散歩主義

2004年11月30日(火) 北山時雨、始まる

冬の京都ならではの北山時雨が降ったり止んだりするようになりました。
天気の基本は晴れ。北西の風が吹いていて、北山の向こう丹波、そしてさらに若狭のほうから雲が流れてきます。

寒気が強い時は低い雲が山から京都まで伸びてきて、細い雨を降らせます。弱まるとまた晴れていくという繰り返し。
空気はいつも湿っていて、洗い落とされたような感覚が街を歩いていても感じられます。

今日の午前中はその予行演習のような天気でした。

本は「森敦との対話」を読み継いでいます。
紹介される文学理論や読書のプログラムを読み、作家の生活のありようを読んでいます。
ここで、かつて紹介した「山手線が書斎」という状況も、奥様への配慮でもあることがわかりました。その奥様の病についても慄然とする思い出読んでいます。

また、もし保坂和志さんの「書きあぐ」を読んでいなければ、もっと読んでいて痛烈に感じるであろう部分も、つまり「書きあぐ」と重なる部分がかなりあって、なぞっているような感覚になることがあります。

それでも何より痛烈に感じるのは作家としての生き様でしょうか。
頻繁に登場する小島信夫さんのバイタリティーに驚いたりしながら。

だけどまてよと思う時があります。
この本を読んでいると否応なしに「お前はどこにいる」と自問してしまうのです。

ここに書かれている小説家たちのひたむきさに半ばあてられながら、森さんの言う「呼応」を考えます。
自分は一体、どこに誰に呼応しようとしているのか。という自問。

そして「命題」について。
例えば「命題」を「聖書」に求める人もいる。「論語」に求める人もいるし、「ことわざ」に求める人もいる。「植物」に求める人もいるし、「神話」に求める人もいるし、「普通の家族生活」に求める人もいる。

自分の奥深くにある「命題」はなんだろう。と、いう自問。
それをずっと考えていました。
自分の書いたものを並べて考えました。するとテーマや主題はいろいろだけれど、いちばんの底に「共生」という言葉がのこりました。

「共に生きるバリエーション」を書いている。と、意識してみると「そうだ」と答えが来ます。

ならば「呼応」はどうか。
好きな小説家
吉行淳之介、庄野潤三、保坂和志、平野啓一郎、江國香織、小川洋子…と次々とあげていっても「呼応」ということまでを考えたことはなかったです。
むしろ「絵画」「音楽」「詩」にはあります。
この作品に応えよう、と思い立つことが。

となると出会いは大切だし、求めていくことも大事ですね。
何を見るか。どう…
結局はどう、生きているかだ、と。

同じ自問自答を続けながら、それが太いものになっていく気もしています。

時間軸に沿った「密閉型小説」、「森敦との対話」の時間の流れに寄り添っていると、べつの場にいる「ぼく」が見えてきます。

この本を読んで、結局、強化されたのは自分への思いでした。
自分を引き出すのは自分しかいないんだ、と、いうこと。

では今夜の〆の音楽をかけます。
ボビー・ウォマック。


おやすみなさい。



2004年11月29日(月) 花模様

今日は花が増えました。
白いパンジーが4つ。オレンジのパンジーが3つ。それから赤いシクラメン。シクラメンは4年ぶりの新しい株です。それと浜菊。浜菊は葉の裏が石灰色で小さな黄色い花が咲きます。

冬の花として最近そろえだしたものと併せて、うちの前面は結構、花模様になっています。薔薇もプライド・オブ・イングリッシュがまだ咲いています。
これほどの花の多い状態で12月を迎えます。

それと並行して夏に枯れてしまったカイヅカイブキの整理も少しずつ進めています。高さが5メートルほどにまで伸びたものなので、上から少しずつ慎重に切り取っています。無理をすると隣家の屋根を直撃しますから。
あと半分ほどまで何とか済みました。

今聞いている音楽はジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマン。
腹の底に染み渡るテナーサックスとバリトン・ヴォイスです。

読み出している本は「森敦との対話」。
ちょっと読んだだけで、ぼくの日記の書き方はもちろん、文章の書き方まで変わりました。

未読の文庫本が待っていますが、森富子さんのこの本を精読しようと思っています。
次の作品も構想が立ち上がりました。たぶん、ずいぶん書くものが変わると思います。思っているだけで変わらないかもしれません。
が、いずれにしても、「ぼくがぼくらしくなる作品」にしたいと思っています。

おやすみなさい。





2004年11月27日(土) また一段と

朝の冷え込みが一段と強まって、京都市内の紅葉は、ようやくピークを迎えたような気がします。
昨晩の天気の荒れかたは、かなり激しくて、朝には銀杏の木がほとんど落葉していたり、松の枯れ葉や杉の枯れ枝なども道路に散乱していました。
大阪や神戸では木枯らし1号が認定されたそうです。

冬の花としてアザレアとパンジーを植えました。アザレアは初めてです。
シャコバサボテンがもうすぐ花を咲かせるぐらいまでになりました。シクラメンもじきに咲くでしょう。

最近、聞くだけで気分が悪くなるようなニュースが多いと感じています。
ひどいニュースばかりの時は、いつもより丁寧に植物や猫や犬に対していようと思っています。
人間はいうまでもないですが。
自分の気持ちまで荒みそうになりますから。

…ひどいことが続きますね。

そうそう、野良猫への「夜の湯たんぽ作戦」、今年も始まりました。今年はお隣さんに強力な「援軍」がいるので、うちはずいぶん楽になっています。
「援軍」の話はまたいつかできれば、と思います。
凄いんですよ。

ハナがあくびをしているので、そろそろベッドへいきます。
寒くなるとビターとくっついて寝るので、ベッドで身動きがとれません。
ハナも20�圓呂△蠅泙垢�らね。
首が寝違えないようにしないと…。

ではでは。



2004年11月26日(金) 夜の雨



水の飛沫が踊っている
背骨をまっすぐに
あなたを待って

優しい闇の透明な紙に
小さな踊り手の柔らかな肩が
線を引いていくよ

坂を上ってくる落下傘
ぼくを包んで
ほんとうに落ちていくのは
これから

夜へ
夜の雨へ



2004年11月25日(木) Walk on by

Sealのベストアルバムを聴いています。
タイトルは Seal Best 1991−2004。
UK Blackの匂いがぷんぷんするデヴューの頃の音。
アメリカに渡り、スティーヴ・ミラー・バンドのカヴァー曲を歌ったりしていたアルバムからも。
そして渾身の力作「Seal�検廚泙如�

ただ、サードアルバムの「Human Beings」からは一曲だけで、このアルバムがいかに重いか、ということが逆に伺えます。

ぼくが感じる彼の特徴といえば楽曲のスケールの大きさと突き抜けるようなフライト感覚。それとなんともいえない浮遊感ですね。もちろんこの声の質が最大のものですけれど。

そんな彼がこのベストアルバムのためだけに録音した曲があります。
それがWalk on by。
バート・バカラック作曲のほとんどスタンダードともいえる佳曲です。過去にディオンヌ・ワーウィックで大ヒットした曲です。

もちろん例によって凝りに凝ったアレンジです。ギターがとても良くて一瞬、サカサイ君を思わせるフレーズもあったりして…。
何せ元の曲がいいもんだから、何度も繰り返し聴いています。
耳に残るんです。

ベストアルバムはあまり買わないんですが、この曲だけのために買ったようなもの。その甲斐はありました。

今月は日本のアーティストも買おうと思っていて、矢野顕子さんの新しいのを聞いてみようか考え中。
「ホントの気持ち」っていうんだけれど、「くるり」の岸田君はじめ、京都の才能が参加しているもんだから。

ぼくが矢野さんのオリジナルでいちばん好きなのは「ニューヨーク・コンフィデンシャル」。カヴァーしている楽曲だと「塀の上で」です。

さてと「温かい雨」の続きを書きに戻ります。
ではでは。



2004年11月24日(水) 日々をかみしめて

犬と散歩していて、いろんな人たちと出会います。
今日は大学と古いお寺の間の道で遊んでいた、若い夫婦と子供さんが印象的でした。ゆっくりとしていて、にこにこしながら囁くように会話をしているんです。ごく普通の親子ですよ。遠くから見ていてもその雰囲気がとても良くて、近づいていくと男の子が子供用の自転車に乗って、その周りに親がいるのがわかりました。

かなり近づいても声が聞こえなくて、すれ違いざまに男の子と眼があったんですけれど、声がつまるぐらいかわいくて、思わず立ち止まってしまいました。フード付きのジャンバーを着ていて、そのフードが折れて、白い裏地がちょうど翼のように背中に貼り付いていたんです。おもわず「きみは天使なのかな?」と聞いてしまいました。

ご両親はにっこり。子供も。
ぼくもにっこりしてハナと坂道を下って行きました。

夜は「文庫本主義者」の旦那さんのスーツの採寸におつきあい。
個人で紳士服の販売をされる方がいて、この業界には店舗を持つ以外に、スーツケースと服地見本を持って顧客をまわっている方がおられます。
だから、すべてオーダー。もちろんありとあらゆる相談に乗ってもくれますが。

この業界は生地屋、仕立屋、営業とそれぞれ職人のプロがいます。そういう人たちがそれこそネットのような繋がりをもっていて、それはそれでとても面白い世界なのです。

採寸がすんで、紅茶とケーキでしばし歓談。彼が持参した生地はZENIYAの紺のヘリンボーン風。ZENIYAの生地は一級品で有名です。高価なことでも…。だけど素晴らしい生地でした。

いろいろと話をしていたら
「にしはらさん、『夕立三日』の彼女ってあえますか?」と。
実は、彼はぼくの作品を丁寧に読んでくれている読者の一人なのでした。
あ、あれは創作上の人物ですから、といったら、あー、そうかあ、と残念そう。

9月になくなったジャンの話にもなり、「光池」でグレートピレニーズというのを知りました、と。

いろんな読者の方がおられます。
こういうお話を聞くたびに、読んで頂いて本当に有り難く思います。
「光函」の読者の方に、いつも感謝の日々です。
そのことがぼくをまた創作の現場にすえる、原動力になっているのです。

彼が帰ったあと、そのようなことを噛みしめていました。



2004年11月22日(月) 山手線で書かれた小説

京都新聞に不定期連載の「文人往来」というコラムがあります。
タイトルのとおり、「文人が文人を語る」という内容です。ほとんど小説家が小説家を語っていて、いつも興味深く読んでいます。
ここでもたしか村松友視さんが吉行淳之介さんを語られている内容を書いたと思います。

今回は新井満さんが森敦さんを語るという内容。
面白かったです。
お二人とも芥川賞作家。森さんは「月山」で受賞された「伝説の作家」として有名です。新井さんは「尋ね人の時間」で受賞されていますが、作曲家としてご存じの方も多いと思います。

新井さんにとって森さんは『文学の師と言うよりも人生の師』だそうです。
二十八歳の時に「月山」を、勤務していた広告会社の仕事で森さんに会わねばならないという事情から初めて読み、『天上の音楽を聴くように気持ちのいい作品』と感じられたといいます。
で、初めて読んだその感動を伝えようと、スウィングル・シンガーズの歌う、バッハの「G線上のアリア」を持参したというから、新井さんも新井さんだけれど(凄い!)、「そうかあ」といって5回も聴いた森さんも森さん(凄い!!)です。

新井さんはコラムで「月山」を解説してくれます。
強調されるのは森さんの「客観的な視点」。新井さんは「宇宙媒介的自己遠望」と表現されていますが、例えば「月山」の冒頭での、天から見た庄内平野、月山、鳥海山、村と超ロングの視点からのズームインしていく手法ですね。
その空から、あるいは月から見つめる視点というのが、森作品では際だっていた、と。

それともう一つ、「対応」というものに非常にこだわられたそうです。
「生を通して死を書いた作品」があると「死を通して生を書く作品」を創る、といったふうに。
新井さんによれば
『それぞれの作品を合わせるとプラスマイナスゼロになるような世界を書いている』と。
それを「ゼロを目指す力」とも。つまりは一つの円環を創る力だと思うんですが、ぼくが思うには、それってつまり「曼荼羅」を書いているんじゃないかと思うんですが。

まさか円環つながりじゃないだろうけれど、森さんは小説を山手線の中で書いていたそうです。それに倣って新井さんは芥川賞受賞の発表までの時間、山手線に乗って時間を潰されたとか。

で、どうも「まさか」ではないようです。
「山手線に乗ると言うことは東京にゼロを描くことになります。そのゼロの中から生まれるものを待っていたのです」と新井さん。

二人とも、凄いなあ!!!!
最近森さんについての新刊が出ました。発注して待っているところです。









2004年11月21日(日) その一行を目指す

毎月のことながら、21日頃になると、あ、婦人公論だな、と思います。
投稿をしているから、当然といえば当然ながら、振る舞いまでがぴりっとします。
自分の結果はもちろん、井坂洋子さんの「論評」が気になるもので。

詩を書く姿勢を「評」によって「しゃきっ」とさせて頂くことがなにより大変有り難く思っています。

今回の評もずんっ、と響いてきました。
大事なところを抜粋すると

…
 詩はどこにあるのか。端的に言うと、人の思いや考えていることにあるのではなく、表現する段階で生まれてきます。その面白さのために書くのだと思うんです。あんまり簡単に書けたものは、これでいいのかと疑ってみる必要があるでしょう
…

この前段として「表現の衝迫力」「緊密感」「一行を一行たらしめる美学」というキーワードが「失われていないか」という問いかけがあるのですが、「詩とは何か」と考えた時に、手放してはいけない意識だと思うのです。

今回はジャンの死を突き詰めて、一生忘れまいとする詩を書こうと思って書きました。ずいぶん個人的なものです。
この思いも、実は詩そのものとは関係ありません。

詩はその、表された言葉で読まれ、評価されるものです。今回応募した「雷」という詩が、ひとつの「風景」として読み手の方に受け止められたら幸いです。

「風景」。もちろんそのなかに人も犬も山も空もあるのです。その描写を通じて読み手にエモーショナルな心の動きがあれば、それこそが僕の詩です。 

このことでも「文庫本主義者」とも少し話しましたが、結局、詩でなければ表現し得ないものを打ち出すべきだという結論になりました。
それはその通りなのです。
自分の中に、ひとつひとつ原則を決めて、そうやって書いてきているのも事実で、そのことを改めて強く意識しました。

なんのために、という問いは陳腐かもしれませんが、見失いたくないのは「自由」です。
好き勝手ではない「自由」。

また、書いていきます。




2004年11月20日(土) N`s jazz house vol.10


「DIG」

 真っ暗。
 いきなり飛び出したバップの音の塊を耳にした瞬間に感じた。
熱のこもった闇だ、と。壁でもなければ突き放すものでもない、じんわりと身体の中にまで忍び込んでくる柔らかで賑やかなジャズの闇。
 1951年10月5日、この日のセッションに招集されたメンバーによる音源の記録はこの「DIG」以外に知らない。リーダーはマイルス・ディヴィス。テナー・サックスにソニー・ロリンズ、途中で退席するけれどアルト・サックスにジャッキー・マクリーン。ピアノのウォルター・ビショップとベースのトミー・ポッターは手練れのバップ・ミュージシャンだ。そしてバンド全体の華やいだ雰囲気を決定的に演出しているアート・ブレイキーの派手なドラム。

 マイルスのディスコグラフィーの中では、ちょうど変革のきっかけの頃。バップからクールへ、そしてハード・バップへと移行していくスタイルのうち、クールからハード・バップへ移ろうとしはじめた頃だといえるだろう。マイルスの有名なプレスティッジ・セッションは本作の4年後になる。そして、若手のロリンズとマクリーンにもソロのパートをつくってフレッシュな演奏を引き出しているのも聞き物。それとなんといってもマイルス自身が吹きまくっている。

 マイルスのバイオグラフィーの中ではヘロイン中毒に苦しみ抜いている時期。ジャケットに写るマイルスの、こんな姿は他にないように思う。 いつもスタイリッシュな男の、実はいちばん苦しい頃だったんじゃないかな。
 (だけれどバラードの音は澄み切っている…。)

 時代が古いせいもあるけれど、録音状態は悪い。それでもCD化されて、よりオリジナルな音源に近くなっているんだと思う。それに何故が分割されていた最後の二曲がくっついて、CDでようやく「10月5日セッション」が通して聞けるようにもなっている。そんな音は、アナログ一発録りのセッションでなければ発生しない緊張感と一体感に溢れている。ルーズでレイジーで「自由」で、しかもコンセントレートしている。とにかく「イカしてる」。なんだか「懐かしい」気分になる部分もあって…。

 ぼくのフェヴァリットは4曲目のBLUINGと7曲目のMY OLD FLAME。前者はマイルス、オリジナルの深いブルーズ。後者はスタンダードのバラードでともにマイルスのソロは絶品。
 いろんなスタイルのマイルスがあって、そのすべてを聴くし、好きだけれど、このころのマイルスはほんとにいいと思う。

 負けない、ということ。躯は潰れてもハートは絶対に潰されない、という演奏。
貧乏でクスリ中毒で、それでも前のめりで進んでいく姿。馬鹿馬鹿しく見えるだろうけれど、ぼくは好きだ。
 「DIG」、名盤です。

*「DIG」 マイルス・ディヴィス featurring ソニー・ロリンズ
(プレスティッジ)



2004年11月19日(金) バンブー茂の解散に寄せて

大好きだったバンド、「バンブー茂」が解散することになりました。
彼らの公式ホームページでは、プロダクションサイドからと、彼ら名義とで声明が出され、メンバー三人からのメッセージも掲載されています。

「解散」
というのはどんなグループにもつきもののこと。ショックはあって当然だけれど、「再生」というイメージでしか、ぼくは「解散」を見ないことにしています。

二十歳前のいちばんのショックは「はつぴいえんど」の解散でしたけれど、その後、メンバーそれぞれが新たに活動を切り開いていったし、そのことによって「はつぴいえんど」というバンドは「不朽」になっていきました。

もうひとつ。京都で70年代初頭に青春を過ごしたロック少年なら誰もが、どきもを抜かれっぱなしだった「村八分」の解散もありました。
こちらは不思議と「そうだろうな」とすぐに納得しました。デッドエンドの匂いというか、爆発してしまった余韻のようなものはわかりましたから。
それに、いつ空中分解してもおかしくないような危険な雰囲気はずっとありましたからね。

ジャズだとメンバーの入れ替えはしょっちゅうです。パーマネントなグループというイメージはピアノトリオに多いぐらいじゃないかな。


それと最近経験した解散では、ゴザンス編集部の解散があります。
これこそ、「その後」については、かかわった書き手一人一人の問題で、すでに「卒業」を宣言している以上、前を向く以外に道はありません。

で、今回のバンシゲの解散。…本当は悔しいです。
これだけ優れた曲が作れて、あんなにイカしたステージができるのに、なんでやねん!!
というのが本音。
だけどファンにはわからない部分が、当然あって、メンバーの三人がこれからの活動を進めていく上でベストだとチョイスしたのが「解散」なのですから、ファンとしてはただただそれを支持し、今後もフォローしていこうという気持ちだけです。
それにつきます。

生き抜いていくために、ただ前を向いていこう、というだけですね。
そうでないのなら解散する意味はないから。

短かったけれど、とても素敵な夢の軌跡を見させてもらいました。
手もとには貴重な音源も残っています。
たぶん、ずっと聴き続けていくと思います。

メンバー三人の今後の健闘に寄り添うようにいたいですね。



2004年11月18日(木) I want to talk about you

読書は一段落。自分の次の作品の下書きを始めました。
こういう場合、詩を読んだり小説を読んだりして参考にするという習慣がなくて、むしろ集中的に音楽を聴いたり絵を見たりします。

その前にぼんやりと「書きたいこと」は見えているのですが。
たぶんに「音楽的人間」なんだとも思います。

今、ぼくが興味を持っているのはクラシックではバッハとモーツァルト。ロックではマーク・ノップラーとU2、そしてバンブー茂。それと意外かもしれないけれどブリリアント・グリーンのギターの人のソロ。
なんとこのレコーディングにつきあってる面々が意外なほどに凄いから。
あ、この人はこういう音楽性なんだ、と少し驚きました。

そしてジャズ。
ジャズが最大の関心であることには変わりなくて、ハード・パップの頃を集中的に聞こうとしています。
それはジャズメンたちのダークサイドとも関連していて、酒とドラッグから立ち直り始めたころ、つまり恢復期のマイルス・ディヴィスとジョン・コルトレーンに、いぶし銀のような名演があって、それを探し出しては聞いています。

時期で言うと1960年前後。
コルトレーンは一度マイルスのところをクビになって、放り出されてから、天才が本気で駆けだしたところがあります。復帰してからは凄いですからね。

その前にマイルス自身がヘロイン中毒に苦しみ抜いていたから、コルトレーンの苦しみも駄目さ加減も理解できて、何とかして目覚めさせようとしていたんじゃないかなあ。そんな気がします。
なんせ、才能は抜群なんだから。

今日の日記のタイトルはコルトレーンの「ソウルトレーン」に収められた曲。
この録音が1958年。闇が晴れだしたような素晴らしい演奏を聴かせます。
バックはプレスティッジ時代、そしてマイルスのコンボでも苦楽をともにした(ほんとにそんな感じなんですよね)レッド・ガーランドのトリオ。
ガーランドのピアノもリリカルでいいですねえ。

コルトレーンのバラードといえば、インパルスに残された大傑作「Ballad」が定番ですが、それ以前からの素晴らしいバラード・プレイも残されていて、
I want to talk about you もそんな曲の一つ。さらに「ソウルトレーン」にはTheme for Ernieというすばらしいバラードが入っています。

ちょうどマイルスやコルトレーンが闇から光へ出て行く頃。
しばらくはそこに焦点を当てて聞き込みたいと思っています。



2004年11月17日(水) 揺れ動く「私」

今朝は5℃まで気温が下がった。そろそろ窓に結露が出始めている。

昨日、「柔らかい手」を書き終えたところで、同時に読んでいる大江健三郎さんの、小説家としてのご自身の「あり方」についてのお話からの射程で自分を見てみた。

大江さんの小説は「書き手」として「ぼく」、「僕」の作品が多い。特にある時点からはそうだ。初期には徹底的に私小説とは相容れない発想で書かれ始めた小説が、途中から大江流の「私小説」というべき姿へと変わっていっている。
その「書き手」についての論考と物語の構成への意識を本を通して今、学んでいるところ。

ぼくは、ほとんど無意識のうちに女性の「私」を書き手に選ぶことがある。それは物語がぼくに要請することであって、ぼくはわりと自由にその作業をするし、苦にもならない。

たぶん、これは想像だけれど、小説家のように物語を考えてはこなかったからではないかな、と思っている。
作中の「私」と実際の「私」は決定的に違って当然だ、という気持ちが最初にあった。作品は純粋に想像力だけで書けるものだと。

これは詩を書き続けてきた結果だと自分で思っている。
詩とは詩的直感だけがたよりだから。

そして、ここ2年間で集中的に短い物語を書き継いでいるうちに、単語(言葉)が「語り手」「書き手」の性別を指定して来るという経験をした。
それはゴザンスの800字小説という三つの言葉を指定されて書く、ごく短い小説を繰り返し書くうちに発見したことでもある。

指定された単語の台詞が「女言葉」である場合など、ぼくはためらわずに女性を「語り手」にして物語を書いていた。
で、これはとても貴重な訓練だったと思うのだ。

もし「小説」を書くとしたら、人称を自在に操れることも、作者の「自由」をかなり保証するのではないかとも思う。事実、そういう作家は数多いのだろうし。

と、同時に想像力だけではないんだ、ということも段々とわかってきた。当然自らの体験や経験も反映されているし、読んだもの、見たものも必ず表現の中にしのびこんでいる。むろんぼく自身の資質もそうだ。

だから、「わたし」という女性を書く場合、ぼくの深層に「彼女」がいる、ということになる。
そして、たぶん、今はそれがまさに自明のこととして、すんなり受け入れられる時代であり、世代であるのか、とも思う。

また歌を作っている人たちの方がやすやすとそういう「自由」は手に入れている気がする。
(先進として大江さんは両性具有者を「語り手」にした長編を世に送り出している)
ぼくの課題はそういう「私」をどこまで明視できるか、ということ。

そう思えたというとが、書き終えて、ひとつ前進したことだった。



2004年11月16日(火) 「柔らかい手」

「柔らかい手」

という掌編小説をアップしました。


アメブロには掌編を連作で書いています。読んでいただければすべてが同じ場所を中心にした物語だとわかっていただけると思います。

おとといまで少しずつ前進させておいて、昨日と今日で一気に書きました。
今回の「執筆バックアップミュージック」は今日初めて使いました。「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」。カーティス・フラーとベニー・ゴルソンです。

はい、村上春樹氏の「アフターダーク」に出てくる曲です。
テンポはこの曲のリズム。たぶんそれが文章に反映されてます。

どういうテンポかというと「ウォーキング」のリズム。「典型的なジャズブルース」というべきか。指をパッチンパッチンとならしたくなるリズムであり、曲です。

このCD「ブルー・スウェット」、国内盤は廃盤になっていますから、輸入盤でしか聞けません。
どうしても国内盤ではやく聞きたい人は
「レジェンド・オブ・ジャズ・クラブ」ベニー・ゴルソン/カーティスフラー・クインテット+2で聞くことができます。
こちらは歳をとった二人の、円熟としか言いようのないプレイが聞けて、これはこれでいいですよ。

「菊や」周辺の物語はさらに続けて書いていきます。



2004年11月15日(月) さらに紅葉が進む

一日ごとに冷え込みが進み、紅葉がぐん、と進んだ気がします。
紅葉全般については、きれいなことはきれいなんですけれど、去年同様今年も最高の紅葉から比べれば質はかなり「落ち」ます。

その原因は異常な夏から秋にかけての高温と台風による落葉にあります。
明日は最低気温が一桁になるようなので、さらに紅葉が進むでしょう。イチョウは落葉が始まりました。

きょうはバンブー茂のmatatabiを聴きながら書いています。
やっぱりいいです。いつ聴いてもね。

読書と執筆と…。今日はかなり収穫がありました。

ある人から、本を出すにしては作品なり、文章なりをそんなに出さない方がいいのでは、とアドバイスをもらいました。
たしかにブログはもっと絞っていきたいし、詩はしばらく、原稿用紙だけになると思います。

難しい問題ですけれど、「本」が前提になると確かにスタイルは変わってきますね。
さらに同じ方から「絶対二冊目を出すように」とも言われました。そのための最初の本だろ、と。

出版の実績をつくりつつ、様々なチャンネルを活かしていこうというやり方です。

寒くなります。暖かくしないと。猫や犬、それに人間も風邪などひかないようにしないと、いけませんね。

ではでは。




2004年11月14日(日) キース・ジャレットの一曲

ぼくの癖でもあるんだけれど、アルバムのなかのある一曲だけを繰り返し聴くことをよくします。

きょうはキース・ジャレットのある曲を繰り返し聴き続けていました。
曲は ソロピアノによるアルバム「staircase(邦題 ステアケイス)」のなかのhourglass part2。


日向の匂いのする曲です。
ピアノの調子がとても良かったようで、それがインプロヴィゼイションにもはっきり影響している、と感じられます。
即興演奏であることはもちろんですが、至る所にキースならではというフレージングがちりばめられていて、彼の特色の一つでもある、リリカルでトラディショナルな感覚溢れた演奏になっています。
いつものことながら気持が澄んでいく演奏。

キースにはトリオの最新アルバム The out−of−Towners にも 「It`s All In The Games」という珠玉のソロピアノがあって、この曲と、前述のhourglss part2が、キース・ジャレットの最近の「マイ・ヘヴィー・ローテーション」になっています。

読書は大江さんを読みつつ、時々悪夢にうなされそうになると、庄野潤三さんを読み、そして明日からは村上春樹さんの最近文庫化された短編小説についての本を読みます。

書く方はほんの少しずつ前進。
「くず時間」の集中に懸けています。



2004年11月13日(土) 冷え込む

昨日が暖かすぎたせいもありますけれど、なんだかすーすーとする昼間を過ぎて、夜にはいると寒いほどに冷えてきました。

今日は読書と執筆を一時、やめて、コルナゴで街をクルーズしました。
嵯峨野の一番奥の方でも、紅葉はちらほらです。嵐山も始まったばかりという印象。

日差しはもう冬のもので、夕方近くにようやく陽が差してきました。これから神戸が恋しい季節になります。
阪急電車やJRに乗っていると、こうも違うかというぐらい光の状態が変わっていくのがわかりますから。

夜はハナと一緒。それ以外の時、猫たちはぼくの奪いあい。キキとチャチャ。ピピ。ルルの順番でぼくのお腹の上や座った太ももの上を占拠します。寒くなると激しさを増すんです。

観葉植物はそろそろ中に入れないといけません。
外猫の防寒対策も始めました。
秋に咲く薔薇もモナコのつぼみがあと二つで終わり。土つくりに入ります。

音楽はバッハのゴルドベルグを聞いて、ダイアー・ストレイツ、バンブー茂
と聞きました。
ロックですけれど、マーク・ノップラーのソロを聞いてみたいですね。彼のギターはとてもいいから。

読書の「大江体験」はまだまだ続きそうです。テキストとしていちばん興味があるのは「森」あるいは「樹」についての感覚ですね。
それと最大のキーワード「魂のこと」。

あすからまた、書くことも再開します。



2004年11月12日(金) なんでもない人

大江健三郎さんの「静かな生活」読了。
特に短編「自動人形の悪夢」のなかに強く惹かれる言葉がありました。
それは「なんでもない人」という言葉。
実際に本にあたっていただいたほうがニュアンスは伝わると思うけれど、あらゆる「特権意識」から自由であることのだいじさ、とぼくはは感じています。

これは、「わたしだけ」が、「自分だけ」が「あなたたちとは違う特権を持つ」という意識を明確に否定する意志です。
時として世の中に感じる「スピリチュアル・プライド」のようなものを明確に否定する感覚でもあります。
ぼくがこの意識に共感するのは、その行き着く先としての「オウム事件」を「僕たちの社会」は経験しているからかもしれません。

「自分が特別だ」というのと「自分を大切にする」ということは全く違います。
何を大切にするのか、というのは「思想」です。
個的な思想。価値判断と人生の選択。
そこで何を選んで暮らしていくのか、日々刻々とぼくは問いかけられ続けているのだ、と。

大江さんの困難な作業。(何故困難かというと、自らを乗り越えるための小説を書き継いでいかれるから。)
その作業を読み取っていくことは、自分の人生の幅の獲得として、得難いものがあります。

結局、この連作短編集が伝えてくることをぼくなりに一言に約めれば
「なんでもない人」のすばらしさ。になります。
「なんでもない人」への意志にこそ見えてくる、世界の豊かさ、人の豊かさです。

大江さん自身の読者への語りかけが、付録されていますが、小説を巡る考え方として、この本が出されてすでに14年が経過した今でも生き生きと響いてくるものがあります。




2004年11月11日(木) 雨の日の読書

朝、一度強い雨が降りました。ちょうど午前5時前ころかな。それが小やみになったところでハナを散歩に連れ出しました。そうしているうちに雨があがって、お昼前から、今度は強く降り出しました。そのまま終日雨です。

雨だけれど寒くはなくて、気温も湿度もいい具合のようにおもえました。
ここのところ近畿地方は乾燥気味な上に、少し暑いくらいだったので。
だけど、そのために台風の被害に遭われた京都北部での復旧作業は急ピッチで進んだようです。

読書をしています。
集中的に読む対象として大江健三郎さんを選び、ずっと読んでいます。「古い本」として夏目漱石をゆっくり読んでいます。
そして、さらにイギリスの詩人を一人読もうと決めています。

大江さんの著作にも漱石氏の著作にも出てきますし。以前から誰かひとりと決めて読もうと思っていました。
ジョイスになるかもしれませんが、白紙です。それほどイギリスの詩人に知識があるわけではないので。知っていても数人しかいませんから。
あるいはフランスの小説家になるかも。

今日は「静かな生活」を読み継ぎました。「語り手」は大江さんの娘さんという設定です。最初はその設定をのみこんで読んでいたんですが、ついそれを忘れて大江さん本人だと思いこんでしまって、「スカート」という単語があらわれて、あ、いかんいかんと思い出す始末。だめだめ。ひたすら苦笑…。
(書いておられるのはもちろん大江さんですが)

「祈ること」。家庭の生活を通じてそれが、ゆっくりと見えてきそうです。いまのところ、ぼんやりと浮かんできています。ぼんやりとしていて、しかし確かなものとして。
「静かな生活」という短編の連作はとても素敵です。この本は大好きだな。

ここでも時間のタテと場所のヨコが交差しています。そういう意味でもとても刺激を受けました。だけど、それよりもなによりも書かれていることが素敵です。
全部読み終えたら、感想も書きたいですね。

他の「最近の作品」への入り口にもなりうる作品だと思います。
これを読んでから、前にいったり後ろに行ったりすると面白いかもしれませんね。
並行して「宙返り」をまだ読んでいますが、さらに並行して「燃え上がる緑の木」を読むかも。

時間をかけて読んでいきます。



2004年11月10日(水) アメブロ登場!

簡単な記事だけれど「モノカキ」の人や編集人には見逃せない記事が、今週号のサンデー毎日に掲載された。

「ブログから本が生まれた」
というのがタイトルで、紹介されているのはアメーバブログである。
「ネットから本が生まれる」というコンセプトはすでにゴザンスのほうで先行していて、ぼくの「光函」はまさにそんなシステムだからこそできた本だった。

ゴザンス編集部が解散して、オンデマンド出版のネオブックスも停止した状態の中で、あらたにそんな指向を持ったブログを運営する主体として浮上してきたのが、アメーバブログ(通称:アメブロ)である。

現在、ぼくもアメブロに「in paradisum」というブログをつくり、ほとんどの新規原稿はこちらにアップしている。

それは、「本を作る」という明確なゴールを設定しているブログ運営母体があることが大きく影響しているのは間違いない。

月ごとに「優秀な」ブログには賞金が出るし、ブログ内のランキングも自分のブログのサイドにきっちり出る。
この仕組みについては、全く無頓着で、ほとんど見もしないんだけれど、「本を作る」ということを宣言している姿勢に共感して参加しているわけだ。

10月末に出された山川健一さんの「イージー・ゴーイング」が最初の本なのだけれど、本の流通に関して、取り次ぎを通さない流通を目指しているのもおもしろい。
山川さんの本が旗印になって、新しい本の出版がこれから続いていくのだと思う。

オンデマンドの出版はまだまだ流動的で、昔からの自費出版の会社も健在。そんななかでのアメブロの登場は一石を投じることになるだろうか。
参加したものとして注目していきたい。

ところで

昨日、「炎樹」という短い作品をアップしたので、今日はまた草稿のたちあげ。
といっても、ずっと一繋がりの物語でもあるので、登場人物や場所はだいぶ限定されてきています。水平な部分に何本の垂直の柱を立てるか。そんなイメージで書いていきたいと思います。

「漱石全集」は三巻から。京都が舞台の、あの作品から読んでいます。
明日はまた違う文庫本が到着予定。たぶん「積ん読」になると思いますが、もったいないのでさっさと読もうかとも。



2004年11月09日(火) DIG IT

古い本を、もっとしっかり読もうと思った。
そのために、なにがいいか…。何の気なしに「文庫本主義者」に聞いてみた。

「夏目漱石にしようかなあ」
「…全部よまなあかんよ」
「え……。大江さんは、3年間、この人と決めて、それだけを徹底的に読む事を勧めているけれど」
「私はいつもそうしてきたけど」
「あ、そ、そう」
「本ならいくらでも私んとこにあるから」
「あああ」
「だから、誰と言わず全部読みなさいよ。読んでるうちに合う合わないはすぐわかるでしょ。まあ合わなくても読まなあかんけどね」
「それってお能の流派選びみたいやな」
「そうやで。そんなことはようしってるんやね」

ということで、岩波書店の「漱石全集」が全巻、机の上にどんと置かれています。
ふぅーっ。「文庫」ではなくハードカバーの決定版。
ぺらりとめくると、旧仮名遣い!!!
うーむ。

ぼく自身が注文した本も続々と到着しだして、とにかく「濫読はじめー」状態。
で、漱石の未読の作品から読んでいくことにしました。すると、短編とか小品で結構あるんですよね。
すでに読んだ作品も、もう一度読み直してもいいし…。

それでは深く潜行を始めます。ぶくぶくぶく…。




2004年11月08日(月) 「滴り落ちる時計たちの波紋」を読む

読む前には「『くず時間』の中で続けられた創作」を思っていた。
これは日本画家の故・小倉遊亀さんが生前のインタヴューを受けて答えられた言葉である。

小倉さんは禅研究家のご主人を「先生」と呼ばれ、その「先生」との生活が最初にまずあり、そしてその合間の10分、20分という時間に少しずつ、創作を重ねていかれたという。まさに「輝くくず時間」なのである。

全体に何を作るかという意識が徹底しているから、創作そのものに「切れ目」はなかったという。

ものを創る、という意識をここまで透徹されることが出来るからこそ、あれだけの作品を作り続けることが出来たのだろうと思う。

焦点の合わせ方。集中力の高さ。…ただただ素晴らしいと思う。その「構え」を爪の垢ほどでも見習えたら、と。

そんな「くず時間」で続く、ぼくじしんの読書と創作。
平野啓一郎さんの「滴り落ちる時計たちの波紋」は最後の一話の手前まで読んだ。
とにかく仕掛けに驚く小品がいくつか。

「瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟」
これは「瀕死の午後」と「波打つ磯の幼い兄弟」の二遍からなる。
二つを結ぶものは「穴から出てくる赤いもの」。前者では「耳からの血」後者が「岩の穴からの蟹」。水平に結ばれた世界。それぞれの登場人物の垂直の時間(来歴)とも結ばれる。

「les petites passions」
文字どおり「少年の磔」。青空と夕映え。鉄棒と串刺し。支配している沈黙。イマージュが素晴らしい。圧倒される。

「白昼」
乱反射する光に目眩がしそうなほど、「鏡」を意識する作品。追跡と逃亡の瞬間のすり替わり。どこまでも際限なく閉じこめられている感覚。

「鏡」と「閉じこめられている」ということを構造的に見せてくれるのが
「閉じこめられた少年」
物語の真ん中に鏡をたてて、両側に文章が展開している。
これは比喩でもなんでもない。同じ行が本当にそういう展開になっている。鏡に映ったように、本に印刷されている。
で、文章も物語もなんの破綻もしない。「少年」は物語の中に閉じこめられ、いつまでも本の中を回り続ける。
あまりの手際の良さに舌を巻いた。

「初七日」
父の葬儀をめぐる二日間の物語。ここでも垂直と水平の感覚が揺さぶられる。
「野良猫」の存在感がいい。
父と親族のそれぞれの中に流れる時間を垂直とすると、葬儀にあたってすべてが思惑という形や行動で水平列に幻視される。
その綿密な描写。

「最後の変身」
カフカの「変身」を語りながら、自らを語り始める。横書きの文章。もしや、と思っていたら、最後に自らのサイトに残した遺書であることがわかる。
「俺自身」「引き籠もり」「変身「役割」「本当の自分」などのキーワードが太字で示され、延々と独白が続く。時に呪い、時に叫ぶ。
途中からは主人公のネットへの関わり方が毒を吐くように続く。「日記」も「掲示板」も、書いた経験のある人は否が応でも「自覚的」にならざるを得ない内容だと思う。
最後のキーワードは「虫」。彼は「虫」になるんだと叫ぶ。


あと残すは数ページの「バベルのコンピューター」だけだけど、これを理解するにはちと、時間がかかると思う。

たしかに刺激に満ちた一冊だった。様々な実験と可能性がぎゅうっと詰め込まれている。
ぼくが特に惹かれたのは「垂直と水平」という概念。時と場の関係ともいえようか。
モチーフよりもその概念の取り扱い方の鮮やかさに目を奪われた。

と、書き終えて「くず時間」の精度を上げようと考えるぼくがいた。
相変わらず。


*「滴り落ちる時計たちの波紋」 平野啓一郎・文芸春秋社



2004年11月07日(日) 平野啓一郎氏を読む。

今日は天気予報が言うような晴天に、なかなかならなかった。
たぶん、神戸や大阪や和歌山や奈良は、朝からいい天気だったんだろう。京都の空が晴れだしたのは昼過ぎからだった。
「冬型」がきつかったんだと思う。

百�寮萓犬脇麁�間集中的に読んだのでお休み。「読みあさる」という状態だった。気が済んだというわけではないけれど、とりあえず「読み方やめー」という気になるまで読んでいた。

で、取り出したのは平野啓一郎氏の「滴り落ちる時計たちの波紋」。
この本は手に取ってからずっと、あっちへ飛びこっちへ飛びしながら読んでいる。
ぼくより若い男性の作家で、いちばんよく読んでいるのは結局、彼になる。

そんな熱心な読者じゃなかった。
まず「高瀬川」それから「一月物語」、そして本書、と気がつくといつも横にある本の一つになっていた。

文章は冴え渡っている。きらめくようなフレーズがあり、写し取られる描写の美しさがある。
今読んでいるこの本には詩も収められていて、そのテンションは遥かに高い。

読みだしたきっかけは、彼が京都新聞にコラムを月に一度ぐらいのペースで書いていて、「なじみ」を感じていた、というのもある。
今はパリに在住しているけれど、ずっと京都住まいだったということもあるかもしれない。
パリから戻ったら、京都には住まないで東京に行くかもしれない、とたしか何かに書いておられたけれど。

ま、それはさておき、彼の文学に反応する自分がいた、ということなのだ。
長編「葬送」と芥川賞受賞作「日蝕」は読んでいない。たぶん次に読む。
それからもういちどこの短編集に帰ってきて、本の帯に書かれた彼の言葉を考えてみようと思う。

『この作品集は、僕という作家が一体、何をしようとしているのかを、より具体的に明かしてくれるのではないかと思っています』

現在進行形で彼も今、「何か」を書いているのだろう。そのことを思うだけで刺激がある。ぼくがどうこうというのではなく、その時代をぼくも生きているということだけで、あるんだ。
彼にはそういう力がある。

ただ一つ注釈を。
彼の描く「美しく血が流れる作品」に無邪気になれないのも、またぼくという人間なのだ。そういうふうに気づかせてもくれる作品なのだった。

追伸
U2の新しい曲、気に入ってます。iPodのCMに使われてるやつ。
U2の曲としても、ロックの曲としても久しぶりにいいな、と思いました。
あ、ロックはある程度ヘヴィネスのあるものが好きです。ラウドネスじゃなくてね。これはジェフ・ベックの言葉でもあるんですけど。








2004年11月06日(土) 静かな一日

いい日より。
とても静かです。
秋の薔薇が咲いています。

10月にたぶん枯れただろうと思っていた黄色のランドラなんですが、もしやと思い株を残しておきました。
その残った拳、半分ほどの株から昨日、新しい芽がでたのです。
思いもよらず強い薔薇でした。おもわずその芽に見入ってしまいましたね。

順調にここからシュートが伸びてくれれば、来年には花をまた見ることが出来ます。
「そば」の花も枯れ、季節は晩秋。周りではパンジーの植え込みが始まっています。

さて、これから冬の間どんな花に咲いてもらいましょうか。

ところで、今日、知ったのですが糸井重里さんが京都に住まれるとか。場所は嵯峨野。さすがにまだ「昔の京都らしさ」が残っている場所を選ばはりますね。
いつか犬の散歩の途中ですれ違うかもしれません。

でもよく考えたら京都在住の詩人、小説家、画家は大勢いて、もちろんミュージシャンもいて、気がつかないだけで実はすれ違っているのかもしれませんね。
東京や大阪、いやどの「人口百万人の都市」よりも狭い街ですから。

明日もいい天気だそうです。
さて、ハナが待っていますので、きょうはこのへんで。
おやすみなさい。




2004年11月05日(金) 「駄目」

昨日同様、きょうも一日、内田百�里鮹羶瓦北世永襪譴拭�
といっても今日、家の中は犬と猫以外にぼくしかいないものだから、右往左往しながらなのだが。

 ところで、ぼくは本のほとんどをレブン書房という本屋さんに注文している。この百万遍にある「ごく普通」の街の本屋さんは、しかし、時としてとてつもなく早く本を届けてくれて驚かされることがある。
今では、全国の「街の本屋さん」の多くが本の卸問屋と組んで大同団結した「e−books」というシステムがあり、昔とは比べものにならないぐらい本が届くのは早くなった。全国の都市に点在する大型書店に負けていない。

 それにしても、早すぎる、といぶかしく思ったのは
「ガムテープで風邪が治る」と今回の内田百�里遼椶任△襦�さては「おやぢ」殿、密かな趣味を隠し持っているのではないかななどと想像しては、にやにやしているのだ。

 とうとうムック本まで手を出してしまった。「KAWADE夢ムック」という副題のついた「文藝別冊」の「内田百�痢廚任△襦I住罎�ら着物姿にひげを蓄えた百�寮萓犬�不敵な笑みをこぼして、こちらを見つめている。それともう一冊は「集成3」である。

 注文して大正解だった。おもしろいしためになった。
大の百�離侫.鵑任△襯咼奪哀諭璽狷鷽諭△修譴漏�川龍之介と三島由紀夫なのだけれど、彼らの書評がよかった。そして、「夢の記述」として同じ資質があるのであろうと推察される三人の中で、芥川、内田両名が自覚的であり、三島氏はほとんど無自覚に作品へと、その資質を注ぎ込んでいるようにも読み取れた。

 ちょうど短い作品を書こうとして、うまくいかなかったのだけれど、そこに繋がるヒントもあった。
 作品の描写をどこから書くかというヒント、である。ほとんど本能的にぼくが夢中になる起動のしかたがあるのではないかという仮設が出来た。
 考えてみれば、芥川氏も三島氏も内田氏も実は同じ表現の元基を持つ「一族」ではないかという仮設でもある。で、そうでない人には内田百�里箸い�作家は、ただただつまらないかもしれない、ということにもなるのだが。

 ぼくはたぶんに無自覚に書いてきた期間が長くて、やっと「光」という視点で書き始めてはいるものの、そうではないもう一つのポイントを教えてもらった気がしたのだ。書いてはいたけれど、そのポイントを徹底して意識はしていなかった、ということはわかった。
 それは「駄目」という漢字をよーく見ているとわかると思う。しかも、それは次の本のためにぼくが用意していた課題でもあった。これは大事である。むしろ詩を書く人に見受けられるポイントかもしれない。言い換えるなら世界をどの感覚器官で理解するか、ということ。

 しかし、それがすべてではないし、小説はそれだけでは成り立たない。しかし、面白い。たぶん、絵画的に思われがちな吉行淳之介さんもそうかもしれないポイントなのだと思う。ぼくは吉行淳之介という人は、小説を書かれたけれども本質的に詩人だと思っている。ずっと続けてきた読書からの直感なのだけれど。同じように、いやそれ以上に内田百�里箸いΑ嶌邁函廚六躾佑世隼廚辰討い襦�

 芥川龍之介はこう書いた。
…真面目に内田百�了瓩了軼�天才を信じるが為に…と。




2004年11月04日(木) クロッカス

「光函」の「黄緑」のモデルになってもらった、北区小山の珈琲焙煎店にオリジナル・スペシャル・ブレンドを買い出しにいった。
以前にこの日記にも書いたけれど、とにかく美男美女のご夫婦が頑張っておられる店である。

いつも500グラムを碾いてもらう。
たいてい、何の気なしの話をするんだけれど、急に寒くなった話なんぞしていて、クロッカスの話が出た。
え、クロッカス?  そうなんですよ、鴨川に春の花が咲いていたって、さっきのお客さんがいうてはりました。 ほぉ  なんででしょうね

それから夏の暑さで葉が枯れて落ち、それを冬の落葉と勘違いして咲いてしまった桜の話がでて…。

ねぇ ねぇ としかふたりとも言葉が継げず、話が切れた。
今日はカーキのジャンバーで立ち働く彼女の おおきにぃ という声を後に、大徳寺から、金閣寺をまわって帰宅。

そうか、クロッカスが咲いたのか。実はこの花は秋にも咲く。
だけど似合いの季節は春だよね。
秋の花は儚なげにみえるもの。

彼女が碾いてくれた珈琲はとてもおいしくて、昼下がりの光はとても暖かだった。
鈴木重子さんのブレス・オブ・サイレンスを聞きながら
こんど鴨川に行こうと思った。




2004年11月03日(水) モーツァルトを聴く




昨日とうってかわって、今日はずっとモーツァルトを聴いていました。
今日一日、ぼくにとっての最大の出来事がモーツァルトを聴いたことなのだから、まったく幸せなことだと思います。感謝しなければ。

かつてモーツァルトを絶対視する論調には反対する文章を書いたのですが、あの中でも書いたように、ぼくはモーツァルトが好きです。バッハも大好きなのですが、そもそもクラシックにしても、ジャズやロックについても、音楽に「嫌い」という感情は持ち込まない主義なので。全部「好き」か、反応しないか(できない)だけの違い。

ところで、クラシックを聴く人にはそれぞれ「モーツァルト体験」なり「クラシック体験」があるらしいのだけれど、
ぼくの場合どんなことが起きるかというと、聞きながら外を眺めていたりすると、風景の「見える感覚」が変わるのです。なにげなく見ている窓の外の風景も、違って見えてくるんです。抽象的な言い方になるけれど、そんな感覚かな。
みえる角度が違う、というか別のものに見えるというか、突然「意味」をもちだしたり…。
それが、おもしろい。アタマ、へんかもね。

モーツァルトはピアノ協奏曲ばかり聴いていて、今日、くりかえし聴いていたのは26番と27番。ピアノは内田光子さん。
この方のモーツァルトは定評があって、ほかにシューベルトも持っています。

内田さんのピアノでピアノ協奏曲をそろえるのが、ずっと心に懸けていることで、まとめてではないけれど、こつこつとそろえています。
この盤でも相手はイギリス室内管弦楽団。指揮はジェフリー・テイト。

ぼくは27番のほうが、すっと入ってきますね。

*モーツァルト・ピアノ協奏曲第26番≪戴冠式≫,27番
    内田光子(ピアノ)
    イギリス室内管弦楽団・指揮ジェフリー・テイト
   (Philips PHCP−20214)



2004年11月02日(火) 音「楽」を消す

今日は意識して「音楽」を消した。
CDはもちろんラジオもテレビもスイッチを入れない。
本当は新聞も見ない方がいいんだけれど、中田英寿が久しぶりに大活躍したので、その記事だけは見た。

音楽を消したのは、ちょうどマイコン内蔵の家電製品が、残留している微弱な電流でマイコン制御の動きが悪くなっていたりする時、電源プラグを抜いてしばらく放置しておくことがあるんだけれど、イメージとしてはそんな感じ。

すると街の音や家の音、風の音、人の声などに対して耳がとても鋭く反応する。
その感覚が好きだ。
それから読書や文章を書いたり、という行為への没頭の度合いが深くなる。そのぶん疲れるけれど。

疲れたら、最後の最後に音楽を聴けばいいわけで、とにかく音楽漬けの耳を解放してあげた。

ぼくはこれまで音楽を聴きながら書く、ということがほとんどだったけれど、それもやめることにした。
集中の問題。でも、集中しきっていると何が鳴っているかなんて、全然聞こえていない、というのも事実だった。

たとえば「光函」の校正や新原稿を書いていた時はどうか、というと何も聴いていなかった。だから、それを普段の書く作業にまで適用する、というだけ。

音楽に対してももっと味わい方が変わるんじゃないかな。
そんな気がしている。



2004年11月01日(月) ゆっくりと晴れ

朝のあいだは重たく曇っていたんですが、天気予報が自信満々で宣言していたとおり、ゆっくりと晴れていきました。
一日かかって回復していった、という感じがします。

新潟中越地震からも日にちがたち、各メディアでさまざまな現場からの報告がなされてといます。

一番印象に残っている言葉…これは昨日にかぎつてのことですが…は、ライフラインに依存しているからねぇ、という言葉。ガスと電気と水道。これがなけりゃなにもできない。材料なら山ほどあるんだけどね、と農業に従事されているらしい、その方は苦笑いとも、寂しい笑いともつかない笑いを浮かべていました。

阪神淡路の時もまず電気。次に水道。最後にガスだったかな。そのまえに工事車両が通れるように道路を直さなければならないけれど。

ゆっくりとではあるけれど、毎日刻々と作業は進んでいるのだと思います。それと仮設住宅の建設も進んでいるでしょう。
体育館に数千人が雑魚寝という異常事態は早く解消しなくては。

さて、我がサイトのカウンターが20,000hitを超えました。
この「散歩主義」に途中追い抜かれたけれども、こつこつと超えたというかんじですね。「散歩主義」と「西原正website」の差はその後もじりじりと開く一方です。
こちらにリンクを貼ってくださっている方が多いのでしょうか。

どちらとも、こんごともよろしくお願いいたします。


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