「胡麻屋の辻」をアップして数日。「作品市場」サイトで編集の方が、気になる作品に評を書きこむコラム「トビトビ日記」にとりあげられました。 ぼくはいつものように早く寝てしまうんで、早朝に自分のサイトに来ている書きこみにびっくりしたような塩梅です。
編集の方からこんなに詳しい評をいただいたのは初めてなので、ちょっとドキドキしましたが。これもありがたい励ましです。 さらにがんばって書いていきます。
ご指摘のなかに「宮崎駿さんを思わせる」という個所があり、それにはびっくり。思っても見ませんでした。だけど確かにそういう部分はあるわけで、自分の中の知らなかったところを教えていただいた気がします。
一方、今年、「いのち」そして「光」と集中してきたテーマのものも書こうと思っています。自分のサイトにとどまらず「広い場所」「広い関係」というテーマでいくのなら、ゴザンスの電子書籍のところに書き溜めようか、とも思っているのですが、作品市場にも連続して出品することも大事だと思うので、そちらを優先します。
婦人公論に応募するのも、テーマは「光」。だけど自分で自分にこだわらないようにしようと、最近考えていますので、水のように自由にテーマとスタイルを選んでいこうと思っています。
自分を決めつけない。どんなものでも自分であると認めてあげる。それを基本にしていきたいと思います。
「胡麻屋の辻」という作品を「作品市場」にアップしました。 行変えなど、PC上の問題は残ったものの、パトスのすべてをぶつけたつもりです。 これまでの詩の応募というのは、松本隆さんや井坂洋子さんといった選者の方がおられたので、無意識のうちにもその懐へ飛び込む感覚があったと思います。 今回はまったくそれがありません。ネットですから「顔の見えない複数の読者」というのは当然としても、これほど意識するとは思いませんでした。
「婦人公論」のような全国で販売されているメジャーな雑誌だとパイが大きすぎるのか、そこまでのリアルさはないのです。なぜだろう…。
時々「作品市場」のトップページを見て、作品を読んでくれているかたの数を見て、どんな方だろうと思いをはせたりしています。 ありがたく思います。 作品付きの掲示板に書きこんでくれる方もおられますし、ぼくのサイトの掲示板に書きこんでくれる方もおられる。ほんとうにありがたいです。
ぼくは書いている最中はずっとおんなじ曲をリピートして聴く癖があるんですが、ひとつは吉田美奈子さんの「GRACEFUL RAIN」もうひとつはシャーデの「lover‘s rock」でした。 聞くとはなく聞いているんですが。
「作品市場」にはこれからもアップしていきます。読者が少ないのは覚悟の上、熱心に読んでくれる人めがけて、すべてを賭けて書いていこうと思っています。 自分の作品を読んでもらう。これにまさるものはないのですから。 ずっと感謝の気持ちが湧いてきて、本当に何度でもありがとうと言いたいです。
ほんとうにありがとうございました。
この質問がいつもいちばん困ります。 それも相手が役所や警察ではなく、市井の会社や機関である場合。 ぼくは東京生まれです。だけど父が転勤ばかり繰り返したので兄弟みんな生まれたところが違います。
ましてや40歳をすぎていると、もちろん本籍地は自分で変えれますし、本籍地は?という問いはまったくのナンセンスです。だから精一杯、誠意を持ってその問いに答えると「京都」になります。人生のいちばん長い期間を生きている場で現在も生きている場だから。
ネットでは何でも別にかまわないのです。熊本でも北海道でも松本でも東京でも大阪でも。かすったのも含めてぼくはそのすべてで児童の時代を暮らしたことがありますから。だいたいそれを証明する必要もないしね。
ぼくのような人は多いと思うのですよ。父親が全国に支店のある会社や役所につとめている場合ね。だれもがその場所にずっと暮らしているわけではありません。 大人はいいけど、子供はまったくの故郷不在となりますね。東京?京都?大阪?全部違うし、全部そう。
ぼくの故郷は想像上の「風街」です。松本隆さんが書かれた「風街」 あ!「風街」って書けばよかった。
そんなことから、「作品市場」の出身地を「京都」に変えました。 ぼくの新しい作品は「作品市場」に掲載しています。「胡麻屋の辻」という作品です。ここだけの話ですが「胡麻屋」は京都に実在します。鬼は…どうでしょう。
一気に寒くなりました。首の周りがすー、すーします。 紅葉がはやくなるでしょう。 野良猫用の雨よけの屋根設営の前に、野良猫用のベッドにしてある箱に北西の風よけの板をとりつけました。早速、そのなかで丸くなっています。
もう少しで11月です。 新しい月に新しい試みをしようと思っています。 今まで、自分のサイトだけで公開していた自分の詩を、さらにパブリックな場所で公開しようと思います。 今までは、「風待茶房」の風待詩民の募集に応募していたのと、婦人公論の詩のページに応募していたのとが大きなアクションでした。
幸いにしてどちらも入選し。さらに佳作にも何度か選ばれました。 それを止めるわけではないのです。さらに広いところへ出るという感覚です。 恒常的に詩を、「作品」として客観的に読まれる場所におこうとしているのです。
11月にはポプラ社が運営している「作品市場」に新しいものを出してみようと思います。すでにだいたいの原稿は出来上がっているのですが、技術的なことのチェックと、若干の見なおしが残っています。
作品そのものも、例えば婦人公論に応募した場合、長い作品なのでスペースの関係上掲載されないというようなものです。 今まで書いたことがないような作品です。
ほかにもゴザンスの電子書籍も検討中です。今までのものをさらに練ってすこしづづアップしていこうか、と。 自分のサイトでの公開はもちろん続けます。それが基本ですから。
そんなふうにして秋が深まっていきます。 お昼だというのに寒いです。 ではでは。
| 2002年10月27日(日) |
原稿用紙2枚半の小説。 |
25日から京都新聞夕刊で重松清さんの連載小説が始まりました。 「カシオペアの丘」というタイトルです。 ぼくも、注目していた作家だけに、乗り遅れまいと読み始めています。
連載にあたって重松氏のインタヴューが新聞に掲載されました。 新聞連載は一回、原稿用紙2枚半です。氏は新聞なだけに読者が毎回読めないことも考え、また社会面を読む人が読むんだぞ、と言い聞かせて、2枚半の小説を書きつなぐ気持ちで書いておられるそうです。
すでに2回が終わり、著者が告げておられたように「恋愛小説」が元恋人だった男の語りで始まりました。主人公は著者と同じ年齢設定。39歳です。 同世代の女性にぜひ読んでほしい、と。重松さんの作品は同世代を描いたものが多いと聞きます。2002年に39歳、40歳の方には同世代にしかわからない、何かがあるかもしれませんね。 ぼくはそこから離れてはいるものの、違うことで興味を持っています。
それは、「物語」の考え方。 重松さんは「現実」とは「事実」と「お話」の交じったもの、という考え方をされています。 新聞から引用しますね。
『事実だけで、というなら統計の数字だけで書ける。だけど同じ数字をポジティブに解釈するか、ネガティブに解釈するかでまったく違ってくる。その物語(解釈)の部分に現実が左右されることはたくさんあると思う。同じ出来事を書いているのに新聞によって論調が違うように。 小説というのは嘘だから、数字の部分とは拮抗できない。ただし物語の部分は小説と近しいところにあるのではないか。 それはある面で人々がほしがっている物語かもしれない。欲求に合わせるかどうかは別問題だか、今の世の中はどういう物語をほしがっているかということはずっと考えている』
この「物語」「小説」の部分を「夢」や「考え方」と読みかえると、現実というのはそれぞれの「思い(夢)」がつくりあげているとも読めはしませんか。
現実(数字)の波に翻弄されながらも、みんなみずからの「物語」を生きています。「夢」に意識的な人ほど現実を直視しているんじゃないでしょうか。 数字に埋没し、夢に醒めている人ほど実は現実が見えていないんじゃないでしょうか。逆にいうと、「現実を見ていない」ということは「真剣に夢を実現しようとしていない」ともいえるのでは。そんな気がしたのです。
自分ではこの考え方が気に入ってます。 現実は思いひとつで変わる。これは「事実」だから。
昨晩は久しぶりにいろんな方とお話ができました。 ぼくはお酒を呑まないんで、宴たけなわの時にこっそり中座。 しらふの顔がいるとしらけてしまいますからね。 別室で猫たちと、静かにしてました。
それがよかったかな。 中途半端な詩のデッサンをまとめることができたんで。 客人たちは、気楽な人達ばかりだからみなさんめいめいで盛り上がっていたよう。
酔いが回る前のひとたちとの会話で面白かったのは、修学旅行のこと。 外国に行く高校が増えていますが、ある高校がアメリカからオーストラリアに変更したとか。イラクとの緊張が高まっているのと、テロとのからみで。
すると、「あそこは英語の勉強にはならへんで」の声。シドニー近辺はもちろんオーストラリアは日本人だらけ。日本語が通用してしまうんだとか。 「それにさ」と続けて、「カンタスの機内食の注文は『オニクニシマスカ』だぜ」と。そう、普通国際線だと「チキノアビーフ」と聴いてきますよね。(ぼくの知人で「ノア」をくれ、といったツワモノがいますが) でも、みんなホームステイだから、勉強になるだろう、と。
そこからテロの話。バリ島で爆破されたディスコは外国人観光客には物凄く有名な所で、例えばネットでページ検索をかければいろんなダイアリーに登場する店だったそうです。で、バリも安心できないよね、なんて日本人は言ってるけれど、次は六本木だ、という噂が外国人の間で囁かれているとか。 対岸の火事じゃなくて、日本もその世界のなかに放り込まれているという認識を持つべきだ、と。東京は凄いよ。と誰かがポツリ。
夜はふけていき、仕事の細かい話がアルコールの翼をつけてワープしはじめたところで、ノートを持って退散したわけなのでした。
夜を駆けまわる猫の中に独り、じっと…。するりと言葉がでてきました。
それから、あれこれ。寝る前にPCに挨拶を書きこんで、ファンキーでご機嫌な吉田美奈子さんのStableからGRACEFUL RAINをリピート。 いわゆるR&Bテイストの流行やいくにんものディーヴァの出現以前から、ファンキーな音楽ならこの人をおいていなかったです。 美しくヴィジュアライズされていたり、心を「撃つ」詞の内容とダンサブルな楽曲。そしてバラード。 Stable…「変わらないもの、つづいていくもの」まさにそのとおり。 ブラック・クリスタルやGazerから一直線ににつうじているアルバムです。 とてもいいですよ。
昨晩は犬とではなく猫と寝ました。 頭の横にキキ。脚の間にピピ。その横にルル。もちろん身動きとれず。 ここまで好かれると嬉しいけど、ちと苦しい。 夜半にたぶん寝返りをうっているはずだけど、朝起きると基本的には変わらない位置。
そこにもってきて、ストーンズの新譜のベストやら吉田美奈子さんのStableを聴いたからたまんない。体の芯が熱くなってしまって、余計寝苦しくしてしまったのでした。一晩中でも聴いてればよかった…。
ここのところベスト盤がよくでます。とくにローリング・ストーンズと坂本龍一氏のものは注目。たんなるベストではなく「ベストだからこそ」というベストなのです。 ただ、単価が高いからね。教授は11月にサントラの「ファムファタール」がでるからそっちでいいかな、と。ストーンズは文句なしにいいですよ。
さて、今夜は忙しいのです。来客あり。今からぼちぼち準備しなきゃ。 ではでは。
BSで放送している「アクターズ・スタジオ」。監督、脚本家、俳優など映画制作ニにかかわることを希望する若者達を前に繰り広げられるインタヴュー形式の「トーク・ショー」。 今までも「創造の秘密」の一端を一流と呼ばれる人達の口から聞いてきました。 昨晩はどうしても見たかったのです。スティーブン・スピルバーグ監督でしたから。
恒例の「最後の10の質問」というコーナーで印象に残る次のようなやりとりがありました。 「天国で神様に会ったらなんと言われたいか」 「耳を傾けてくれてありがとう」。 また彼は「嫌いなタイプ」として「耳を傾けない人」といっていました。
これはその後のオーディエンスとの質疑応答で補強された考え方なんだけれど、つまり「人のいうことをよく聴け」というニュアンス(親のいうことをよく聴け、というような)ではなく、「心の声をよく聴け」ということなのです。
そこに「秘密」がある、と無言で目をキラキラさせながら彼は聴衆にアピールしていたように思えます。 自らの心から聞えてくる声に対する信頼は、繰り返された「自らを怖がるな」というメッセージにつながっていきます。
自らを「出す」ことを怖がるな、憧れの人になろうとしては駄目だ。君は君なんだ。怖れずに自分を出すんだ。 うまくいかなくても、挫けないで「自分であること、自分がなろうとしている自分」を諦めるな、というメッセージ。
「自らを出す」ということが「心の声」に耳をすますことだと。 そうでなければ「学べないだけでなく、飛躍のチャンスすら失う」とまで言いきっていましたね。
創造にかかわろうとするとき、あまりにも評価する側に自らを置いて、自分らしさを失うことがままあります。それじゃだめだよ、ということですね。 わかっていてもなりがち。 冷静に考えて見れば当然のことなんですが。回りの評価の前に自分を殺してしまっているんです。
いい言葉をいただいたきました。 ところで監督自身のいちばん好きなシーンは 「未知との遭遇」で少年が怪しい光が漏れてくる扉を開けて全身に光を浴びて立ち尽すシーンだそうです。 「怖れずに扉を開ける」 まさにスピルバーグらしい。創造の扉もかくあるのであろうと思わせるシーンだと思いました。
新聞連載の小説というのははっきりいって読んでいませんでした。 むしろ挿絵に好きな日本画家がいたりするほうに興味があって。こないだまで連載されていた「蛇」という小説の挿絵は畠中光亨さんで、この方の絵ばかり見てました。小説の作者さんにとても申し訳ない。
25日夕刊から重松清さんの連載が始まる、となるとちょっと穏やかじゃないです。 ぼくはまだ読んだ事のない作家ですが、ぼくのまわりではとても評価が高いんです。連中はみな読むだろうし…。これはひとつ「飛びこんで」やれ、と思ってます。 タイトルは「カシオペアの丘で」。著者初の恋愛小説だとか。舞台は北海道です。 ちなみに朝刊の連載は幸田真音さんの「藍色のベンチャー」。これは最初に乗り遅れたので、「飛び込み」しても、もうわけがわかりません。
今日はハリー・ポッターの発売日。朝から本屋さんは大変ですね。初版で230万部だとか。ただただ凄い…。 八王子のある書店は朝5時から開けてました。新しいゲームやソフトじゃなくて本を買うのに真っ暗なうちから列を作るなんて。あんまり記憶にないです。
ところで、今朝またメイ君に出会いました。また大きくなってたなぁ。はやくもハナは大きさで抜かれました。憮然とするハナをジャンとなだめていたのでした。
さて、ぼくも書かなきゃ。秋はすっかり深くなりました。 ではでは。
昨晩は冷たく蒼い、空に沁みこむような月光でした。 家の外に出たときに見てしまって、しばし見とれたほど。 長かった雨が行き過ぎ、後姿を見せた雲を透かした光は、「蒼い炎」そのものでした。
雨が上がってから、はっきりと体感できるほど気温が下がり、肩をすぼめる人が目立っていました。季節がぐいと前に進んだ感がします。
月のあかりは不思議です。現実を違う光で見せてくれる。月光の影は太陽とは違う深さがあってぼくはいつも黙ってしまいます。 感情と思考をまとめるにはもってこいの夜でした。
さあ、珈琲ができたようです。 みなさま今日1日、いい日であります様に。 ではでは。
| 2002年10月21日(月) |
読みたい本。やりたい作業。 |
まずこの日記のカウンターのこと。くるくるくる回って今、”1905”。「本家」のウェブサイトが7月25日からで”2087”。たぶん抜くのは時間の問題でしょう。せっせと書かなきゃ。
読みたい本の話。 詩人の藤井貞和さん。この人の「ことばのつえ、ことばのつえ」を読みたいです。 藤井さんの詩をかつて読んで、すごい衝撃を受けた事があるのです。言葉が感情や身振り手振りと未分化というか、存在丸ごとで吐き出してくる感覚があったので。「身体と言葉」というかかわりにおいてもずっと注目したい詩人です。 「藤井ショック」を浴びようかな。
やりたい作業。 「やらねばならない」かもしれないのは勝手口の上に小さな屋根をつけること。 野良猫の雨宿り対策。まぁ、人間も濡れるんでその対策。 次に 隣家との境の塀がぽろぽろなのでそれを全部ラティスに変える。 それから 裏口の狭い地面の砕石を取り除いて花壇にする。
なんだか全部やらねばならない作業みたいですね…。 裏口の方は薔薇を植えることのできる最後のスペース。陽があんまりあたらないので、イノバラかオールド系の強いものにしようと思ってます。
「作業」は「マンション物語」で追い風を受けているんで、雨があがりしだいコツコツとはじめていこうと思ってます。
それよりなにより「書く事」が大事なのですが。それはそれで……。
土佐弁がマイ・ブームです。「沢田マンション物語」が、ぼくのまわりでも話題になり、ますますあーだ、こーだと左から右から斜め読み。 しだいに怪しい土佐弁をつかいだし…。
ここに出てくる土佐弁は坂本竜馬などでおなじみの「〜ぜよ」という言葉は少なく、語尾に「ちゃ、ちゅ、ちょ」が目立つ言葉。 「疲れちょる」とか「試しちゃる」、「やっちゃる」などなど。
時々、広島弁とごっちゃになって、「なんならー、わしが広能じゃけ」みたいな言葉にもなります。これは「仁義なき戦いの」の見すぎ。だからほんとに怪しい土佐弁なんです。それでも日常で「やっちゃるきに」はよくつかってます。
いやー、この本はまっこと凄いぜよ。読むたびに励まされます。やる事を決めたらひとすじにそれを追っていく。結果はでます。あきらめずに追求すればなんらかの。ただそのやりたいことが「楽しい事」であることが重要。 楽しいからこだわれる、楽しいからめげない。苦しむんじゃなくて考える。考えたら「やっちゃる」。 まっこと土佐の「いごっそう」と「はちきん」は頼もしい。 人間、依怙地なぐらいの強さが必要なときがありますね。
あんまり書くと読んでいない人がつまらなくなるので、少しだけ。 沢田さんがお母さんの寅絵さんからことあるごとに言われた言葉。 「目は不幸もん、手は孝行もん、目で見ておじよったらいかん。やってやれんことはない」 これはいい言葉ですね。「おじよったらいかん」は「怖気づいたらいけない」という意味です。 どの文脈でも使えますが、詳しくは本書をお読みください。
「沢田マンション物語」 情報センター出版局
| 2002年10月19日(土) |
「つきぬけちょう」のことなど。 |
久しぶりに雨の日です。 昨日、サイトに「天使突抜町」の画像をアップしました。京都には他にも「つきぬけちょう」というところがあります。昔、越後屋があったところの前面にあたるところが「越後突抜町」といったり。ほかにもあるかも。 京都に住んでいてもわからないこと、新発見の場所はいくらでもあります。
魔界へ通じる井戸のある六道珍皇寺にもいってみたい。これは最近、観光コースにはいったかな。紫式部のお寺は知られていますが、居宅のあとはあまり知られていないのでそこも画像にとりこみたいです。といっても交差点の角ですが。
京都の細い露地には雨が似合います。ほのくらい翳に帰り道を忘れたような迷子のでる日。大人の迷子の。
静かで、息が緩やかで、棘のない通り。歩くだけで魔法にとりつかれる。そんな日。振り返って見えた姿を幽霊と見るか天使と見るか、その人しだい。 辻ではあたりまえのようにそんな影を感じます。
「天使が突き抜ける」という言葉には激しさを感じます。「天使」に、漂い、舞い飛ぶイメージがあるので。天使が急ぐ時。激するとき。それは「劇」ですね。
雨を見ています。 この雨がほんものの秋を連れてくるらしいです。そういえば紅葉。市内でも永観堂が色づきだしたようです。家のまわりはまだまだ。来週、ひやっとしだすと色づくのも早くなるでしょうね。
「詩は人を狂わす」。狂う人には自覚がありません。 なんだろう、へんな言葉を思い出した。
部屋中を静かにしてると、犬のいびきと雨の音。こんな日もいいです。
| 2002年10月18日(金) |
アーロン・ネヴィルを聴きながら。 |
いわゆるロック・バンドというと語弊があるかもしれないけれど、ニューオリンズ・ファンクを作り上げた男たち。かつてはミーターズを名乗り、ネヴィル・ブラザースとしての活動が全米メジャーに知れ渡るにいたった男たち。 この「ネヴィルズ」こそ80年代からのアメリカの「ロックバンド」のなかで、ぼくがいちばんに支持するバンドです。
そのリード・ヴォーカルがアーロン・ネヴィル。黒人とネイティヴ・アメリカンの血を引き継ぐ男にしてカソリック教徒。ヨーデルのような裏声の独特のヴォーカル。 いま、どこかの車のCMに使われています。
彼の声が聴きたくなって1997年に出されたソロアルバム。”To make me who I am”を聴いてます。同じカソリック繋がりでリンダ・ロンシュタットが参加してます。(カソリックはアメリカでは少数派です。) 全体がバラードでできたこのアルバム。ゆったりとシンプルに。真摯に。
ロバータ・フラックの名唱で有名な「The first time ever I saw your face」をロンシュタツトとデュエットとしていて、それが絶品。
聴いていて気が晴れていくのがわかります。
全然関係ないけれど、京都には「天使突抜」という街があるんですよ。例によって秀吉が変な道を作ったからできた名前なんですけど、そう短歌やってる人達なら、ご存知かも。その「天使が突き抜ける」街は何でもない京都の真中の街なんです。 こんど画像で紹介しますね。
ではでは。
| 2002年10月17日(木) |
読むべきことは、向こうからやってくる。 |
最近、詩を書いていません。いや、書いてはいるけど気に食わないのです。 「気に食わない」ことの実態は自分の書いたものが果たして「詩」なのかどうか、わからなくなってきたから。
自分のwebsiteにたくさん「詩」作品を並べている。にもかかわらず、です。 昨日もひとつ書きました。それが「詩」なのかどうか、やはりわからない。小説でも散文でもない。あえて言えば散文詩か…。
そんなこんなで中断。 16日付の京都新聞の文化欄を見てます。「人物点描」にゴザンスの深水英一郎さんが写真入で紹介されています。ゴザンスの成り立ちについて、今後のめざす方向について語っておられる。もう京都に住まれて6年になるとか。やっぱり「新しい」。
そのうえに田口ランディさんの不定期の連載、「ランディ今を行く」が大きく紙面を割いています。今回は「地域通貨の現状と夢」というタイトル。千葉の「ピーナッツ」の紹介。お金という価値観を否定するのではなく、それとは違う価値を「流通」させることで人の繋がりが豊かになっていますね。これも「新しい」。
その下に詩人・鈴木志郎康さんの「詩の風景」というコラム。シロウヤスさんは自らの詩もどんどん自らのサイトで公開されています。また、氏のサイトで詩を公開されている詩人も多いです。紙の上を否定するのではなく、そうではない詩のあり方を提示されている。しり込みする人も多いだろうけれど、これも「新しい」。
(あ、ここで中断。続きはお昼過ぎに…。) (お待たせしました。)
志郎康さんのコラムは「浮きあがる足の先」というタイトルで詩を書きながらその成りたちの進み方までを併記しています。これで詩なのか?どうか。 ぼくにとっては「詩」でした。だから、「詩」なのでしょう。
そもそも詩というのは、書き手がそう思うだけで、読み手がどう思うかはまったく不明だし、思うべく強制できるものでもないです。 志郎康さんの詩はいつも柔らかなスタンスです。学生のころから読んでます。久しぶりに新しい詩集でも読んで見ようかな。
さて、新聞紙面の右上は井上雅人さんのコラム。「物作りと物使い」。自分で「作って使う」体験の必要性を書いておられる。思考のプロセスを形成するのに重要なのと、実際にそれを使うことで使う人のことを考えるようになることが重要だと強調されています。特に後者が。 つまりそれがコミュニケーションだ、と。それによって自分が好きなことを表現するだけではいけないことがわかる、とおっしゃる。
「『自己表現』や『自己発信』だけが声高に叫ばれますが、表現や発信を目指す人には、それを受け取る人がいるということを、真摯に考えてほしい」(京都新聞)
さて、この4つの記事はすべて同じベクトルを向いている気がします。 「コミュニケーションのあり方」です。硬直化した価値観、不毛な閉塞感、エゴイズムと傲慢さ。 いいかげんそういうものから「Another」に踏み出さなければ、つまらない。
自分の書いたものが「詩」であるかどうかは重要なことじゃないのです。書くことで「人」と繋がれるかどうか。(たぶん怖いんだと思います)大事な事はそれだけなんだと思います。 踏み出さなければ。 やっぱり。
昨日、訃報がひとつ。 作家の日野啓三さんがお亡くなりになりました。四度のガン手術、一度のクモ膜下出血を乗り越えてこられましたが、残念です。 代表的な作品に「抱擁」があります。ぼくがいちばん印象に残っているのは、インタヴュー番組の映像。たしかクモ膜下出血からの生還を果たされた後だったと思います。小雨が降る都内某所をゆっくりゆっくりと歩きながらのインタヴューでした。
氏の足は自然に緑の方へと向いていきます。大病で死に直面してから、と語りだされました。 「こういう物言わぬ緑や名もない小さな花の『いのち』に感応するようになったんです」、と。 そして、いとおしそうに雨に濡れて光る緑の葉を撫ぜておられました。その姿が今でも脳裏に刻まれています。 風景全体に不思議なオーラが満ちていました。
9.11以降の日々の感想などを綴られたエッセイを読もうと思っていた矢先でした。
合掌。
先日の「詩のボクシング」。ただ笑っていただけではなくて、いろいろな問題を考えさせられたものでもありました。 少なくとも紙の上の言葉と声による詩は決定的に違う何かがあります。あるいは、詩人はパフォーマーでなければならないのか、とも。
肉体によるフリや声を通すことで、言葉はまったく違う顔を持ちます。むしろ、それこそが詩人が言いたい「ほんとうの」言葉なのかもしれません。 紙の上の文字が持つ美しさや、その孕む意味の豊かさはまったくなくなり、音の繋がりの中で詩はあらわれてきます。
目ではなく耳を通じて、はじめて像を結ぶ言葉。 これは「歌」じゃないのだろうか。それともこれが本来の詩、なのだろうか。 そんなことを思っていました。 よりシンプルで「直接」にむかう言葉たちを気にしながら。
アルファベットやハングルは表音文字だから、それほどの落差はないと思うけれど、表意文字の漢語をつかう言葉は紙と音のみだと落差があります。 詩がすべて「ひらがな」ならば、詩は目だけでなく、たとえ無音の紙の上であっても耳のフイルターを通って行くでしょう。
詩の成り立ちそのものに「声から入る」という前提を置くと、大きな変化が起きる気がするのです。 「声」をどう考えるのか。大きなテーマをもらった気がします。
やはりオブザーバーとしてバァのカウンターから参加していた映画監督の井筒和幸さんが、番組の終了間際に呟いた 「美しい言葉が聞きたい…」という言葉が、ずしんと残っています。 過剰、とも思える言葉の洪水の後だけに余計。
活気があって、笑いがあって、大いに結構。ぼくも楽しみました。だけど「美しい言葉」を忘れてはいけないな、と。
毎朝のルーティーン。まず珈琲を淹れる。CDをかける。それからフリスキーの缶詰とドライを混ぜて外猫8匹分のご飯づくり。それがだいたい午前4時過ぎ。 そのころになるともう、そとでみゃーみゃーなきだす。なく猫は2匹だけなんだけど、なんせ早朝なんでうるさい。昨日もここまではいつもどおりの日常。
惨劇はその直後。いつもはブロック塀の上と隣家の屋根の上にのってる野良たち、よほどお腹をすかせたのか動きが活発だな、と思った瞬間その中の一匹、通称ハナモが20cmほどあいた勝手口から我が家に侵入したのだ。 その時、その部屋にはジャンが独りうつらうつらと寝ぼけまなこでいた。
ハナモは野良特有のすばしっこさで部屋にはいり、くつろごうと思ったのだが、すぐにとんでもない部屋にはいったと直観。スピーカーの上、本棚の上、それから隣のキッチンのシンクの上、さらにその隣のバスタブの中と逃げ回った。
パニックを起こしたのはジャンも同様である。モソモソと立ちあがるのが見えた。それを横目に、風呂場から追い出しドアを閉め、2階にいかないように階段に出る扉を閉め、じわじわとハナモを追いたて、なんとかシンクの奥の調味料入れの裏に追い込んだ。
動きがそこで止まった。と、部屋をみまわすとジャンがいない。開いているのは20cmだけあいた勝手口のドアだけだ。その20cmが全開になっている。全開になったら雪崩れこんでくるかもしれない他の外猫の気配がない。 まずい。あわてて勝手口から外を見ると猫は全員「逃げた」後だった。 ジャンが猫を蹴散らして逃亡したのだ。ふりかえるとハナモはすっかり怯えてちいさくなっている。よし今の間に、ジャンを追跡だ。
パジャマのまま勝手口から出て、ジャンを追う。すると少し行ったところで不安げに佇むジャンを発見。お尻をたたき、頭を撫ぜ、鼻の頭をさすり、みみのうしろをこちょこちょして「さぁじゃんちゃーーんかえろうねぇ」と言っても動かない。 全然動かない。体重68キロの体で足を踏ん張って帰ろうとしない。これは首輪とリードがいる。しかし玄関まで15メートル。えーーい、いちかばちかだ。 「じゃんちゃんうごいたらあかんよー」といって玄関にダッシュ。
素早くリード付の首輪を掴んで振りかえると、いない。白い巨体が通りから消えていたのだ。 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいずいずいずいずい゛ずい゛ーーーーー。
あの体で通りを歩いたら早朝ウォークキングのおバァさんが卒倒する。そしたらた警察が出動してジャンは捕捉される。暴れるだろうから下手したらしゃさつーーーー。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずーーーーーい。
近所の路地のどこを見てもいない。その時ひらめいたのは、あいつは太ってるから少しでも登りになった道は歩かないはずだ、ということ。 で、散歩コースから少しだけ下りになった道にあたりをつけてダッシュ。 しばらくいくとある家の角の垣根から白い大きな頭だけが出ている。ジャンだ。眉間にしわを寄せていやがる。 駆け寄ってリードをつけ、「さあ帰ろう」というと、こんどは従った。玄関前で若干の小競り合いがあったものの、なんとか家に押し込むことに成功。
さて、と。つぎはハナモである。ジャンは玄関に閉じこめてあるから、1対1だ。 調味料入れと窓ガラスの間にひそんで小さい声で「みゃあ」といってる。 「ごめん」と言ってるようだ。左側からガラス戸を開けると兎よりも早く逃げていった。
はぁぁぁ。やれやれ。 被害はシンクに入っていたコップが3個。 玄関をあがった板の間からジャンを中に入れると、疲れたのかすぐに横になった。 こうやって早朝の騒動は終わった。なおハナは2階に、ピピルルキキは別の部屋にいて、この騒動に参加していない。
なお、猫に反省の2文字はない、のいわれどおり、今朝もハナモはやって来て、みゃあみゃあとご飯を食べていました。ただ、塀の上から絶対に降りようとしませんでしたが。 あー、しんどかった。
今年の詩のボクシング(たぶん再録)をNHK教育テレビで見ました。 けっこう面白かった。 いちばん面白かったのは、屋台でモニター見てた佐々木幹朗さん。あの大笑いはいいですね。ぼくもだいぶ笑いました。 広島の寺内さんの言葉なしのオノマトペのみの「朗読」(即興ヴォ―カリーズ)。 高知の15歳福島君の「朗読」(井上ひさし風ひとり芝居)。刺激的で大笑いして面白かった。これぐらい柔らかい方が受ける。
いわゆる真正面からの現代詩だと、大阪の「うみほたる」さんや愛媛の「十亀さん」の感性がとても素敵でした。 優勝した福岡の倉知さんは、さすがのイマージュの世界でした。むしろミュージシャンのよう。 というか詩の朗読はもう一歩踏み出せば、もう音楽のような気がします。
詩の内容もさることながら、パフォーマーであることが重要なファクターですね。 「声」をどうするか。広がっていくのか、閉じていくのか。 結果的には「ひろがって」いく人への支持が多かったようです。
それにしても元気になりました。モニターテレビの前のオブザーバー。もう佐々木さんがよかったなぁ。あの笑顔最高でした。
詩はもっともっと自由であるべきですね。イマージュをもっと解き放つべし、でありますな。
今日から連休。犬と猫が寝転がる家に独り。
ノーベル賞の小柴のおじいちゃん。いつでも煙草持ってます。それもゴールデンバット。笑ってしまった。かっこいいですよ。 煙草吸うのが体に悪いのは百も承知。 だけど体に合う人もいるんですね。内田百�寮萓犬癸牽穏个泙農犬�られたし。
ぼくは吸いません。酒も煙草もペケ。だけどその両方とも、所詮体に合うか合わないかだと思います。 自分のアタマで判断することですよね。自分のアタマで考える癖が生活からついてるから、賞に結びつくような仕事ができたのでしょう。
島津の田中さんもそう。自分で「非常識」だとおっしゃっていたけれど、「非常識」な仕事をするかたの日常はたいてい、とても常識的。なにが「常識」か、という問いは残るけれど、少なくとも自分のアタマで考えているはず。
喧嘩売ったり、ひねくれて人の逆やるのとは違う。 だって、「自分」がないものね。つまりは「他人」に規定されて自分を作っている。そう思います。
良いものを見て、自分のアタマで感じて。それだけで自らに浮かんでくるものがある。そう思う今日この頃であります。
| 2002年10月11日(金) |
ジャンとハナ、メイ君と出会う。 |
我が家の愛犬ジャンとハナ。今朝は御所をゆっくり散歩。 草の上で休憩していると、白くて小さく元気な犬が飼い主をぐいぐい引っ張ってこちらへ近づいてきました。 チラッと見てすぐに、子犬のピレネーだとわかりました。ジャンのちびの時にそっくり。
連れておられたのが過去のサイトのほうのダイアリーを読んでこられた方ならご存知の、ピッくんというピレネーを飼っておられた方。しばらく御所で見かけないなと思っていたら、ピッくんの訃報を聞き心配していたのでした。
なにか感無量の表情で挨拶なさるので、こちらもしみじみとしてしまって。 問わず語りでおっしゃるには、ピッくんは骨肉腫だったそうなのです。享年5歳。若すぎます。おとなしくて体がジャンより重かったピッくん。その姿を思い出して思わず心の中で手を合わせました。
最初はショックで落ちこんでおられたそうなのですが、犬抜きの生活には耐えられずにすぐにピレネー犬の手配に走られた、と。 超大型犬ですからあんまりペットショップにはいなくてブリーダーさんを探したそうです。うまいぐあいに愛媛県の山中におられるピレネーのブリーダーさんのところで子犬が12匹も生まれたとの情報をゲット。 車で京都から愛媛まで走り、生まれてまもない子ピレネーを連れて帰ってこられたのでした。
ぼくもペットに関してはショップで「モノ」のように陳列しているのはあんまり好きじゃないです。ブリーダーさん(繁殖させておられる方)のところに子犬がいるなら分けていただく、というほうを選びます。「売れない『モノ』としての犬」なんて考えたくもありません。
ということで、しばらくの猶予期間を置いて御所デビューを果たしておられたんですね。名前はメイ。こんどは女の子です。メスのピレネーはそんなに大きくなりません。なっても50kgぐらい。ピッくんやジャンのように60から70kgにはなりません。そのぶん物凄く活発。ジャンの「彼女」、アリスがどんなに「おきゃん」か説明したのでした。
もう、はしゃいで吠えて嬉しくてたまらない様子。ジャンもピレネーだというのはすぐにわかったらようですが、のったりとかまえているんですよね。その回りを飛んだり跳ねたり。子犬のピレネーもかわいいんですよぉ。
それと飼い主の方がとても元気そうなのがなによりでした。ジャンを見てピッくんを思い出す、とおっしゃていましたけれど、なによりお茶目なメイがいい薬なるのでしょうね。
また散歩の楽しみが増えた「われわれ」なのでした。

吉行淳之介さんの文学は詩作から始まっています。みずからも語っておられました。静岡高校から東大に入学する時、自作の詩50篇を手にして上京しているのです。その後「自ら駄作と悟り」ボツにしたと告白されていますが、詩作に情熱を賭けておられたからこそ、そういう出来事をたびたび書かれたのだと思います。
また、だからこそだと思うのですが、詩の一部は散逸せずに残っていて、亡くなられてから編まれた「全集」に収録されていたと思います。この本もぼんやりしていたら絶版。まさかそんなに早くなるとは思わなかったので、詩が収められている部分だけでも、と書店の在庫にあたっています。
ところで氏に関するエピソードのいくつか。 原稿に使われた漢字のこだわり。氏は「知ってる漢字を使って書いてるだけ」とおっしゃつてますが、ひとつは「躯」。この字の「区」という字が旧字体のもの。「体」でも「身体」でもなくこの字。もうひとつが「翳」という字。これも「影」や「陰」ではなく、この字です。ふたつとも吉行作品の重要な位置を占めますね。「躯」と「翳」。 「翳」のほうは理由を読んだことがあって、「羽」という字が入っているからだ、と。
もうひとつ。 ポートレートなどから「猫」のイメージの強い吉行さんですが、犬を飼っておられたんですね。それもセントバーナード!!それも二代にわたって。
今、再読していてやはりこの方は「詩人」だなぁと思うことしきり。酒もパチンコもやらないし、ほとんど朝型のぼくとは生活そのものが全然違うけれど、根っこのほうになにかとても近しいものを感じています。
昨日、なにか閉塞感に襲われて、やっていることを中断。 吉行淳之介さんの古いエッセイをまとめた本をパラパラとめくってみました。 すると、もうすっかりそのリズムにはまってしまって、アタマの奥深くの闇がぱかんと開けたような気になってしまいました。
で、そのページに何が書かれていたかというと、だいたい次のようなことです。
内田百�寮萓犬詫鎮娜爐里海蹐�ら、くわえ煙草で歩いていたと言うのです。 何故そんなことをしたのかというと 「幼稚園児ハ喫煙ヲスベカラズ」という規則はなかったと、おっしゃった。
それだけで「ぷっ」なんですが、写真で拝見したことのある百�寮萓犬離檗璽肇譟璽箸鮖廚そ个靴燭鵑任后�それを小さくして、園児服を着せて、くわえ煙草で・・・・。と、ここで笑いが止まらなくなったんです。
でも、いったい何人の人が「ぷっ」とされるかは疑問。目くじら立てて怒る人のほうが多いんじゃないかな。 まぁ、少数派でいいや。ぼくは大笑いのおかげで元気にさせてもらいました。
吉行淳之介さんの本、全部再読中です。好きなんですよね。ただ、亡くなられてからでた「全集」。もう絶版なんです。本屋さんの在庫分だけ。 酷いな・・・。 自選集、文庫、などなど手持ちの古いのを机に積んでます。
街を自転車で走っていて、「新しい道」を発見しました。
山陰線の市内の高架がほぼできあがって、「円町」という新しい駅もできました。 簡単に言えばこの高架の下の道なんです。まだ、全部は繋がっていないけど、二条駅から円町駅までほとんど信号なしで行けます。
京都以外の人にもわかるように言うと、碁盤の目の街を斜め横断する道ができたんです。ほんの一部ですけどね。 これが新鮮なんですよ。とにかく速いし。街を走ってる感覚が全然違う。
京都という街は、かっちりとした碁盤の目です。(基本的に大阪市内もそう) ただ、特に南北の通りが突然切れて、だいぶ南に行って復活したり、変な堤防で少し斜めになっていたりします。これはほとんど秀吉の仕業で、やつは「御土居」なるけったいな「仕切り」を作ったりして京都の街をぐちゃぐちゃにしました。 今でも、その跡は残っています。その秀吉も京都を斜め横断する道は作れなかったんですね。
京都・大阪が碁盤の目だとすると東京は「環」ですよね。皇居の回りを道も電車も円を描いているという構造。ただ、まっすぐの道もあるし、地下鉄は完全に斜め縦断しているのもあるんで一概には言えませんが。 でも、基本構造はそうだと思っておかないととんでもないことになります。 そういう「悲劇」をよく聞きました。 「いくら歩いてもつかないんだよぉ」ってね。
特に京都から外に出たことのない人間はその感覚がないんで、走れば走るほど右へ右へ傾いで行く道にとまどったりします。
街は道で変わります。秀吉も風穴を開けたかったのかな、とちらりとおもいました。実際、辻を廻ると、えっ!という感覚になるようなところがあります。京都には。住んでいる人間でも一瞬、どこか判らなくなる。
「魔界」とは言わないまでも、わけのわからないものに「こしゃくなぁ」と思ったんじゃないかな、秀吉は。
三条室町へ「梅にんにく」を買いに行きながらそんなことを考えていました。
| 2002年10月07日(月) |
読みたい本が次から次と |
日曜日の楽しみは新聞の読書欄。ブックレヴューを読むことです。 すでにてもとにあるもののレヴューも読めるし、新刊のものももちろん。 すべて署名原稿でもあるので信頼している(好みが合致している)評者のものはどうしても食指が動いてしまいます。
すでにいろんなところで書評が出ている大崎善生さんの「アジアンタムブルー」は是非読みたいです。大庭みな子さんの夫君大庭利雄氏の「終わりの蜜月」も読みたい。
ぼくの関心のあるテーマもその本たちのあたりにありそうです。愛するものの病であるとか死に対してどう向き合い、どう生きていくのかということ。人間の「ありよう」を読み取りたいです。
河野多恵子さんの「・・・12章」再読。ぼくは小説は書かなくて詩を書いてはいるけれど、とても参考になりました。書くことにもっと集中したいですね。
本を読むのも「書くこと」の一種だと思うのです。読まねばわからないことが多々ありますし。「書くこと」は「読むこと」のなかからすでに始まっている気がしてしかたがないのです。言葉によるアウトプット以前の作業という意味で。
さて、書くことは再び全部「縦書き」にしています。ノートもまんなかの綴じてある部分に手があたって邪魔なので、全部原稿用紙にしようかと思っています。メモも下書きも作品も全部原稿用紙。 古いタイプなんだろうけど、縦書きのほうが作業がスムーズなんですよね。何故だか分かりませんが。 で、なんでもかんでも原稿用紙だと大量に消費するので、再生紙のものにしようと思ってます。今使ってるのは近所の大学生協で買ったやつ。
もう一度「書評」のことですが、一般的なこういう書評欄に詩の本が載らないんですよね。詩は別の日の文化欄の小さなかこみ記事。うーん。 詩は自分の足で探しに行くことにしてます。
そして、いい本を紙が燃えるぐらいの気分で読まねば。
ではでは。
アジア大会のサッカーです。日本のU21のチームがウズベキスタンに1−0で勝ちました。点は少なかったけれどいい試合でした。前の5−2の試合よりよかったと思う。
例によって相手は全員が守備に回る攻めにくいシステム。そして巧妙なラフプレー。我らがMF松井、DFの要、青木、ボランチ鈴木とすべて負傷退場。 ケガあがりで先発していなかった阿部がなんとDFのセンターに入る事態。阿部がリベロですよ。
FWでぴったりマンマークにつかれていた中山が(名前は一緒だけどこちらは183cm)なんども引き倒されたのを見ていた人は多いと思う。 さすがにレフェリーに見つかりイエローがでましたけど。
そんなタフな試合の中で、よくがんばったと思う。なんといってもチームとしてのまとまりができてきた事が大きい。 1試合ごとに成長しているのが手に取るようにわかります。 前にも書いたように「負のイメージ」のチーム。チームとしての練習期間が短すぎて、ここにきてやっとお互いをイメージ出きるようになってきたようです。
全員がキャプテンシーを持ちだしたこと。特に阿部ですね。彼の指示がとても的確だったように思います。それでも FC東京の石川もよかった。セレッソ大阪の大久保もよかった。 だけどなんといっても昨日の殊勲者は�癸隠垢涼羯碍�でした。よく耐えた。普通だったらキレて、いらついて雑になるんだけど、こらえましたね。
ああいうマンマークのはずし方とかは、それこそヒデやシンジや稲本がもっと厳しいマークに対してやっていることだから参考にしていたのかもしれない。
いい試合でした。
さて、A代表のジーコ・ジャパン。いよいよ試合ですね。稲本が帰ってくるらしいけれど楽しみです。
| 2002年10月05日(土) |
By your side |
過去に何度もダイアリーに出てきた、Sadeのlovers rockを聴きながら書いてます。秋から冬にぴったりの曲、By your Side。
when you‘re alone I‘ll be there By your side baby
歌詞も音楽もシンプルこの上ない曲です。人を好きになる。恋をする。こんなふうに静かに力強く歌えたら、いやいや「あなた」に言えたらいいな、と。 昨日、犬たちと散歩していて前をいくカップル。やってくるカップルをみながらそんなふうに思っていました。 それからこの歌を聴いてます。
家の近所が大学なので多いんですよ。「lovers」。 また観光客やトレッキングする人も多く、これもまた妙齢のカップルが結構おられて、「まぁなかがよろしぃなぁ」と言いたくなる雰囲気。 ほっこりした空気を街においていってくれます。
恋人達が自然に手を組んで、腰に手をまわして歩く姿が溶けこむ街というのは、なんと幸福な街でしょう。そう思います。 それだけで気が和みます。 やきもちもいいじゃないですか。はは。
いちばんほほえましいのは中学生と高校生だなぁ。 おまえ何してんだよと、うしろからコンコンしたくなるぐらい下向いてる男の子とかね。初々しいんです。
秋から冬の恋人達と言うのは、ほら、着るものが増えるから色がきれいなんですよね。ジャケットやセーターやマフラーやおしゃれして、カラフルになって。
今日も犬たちと歩きます。素敵なカップルに会えるといいな。 なんだか歳とっちゃったのかな。 ではでは。
京都新聞の文化欄の連載コラム「京都の本の文化は今」。9月27日付けの第17回は、ミメイさんの「溺レルアナタ」を出した、「ゴザンス」がとりあげられていました。代表の深水英一郎さんは京都在住(となっています)。ネット利用者のほとんどが知っているメルマガの配信システム「まぐまぐ」を立ち上げた方です。 そんな彼がインターネットの普及に逆らうかのように紙媒体の発行に踏み切ったのです。それがタブロイド誌「ゴザンス・マガジン」。 確かにインターネットは、誰もが書き手になれる、書き手と読み手の直接の双方向のコミュニケーションが可能となるという、革命的な特長を持っています。
だけどメルマガが万を超える点数(約2万点を記録したそうです。ちなみに利用者は200万人以上)となると読みたいものをどう選ぶかが問題になってきました。 そこで氏は紙の持つ「情報内容をパッケージする力」に着目したんですね。 ようするに読みやすくするにはどうするか、という模索だと思うんです。 分量に制約を設けることで、作品本数と内容も洗練されています。これは現にゴザンス・マガジンを購入していたので、ぼくにはわかりますが、今ゴザンスのサイトに行けばオンライン版のマガジンは読めます。だけど、寄せられた記事・作品全部目を通せるとして、膨大な量ですよ。読んでる最中にも寄稿者から新しいアップがあったりするのです。とても無理。(しかし、編集部の人は読んでいるんですよね。・・・)。紙媒体だと目次と読み方が書いてあるのでとても効率的です。
あと、これは家のイエモン殿の意見なんですが、本はいつでもどこでも広げて閉じてが自由自在。その利便性はネットの比ではないと言います。
さて、ゴザンス内部のシステムとしては投稿はもちろん編集会議もネットをフル活用だとか。なんせ東京と京都でしょ。 さらに実際の本の編集・制作もネットとPCの力を最大限に利用しています。
さっきチラリと書いた「内容の洗練」によってライターも力をつけ、オンデマンド出版は24点をこえたといいます。 「両方の長所を取り入れさらに進化」と見出しにありますが、まさにそのとおりの進化をとげそうな可能性に満ちている感想を持ちました。
さて、今日は連載の18回目。今回の話題はばりばりの電子出版。紙媒体ではありません。ネット上の閲覧ですね。(で、たぶんダウンロードして紙に印刷となるんでしょうが) 論旨をつめると論文や学会誌は圧倒的に電子出版に利便性がある、ということです。つまり「調べものをするのに図書館に行く必要がなくなる」というオンラインジャーナルの利点がかいてありました。
ただし、学会誌は開かれる学会の費用で運営され、論文は無料公開です。しかし、商業出版ではどうでしょうか。ネットは基本的に無料です。お金を払うのは一部の辞書かアダルト系ぐらいです。それと仮にお金を払ってダウンロードしてもいくらでもコピーが可能という問題もあります。
それでも「ちいさいうちから画面で文章を読む人が主流になれば、紙の本を読む、という長年の慣習も変わっていく可能性もある」という識者の意見もあります。
いずれにしろ本をめぐる状況は、編集、印刷、出版、小売まで大きな変化を余儀なくされるのは間違いなさそうです。
| 2002年10月03日(木) |
It‘s never too late to meet again |
今日は朝からバタバタしていて、日記を書くことができませんでした。 タイトルを書いて、さぁというところで用事が入ったりで。
今日は素晴らしい天気です。ホームセンターにちょっとした物を買いに行ったら、ビオラやパンジーが外のコンテナに満載になっていました。 これから秋、冬、春と庭や玄関に色彩をつける主役になりました。いつのまにか。なんせ安いもの。一鉢58円。しかも丈夫。それは売れますよ。 リーズナブルの見本。
ついでにぶらーと回ったら、おお、オリーブの苗木があるじゃないですか。オリーブ育てるの夢だったんです。なんだか瀬戸内海以外じゃ育たないような先入観があったけれど京都でも育つし、鉢でも育つんですね。 東京など、冬が寒いから無理だと思われていたけれど、たしかお台場にあるホテルの前庭にずらっとオリーブが育っていたと思います。品種があるんですね。
ぼくの「ヒカル君のいた日」という詩に出てくるオリーブも実在していて、それを見てぼくも、と思ったのです。 その苗木はけっこう背が高くて、実までつけていました。自転車では持って帰れないので見ただけですが、お値段は5800円。 うーーーーむ。今年はパスかなぁ。薔薇も買うしね。
ということでバイオレットのパンジーひとつだけ買いました。小さな鉢にいれて吊っておこうと思います。ベージュの壁と枇杷の緑の中にちいさく赤紫のポイントはどうかな、と。
とてもいい天気で、自転車にるるんと乗って、空気を満喫しました。 ではでは。
韓国・プサンでアジア大会が開催されています。興味はもちろんサッカー。 日本は2年後のオリンピックを睨んでU21(アンダー21、21歳以下の意)のチームを送りこみました。 オリンピックはU23が代表ですから、このチームが構成メンバーを変えつつそのまま戦うことになります。経験を積まそうということでしょう。同じ考え方をしているのは中国ですね。あとのチームはほとんど準A代表ぐらいのレベルを揃えてきています。若き日本チームの武者修行です。
初戦のパレスチナ戦では、全員が守備に回る相手に苦戦。辛勝しました。 昨日のバーレーン戦。新聞各紙は「快勝」と書いているけれど、5点目をとるまで安心できませんでした。それほど余裕がなかった。 実力は完全に相手を上回っているのに実戦経験が少ないからでしょう。 後半開始から足を削られ、肘打ちをくらい、引きずり倒され、ナーバスになったレフェリーから逆に簡単にイエローカードをもらう始末。 前半4−0で勝っていた勢いは完全になくなり、ラフプレーとジャッジの基準の変わりように対応できず、腰が完全に退けていました。
このチームは「谷間の世代」と言われています。今のA代表が次のワールドカップで円熟の年齢に達します。高原、鈴木、柳澤、小野、ナカタ、中村、稲本、きら星のごときスター軍団。まさに「黄金世代」です。 またU17(17歳以下)にも凄い才能が揃っているそうです。それでありがたくない名前がつけられたんですね。 しかも、このチーム。アジア大会の壮行をかねたジュビロ磐田との試合でこてんこてんのぼろ負けをしてしまいました。
だからこそぼくはこのチームが好きです。 常に「負」のイメージを背負いながらしぶとく戦っていく。まだまだあたりに弱いし、凡ミスも多いけれど、気づいて修正する能力はとても高いものがあります。 天才はいつもいるとは限りません。努力することに才能のある選手が好きなのです。
また、このチームには京都パープルサンガの松井大輔選手がいます。�癸后�昨日は2ゴール1アシスト。彼はわがイエモン(家のもの)の同級生の息子なんです。 うちでは「カズオちゃんの息子」と呼んでいます。 この松井とジェフ市原の阿部。このふたりはうまいですよ。 試合を俯瞰できるふたりです。 昨日も松井が前半活躍し、後半、疲れた松井から阿部に変わったとたん劣勢の日本は態勢が立ち直りました。 あとは大久保と田中。渋いキャラが多いです。
パープルサンガを応援するぼくとしては、同じチームの朴智星(パクチソン)と松井君が日韓に分かれて対決する試合が見てみたいですね。 オリンピックに向けての試合でもふたりはしょつちゅう対戦するでしょう。 そのふたりが京都のチームにいるのです。
これからU21には厳しい戦いが続きます。アジア大会を必勝体制できているチームはオーバーエイジの枠も使い、それこそA代表なみの陣容です。 日本チームは圧倒的な劣勢に立たされるのは間違いありません。 厳しいけれど、みのりの多い試練が続くのです。 がんばれ。
| 2002年10月01日(火) |
TATTOO YOU |
昨日は思いもよらず青空が見えたりして、さわやかな風を感じることができました。コスモスにいちばん似合う天気だったように思います。
音楽の事でも。 長く生きてるぶん、いろんな音楽を聴いてきていて、それが記憶の層のようになっています。で、ある日突然かつて聞いたものが蘇ってきて、もう一度聴きたくてたまらなくなる事あります。 それを聞いてどんな気分が出てくるのか、少し楽しみにしながらまったく聴いてなかった、昔、夢中になったCDを引っ張り出してきます。
こんな事、書くのも昨日「それ」がきたからなんですが。今回はローリング・ストーンズでした。 ストーンズの「Tattoo you」。特にB面。目が眩むような陽に向かって舞いあがるイメージがあるんです。それは中南米テイスト満載の曲の中を力強くブロウしているテナーサックスとミックの声がからみあうあたりで感じます。 これが聴きたかったんです。
これはクレジットされていないけど、ジャズ界の巨匠ソニー・ロリンズが吹いてます。当時も話題になりました。歳をとってからのベストパフォーマンスじゃないかな。
いつのころからか「光」のことばかりが詩のテーマになりました。もちろん日の光だけでなく、心の中の光もテーマですが、 やはりそれは具体的な風景として、実際に目で見え、耳に聞こえるものです。
そのことにさらに入り込む事でなにかを教えてもらう感覚があります。 書くことは感じることでも、見つめていることはとても具体的な風景なんです。
何を感じるか。まさに刺青をほどこした自分を披露するような気持ちです。 さて、引っ張り出したストーンズ。何を感じることができるか、自分自身がいちばん楽しみです。
|