今年もあと4時間ぐらいで終わりです。 エンピツさんのスペースをお借りしてからのダイアリーは、1日も切れることなく続いてきました。今日はことの他忙しく、とうとう書けないかな、と思ったんですがなんとかPCの前にくることができました。
近くの神社では氏子さんたちが、かがり火を焚いて御酒を酌み交わしています。 ジャンもハナも、なんだか疲れたみたい。猫たちがぼくの来るのを待ってます。
犬と猫と、来年も今年と変わらない日々を刻んでいきたいと思っています。 みなさま 来年もよろしく。
2002年もあと二日。 何かと慌しいです。正月はなんといっても箱根駅伝だったんだけど、今年はサッカーの天皇杯です。京都パープルサンガが決勝進出。日本全国、ほとんど9割は相手の鹿島アントラーズのファンだろうし、勝つのが順当だと思ってるでしょうね。 京都ローカルだからなぁ。どうせ華もないしね。
この日記でも紹介した、松井大輔君。�癸隠亜�そして韓国A代表の朴智星。これを最後にオランダに移る朴と松井君は大親友だとか。ここに黒部を加えたスリートップもこれが見納めです。
AWAYのなかでどれだけ闘えるか。京都中のサンガサポーターといっしょに応援したいと思っています。 少なくとも、華のない雑草軍団らしさは出してほしいと思ってます。 がんばれー!!!
そういえば昨日、漫才のM−1グランプリがありました。去年、中川家がグランプリ。今年は「ますだおかだ」がとりました。 ぼくはフットボールアワーの方がずっと面白かったし、荒削りだけど笑い飯のほうが面白かった。こういうのは難しいですね。 審査員の松ちゃんもアタマ抱えてたしナー。
あすも、朝から犬たちと散歩です。冬の晴れた朝はほんとに気持ちがいいです。 ではでは。
| 2002年12月29日(日) |
プリンセス・ドゥ・モナコ |
年の暮れも押し迫り、何かとバタバタしています。 それでも、どういうわけか今日、薔薇を植えました。 名前はプリンセス・ドゥ・モナコ。かつてのモナコ妃、故グレース・ケリーに捧げられた薔薇です。1981年にフランスで作られました。
どうしても日陰になる場所なので、耐病性の強いものかオールド・ローズにしなければいけないなと思いつつ、一株だけぽつんと置かれていたこの株を買ってしまったのです。忙しいのに、今日買わないといけないという気になってしまって。 後で調べたら、この種は病気に強いのが特長でした。 色は白に近いピンクで、花の縁がピンクになります。ハイブリッドティー系なので四季咲きです。
1年の終わりに新しい薔薇。自分らしいとはいえ、少し苦笑い。 ほかの薔薇の作業は1月から本格化します。強い剪定はしたのですが、鉢がえが終わってなくて。
来年の5月にはいろんな薔薇の画像をサイトでお見せできればと思っています。 いままで「気」の弱かった土のところに、あでやかな薔薇を植えたので、もっと「気」をその部分に集めるように手入れに励むことになるかな、などと自分に期待してます。
薔薇が一つ、二つと増えていくとだんだん庭弄りが好きになっていくのがわかります。気になるんですよね。ハーブのような強さはないけれど、あの花の美しさに魅了されたら、毎日、株の状態をチェックしないと気がすまなくなってきます。
ところで以前に書いた「マリア・カラス」。ものすごい人気です。今はどこでも売り切れ状態。これは来年の楽しみにとっておきます。
今朝はほんとに冷えました。白い息をはきながら、朝の散歩。 サザンカが満開です。あと、まだ剪定していない薔薇は「フローズン・ローズ」。
園芸店では鮮やかな原色のプリムラジュリアンが目を奪います。 街の古くからの「よろずや」さんでは、棒ダラ、しめ飾り、蜜柑に御餅。そんな正月の主役たちが店頭からこぼれています。 寒いけれど、空がとても高くて晴れ渡っています。
学校が休みで、お父さんに自転車に載せてもらってる子がとても嬉しそう。 高学年の子は自転車部隊で街の探索。中学生や高校生はこんな住宅街にはいないか、家の中でゲームだろうな。
お昼はチーズトーストにして、biceさんの今年でたアルバムなんかを聴きながら食べてます。 さて、猫の相手もしてやろう。 ではでは。
あっ!!今日、自分の誕生日でした。また年とったナーー。
京都の「水」についていろいろと調べていて、5月の「葵祭り」に行き当りました。あのお祭りは「水」に対する感謝の祭りなのです。御所を出発した行列は最後に下鴨神社に到着します。ここで天皇の勅使が拝殿で都の水の安堵を神様に感謝するのです。今でも宮内庁の儀典の係りの方が烏帽子姿の正装で述べられていますが、口の動きしかわかりませんでした。声が聞こえないのは、まぁ、広いから仕方ないだろうと思っていたんですが、実はそうではないのでした。
勅使の方は「人に聞こえないように」しゃべらなければならないのです。人に聞こえず神様だけが聞こえるような「声」を出さなければいけないのです。
どんな声なんでしょうね。小さい声であることは確かです。呟きに近いのかも。 周りには聞こえないんだから、想像するしかないんですが、とてもおもしろいです。映像や実際の姿では大きく口を開いてはっきり発語している様にみえるのですが。
昨日まとめた、2002年の『私』。良く聴いた音楽家のひとりbiceさんの声。彼女の声もある意味、そういう声かもしれません。 もちろん人にも聞こえてきますけれどね。 宗教的な本の多くは「神は囁くように語りかけてくる」と書いています。たぶんそれは無音で頭に響くことに限りなく近いのだと、ひそかに思っています。
「啓き」とはたぶん、そのように訪れるはずだから。
夜半に車が融けた雪をかき分けるような音を出していたので、ひょっとしたら積もったかなと思ったんですが、朝、路面は鏡のように濡れていました。 車のボンネットやフロント。そして屋根の上に天から吹きつけたみたいに、白くうすく雪がはりついていました。 今日は寒いです。
そうそう大掃除第2弾、しましたよ。今度は窓。窓を開けるとジャンが大喜びで窓辺にかけてくるので効率の悪いこと。それでもなんとか。 今日ぐらい薔薇を買いに行こうかな、と思っています。 PCのメモリの増設もしたいけれど、どっちが先になるかなぁ。
「しまい天神」も終わり、京都も正月準備の各神社と寺のあたりが賑々しいです。 まったく報道されなかったけれど、今年の正月、「おけらまいり」で有名な祇園・八坂神社の拝殿は暴走族が大暴れして大変だったんです。来年はどうでしょうね ではでは。
こないだの「しまい弘法」に続いて、今日は「しまい天神」。毎月25日の市の年内、最終日。あいも変わらずなかなか外に出ることができなかったのですが、なんとしても「テンジン・カフェ」に行こうとがんばって見ました。ほんの3分ぐらいだったけど、相変わらずおいしい、ちいさなケーキを買って少しだけお話もできました。
サイトの「テンジン・カフェ」のページは、友人の方がプリントアウトしてくれたとのこと。ぼくが行けないあいだ、洗濯ロープにお菓子を挟んだりと、ディスプレイ頑張ってたみたい。もったいなかったな。 来年はまじめに通ってレポを書きたいです♪ (「テンジン・カフェ」については、ぼくのサイトの「TENJINE CAFE」のページをごらんください。)
このダイアリーはたいてい前日のことを書いて来ましたが、今日はオン・タイム。 さっきメールをチェックしたら、「2002年」を振り返った記事が送られてきてました。ゴザンスのテーマです。そう言えば締め切りが近いです。ぼくもなにが書けるかな。明日一日で仕上げます。
渋谷の皆さん。メリー・クリスマス!!
いい天気になりました。穏やかなイヴです。
昨日、吉行淳之介全集の第15巻が届きました。いわば番外編の最終巻です。 早速、読んだ事のない詩を読みました。鋭い。詩的衝動が出口を求めてラッシュしているかのような詩。独特の風景がアタマに喚起されます。
この本には氏がかかわった文学賞の選評が全て収録されています。 吉行さんは村上春樹氏を強く推していたのですね。はじめて知りました。だけど、こないだの藤井貞和さんのお話ともリンクしますが、李良枝さんをとても高く評価されていました。今更ながら若すぎる急逝が残念です。 彼女の作品を読みたくなりました。
吉行さんの作品で覚えのないタイトルが第4巻にあって、しかも解説が荒川洋治さんなんでこれが欲しいんですが、高いんですよね。だけど本はこれから高くなると思います。高くしないとたぶんペイできないんですよね。在庫を減らすために限りなくオンデマンドに近づいていく気がします。
ところで全集。宮城まり子さん宛の書簡のうち、吉行氏が焼却しなかったものがまとめられています。人の手紙を読むのはいやなので、ここだけはすっとばしています。22歳ぐらいまでの初期作品もまとめてあります。やはり吉行さんの散文はいいです。ていねいに読みたいです。
さてさて、わたくし、でありますが「ゴザンス」のテーマにあわせたものを書きました。テーマは「成人式」。式そのものは出たことがないので、成人についてのイメージを書きました。自分が「なにもの」かとして社会に出た時が成人と思っているので、そのように書いたつもりです。 年末のもう一つのテーマ。「2002年」。これももう一息。自分個人はとてもシンプルに過ごしたので、書くことがあまりありません。そんなことなどを書くと思います。
| 2002年12月23日(月) |
ミネルヴァのフクロウ。 |
ヘーゲルの有名な言葉に「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」というのがあります。これは、ある一国において富みの衰退期にこそ優れた学問や芸術が出現することを言ったものです。「ミネルヴァ」をみずからの組織の名前とするところもあります。
昨日、梅原猛さんが、このヘーゲルの言葉を引いて「創造」にかかわるものを叱咤するコラムを書いておられました。いったい戦後の経済的繁栄時代になんの文化を残してきたのか。もう繁栄の時代は過ぎ去って権力の虚しさだけを感じる国家と成り果てているとしか思えないという指摘から始まっています。
そして江戸時代の俵屋宗達、葛飾北斎のような世界の芸術家を驚嘆せしめるような芸術を戦後日本において誰が残したか。文学においては柿本人麻呂や紫式部、松尾芭蕉のような芸術を残した人がいるとは思えない。 戦後の日本は富みて精神は下劣になった、と。
梅原さんの言葉はいつも躊躇なくズバリと踏みこんでこられるので、反論もあるでしょう。ぼくもその通りかなと思います。ノーベル賞を別にしても、川端康成や三島由紀夫、大江健三郎…そうそうたる文学者がいます。だけどそこで、ふっと思ったのです。梅原さんはもっともっと「大衆」に根ざしている文学を考えているのではないか。 かつて、文学の可能性は大衆文学にしかない、と書いておられこともあったので。 文学として、むしろ「ウタ…唄」を想定しておられる気配すらするのです。
……。とまれ、状況をざっとまとめて、「しかし」とおっしゃる。 「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」と。今がチャンスだとおっしゃるのです。
ただし、条件があって『学者や芸術家は孤独に徹しなければならない』。 『とかくメダカは群れたがる』とは小林秀雄の言葉ですが、その小林秀雄も『日本という波風のたたないちいさな池に泳ぐメダカの親分だ』とばっさり。
梅原さんの叱咤激励は次のような言葉で締めくくられていました。 『時代の崩壊を告げる荒波のなかに身を置いて、孤独に徹して人間の行くべき道を考え、それを色や形や言葉で表現するしか創造の道はひらけないのではないか』
きょう知ったリルケの言葉とあわせて、その前のめりぶりに共感を覚えたのでした。 リルケの言葉 『書かなければ死んでしまうかどうか。それくらい書くことに執着がなければ文学はできない』
| 2002年12月22日(日) |
晴天のもと、今日は冬至。 |
気持ち良いぐらい晴れあがりました。 ずっと激しい雨だったので、ことさらに朝の散歩が気持ちよかった。 雨でぐちゃぐちゃになった外猫の居場所を少し手直し。年末年始用の猫と犬のフードのまとめ買いに行ってきます。
昨日の晩は800字の「小説」をまとめようと、いろいろと作業をしていました。 お題は「成人式」。 自分の体験や思うところをベースにするんだけれど、もうこれだけ時間がたっていても記憶に鮮明に残る事はありますね。やっぱり若いうちは心に刻み込むような体験をすべきだと思いました。肉体を使っていろんなことをやったり、いろんなところへ行ったり。あるいはいろんな本を読んだり、音楽を聴いたり。
後にはなにも残らない、ってよく言いますが、あれは嘘です。とことん楽しんだり、傷ついたり、激しく絶望したり、聴きこんだり、読み込んだものはアタマに強烈に残ります。想いのなかに、記憶の中に、どうやっても消せないぐらい。 何かの拍子にふっとフラッシュバックしたりもします。無意識のうちに自分の行動や考え方に影響は及ぼすし、これは死ぬまで続きますぜ。
「だからこそ」なんですよね。楽しまなきゃ。何も若い時だけじゃなく、オジサン、オバサンになってもワクワクしながら生きることは、溜息出るぐらい大事な事なんだな、と。
自分の過去を探るうちに、思いもよらずそんな結論に行き当りました。 若いことは素晴らしいことです。だけど、年とることも素敵なことにしたいものです。
今日は冬至。季節の折り返しです。
毎月、21日は東寺の市のたつ日。通称「弘法さん」。そして一年の終わりは「しまい弘法」。南区にはなかなか行かないけれど晴れたらいけるかな、と思っていました。そしたら土砂降り。今日は1日、雨のようです。
昨日は高知の室戸に頼んでいた「しそ茶」がダンボール一箱分到着。飲むひと飲むひとみんなに、やさしいお茶と大評判。京都にもあるらしいんだけど、おいしかったのは室戸の農家のものだったので、電話で直接頼んだのです。 呼吸器系とか「腎」の系にもいいみたいです。 今、それをパソコンの横に湯のみを置いて打っています。美味。 弘法さんに行けばおそらく京都産の「しそ茶」もあるんでしょうけれどね。
きのう大きい書店にいって、見るのを忘れていたものがありました。絶版になった吉行淳之介さんの全集。詩とか散文の入った巻の在庫が残っていたらなんとしても手を打っておくべきでした。忘れてました。これもネットで注文します。
よく降る雨です。年賀状の宛名書きかなぁ。 あ、そうそう明日は全国高校駅伝です。全国の代表各校が京都に来てます。カモシカみたいな女の子が毎朝、ジョグしてるんだけど、速いです。フォームがとても綺麗。西本願寺の前の旅館に窓から「農大ニ高」のでかい横断幕。どこの高校だったっけ。 …ということは明日も道は混雑。うーーむ。
さあ、「書き」モードで行こう。 昨日の晩からボブ・マーリィを聴いてます。今かけてるのは「KAYA」。いいなー。
| 2002年12月20日(金) |
十条へ、祇園へ、富小路へ |
昨日から、ジャンの調子が悪く、水や食べたものを吐くので十条の獣医さんまで連れていきました。それほど深刻な症状にはなっていなかったので、念のためにいったのです。少しだけ体温が高くてウィルス性の風邪のような病気が少し入っているとのこと。注射三本と薬を貰いました。
ひどくなってから行くのがいやなので、少しでも様子がおかしいと、すぐ連れて行きます。それにジャンはそろそろ老犬ですから、ケアは細かくしてやろうと思っていましたし。今、後ろで眠っています。
戻ってからこんどは自転車で祇園へ。「ごまや」さんにご用です。ひさしぶりに花見小路を抜け、長い坂道を登っていってきました。年末の贈答に評判がよいようで、店内、大忙し。あんまり「お話」はできなかったけれど、裏に生麩のお店があるのも発見。井戸の由来も知りました。行ったついでに「胡麻屋の辻」の取材もしていたのです。 新しいのが書けそうです。
帰りに、富小路の大きな書店へ。ほとんど街のど真ん中に出ないので、本もほとんど宅配です。書棚を見るのは久しぶり。ネットで検索するのに比べて、偶然の新しい発見があるものなんですが、やはりありました。 名前がはっきりしないんだけど『網谷厚子』さん(だったと思うけれど)の散文詩集。とても刺激的でした。買いはしませんでしたが。 いま、ある詩を散文詩にしようか迷っていたんで、とても参考になりました。
藤井貞和さんの詩集は全然なくて、たぶん売り切れたんでしょうね。狙っている本はすみやかにネットで買うほうが確実だな、と。
そこから家までわざと下町の道幅が2mもないような道を選んで帰りました。 冬の下町の露地から露地へ。なかなか面白かったですよ。
外は雨は降らないけれど、どんよりと曇ったまま。こんな日は、ふー、夜は年賀状作りでもしましょうかね。
「リサ伯母さん」 山田 稔・著(編集工房ノア) ちょっとづつ読んでいた本、今日の夜に読了しました。 不思議な感慨が残っています。
表題作をはじめ7つの短篇で構成されています。著者自身の日常から「物語」が立ち上がっています。それらは「老い」をていねいに観察し、自らも「老い」を自覚し、生きている中で得られている「コト」が書かれています。
物語は悲喜劇を内包したまま、淡々と進んでいきます。フッと切れるエンディングさながらに人生の幕が下りる風景が幾度も書かれます。 青年や壮年には描けないでしょう。死へゆっくりゆっくり傾斜していく日常をここまで捉える、その想像力はないだろうと思えるからです。
表題作の『リサ伯母さん』。「わたし」が記憶の中から引きずり出し、思い出すその「伯母さん」がいるのかどうか。そんな人はいないという「妻」の神経が壊れているのか、それとも「わたし」が壊れているのか。その揺れ。
『おとずれ』に書かれる、小説家へファンレターを送っていたという「わたしの妹」。そしてその死。もうすでに忘れられ風化された存在である一度だけの出版のための「わたしのペンネーム」宛に突然ファンレターを送リ続けてくる仮名の女性。そのイメージがどんどんだぶっていきます。 妹のお骨を抱えながら、仮名の彼女へ向かう気持ちが初めて高まり出していくところで終わるところには、何層にも重なった、書かれていない物語の余韻が響いています。せつないけれども明るさが差しています。それが不思議。
死と別離が淡々と語られ、時間だけがどんどんと過ぎていく。それに無理に抗う事もなく。身近になっていく死を、さりげなく見つめ、「わたし」とまわりを語る。 望みも欲望も小さく。しかし、ときとしてフラッシュバックする記憶にふかく揺さぶられつづける。そして、それを時として楽しみさえする。 そんな老い。 揺らぎを揺らぎとして受け入れ、人の死に学び、人を想い、老いを生きる、とでもいいましょうか。
なんども映画「存在の耐えられない軽さ」が思い浮かんだ『サッコの日』という作品。ラストの部分が素晴らしくよかったです。 「老い」るということからのメッセージ、それはかくも繊細に人を想い、暮らしを大切に生きること、たんに生きること。その「たんに生きること」のはらんでいる豊穣さに気づいてほしい…。 そういうことを受け取った気がします。
山田稔さんは京都在住。京大でフランス語を教え1994年に退官なさっています。ぼくは以前から、京都新聞での素敵なコラムを読んでいました。 文章がとても好きです。 作品としてはほかに詩人・天野忠さんのことをかいたエッセイなど。
このかたの散文を次に読もうと思っています。
昨日の夕刊、毎週楽しみにしている華雪さんのミニコラム。ぼくの知らない陶芸家ルーシー・リーさんのお話。彼女のことは作品をどこかで探してから、ということにして、興味を引いたのは「摩」という字についての簡単な記述。
彼女の「てん刻」も「摩」という字。そのカタチは「手でなにかをもむかたち」だ、と。そういわれて字を眺めると、しなやかな手首が見えてくるから不思議。
広辞苑によれば、「摩」とは「なでこすること、みがくこと」とあります。よく似た意味でつかわれる「磨」は「こすりみがくこと、とぐこと」とあります。 同じ「つくり」の下に、一方は「手」、もう一方は「石」。
「手」の方が時間がかかるけれど暖かな感覚がします。「石」には厳しい強さと激しさを感じます。
陶器というのは、石から切り出すのではなく、土をこねってつくります。なるほど「摩」という字がふさわしいかも。 ところで、「摩」という字にはもうひとつ意味があります。それは「とどくこと、せまること」という意味。「摩天楼」の「摩」です。
なぜること、とどくこと。かたや、けずること、すりへること。 なにかを創り出す、あるいは輝きを得ようとするやリ方。同じように見えても内在しているベクトルはまったく逆。 いやたぶん、同じように見えても、目を凝らせば違うのでしょうね。その輝きが。
話題変わって 今年の歴程賞(第40回藤村記念歴程賞)は藤井貞和さんの詩集「ことばのつえ、ことばのつえ」と幸田弘子さんの長年の「舞台朗読」にたいして贈られました。 藤井さんのこの詩集は素晴らしいです。その「ことばのつえ」の由来となった本も読むべきかな、と思っています。 李良枝さんの本です。
夜半に突然、激しい雨が降りました。 寒冷前線が通過したのです。 耳がおきてしまって、ずっと音に耳をすませていました。 ソプラノサックスを少し聴いて、いつのまにか寝ていました。
冬至まであとわずか、起きだす4時ごろは闇の中です。雨もまだぱらぱら。 朝の9時過ぎにさーっと晴れて、強風。寒さが早足で駆けてきました。 差しこみはじめた光に、叩き落とされた松葉が赤く輝いていました。
なにかが動いて、夜中に書いた詩を少しリライトしました。 詩人に送るつもりです。
きょうも空気が透明です。
昨日は大掃除の第1弾。本とCDと服の整理。服の整理はあっという間に終了。 問題は本とかCDなどの机周り。。あまりの多さに、急きょ「無印良品」に走り、パルプでできた本棚ふたつと、今使ってるCDストッカーの追加を購入。 だいたいは片付きましたが、CDはまだ残ってます。
とにかく物が多いので、自転車関係の古い本などをじゃんじゃん棄てました。だけど、どうしても棄てられないものがあったんです。それがノート類。仕事関係の昔のノートなんかはポイポイ棄てられるんだけど、もう色が黄色くなった小説の原稿。ウェブサイトに書きこむために準備したノート。古い詩のノート。それらはどうしても棄てられません。 それは昔からそうで、いってみれば棄てなかったので、今、サイトで公開している詩も存在するわけです。
小説の原稿はサイトでも公開していないので、このまま闇に消すこともできるんですけれど、一度見てしまうとできない。昨日もそうでした。 稚拙な原稿。ひとつはホラー小説のコンペでの落選作品。もうひとつはテレビドラマの原案としてプロデューサーの手にまでは渡ったけどボツになったもの。
もう、20年以上昔になるのかなー。黄ばんだ原稿用紙を読んで、ヘタクソだけど熱だけ感じて、数枚、紛失したのもあるけど元に戻しておきました。
いつかは棄てられる言葉たちだけど、まぁ、死ぬまでもっていってあげようと。 最近の詩のノートなどはまだまだアクティブです。ほとんど全開で公開しているからこちらの方が未練がありません。 小説の原稿も、またアクティブになることがあるかもしれませんね。
今日はマウンテンバイクのタイヤ交換です。「マウンテン」なんていっても、完全に街乗り仕様。スリックの細いタイヤです。これでまた、街を滑っていきます。 では。
| 2002年12月15日(日) |
ウェイン・ショーター・カルテット |
だんだん年末が見えてきて、あわただしくなってきました。そんななか、1日が終わって、さぁ、寝ようとしたところ、BSで今年のモントルー・ジャズ・フエスティバルのライブが始まりました。ふーん、と見てたらギターのノーマン・ブラウンのバンドが出ていて、それで見入ってしまいました。彼のギター、好きなんですよね。もともとモータウンのジャズレーベルからデヴューした人だったから、ソウル色は強かったんだけど、相変わらずのソウルのテイストでなかなかよかったです。
それが終わって、ほんとに寝ようとしら、なんとウエイン・ショーターのカルテットの演奏が始まり目が釘づけに。東京JAZZ2002でも、渋い演奏だったけれど、その時よりもコンディションはよかったよう。 ほとんどインプロヴィゼーションに近いフリーフォームな演奏で、とてもテンションが高かった。ウェイン以外は全員若手のばりばり。 ウェインも閃光のようなフレーズを聞かせてくれました。ウエイン・ショーターはジョン・コルトレーンとは違う語法で、同じような高みに達しようとしていますね。
彼のアルバム。どれか必ずミュージツク・レヴューに書きたいと思います。
タブロイド版・ゴザンスマガジン、メールマガジン・ゴザンスでおなじみのゴザンスからゴザンスの44人のライターによる「本」が発売になりました。紙の本です。
題して、インターネットライターズマガジン「GOZANS」vol.1。
ぼくも今、ゴザンスライター登録をしています。ウェブサイトのコンテンツにある西原文滴堂がその記事です。メルマガで届くようにもなっています。 残念ながら創刊号には参加できませんでしたが次の号からは参加したいと思っています。
ゴザンスのライターで、ぼくのサイトの掲示板にもきていただいているのは、ミメイさんとミーさん。今回はミメイさんの短篇小説「プリムラジュリアン」が読めます。ミメイワールドが堪能できますよ。
ほかにもコラムあり小説あり詩ありと多彩な内容。オンデマンド出版でのギリギリのコストダウンした価格です。一般書店ではなかなか手に入れにくいかも。 西原文滴堂の右上のリンクからゴザンスのサイトを是非ご覧ください。
ゴザンスでの電子書籍をネット上で公開できるように、ただいま原稿を書いている最中です。ウェブ上で公開している作品に手を入れてのものになりますが、ゴザンスで公開しているものもいつかまとめたいと思っています。
出版の新しい形「ゴザンス」にこれからも注目を!!
昨日、フォーククルセダーズの新結成 解散音楽繪をBSで見ました。フォークルといっても知ってる人は少ないだろうな。「帰ってきたヨッパライ」のメガヒットで登場し、いくつかのスマッシュヒットを出した後、その絶頂で解散したグループ。 オリジナルメンバーは北山修、加藤和彦、はしだのりひこの3人。当時も今も加藤和彦氏がいちばん有名でしょう。
でも、それはたぶんサディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦として。それと幾枚ものソロと。はしださんも今は「主夫」としての本がでているほどの独特の生きかたしてます。ぼくがいちばん「見たかった」のは硬派 北山修。フォークルのロジックと歌詞を担当。加藤氏はどちらかというと作曲にその才能を発揮していたと思います。 あの潔い、シーンからの撤退も北山氏がいたからだと思います。
さて、その新結成。はしださんは参加してなくて、アルフィーの坂崎幸之助氏が参加。これがぴたりとはまっていました。 たぶん、この歌のための新結成だろうと思っていた「イムジン河」の2002年バージョンが聞けたのがよかった。それもハングルで。
「イムジン河」は朝鮮半島の国境を流れる河。かつては放送禁止となった歌です。 曲のなかで北山氏がトークを挟みました。半島の南北だけでなく、社会の中で、個人個人の関係の中で「分断」の象徴として流れる河だ、と。 それをいつか、「渡ろう」というような内容だったと思います。
何曲かのアンコールのあと、「わたしは全部出し切りました。ここで退くのが男の粋だ」とあきれる二人を尻目にさっさとソデにひいた北山氏。解散の時といっしょでした。 ちなみに彼の作詞の代表曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」です。
京都で解散記念に冗談半分で作った「帰ってきたヨッパライ」が大ヒット。北山氏は医師になるべく京都府立医大の学生でした。お寺の息子だったがために龍谷大学にいた加藤氏はレストランのシェフになろうと思っていたそうです。はしだ氏は同志社大学にいて、彼だけは音楽を続けようかなーとおもってたとか。
北山氏はその後、九州大学医学部での精神医学のキャリアを積み、現在に至っています。そういえば「九大はおれのローリン・ストーン」と歌っていました。ちなみに坂崎氏は「有機野菜はおれのローリン・ストーン」。
ステージは終わり、フォークルとしてのステージはたぶん二度とないでしょう。 聞いていて、やっぱりこのグループのリーダーは北山さんだったんだな、と。 なんとも、潔い頑固者。
今日は江口達也さんの「家畜人ヤプー」の漫画化の事を書こうと思っていましたが、これはまた後日。
ではでは。
最近、しょっちゅう聴いているのがウォン・ウィンツァンさんと山本公成さんのデュオ「Earth Breeze�供廚任后� ピアノとソプラノサックスのインプロヴィゼイション。とても静かです。静かでしかも力強く脈動しています。
管楽器の特性。つまり「息」がここまで昇華されるか、という思いがあります。 そしてピアノという楽器の素晴らしさ。 きちんと調律され、適度な湿度のなかに置かれたピアノは、奇蹟のような音を出します。ピアノというのはほんとに微妙で、10センチずらしただけで違う音になる、とある演奏家の方からいわれたことがあります。
そんな楽器のプロフェッショナルにして、音楽による輝きと至福を目指した二人のコラボレーションです。 素晴らしいです。
「癒しの音楽」という言葉を、ウォンさんは慎重にしりぞけてこられました。 たしかにそういう要素もあるだろうけれど、さらにその先をいく音楽です。 「癒された」という人を拒否するのではなく、「そこから、未来へ」というベクトルを感じるのです。
そんなふたりのアルバムのなかで「Aquatic」という曲がいちばん好きなんです。 ウォンさんはほかのアルバムでもぼくを泣かせるけれど、この優しさはたまりません。そこにアーバーラップしてくる山本さんのサックスがまた素晴らしい。
詩や文章を書く時、この曲をリピートにして延々と流しています。通してだとなにも書けなくなるから、この曲だけ。
こういう音楽に出会えるというのは、ほんとに幸せなことです。聞かないでいるのと聞いているのとでは、たぶんまったく違う自分になるだろうことが、わかるから。
ウォンさんを聞くきっかけになった、ジャズトリオ、WIMの3枚目も近々リリースの予定だとか。そちらも楽しみです。 ではでは。
寒い朝です。 昨日、また髪を短くしました。ますます「高原」(コウゲンじゃないよタカハラだよ)してます。というか、ほとんどスキンヘッド。
昨日の華雪さんのコラムは「葡萄の色」のちいさなお話。ちいさいころ水彩画を習っていた華雪さんは、ある日、課題の巨峰を描くのに困っていました。 その時に先生がアドバイスした色は…。
最近、その先生の絵が展示されているというのである図書館に赴いた華雪さんは、先生描いた「たけのこ」の絵に同じ色を発見し、子供時代の記憶が色を通じて呼び起されたのでした。
その色はオペラというピンク色。例えば巨峰といえば藍色ですが、そこにこのピンクがさっと入ることでとても鮮やかになる。「たけのこ」の絵でさえとてもみずみずしく見えるのです。
これをこうやって、字で書いていると、嘘っぽいでしょう。葡萄にピンクなんか、ましてや、たけのこにピンクがあるかよ、と思うとのではないでしょうか。 でも、あるのです。 たぶん、見えない色を含めてあらゆる色彩がモノには秘められていると思います。
光と水と空気と隣にあるものなどで色は変わります。いつどこでどう見るか。 色の豊かさと移ろいやすさはともにあるものなのでしょう。
翻って、自らの言葉の場合、光源は外ではなく自分自身にあります。色でも感情でも、それらを表す言葉は自らが輝かさなければなりません。 それを突き詰めていくこと。
自分の色を表現すること。画家も詩人も似たところがあるのかもしれません。 ちなみに、ぼくの好きな赤はクリムゾンです。ウルトラマリンという言葉にはぴんとこないけれど群青という色は大好きです。
オペラというピンクも好きになりそうです。
| 2002年12月10日(火) |
「北部では雪、中部・南部の山沿いでも雪がちらつくでしょう」 |
これは、近畿地方の天気予報で使われる表現です。 北部というのは兵庫県北部、京都府北部、福井県嶺南、滋賀県北部をさします。 中部は京都府南部、兵庫県南部、滋賀県南部、大阪府、奈良県北部。 南部は和歌山県、奈良県南部。
これに三重県と徳島県、香川県までをカヴァーしてます。 さて、この京都府北部と南部の境というのが微妙なんですね。たぶん気象台では線引きされているんだろうけれど、山から下に下りたところが京都市なんで京都市の北部に線があるという人と、もっと南だという人がいます。
実際、京都市というのはかなり北部まで行政区分を持っていて、八瀬・大原・鞍馬・から中川・小野郷といった北山の奥まで京都市なのです。 だから市内でも全然天気が違います。 大きい街、例えば東京とか、大阪も違うだろうけれど、京都の場合は冬がとても特徴的。日本海側と太平洋側の境になっているんです。
分水嶺はかなり北です。堀越峠のあたりかな。下れば福井県というところ。そのあたりは昔の国名で言うと「丹波」です。京都市にいる人は「丹波」は北部、といいます。大原や鞍馬の人もあっちを「北部」と言います。まぁ、大して変わらへんと思うんですが…。
昨日、今日と碁盤の目の市内上空でくっきりと北部・南部が切れているのがわかります。寒波が強いとこうなるのです。 大阪の方はずっと晴れています。市内の真中ぐらいから北はチャコールグレーです。関西の私鉄のうち京阪と阪急に乗るとよくわかります。京都の方は灰と黒の混ざった不吉な空をしていますから。
さっき、雪がちらつきました。今は真っ青です。風が冷たくて、自転車に乗っていると少し痛くて、気持ちいいです。 ジャンの膝の薬を貰いに走ってきたのです。ジャンのかかりつけのお医者さんは十条という京都の南部におられます。伏見まですぐのところ。 そのあたりも今日は北部に仲間入りのようでした。
冬ですね。何もかもが透きとおっています。
寒波が南下しだして、東京では横殴りの吹雪。湿った雪だから路面はつるつるでしょうね。京都も冬らしい天気。冷たさが心地よいです。たぶん雪がちらつくでしょう。美山から北の丹波では雪が積もるかも。
うちの枇杷の木は花をつけてます。今、咲いていいのだろうか。なんだか不思議。 3度目の冬のアボガドはすっかり耐寒性がついたのか、みずみずしい新芽を出しています。レモンは寒さに弱いようなので鉢ごと屋内に入れました。ちょっと肥料が足りないみたいです。薔薇はお休み。今年は強い剪定をしたので、冬の薔薇はありません。できることなら今週末、新苗を植えたいです。
通いの猫たち。今のところ全員元気。寒波の中でダンボールハウスが役に立っています。心配なのは流行りの病。第一次の波は乗り越えたけど、冬は長いから。 ウチの中は犬も猫も冬をのんびり暮らしております。そろそろキキが去勢手術です。
日曜日は書評を読む日でした。井坂洋子さんが太宰治賞を受賞した小山内さんの「緊縛」の書評を書いておられた。あっと驚く結末だとか。ちょっと興味があります。
音楽はアースブリーズを朝に聴くぐらい。ソニーのサイバーショットのCMに「Jolly」が使われています。あれはアル・クーパーのバージョンかな。ヴォーカルが出てくる直前で切れるからわかんないけど、懐かしい曲です。
さぁ、今週も頑張って書くぞぉ。
あれっ、と思ったらぼくはメルマガを出していました。 「モノカキ」の一環、あるいはこの「散歩主義」に書ききれなかったものを書いていくつもりで始めた「西原文滴堂」です。
今日、ゴザンスへ何気なくアップする時、この「文滴堂」にメルマガ登録してくれている方が増えていることに気がつきました。 人数が問題ではなくて、特定の方のアドレスへメールの形でぼくの書いたものが届くというのは、とても刺激的なことでした。
ぼく自身、作家の方だと、田口ランディさんと池澤夏樹さんのメルマガを購読しています。ウェブサイトを覗きにいくのではなく、こちらにメールで来るのとではやはり感覚が違います。「届いた」という感慨は無視するほど小さくはありません。
ぼくの書いたものをチェックしたい。読みたい。そういう動きをしてくれている方がおられるということはたまらない励みになります。
今、ゴザンスマガジンの、わりと短い周期で定期的に出されるテーマにそったものを続けて出していますが、京都を掘り下げて取材したものなどのオリジナルなコラムも続けて書いていきたいと思います。 今日は詩もアップしました。
気がついてみると、作品市場、文滴堂、散歩主義、と三本の新しい柱ができています。「外に出ている」ものです。 足下を見失わないように、こつこつ書いていきます。 ぼくの出発点は「風待詩民」です。そのことを忘れずに。
ファーストフードに対してスローフード。 同じ意味系列でファーストライフとスローライフ。
そう書くとみんな田舎に引っ込まなければいけないかのようだけれど、そんなことはありません。どこでもできるライフスタイル。 じっくりとなにかを作り上げていけばいいのであって、焦りは無用。今書いている詩たちが向かうところも、そういう暮らしの中のきらりと光るもの、そこから空想の羽根を広げてはばたくものになればと思っています。
スローライフはだけど忙しい。いろんなことを全部自分でやらないと行けなくなる。しかも、「こだわり」ができたりする。それでいいんじゃないかと思ってます。たった一度の人生、面白がらなきゃ。
ところで ピアノとソプラノサックスといえば、ハービー・ハンコックとウエイン・ショーターの素晴らしいコラボレーションがありますが、ウォンさんと山本さんの二人の作品も素晴らしい。これを聴いているとなんだか心が端正になるような気がしています。気がするだけでも凄いし、たぶん顔つきも言葉も変わるでしょう。
昨晩は二人の作品をずっと聴いていました。
Earth Breeze�供織Ε�ンウィンツァン+山本公成 です。 (satowa music)
詩を書くヒントもみつけました。まだまだ「とらわれて」いた部分があったみたい。自分の特性にもっと素直になろう、と。 さぁ、書こう。
きのう知り合いが「友人が送ってきてくれたんだ」といって鯵のひらきの干物をもってきてくれました。これが神奈川・片瀬海岸の「鈴傳」のもの。
神奈川県藤沢市片瀬海岸の「鈴傳」は全国にその名を知られている、干物のお店です。ぼくらの間では「江ノ島の干物」と言ってますが。 これがおいしいんですよ。どうやったらこんなに柔らかでおいしくできるの、というぐらいおいしい。骨も柔らかくなってるしね。身はするりっととれるし。
いやー、おいしいものをいただきました。感謝。 江ノ島と京都はけっこう縁があって、江ノ電と嵐電(嵐山に行く電車)はタイアップしていたりします。ぼくは前にも書きましたけど、海に住んでいたら、間違いなくサーファーになってたと思います。それぐらい海が好きです。
関西だと白浜の方に行くか、高知と徳島の境あたりにポイントがあると思うんですが。ま、もう無理ですね。
変わりに選んでいるのが自転車。こっちも全然ロングライドができなくなってます。もう無理できる歳じゃないから、のんびりツーリングかシティライド。 年取ったら大型免許取るべき、とも思っています。モーターバイクのね。
あのマラソンの君原選手でさえ、今はハレーダヴィッドソンでぶいぶい走ってるんだもの。こないだの福知山マラソンでも50代の人が2人亡くなったし、その前の丹波高原ロードレースではぼくと歳の変わらない人がゴール直前で亡くなりました。もう、無理は出来ないんだから頑張ったらだめなんだと思う。バイクで見える世界もいいもんですよ。
だけどマイペース、マイペースといってもついつい飛ばしちゃうんだろうな。運動生理学でも急な激しい運動は絶対だめ、となっていると思うんですけどね。 どうしても頑張ってしまうというように、生きてきているからかなぁ。 そんな人はバイクに乗ったら中年暴走族になるのかな。「走り屋」みたいな。
ぼくも乗るなら50からもう一度乗りなおしです。ペーパーだけでモーターバイクには乗ってないから。スピードはロードレーサーで50ccを抜いたりしてたからわかるんだけど、自分の脚じゃないからなぁ。アクセル感覚は乗る以外に掴めないですからね。
というところで話題がごろん。 きのうの夜はウォンさんのホームページを詳しく読みこんでいました。なぁるほどということが多々ありました。 自分らしく、というのは簡単なことで、なにものにも囚われなければいいだけの事。だけどなかなかそうはいかないんですよね。だからみんな苦しむ。 自分のボディサイズに合わせて、出きることだけをていねいにやる。そのことだけでいいじゃないかと思いました。
いい作品というのはエゴをいかに棄てるかということと結びつく、という話は、我が意をえたりという気分。
こんなかんじで死ぬまでコツコツいきます。と、今本屋さんがノックしてます。ちょっと失礼…。おぉ、待っていた本が届きました。 「リサ伯母さん」 山田稔さんの本。編集工房ノアから出ています。短篇集です。
感想でも書けたらどこかにアップします。 ではでは。
| 2002年12月05日(木) |
ピアーノ、 ピアーノ |
そろそろ大掃除が始まります。いっぺんにやると収拾がつかなくなるので、少しづつやっていきます。といっても来週初めにまた寒波がくるらしいので、猫小屋の補強。薔薇の剪定と鉢がえ。まるで猫と薔薇の事ばかりみたいですけど、自分のものの整理もしないといけません。
特に本とCD。本は読まないものをつきつぎと本棚の奥に放り込んでくけど、本棚そのものがピンチ。時期が来たら、古本屋さんにださないと。 CDはそういうわけには行かなくて溜まる一方。ジャンル別、アーティスト別、でもう一度いれなおさないといけません。
CDはその日に聞くものを何枚か出して、それをリピートするのが基本。ふいに聞きたくなるのがその上に乗るから、しらぬうちに結構な量になります。一曲しか聴かないのもあるし。それが溜まりだすと収拾がつかなくなる。そういえばCDラックもいっぱいでした。うーーん。
今日はウォン・ウインツァンさんの古いのと、笹岡敏幸さんのレクイエム。フェビアン・レザ・パネさん。というラインアップ。みんなソロピアノです。 そのうちに人の声が聴きたくなるんですが。
ピアノといえば、自転車の国際ロードレースでは集団走行中に誰かがいきがってペースを上げると、すぐに声がかかります。「ピアーノ、ピアーノ」って。 テレビ中継見ててもその声が聞えてきます。はい、もちろん声の主はイタリア人です。イタリアっておもしろい。
イタリアといえば8日に日本人同士のダービーマッチだというんで、えらい盛り上がっています。ヒデと俊輔。どっちも今、絶好調。 チームの調子は、キング・ヒデのいるパルマのほうがはるかにいいと思うけど。 それにしても、天下のセリエAで、日本人がこれほどに取り上げられるなんて凄いなぁ。ほんとに二人ともたいしたもんですよ。
で、きょうは ピアーノ ピアーノ でいきます。「ゆっくりゆっくり」。 ではでは。
昨日は「烏」のシンクロを感じて終わった1日でした。 朝、ウィルさんと出会うきっかけになった烏。その烏はその後も仲間と一緒に電線に止まっていました。 そして届けられた夕刊の、いつも読んでいる華雪さんのコラムのテーマも「烏」。
不吉なものと忌み嫌われる烏だけれど、あの黒い色は太陽からきたからだ、という言い伝えを華雪さんが教えてくれました。また、アラスカ・エスキモーのトーテムの一つとして、智恵と強さの象徴ワタリガラスがいます。これは亡くなる直前まで星野道男さんが追っていたもの。
そんな「烏」の連続をぼんやりと線でつないでいたころから、頭の中で吉田美奈子さんの「CROW」が鳴り響いていました。アルバム「SPELL」の中の一曲。
都市の朝の象徴としての烏を冷静に突き放して歌われるウタ。 繁華街、享楽の街トーキョーの朝。欲望のままに生きるヒトを突き放しつつ、這いずり回りながらも生きる烏を、強さの隠喩のように歌います。
隠喩は複雑で印象はいくとおりにも分かれるでしょう。ぼくは吉田さんのウタに一貫している「孤独に生きる強さ」を感じます。そしてその強さへの共感として烏があるかのようにも聞えてくるから不思議です。
欲望のままに生きるものの代名詞としての烏。力強く生きぬく逞しさの代名詞としての烏。どらともとれます。 どちらでもあるのでしょうけれど。ぼくは後者のほうを特に意識します。
烏を強さのシンボルとして捉えた日本の歌をぼくは知りません。くしくもエスキモーの伝統と東京の歌姫の感性がオーバーラップしているのです。 だとしたら、汚れを引き受けて飛翔する魂を取り巻いている「場」とは…。
東京は極地と同じぐらい苛烈な場所なのだろうか、と思ってしまいます。 いや東京だけじゃない大阪もこの京都も、日本の都市すべてがそれほど苛烈な環境になっているのかもしれない。 極地では自然が、都市では人間が凶器となりうる環境…。
夜の中、烏をめぐる思いの糸はそこで切れました。
≪街は誰一人 おぼえてないだろう だから孤独で生きられると 強がりを言ってたあいつの言葉を わたしも今 呟いて見る。≫
歌に現れるリフレインが強いです。
今日は「ごみの日」。散歩を終え、掃除が終わり、食事を済ませて外の薔薇とかハーブの様子を見に出ると、ごみの収集ポイントが久しぶりにカラスの襲撃に遭っていました。ネットをかけたりしてなかったのです。
しかたないから、散乱したごみを集めるべく竹箒で掃除。近くの黒松の葉も落ちていたので気がつくと、その辺一帯、せっせと掃除してました。
ふっと人の気配がするので、顔を上げるとキャップをかぶった白人の老人がこちらを見ています。作業服の上下を着たその人は「ウィルさん」。 近くのカソリック修道院にいて、修道院につく形である高校の用務員さんです。 ウィルさんがせっせと道やら花壇の手入れをしているのをよく見ていました。
うちの近所は有名寺院や神社も多いのですが、カソリックの教会や施設も多いのです。この高校以外にも肢体不自由児たちの学園もあります。修道院も三つあります。
そのウィルさんがこっちを見てにまっとわらいました。手に地図を持つています。 Yah!といって地図を覗きこむと、赤いペンで丸をつけた寺院を指差します。 ああ、これならまっすぐですよ。返事がなく、にまっと笑っています。 「ゴーストレイト」といっても、うなずいてにこにこ。
地図を見るとほかの寺院にもしるしがしてあって、ずっとそれを廻ってこられたみたいです。 「ウィルさん」とは、その高校の近所を通るときにOBが声をかけていたので、わかった名前。もう10年以上、いつも修道院か高校の庭や道路の掃除や手入れをする姿を見ていました。
そう言えば、彼が口を開いたのを見たことがありません。近所なのに全然このあたりの地理を知らない。たぶん、修道院と高校の近辺でしか暮らしてこなかったのでしょう。 でも、何故。
修道院の神父さんはKIKIという柴犬を飼っていて、ぼくたちとあうと「おー、おおきなともだち!白いともだち!!」と大笑いするお茶目な人。ここいら一帯を歩き回っています。
その時、あることが頭に閃いて、ウィルさんを振り返りました。 猫背が見えて、とことこと参道を歩いています。 「ウィルさん…」と言葉を呑んだ時、彼が振り返りました。にこっと、手を振って。 「よい散歩を」ぼくは小さく呟いたのでした。
今朝は珍しく濃霧でした。まったく視界がなく、しかも冬至が近いせいもあっていつまでたっても夜が明ける気配がしませんでした。
昨日の晩はディアンジェロのfeel like makin‘ loveをリピートにして、いつのまにか寝てました。 今朝から坂本龍一+モーレンバウム夫妻のCASAをおりにつけ繰り返し聴いています。冬のボサノヴァというのもいいですね。
チェロとピアノとヴォーカル。ひかえめにアコースティックギターが聞えてくる、とてもシンプルな演奏。何度聴いてもいいです。
ゴザンスマガジンのテーマに、自分を放り込んでいます。今回は締切日を1日間違えたけれど、次のテーマにも参加します。 それにしても、ミメイさんは引越しの最中にコラムを1本書いてしまうんだから、たいしたものです。
800字の小説、というのは初体験でした。だけどこれは書き手にとっても、突き詰めていく作業がおもしろい、というかためになります。 今回は、少なくとも読んでくれる方がおられるということが、どれほど有り難いかつくづく思い知りました。 ほんとに皆さんに頭を下げて御礼をしたいです。
ゴザンスのライター達はそれこそ百花繚乱、ありとあらゆる分野の方が書いておられます。京都のタクシーの運転手さんで、365日、一日一作を続けておられる方もおられたりします。凄いですよ。
霧は晴れたけれど、昼から冬の雲が覆ってきました。 うーーん、そろそろ大掃除です。今年は網戸からはじめよう。まだ先ですけどね。 でも、あっというまにやる時がやってくるのですが…。
さぁ、のびーーーっと。 ではでは。
テレビでは福岡国際マラソンをやっています。いま、11キロ過ぎですね。
昨日は一気に「西原文滴堂」の原稿を書きました。自分で考えるテーマと別にゴザンスで定期的にだされる原稿募集のテーマに即したものと、二通りで書いています。今回の原稿はゴザンス編集部からのものでした。 「沈黙」というのは凄い力を秘めている状態であり、心の奥からの囁きが聞こえてくる状態でもあると思います。 それに思いをはせた時、真っ先に出てきたのが京都御苑、御所での散歩のことだったわけです。
今朝も御所に行きました。今日は曇り空だったのでピンクの靄は少し時間が遅れて現れました。それ以外、いつも出会う人、犬、植物は相変わらずでした。「相変わらず」と言いながら、実はみんな年をとっていっているわけですけどね。
ゴザンスのスペースで書かせて頂いているのですが、そのゴザンスの本がでます。 新しい本のあり方と可能性を追求しているゴザンス。この本を流通に乗せるのは大変なようです。ネット販売が既存のシステムの中にどう入っていくのか、泥臭いまでの努力が必要です。
実は、その可能性について今朝の散歩で話をしていました。絶対置けるのが一軒。 可能性が大きいのがニ軒。ただし、「おまえの本や」ということ。 それはまだ先。 自費出版扱いならばほかにも範囲は広がるけれど、ゴザンスという会社の話になるとどうか。そう、道をつければいいだけと割りきれば、ぼくが営業出来るんじゃないかな。うーーん、可能性はある。
ゴザンスの編集部に聞いて見ようかな。
そうそう、「作品市場」で「胡麻屋の辻 弐」が公開されました。読んでやってくださいませ。
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