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斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」

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2005年09月20日(火) 風邪引いたorz

連休だ!とか思いつつ、いつものようにダラダラとテレビを見ていたら、突然、風邪はやってきた。

(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル ((((。

文字通りのガクガクブルブル。
快適な季節のはずなのに、突然寒気が襲ってきた。
寒いぞ、寒いっ。
寒すぎて、歯がガチガチ鳴り出した。
寒くて歯がガチガチ鳴るなんて、マンガじゃああるまいし、とか思いつつも、本当に寒くて歯がガチガチ鳴る。
寒いはずなのに、汗がダラダラで出てくる。

本当にいきなり、である。
突然、寒気が襲ってきた。

寒いのでエアコンを切って毛布を被る。
暑い・・・。

寒気が襲ってきて、ガクガクブルブルなのだけれど、あったかくすると、今度は暑い。
毛布はやり過ぎかと、薄いタオルケットを被る。
まあまあ、良い。
が、エアコンを切っているので、まだ暑い。
エアコンの電源を入れる。

(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル ((((は、まだ続いている。
外部的には暑いと感じるらしいのだけれど、内部的は寒いらしい。
良くわからん。

エアコンで冷房をつけて、タオルケットを被る、という中途半端な状態が最も快適である、との結論に至り、その状態でいることにした。

そのうち、寒気だけではなく、明らかに高熱があるぞ、という症状が出てきた。
高熱が出ると、夢を見ているんだか、現実なんだか良く分からなくなる。
脳がオーバーヒートしているんだからしかたがない。
高熱によるナチュラルハイ。
ラリラリ。
僕の場合、高熱が出ると、同じ事を延々とやりつづける「夢を見る」か「実際にやり続ける」かのどちらかである。
ほとんどの場合は、高熱が出ているわけなので、同じ事をやり続ける「夢を見る」。
壮大でバカバカしい夢が多い。

地球の周囲の宇宙に浮かぶ衛星やロケットの破片などの宇宙ゴミを完全に掃除しなくてはならない、みたいな夢を見る。
僕は、地球の周囲の宇宙に浮かぶ、膨大な量の宇宙ゴミをひたすら片付けなくてはならない、というミッションを帯びている。
僕のラリラリの脳は、ひたすら宇宙に浮遊するゴミを回収する。
そのうち、軍事用の機雷も宇宙空間には漂っている事に気づく。
雷管を抜いて、無効化しなくては・・・。
地球が危ない。
地球を救え!

三日三晩うなされる。
高熱は、ラリ入ってるののあまり変わらない。
マイスリーは記憶が飛ぶが、高熱は幻覚を見せる。

今回は、ちょっと違った。
眠っているのではなく、一応、半覚醒していた。

僕は、なぜだかギターを取り出し、オジーオズボーンのミスタークロウリーを弾き始めた。
しかもギターソロ全体ではなく、最初の導入部分のリックのところである、
たかだか1小節のひとつのリックを延々と弾き続けていた。
何時間も何時間も延々とミスタークロウリーのギターソロの導入部分のリックを弾き続けた。

指が痛い。

連休中は、病院が休みだったので、本日病院に行った。
医師曰く「かなりひどいですね。コレは苦しかったでしょう」
「はい、朝起きると最悪だったので、状態が良くなるのを待って、ほうほうの体でやって参りました」
処方された薬は抗生物質を含む7種類。
毎食後に7種類の薬を飲まなくてはならんのである。
人間ドックでオールAなのに、なぜか風邪なのだ。

が、今回の風邪のおかげで、ひとついいことがあった。
何と!
たった数日の風邪で、4キロも体重が減ったのである!
ウエストなんて、10センチ近く細くなった!
高熱で熱エネルギーを消費しまくって、脂肪が燃焼したのだろうか?

今回の風邪は、実は必然とも言えるものであった。
先週まで、異常に忙しく、食事の時間さえマトモに取れなかったのである。
2週間ほどの間、ローソンのサンドイッチとサラダを仕事をPCに向かいながら食す日々。
寝る時間もなかった。
僕の体力はほとんど限界だったのである。
会議が多ければ、会議中に何かを食べたりできるのだけれど、ここ2週間ほどは、ほとんど単独で、根を詰めてやる仕事がほとんどだった。
とにかく時間がない。
アタマは飽和状態。
肉体は限界。
僕はボロボロだった。
連休に入った途端、緊張の糸が切れて、風邪をひいた。

サイボーグだって病気になるんである。
「食事」、「運動」、「睡眠」。
この3つが健康には不可欠である。
僕は、この3つの全てのバランスを欠いていた。

連休中のお出かけスケジュールは全てキャンセル。
マトモな生活って、どこにあるんだろう?


2005年09月15日(木) 「禅」と「スーパーバイク」と「爆音ギター」

ずっと昔、禅を中心とする東洋思想の本ばかり読みまくっていた時期があった。
「無」ってなんだろう、みたいな。
当時の僕は、デジタルな世界に没頭し、どこまでが自分の脳だか身体だかが良くわからなくなりつつあった。

僕が素直に日本人としての自分を見つめ直すハズもなく、欧米人が日本の「禅」の神秘性に憧れるのと同じく、ガイジン目線で洋書で「ZEN」についてお勉強していた。
東洋かぶれのガイジンみたいな感じ。
サンフランシスコのヒッピー経由の逆輸入。
僕はコテコテの日本人だ。
「神は自分のなかに存在するのだ!自分のインナースペースをとことんまで見つめ直せ」みたいな。
道具に頼る僕は、シンクロエナジャイザーを目にあてて、「ZAZEN」プログラムを脳に流しつづけた。

当時の僕は音楽をコンピュータの打ち込みで制作していた。
スタジオでバイトしていたので、機材は使い放題。
打ち込みで音楽を作っていると、妙な感覚に陥る。
自分の感性とか心を数値化しているような気分になってくるのだ。

ピアノの鍵盤でドミソを同時に押さえる。
コードのCである。
Cメジャー。
ドミソのミを半音落とすとCm。
明るかったCコードがマイナーコードになり、少し悲しみを帯びた音になる。
ミを半音下げただけなのにどうして僕は悲しくなるのだろう。
マイナーコードの響きを悲しく感じるのは人類共通だろう。
何かのトラウマか?
人類は、3度の音が半音下がると、原始の悲しみの記憶を思い出すとでも言うのだろうか?
そんなはずはない。

加えて音色。
僕は音色を、3Dでビジュアル化して作っていた。
3Dの地図みたいな画面をぐりぐりいじる。
3Dのそれぞれの軸は「時間」、「周波数」、「音量」である。
この3つの要素を組み合わせて音を作る。
デジタルなので、全て拡大してみれば階段状である。
階段の段差の幅が即ちサンプリング周波数。
階段の段差を細かく分解すればするほど音は良くなる。
それに伴ってデータ量も増えていく。

僕は、人間の耳が認識できるギリギリまでデータを切り詰めて作業していた。
人間の認識力なんていい加減なものだ。
ある程度まで、デジタルの階段を細かくしてしまえば、認識不可能になる。
可聴周波数は、20Hz〜20,000Hzくらい。
分解能は44.1kHz。
そのあたりが落としどころ。
スタジオの機材、環境であれば、もっと細かいところまで可聴できるのだけれど、リスナーがCDを聴く環境は、クルマのなかだったり、イヤホンだったりと劣悪である。
ミックスダウン後のマスタリングはその劣悪な環境での再生を前提としている。
世のCDは、劣悪な環境で聴くことを前提に作られているのですよ(マメ知識)。

そして、そのデジタル3Dの山や音をPCでいじっているうちに、「人の感情」をデジタル化して解析しているような気持ちになってしまった。
ノリって何だ?「スネアの音を数ミリ秒速めてみよう」。
ギターソロでギターが前に出てきた感じを出したい。実際のライブでエレキギターを構えたギタリストがステージの前に出てきても、アンプの位置は同じだし、PAでミックスされているので大きくなるワケがない。
単純にギターの音を大きくすりゃいいじゃん、とかイコライザーで高域をブーストすればいいじゃん、というのは邪道である。
僕はデジタルリバーブで、正面から聞こえてくる音と、壁に跳ね返って返ってくる音を計算し、ミックスした。
ギタリストが移動すると壁から反響する音が変化する、というマジックを使った。

そんなことを続けていると、だんだんと泥沼にハマる。
僕は、人の感性だとかを数値化することがつらくなっていった。

結果。

僕は、アコースティックピアノとアコースティックギターだけでライブを行った。
今で言うアンプラグド。
計算し、デジタル解析され尽くした脳による感性じゃなくって、身体性が欲しかった。
音はできる限りスカスカにした。
無音の状態だって音楽だ。
音の「間(ハザマ)」を聴いてくれ。

それが、僕の学生時代。

そして、それから長い月日が流れた。
僕は、またデジタルの泥沼にはまった。
ビジネスの世界は数値の世界で、勝ち負けがハッキリつく。
0か1か?
複雑性は0と1の組み合わせでしかないのだろうか?
僕の身体と脳はまたもや乖離をはじめた。

僕は、デカくて速いバイクと爆音ギターに逃避することにした。
バイクで走るとき、爆音でギターをかき鳴らすとき、そこには確かに身体性がある。
自分の肉体を感じる事ができる。
身体と脳がきちんと繋がっている事を実感できる。
アナログ機械は、僕の肉体の一部と化す。
僕はデジタルじゃない。

そして、無の境地を感じる。
これが「禅」と「スーパーバイク」と「爆音ギター」。
バイクもギターも機械だけれど、アナログで僕の身体の一部と融合する。
僕は電脳化され、ネットワークの一部に融合してしまった存在かもしれないけれど、生身の肉体もたっぷり残っている。
脳は、脳だけで完結しているんじゃなくって、身体と不可分な存在だ。

近所の人、バイクやギターの音で迷惑かけてごめんなさい。
一応、できるだけ音は小さくするように気は使ってます。

脳と身体の乖離を感じたならば、自然のなかで、スポーツをすることが一番良いそうです。
はあはあぜいぜい言って、おいしい酸素を一杯吸うぜ!


2005年09月14日(水) このサイトに書かれていることはフィクションであり、事実とは関係ありません

このサイトは表題に「斜めうえ行く」とわざわざつけている。
本業が、ストレートなので、ストレス解消の意味を含めて、斜めうえのコメントを書いている。
読者の方々は、コンサルタントって、こういう思考をするのか、と思うかもしれないけれど、大間違いである。

「斜めうえ行く」とわざわざつけているじゃん。

僕としては、ストレートにモノゴトを考えるのは、本業で飽き飽きしており、疲れきっているので、わざとズラした視点で文章を書いている。
裏の視点。
視点がズレているのは確信犯。
このサイトをはじめようと思ったきっかけも、エリートイメージの強い戦略コンサルタントのなかにはアホもいる、ということをネタにしたかったからだ。
ギャップをネタにしたかったワケだ。

ところが、戦略コンサルタントは守秘義務だか何だかで、ほとんど文章をネットに書かない。
書けないだけじゃん、と僕は言いたいのだけれど、彼らには、職業倫理というものがあるらしい。
職業倫理とは、「アホであることがバレてはならない」である。
実際には、コンサルタントであることを隠してブログを書いている人も多い。

結果として、他のコンサルタントの文章がネットでは見当たらないので、僕のサイトがコンサルタントの「デファクトスタンダード」となる。
書いている奴が他にいないんだから自動的にデファクト。

僕には守秘義務があるので、日常の、仕事に関する事は一切書けない。
何度か宣言したような気がするけれど、クライアントやプロジェクトに関する事は、これまでも一切書いていない。
本音は、こうなんだけど・・・どころか、関係しそうな事には触れない。
話題にしない。
余計な波紋を呼びたくないからだ。
一応の職業倫理ってやつである。

僕は、日常のストレートなモノ言いには飽き飽きしているので、このサイトでは敢えて視点をズラし、「斜めうえ」で個人の視点で書いている。

でも、僕のサイトがそこそこ知られる事により(本名で書いているせいで)、僕の敢えてズラした視点が、僕の本音だと受け取られるようになっていった。
実際、本音なのだからしかたがないのだけれど、僕が直接知らない人からも、僕のイメージは既に固定化されている。
裏なのに・・・。
戦略コンサルタントは少数のチームでプロジェクトを遂行する。
同じ会社内であっても、ほとんどの人たちとは、接する機会がない。
イメージが全て。
そして、僕は「裏」のイメージのほうが肥大化し、表はどこかへ消え去っていった。
致命的。

これは「裏なんだって」、「斜めうえ」なんだって、と言い訳しても、イメージは覆せない。
だって、本音なんでしょ?

困ったものだ。

戦略コンサルタントは、超一流の大学を出て、超一流の企業に勤めて、超一流の大学でMBAを取得して、超一流の企業の超エリートを相手にしているんです・・・。

ほとんどの戦略コンサルタントは、上記の通りである。
僕は、それに対するギャグとして、アンチテーゼとして、このサイトで文章を書いている。
アホでしょ、ズレてるでしょ?
僕はあくまでも少数派だし、敢えてズラした視点でアホな事を書いている。

テレビみたいに、「このサイトに書かれていることはフィクションであり、事実とは関係ありません」と注釈をつけるべきなのか?
先日、トリビアの泉で某手品師が、白い紙をお札に変える手品を披露したところ、偽札偽造の容疑で、警察にしょっぴかれた、というネタをやっていた。
それと似ているのかもしれない。

警告:このサイトで僕が書いている事を真に受けないでください。このサイトに書かれていることはフィクションであり、事実とは関係ありません。


2005年09月13日(火) ブランドってものをもう一度振り返ってみる

僕はいわゆるバブル世代だ。
「他者」、いわゆるメディアによって、良いブランド、と既定されたものをとりあえず買っとけば大丈夫、という洗脳を受けて育った。
まあ、ロゴ代、にプレミアムを支払っていたわけだ。
その商品が優れているかどうかは二の次。
他者からどう見られるか、メディアでどのように評価されているか、がブランドの価値だった。

くっだらねー。

他者やメディアの評価なんぞ、気にせず、わが道を行け。
ブランドなんぞクソくらえ。
記号性なんぞにとらわれている場合じゃない。
「いいものはいい」、「悪いものは悪い」。
自分で判断しろ。

それが90年代以降。

80年代の後半までは、ブランドとはいわゆるラグジュアリーブランドであったり、DCブランドであった。
ロゴの価値が全て、だったのだ。
そこに語るべき物語性がついてりゃOK。
物語があるんだから、高くてもいいよね、プレミアム性があるんだから。
僕自身がブランドまみれの小僧だった。

ところが、90年代に入ってバブルが崩壊したあと様相は激変する。
製品が持つ本来の価値と価格が見合っていないものはクソ。
80年代にあれほど、差別化だの個性化だのと騒いでおきながら、そんなの別にどうだっていいじゃん、マニアックなことってオタクだよね。というのが90年代以降。
プレミアムだとか、物語だとかにこだわらず、ただただ実質的価値を追い求めているのが現在。
余計な付加価値、プレミアムにお金を払う、イコールオタク。
ラグジュアリーブランドであっても、本来なら尊敬をうけるべき記号性であっても、それがニッチであっては、ならない。
消費者としては、最低限の実質的価値(ROI)だけを求め、記号性や文化性に対してはアホでいなくてはならない。
ブランド受難の時代だ。

先日から、トヨタがレクサスブランドを展開をはじめた。

痛い。

本来のブランド価値からすれば、レクサスはプレミアムブランドであるはずなのだけれど、現実は甘くない。
レクサスのロゴは、トヨタによるレクサスブランドの本格展開より以前から出回りまくっている。
深夜の大黒ふ頭だとか、高速道路の御殿場付近のSAを見てみろ、以前から金色のレクサスロゴが出回っているぞ。

中古のセルシオだとか、ハイエースだとか、エスティマに金色のレクサスロゴ。
金色のロゴをつけたセルシオはローダウン仕様。
ハイエースやエスティマは、名古屋近辺まで近づくと、金のシャチホコのごとき羽が生えている。
ハイエースやエスティマはレクサスブランドには存在しないのだけれど、深夜の大黒ふ頭や、御殿場近辺のSAには溢れかえっている。
爆音の浜崎あゆみ。
ドライバーはタオルをハチマキ状にアタマに巻いている(家系のラーメン屋のにいちゃん風。味薄め、麺固め、油少なめと言いたくなる)。
髪の毛が金色の奥さんらしき女性に、髪の後ろだけを伸ばした幼児。

僕のアルカンタラ貼りの窮屈なレカロのシートはダイヤルをグルグル回さないと倒れない(以前乗っていたボルボもダイヤルでしかシートが倒れなかった。これはヨーロッパ車の共通仕様?)。
奴らのレクサス「仕様」はレバーでシートがパタッと倒れてベッドみたいになって、深夜の高速道路での仮眠も快適なんだろうな・・・。

僕にとっての、レクサスブランドは、展開前から崩壊している。

更に追い討ちをかける。
レクサスブランドの展開にあったって、トヨタは多くの施策を試みた。
が、しかし。
レクサスブランドの車種は、新規車種ではなく、既存のトヨタの車種の改良版。
どこがどう改良されたかは別にして、素人からすれば、既存車種にレクサスロゴをつけただけに見える。
なのに、100万円とか200万円の値上げ!
実質も変わっているのかもしれないのだけれど、個人的にはロゴ代に100万円も200万円も払いたくない。
個人的にはSCを買おうかな、と検討していたのだけれど、レクサスブランドのロゴをつけているクルマに乗っている事によって、却ってマズいイメージが醸成されるかも知れない。

僕は、今、乗っているクルマが既に6年めに入っているので、そろそろ買い替えを検討してもいいんじゃないか、と思っている。
別に現状に不満があるわけではないので、ただの気分転換である。

乗り換えてもいいいかも、というクルマを物色した。

�.魯沺�H3
�▲譽�サスSC
��メルセデスSLK

価格帯はほぼ同じ。
クルマのコンセプトは全く異なるのだけれど、気にしないでいただきたい。

�.魯沺�H3
無駄なアホさが、秀逸。
�▲譽�サスSC
国産車なのに、外車っぽい微妙なハズし。
��メルセデスSLK
SLに対する劣等感はあるが、それはそれで身分相応。

今、現在、乗っているAudiTTと比較して、シアワセ感が向上するか、というとどれもない。
僕の場合、クルマは趣味性であり、実用性は、関係ない。
上記の候補車を検討すると、現状のAudiTTよりも趣味性が上がるとは思えない。

レクサスに話を戻す。
報道によると好調な出だしだそうである。
年内納車は難しいくらいだそうだ。
金色&光るナンバーのレクサスロゴが溢れかえっていて、レクサス=DQNのイメージが事前にインプットされている僕は少数派なのだろうか?
控えめでお上品、というブランドイメージは保持できるのであろうか?
ホンマもんのレクサスを買っても、DQN扱いされないのであろうか?
疑問だ。

僕は、環境にやさしいプリウスのほうがずっとブランド価値が高いのではないか、と思う。
価格だとか、ステイタスだとかをブランド(ロゴ)に求めるほうがどうかしている。
ブランドは、実質的な価値をきちんと提示することによって成立すべきだと思う。
それは、80年代の物語と同じなのかもしれない。
少なくともイバり度を示すものではない、と思う。
ブランドは、価格だとかステイタスじゃない。
個人の価値観に合致するかどうかの問題だ。

・・・でも個人の価値観を追及しすぎると、オタクの烙印を押されるんだよな・・・。
微妙。

素人は多くを語らず、素直にBMWの5シリーズにでも乗ってなさい、ってことか?(僕だったら3シリーズの最大排気量モデルを買うけど⇒だからオタクなんだよっ!)


P.S.
僕の実家にはBMWの3シリーズがある。BMWの最大の価値は、小さなボディーと大きなエンジンにある、と僕が主張したからである・・・。


2005年09月12日(月) とりあえず衆院選についてのコメント

今回の衆院選については書きたくてしかたがなかったのだけれど、一応、選挙期間中、ということで自粛していました。

既にニュース等でガンガン流れているので、今更、僕がどうこう言うものでもない。
どうせ、どこのブログも衆院選のネタばっかりで、読むほうも飽き飽きしているだろう。

僕自身は、今回の選挙に限っては、自民党支持だ。

僕は、小さな政府どころか、政府すらなくてもいい、というくらいの極端なまでの小さな政府主義者。
愛知県の豊田市なんて、独立国家、株式会社国家として充分にやっていけるだろう。
トヨタの奥田会長は、経団連でごにょごにょやってないで、独立国家宣言しちゃえば面白いのに。

今回の衆院選を振り返ってみる。
堀江氏について、何か書いてくれ、と何人かから言われたのだけど、興味がないので、書かない。
郵政民営化は、避けられないことだと思うので、どういうカタチで決着するかの問題でしかない。
いつ、どのようなカタチで民営化するかが問題なだけであって、郵政公社はいずれ民営化される運命だ。
民主党だって、本音は郵政民営化に反対していたわけではなかったと思う。
単に反小泉、政権交代したい、という理由で、反対していただけだ。

僕は、そのことに国民は気づくだろうか?と心配だったのだけれど、選挙の結果を見れば、民主党の惨敗。
国民はバカではなかった。
郵政民営化は避けられないとは認識しつつも、反小泉、政権奪還だけを訴え続けた民主党の惨敗は当初より明らかだった。
僕自身、国民がどこまでその民主党の欺瞞に気づくのだろうか?という危惧はあったのだけれど、結果的に歴史的な自民党の圧勝によって、民主党は完全に叩き潰された。

僕は、政党としては、自民党支持ではない。
だが、今回の選挙に関しては、政策面から自民党を支持せざるを得なかった。
僕の選挙に対する基本的なスタンスは、与党に対するカウンターとしての最大野党に投票することなのだけれど、今回はさすがに民主党を支持することはできなかった。

今回の選挙がこれまでの選挙と大きく異なっていた点は、政策選挙であったことだと思う。
かつての小選挙区の候補者に求められるのは、地元への利益誘導であった。
都市部で生活する僕にとっては、地元に対する利益誘導は興味がない。
第三京浜と首都高を繋いでくれや、くらいの希望はあるけれど、まあその程度。

僕の田舎に関しても、実家から10分で高速道路のインターチェンジにアクセスできるし、コンビニだって、徒歩10分以内に3軒ある。
岡田民主党の実家であるイオンの巨大ショッピングセンターは、夜11時まで営業していて実家から徒歩3分である。
田舎であっても、都会生活とほとんど違いはない。
場合によっては、都市部よりも田舎の実家のほうがずっと便利。

追記:
こんなの田舎じゃない、というコメントを頂いた。でも僕の田舎には鉄道がない!どこに行くにもクルマ。僕の家族は徒歩3分以上かかるとことにはクルマで出かける、僕の実家は田舎の中心部にあるので事実上クルマなんていらないんだけど。田舎が恐ろしいのは、土地があまりまくっているせいか、あっという間に全国資本が集結してしまうことである。伝え聴くところによると、モスバーガーが善戦し、マクドナルドとケンタッキーは悲惨らしい。ガストはおばちゃんの溜まり場としての地位を確立したそうだ(ソースはママン)」

今回の小選挙区に関しては、自民党がずっと続けて来た「地元への貢献」に関しては、もはやお腹一杯。
僕の感覚では、都市部と田舎の生活較差はそれほど大きくない。
田舎でも生活面では何の不自由もない。
地方にとって、地元還元と言っても政治による箱モノはほとんど必要とされていない。
田舎であっても、都市部とそれほど生活感による違いはそれほど大きくない。
橋もいらん、トンネルもいらん。
高速道路も地方には行き渡っている。
ぼくの実家周辺は高速道路だらけ。

田舎の問題は、職の確保であって、箱モノではない。
僕自身、仕事さえあれば、東京に拘らず、田舎で暮らしても構わない。
現実問題として、僕が仕事するうえでは、東京、しかも港区だけで、仕事の8割くらいは完結している。
残りの2割は、千代田区と中央区である。
この都心3区をうろうろしているだけで僕の仕事のほとんどは完結している。

話がズレた。

僕が今回の選挙で注目していたのは、小選挙区における従来型の自民党の地元への利益誘導と国政に対し、有権者がどのように反応するか、であった。
比例代表区は純粋に政策論争なので、気にならない。
でも、地方選挙区の有権者は悩んだ事だろう。
中央から地元への利益をどのように引っ張って来れるか?という直接的な問題と、国単位でどのような方向性に向かっていくのか?
国家政策なのか、地元へ利益還元なのか?

かつての政治家の地元への利益誘導と言っても、誘導してもらいたい事業は既にない。
充分満たされている。
都会で集めた税金を地方に振り分ける、といっても、地方としては、インフラ面では何も欲してはいない。
余計な赤字施設をガンガン作られても、じゃまなだけ。
とりあえず、国から予算が下りてきたので、何か作らんといかん。
予算は使い切らないといけないので、とりあえず温泉でも掘るか。

都会で税金を掻き集め、地方にばら撒く、地方のために予算をぶんどってくる議員にもはや価値はない。
今回の選挙で僕が個人的に注目していたのは、比例区ではく、小選挙区。
小選挙区で地元に利益を誘導する、といった側面と、国政をどうするか、のバランスである。

地元密着の議員には、過去のしがらみもあって、投票したい。
でも、もう望むことは何もないんだよな・・・。
国政選挙か、地元への利益優先か?
でも、地元への利益誘導といっても、田舎にとっては箱モノではなく、職の確保のほうがずっと重要だ。
僕が実家に帰ったとしても、僕に適切な仕事は存在しない。
地方にとっては、民間企業の誘致、職の確保に興味は移っている。

今回の選挙は、小選挙区で立候補した議員にとっては、難問だっただろう。
地元への貢献を訴えるべきか、国家に対する政策を訴えるべきか?

今回の衆院戦で僕が注目していたのは、郵政民営化の是非に加えて、小選挙区の立候補者が地元への利益誘導を訴えるか、国政を争点とするか、であった。
そして、国民は、地元への利益誘導は、もうお腹一杯だったのだと思う。
地方によって温度差は異なるのだろうとは思う。
地方は、国家による庇護ではなく、「自立」を望んでいるのだと思う。

小泉さんによる地元に何のゆかりもない、どこの馬の骨かもしれない刺客が地方に送り込まれた。
何のゆかりもない地方の小選挙区に対して送り込まれた候補者(刺客)は大変だったと思う。
地元への利益誘導か、国政か?

僕は、今回は、自民党に投票せざるを得ないと思った。
民主党の本音は、郵政民営化には賛成であったと思う。
本音では賛成なのに反対の立場を取った。
民営化のやりかたに問題がある、ときちんと国民に伝えるべきであったと思う。
国民は民主党は郵政民営化に反対なのだ、と受け取ったし、民主党は反対であるとのメッセージを発信しつづけた。
本当は、自民党と民主党の主張にそれほど大きな乖離はない、と思う。
ただ、議論が尽くされていない、という主張と郵政の労働組合がバックにいたせいで身動きがとれなかっただけである。
民主党の惨敗は、メッセージの伝え方の失敗と、本来は郵政民営化に賛成なのに、反小泉、政権交代にこだわり過ぎたことにあると思う。
僕は、自民党も民主党も根本の部分においては、本当の主張は変わらなかった、と思う。
でも、寄せ集め集団である民主党は、最後までメッセージがブレ続けた。
小泉自民党は、郵政民営化だけが議題であるはずもないのに、メッセージを的確にわかりやすく国民に伝え、完勝した。
それはそれで問題だけど。

僕は、小泉自民党を完全に支持しているわけではない。
でも、今回は、小泉劇場に乗せられよう、と思った。
これはファシズムなのか?といえば、ナチスだって、国民の支持を得て成立した。
そこまで、ひどくはないけれど。
ある人は、日本の政治の大統領制とも言う。

小泉さんには、任期中は徹底的に小さな政府をめざして欲しい、と思う。
アナーキストである僕にとっては、政府はできる限り小さくすべきだ。
夜警国家どころか、警察も民営化してしまえ(これに関しては個人的な警察に対するうらみつらみがある)、という勢いである。
どこまで、政府を小さくできるか、については、また機会を見て書きたい。


2005年09月07日(水) オタク認定ってただの視点でしかないような気がする

電車男効果もあるのか、オタクのメジャー化というか、オタク論争が激しい。
このサイトもいわゆるアキバ系のサイトから数多くリンクされている。
アキバ系の人からすると僕はDQNに分類されるらしく、攻撃対象。
一方、リアルの僕は、オタク認定されている。

「オタク」、「ヲタク」、「おたく」、「をたく」。
厳密な分類があるらしいのだけれど、良くわからない。
歴史を紐解いていくと、80年代後半の中森明夫氏あたりにたどり着くのだけれど、まあ、どうでもいい。

最近、気になるのは、自分が知らない事、メジャーではないマイナーことに詳しかったりするだけでオタク認定して、自分を正当化しているだけじゃん、という風潮が強い事である。
オタク認定は、ファクトではなく、ただの表現方法の違いに過ぎない気もする。
表現の視点からオタク認定の表現を分類してみる。
ファクトは同じなのだけれど、表現や微妙な違いだけで、オタク認定されている気がする。


■同じ事なのに視点が違うだけの例

・イタリア製のバイク界のフェラーリ相当のDucatiに乗っています→DQN
・日本で10台くらい存在せず、カタログにも出ていない限定モノのマトリックス完全再現モデルのDucatiに乗っています→オタク

・アウディTTに乗っています→DQN
・発売の1年前に予約し、横浜市で一番早い納車でした。左ハンドルで6速マニュアルです→オタク

・洋楽が好きです→DQN
・iPodに12,000曲入っています→オタク

・ギターが弾けます→DQN
・14本のギターを保有し、曲にあわせて木の素材、ピックアップ、アンプ等を使い分けます。30分くらい連続でペンタトニックスケールのみで弾きつづけられます→オタク

・普段の時計はロレックスのサブマリーナです→DQN
・機械式時計も好きですが、究極の時計はG-Shockの5600系だと思います→オタク

・カバンはTUMI、RIMOWAです→DQN
・TUMIのカバンを5個使い分けています。今のメインはリュックです(バイクに乗るから)。RIMOWAは、航空機預け入れ最大サイズと機内持込用を使い分けています→オタク

・好きなスーツのブランドはポール・スミスです→DQN
・イタリア製生地、英国人デザイナーによるフレンチっぽいスーツが好きです→オタク

・タバコを吸います→DQN
・ラッキーストライクのハードパックは嫌いなので、ソフトパックにこだわっています。ライターはジッポの限定モノです。さすがにロンソンまでは行けません→オタク


■ほとんど同じ事なのになぜだか違う例

・ビートルズの曲で好きなのはレットイットビーです→DQN
・ビートルズの曲で好きなのはストロベリーフィールズフォーエバーです→オタク

・月9のドラマは録画して観ています→DQN
・TVKのsakusakuとTXのヘビメタさんを欠かさず観ています。MTVのオズボーンズ、FOXのシンプソンズの関係性に注目しています→オタク

・2ちゃんねるのニュー速をパソコンでたまにチェックしています→DQN
・2ちゃんねるのニュー速をFOMA M1000にインストールした暫定バージョンの専用ブラウザを使って無線LAN経由で常時チェックしています→オタク

・ワインはさっぱりした白が好きです→DQN
・ワインはフルボディー赤が好きです。でも本当に好きなのは、ギネスです。ギネスビールの泡の立ち方は、中に入っているボールの効果ですね→オタク

・仕事に疲れているので、夜はすぐに眠れます→DQN
・睡眠予定時間が、8時間、4時間、2時間に応じて、それぞれ眠剤を使い分けています。マイスリーとレンドルミンとサイレースをうまく使い分けると睡眠は自由自在にコントロールできますよね。朝、起きたらカフェインの錠剤をまず飲みます→オタク

・深夜の通販番組で紹介されているアブではじまる腹筋系グッズはついつい買ってしまいます→DQN
・ゼナドリンのEFXとNRG比較すると、副作用も大きいけれど速攻性ではNRGのほうがいいですよね。日本で買うと不当に高いので、個人輸入しています→オタク

・目が悪いけどメガネは嫌いなので、コンタクトを入れています→DQN
・レーシックの手術を受けました→オタク

・携帯電話のメールを常時チェックしています→DQN
・携帯電話は常にマナーモードで、Bluetoothのハンズフリーヘッドセットを耳につけているなので、会議中に電話がかかってくると、突然、脈絡のない発言をはじめたのかと勘違いされます→オタク

・吉野家では、ツユだく特盛りを注文します→DQN
・吉野家では、ツユ抜き特盛りを注文します→オタク


オタク認定って、ただの表現のしかただったり、微妙な差異でしかない気がする今日この頃。




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孤独に歩め 悪をなさず 求めるところは少なく 林の中の象のように

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