●久しぶりに園芸店にいきました。あすから12月なので、ひょっとしたらと思ったら、ありました「薔薇」。ぼくは薔薇フリークに近いので、薔薇苗があると必ずチェックします。大苗の出荷が今から1月ぐらいまで。新苗が5月ころ。その時期になるとそわそわするんですよね。 株もだいぶ増えて、鉢変えしないといけないのもあります。地植えのものは剪定やら施肥ですね。 本格的に出まわってくるのはこれからでしょう。今日見た中では、「プリンセス・ミチコ」「プリンセス・チチブ」の苗が目立ちました。あとはもう植えているものもあって、驚くような珍しいものはありませんでしたが。
薔薇の新しい苗は毎年、テーマを決めます。今年は「つる」と「白」にして、「ピエール・ド・ロンサール」「ホワイト・マスターピース」のふたつがコレクションの仲間入りをしました。あと花の美しさから「プリンセス・モナコ」花数を増やしたくてフロリバンダ系も一種。 今年は二つ考えていて、ひとつは中国の原種に近い薔薇、China Roseの仲間。もうとつは鈴木省三さんの薔薇。 故・鈴木省三さんは日本が世界に誇るロザりアン。いくつもの傑作を世に送り出してきました。中国原産の薔薇、というのも彼の影響です。
日本にいて彼の創り出した品種を植えない手はないだろう、ということです。 狙っているのは「芳純」という作品。芳香が抜群らしいのです。同じ名前の香水まで作られたらしいですよ。 他の作品は「モナコ」と色が重なるので、考え中ですが、世界で最難関のコンクール「AARS大賞」を受賞した「光彩」も狙っています。名前に「光」が入っているのもいいなぁ。
行きつけのホームセンターは、優秀な苗を作る「京成バラ園」の苗が集まるので期待してます。オーダーしてしまうかもしれません。
と、毎年ここに書いては、違う品種を手に入れているので、どうなることやら。薔薇は一目惚れするものなのです。去年はマリア・カラスにふられたかわりに「モナコ」が手に入りました。今年も薔薇を手に入れるたびにここで書いていきます。
●ジャズなんですが、エリック・トラファズというトランペットを聞いて見ようと思ってます。ポスト・マイルスの筆頭とも言われるヨーロッパのトランペット。 コンボにピアノがいないんです。ピアノレスでコードの呪縛から逃れるんだとか。
●ゴザンスやこのエンピツで知りあった、ワタナbさんの編集しているサイト、「心太」のとあるページにぼくの作品が明日から掲載されると思います。 テーマをいただいて悩みに悩んで書いた作品です。確認でき次第、ここかサイトのBBSに書きこみます。
●先週はわりと書くことができたと思います。だけど投稿がとうとう間に合いませんでした。今、その詩を作っている最中です。
| 2003年11月27日(木) |
西田幾多郎の墓/インディア・ソウル/ストリートミュージシャン/歩いている途中で |
毎晩散歩していても、気がつかないこともあるもので、特にぼくの場合は空ばかり見て歩いていることが多いから 京都中に散らばっている、さまざまな石碑を見過ごすことが多いんです。
ところが空を見ないでそういうモノばかり探して歩いている人もいて、いつも同じ道で出会うその人から「西田幾多郎の御墓をご存知ですか?」と問われてしまいました。
妙心寺の塔頭のひとつにあるんです。 いつもその脇をすっと通りすぎていて、ぜんぜん気がつかなかったんですね。 おそらく近代日本を代表する偉大な哲学者の御墓が禅宗の総本山にあるとは。 ふーむ……。
で、それとは別に今、探している音楽のジャンルがあるんです。 きっかけはジャズ・ピアノの上原ひろみさんを紹介していたテレビのドキュメント番組。 彼女がボストンからニューヨークまでエレピを担いで、バスで通う道中、ストリート・ミュージシャンたちが写っていて、 たしか、今、アメリカで注目のインディア・ソウル、と言ったように聞こえたんですよ。
アコースティック・ソウルと呼ばれる人たちがいます。代表的なところではインディア・アリーがそうです。 だけど人名のインディアじゃなくてほんとの「インディア」。つまりインド音楽の要素を盛り込んだソウル・ミュージック。 それもアコースティックで。 アコースティックギターとドール(インドの打楽器)かタブラ、女性ボーカル。それともう一人ぐらいいたのかな。
なんともいえない雰囲気の音楽やってたんですよね。あれはいったいなんだ、と。 ずっと気になっています。
インド音楽には「バングラ」というのがあって(バングラディシュとはなんの関係もありません)これはインド北西部からパキスタンにかけてのパンジャブ地方の民謡と踊りのことなんです。 インドといえばこの音楽と思ってもいいぐらいです。 で、この音楽がイギリスやアメリカのインド系移民の手によっていろいろと加工され、ドラムンベースなんかも使ったりしてだいぶ変わったものとして 発展しているようなんです。 それのことかもしれませんね。
「ロード・オブ・リング」のサントラなんかにも入っているシーラ・チャンドラなんかが有名なのかな。この人は昔、イギリスで「モンスーン」というグループをやっていて、結構いい曲があったらしいんですけど、今では聴けません。 ジェフ・ベックがとりあげたNadiaの作者の音楽も聴いてみたいし。ネットでいろいろと調べているところです。
ストリートのミュージシャンといえば、最近、うちの近くの交叉点にもいるんですよ。 ぼくはじっと聴く方です。ちょっと遠巻きにしてね。 音楽がいいとか悪いとか問題外で、そこで歌っているということに打たれてしまうんです。まずね。 この表現への意欲。まずこれだよなぁ、と思います。
ぼくは音楽ではなくて「言葉」で表現を続けているけれど、原点は彼らと同じなんです。というか同じでいたい。そこからの目線を忘れないでいたいと、彼らを見て、聴くたびに思います。
わりと大きな交叉点で、南西の歩道と北東の歩道にいます。片方が女性、片方が男。これも散歩コースに折りこんでいるのです。
ストリートといえば「バンブー茂」が今度、京都駅前の広場でやるそうなんです。これは応援に行かねば。 彼らもストリートの感覚を忘れない人たちのように思えます。こつこつと自分たちに忠実に。彼らの姿勢からも学ぶ点は大きいですね。
今度のミニアルバムの「クロール」という曲。聴くたびによくなっていきます。 歌詞がいいんです。サカサイさんのギターソロも山さんの的確なショットももちろん。 だけど、どうもタケコさんの声にとらわれてしまったようです…。
さあ、明日からも歩こう!!
| 2003年11月26日(水) |
いろいろとおもしろそう |
今日はバンブー茂のミニアルバムのリリースの日。 「79℃の青」といいます。 タワーかHMVだと手に入ります。うちからだとどっちが近いかな。同じぐらいか。jeujiaにはないだろうな。この前の「橙色の馬」はおいてあったけど…。 「赤いキリン」と「クロール」という新曲ふたつと過去の曲のリミックスが二曲。もう、FMで十分聞いてますが、手に入れます。
本なんですけど、よしもとばななさんが絶賛していた岡本敏子さんの「奇跡」に興味があります。岡本さんは77歳にして作家デビューなんですが、あの故・岡本太郎夫人なのです。 作品は戦後から現代までの女性主人公が描かれているとか。よしもとさんは、若い人たちに読んでほしい、と。
そうかぁ、と思いながら朝刊をぺらぺらと読んでいたら、文化欄の極小不定期掲載コラム、「詩の風景」に井坂洋子さんが書かれていて、びっくり。 この不定期掲載コラムには鈴木志郎康さんも書いておられたことがありました。詩とそれに関する短いコメントの体裁です。詩はたぶん初出。
で、井坂さんの詩は故・田中小実昌さんの小説のフレーズを引用しつつ、高校時代の旧友との電話での語らいがテーマ。 小実昌さんとは、少し意外だったけれど、テーマをとおして語られているのは「自由」。やはり「自由」がここのところの井坂さんを読むキィになっているようです。
自由人コミマサの生き方に憧れた昔と、子育ても家事も落ちつき出した年齢の「わたし」、「わたしと旧友」に噴き出しはじめた「自由」が重なります。 電話で語り合いながらまるで高校時代のまま閉じ込められていたかのような二人が蘇ってくるんですね。井坂さんは「亡霊」と呼びます。 タイトルは「旧友の怪談」。
詩の全文を書き写したいぐらいですれれど。さらっと書いたその詩は、ゴザンスの女性ライターたちを思わせる内容でありました。
さてと、「79℃の青」をゲットしに行きましょう。 ではでは。
今日は朝から寒い一日。昼から雨が降ってきました。夜になっても降っています。 詩を一つ書いて、それからゴザンスへの原稿「ことばあそび」を投稿。 また、散文を書こうと思ってます。ただいま組み立て中。
きょうはバンブー茂の「クリームソーダ」をヘビーローテーションでずっと聴いてました。 昨日の後遺症です。ほんとによかったんですよね。 「クリームソーダ」はしっとりとしたバラード。 歌詞もとても繊細で気に入ってます。 残響のような響きのサカサイさんのギターももちろんいいし。
それを流しっぱなしにして、パソコンのディスククリーンアップやら、画像を削除したり。容量を空けないと危ないんで…。そしてまた書いたり…。 それから、新しいノートを始めました。
じつは京都市内で牛若丸関連の珍しい場所を発見して、いろいろと調べているところです。牛若丸、つまり源義経です。彼に関する、とある場所が、なんとなんと下町の袋小路にあったんです。
これは近所の人しか知らないだろうな。 いちおう片方には京都市の観光用の木の看板がついていたけれど、もう一つは人の家の中だから。 自分の住んでいるところとはいえ、京都というところはほんとに奥が深いです。 下町関連でいろいろと調べていきたいと思います。
ではでは。
| 2003年11月23日(日) |
バンブー茂・京都で熱演!!! |
バンブー茂のライブに行ってきました。 犬や猫のこともあるし、ライブのほとんどは諦めているんだけど、今日はうまい具合に都合がついたんです。昼という時間帯もよかったのかな。それよりもとても近くであったからというのが最大の理由でしょうね。 京都は昨日から寒くなりましたが、そんな中、自転車でさーっと同志社へ行きました。
二、三日前にたまたま通りかかることがあって、キャンパスで場所をチェックしておいた同志社女子大の図書館の屋上へ。図書館といってもここの図書館は地下式なので、屋上は常設ベンチのある芝生の広場のようなところ。ちょうど学園祭で(同志社では昔からEVE祭といいます)そのイベントの一つとして、朝日放送ラジオの「gogo indies」という番組とタイアップしてのライブです。
そりゃ女子大だから、ナースの餃子屋とかサンタの焼きそば屋とか、「対殿方用コスプレ」が花ざかり。ぼくなんか、そこここにいる父兄の一人(というわりには若く見えるらしい)という感じでふらぁっとキャンパスを歩いて、めざすステージ前につきました。すると、目の前をとても瘠せた、とても足の長い男が一人、ギターケースを肩にかけて去っていくところ。なんと、それがサカサイ氏だったのですが。
で、午後一時からということだったんだけど、どうもタイバン(もう一つの出演バンド)が、大遅刻をやらかしたみたいで、いつまでたってもライブができない。そりゃ、紅葉の時期の連休に、京都へ車で来るというのが、まず無茶。車で来るにしても、もっと時間の余裕を見なきゃ。インディーズだからこそ、時間は大事なのにな…。 待ちに待って、1時半に主催者が見切ってスタート。結局バンドはバンブーだけになりました。その方がよかった。
演奏はよかったですよ。とてもファンキー。われらがサカサイ氏のストラトも唸りを上げていたし、山さんのドラムもタイトでパワフル。驚いたのはタケコさんのボーカルで、声が前に出てくるんですよね。うーん、いいなぁなんて聴いてました。 ヴィジュアルでもとてもイカしていて、たぶんぼくの斜め前の男はタケコさんのおっかけだわ、それもあるやろね、なんて思うほど素敵だった。男二人はもちろんイカしていたし。
曲が進むに連れてだんだんほぐれてきて、ライブ空間独特の、あの磁場のような雰囲気がかもし出されながら、あっという間のエンディング。 これ、フリーなんですよね。つまりタダ。もうほんとにありがとうと頭が下がるのみです。
大学の学園祭はキャンパスのライブをフリーコンサートでできる特権と財政があるからね。是非、こういうのをやって欲しいな。でも、バンシゲを呼ぶとはさすが我が…。
感じたのは、まずエモーションの前提となるテクニックが抜群だということと、身心のメンテナンスに気を使ってるなと思えたこと。それだけ真剣にバンドをやっているのが、なんだか透けて見えて、ますますファンになりました。 さっきの時間のことでもそうだけど、小さいことをなめちゃいけないんだと思う。ひとつづつきちんきちんとクリアにしていけば、そこでこそまた新しい発見もあるのだろうし。
表現はどうだったかと言うと、なにをどうするかがきちんと整理されてる。ライブだからコンパクトにドライブの効いたアレンジというか、メリハリが利いていて、とてもタイトなんですよね。だからこっちに届きます。 それとライブはやっぱりヴォーカルなんだな、と。サカサイ氏と山さんがそのへんを徹底した組み立てをしていた。 タケコさんはCDよりもずっとずっとよかったです。
うん、ほんとに久しぶりのライブだったけど、バンブー茂はいいですよ。また行きたいです。
遅まきながら、京都市内でも紅葉が本格化しました。 紅葉の名所は、これからが本番です。特にあさっての朝はものすごく冷え込むらしいので、逆にレモンとかラン系の植物は避寒対策が必要ですね。
気温が高すぎるというのもそろそろ終りかな。たぶんネット上では明日あたりから、26日大地震説が再燃するでしょう。 今年の大きな地震はすべて奇数月の26日に起きているからです。
京都も安全ではなくて、東山連山は花折断層という活断層が走っていて、「必ず起こる」と言われていますから。 日本はどこといって安全なところはありませんけれど、壊滅的なものだけはなんとかいっぺんに来ないでほしい、と思います。 地震だけは人間でコントロールできませんからね。対策はできたとしても。
ここのところ、連続してネット上に作品をアップしました。まず散文の「光池」。それから800字の「誕生日」。そして詩の「逃げ水」です。 いかに集中するか、そのことだけをこころがけています。なるべくまとまった時間が欲しいんですが、なかなか…。 そう…30分でいいから作品のことだけにすーっと集中できれば、あとはその反復と繰り返しとでつないでいけるんですが。 とにかく「ごりごり」書いて、あとから整えていく、というかたちです。
「光池」は犬たちを書きたかった。「誕生日」はダイアリーで昔、紹介したことのある横浜の話を「リルウィン」にオーバーラップさせました。 詩の「逃げ水」を書いたときは、追いつめられていて、とにかく詩を書くということだけに熱病のようにうなされて書いたのでした。
顔を突きあわせている、いちばん身近な読者からは詩が評価されず。「光池」は絶賛。 その人たちが言うには 「あんたわね、素直なとこが良いんだからさ。そういうのもっと書いてよ」とのことでした。
ぼくは不器用なほうです。だから、バレリーナの人が毎日欠かさずに基礎訓練をしないと、すぐに踊れなくなるというような感覚を「書くこと」に対して持っています。 とにかく書いておくこと。欠かせないですね。 まとまらなくてもゴリゴリ書いておくことがとても大事なのです。
だから、書ける状態に自分を置いておくこと。そのことに最近は特に目がいくようになりました。 夜には書かない人だったんですけど、どうしても夜になる。夜に集中するとあっという間に夜中になる。次の日に影響が出る。これはまずいんです。 時間のやりくりについては、よく寝ることと、短い集中をいくつも創ること。それをテーマにやっていこうと思ってます。
あとは、読書ですね。なんといっても本読まなきゃ。お話になりません。 今、注文しているのは「狼さま」という本。 絶滅した「ニホンオオカミ」にとても興味があるのです。
音楽は相変わらずボカスカ聴いています。23日に同志社女子大にサカサイさんの「バンブー茂」がやってくるので、なんとか覗きにいきたいと思ってます。 26日には彼らの新しいミニアルバムがでます。新曲の「クロール」「赤いキリン」ともにいいです。
「バンブー茂」のCDはどのお店でもあるというわけではないので、ネットで買うのが一番速いでしょうね。今度もそうします。 もう、本もCDもネットです。年々、確実で速くて事故が少ないのはネットになりつつありますね。全ての分野で。
そういえば京都出身のインディーズのバンドのことを知ったんですが、名前が「ロットン……」。覚えていないんだけど、ここが「戦場のメリークリスマス」を猛スピードのタテノリで演奏をするらしく、評判だとか。 どんなんやろね。一度聴いて見たいです。
書いているうちにどんどん冷えてきました。そろそろお邪魔虫ですな。 おやすみぃ。 みなさまも風邪など、めされませんように。
| 2003年11月18日(火) |
寒い朝からバンブーな夜まで |
今朝は寒かったです。いきなり冬のまんなか、というかんじ。 京都は初霜がおりました。すこしは紅葉も進むかもしれません。だけど明日はまた「暖かな11月」に戻るとか。そして雨が降り、土日にまた寒くなるそうです。
京都の紅葉は遅れに遅れ、全然だめですね。大原・八瀬といった山の方でやっと、というところ。高雄の料亭の方の話では6年ぶりに酷いとのこと。 市内もさっぱりです。このままだと見ごろは11月末から12月になるんじゃないかな。もしくは暖かさで葉が枯れてしまうか。 うちの近所のケヤキは全部、枯れて落葉しました。
だから今朝の寒さはいいかんじ。久しぶりにぴりっとしました。
新しい作品を書いています。とても短いもの。それとブログの続編。 それから今日は養老孟司さんがUAのファンだということがわかって、なんだか新鮮でした。 ぼくも彼女はずっと聴いてきているけれど、片瀬さんの映画に出てきた歌。あれがものすごくよかった。だけどCDになってないんじゃないかな。 今度ベスト盤がでたらしいから、入ってないか確かめてみます。
それと、睡眠はきちんとした方がいいという説を聞いて愕然。 睡眠時間が6時間を下回る人は、高血圧が多く、糖尿病にかかりやすく、心臓麻痺や脳卒中などの血管障害が増える、と。
いま、知り合いの若い子がクモ膜下出血で入院しているんですよ。それでなくても若い連中の脳梗塞などの血管障害が多いんです。他にもいるんですよ倒れた人が。
それに、ぼくも一過性の虚血に陥ったことがあって、うわぁ、そうかもしれない、と。その子もぼくも、睡眠時間を平気で削る方だから。
睡眠不足はそれ以外に、精神活動に大きく影響していて、思考力、判断力が鈍る、と。例にあげるまでもなく、強制的な断眠は拷問やマインドコントロールの手段ですよね。 睡眠は大脳を休ませるのに絶対必要なんです。
脅しのデータとしてアルツハイマーにかかりやすくなるというのがあって。もう寝ます寝ます。何があっても寝ますというかんじです。 だけどいろんな用事でどうしても眠りが削られますよね。そんな時はイチローのようにどこでも寝ることにしてます。彼の体調管理の重要なファクターの一つに、常に「Myまくら」を持参し、移動の時間中など、スペースさえあればどこでも眠る、というのがあるんですよ。彼の打席でのしなやかな神経の反応なんかは寝不足じゃ絶対無理でしょうね。ぼくは座布団さえあれば寝れますが。
ぼくの場合「一人になったとき、きちんとものを書く状態」に自分がなることが、いま、最優先になるのかな。それなら睡眠という、自分でコントロールできるものはコントロールしようと思います。えー、これは松居秀喜の哲学の引用です。へへ。
きょうはバンブー茂のFMプログラムがある日なので、夜中に起きます。だもんでさっさと今から寝ます。
サカサイさん、山さん、タケコさんの話が面白いんですよ。FM京都で毎週火曜日、夜中の0時から1時です。
そうだ。よく眠る人の代表はアインシュタインだそうです。相対性理論もベッドで思いついたとか。 ではでは。
不況もここまできたか、という出来事が京都で起きました。 呉服問屋の老舗中の老舗、開業450年という「千吉」が整理に入ったのです。 従業員もすべて解雇し、債権者に説明会を開くそうです。負債総額4億円。
創業が1555年。室町屈指の問屋です。(室町というのは地名です)十二代目で、平成にその幕を下ろすこととなりました。 染呉服の本丸が消えるようなものです。 結局バブル崩壊からの不況に息の根を止められたわけです。
京都の呉服業界はずっと厳しいです。構造的な問題も大きいし、不動産などに商いの手を広げすぎたところがやられてます。 このままでは…。
西陣などで若い人たちが新しいことを始めてはいるようで、明るい話題はそれぐらい。着物にたいして若い人たちが関心を持ってくれたり、「染め」を手がけて見たり、そういう小さなところからコツコツやっていくしかないんじゃないかな。
そもそもが呉服は高すぎます。中間に入りすぎ。分業体制だけど、友禅の手書きの絵師とか、織りの職人さんとか、手間がどれほど安いか。聞いたらびっくりしますよ。ほんとうに少ない人だけになっていくでしょうね。着る人も創る人も。なんとかしなければ。
ぼくはジーンズのツギあてに帯の生地を使ってます。なかなかおもしろいですよ。 丈夫だしね。 ほんとはちゃんと和服着たいんですけどね。そんな機会が無いなぁ。 背が高いから人より余分に反物がいりますし…。うう。
ほんとに京都人は全員、和服を着るとかしないとだめかもしれませんね。 せめて市役所とか区役所の職員は着たらどうかな。 あかんやろなぁ…。
| 2003年11月16日(日) |
good night,sleep tight |
今日は早く寝ます。 今、エンピツの”My Enpitsu”をチェックしたら、昨晩、ぼくが書いたあとは誰も書いていない。 みんな疲れているんだろうな。忙しい日々だろうし…。そんな想像を勝手にしてます。
明日も4時に起きます。外猫が待ってるから。よくよく考えてみたら、連中がいる間、ぼくはどこにも泊りがけでは行けませんね。 ありゃあ。 ……ま、よしとしましょう。
昨日、ある人から松居慶子さんが帰国コンサート中とのことを聞きました。アメリカでは有名な方ですよね。CDの売上も素晴らしい。 分類では「コンテンポラリー・ジャズ・ピアノ」となっているそうです。ビルボードなどの音楽ジャーナリズムの中での話ですが。
ぼくは熱心なリスナーでは無いんです。ただ一枚だけアルバムを持っていて、”Dream Walk”というんですけど、それを聴きなおしてみました。97年の作品。いろんな意味で「なるほど」と感じました。
だけど、今日は寝る前にバンブー茂を聴きます。へへ。 ではでは。
あー、ほんとに早く寝よう。
| 2003年11月15日(土) |
夜になって雨が降り始め… |
明日はぐっと寒くなりそうです。 紅葉がすすみますように。
昨晩に決意して、今日、詩を一つ書きあげました。 また、みなさまに読んでいただけるようになれば、と思っています。
自分と対峙しつつ対話もする夜が続きます。 たぶん、ずっとこれを続けるのだろうと思います。
今晩はSADEのLover‘s Liveを聴いています。 このライブは、実は例の「9.11、NY」の直後のアメリカでのライブなんですね。 だから、たぶんメンバーの緊迫感は相当なものだったと思います。 テンションの高さが見事に昇華されたライブになっています。
外の猫たちの様子をさっき見てきました。みんな元気です。 家の中の猫も犬も、大丈夫。 人間が風邪なんかひかないように注意しなければ。
そろそろ詩の投稿もしないと。 気が早いですけど今月末には「バンブー茂」のミニアルバムのレヴューを書きます。 ブログの「リルウィン」には土佐犬が登場する予定です。
それにしても それにしても、モノを書くという事は、絶対にアタマを下げいてはいけませんね。 めげてはいけない。ネガティヴになるだけで、無数のアイデアが消えていくような気がしています。
やっと、という感じで寒くなってきました。 今年の京都の紅葉は例年になく、酷いです。これから順調に寒い日が続いてくれれば何とかなりますが、また20℃ぐらいの気温の日があったりすると、紅葉の前に枯れてしまうと思います。
実際、ケヤキが落葉し始めて、市内では気をもんでいるところが多いです。葉は全部赤茶けて、縮んでいて枯れています。イチョウは黄葉してそろそろ散り始めました。 もし、雨が降って寒くなるのなら来週あたりは見ごろでしょう。
今晩はSEALの�犬鯆阿い討泙后� 最近、いろんなところでこのCDのレヴューが出始めました。どれもこれも評価は高いです。 やはり、ほんものの優しさが歌に込められているからでしょうね。
昨日も書いた、悪戦苦闘中の原稿。さらにテンションを上げて、とにかく「こころ」をさらけ出そうとしています。SEALもROMEもWOMACも総動員で後押ししてもらって…。 たぶん書いたことのない、「脈」かもしれません。
きょうもこれから書きます。 ではでは。
| 2003年11月13日(木) |
新しいパワーをもらう〜another mind〜 |
今、上原ひろみさんの「another mind」を聴きながら書いています。 前にも書きましたが、とにかくこのアルバムは素晴らしいです。
テクニックが凄いのはもちろんですが、曲のニュアンスがとても新鮮でパワフル。タッチの激しさとスピード感に驚くけれど、実はとてもメロディアス。 今のところ言葉を超えてます。”いかしたジャズ”。
だけど彼女はだいぶロックも聴いてるでしょうね。キング・クリムゾンを感じさせる部分もあって、そう、硬質なんです。気持ちいいぐらいハード。 バックのギターも荒削りだけど面白いし。
ただ、なんと言っても驚愕すべきは彼女の曲のスケールの大きさ。作曲能力の高さ。全曲、構成も面白くてチャーミングで起伏に富んでいて。 ユーモアすら感じさせるし、どんどんハイになっていくのがわかる。
それに、いちばん素敵なのは 「私のゴールは音楽を通じて聴衆にエネルギーを与えることです」と言いきっていること。たしかにパワフルになりますね。 「この世の中でいちばん奥が深くて素晴らしいのは物事と人々の間のエネルギーが行き来すること」と語るだけあって、エネルギーの流れにとても敏感なようですね。自らに流れこんでくるエネルギーにも深い感謝の念を持っているようですし。
マイケル・ジョーダンやジネディーヌ・ジダンといったアスリートからも刺激をもらうという感覚。おもしろいし、なんだかわかる。
3曲目からは、キャッチ―でやわらかなブルースのフレーズも折りこみながらとても気持ちのいい流れになっていきます。 こないだのSEAL同様、またしてもうきうきしてしまう。 それにしてもこのピアノのうまさは尋常じゃないです。指が速いとかじゃなくてね、歌心が飛び跳ねている感じ。
いやー、こんな女の子がいたんですね。ほんとに怪我と病気にだけは気をつけて欲しいな。
11月26日には、サイトのBBSにも来てくれているサカサイツトムさんのバンブー茂の新しいミニアルバムが出ます。 彼らはFM京都の火曜日深夜のプログラムを持っているので、この新曲を聴いたんですが、これもよかった。「クロール」という曲はいいですよ。 さかさいさんのギターも響いてきて、夜中に「おおっ」と言ってしまいました。
実を言うと、今、ある原稿と悪戦苦闘中なんです。 失礼にならないように、自分のこころに引っかかりのないように、とにかくテンションをあげて長い詩を書いています。 ある「ひと」をずっとアタマに置いて書いているんですが、最初に書いたのを全部捨てて、もう一度アタマから書きなおし。
バンブー茂や上原ひろみさんから、それこそパワーをもらってこの身から火を噴く覚悟で書いています。 できあがり次第、報告します。
ではでは。
| 2003年11月11日(火) |
ケータイを持ったサル |
中公文庫から出ている、話題の新書です。 書かれたのは京大霊長類研究所の正高信男さん。故・今西錦司さんの直系ですね。 今西さんは、いわゆる「今西進化論」を唱えたサル学の創始者といってもよいかたです。
有名なフィールドワークがあります。 ある一匹の猿が芋を洗って食べるのを見て、その仲間が真似してみる。それで具合がよかったら次々と芋を洗って食べるサルが増えていく。で、ある一定の数になると、まったく離れたところにいるサルたちも突然、芋を洗って食べだす。見ていないにもかかわらず。
そういうことから、段階的に進化するのではなくて、種全体が丸ごとある日、一斉に変わるのだという説を唱えられた。 これはニュー・エイジの本などにもよく援用されています。ひとつのことを思う人間が、ある一定数になれば人はそこで変わる、というように。 このオリジンは今西先生の説なんです。そのことを断っている本は皆無ですが。
京大のサル学は徹底したフィールドワークに基づいていますから、説にとても説得力があります。今回のこの本の中でも一番のポイントもそういうところから導きだされています。 それは人とサルの大きな違いについて。それは「私」と「公」との使い分けが人間にしかない、ということです。そうすることで無用の争いや種全体の消耗を避けているわけで、人類の知恵といってもいいものです。
ところがここのところ、若者はサルに退化しつつある、と。 ところかまわずケータイをかける。どこでも地べたに座って何かを食べる。電車の中で化粧する。すべてサル化であると断じています。
私と公の区別がつかないということは、どこでもすべて自分の部屋の続きなんです。だから、スリッポンのかかとを潰して歩いたり、とにかくルーズにして寛ぎ、どこでもメシを食べる。大人社会に出ていくことを拒絶しているんですね。 で、それが平気でまかり通っている。
だからつまんないことで喧嘩にもなる。「自分の部屋」ですからね。まるでサルそのものです。 これについては、あまりにも子供中心の家庭の在りかたに問題がある、としていますが、とまれ、夜の散歩にいってみると、至る所にサルがいるんですよ。病院の正面玄関の階段にへばりつくように坐ってたこやきを食べてる。コンビニの駐車場に5人ぐらいが輪になって地べたに坐りなにかを食べている。それがいくつか。全部、制服を着た高校生です。男女関係無し。ケータイにいたっては自転車に乗りながらなんてあたりまえだもんね。 あの「買い食い」がどうこうっていうんじゃないんです。パン屋で食べるなら食べるで、食べようがあるでしょう。 少なくともその姿勢とか、顎の出かたとか、シルエツトがほんっとにサルだから驚いてしまう。
もうひとつ「クーコール」というのがサルにはあって、一人になると誰かが「クー」となくんです。するといたるところから「クー」「クー」と鳴き声が返ってきます。それがケータイをしょっちゅう覗きこみ、手放せない高校生といっしょだと。
確かにねェ…。街を歩いていてもそんな気がする時がありますからね。特にこの本を読んだあとは、サル化した人間がやたらと目につきますよ。
高校生諸君、だいじょぶかね。あ!中学生もね。
ハーモニック・コンコーダンスはまだ続いているそうです。 このあいだ書いたような宇宙の『徴(しるし)』なのだとしたら 精神的にありたい姿を念じたり、振舞ってみるのもいいかもしれません。
ここのところ、ゴザンスの一連の原稿を書いてはアップする作業をしていました。 ウォン・ウィンツァンさんの最新アルバム「海の向こう」を聴く事が多かったのかな。特にきのうのテーマに関しては流しっぱなしにしてたと思います。
このアルバムについてのレヴューはサイト内のBlogのほうにアップしていますから、関心のある方はそちらを読んでみてください。
たぶんウォンさんは、ソロピアノ、それもインプロヴィゼーションの演奏をこれからは中心になさっていくと思います。即興演奏です。 ライブでのそれをぼくは一度だけ平安神宮の野外コンサートで聴いた事があるのですが、精神性の高い澄みきった演奏だったと記憶しています。(これも感想をサイトにアップしました。)
インプロヴィゼーションはライブで聴くのが一番なのです。それはピアノという楽器の凄さも関係していて、CDではカットしてしまう周波数の音、それは耳には聞えない音なんですが、それが響き渡るんですね。するとやはり、人間の身体は水を入れた革袋でもあるので、身体が共鳴して振動している感覚がするんですよね。
音はもちろん耳で聴いて、脳で処理するけれど、もうひとつの身体経由の音の伝わる路があるとぼくは信じています。 で、それを体験するのはやっぱりライブなんですよね。なかなかいく機会がないけれど時間の都合がついて、またウォンさんの演奏や 好きなバンドやアーティストのライブを聞けたら、それはやはり凄いことなんだと思います。 その場にいるだけでも実は身体は反応しているという…。案外、脳のほうが反応が鈍かったり、「感じまい」としたりしているのかもしれませんね。
少し時間が取れそうなので、せっかくのこの時期なので、瞑想してみようと思います。 夜になりますが…。
京都はずいぶん寒くなりました。雨が冷たいです。
ついさっきまで来客7名。 この時間に一人になりました。
夜の散歩をどうしようか迷っているところです。 実は今、夜の散歩がとてもいいのです。
どこを歩いているかというと妙心寺の境内です。 大きなお寺で伽藍もしっかり残っています。 ここを北から南へ突っ切るんですが、昼間ははっきり言って生活道路 に使う人もいて、車こそ走らないけれど、妙にざわついているんです。 もちろん、たくさんある院の中に一歩でも入れば、禅寺独特の きーんとした空気が漂っていますが。
境内は通りぬけ自由なので、夜も歩けます。 特に月明かりの夜は壮絶なぐらい美しいんです。 昨日の晩も凄かったです。
月に照らされた空と月明かりの影になった大伽藍。もちろん空っぽの古い本堂の屋根裏に、しかし誰かが浮かんでいそうな気配。 そんななか、石畳を踏みしめて歩きます。
昔は、今のような街灯がなかったので、それこそ真っ暗。真っ暗な闇の中に点在する各院にはそれぞれ僧がいるのですが、その気配すらしなかったのです。 闇のなかに立ち尽くして耳を澄ますと、こそりとなにかが動いているの音が聞えて、おお、人がいる、と驚くような闇でした。
今はずいぶん明るくなりました。それでもまだ灯は少ないです。時折、帰りが遅くなった高校生や仕事帰りで帰宅を急ぐ人なんかが、ちょうど近道として、それこそ矢のように駆けていきます。
そんな人が行き過ぎると、またしん、として闇がじっと染みてくる感覚です。 時々この闇は1000年動いていないんじゃないかと感じます。 日々闇が繰り返されるんじゃなくて、千年前の闇の眼のようなものがじっと見つめているような感覚。
京都には古い寺がずいぶんありますが、昔の人がいる、と感じるのことが多いですね。そのままそこにいるのではなくて、「いる」と思うとたちどころに現れてくるような。
時間の実在の感覚を言葉にするのは難しいけれど、時間が見えるような幻想、結構好きなんですよね。ほんとに見えているように思えるんですよ。 お寺というのは不思議な空間です。
さあ、どうしようかな。
| 2003年11月07日(金) |
ハーモニック・コンコーダンス |
今年は占星術師たちにとって、まさにエポックとなる年でしょう。すでに人類はキリスト生誕以来では初めてという火星の大接近を経験している途中です。「闘争」の星の威力はかなり発揮されているのではないでしょうか。 今週末、またしてもドラマティックな出来事が星の世界でおこります。 まず月食です。日本時間で日曜日の午前中に起こるため見ることができません。しかしもっと凄いのが、「ハーモニック・コンコーダンス」です。これは6つの星(太陽、月、木星、火星、土星、カイロン)が六芒星(二つの正三角形を上下に組み合わせた形)を形成する現象です。多数の占星術師たちが、この星配列のあと人類の意識が変革すると予想しています。おお!凄いですね。
さてこの「カイロン」という聞き慣れない星はなんでしょうか。 1977年11月、太陽の周りを運行している小さな物体が発見されました。この星は土星と天王星との間にある広範な離心軌道を運行していたのです。 この星はカイロンと名づけられました。カイロンはギリシア神話に登場する半人半馬の生き物です。惑星でもあり彗星でもあるその星のありようからそう名づけられたのです。
占星術によれば、カイロンの占星術的影響により社会で変化が起きると、人類の精神性が高まる場合が多いといいます。 11月9日。はたしてなにが起きるのか。なにも起きないのか。少なくとも自分の目の前のことがらすべてに、いつもより注意をはらう態度でいるべき日ではあるようですね。
それとこれはもう一つ大事なことなんですが、占星術では最接近のその日だけとか、組み合わせができたその日だけという考え方はしません。じわじわとその影響は前から続いてきて、その日にピークになりまた、尾を引いていくと考えます。火星の地球への最接近がいい例です。だからすでに自らの精神性を高める出来事を見つけたり、遭遇した人もいるかもしれません。だからこの前後はなにかあるかも、とワクワクしていましょうかね。 その方が楽しそうでしょ。
ぼくは紅茶が好きです。味わう前にどこのどんな紅茶かを調べることがとても楽しみでもあります。紅茶にはそれこそ数えきれない種類とブレンドがあって、その由来を読んでいるだけで楽しいんです。同じことは珈琲にも言えるのだけれど、紅茶ほど熱心には調べません。産地の違い、豆の違い、ローストの程度の差、挽き方の違い、それと水。ほとんど店の個性にまかせています。自分の好みのブレンドをつくるほどではないんです。
京都ではイノダだとか六曜社のような有名な喫茶店が豆も売ってくれますが、たいていローストが深め。だからコクはあります。だけど少し口残りがして、さっぱりした味が好きな人にはこれがどうもだめみたい。…実は家のものがそうなんです。 ぼくは高校の頃からそういう喫茶店に入り浸っていたから、どうしてもそちらの味に慣れてしまっています。もちろん浅いアメリカンというのもあるけれど、さっぱりはしていても物足りなく感じていたからほとんど飲んだことがなかったのです。で、いいかげん共通して飲める豆はないものかと、探していたわけです。
京都という街は碁盤の目の中に限って言えば、広さのわりに自家製のパン屋と自家焙煎の珈琲「豆」屋が多いと思います。で、結構外れがないんです。 そんななかで、とても素敵な夫婦がやっている珈琲豆屋を探し当てました。場所は大徳寺の近所、北大路です。
とにかく優しくて、サービスがいい。料金は適正。ローストの腕も確か。仕入れている豆も良いものを選んでいます。 「京都から全国に発信する」 そういう意気込みをもって夫婦二人でやっているのだそうです。そう言うわりには脂ぎったところがありません。実はとんでもない男前と美女の夫婦なんですが。…余談ですね。
とにかくさっぱりしていて、しかもおいしいのをということで、店主と相談し、アメリカンタイプのすぐれもの「インド・モンスーン」を買いました。まるで紅茶のようなネーミングなのだけれど、出した珈琲の色もまるで紅茶のようです。 インドの西海岸産。アラビア海を渡ってくるモンスーン(貿易風)に晒して、なんと陰干しをした豆だそうな。挽いた豆の色は黒やこげ茶ではなく、白の入った浅い褐色。味は香り高く、とてもさっぱりしています。口残りなんて全然しない。煎りむらがない。ぼくはミルクを入れるのだけれど、ミルクを入れるとさあっと香りが立つ。それがなかなかのものなのですよ。とにかくあっさりしてはいるものの、アメリカンをみなおしたという次第です。
店主がしきりと「陰干し」を強調していましたね。何かの揮発を慎重に押さえているのかな。それと「モンスーン」という名前がいい。まるで風を封じこめたような色と香り。 あなたの近所に「インドの貿易風」はありますでしょうか。是非一度お試しを。 モカやキリマンが好きな方にはちょっとオススメできませんが。
夜になって雨が降り出しました。 紅葉がここのところ進み出した京都に冷たい雨が降っています。
紅葉はたしかにそうなんですが、一部では気温が高すぎて枯葉になっているのもあるのです。 最低気温がもっと下がれば見事な紅葉になるんですが、日中25℃近くまで気温が上がると葉が枯れて落ちてしまいます。一見、紅くなってるようですけど実は、そういう葉は濁りが入っていて汚いんです。
もう11月なんだからそんなに高い気温じゃだめなんだけどな。
今日はブロッコリーを収穫しました。大きさがどうかなと思ったけれど、花蕾(食べるところ)がほころびそうな気配だったので。 とってみると立派なものです。明日の朝、食卓に乗せます♪
そういえば、このまえここで紹介した新鋭ジャズピアニスト上原ひろみさん。デヴューアルバムがジャズとしては破格の大ヒットになっているそうです。なんとオリコン54位(それぐらいだったと思う)にチャートインしたというから凄い。
なんと16歳の時にチック・コリアと連弾しているんですね彼女。チック・コリア曰く100年に一人の天才だとか。またオスカー・ピーターソンが神の手だといって絶賛したとか。
ここのところ「神の声」だとかそういう人がやたらと多いんだけど、ぼくはむしろ、最近では肯定的に捉えるようにしてます。 たぶん、そういう人が集中的に出る時代なんだと思うようにしたのです。
なにか深いところから世界が、地球が、或いは人間が変わろうとしているのかもしれません。 変わるときは、意識しようがしまいが変わるものだから、たぶん振り返ったらあの頃、変わっていたんだと思う事になるのでしょうけれど。
上原さんのCDは今、品切れ状態。 で、売れた分析としては彼女が愛くるしくて美人だから、と書いてあったんですよね。 はっきり言って彼女の音楽は何十万枚も売れるほどのポピュラリティのあるものとは思えません。だけど、それでもいいんです。 結果としてその人の耳に彼女の音楽が届くわけだから。 人を立ち止まらせて、変えてしまう。それぐらいのパワーが彼女のピアノには秘められていると思えるんですよ。
一方、世界の暴力的な状況は泥沼になり、深刻さを増しています。国内ではわけのわからない理由で親を殺したり、子供を殺してほったらかしにしたりという事件が続発。 自分をしっかり持っていなければ潰されそうな時代でもあるんですね。
何かが変わる。 それは確実です。
来週はニホンオオカミの本を読もうと思っています。オオカミが益獣であったことをご存知でしたか? 日本ではオオカミは大神であったということも。
絶滅したニホンオオカミは望むべくもないですが、狼の血を濃く引き継いでいる犬にとてもひかれる最近なのです。
| 2003年11月04日(火) |
「カワイイジャン」という名前です。 |
ぼくのサイトに来たかたなら、我が家のピレネー犬、ジャンの存在はご存知かと思います。今、相棒のハナとトップページにいます。寝そべれば体長は160cmはあるし、体重は65kg。 今年10歳になります。
アメリカではグレートピレネーズと呼ばれ、イギリスではピレニアン・マウンテンドッグと呼ばれています。 原産はフランスですから、たぶん「ピレネーズ」でいいんじゃないのかな。
その名の通りピレネー山脈で羊の群れの番犬として飼われている犬をフランス王がパリに連れていき、今の形に作り上げていったようです。 最近はそういうヨーロッパ特有のかけ合わせる事で新種を作るという考え方に疑問を持ってはいるんですが、(例えば薔薇もそうです) いきものとして目の前に存在すると、無条件にかわいいし、うちに来たのも何かの縁と、いっしょに暮らしを分かち合っています。
「番犬」といっても歩くのは嫌いだし、のってーとしているのが好きですね。声が大きいし、よく吠えます。なるほどこれだと泥棒も入れないでしょうね。 大きい犬は老化がはやく、柴犬系の雑種のハナがやたらと元気なのに比べると、衰えは隠せません。それだけになおさら大事に大事に暮らせればと思ってます。
ところで話は名前の事です。最近気がついたんですが、みんなでよってたかって、「かわいいねー」とばかり言っていたものだから、どうもジャンは自分の名前を「カワイイジャン」だとおもっているようなのです。
「ジャン」と呼んでも反応はあるもののイマイチ。「カワイイジャン」というと即座に顔を起こします。ここのところ他の人たちもそれに気がつき始めました。 いやー、刷り込みというかなんというか…。 恐るべしというべきか。もしこれが変な言葉だったら…。
「カワイイジャン」。ぼくはこの名前、結構気に入ってます。
NHKの「日本美林紀行」を偶然見ました。 あまりに美しい照葉樹林に目を奪われていました。 樹齢千年になろうかというカヤの巨木がまだ元気にオーラを振り撒いていました。
宮崎県綾町。ここも戦後、日本中に進んだスギ、ヒノキのみによる改造林事業の波に洗われそうになったそうですが、町長の直観によりそれを回避。見事な照葉樹が生き残ったわけです。
町長の直感は、生命の多様性が奪われるという危機感。林野庁にはこの地方の有名な「黄金の鮎」と呼ばれる鮎が黄金ではなくなってしまうと説得したそうです。
鮎も清流も残りました。多様な照葉樹の付加価値は年とともに、その評価を高めるばかりです。綾町にはカヤの木による碁盤制作が事業として確立され、樹齢千年のカヤの木は1立方メートル4000万円の値がついたそうです。
森というのは一度失われると、まず回復しません。まれに回復する事があっても人間の三世代から四世代ぐらいの、 いや、ひょっとしたらもっと時間がかかります。 今は亡き町長は英断を下されたんだと思います。
日本でもこういう森や原生林の価値がようやく見なおされてきました。観光客もこういう森だからこそ行きたい、という人が増えています。 綾町はそんな波に乗って、流出する一方だった人口が逆転し、なんと過疎地域指定を取り消すまでになりました。
黄金の鮎は泳ぎ、なんと熊鷹が飛んでいます。熊鷹というのは森の食物連鎖のトップに立つものですから、多様な動物がいなければ棲息できないんですね。
繰り返し映される、カヤの木。その他の照葉樹たち。映像を見ているだけで身体とこころが解れていくのがわかりました。 で、そのバックに流れていたのがウォン・ウィンツァン(ピアノ)+山本公成(ソプラノサックス)のデュオによる、アースブリーズ�供�それもぼくがいちばん好きなAquqticという曲です。
照葉樹と透きとおった水とカヤ。まさにアースブリーズ。素敵なプレゼントでした。夜になってアースブリーズ�兇鬚發Π貪戞∧垢い討い泙后�
今、N響とピーター・ゼルキンのブラームスのピアノ協奏曲第一番を聴きながら、打っています。 まるで音の万華鏡のような演奏です。「多彩」という表現がぴったりですね。 ピーター・ゼルキンというNY出身のピアニストは、現代音楽の初演を精力的にこなしてきた人。武満作品なども弾いていますね。音もさることながら彼のピアノを弾く表情が大好きなのです。クラーク・ケントみたいだけど…。
今回は、曲そのものが激しい上に、ゼルキンのパフォーマンスが内側を向いているものだから、のめりこんでしまいます。 のめりこんで…気持ちいい。ゼルキンの拳が震えていたりして…。
それに先立つ数時間前、ウォン・ウィンツァンさんの「海より遠く」を聴いていたんです。ブラームスのこの曲とは対照的にみえるシンプルな演奏。 だけどシンプルな演奏ほど緊張して聴きます。というか緊張します。耳がぴんと立つ。今日も聴いていて全然違うように聞こえてきて、自分自身に戸惑ってしまいました。小さなフレーズが耳についてしまったり。
音楽が、ではなくてぼく自身のチューニングなのでしょうね。 まるで音楽は鏡のようです。ぼくを写す鏡。 ブラームスが聴ける夜もあれば聴けない日もある。あるいは、毎日聴いても聴くたびに違って聴こえてくることもある。
違って聞こえることがあたりまえになり、面白がるようになってます。 まるでその日の自分を確認するように。
昨日、書いた「わたなbしんご」さんから、「わたしの三枚」を書いてほしいというリクエスト?を彼のサイトのBBSからもらいました。
実は彼の「エンピツ」の日記の、ここのところテーマなんです。力のこもった力作です。 応えたいところだけど、書くとしたら鏡に映る自分を選んでみようかな、と思ってます。 もし掲載するのは、ブログやサイトじゃなくて、この最初は「散歩主義」になると思います。
だけどね、サイトやいろんなところで語り尽くしている気もするんですが…。 肌に貼りついてる思いで言えば、ニーナ・シモン。はつぴいえんど。ジミヘン。クリーム。バンブー茂。…。物凄い数のジャズ…。 日本のフォークもロックもあるし。
あんまり期待しないで待っててください。
今日は詩を三行。リルウィンをノートに1ページ書きました。
この「エンピツ」経由で知ることになった「ワタナb」さんがゴザンスライターとしてデビュー。鮮烈なデヴューです。素晴らしい詩でした。 力があるなぁと、思いました。
ゴザンスにもどんどんこういう人たちが入ってくるから、レベルが上がりますね。 ますます百花繚乱になっていく。 ピックアップされるような、そしてメルマガの読者に向けての良質なテキストを書かなければと思っています。
プログにアップしたものも回すし、分量的に長いものはしんどいので、「掌編」にもう一度焦点を当てて集中してみようと思います。
詩はほとんど投稿にベクトルを向けています。その集中が終わったらメルマガに回す計画です。
このところ音学づいていますが、これからも注目の音楽が続きます。バンブー茂のミニアルバムと上原ひろみさんのピアノ。 かなりタフな印象があるのですが、とても楽しみ。
自分の書いているものではリルウィンと夕顔の町を少しづつアップしていくこと。 そのためにも一番大事なのは、実は瞑想のような気がしているんです。 PCの前でじっと考え込むと言うよりも、やはり散歩。そして瞑想。 その時間が一番大事で、PCの前に来たら打つだけになっているほうがいいですね。
瞑想で人と犬と猫と街と…の幸せを念じます。決してぼくの、ではありません。 登場人物の幸せと…。
そんな具合の日々です。
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