬する○○先生の尽力により・・・」(日本語)

YMOの増殖に出てくる、林家三平の中国落語ギャグを思い出す。
まさにあんな感じ。
偉大なる○○同志の功績を褒め称える話や来賓挨拶とかの儀式が延々と続く。
1時間ほどの儀式の後にようやく本論が始まる。
やっぱり中国である。
いくら開放政策をとっているといいつつも社会主義国。

投資説明会なので僕の出席目的も当然、投資。
でも、中国株投資のためではない。
日本のホワイトカラーの仕事を中国に移転できないか、という話が多くなっており、そのための情報収集が目的。

日本の製造業は既に中国にどんどん移転してしまい、あっという間に日本の製造業は空洞化してしまった。
中国人の人件費は日本と比較して圧倒的に安いのだからしかたがない。
日本の製造業は世界一の生産性、効率を誇る。
その世界最強の日本の製造業が中国の人海戦術方式に敗れつつある。

日本企業のリストラは工場の中国移転に代表される製造現場が中心なのだけれど、日本で本当に効率が悪いのはホワイトカラー。
製造業の効率性の高さとは逆に、日本のホワイトカラーの生産性は世界的に見ても低い。
なので、次のリストラ、中国移転ターゲットはというとホワイトカラー。
僕が画策しているのはホワイトカラーの仕事を中国で中国人によって代行できないか、という事。
そもそも日本のホワイトカラーの賃金は、海外と比較して高すぎる。
ホワイトカラーだというだけで、仕事そのものの付加価値が低くても賃金は高い。
ホワイトカラーの賃金水準が企業内で均一になっていて、仕事の難易度に応じた給与体系になっていないことにも問題があるのだけれど。

ソフトウエアの開発などは既に中国やインドへの移転が既に進みつつある。
ゲームの開発やアニメの制作のような人海戦術作業は中国向きである。
特にCG制作に関しては、クリエイティブではなく単なる労働集約型の肉体労働にすぎないので高い人件費の日本でやる意味など全くない。

僕はそれに加えて、総務、人事、経理といった企業のバックオフィスの仕事を中国に持っていく事を狙っている。
企業のバックオフィスの業務は一部の戦略的業務を除けば、何の付加価値もないので、人件費の高い日本に残しておく意味がない。

グループ企業を多く持つ大企業は、グループ内のバックオフィス業務を一箇所に集約する動きがある。
バックオフィスの業務はどこの企業でもほとんど同じなので、グループ企業が多いのであれば、一箇所に集約したほうが効率が良いのは当然。
業務によってはいっそのことアウトソースしてしまってもいい。

日本企業のバックオフィス業務は合理化の余地がかなりあるので、一箇所に集約して業務を共通化、合理化して、余った人はリストラ。
業務を一箇所にまとめて共通化したあと、一部の戦略的業務だけを日本に残し、残りの付加価値のない業務はそのまま一気に中国に移転してしまう。

なかでも経理業務は格好のターゲット。
経理業務は連結決算やグループ経営の浸透により、グループ企業内で統一する必要があるので、いち早くグループ企業内で一箇所に集約されつつある。
まずはグループ企業内を同じERPシステムで統一し、経理業務を共通化しつつある。

経理業務は数字が中心であり、会計処理もアメリカ帝国スタンダードになりつつあるので、言葉の問題も業務内容のギャップも他業務に比べれば小さい。
と、なれば経理部員の大半は日本人である必要も日本にある必要もない。
日本には戦略的な業務だけを残して、残りの労働集約的業務、システム化済の業務は中国に移転してしまえば良いのである。
システム化率の高い業務であれば、ネットワークでつないでしまえば、コラボレーションワークは容易なので、海外で業務を行っても何の問題もない。

日本企業のホワイトカラーは戦略的な仕事、付加価値の高い仕事にシフトしなければもはや生き残れない。
仕事が早いとか正確といった「優秀なワーカー」ではリストラ対象。
ま、今まで日本のホワイトカラーが甘やかされすぎてただけなんだけど。


2003年02月07日(金) おいおいETFなんて買えるかよ

竹中さんがETFは儲かるから買え、と言っている。
ETFとは株式連動型上場投信の事で、日経平均に連動して価格が変動する投資信託のことだ。
日本経済の未来を買ってくれ、とのこと。

今が日経平均が底値だと考えればETFは儲かる。
日経平均連動だったら、あまり損はしないのかも知れない。
少なくとも上場企業全てが倒産する事なんてあり得ないし、個別の企業の業績を気にすることもないので比較的簡単だ。
日経平均が今の半分になる確率と倍になる確率だったら、圧倒的に倍になる確率のほうが高い。

でも、僕はETFを買わない。
マトモに株をやっている人間だったら、バカバカしくて買わない。
他の投資信託と比較すれば、全然お得じゃない。

一般的な投資信託は、儲かりそうなテーマの株に対して投資を行う。
それに対してETFは全ての上場株に対して投資を行う。
日経平均に連動しているって事は、いい株も悪い株もなりふり構わずぜーんぶまとめて買う、って事。
ETFを買うという事は、誰が考えてもクソ株と思われるような株もまとめて購入することになってしまうのである。

金融庁が金融機関に特別検査に入り、ヤバい企業の洗い出しに入っているこの時期に恐ろしくてそんなもん買えるかよ。
これからガンガン大企業が倒産するだろう、って時に誰がそんなもん買うか。

僕は明らかにクソ株だとわかる株にまで投資したくない。
ETFには倒産まで秒読み段階に入っているゼネコンや流通も全て含まれている。
日経平均に連動した投資信託を買うのであれば、せめてクソ株を除外して運用している投資信託を買うべきだと思う。
「クソ株除外ETF」でもあればいいのにね。

■竹中大臣、株式連動型上場投信(ETF)は絶対に儲かる
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030207-00000011-tcb-biz


2003年02月06日(木) 廃人願望と緩慢な自殺

僕には強い廃人願望がある。
中島らもの逮捕は他人事ではない。
僕には表立った精神的疾患は何もないし、現実の僕は生来の生真面目さのせいか、ギリギリのところで一応マトモな社会人生活を送っているかのようなフリをしてはいる。

僕が自分にドロップアウト願望があることに気づいたのは小学校高学年か中学生の時だ。
当時の僕は学年で一番成績が良かった(今となっては誰も信じないだろうけれど)。
小学校高学年のとき、授業に退屈している僕を見かねた教師は僕専用の宿題を作ってくれた。
僕を休日に自宅に呼び、特別の授業をしてくれた。
他の生徒と同じ勉強をさせても、僕には単なる時間つぶしにしかならなかったからだ。

僕はそれがなんだか嫌だった。
居心地の悪さを感じていた。
僕は他の子供達と違う自分が嫌だった。

中学生になった僕はある日「ドロップアウトしよう」と思った。
今でもどうしてドロップアウトしよう、と考えたのか良くわからない。
たぶん、何のきっかけもなく、ふとそう思ったのだ。
僕はバカになりたかった。
先生や周囲の期待に添えなくて申し訳なかったけれど。

僕はそれから勉強することをやめ、中学時代の長い時間をゲームセンターで過ごした。
不良だったわけじゃない。
ただ、それまで勉強に費やしていたエネルギーをひたすら3年間に渡って真剣にゲームをやり続る方向に振り向けただけだ。
パックマン、ラリーX、ギャラクシャン、ディグダグ、etc。
僕は中学時代の3年間は台風やインフルエンザで学校が休校になっても一日も休まず、ひたすらゲームセンターに通いつづけた。

ドロップアウトは笑ってしまうほど簡単だった。
僕はあっという間に、学年で一番の優等生から学年で一番の要注意人物に成り下がった。
僕にとっては成り上がったつもりだったのだけれど。

きっと僕と同じような子供はたくさんいるのだと思う(たぶんね)。
他人と違う自分が嫌になる。
僕は他の子供と違う自分が嫌だった。
子供にとっては他人と違う事が一番の苦痛なのだ。
授業中に先生に指されてへらへら笑うしかない他の子供を見て、自分もああなりたいと思った。
他の子供達と何かが違う自分が嫌だった。
大学に入ってからドロップアウトすれば良かったのだけれど、僕は中学1年で何かに気づいてしまった。

僕はすごいスピードでドロップアウトしていった。
だけど、僕自身はなんだかそれがうれしかった。
落ちこぼれていく自分が好きだった。

ドロップアウト願望は今に至るまで続いている。
ドロップアウトしつつも、要領の良さだけでなんとか今まで生き長らえてきたものの、ドロップアウト願望そのものは大人になった今でも消えたわけではない。

とりあえず今のところは生来の生真面目さで大きな問題を起こしてはいないけれど、いつ本格的な廃人願望が爆発するかわかったもんじゃない。

僕には中島らもの気持ちが良くわかる。
きっと、灘中に入学した時点で何かに気づいちゃったんだろう。

そして、ドロップアウトから緩慢な自殺願望へ。
緩慢な自殺願望。
廃人願望。
人生をいかに無意味に消費するべきか?
人間なんてしょせんはウンコ製造機に過ぎない。
僕らが地球に残せるものなんて、1日1回300グラムとして、1年間に約100キロ、人生80年で、約8トンのウンコだけだ。
偉い人も偉くない人も、人生で残せるものは8トンのウンコだけ。

中島らものいうところの緩慢な自殺願望。
積極的に自殺しようとなどは思わないけれど、消極的に自殺に向かう行動を取る。
中島らもは自殺未遂もあるようだけれど。
メシも食わず、大量の酒を飲み、睡眠もとらない、運動もしない。
僕も同類だ。

朝食;ビール
昼食;ビール
夕食;ビール+焼酎
夜食;ウイスキー

僕には自殺願望は全くないし、死にたいと思った事も一度もない。
だけど、僕の生活そのものは早く死にたがっているとしか思えない。
毎日、数分ずつは寿命を縮めるような行為を繰り返している。
ほっときゃ僕は150歳くらいまで生きかねないので、そのくらいの不健康さは必要なのかもしれないけれど。

僕はいつ廃人願望、ドロップアウト願望が爆発するかわからない。
上昇志向なんてものは、そもそもほんの少しもない。

僕らは結局のところ、ワケもわからず前進を続けるレミングスと同じ種族なのかも知れない。
中島らもさんには緩慢な自殺願望は持ってもらって構わないけれど、バロウズ並に長生きして、僕らにもっと作品を読ませて欲しい。
きっと「中島らも逮捕」っていうのは中島らもの健康状態を見かねた友人が、警察で保護させて健康を回復さようとして善意でちくったんだろうな。

らもさん、下痢ばっかりしてたら人間として生まれてきたウンコ製造機としての使命をまっとうできないよ。


2003年02月05日(水) 中島らも タイ━━━━||Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ||━━━━ホ!!!!!!

「ナニワのバロウズ」、中島らもが大麻所持で逮捕された。
僕のようなダメ系の人間にとっては中島らものアル中小説である「今夜すべてのバーで」は必読書である。
これほど誰も驚かないであろうニュースも珍しい。
ほとんど人が「ああやっぱり」「え?初犯なの?」だろう。
アムステルダムでは「ケツから煙が出るほど吸った」と公言しているくらいだし。
中島らもなんだから、大麻くらい見逃してやれよな。

僕は別に大麻くらい吸ったっていいじゃんよ、の立場。
健康を害するとかタバコよりは健康にはマシだ、ったって今更そんな事を気にしてもしかたがない。
コンタック咳止めからコデインを抽出して飲んでるほうがよっぽど危ない気がする。
大麻くらい吸ったところでそれほど他人に迷惑がかかるわけでもなし。
泥酔して暴れるよりずっとマシだ。

明言しておくが、僕は大麻を吸わない。
僕が大麻を吸わない理由は、単に逮捕されると何かと不便だから。
それ以上でもそれ以下でもない。
前科者になってしまうと会社をクビになったり、仕事ができなくなったりして何かと不都合。
ただそれだけ。
大麻を吸う行為そのものに対しては何の批判もするつもりはない。
吸いたきゃ吸え。
ただし、捕まらんようにな。
僕は捕まりたくないので、大麻を吸うときに誘わないように。

大麻取締法の条文を読んでみると「大麻取扱者」の免許を都道府県知事から受ければ、大麻所持は合法らしい。
続いて「大麻取扱者」の審査基準を読んでみると「大麻研究者:研究目的で大麻草を栽培し、大麻を使用することを業とするもの」であれば良いらしい。
ここでいう「使用すること」って吸引も含むのだろうか。
「研究目的」って理科系的な研究ではなく、社会学的考察でもいいのだろうか。
だったら中島らもも「大麻取扱者」の申請をしてみれば良いのにね。

■大麻取締法
http://www.nco.go.jp/lows/low6.html
■大麻取扱者の免許に係る審査基準
http://www.pref.shiga.jp/data/kijun/shinsa/1eh00101.htm


2003年02月04日(火) ぼくはつなぐくんだよ2

ばらき研究員が僕のクルマがインターネットにつながっているのを見てアホだと思った、みたいな事を書いていた。
正確に言えば、ただ単にカーナビがインターネット対応になっている、ってことなんだけど。

僕としてはもっと自慢したい事がある。
僕のクルマのカーナビにはハンズフリー電話機能が搭載されている。
カーナビに自分の携帯電話をつないでおけば、ステアリングに取り付けられた応答ボタンを押すだけで、運転中でも電話に出てハンズフリーで会話ができる、というシロモノである。
運転中に電話がかかってくると電話をかけてきた相手の名前がカーナビの画面に表示される。
音声認識機能も搭載されているので、ステアリングのボタンを押して「○○に電話をかける」と言えば自動的に電話をかけてくれる。
カーナビ本体のメモリに僕の電話帳のデータが保存されているのでこのような事が可能となる。

と、いっても僕はカーナビのハンズフリー電話機能を自慢したいわけではない。
僕が本当に自慢したいのは、電話帳データの一元管理、およびいかにエネルギーを使わずに電話帳データの管理をしているか、である。

僕の電話帳、住所録管理方法は以下の通り。

■データ入力編
�〔昌匹鯡昌廟賤僖好�ャナで読み込んでデータ化
��携帯電話にかかってきた電話の電話番号を携帯電話の電話帳データに保存、携帯エディーでPCに転送

■データ管理編
�〔昌疋好�ャナで読み込んだ情報をアウトルックに流し込み
��携帯エディーのデータをアウトルックに流し込み

■データ変換、活用編
�.▲Ε肇襯奪�のデータをPDA(ザウルス、ジョルナダ)と同期管理
�▲▲Ε肇襯奪�のデータを年賀状管理ソフトにコンバート、ラベルプリント
��アウトルックのデータを携帯エディー経由で携帯電話に転送
�し搬單渡辰�らカーナビにデータ読み込み

キーボードを打つような入力作業はほとんどしていないのである。
最近の名刺スキャナの精度は異常に高いので、恐ろしく正確にデータが入力される。
修正作業はほとんど必要ない。
テキストデータ化されてしまえば、あとはデータの変換と転送のみ。

カーナビ上の電話帳データの更新もカーナビに携帯電話をつないで、転送するだけである。
僕はこうやって約1500件の住所録データを散在する機器の間で最新の状態に保ち、管理している。
一見面倒なように見えるが、いつもやっていることなので手間はほとんどかからない。

僕としてはいかにエネルギーを最小化して情報の一元管理を行なうかに心骨を注いでいるわけである。
ただ、どこからでもつないでいるだけじゃないぞ。

■やさしく名刺ファイリング
http://www.mediadrive.co.jp/products/package/win/econ/ymeisi10/


2003年02月03日(月) ぼくはつなぐくんだよ

ぼくはつなぐくんだよ〜。
いつでもどこでもいんたーねっとにつないでみせるよ。

ザウルス用のケースと一緒にCFのLANカードを買った。
有線のLANカード。
無線LANのカードは以前から使っていたのだけれど、いつでもどこでも無線LANが使えるというワケではない。
いつ何時でもPDA経由でインターネットに快適につなぐため、またまたカードを買ってしまったのであった。
例によってセットアップは30秒ほどでさっくりつながる。

これでザウルス用のカードは5枚になった。
現在、僕が保有するザウルス用のカードの一覧は以下の通り。
�。達討量祇�LANカード
�■達討陵�線LANカード
��CFのAirH”128Kカード
�ぃ達討離瓮皀蝓璽�ード64MB
�ィ咤張�ード128MB

ザウルス本体は200グラム程度でしかないのに、カード類がかさばる。
アホと呼びたければ呼ぶがいい。
ぼくはつなぐくん。
いつでもどこでもいんたーねっとにつないでみせるよ。

こうなりゃ意地だ。
どこからでもインターネットにつないでやる。

僕はこのオクノ総研WEBLOGにPDA経由で移動中につないでいる事が多い。
PDAじゃないときは携帯電話のi−mode経由。
素直にPCからつなげば良さそうなものだけれど、そこはリアルモバイラーとしての意地、である。
たとえ軽量であっても、1キロもあるノートパソコンなんて持ち歩きたくない。
持ち歩ける限界はポケットに軽く収まる2-300グラムでしょ、やっぱり。
リアルモバイラーとしては一見、手ぶらに見えてインターネットにバシバシつなぐ、という姿が美しいのである。
僕はデブヲタではないので、リュックに機材一式を詰め込んで、汗をかきつつハァハァなんて言いたくない
手ぶらでポケットの機材だけで、なんでもこなしたい。
夏だったら、Tシャツ、短パンでインターネットをフルに使いこなす。
これぞ、リアルモバイラー。

どうだ、ヲタだろう。
あきれかえったか?
あ〜、一体何枚のカードと何本のケーブルがバッグの中に入ってるんだろう・・・(バッグのなかにはPDA以外にも携帯電話、デジカメ、ボイスレコーダー、翻訳機、MD,ラジオ等々)。

■オクノ総研モバイル(i−mode用)
携帯電話にURLを送る


2003年02月02日(日) 続々:お金で国を買えないものか

また、しつこくこのテーマで書く。
と、いうかこれから何回も書くつもりなので覚悟しておくように。

■これまでのあらすじ
オクノ総研総裁は本年度牛丼に換算して26年半分もの税金・社会保険を国家に収奪された。納得のいかない総裁は無税の国、究極の資本主義国家の設立に向けて検討を開始した。

僕の考える資本主義国家のしくみについてきちんと考えてみると、重大なバグがあった。
僕は株式会社のしくみを国家体制について適用しようとした。
究極の資本主義国家として国家を株式会社化してNYSEに上場、全ての事業を国家事業として収益を上げ、無税にできないか、と考えた。
でも、良く考えてみると・・・。

全ての事業が国家事業・・・。
これって社会主義国家そのものじゃん。
外部から見ると資本主義国家なのだけれど、当の国民からすると社会主義国家そのものなのである。
あれれれれーーー。
究極の資本主義国家を作ろうとしたつもりが、社会主義国家になってしまった。

無税にしよう、というところに無理があったのか。
全ての事業活動を国家事業にして無税にしようとすると、社会主義国家になってしまう。
僕は究極の資本主義国家を作りたいのであって、社会主義国家になってしまうのであれば、世界で唯一の正しい社会主義国家である日本国民のままでじゅうぶんだ。
と、いうことで無税国家はあきらめる。
税金は徴収することにする。
そもそも僕は税金を支払うことに対して納得がいかないのではなく、税金徴収のしくみ、税金の使われ方に対して不満があるのだ。

税金はあくまでも行政サービスに対する対価としてのもの。
本来、国民は享受する行政サービスのレベルに見合った税金を支払えば良い筈なのだ。
手厚いサービスが必要であれば、多くの税金を支払う。
最低限のサービスで構わないのであれば、税金は低くても良い。

それに対して、日本の税金のしくみは明らかにおかしい。
まず、累進課税について納得がいかない。
多くを稼いだ人間が稼ぎに応じて多くの税金を支払う、という前提はまあある程度はしかたがない。
でも、「税率」までが上がる、っておかしくないか?
税率が一定であっても多くを稼いでいれば、絶対額で既に多くの税金を支払っている。
そのうえなぜ「税率」まで高くなるのか?
納得がいかない。
やり過ぎでしょ。

更に納得がいかないのが、配偶者控除や扶養者控除。
どうして、家族が増えて行政サービスの利用頻度が高くなったら税額が下がるのか?
国民としてのコストが高い人間の税金が低くて、僕みたいに一人暮らしで国民としてのコストの低い人間の税金が高い。
おかしい。
家族が多けりゃ、そのぶん行政サービスの利用頻度が上がり、国民としてのコストは高くなる筈。
だったら、税金は上がって当然だと思うのだけれど。

まあ、日本は結果の平等を保障している社会主義国だからね。
がんばった人が損をする。
無理してがんばんないほうが、お得なワケだ。
悪平等。

いや、これではいけない。
このままでは日本は誰もがんばらない国になってしまう。
と、いうかもう既になっているんだけど。

やはり、僕は真の資本主義国家を設立せねばならない。
でも、株式会社国家のしくみには重大なバグが発見されたので、国家のしくみは検討しなおし。

ゼロリセットで考えて、本当に正しい国家って一体何なんだろう?
きっと、価値観は人それぞれなんだろう。
誰にとっても素晴らしいと思える理想の国家なんて存在しないのかもしれない。
たぶん、世界中にいろんな体制の国があって、自分の気に入った国に自由に住む事ができるような世の中になれば良いのだと思う。
多様性と多様性を認める事ができる大人の国際社会が重要だって事。
ま、そういった意味で多様性を認めないブッシュはアホなワケだ。


2003年02月01日(土) 本当に応募が来た

昨日、「年賀状プレゼント」を実施したら早速応募があった。

見ず知らずの女性からの応募。
本当に応募が来るとは思っていませんでした。
せいぜい僕の知り合いで年賀状を出していなかった人から応募があるくらいかな、と思っていたので、驚き。

応募ありがとうございます。
とてもうれしいです。
早速、送付させていただきます。

年賀状、って事は住所・氏名がわかってしまうワケで、勇気に感謝。
僕自身の個人情報は個人ドメインなので、WHOISで検索すればすぐにわかってしまう。
僕自身には全く匿名性がない。

フォームメールを用意しているので、読んでくださっている方からメールをもらうことが多い。
BBSは身内が多そうなので、書き込みづらいのだそうだ。
なぜか、メールをくださる方々は女性ばかり(ネカマでないことを祈る)。
男性からメールが来たとしてもシカトする可能性もあるけれど。
メールをくださったら、必ず返事は書くようにしているので、そのあと何度かメールのやりとりが続く。

今更だけど、ネットって面白いと思う。
全く面識のない人たちとのコミュニケーション。
テキストだけのやり取りで、相手のことは全くわからないのだけれど、それはそれで面白い。
僕自身のキャラクターはネットとリアルで全く同じ。
リアルの世界の僕を知っている人もたくさん見てくれているので、ウソは書けない。
僕はリアルの世界で会ったとしても、あまりにも予想通りのキャラクター。

こうやって毎日書いていると、どんな人が読んでくれているんだろう、とかどんな感想を持ったのだろう、といった事はとても気になる。
アクセスカウンターが心のよりどころ。

読んでくれている皆さん、もし良かったら僕にメールください。
匿名でも全くOK。
感想も一緒に書いてもらえたら、もっとうれしい。




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