今日は新月。闇夜。 新しいことを始めるのに、こじつけでもいいからきっかけにできそうな日。
創作の駆動力になりそうな新しい本を読みだしている。 詩なのか小説なのか判然としない作品群。とてもおもしろい。
また春がちらちらと始まりかけているからなのか、ハナが外に出たがって仕方がない。今朝は結構冷え込んだのだけれど、季節の変化はもっと大きな流れの中にあるようだ。
創作を前進させる。
寒さが戻ってきた。 強い北風が吹き荒れ、昼も気温が上がらない。
ノートに小説を書き終え、そこで新しいアイデアが出た。 読みかえしながらダメ出しをして、全編書き直しにすることにした。 ノートは没、棄てることに。焦点に対する気持ちが高まったのが収穫。
詩を原稿用紙に写す。
梅がさらに花数をふやした。サイトのトップページに画像を置く。 花弁が風に揺れているのだけれど、寒さに震えているように見える。
頼んでいた本が到着。
書き直しを始めた小説、原稿用紙二枚すすむ。 明日の朝は相当寒いようだ。
| 2006年02月25日(土) |
Vicente Amigo |
あるギタリストの方から勧められてヴィセンテ・アミーゴを聴いています。 アルバムタイトルは「イデアの街」。
スペインのギタリストです。スペインといえばフラメンコ・ギター。たしかにフラメンコ・ギタリストなのだけれど、彼の楽曲に含まれる要素はもっと幅が広く深いように思えます。
パット・メセニー・グループに在籍していたペドロ・アズナールやアルジェリアのハレドをゲストヴォーカリストとして起用していることも、そう思える点だし、彼らの声がアルバム全体を豊かなものにしているように思います。
何枚かある彼のアルバムの中からこれを選んだのは 一曲目「愛を奏でる三つの音符」の美しさによるもの。 これは手元に置いてずっと聴こうと。
尚、ネット検索では「ビセンテ・アミーゴ」で「イデアの街」が、「ヴィセンテ・アミーゴ」で他の作品がチェックできると思います。
ここのところ書くことを止めていた。 不安定な気分を抱えたまま何日か過ごして、今日ようやくノートにエンピツで書き始めた。 パソコンに書き込むには至らない。エンピツの感触がとにかく気持ちよかった。
ノートはとにかくつくるほうだ。 テーマが一つでもあったらそのためのノートをとりあえず造る。どんどん書き込んでいったりね新聞や座つしの切り抜きを貼り付けていって分厚くなるのもあれば、すぐに頓挫するのもある。頓挫したノートは表紙の隅に書いてあるテーマを消してメモや下書き用に使う。
むやみやたらにノートをつくるのは子供の頃からの癖のようなものだけれど、子供の頃は行き詰まったノートはぽいっと捨てていた。それはなくなった。とにかく書く。
芥川賞作家の吉村萬壱さんのように「書くことホリック」になりつつある。萬壱さんはいつも大学ノートを持ち歩いていて、とにかく何でもそこに書き込んでいくのだという。作品の構想だとかメモはもちろん、日々の出来事から何からなにまで書くのだ。書くことがなかったら行きつけの喫茶店で目に入る看板の文句や雑誌の広告まで写して書くのだ。
書いていないと気が済まないのだという。それもノートにボールペンで。 ぼくも彼に限りなく近い感覚がある。エンピツを握りしめただけで心が落ち着く。なにを書いてもかまはないんだと思うと心がわきたってくる。
いったいなにかトラウマでもあるのだろうか、最近、特にその性向が強まっている。 書くことがトランキライザーのようになりつつある。
今日は詩のノートと小説のノートが前進。 そろそろ原稿用紙に移そうかと思っているところ。
気温の変動が激しい。 ぼんやりしていると体の調子がおかしくなりそうだ。 府下では福寿草が咲いたというけれど奈良・東大寺のお水取りはまだだし、比良の八講はさらにその先。むしろこれからいちばん寒い日がやってくると思っておいた方がいいようだ。
小川洋子さんの短編集「まぶた」を読む。 文庫本主義者が、とにかくおもしろい、こういう小説もあるんだよ、といって渡してくれた。
小川洋子さんの世界がいつものように拡がっているのだけれども、「お料理教室」という作品にふたりで感心していた。
なんの意味がある?どころか、何も起こらない、でもなく、何も起こさせない小説。だけどよく読むと小説の中ではとんでもないことがあたりまえのように進行している。 そんな小説。 夢の記述のような「詩人の卵巣」をじっと読んだ。 哀しくて柔らかい。
最近書いてないだろう、というのが文庫本主義者の最近の口癖。 書いてるよ。だけどよくない。というのがぼくの返事。
向こうで婦人公論をぱたぱたさせてまだ何か言っている。
今日はまるで春だった。 夕暮れの散歩はセーターだけで歩けた。 我が家の梅が一気に咲き始めている。
ジャズ・ピアニスト、大西順子さんが活動を再開された。 長い休みだったけれど、あれだけテンションの高いヴィレッジ・ヴァンガード・ライヴを残されたのだから、様々な意味で疲労が蓄積されていったのだろうと思う。
「バッハ弾き」が根底にある人だとずっと思っていた。フレーズにクラシックの素養が見え隠れしていて、そのうえで強烈にスイングするピアノはずっと愛聴している。 全国でライヴを展開されていくらしい。
今後の活動が楽しみ。
「街の底で」吉行淳之介を再読。ジャズブルースの演奏でも聴いているみたいだ。
夜。 「菊の雨」内田百�里鮑篤鼻2薪抛匹鵑任眩�やかだ。溜息が出る。 文庫本の最後の安岡章太郎氏による解説も名文。
一日中雨が降りしきっていました。
今週は確定申告の書類を整えて提出します。 医療費控除をださなければ…。
さて昨日の日記に幾人かのかたから感想を頂きました。ありがとうございます。
昨日の続きではないのですが、吉行さんがよく使う「手つき」という言葉について考えをめぐらせていました。 それは素材の扱い方のことなのか、文体のことなのか云々。 たぶん他の言葉で言い換えることのできないものなのだろうとは思っていますが。
創作は詩の草稿を書きました。モチーフをなんとか捕まえようとしています。
谷崎潤一郎を耽読し、宮本輝さんの著作も読み出していた矢先に 再び元々耽読していた作家の本が現れた。場所は本棚。偶然でてきたのは吉行淳之介さんの本だった。 少し前に偶然発見したのも吉行淳之介・編の「文章読本」だった。 と、ここまで書いて偶然も何もあるものか、つまりはそれだけ吉行さんの本があるわけじゃないかと自分に呆れてしまう。
出てきたのは「私の文学放浪」。なんと昭和50年の角川文庫。ぼろぼろである。紙が焦げたようになっている。ひどいなあ。このころの書籍用紙が酷いのかそれとも文庫本の紙はそもそも安物なのかそれはわからないけれど、茶色に変色し印字も見にくくなっている。即座にページを開いていった。
見つける、開く、という一連の動作はもはや条件反射である。吉行淳之介作品に関しては特にそうだ。そして読み耽る…。
「文学放浪」は自伝的要素が強い。なにを読みなにを書いたか、誰がいたのか、どこにいたのかというドキュメントとしてもおもしろい。
もう一つの特徴は吉行淳之介という作家を形作った様々な要素がずらりと提示されていてそれがさらに面白い。
ぼくは、作品を読むたびに吉行さんは基本的に詩人だとずっと思っていたのだけれど、それはやはりそのとおりで、創作のスタートが詩であり、同書で述べられている萩原朔太郎への「熱い共感」などにそれは現れていると思う。
そんな吉行さんが詩から散文へとスタイルを変えていく。 「散文でなければ表現し得ないもの」に傾倒されていくのだ。
ところで手持ちの「吉行淳之介自選作品集」にも「私の文学放浪」は再録されているのだけれど、これは「抄」であり、いくつかの部分が削られている。たとえば新潮社と一時期絶縁状態になった原因の、スキャンダラスな記事の顛末の部分であるとか、ある時期の文壇の人間模様などである。
だから完全な形の「私の文学放浪」は角川文庫の文庫本か、亡くなられてから新潮社から出された「吉行淳之介全集」(全15巻)にしかない。 さらにもっと重要だと思っている「拾遺・文学放浪」というエッセーをぼくは文庫でしか読めない。(「全集」では第8巻にあるはずである。)
ここから断片的に書いてみたい。覚え書きである。
●吉行さんは明晰さを好んだ。 『私は明晰なものしか信用しない。一枚で書けることに、十枚費やすのも芸の一つであるがその場合も明晰でなくてはならない。ただし私自身は一枚で書けることは一枚で書くように心がけている』
●今回、再読していちばん驚いたのは吉行淳之介という作家がオーネット・コールマンがよい、と書いていること。しかもそうだそうだと一緒になって盛り上がっているのが高見順だということ。これには心底驚いた。 オーネット・コールマンとは孤立無援のフリー・ジャズの開拓者である。
むしろ上記の二人より若い世代の人に信奉者が多い。例えばパット・メセニーがそうだ。彼はオーネットとの共演を果たしており、その作品をぼくは名盤だと思っている。 日本ではピアノの大西順子。彼女は自分のフェヴァリットのひとりだとデヴュー当初から発言し、実際彼の曲を演奏もしている。
しかしほとんどオンタイムでふたりの日本の作家が支持していたとは…。 よくよく考えてみると「原色の街」に書かれるなんともシュールな一節などは通じるものがある。
ちなみによく知られているところでは吉行さんの大好きな画家はパウル・クレー、音楽はドビュッシーである。クレーの絵を音楽にすればドビュッシーになるという発言がある。それとショパン。 東京が空襲された時、吉行さんはショパンのレコードを持って逃げた。
●次に引用するものが吉行淳之介の骨となり滋養になった。たぶんぼくは何度も読み返すことだろう。
『春は仕事がやりにくい。たしかにそうです。でもなぜでしょう。 それは感じるからですよ。芸術家は感じやすいものだ、などと思っている連中は、のろまの証拠ですよ。ほんものの正真正銘の芸術家は、えせ芸術家のそういう罪のない思いこみに対してただ微笑を浮かべるだけです………憂鬱な微笑かもしれませんが、ただ微笑するだけです。つまり、口で言えるようなことは、断じて肝心要(かなめ)なことであるはずがなく、それ自体どうでもいいような素材にすぎないということです。
ただそういう素材は余裕綽々たる悠然とした優越さのうちにはじめて美的形象に形造られていくものです。口で言うべきこともあまり重大に考えたり、そのために胸をどきどきさせたりすれば、あなたはきっと完全な失敗を招くことでしょう。あなたはパセチックになり、感傷的になり、あなたの手になる作品は、鈍重で、四角四面で、こなれが悪く、アイロニーが無く、無味乾燥で、退屈で、陳腐なものになるでしょう。 (略) 感情というものは、暖かい実のこもった感情というものはいつの場合も陳腐で使いものにならない。芸術的と呼べるのは、わたしたちのそこなわれた、職人的な神経組織が感じる焦燥か冷たい忘我だけなのです。まず、超人間的で非人間的な存在になり、人間的なものに対して、奇妙にかけ離れた、冷ややかな関係に立つ必要があります。でなければ、人間的なものを演じたり、それを手玉にとったり、効果的に趣味豊かに表現なんてできません。だいいちそんな気になりさえしません。
様式や形式や表現の才というものは、まず人間的なものに対する気むずかしい関係を前提とします。さらにいえば、一種の人間的な貧困と荒廃を前提とするのです。 なぜなら健全で強靱な感情というものは、どこまでいっても無趣味なものだからです。そういうものなんです。芸術家が人間になって、感じ始めたら、もうおしまいです (略) 』
(「トニオ・クレーゲル」・ト=マス・マンより。福田宏年・訳)
これを受けて吉行さんは次のように書く。 『ここで誤解してはならないのは、トーマス・マンが感じやすくない人間ではなくて、おそらく人一倍感じやすい人間だったに違いないという点である。ただその感じやすさが、創作の上で害になることを述べているわけで、人間として感受性が豊かで感覚が鋭くなくては芸術家にはなれない。ただし、その感受性感覚をいったん扼殺して地面に埋め、そこから出た芽をマンのいうような眼と姿勢と手つきで育てていって花を咲かすべきである、という意見が省略されている、と考えなくてはなるまい』
このあと吉行さんは「抒情詩人の扼殺」というエッセイを書かれる。 荒川洋治さんが宮沢賢治ブームを罵倒した詩を書く遙か前に、詩人は扼殺されていたことになる。 荒川さんの意図がトーマス・マンの一節を読んでいて脳裏に浮かび上がってきた。まさにその地点から荒川さんは詩作を続けているのではと推察しながら。
とまれ吉行さんについてはこれからまだまだ書くことがあると思う。 やはりぼくにとって様々な意味で親しみ、学び続けるのは吉行淳之介という作家であることは間違いない。
髭を伸ばすことにした。 髭をたくわえる、という言い方が正しいのかもしれない。 「伸ばす」というのは、放っておけばいくらでも伸びていくわけだから、それはたんなる「無精」になる。あくまで神経をかよわせて髭を伸ばすのだ。
今まで顔面にたくわえたことが無いわけではない。 最初は無頼の学生生活の最後のころ。 アルバイトで大阪・泉北の造成工事に一ヶ月、住み込みでいった時だ。 仲間と後輩とで四人ぐらいのチームを組み、チーム員が入れ替わり立ち替わり現場に三人いる、という「契約」をし、親方と旅館住まいをしながら仕事をした。
チームの所属大学もまちまちで、そのなかに滋賀大学経済学部の後輩がいた。ぼくに髭をのばしたらどうかと進めたのはこの男が最初である。 何故そんなことを勧めたのかもう忘れたけれど、たぶんデスペラートのシンボル云々みたいなことじゃなかったかなあ。 学生のお遊びである。
ぼくも、いつもの生活空間からはずれるわけだし、こんな時でもなければそういうこともやらないかもしれない、ということでおもしろ半分で伸ばし始めたのだ。
一ヶ月後、髭はどうなったか。 若い頃は、髭はなかなか生えてこないし伸びるのも遅い。だけど二週間を過ぎたあたりから何か線が切れたように顔じゅう髭で埋まりはじめた。 くだんの後輩も(この男は小川未明全集を揃えて部屋に持っていたことをいまでも鮮明に覚えている)「なんだかいいですぜ」などとといっていた。
ところが、である。それでなくても身長が190�儷瓩�ある大男が、顔中髭で埋めて現場を闊歩している、というのが元請けの現場担当の気に障ったようなのだ。 近所の人たちが怖がるからとかいって、孫請けのぼくらの親方に剃るようにとクレームをつけてきた。 まあ、所詮遊びですから、といってその日の晩に剃ることにした。
夜、あらためて鏡を覗くと別人の顔があった。一切手入れをせずに、冒頭で書いたような伸ばし放題だったから、野趣溢れる顔つきである。ははーんこんな顔にもなるんだなと半ば感心しながら剃り始めた。 するとかなり密に生えているものだからなかなか剃れない。少しずつ剃っていくと、つまり形を整えることになった。
お、これいいじゃないか、という瞬間がちらりとあった。その頃よく聴いていたザ・バンドのメンバーのようにもちらりと見えた。 まあそんな錯覚は捨ておいて、難儀しながら剃り終えると以前の自分の顔が戻ってきた。
後輩は惜しい、と残念がったが致し方ない。ぼくは髭になんの未練も思いいれもなかったし。
今まで何度か伸ばした中でのこれがいちばんの思い出になっている。 「何度か」と書いたのは歳をとると若い頃のことが嘘のように髭がよく伸びるのである。 イチロー風の髭なら三日もあればすぐに生える。何度か気分を変えたい時に伸ばしたり、剃ったりしてきた。
ここのところはずっと剃り続けてきた。 畏友、文庫本主義者が大の髭嫌い、というのもある。本人に言わせると髭が嫌いなのではなくて、髭を生やしている日本の男のほとんどはなにやら胡散臭く、薄っぺらで、ただの古くさい男性至上主義風に見えてしまうのだそうだ。 だから別に似合っているのならそれでよい、という。(それはほとんど外人になるのだが) そのように言われていたし、伸ばす理由もなかった。
原因は猫である。それも四匹いるうちのキキ。 横になっているとキキが必ずぼくの上に乗り顔を舐めまわすのだ。猫の舌というのは鮫肌のようになっている。だから口まわりが痛くてしょうがない。 キキを幼い時から知っている文庫本主義者に対してもそうで、伸びをして彼女の口の周りをぺろぺろなめる。おかげで彼女の口の周りは細かな傷だらけになってしまったことがある。以来、キキから逃げ回っている。
ぼくは逃げるわけにもしかず、歯を食いしばって痛みに耐えてきたのだけれど、やはり細かい傷だらけになってしまう。で、髭を、ということになったのだ。
もう歳だから「ごましお髭」である。できることならもっと白い方がいいなと思う。だけどそれどころではない。 いつもどおり髭を伸ばすと頭は限りなく短くする。 春を前に気分も変わるだろう。
部屋の隅、壁にもたれて膝を抱えた状態。 これがいちばん落ち着いて読書ができる場所であり、姿勢である。 何故そうなのかは自分でもわからない。
若い頃は音楽に夢中で、自分の部屋では、まず音響再生装置のことから考えていた。今はそうでもない。昔のような大音量で聴くこともなくなった。 本棚をどうするかとか障子をいつも新しくしておきたいとか、そんなことが優先事項になった。
壁とパソコンの陰に隠れて本を読む。ちかい窓ごしに枇杷の葉が見えている。
昨日に続き宮本輝さんの本を読み耽る。 音楽はパット・メセニーばかり。 「お気に入り」。
am5:00 起床。朝から雨。昨日ほどではないけれど今朝も暖かい。 掃除、洗濯。 早朝のラジオから10年前のオリジナル・ラブの歌が流れる。ソウルフルなアレンジ。少しも古くならない。
am6:00 雨の隙をついてハナと散歩。 am7:30 朝食。ごはん、三度豆とお揚げとお芋のたき合わせ、焼き太刀魚、納豆、舞茸とナメコのみそ汁。
正午 昼食。そばサラダ(ハム、キュウリ、トマト、玉子)
●宮本輝「血の騒ぎを聴け」を読む。一々、頷くことばかり。 ●ハナが階段からのジャンプに失敗。左前脚の関節を痛める。 夕方の散歩は中止。
pm6:30 夕食。串カツ、野菜とゴルゴンゾーラチーズのクリームシチュー。
●NHK「ご近所の底力」で猫の飼育方法について勉強。野良猫に対する対応もぼくと同じ主張がされていた。
●宮本輝さん、向田邦子さんの文庫本がたくさんあることに気付く。 読もう!!
●日本の「ネイティヴ」を考える。現在、何が見えるのか。何が表現できるのか。
●夜、ハナの状態がかなりよくなる。一安心。
昼過ぎから雨が降り出しました。 最初は細く、やがてだんだんと強く。
日の出の頃は曇っていたものの、すぐに晴れ間がでて気温も上昇。春の陽気になりました。このまま持つかなと思っていたのだけれどそうはいきませんでしたね。
いろいろと調べものをしていて、利休キリシタン説に遭遇。なるほどと思える点がたくさんあります。 茶の作法と洗礼の儀式の類似点など。 安土桃山時代、秀吉が伴天連禁止令をだすまでキリスト教徒はもの凄い勢いで増え続けていたのですね。権力者が恐れるほどにまで。 利休こそ隠れキリシタンだ、と熱をこめて主張をされている方の著作もあります。なかなか面白い説です。
今日は谷崎を読んで、パット・メセニーのMap of the Worldを聴きました。
夜になっていよいよ本降り。明日も雨のようです。 冬は一休み。
本棚の整理をしていたら文庫の「文章読本」がでてきました。 「文章読本」といえば谷崎潤一郎ですが、これは吉行淳之介さんによるアンソロジーです。 収められている「文章に関しての文章」は谷崎潤一郎、伊藤整、萩原朔太郎、井伏鱒二、宇野千代、中野重治、佐多稲子、川端康成、三島由紀夫、中村真一郎、野間宏、島尾敏雄、小島信夫、安岡章太郎、吉行淳之介、丸谷才一、野坂昭如、古井由吉、澁澤龍彦、金井美恵子という面々によるもの。
短い文章がずらりと並んでいます。が、そのなかでも読むのに難渋するものもあれば、ふむふむと読み進めるものもあり、自らの能力は棚に上げて、なんと多様な考えがあるのだな、と楽しんでおりました。
今、谷崎の本を集中的に読んでいることもあり、「彼の」(こういう人称代名詞を谷崎は攻撃しています。自分も初期に多用していたと認めつつ)文章に対する考えに注意が向きました。
おもしろかったのは、自分に向いたスタイルを見極めてから文体を選ぶべしとして、そのスタイルについて述べた部分。 口語の言文一致の作家においてさえ、和文脈好みと漢文脈好みがある、と。それは酒でいえば甘口派と辛口派でもあり、朦朧派と明晰派ともいえ、流麗派と質実派でもあり、女性派と男性派でありなおかつ、だらだら派とテキパキ派で、情緒派と理性派、さらに手っ取り早く言えば源氏派と非源氏派であるというのです。
「源氏物語」に対してどういう感想を抱くかでスタイルが決定的に違う、と。 森鴎外などは源氏物語のどこがいいのかさっぱりわからん、という御仁であったそうです。源氏派としては泉鏡花の名がまっさきにあげられていました。 谷崎本人は青年期は漢文風に興味を抱いたものの、歳をとるにしたがって完全に和文の方へ向かう自分を止められなくなったと書いています。
このアンソロジーの後半に収められている丸谷才一氏の、そうなった原因は松子夫人の恋文であろうという推理もおもしろかった。現在の谷崎研究では谷崎潤一郎における松子夫人の存在がいかに大きかったかが語られてもいます。書き上げた作品を松子夫人ら読んでもらい、夫人の感想をとても尊重していた云々…。
で、時間は飛んで現代の作家はどうか。 だらだら派とテキパキ派はあるかな、むしろ翻訳、非翻訳という区別の方がわかりやすいかな、といろいろに思いをめぐらせていたのでした。 源氏、非源氏はもはや有効ではないのかも、などと。
ぼくなどこの日記でさえ、あいかわらず「だ」「である」調で一度書いて、「です」「ます」に書き直すことがたびたびあります。
蛇足。 先ほどの丸谷才一氏がてがけたジョイス「ユリシーズ」の翻訳について安岡章太郎氏がこてんぱんに書いています。確かに「文体」についてジョイスにかかわったものはデリケートな物言いを要求されるのでしょうけれど…。
というかこの二人を同じ本に収めてしまう吉行さんも凄い!ですよ。
いつものように朝5時に起床。冷え込みました。 その時、ラジオでは昼に気温はぐんぐん上がるといっていました。
はたしてそのとおりになりました。 ここのところ気温の変動が大きくて、まるで波のように季節が動いています。
「音函」10冊を仕上げに出しました。これでオファー分は一段落です。 長かったというのが実感。暇を見てはずっと作り続けてきましたから。 あとは手元に置く分ですから、これはのんびり作れます。いつでもパソコンから本が取り出せるというのが、このやり方の強みですね。
作らなければ、という気持ちがずっと支配的でしたから、創作にはいったんその気持ちをふりきって向かう必要がありました。 これからは創作に向かう気持ちの比率も時間も大きくすることができます。
休日なので「音函」をたくさん作ります。 プリンターはフル稼働。
さて、ぼくのように所謂「産直出版」で本をつくっている多くの人が製作過程で同じ問題に直面しています。 それは印刷での「紙さばき」問題。
使っているソフトにもよるけれど、通常「両面手差し印刷」のモードで印刷します。 片面はいいんです。たとえ紙が二枚くっついていっても白紙をとればいいだけ。ところが裏の印刷ではそうはいきません。 どこかで一度に二枚もっていかれたらそこから後は全部駄目になります。
そこでどうするかというと、間髪入れずに紙をいったん引き上げるしかないのです。 プリンターは紙送りが中断したので自動的に停まっています。うまくいけば紙を調整して再開すればなんとかなります。
これがぼんやりしていて、例えば文庫本なんかに夢中になって機械まかせにしていたら全部おじゃん。「産直出版」のメルマガでも、このことはよく取り上げられていて、やはりじっと見ているしかないんですね。
印刷前に紙を揃えて上から息を吹き込むとか、紙の端を持ってぱらぱらとやるとか、 みなさん対策として同じことをやっています。それでもエラーはどうしてもでます。
そんなことに溜息をつきつつ、しかし、できあがった時にそれぐらいなんでもないと思える充実があるんです。
また紙の種類にこだわる人もいますね。普通の紙問屋にはおいてないような「書籍用紙」を探し求めている人もいれば、逆に断固「コピー用紙」という人もいてなかなか愉しいです。
ぼくは表紙の型押しと、間に京都の和紙を挟み込めたら、と思っています。次の本で実現できたらいいのですが。
さて、休日なので久しぶりにBeyond the Missouri Skyを堪能しました。パット・メセニーとチャーリー・ヘイデン。 静かです。
P.S トリノの開会式。ヨーコ・オノさんのスピーチ、そしてピーター・ガブリエルのイマジン。駆け上がる聖火。
●歩いていてふと空気が違う、と感じた。 違う街、違う場所。 見知った街なのに、全然違う街のように思えた。 街の空気が違うというのは匂いとかそういうのではなくて、雰囲気というか質が違うという感覚。何故だろう。
●ここのところジャズピアノでは大西順子さんをよく聴いている。古い盤ばかりだけれど、かっちりした感じが好きで。
●ロックでは以前に「バトン」で触れたU2がアカデミーをたくさん受賞してた。あのアルバムは傑作だと思う。
●ハワイアンでよく日記にも書いているケアリ・レイチェルがテレビCMで流れています。
●モーツァルトは交響曲9番。 それとモーツァルトではないけれどトリノのフィギュアで安藤美姫さんが使う「蝶々夫人」をテレビで。練習ではヴォーカルの曲を使っていたのだけれど(本番の演技では歌は禁止されています)それがびっくりするぐらいとてもよかった。あれは誰だろう。
●芥川賞受賞の「沖で待つ」。河野多恵子さんがこれぞ純文学だと激賞されていた。文春で読むつもりです。
●夕方、散歩していると街の空気が緩んでいました。明日は少し暖かになりそうです。
| 2006年02月09日(木) |
YAZAWA。そして… |
寒い日が続いています。だけど今日の午後三時くらいに、あれ、暖かい!!と感じました。風が止んだからなのか、陽が差していたからかわからないけれどなんだか久しぶりの感覚でした。
明日の朝は今年いちばんの寒さになるらしいけれど、来週ぐらいには春のような日もあるみたいだし、寒暖を繰り返しながら暖かくなっていくんでしょう。
今日は夜のハイヴィジョン特集で矢沢永吉2005ライヴハウスツアーを見ました。相変わらずオーラが凄い。56歳、前向いてるなあ。 「自分に尖る」見本。
その番組の直後がモーツァルトだったんだけど、苦もなくそれを聴けるというか、入り込んでいく「自分」というのもおもしろかったです。
今日のモーツァルトは「孤児院ミサ曲」。モーツァルトの宗教曲はぼくにはとても優しく響いてきます。
最近なにかが積み重なって行っている感覚があります。まだかたちにならないなにか。 耳を澄まし目を凝らしています。
小学校から高校まで、或いは幼稚園でもあるかもしれない。学校によっては、朝の始業前の僅かな時間を「読書の時間」として、それぞれが好きな本を読んだり、あるいは先生の指定する本を朗読したりするのだという。
実は高校のあるクラスで「音函」を、どの作品かわからないのだけれど、その「時間」にとりあげていただいたそうだ。
どんな感想を持ってくれているのだろう。名誉に思いつつも正直すこし怖い。
数は少なくとも熱心なファンはいるそうやで、と、そのことだけを高校の先生が教えてくれた。
去年は「光函」を読んでくださった高校の先生方から感想をいただいた。「音函」についても徐々に感想をいただき始めた。
つぎの「本」を書いていきます。
| 2006年02月07日(火) |
Porco Rossoにて |
今日は文庫本主義者の誕生日。 夕方に文庫本主義者夫妻とぼくと三人で西大路大将軍のイタリア・レストランPorco Rossoへ。実は知る人ぞ知るいい店なのだ。
味にうるさい二人は京都のおいしいところのほとんどに行き尽くしていて、新規開拓したところもすぐに雑誌に取り上げられて行きにくくなるとこぼしてばかりいるのだけれど、ここPorco Rossoだけはもっとお客さんが入らないかなあといつもいっている。 空いてるおかげでいつも隠れ家のように使わせてもらい、料理を満喫しているのだけれど、つい経営状態が心配になるのだと。
今日はそこへ、半ばぼくが招待されたかたちで食事会になった。料理は抜群。値段も料理のグレードからいって妥当。むしろ安いかも。
さていつもぼくを叱咤激励してくれる「主義者」のためにプレゼントを。 まず旦那さんから深紅の薔薇が三本。 えへん、何十年も暮らしてきたぼくらは「割り切れない」関係だからね、と。
そしてとても珍しいチーズケーキのバースデイケーキ。「主義者」は甘いケーキが駄目だからさすがに選ぶものが違う。 それも御旅商店街の「加納」のケーキだ。ここは実はプリンを筆頭においしいことで一部の市民にはとても有名なところ。ぼくも最近知ったばかりだった。よく探し出してくるなあ。
ぼくもプレゼントを薔薇を添えて。もちろん薔薇は偶数で。 「割り切った」関係ですから、なんていわずに黙って渡した。
三人はにこり。 で、Happy Birthday!!
ちなみにPorco Rossoとは「紅の豚」という意味です。
am5:00 起床。今朝も冷え込んだ。珈琲を淹れる。掃除。 am6:10 ハナと散歩。全天曇。まだ降ってはいなかったけれど、帰り着く頃にとても細かい乾いた雪が降り出した。
am7:30 朝食。ごはん、舞茸とワカメのみそ汁、焼きお揚げに大根おろし、ほうれん草の胡麻和え、ジャガイモと三度豆のたき合わせ、ヨーグルト。
●雪はみぞれになり雨になったり。だいたいみぞれだった。
正午 昼食。トースト、バターと自家製リンゴジャム。
●みぞれが降り続く。
pm17:30 ハナと散歩。近所の私大の入試が終了。閉鎖されていたいくつかの通用門が開いた。
●漱石全集の続きを読む。新しい小説をかきはじめる。 エズラ・パウンドを読む。「壁の住人」を読む。
●数日前に、「遠い鐘」でも書いた「京都検定」の結果が発表された。案の定、一級は司法試験なみの厳しい合格率。たしかに大学で史学を専攻している人間でも難儀しそうな論文問題だった。市民が受けるのには難しすぎるという声があるけれど、これぐらいは想定内だそうだ。ほぉー。
●富田ラボを聴く。22日に新譜がでる。
pm18:30 夕食。おでん!!ぶりかま!!ごはん!!
●新しい作品のことを考える。 ●夜になってみぞれは雨に変わった。
●雪がちらつく寒い一日でした。 昨日、名前を書き間違えたけれど、堂垣園江さんの「壁の住民」を読み続けています。「群像」2月号。
●自らの作品については、モチーフを決めて制作中。まだノートの段階。 ●今日聴いたモーツアァルトはクラリネット協奏曲K622。小澤征爾指揮のボストンで。
●オペラは「魔笛」、交響曲は41番を。 ●今日聴いたジャズは大西順子さん。
●一日が終わり、モーツアルトを最後に聴くと、「ゆっくり過ごした日曜日」になりました。
●一日中、冷えました。日本中が冷え込んだようですね。沖縄だけが例外か。寒気団というのはまるで「呼吸」のように伸びたり縮んだりするもののようです。じゃあ「誰が」呼吸しているのかなあ、とふと考えてしまいました。「北極」?っていうのがあってるのかどうか…自信ないです。
●文學界2月号。高橋源一郎さんの連載評論「ニッポンの小説」と詩人である蜂飼耳さんのエッセー「その人は黒かった」を読みました。冒頭の詩が高橋睦郎さんでした。さらに読書中。
●群像2月号では平野啓一郎さんの短編と堂園さんの作品を読みました。さらに読書中。
●大西順子さんの「Crusin`」を聴く。強い音。「CARAVAN」。大好きな「ROZ」。
●京都の読者の方から「魚子薔薇」を評価していただきました。
●夜、音楽を聴きながら寝る、ということを止める。あたりまえのようだけれど睡眠の質をよくしたいから。 ベッドサイドから再生装置が消えました。
●明日も寒そうです。
●午後に入って強烈な西風が吹きました。雪も少し舞って。 空がどんどん透明になっていきました。 明日はかなり寒いようです。
●仕上がりのできた「音函」をもらいに行き、家でさらに新しく製作。 毎日少しずつ作り20冊ぐらいになると仕上げに出しています。
●本をたくさん購入。とても刺激になります。 ●作品の端緒につきました。細かなところまで詰めず、流れだけを意識して書いていこうと思います。
●今日はモーツァルトのピアノ協奏曲20番、24番を聴きました。モーツァルトには珍しい短調。始まりが強烈。全体のうねりも強烈。 ピアノはクララ・ハスキル。たぶん彼女の残した録音のなかでも傑出したものだとぼくは思います。初めて聴いた時は肝を抜かれました。 だから何度目でも聴く前には緊張します。
今朝は久しぶりに晴れた。明るくなっていく東の空を見ていて、日の出の時間も早まりだしたことに気がつく。 今がいちばん寒い頃だけれど、冬の残りは少ない。
朝刊で最新の国内文学の時評を読む。「群像」がおもしろそうだ。
ところでここ二、三日、「作品の古さ」とはなんだろうとかそういうことを考えている。 たまたまみつけた昭和39年の世界文学全集の訳文に「古くささ」ばかりが感じられて、そしてとても「読みにくい」と感じたことが原因なのかもしれない。
だけどその前に読んでいた谷崎潤一郎の「春琴抄」や「蘆刈」には全然古さを感じなかった。「蘆刈」などは句読点の極端に少ない古来の日本文学の「書き方」を採用しているのだけれど、むしろ新しさを感じていた。短いセンテンスで積み上げていくスタイルに慣れきってしまっているからだろうか。
谷崎の作品だって書かれたのは古い。だけど新しい。 何故だろう…。
詩でも言い回しが古いと感じるのは近代詩の訳詞に多く、それよりも以前に書かれた俳句や短歌には全然古さを感じない。
いや古いから悪いのではなくて、問題なのはとにかく「読みづらい」こと。読んでいるという感覚が希薄なことなんだ。
保坂さんの「書きあぐ」に、小説の場合、その小説が「今を生きている」ものは古くならないとあったように思う。 「小説の中の今」ということだろう。チェーホフもしかり、ドストエフスキーも…。だけどそれを「古い日本語」で訳されたらどうだろう。
古く感じるのは「訳」だからなのか。外国文学はある期間が過ぎると「新訳」が必要なのだろうか。 そういえば外国文学ではないけれど古典の「源氏物語」は何度か口語に置き換えられた版がでている。しかし明治以降のものしかぼくはしらない。 江戸時代にはなかったのだろうか。 実は今、古典で「伊勢物語」を読んでいるのだけれど、解説によればひろく庶民にまで読まれていたのはこちらのほうだという。確かに「源氏」は美しいけれど、下世話な(ともいえるんじゃないか)「伊勢」のほうが生き生きしているように思える。「読める」のだ。
それとも古典になってしまうと今や完全に「違う言語」だから新鮮なのだろうか。
ぼくは若い人のようにはもはや書けないけれど、若い人にはできなくてぼくらか、ぼくらより上の世代にできる「今」の書き方もあるはずだと思う。 と、思うのだけれども古典に傾倒した頃の谷崎、あるいは能の脚本の骨格、古典の物語口調にとてもひかれている現在である。
「今を生きる」小説、詩を模索しています。
|