ちょっと、身の回りがバタバタしてました。 ばかばかしいことにはかかわらないで、前を向くことにしました。 消耗してる場合じゃないもんね。
ところで、こないだの「高知遠征」のお土産、室戸のしそ茶がとてもいいのです。 柔らかくて、香りがよくて。 シソの実は漢方でも鼻にいい、となっているのですが、いれたての香りをかいでいるだけで、確かに鼻によさそう。
ハウスダストがアレルゲンの、アレルギー性鼻炎の知り合いがこれを飲んで、少しだけど症状が改善されたので、室戸に電話して頼むといってます。 今、「道の駅」にあるマーケットで売っている野菜などは、京都でもそうですけれど生産者の名前と電話番号がラベルに書いてあります。 こういうスタイルが増えてきましたね。
昨晩まで、不信感の塊になっていたのですが、車をぴかぴかに洗って猫とほおずりして、犬と御所を散歩したら、消えてしまいました。 かかわって良いものと悪いものというのはやはりあるんですね。 それがわかっただけでもよかった、と。
そろそろ「西原文滴堂」の原稿も書こうと思います。取材しなきゃ。 じつはゴザンスで、ネオブックの登録もしているんですが、ちょっと休んでいました。今、ウェブでアップしてあるものを中心に電子書籍を作る作業に集中しようと思います。
うん。「しそ茶」という味方もできたし。
ではでは。
昨日の桜井大造の話の続きです。結局彼らが何故、テント芝居にこだわるか、というと、ずばり既存のシステムではやりたいことが出来ない、ということに尽きるのだと思います。自分たちのシナリオで、自分たちの演技で、自分たちの制作ということにこだわる、ということ。 そんなに芝居はつまんない状況なのか、どうか。それはわからない。だけど間違いないのは桜井大造は熱くて、カッコイイ。惚れます。ぼくにとってですけれどね。
昨日から「作品市場」のシステムを考えていて、ス―ッと気持ちが引いていきました。何が悪いとかじゃなくて、システムというのは自分では何もコントロールできない所ですから「しかたない」としかいえない。そして、だれもが「しかたがない」としか言えないシステムなんですよね。
そんな「しかたない」ところへ、必死になって、書いて送って、自分は何やってるんだろうと思ってしまった。ほんとに情けない。
自分でやるしかないですね。
| 2002年11月28日(木) |
「胡麻屋の辻 弐」 そして心強いこと。 |
書いたり消したりしていた「胡麻屋の辻」の「その弐」をアップしました。 自分では、ひょんなことから始まったアイデアなんですが、物語は止まらないようです。
いま、「作品市場」を覗いてきたのですが、まだ、公開されていませんでした。おそらく今日の深夜か明日になると思います。 ながーい散文を一つ削ったので、ずいぶん短くなりました。
「影絵」はサイトで公開している「石段かけて」の違うバージョンを載せてみました。違いと同じところを見てください。
削除した散文は桂の木の事を書いたのですが、まだ、物語になっていないと判断したのも理由の一つです。「滑っている」。簡単に言えばそうです。
胡麻屋シリーズは終わりが見えません。また、その参、その四、と続けていこうと思います。ほかの詩はサイトに出したり、応募したりですが、今は、「胡麻屋シリーズ」を書きつつ、「文滴堂」のコラムとにアップしていこうと思います。
心強いことがふたつ。 一つは「野戦の9月」が公演をはじめたこと。 黒テントのことをサイトの掲示板に書いたことがありますが、ぼくの「演劇体験」はテント芝居から始まりました。そのなかで、黒テントよりも心を揺さぶられ、のめりこんだのが「風の旅団」です。それを率いていたのが桜井大造。
活動を止めていた彼らが「野戦の9月」として活動をはじめています。早口の、詩を延々と語るような台詞。驚きの仕掛け。けれんのない視線。熱の塊。 彼らが動き出したことは何より心強いのです。青春がどうのこうのではなく、一生のなかで出会え、客としてかかわれたことが誇りです。(テント芝居では客も劇の中に放り込まれます)
タフガイが苦手な人たちにも、桜井氏のバイタルな演技は届くと思います。 ぼくから見たら、めちゃめちゃいい男。
もう一つは ジャズピアニスト山中千尋さん。ニューヨーク在住のばりばりなんです。実力も知れ渡っていてメジャーの何社かからオファーもあったみたい。 それをけって彼女が選んだのが大阪のマイナーレーベル「澤野工房」。とても小さくて、ピアノ中心の作品のリリースが多いところ。 京都では、大阪と近いこともあり、jeugiaで手に入るのです。彼女のソロデビュー”Living without friday”が大好評だったので、メジャーにいくのかな、と思っていたんですよ。ところがどっこい、澤野さんに腰を据えての第2弾がでるというじゃありませんか。拍手喝采。
メジャーはだんだん身動きが取れなくなりつつあるようにも見えます。音楽が好きで音楽にこだわる人ほど、マイナーレーベルに向かっているのは明白な事実になりつつあるのでは。
「お金」はまじめに働いている人でも今は苦しくて、演劇も音楽も文学も美術も、志す人はそういうこととも真正面からぶつかりながらがんばっていますね。
大造氏もそう。彼はね、むかしある大手印刷会社Dのフリーターのベテランだった。今もそうかもしれない。そしてほかの劇団員も土木作業員や鳶やらのバイト。そうやってお金をためてテントを建ててどッカーンとやるの。 そりゃ、腰が据わるというより、割れている。そんな凄みがあります。
なんだか、山中さんや桜井氏見てると、励まされるんですよ。表現を鍛えて前を向く。もう、それしかないなと。
今日は冷え込みました。うちの猫たちも外の猫たちも、布団ないし毛布の中にもぐったまま。朝のどたばたにも動じず、それぞれが一番暖かと思う場所から動きません。
一方、犬たちは寒い空気を切ってるんるんで散歩。ハナは機嫌がいいと、腰を振って歩くのです。犬版「モンロー・ウォーク」。それが可愛いとか、色っぽいとか一部で評判です。ジャンも寒い時は早いですよ。一見ゆったりしてるようだけれど、全長が長いですからね。けっこうなスピードになるのです。 散歩から帰ってきて、ごはん。(猫たちは終わっています)ご飯を食べ終えるとめいめいがお気に入りの場所に移動します。
ハナはベッドの上。ジャンはフロアの窓より。そこにジャンはずどーん。ハナはくるりん。 猫たちは日の昇るに連れて、じりじりと移動しながら丸くなっています。
きのう、咲きおわった酔芙蓉の枝をぱちんぱちんと切ったので、家の東側がだいぶ日当たりがよくなりました。そこの屋根に外猫がズラリ。さすがに敏感やなぁ。
晴れ渡っていて、そして寒い。こんな天気は大好きです。 いま、ジャンが横にいます。このかたのスペースは人間二人分。 ハナは独りで日向ぼっこをするのが好きな猫的な犬です。 両方とも、お気に入りの場所には頑固だなぁ。 毎日同じ場所です。
作品市場に次の作品をアップしようと、ただいま制作中です。 1日中、パソコンや原稿用紙に向かっているわけにはいかないので、書ける時には集中しています。と、いうか集中できるようになってきました。
今朝、テレビを見ていて、漫画家の加藤芳郎さんの話題が心に残りました。 毎日新聞の連載4コマ漫画「まっぴら君」の連載をこのたび降りられたのですけれど、なんと47年間!!の連載だったのですね。
日々のニュースに即応するために、新聞の隅から隅まで目を通し、そこから「笑い」をひねり出す作業を47年間続けてこられたのです。 それだけでも偉業ですが、その「笑い」の質にも定評があったのではないでしょうか。
そんな加藤さんが、アイデアをひねり出すのに連日悩みながらも「すとーんとできるものは忘れちゃうんだよね。いいものは忘れる。だけどできの悪いのは覚えてる。いつまでもじくじく残るんだよ」と。また、日々の締めきりが最初は苦痛だったけれど、それを楽しむようになったとも。「与えられた時間いっぱいでどこまで出きるか、それが面白くなったんだ」とおっしゃっていました。
もちろん、加藤さんのぎりぎりまで自分を追いこむことに、創作の心構えを教えてもらいました。そこまでの感覚、ぼくはまだ完全にはわかっていないだろうし。
ただ「忘れてしまう」というのはあるのかもしれないなと思ったのです。すらすらと書けたものは、たいていよい評価を受けたものなんですが、それはなんの障害も残さず発表したと同時に「忘れて」います。「忘れる」というのは変な言い方かな。自分が書いた気がしない、というか。
だめなものは、いつまでも残ります。それは、たいてい「力づく」で書いたようなもの。強引に書いたもの。いいのができたためしがないです。
加藤さんのお話を聴き、自分のパターンも、やっぱり真実だぞ、と。 それで、一つ、けっこう長い詩をボツにしました。 「違う」んです。自分がでしゃばりすぎ。ぼくの「本領」ではないな、と。
自分の「本領」なんて考えたこともなかったけれど、一度死んだ気になって外から自分を見た時、人に何を提供できるか、「それだ」と思ったんですね。 自分が何を書きたいかはその次でもいいじゃないの、と思ったんです。人のことを考えれば自然と自分の道も見えるだろう、と。 ぼくという人間はたぶんそういう人間。 そんなもんだろう、と。
それでもやっぱり「鬼」は顔を出しますね。ひきつったもの。 そういう作品もアリ、なんだけど、ぼくの「本領」じゃないなと、それだけは最近思えるようになってきました。 と、いうことで書き直しです。 ふむふむ。
ではでは。
朝から雨です。 静かな午前です。
今朝は、食事が「高知づくし」でした。室戸のトマト、四万十川の川ノリ、室戸のしそ茶、冷蔵庫にはアジの開きや、小鯛の開きがぎっしり。 高知旅行のお土産です。ほかにも塩とか。 「しそ茶」がよかった。とてもやさしいお茶。香りもよくてね。
夜須の海岸で拾ったという石は玄関に飾りました。 だけど、いった人々はみな、疲れ果てております。はー、もうちょっと余裕が持てればよかったのに。時間の制約があるから突っ走ったみたい。
だけど高知はいい!!と。泊まったホテル以外はとてもよかったそうです。 暖かなんだ、と。 そうそう、無理したスケジュールの原因は「しまなみ海道」経由で行ったから。 瀬戸内海もとてもよかったって。そうですよね、なんたってオリーブが栽培できるんだから暖かなはず。
京都は盆地です。学生時代、冬は神戸にばっかりいってました。 光の色が違うんです。海のある所が大好きだったし。
いまでも海は好きです。海の町に住んでたら絶対サーファーになってた。今からではもう遅いかな。海がないからロードレーサーに走ったのかも。 音楽もハワイの音楽は好きだし。ウクレレにはまってるし。
京都から知り合いの二家族が、だいぶ前に農業をしに高知に移住しました。 帰ってこない所をみると、うまくやってるみたいです。 住むのと旅するのとではだいぶ違うけれど、人を引き付ける場所なのでしょうね。
海が見たくなってきました。
朝起きて、外を覗くと猫が6匹待っていて、「あれ、今日はすくないね」とかいいながら、フードづくり。ドライと缶詰混ぜます。 ちいさな木のお皿6つに盛って、裏口の塀の上やら、屋根の上におきます。
それからうちの猫たちのいる部屋へ。た―っと走ってきて脚にスリスリ。ドライのフードをお皿に入れると、とたんにぱくぱく。それから猫トイレの掃除をしてざっとあたりを片付けて、(今日はテーブルセンターが飛んでました。)
もどって着替えて散歩。 今日は曇り空。うすく光が霧のようになっていて、葉がほとんど落ちた近くの公園をぐるり。サザンカが咲いていて綺麗でした。
帰ってきてざぁっと掃除をして、 さぁ、朝食。 ドライとササミをいれたのをジャンとハナに。 それから珈琲を淹れます。きょうはブルマン(珍しい)。ル・プチ・メックのパン。 ちいさな御餅みたいなプレーンのパンと、ベーコンの入ったのと。 パソコンを入れて待つことしばし、昨晩から入れなかった自分のサイトを見て、一安心。プレーンのパンにバターを塗っていると、左にジャン、右にハナがちょこん(ジャンはずどーん)と座ります。
半分ぐらい犬たちにやりながら、なんとか終了。 今日はのんびりできる日。 と、いっても外にはいけないからシャーデのラヴァーズ・ロックを小さい音でかけて、犬たちがめいめいの場所でごろんとなったのを見計らって、ゆっくり珈琲を飲みます。
きょうは詩を書こう。
1日が始まりました。
今朝も朝から猫にごはんをやリ、家の掃除をし、犬と散歩にいきました。散歩では素晴らしい晴天とおいしい空気をいただきました。 それから、珈琲とル・プチ・メックのチーズのパンとイチヂクを練りこんだパンの朝食。食べ終わると、そそくさとコルナゴのタイヤの空気圧をチェックして、街のポタリングに出発。行き先は梨木神社です。
こないだ日記に書いた「桂の樹」を見に行くのです。秋の終わりの澄みきった空気を切って、御所まで。御所の東に梨木神社はあります。 桂よりも目線の低い楓の紅い葉に目を奪われてしまいました。素晴らしく綺麗。
桂は、やはりぼくがいつも水を汲んでいた「染井」の井戸の真横。今までわからなかったのは井戸水に取り付けてある蛇口にかがむと、ちょうど背中を向けてしまうからでした。もっと、余裕をもって見ていればすぐにわかっていたんですけどね。
京都の紅葉はほぼ終わりかけています。おめあての桂の黄葉もほぼ終わりかけていました。うむむむ。 と、宮司さんが通りかかったので、いろいろと伺ってみました。この時期、一晩で全部葉がおちたり、強い風が吹いたら全部葉が落ちる時期だそうで、桂もイチョウも今日明日で完全に葉が落ちるんじゃないかな、と。 (ちなみに最後まで粘るのが楓だそうです)
「桂はこれだけなんかなぁ」と言って、ぐねぐねしていると、実はもう1本あるんや、触れへんけれども見ることはできるよといって、拝殿のさらに奥、宮司さんも滅多に入れない所へ連れていってくれました。そこには物凄く古い桂の樹がありました。 「中は『がらんどう』なんやけど、若い芽が根元からどんどん育っているんよ」と。 桂という木は大木にもなりますが細い若木が根元から何本も伸びていく形にもなります。
それから、例の水汲み場の桂の木に戻って観察すると、なんとこれが御神木だったのですね。「御神木 愛の木」と。この桂も相当古い木です。横には 「愛の木 この木に触ってお願いをするとかなうと言われています」と立て札。 梨木神社というのはかなり古い歴史があります。たぶん、奥の木とこの木はずっと立ちつづけているのでしょうね。
今までどれほどのお願を聞いてきたのだろう、などと思っていたら、早朝であるにもかかわらず、そろそろ観光客の一群が…。 「あった!!あれあれあれあれあっれーーー」といって水汲み場のあたりは人だかりで埋め尽くされ、そうそうに退散することに。 なんの願懸けもできませんでした。冬枯れて静かになった頃に来ようと思います。
それから、木の膚や茶色に変色してしまった落ち葉ですけれど、ホームページの方で公開しようと思います。 だけど、桂のいいポイントができました。みななさんに自慢していた、桂の葉ごしの日光も紹介できるとおもいます。 よかった、よかった。
「非力に生きる」最終回。ちと難解です。論者は人類学の鈴木和孝氏。 「身体化された心の理論」がゆっくりと登場しつつあるという書き出しです。 鈴木氏はこれを「唯物論」になぞらえて「唯身論」と仮によんでいます。と、書くと養老孟司さんの「唯脳論」が浮かびますが、このことには触れないでおきましょう。 しかし「唯身論」と「唯脳論」はとても近しい関係あるとだけ、ぼくの感想としておきます。
難解というのはメルロ=ポンティが登場するからなのですが、彼の身体論と近年の認知科学の成果が統合して生まれた理論です。
どのような理論かというと『人間は客観的に真理を認識する、という自然科学の基本前提に異議を申したてる』というもの。 認識というのは身体構造や生理といった生物学的諸条件および社会や家族の中で育まれる文化によっても制約される、と。
つまり、真理の認識の仕方は文化や個人によって違うということ。 また、ヒトはたとえ目に見えないものでも、身体の経験として理解しようするということ。 例えば「時の流れ」を理解するのに川の中に入り水の流れの感知から理解に至る、やリ方とヒトがいるように。 そのような『隠喩』が非常に重要だと。
この理論が射程にいれて狙っているな、と感じたことがありました。 つまり、現在世界を覆っている理論は「利得−損失計算に従う行為者モデル」であると規定しているのです。それへのアンチを主張しているのであろう、と。
「利得−損失モデル」は経済学から行動生態学に至るまでありとあらゆる領域を支配していますね。ごくごく簡単に言えば「損得計算ですべて説明できる」というモデル。
おっと、ここでストップです。 続きはお茶の時間にでも。 ではでは。
はい。続きです。(あ、午前中のもなおしてあります。) この理論の最も重要な前提は「人類は『群居性霊長類』として進化したのだから、共存の中での安寧にこそ動機づけられている」ということです。 狼でもライオンでもないわけですね。
さて、ここからが重要な比喩です。 生存競争の根底は強いものが弱いものを「どかす」という行動です。これは「影絵」を見ても説明できます。理解もできます。 では、「群居性霊長類」のヒトが「仲良くする」ということを「影絵」で説明できますか?差し伸べる手は、いじめている手なのかもしれません。
そう、「影絵」では表情が読めないのです。表情が見えてはじめて「なかよし」という事が理解できますね。
で、「利得−損失モデル」というのは競合関係を外在的にしか説明できないのです。「外在的」とは影絵のこちら側と理解してかまわないと思います。 「唯身論」というのは、影絵の内側へ入ります。直接体験によって理解しようという態度なのです。
この論も優れて魅力的な結論で結ばれています。それを引用しておきます。
どんなにもっともらしい整合性を装っていても人間の生きる力を削ぐような理論や学説を、私たちは自らの直接経験の内部から批判すべきである。 唯身論は、仲間と安寧に生きたいという当然の願いと深く響き合う、実践的な思想として可能性を秘めている。
つまり、グローバリゼーション、あくなき資本の欲望への異議申立てとして立ち上がった理論なのですね。
「影絵の中へ」。なんとも刺激的な視点でした。
| 2002年11月21日(木) |
生命は競争ではない。 |
この稿は書き直しになります。一度書いていてアップ寸前で全部消えてしまいました。。とまぁ愚痴を呟いたところで先に進みます。
京都新聞の「知の新潮流」…「非力に生きる」のその後です。気鋭の論客がふたり登場しました。社会学の立岩真也さん。セクシュアリティー理論、美術理論の田崎英明さん。立岩さんは分配の認識の再考を、競争の前提を崩す未来を提案しました。田崎さんは生態学の理論の援用から「人生は競争ではない」と説かれます。
「進化論の最大の教えは『生命は競争ではない』ということだ。これは逆説でもなんでもない」
この刺激的な書き出しから始まる「田崎論」を紹介しながら考えて見ます。 生命が生態系の中で占める位置を生態学ではニッチというそうです。で、これは新たな生命が誕生する時、あらかじめ「イス」や「ベッド」のように、あらかじめ「あるもの」ではないのです。つまり、生命というのは自らの「居場所」を創造しながら生まれてくるのです。彼の言葉によれば 「新たな生命の出現は、それ自身のニッチの発明を伴っている」
しかも、単独ではありません。生命相互の作用によってはじめて生成されるのです。具体的な例として、ある鳥と花を例にあげています。 くちばしが鋭く細長くて、湾曲している鳥はある一種類の花の蜜を吸うことだけに適している。ほかの虫や鳥が届かないほど細長く鋭い花弁を持ったこの花に、この鳥だけが適応して進化したのではなく、花の方もこの鳥だけが蜜を吸えるようにどんどん花弁を細く長く伸ばしていった、というのです。
<生態系の中ではある生き物の居場所自体がもうひとつの別の生き物であって、どちらも固定した存在ではなく互いに変化し、自分自身のニッチを発明しつつ誰か別の生き物のためだけの場所へと生成していく>のです。
自分の居場所を発明し、命は世界を新たにするのですね。
一方、競争とはその居場所を発明するのではなく、他者から居場所を奪い取る能力です。たとえれば「イスとりゲーム」です。 新たなものを創造するのではなく、すでにできあいの場所をとりあい、他者からうばうことです。当然、創造はありえないわけですから、世界は意味においてもスケールにおいてもまったく豊かになりません。それどころか同じ「居場所」のとりあいで、消耗し古びていくのは必定です。
田崎さんは今、世界中で「自分の居場所を発明する能力」と「他人からその能力を奪う能力」の闘いが続いているといいます。 その事を考える手がかりとしてカフカをあげています。カフカにおいては「虫になることができる」「こびへつらい懇願し待ちつづけながら、小さくなることができる」というような普通、能力とは認められないようなものも能力と認めさせようとします。だから、どんなことでも、例えば「人とうまくコミュニケーションがとれない」とか「世界になじみきれない」というものでさえ「能力」として捉え、居場所を発明するために使いこなすんだ、と。
これは刺激的な論ですね。「適者生存」理論は確かに大きく揺らいではいますが、生態系とはまさに多様性と相互性の世界だったんですね。それぞれの居場所=ニッチを創り出すことが生命の為す事だとしたら、競争とはなんと不毛な。
田崎さんの論は、散文詩のように結ばれていくのですが、これがあまりに綺麗なので引用しておきます。
<マス・メデイアを通じて世界に向けてメッセージを語るものは誰のための場所も発明しない。だが、雑踏の中で、消え入りそうな声で、くちもとに耳をくっつけなければ聞き取れにいように呟く者は、確かに私のためだけの場所を創り出している。そこには新たなニッチがあり、世界は新しくされる。
競争によって、日々古びていくこの世界の中で、戦争が続き、人々は住む家を失い、傷つき、心と体の傷口からは涙と血が流れつづける。それにもかかわらず 「あなたがそこにいる。あなたはここにやってきた。世界は一新された」と呟きたくなる一瞬があり、世界で何が起ころうとも、この世界そのものは祝福したくなる瞬間がある。>
さらに続きますが、この論はとても魅力的でした。自らの「居場所」を発明し、それが他者の命そのものになるとしたら、ぼくは西行を連想しますね。あるいは砂漠の聖者、菩提樹の下の聖者などを。 とまれ、そのように括りをおおきく捉える必要はなく、問題は我々なのです。
確かに古びたイスのとりあいでは、世界は消耗していくだけでしょう。 誰かが自分の居場所を発明した時、世界は一新されるのです。おおげさではなく文字通り。
じつはこのことは最近のぼくの書くことに通底していることでもあります。自分らしくあることに、誰もが躊躇する。その不正と哀しさ。あいての居場所を引き剥がすことでしか生きられない悲劇。しかも、本人は自覚していないどころかそれが正しいと信じている。 とにかくそこから…離れることだと。固定されず変化しつづけしかもそれは自分であるというヴィジョン。
生命のありかたに素直でありたいと考えることにこそ、可能性が開けるのだと思うのです。自らの「居場所」「ニッチ」。固定されず変化しつづけ相手を生かし自らも生きる。 そんなヴィジョンを見ています。 「非力に生きる」。明日が最終回です。また、紹介できればと思います。
| 2002年11月20日(水) |
桂の樹がみつかりました。 |
散歩の時に街路樹とか庭木に桂の樹を探しはじめてしばらく。意外なところから桂の素晴らしい老木が見つかりました。 やはり、この日記を読んでるある方から昨日の夕刊を見るように、とメールが。 早速、見てみると一面にカラー写真で桂の樹が掲載されていました。それがなんと梨木神社の井戸の際に立っている老木だったんです。思わず「あっ」と声を上げてしまいました。
メールをくれた彼とは自転車のツーリング仲間。ロングライドして京都に帰ってきたら、必ずこの神社により、井戸の水でのどと体を癒していたのです。実はここの井戸は「染井」といって京都の三大名水のひとつなのです。三つとも井戸水です。醒ヶ井、県井(あがたい)、そしてこの染井。 つぎの文滴堂にこの井戸のことを書こうと思っていたのですが、まさかあの水汲み場の上で揺れていた木が桂だなんて、見てないんだよな―。
桂はイチョウなどと同じく「黄葉」します。写真は黄色い葉にうずまった境内が写っていました。文中「なんとも甘い香りが…」と。そうなんです桂の落ち葉はいい香りがします。 ここの井戸は健在で一日中誰かが水を汲みに来ます。喫茶店の人とかもいますね。 御所をぐるぐる走っている人とか、ぼくらのようなサイクリングの人、飲み水を全部ここでまかなっている人などなど。 みんなペットボトルやポリタンクでくるので「一人…リットルまで」と制限が書かれた立て札が立っているほどです。
相当古い木だそうです。また自転車でとおったらデジカメで撮影しようと思います。
梨木神社は京都市上京区。御所の東隣。すぐ隣です。寺街通りまで出ません。 寺町通りを北上して今出川に出るまでに左手に折れる道があり、つきあたりから地道を南下するとあります。桂のほかに萩もとても綺麗な小さな社です。 このへんもとても気持ちがいいですよ。そういえば学生の頃から水飲んでるなー。 気がついてよかったです。 はやく会いに行きたいな♪
まさに紅葉たけなわの京都です。 とんでもない人の洪水にもかかわらず街中が色づくこの時期は、この街に住んでいてよかったと思います。 昨日の強い風でイチョウの黄色い葉はほとんど飛ばされてしまいました。近所のイチヨウ並木でも、道路が落ち葉に埋め尽くされて、とても綺麗でした。掃除は大変ですけれどね。
嵐山、東山界隈、哲学の道界隈、北山、大原、鞍馬、御室、…どこにいっても素晴らしい紅葉に出会えます。平日は人も少なく街中のどのお寺に行っても溜息が出るほど綺麗な紅葉です。
いつも日記に紹介する京都新聞ですが、昨日から「知の新潮流」シリーズの第五部がスタート。各界の方がテーマに沿ったコラムを書かれていてなかなか興味深いシリーズなのです。 今回の小テーマは「非力に生きる」。5人が論じます。
テーマの「前書き」を要約すると次のようになります。
「生き残り」を求めて競争が激化する社会。より能力にすぐれ、主体的、合理的に働ける人間が求められる。しかし、競争は結局、少数の勝者と多数の敗者に行き着く。ならば、弱い人間はどうすればいいのか。「弱くても大丈夫」という発想から出発できないだろうか、と。
昨日が第1回で哲学者の中島義道さん。この人の歯に衣着せぬエッセイが好きなんですが、ここでも中島ワールドが炸裂。いわく、「欠点を伸ばせ」。
氏はこう書きます。 自分自身で忌み嫌っていた自分の欠点が自分を救ってくれた。病的なほどのナルシシズム、人間の浅はかさ・醜さ・冷酷さを抉り出して見ようとする姿勢、物事をいつも悪いほう悪いほうへ見ようとする姿勢、それらが哲学をするさい、物を書くさいに大いなる宝になった。
どうしても治せない欠点ならそこに居直って見たらどうか。欠点を伸ばし、欠点を通して生きる糧(仕事)を見出す。厳しく重たい人生もありうる。それもまた疑いなく輝かしく豊かな人生である、と。
今日の論者は精神科医の香山リカさん。彼女は今、精神科の臨床の現場で「解離性障害」=人格の統合が失われる傷害=の多いことを強調される。 患者は普通の大学生やサラリーマン。訴える症状は「現実感のなさ」「生きている実感のなさ」、酷くなると記憶がなくなる。 …「恋人と喧嘩して刃物まで持ち出したらしいんですが記憶がないのです」。
人格の統合を簡単に放り出す若者が多いという。 約束も宣言もその時だけ。それを嘘といってはいけないのです。した時の「わたし」と今の「私」は違うのだから。 こういう人達に「自己責任、自己決定」なんてまったくの無意味。
何故そうなったのか。がんばればなんでもできる。自分でなんでも出きると喧伝され、その気になっていて、現在のような厳しい社会状況のなかで、できない時にどうすることもできなくなったということだと思います。 あまりにも幼い頃から、プレッシャーを受け続けているからなのでしょうか、「できない今の自分」を受け入れられず「もう一人の自分」を生み出していくわけです。できないと抹消、できないと抹消。その繰り返し。そしてそのサイクルがひどくなっていく。自分が何をいったのか何をしようとしていたのか、完全に忘れてしまう。 実はそうやっていないと自分を守れないのです。
香山さんはなにも「強固に統合された自己」でなくていい。「ゆるくまとめられた自己」で現在の社会的危機を乗りきる道があるはずだ、と結んでいます。
ふたりの考えを読んでいてぼくが思ったのは 「本来の自分を変えるな」ということ。多少、頑固・偏狭といわれても自分の人生なんだから。ただし自分の思考や認識の枠はどんどん広げていくこと。そうじゃないとつまんない。 自分らしさにこだわる、と言ったらいいのかな。 明日の論者も楽しみです。
強い風。 電線が揺れています。 光は ふりそそいでいて 街は燃えあがるような色に包まれています。 同じところに花屋の車が止まり 同じ時間に店が開き 学園祭の余韻は影も形もなく 猫は屋根を歩き、犬は眠り 冬の日。
あたらしい白いちび猫がメンバーに加わりました。 ぼくが厳しい顔してたのかな。片目のトラが 「あのぉ、ちいさいやつで困っていそうだったんで…」とちびの横でもじもじ。 トラが連れてきたんだな。
しっかりした顔をして、薄いブルーの鋭い目をした仔猫。 先輩たちの前で一気に二皿のフードを平らげて。 ダンボールハウスで眠って。 「おまえたち大丈夫なのか」 答えの変わりにトラが脚にアタマを擦りつけて。
猫たちの冬がゆっくりとすすんでいきます。 光りさえ 横殴りの松の震える日。 ひだまりに猫 玄関に犬 そして、もし 愛に満たされているとどうしても思えない時は そのふりをするだけでいい、という言葉をもらいました。 それだけですべては変わっていくから、と。
いいえ、ぼくは 満たされています。 だからみんな、 ここにいるのです。
いとおしい光が 哀しみすら蒸発させていく ひだまりのある「ここ」に
西原文適堂に「観音になった紫式部」を書きました。まだまだ歴史的な事実でわからない部分がありますが、想像力だけでどこまで書けるか一気に書きました。 メモはしてたんですけど、やはりお墓の存在を知ってずらずらずらと思いがでてきてしまったのです。
文中に書かれていませんが、もうひとつ小野篁が創建した寺が町三条にあります。矢田寺といいます。ここには炎の中に立つ地蔵菩薩像があります。 このへんも賑々しいそれこそ現在の京都の中心地です。
ほかの伝説で書こうかなと思っているのは、織田信長の「墓」です。つぎはコラムといよりもルポのようにしてみようと思います。 いつか、「魔王」がご本尊の鞍馬山のことも書けたらいいな、と思ってます。
紫式部と小野篁このことがずっと気にはなってたんですよ。とりあえず一段落。 これから詩に集中していきます。
ではでは。
御金神社。 「おかね」神社ではなく、「みかね」神社といいます。 街中にあってあまり知られていない京都を探していて見つけました。 まつられているのは金山毘古神。この神様は通貨や機械、道具を護る神様です。「かね」のものということですが、やはり「おかね」のご利益を求めてお参りする方が多いようですな。京都では唯一。 場所は西洞院通り御池下がる。洛中のど真ん中ですね。ふつう商売繁盛だとお稲荷さんか戎さんですけど、「御金」そのものというのもおもしろいですね。
昨晩はBS2でライブが2本。矢沢永吉30thのライブとサイモンとガーファンクルの1981年のセントラルパークでの再結成コンサートのライブ。 エーちゃんのライブ、わざわざアコースティックギターとストリングスを使って1曲。「A Day」。西岡恭蔵さんの詞です。 矢沢氏の曲はほとんど作曲はご本人で作詞にいろんな方を起用します。西岡さんの詞も多くて、昨日はひときわ西岡作品が多かったように思います。わざわざ「A Day」をハイライトにしたり。
西岡恭蔵さんはぼくにとってはDylan�兇寮床�さんです。大塚まさじさんとのデュオで大阪のシーンを引っ張っていました。春一番もその以前の大阪のフォーク・ロックのライブでも中心は彼らでした。 難波の喫茶Dylanにぼくも入り浸って、雰囲気を味わってはいました。
彼がどういう経緯で矢沢永吉という才能とコンビを組んでいったのかはまったく知りませんが、矢沢氏の代表曲のいくつかは西岡さんの作品です。前述の「A Day」そして「トラベリン・バス」。 「なりあがり」そして金を掴む。それがすべてだと。しかし、そうしか言えない人間というのがどれだけ寂しい存在か。矢沢氏はよくそのことを言いますよね。 持てる人間だから、というんじゃなくてやはり根本の所には「音楽でイキたい」ということがあると思うんです。 イキたい。生きたい。行きたい。活きたい。いきたい。そして逝きたい。
西岡さんが亡くなってもう3年が過ぎました。彼のの新しいウタはもう聞けません。一言も西岡さんのことに触れずに、矢沢氏は精一杯の弔いを彼流のおとしまえのつけ方としてやりきった。そんな気がしてしかたありませんでした。
いまさら、近況というのもへんでしょうか。 でも、近況。 散歩は相変わらず犬と。空を見たり桂を探したり、と視線が上を向いてることが多いです。時々、御所にも相変わらず行ってます。やっぱり朝の空気は格別です。 ぼくたちは林の中を歩いているんですが、砂利の道を歩いている方がおられて、なぜ緑の中を歩かずに通勤でもするかのように砂利道をせかせか歩くのか、ちょっとわかりません。まぁ、このみの問題でしょうか。
本。 「リサ伯母さん」山田稔。「猫舌三昧」柳瀬尚紀。のふたつを発注。 CD 「レクイエム」笹岡敏幸を発注。PE‘Zのライブはどうしようかな。 バンプオブチキンの新作はまだチェックしてません。これからウォンさんの作品がどんどん出てくるので待機状態ですね。20日にはクミコさんの新作も出るそうですが、ウォン・ウィンツァンさんと笹岡さんが優先しそう。 絵 とにかくモネ!!。良い本やポスター探してます。 モノカキ 作品市場に「胡麻屋の辻 弐」を今月中にアップすべく、いろいろと書いてます。 西原文適堂は「知られていない京都」シリーズでぼちぼちと。材料は今、ふたつ。 ただ今進行中です。
今日、ミメイさんの新作が作品市場にアップされました。引越しの最中にもかかわらずのアップです。刺激になりますね。 そんな日々であります。 ではでは。
今年は例年よりも冷え込むのが早いと見たのか、12月をまたずして薔薇の苗がお店にではじめました。 ちょっと意表をつかれた感じです。 早速、品種を見ると、なんとなんとマリアカラスがあるじゃありませんか。ほかにもプリンセス・ドゥ・モナコ、アンネ・フランク、宴、天津乙女、ブルーバイユーなどなど。 今年はいつになく多彩です。マリアカラスを買おうとしたら売約済み。くーっ。
店員さんによると、関西では今年マリアカラスがけっこう出回るそうです。と、いうことで鉢植えの今年のねらいはマリアカラス!!!
ところで、こないだここに書いた、裏の「猫の額」にはオールドローズを植えます。それは種類がさらに多くて選ぶのに手間取りそう。 色は深紅で絞っています。白にしようかとも思ったんですけど白い薔薇って難しいんですよね。背景とかと合わせるのが。周りが緑一色とかだと映えるかな。 うちの裏は黒と灰色が基調なもので。
朱色やピンクもいいなぁ。選ぶのが楽しくて、わざと迷っているという説もありますが…。 薔薇に関しては「病」です。胸騒ぎがしてきますからね。困ったような、嬉しいような。 ふんふん♪。
昨日の京都はとても暖かだったのですが、なんと黄砂が中国から飛んできていました。街中がなんとなく黄色に霞んで見えました。高いところからみるとはっきりわかります。 黄砂といえば春先の強い西風に乗ってやってくるのですが、今年は異例中の異例。気象台によると20年ぶりだとか。
今日も西風が強いですけれど、だんだん北風になってきています。けっこう吹いてます。雲が多いけれど天気は良好。紅葉は一段と進み今が見ごろです。
乾してあるタオルケットがとても気持ちよさそうに日の中で舞っています。街の音は少なめで、帽子をかぶった人が目立ちます。
コートとマフラーと手袋。流れる髪。 歩く人の、風に上げた顔のどれもがとても綺麗です。 光りが柔らかいからか。 風がしっかり洗っていくからか。 みんな、みえない清流の中を歩いているみたい。 軽い前傾をしてね。 中国の黄色い贈り物も影の隅々まで行き渡ったようです。 風が強くなると人の姿が船の帆を連想させるんですよ。
素敵な冬の日が過ぎていきます。
今日はとても暖か。風邪に苦しんでいた「通い猫」たちもヤマは越したようでほっとしています。目やにがすごくて、完全に目がふさがったのが一匹いたのですが、3日ぶりにごはんを食べ始めました。 ウチでは弱っていたり、病み上がりの猫にはスペシャルフードとして「猫ミルク」を作ります。生まれた仔猫に母乳の代わりに上げる猫専用のミルク。(人間用とか牛乳では下痢をしてしまいます。フード屋さんで売ってます。)
高脂肪高たんぱくで消化もよく、今まで何匹もこれで乗り切ってきました。今回も今朝、そのフラフラの猫に与えたら、無心で呑んでいました。さっき外を見たら日溜りでグルーミングをしてましたから、もうだいじょぶでしょう。 今年は急に温度が下がった日のあたりから猫に風邪が大流行。さいわい内猫たちは罹りませんでしたが、気をつけないといけません。
「文滴堂」で、「猫をいかすんぢゃ」と啖呵をきった手前、なにがなんでも守らなあきません。 明日から、また寒くなるとか。でも、全体に暖冬傾向らしいのでうまくいくと思ってます。
今日は知り合いの方が「還暦」の御祝いをなさるとか。ぼくもよばれておりまして、久しぶりに忙しく犬猫の段取りをつけてでかけます。 人が風邪ひかないようにしなきゃ。 ではでは。いってきます。
今まで特定の植物に心奪われることがなんどかありました。 熱が冷めたらはい、おしまい、というのではなく、かかわる植物が増えていく感覚で、熱中していったのです。
最初は椿でした。挿し木で簡単に増える椿。それをいいことにガンガン増やしているおばさんが近所にいたのが原因。それと椿が日本に広がっていく椿伝説に魅せられたといってもいいでしょう。ほとんど神話の世界ですが「市」の立つ所に必ず椿の樹が植えられていったという伝説。ほとんど目印のように。それを知ってからさらにのめりこみました。
椿は日本原産ではありません。中国です。ついでに言えば桜よりも梅がまず、日本の代表的な樹であったのでした。しかし、より大和、ということになると桜ですね。で、椿は常緑で強く、懸け合わせもわりと簡単にできるので市民レベルでいろんな品種を作っている方もおられます。
古代の人々は樹には霊力が宿ると信じていて、それぞれの巨木を信仰する慣わしは今でも残っています。椿にも何かある、といろいろ調べていて、まだ途上です。 丹波の山奥には樹齢千年といわれる紫の椿がありますしね。
椿をいじっていながら、どーんとはまってしまったのが薔薇。一度、あの花と香りを自分の手で栽培すると離れられなくなってしまいました。魔力がありますね。 はい、いまだに喜んで魔力とつきあっております。 薔薇も中国が原産といわれています。
椿や薔薇を栽培しながら、散歩で木陰を提供してくれる木々にも興味を持っていました。さいわい近所にはまだ、大きな樹が残っている寺などがあります。 京都はだいたい落葉広葉樹が主たる森や林だったのです。ブナ科の椎やこならや栃などの樹。ほかにも槇や栗なんかもそうですね。 常緑のクスノキや黒松といった鬼木たちもあるにはありますが、もともとはそうなのです。
こういう樹は硬く、腐りにくいので船や建築物に利用されました。とりすぎたんでしょうね今ではほとんどありません。 樹というものは商品価値が出るのに30年以上かかります。成長が飛びぬけて早い杉や檜でも15年はかかるでしょう。質のよい広葉樹はだから自分の代で植えて孫の代で使用できるという時間のスパンなのです。
即物的に金との交換のしやすさを求めるのなら、そんな事やってられません。杉でさえ乾燥させずに大工に売りつけたりすることもあるとか。 平安京造営、応仁の乱、豊臣秀吉の聚楽第と方広寺建築と続いた大量需要のためにあらかたの巨木が失われていったといいます。そして疲弊した戦後、国の政策で成長の速い杉、檜ばかりが植林されました。
いくら植林しても、海外の安い巨大な原木の輸入が止まることはありません。だから植林された杉、檜が成長してもこんどは売れないのです。 山はゆっくりと荒廃していっています。いつの日かふたたび人の手の入らない原生林に戻るのでしょうか。少なくとも100年以上かかるでしょう。
話しが少しずれましたが、それでもまだ古来からの日本の森が残っている所があるのです。白神山地のブナの原生林は有名です。京都では京大が演習林として確保したがために芦生の原生林が残っています。また、そういう森を残そうという流れが社会にも出来てきました。
そんな古来からの森のひとつに「桂谷」とよばれる場所があることを知りました。 実はその「桂」こそ、今、夢中になっている樹なのです。 京都には「桂」と言う地名がありますが、そこで「桂の樹」を見た事はありません。桂もまた、とても高い樹になります。やはり腐りにくい性質があって船や建築にばんばん使われたようですね。この樹がたまたま近所の家の庭に植えてあって、その葉っぱを透かして見た光に魅了されてしまったのです。なんとも柔らかな緑の光なんですよ。その家も樹ももうありません。
犬たちと御所や公園にいっても桂の樹がないかいつもきょろきょろ。 ないんですよね。なかなか見つからない。それが群生してあるというではないですか。山がとても険しくて入れなかったのと、お寺の境内のために伐採を逃れたとか。それは滋賀、京都、奈良の県境のあたりの岩間寺というところにあるらしいのです。興奮しましたよ。
日本特産。葉っぱの形がごく小さい林檎のような形をしています。人によると心臓の形といいますが。晩秋の今、すっかり落葉しているでしょう。 来年の夏、桂ごしの陽光を浴びに行ければ良いな、といまからわくわくしているのです。鬼が高笑い。
だいぶ辺鄙な所ですから、市内で桂の樹を探すウォッチングも、もちろん続けます。葉っぱがないと判りにくいかもしれません。木肌は灰褐色です。 どこかにないかな―。
ところで「桂」という名前。中国では空想上の樹で、月に生えてる樹のことを「桂」というらしいですよ。
昨日、京都・大原に雪が降りました。この冬の初雪です。 三千院、寂光院もうすく雪化粧。 水墨画そのもものの世界がひろがりました。
京都は市内と大原、鞍馬ではだいぶ気温差があります。車で20分走れば、まるで別世界に行く趣があります。冬が深まると特に。
その市内。嵐山も永観堂はじめ、紅葉の名所のどこもみごろになりつつあります。今日なんかいいでしょうね。
ところで近畿の日本海側と太平洋側の境界線がだいたい京都市北部のあたりだと思えるときがあります。山を越える峠からみるとまるっきり違う光景が見えますから。
若狭や北陸に向かう車はチェーンが必携になってきました。いよいよ冬です。
土曜日に楽しみにしている朝のテレビ番組があります。 「渡辺篤夫の建物探訪」。お宝自慢、金持ち自慢ではありません。 工夫し、考え抜かれた建物を通して生活が見えるのですね。先週の逗子の谷の奥に立てた家もよかったけれど、今日のほんとに細長い狭い家もよかったです。 嵌めごろしの小さな分厚い色硝子がとてもきれい。まんなかが上まで吹き抜けです。天井と壁の間がスリットになっていて天井が浮いたように見えるんです。もちろんスリットから採光。坪単価もとても安くて、とにかく考え抜かれたシンプルさに感心してました。
そのお家のまんなかにはケヤキの樹が植えてあって家の中を成長していくのです。 自在に切れますから樹の調整は簡単でしょう。で、ヒマラヤンが2匹!!! むふふ。猫です。3階の廊下からケヤキの葉っぱをくちゃくちゃ。樹と猫を内包した家。見ていて気持ちがよかったです。
さて、天気はとても神経質。明け方は激しく雨が降っていました。それから雲が山を越えては時雨れて、時に晴れての繰り返し。今は晴れています。 12月なみの気温です。雪にならないのが不思議なぐらい。
シンクロニシティーに関する素敵なメールが届きました。また、意識をそちらに降りなさいという、それこそ「シンクロ」のようです。 何か見つけたら書くこともあると思います。自分の体験、ですね。
昨日の晩は、あるラッパーにインスパイアされて、詩の心を思い出そうと、ボブ・マーレイのKAYAを繰り返し聞いてました。今、聴いてるのはネヴィル・ブラザースのブラザースキーパー。 「バード・オン・ワイヤ」。レナード・コーエンがオリジナルのこの歌をアーロンが素晴らしいファルセットで歌っています。
この歌こそ「詩の魂」に満ちていると思っています。ぼくが戻っていく大事な歌のひとつです。
Like a bird,free as a bird,free Like a bird,free on a wire,free Like a bird,free,free,free
鶴見俊輔さん。哲学者。京都在住。 哲学の著書よりもこの方のコラムやエッセイが好きです。最近、近代の大衆小説について語っておられる事が多くて、まったくその辺の知識がなくてちんぷんかんぷんなのですが。身辺雑記の事なども書かれるものもあって、それは好きです。 ある世代以上の方だと、かつて、ベ平連の立ち上げに参加された事でご存知のかたもおられるでしょう。
何故好きかというと、まなざしがとても優しいからです。視点を置く場所が常に庶民・大衆の側にあるということ。それを微動だにしない。 どちらかというと厳格な哲学者の風貌。(オヤジギャグなんかまずでてこないと思われます)だけど、接した人は皆、その優しさ。それも「徹底的な優しさ」に驚き感激されています。
ぼくは先生とは言葉を交わした事はないのですが、購読している田口ランディーさんのコラムに先生が登場した時は驚きました。あのランディーさんをして激しく感動せしめた鶴見さんの「ふるまい」。あぁこの事だったんだ、とうなづいていたのでした。
おもしろいと思った人の本は全部徹底的に読む。何故いいのかすべてノートに書き、よいところすべてに付箋をつけて、自分で考える。 対談では相手にそのすべてを語り、そして、みずからの責任において、絶賛するのです。その「責任」というところが重い。自らの全存在を賭けて他者を絶賛する趣があります。
これでは相手はたまりません。ひょっとして「誉め殺し」?。いやいや本気なのです。ぼくが見習いたいのはその「態度」です。「うそくさい」「馬鹿じゃないのか」、そんな言葉を忘れてしまうほど、堂々と没入してしまいたい。「嵌らなければ」わからないことがあるのです。 それで破滅するのなら潔くひき受ける。それぐらいの武士のようなたたずまいが鶴見さんにはあります。 だから、 ぼくは鶴見さんが「敵だ」と言った時の重みも知っています。だからこそ、人に「懸命」になりたい。 人を本当に好きになろうとすることを忘れちゃいけないな、と。
そんなことを思った朝でした。
この「散歩主義」を書いているので、他の場所にコラムのような文章はとても書けないと思っていました。 ところが「散歩主義」を書いた後でさらに書きたいことがあることを発見。もう、一もニもなく書くべきだ、と思いました。それも「公の場」で。 小さなメモでやがて忘れてしまうようではもったいない。緊張感を持って読み手を意識して書く。これと「メモで置いておく」のとでは天と地とほどの差があるんじゃないかと思いなおしたのでした。
もうひとつは書くことで考えられるから。人に読んでもらうことを前提に書きますから、何がどうなのかまとめなければならない。自分の考えも必然的にまとまってきます。この繰り返しはとても大事な事だと思っています。 書くことが好きで、書く事を続けていこうと思っている以上、「広い場所」に出る事をいとわないのは当然の事だとも思っています。
と、いうことでゴザンスさんにライティングスペースを申しこみ、目次とページをいただきました。ページの名前はいろいろ考えたのですが、お店のような名前にしておきたくてこうなりました。
書き出した以上は、なるべく書きこんでいこうと思います。こちらは毎日。むこうはもう少し日が開くかもしれません。 書きたいことはいろいろ。「散歩主義」同様によろしくお願いいたします。 リンクはうちのウェブサイトにつけようと思いますので、そちらから入ってくださいね。
| 2002年11月06日(水) |
紙の上の散歩〜「小林秀雄的野蛮さ」 |
「紙」。今日は新聞です。 署名入りの記事で面白かったのは、小林秀雄の「新しさ」を書いていた、石川忠司さんのコラム。「新しさ」というのはぼくの感想で、石川さんは小林秀雄の凄さは『「無教養」にある』と書いておられます。
漱石、鴎外など、明治の文学者達はその圧倒的な教養の上に文学を展開していた、と。しかし、小林秀雄の世代になるとその知識人の伝統は絶えており、そこで、教養を身につけた上で文学者になる、というスタイルをぶち壊して、印象批評を確立したのが小林秀雄だ、というのです。
学問でも研究でもない批評。批評的散文というのはじつに、小林秀雄が確立したといっても過言ではないでしょう。教養が身につくのを待っていない。石川さんによれば「無教養の上に開き直ったことが偉い」んだそうで。 そもそも教養の何たるかを論ずるにはあまりに浅薄なわたしではあるけれど、それこそ「小林的な野蛮」に近い感覚で「理解」できます。
モォツァルトを論ずるに、大阪道頓堀での通行中に天啓のように突然メロディがアタマで鳴り響いたんだ、というくだりなど、身震いするほどの迫力がありましたから。こんなことを、たぶん小林秀雄以前のクラシック批評家が論じてはいないだろうと思います。
これはだけれども、ぼくらの世代には近しい感覚です。手ざわり、実体感がなければ信用しない。あまりに嘘くさい世界を疑いながら成長してきていますからね。 たとえば矢沢永吉が、全然レコードというものを聞かないであれほどの楽曲を作り上げていった感性と似ています。
だから本を読むな、レコードを聞くな、というんじゃなく、自分の直観をもっと信じよう、というコトなんです。教養がなんぼのもんじゃい、書くのはおれっちじゃけんのう、みたいな。(どこの言葉ぢゃ)
本を読まなきゃ本の事はわからないし、ビートルズを聴かなきゃ天下のyazawaも存在しなかったんだから。自分が生きていく中で受けた感動にこだわる、と言ったら良いのかな。
今年から小林秀雄賞なる文学賞が設立されました。第1回の受賞者は斎藤美奈子さんの「文章読本さん江」と橋本治さんの「『三島由紀夫』とはなにものだったのか」のふたつです。ともに、題材を思いきり自分にひきつけていて、「おもしろい」。
「小林秀雄的な野蛮さ」…。とても面白い。
さて、毎週火曜日は書家・華雪さんのコラム「石の遊び」の日。 (だからね、火曜日は凄いのよ。夜は松本隆さんの番組があるしね。) この日の篆刻は「言」。短いコラムはなんと、詩人の吉増剛造さんの朗読のことでした。ぼくは彼のリーディングは一度「体験」して、ノックアウトされた経験があります。こないだ見た「詩のボクシング」の誰にもなかったテンションがありました。緊迫感といってもいい。言葉が文字通り吐き出され、こぼれ出してくる感覚。 やがてよじれて絶叫するからだと声と。それを想いだして背筋がぞくりとしました。この人はこうやって言葉を繰り出してそのまま死ぬんじゃないか、と本当に思いましたね。 華雪さんは「その夜はいつもより闇が深いと思った」と結んでいます。 まさに「小林的野蛮さ」でそれがすぐにビシっとココロにうがたれた私であったのはいうまでもありません。
| 2002年11月05日(火) |
今日も寒いです。PE‘Z聴いてます。 |
PE‘Zの「くがつのそら」というアルバムを聴いてます。 昨日の晩も一人で盛りあがってました。これを聴いてる人はそんなにいないだろうな、と思ってたら、サイトの掲示板にこられる方に愛聴者アリ。 「海に降る雪」をご存知。「akatsuki」もお好きだとか。 ぼくが聴いているアルバムに「akatsuki」もはいっています。
精神的なコンフュージョンに陥りかけてぶすぶすくすぶりそうになると、ナンバーガールの曲なんかわりとよく聴いてたほうなんですけれど、ナンバーガールは解散してしまいました。 ポップでカオスの塊で音のチカラに溢れているということで、今はPE‘Zです。
このバンドのグルーヴが大好きなんです。一言でどんなバンドかといったら、絶対踊りだすバンド。 くくりはジャズなんだろうけれど、イシアタマのおぢさんなんかは、ジャズじゃねェっていうだろうな。スカもびしっときめてくれるけれど、スカバンドというわけでもない。メンバーの面構えは完全にロックだしね。ぼくもスピリツト的にはロックを感じる。アルバムの11曲目なんか完全にイケてるロックですよ。
構成はトランペット・サックス・ベース・ドラムス・キーボード。 ジャズ界のひとつの流れでもある、グループのジャズの流れに乗っているようにも見えるけど、オリジナリティが強烈です。 東京の新宿や渋谷でストリートライブを続けてきたといいます。だからだと思うけど普通のジャズ・コンボと目線を置いてる所が全然違う気がします。 アルバムのライナーにメンバー全員が一言づつ書いているんだけれど、ベースのnireharad氏の書いている「どこに行っても異端だった」という言葉がすべてを表しているかも。
楽しむため、踊るため、パワーを爆発させる。ちっとも洗練されてない、おとなしくない。スイングの塊。 特に好きな曲は2曲目のmosquit−38。こんなマイナーのレゲェが好き。 だけど全体は火の玉のようにスイングしまくっています。
3曲目のakatsuki、8曲目のsong for Baffalo、11曲目のAmny、もよくて、12曲目のHale no sora shita というサンバは絶品です。
ご本人達「ジャズグループじゃなくてJ-ポップのインストバンドでいい」ときっぱり。腰の据わり方も気に入ってます。
でもね、これほどハイテンション、ハイエナジーの音楽こそ、もともとのジャズじゃなかったのかな。そんな気がしています。
そうそう、彼らをバックにしたポエトリーリーデイングが1曲。この詩は難解。 だから切ないっす。
今日は午前中に伸びすぎたカイヅカイブキの剪定。 よく垣根につかわれる木です。よく手入れしておくとこんもりとした形になります。それがねー、裏のほうなんだけど伸びて伸びて…。 冬になると太陽が南の空を回っていくので家がまったくの影になっちゃうのです。 洗濯物が乾かないし、野良猫が寒がるし。
だいぶ切りました。切るのは平気なんですが後始末が大変なので、ゴミ袋7つ分ぐらいにしておきました。細かく切って袋に入れておくと清掃局でも持っていってくれるのです。だいぶ日当たりがよくなって、12月か1月に薔薇を植える予定の「猫の額」が輝いてみえました。わくわく。
さて、それから今までの詩の中のいくつかを改稿してゴザンスへアップしようとしたんですが、全然できなくて困ってしまいました。なんとかしたものの、ゴザンスのシステムも「辛い」ところがあって組換えとか、変更、直しがあったら全部一からやりなおしなのです。
だから、ほとんど完全な原稿のスタイルにしてからの入稿にしなければなりません。時間かかりそう。 「作品市場」はコピー&ベーストで放り込めばいいんです。そちらにいれようかとも思いますが、出版権が1年間はポプラ社にあるので、思案しています。
次の作品もひとつは書けたのですが、遅いなぁ。これをどこに提出するかはまだ決めかねています。 こないだの婦人公論で佳作にしていただいた「噛む」という作品は手直ししてからサイトのほうにアップします。
昨日も駅伝、今日も駅伝。これから日曜日になれば駅伝かマラソンという日々。 ええ、フリークが身近にいますとも。うむむむ。
| 2002年11月03日(日) |
覗きじゃないですが…。 |
見事な天気に恵まれた日です。 京都の紅葉の名所は今週からもう、どこに行っても大丈夫でしょう。 ここのところの寒さで一気に色がつき始めました。
まだ緑の混じった紅葉もなかなかのもんですね。イチョウだけは「黄葉」というのですが、みごとに黄色くなっています。 昨日の朝、御所にいってたんですが、なんともすがすがしい空気でした。ちょうどいいぐらい寒くて澄みきっていて。地面に顔を近づけると草の匂いがして。
そうですねー。なんだかのんびりしてます。 なにかこーかなぁ。なんてね。ははは。
本、ですね。山田稔さんの短編集「リサ伯母さん」を発注してます。 京都在住の山田さんのこの本、絶対読みたいなぁ。読む前からいれ込んじゃって…。
あと、ananの増刊「クウネル」もおもしろそう。たぶん「食う、寝る」がコンセプトなんだろうけど、コンテンツ見てるだけで楽しそう。 川上弘美、江国香織といった人達の顔も覗くけど、それより面白そうだなと思ったのは、「『王国』の住人たち」というコーナー。 薔薇の絵をかく画家さん、フリーターの青年、子供に必ず1時間本を読ませる主婦の3人の部屋の紹介なのです。
なんだか人の部屋の中、見させてもらうの面白いんです。そのひとのこだわりとか趣味とか、その人の世界を覗かせてもらってるみたいで。
こないだテレビで見た、タレントの佐藤江梨子さんの部屋もすごく面白かったですよ。 なーーんにもないんです。なにも。見事なぐらいなにもない。 ベッドもなくて布団もない。毛布に包まって部屋の中に転がってる感じで寝るそうな。はんぱじゃなくなにもなかった。 「最近、寒いです」と。そりゃそうでしょう。 おやつはキャベツのちぎったものだし。
で、この人、某男性週刊誌に「サトエリの読書日記」というコラムもってるぐらいの読書好き。なんとも面白い方はいろんなところにおられるのだなぁ、と感心するコトしきりなのです。
ぼくの部屋も知らない人が見たら、びっくりするかも。犬小屋の中で人が寝てるからね。
いろいろな新星のことを。
まずは文字通りの「新しい星」。占星術師たちをホットにさせている星です。 冥王星のまだ遠くに太陽の衛星が発見されたのです。その名を「クワオワ」といいます。これは古代ネィティブ・アメリカンのトングヴァ族の言葉で「創造神」「天の守護神」という意味だそうです。 新しい星の登場は吉凶いろいろに判断されますが、ぼくが信頼を置いているジョナサン・ケイナーによれば、とても歓迎すべき星の登場のようです。なんせ「創造神」ですから。いいつたえによれば「クワオワ、クワオワ…」と繰り返し語ることで、その神性に触れることができるとか。 アファメーションですね。
つぎは日本ジャズ界の新星。グループ名をPE‘Zといいます。 今年のニューポートジャズフェスティバル・イン・斑尾で熱狂の渦を巻き起こしたといいます。 いわゆるジャズのコンボのような成立のしかたをしていません。ストリートから立ち上がっているんですよね。東京の渋谷や新宿のストリートでずっと活動していたといいます。 とにかくダンサブル!!たぶん原初のジャズはこういうものだったんだろうと思わせるストレートな音です。トランペットとサックスと管が2本。 もう、うれしくなっちゃうなぁ。 バンドとしては「即興演奏をなるべくしないで、Jポップのインストバンドでいいんだ」とのこと。目線が全然違うんですよ、今までのジャズコンボたちとは。 ストリートで自分たちの真横にいるジャズも知らない聴衆を相手に、自分たちもノリノリで表現を続けてきたものしかできない演奏、というか。
彼らのデヴューアルバム「九月の空」は10万枚を超えるセールスを記録したとか。受け入れられ方もたぶんジャズのコンボとしてではないでしょうね。 おもしろいですよ。
つぎは新星の話ではなくて、ぼくの話。 今年も含めてサイトで公開してきたすべての詩のうち、あるテーマで改稿した作品をゴザンス・ネオブックというところにまとめていくことにしました。 電子書籍です。ゆっくり作成していくつもりです。たぶん公開していきますから経過も作品も読めると思います。 まだ、登録したばかりで実際には動き出していませんが、動き出したらサイトのほうでお知らせすると思います。 ではでは。
昨日、自分の作品で評価されたものが、すべてすらすらと書けたもので、詰めて詰めてうんうん唸りながら書いたものでは決してないことを書きました。
それは一体なんなのだろう、とずっと考えていたのですが、やはり「モノ」と「コト」の関係なのかなと思うに至りました。 例えば「きれいな空」という「モノ」に飛びついたとします。すると、どんなに詳しくその空の美しさを描写しても、それがどういう「コト」なのかはとうとうわかりません。説明書きなんかだとそれでいいんですが、詩ではないですね。
「コト」とは自分の考えであり、作品にこめたい「なにか」なはずです。 だからそれがあれば、書くのは物凄く速いわけです。すべてがその「コト」に向かっていくわけですから。すらすら書ける。 ただ、その「コト」を何にするのかが難しいんですね。
力みかえった抽象的な「コト」をめざしても、「モノ」の扱いを慎重にしないと、まったくつまんない作品か、滑稽な作品になってしまいます。 じゃあ「コト」を決めるのはなんなのだろうと考えてみるに、結局それは「批評性」じゃないか、と思ったわけです。 世界を、風景を、人をどう見るのかということ。
ここで自分なりに小さな決断をしました。 批評性の原点として、自分を笑えるようになろう、ということです。 作品を読んでいただいて、アタマ抱えてうんうん唸るよりも、ははは、と笑えたり、ほっこりできるほうを選ぼうということです。そのためには、まず自分が自分を笑える批評性を持っておかないと。
え?もう、十分笑っているかな?
あ、それともうひとつ。自分にこだわらない。実はこれがいちばん大事なのかもしれません。
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