散歩主義

2006年04月30日(日) おくりもの



プレゼントを戴いた。
一つ。
万年筆を「文庫本主義者」の夫君から。
万年筆は大好きな筆記具である。だけどもモンブランの極細を使い損ねてから、しばらく使わなくなっていた。もう一本のシェーファーも旧いポンプ式でやはり細字である。
歳のせいで細字が苦手になってきたのか、それともやはり日本語には中字以上が向いているのか、「太字」のモンブランをいつか、と思ったまま果たせずにいたのだった。

戴いたのはプラチナの「中字」。早速、縦書きで書いてみるととても滑らかに書ける。これならわざわざ「太字」を求める必要もない。しかも貴重な「屋久杉万年筆」である。
ボディの部分に屋久杉が使用してある。
握った感触も見た目もとてもいい。有り難く頂戴した。




一つ。
最近、「光函」「音函」を読んでくださった方から、とても素敵な感想を頂いた。
ぼくは励まされ、また書いていく気を強くさせて頂いた。
何よりのプレゼントである。ありがたい。

この方も、そして「文庫本主義者」の夫君も短編小説がいい、とおっしゃってくれる。
詩について。
「文庫本主義者」の夫君など
いくら現代詩としてどうか、といったって大衆の分からないものなどなんの価値もない、という。
言葉によるイメージの喚起、言葉の感覚、言葉遊び、そういうものは不要だという方だ。
現代詩は「詩を書く人にしか分からない詩」になっているのだろうか。俳句や短歌のほうがおもしろいという。


「光函」は2007年1月末で絶版となります。



2006年04月29日(土) 新葉





冬を越えて、桜がちらほらと咲きだす前後から薔薇の新しい葉が現れる。
初めて世界に触れた「肉」のように思えるのは
その血の色に似た赤のせいだろう。

手で触れてみると柔らかい。
柔らかい血の葉が茎の至るところに小さく現れ、成長をはじめる。
茎もぐんぐん伸びていくのだが、その茎に現れる棘もまた赤い。

やがて世界に慣れ親しんだように、葉の赤は緑に、棘は焦げ茶へと沈んでいく。
赤い新葉に包まれていた蕾がいよいよ姿を現す。

花までもう少しだ。



2006年04月28日(金) 第12回尖展




京都市美術館へ。
やっぱり広い。以前開かれていた別館よりはるかに広い。
で、メンバーたちの尖りぶりを拝見。
個人的には竹林柚宇子さんの「ひばり」と天宮志麻さんの「午後」に特に惹かれた。

見ていて思ったのは、「作風」。このメンバーたちの絵は何回か見ているからか、それぞれの作品を見てすぐに誰の作品かわかってしまうこと。
長くつきあっていけば、それを破ろうともがく感覚や、こだわろうとする感覚までもっと見えてくるのだろう。

「展示場所」について。
招待作家の荒井経さんの「景色」は、プルシャンブルーに沈む遠景を連作で描いていて、この作品はこの場所を必要とするだろうと思った。全てを展示しようとしたらもっと広い場所も必要だ。

もうひとりの池永康成さんの作品は昨年の個展からのものだったのだけれど、この方の絵は微妙な光線の配慮が必要だと思う。このサイズの作品を展示するならば、どの美術館でもそれなりの部屋や区切りを用意すると思う。
パーテーションで区切るなどの仕掛けはやりすぎだろうか。他の作品が大作揃いなのでふとそんなふうに感じた。
池永さんの絵が好きなので、見せ方にちょっと不満が残る。

それはともかく、天井も高く広々とした京都市美術館一階を十二分に活用しようとばかりに尖のメンバーたちはのびのびとした大作が目立つ。
作品群はおもしろかった。
高村総二郎さん、寺村里香さん、比佐水音さん、藤岡雅人さん、兼若和也さん、林孝二さん、マツダジュンイチさん、山口和孝さん、横田和枝さん、若狭悌尚さん、そして山本俊夫さん。

山口和孝さんの「Style7」は20メートルに及ぶ巻物風変化譚のような作品。あいまに一つだけ鳥と一緒にトビウオが飛んでたらおもしろいのになあ、などと思ったのでした。




2006年04月27日(木) 吉岡実散文抄・雑感

詩人・吉岡実についてはその詩集「僧侶」のイメージがぼく自身の吉岡実という詩人全体のイメージとなっていた。つまり観念的な、剃刀のように切れる詩人としての才能、何もないところに鋭いイメージを屹立させる驚くべき能力である。そして漠然とした近寄りがたさのようなイメージももっていた。

そのイメージは「すべての詩人」そのものを指しているともいえよう。詩人の重要な要素である。だがそれだけではない。この文庫に収められた散文を読みながら、その超現実的な詩はむしろ、観念ではなくリアリズム。それもひそかに「スーパーリアリズム」と呟きたくなるような精神によって生み出されていたことに気づく。

ただしぼくの中で、リアリズムとは、その「もの」を「そのとおり」に書くことを意味しない。書かれたものが命を宿しているかどうか。そういう意味でのリアリズムである。
「生きている」のだ。

驚いたのはリルケ「ロダン」についての文章と、「わたしの作詩法?」という散文だった。
ここに書かれていることはまさしく吉行淳之介さんが書かれた「叙情詩人の扼殺」と同質のことである。
トマス・マンの言葉を指針とした吉行淳之介さんと、そっくりの「こと」が、リルケの言葉と吉岡さんの間でも起きていたのだ。

(リルケの章句を読んだあとで)
『私は一つの方向を指示された思いだった。それからは、詩を書く時はつとめて、職人が器物をつくるように、「霊感に頼ることなく」手仕事を続けてきたのである』
(リルケ『ロダン』・吉岡実より)

あるいはこうだ。

『私は詩を書く場合、テーマやその構成・構造をあらかじめ考えない。白紙状態がわたしにとって、もっとも詩を書くにいい場所なのだ。発端から結末までわかってしまうものを私は詩とも創造ともいえないと思っている。
 だから私は手帖を持ち歩かない。喫茶店で、街角で、ふいに素晴らしいと思える詩句なり意図がうかんでも私は書き留めたりしない。それは忘れるにまかせることにしている。わたしにとって本当に必要であったら、それは再び現れるに違いないと信じている。私は詩を書く時は、家の机で書くぺき姿勢で書く。いってみれば、きわめて事務的にことを運んでいく。だから彫刻家、画家、いや手仕事の職人に類似しているといえよう』
(わたしの作詩法?・吉岡実より)

徹底しているといえよう。吉岡さんが常に心砕き、大切にしていたことはリアリティの確立であることも、このようなストイックな姿勢から容易に理解できる。

また、逆説的に感じすぎてしまう詩人の姿が浮き彫りにされてもいる。とくに「作詩法」の引用部分はほとんどの詩人の逆ではないか。
多くの詩人が例えば家中至る所にノートを置く。ぼくなども犬と散歩する時に鞄の中にメモと鉛筆を必ず入れている。

だが、胸に手を当てて考えてみる。そういうものからいい詩が生まれたことがあるのかどうか。そのまま作品になったことは実はない。
いままで「婦人公論」で入選したり、評価を得たものはものはすべて、机の上で生まれた。
詩神は偏在するという信仰、に近いものがぼくにはある。だから浮かんだものを逃すまいと思うのだが、吉岡さんはそれを拒否する。拒否しても尚浮かんでくる言葉に、ようやく向き合うのだ。

詩神が偏在する。というのならば、机の上にも降臨して然るべきなのだ。むしろそこに集中して詩の生成を願っているのではないか、と自分に問うてみた。そのことに意識的になっていたかどうか、だ。

詩が生まれるのはいつでもどこでも。だとしたら自分にもっと引きつけるべきではないのかとも思った。自分の中に生まれてくる、ことをもっと感じるべきだと。
何故ならほとんどそうやってぼくも詩を書いてきているからだ。

その部分を読んでからは吉岡さんの詩に立ち返り、作品を作り上げる「手つき」ばかりを感じていた。

ぼくはエズラ・パウンドという詩人の詩をよく読んでいるのだけれど、彼の詩業に冠としてつけられた「イマジズム」という手法によく似ている。

『意識の流れは誰の中でも豊かに流れる。それを停止することが困難だ、すなわち文字の1行1行に定着させることが。
発生したイメージをそのまま生け捕ることが大切である。
 わたしはそれらの方向へ一つの矢印を走らせてその詩的作品の最後を飾るだろう。詩は小さく結実してはつまらない。詩は他の次元まで拡がっていくべきだと思っている』

(わたしの作詩法?・吉岡実より)


ところで五月になると、庄野潤三さんの創作作法についての随筆集が文庫で出る。
「私は経験したことしか書かない」という宣言を読むことになるだろう。
それはそれで今からわくわくしているのだけれど、
そのことと、超現実といわれる吉岡さんの詩は意外に近いところにあるのかもしれない、と思った。すくなくとも散文のスタイルは驚くほどよく似ているのだ。



2006年04月25日(火) 「尖展」が始まった

今日から京都市美術館で第12回「尖展」が始まった。
京都、滋賀を中心とした日本画家の「グループ尖」。
結成から12年ということになる。
「尖」を知ったのは、竹林柚宇子さんがそのメンバーにいたことから。
昨年、展覧会に足を運び、初めて竹林さんにお会いしたのだった。
もちろん今年も行く予定。

メール便で案内を戴いたのだけれど、そこに書かれた結成当初の「結成主旨文」がとてもよくて感心した。がんばってるなあ、と。


今回はメンバー13名に加えて、招待作家がふたり。
荒井圭さんと池永康晟さん。池永さんも「竹林さん繋がり」で知ることができた作家さんです。
去年、個展を拝見したのだけれど、熱のこもった作品を覚えている。
今年も楽しみだ。

今日、本が2冊到着。
ひとつは永田農法に関するもの。もう一つは「吉岡実散文抄」。

今、吉岡さんを読んでいます。「超現実的なリアリズム」。
学生の頃から、いつかこの人の詩が胸にすとんと納まりだしたら、徹底的に読もうと思っていました。
「静物」という詩。何度も読んだ詩ですが、最近、読んでいて、違う感じ方をしました。
しばらく吉岡さんを読み続けます。



2006年04月24日(月) 山がうすく黄砂に霞んでいた日

4月も終わりに近い。今日も黄砂が降った。
例年になく今年は降る日が多い。

明日の朝は相当冷えるらしい。ストーブも片づけてしまっているから
我慢するしかない。人、犬、猫はいいとしても、植物たちはだいじょうぶだろうか。新芽や若葉はみんな柔らかく繊細だから少し心配だ。
5℃ぐらいだとほとんどダメになる。

創作は少し前進。
ノートから離れ、直接PCに打ち込んでいく。

朝、「めざましテレビ」で「今日のワンコ」を見るのが楽しみなんだけれど、あの番組でいつも歌っているデフ・テックの歌がとてもよかった。
ラップなんだけど、歌っていることはハワイアンだね。アロハ精神なんてね。いいじゃん。

今日はチャーリー・ヘイデンとインディア・アリーを聴いていました。



2006年04月23日(日) 暖かな日でした

朝からラジオをつけっぱなしにして作業を続けました。
詩の投稿と「光函」「音函」の送付準備。
月曜日に送付予定です。
「光函」は家の在庫がなくなってしまいました。これも発注。

次の本に予定している稿の書き直しが続いています。
ベースはゴザンスに書いていた800字小説。全然違うものに成っていきます。

書きながら意識的に本を読んだり絵を見たり音楽を聴いてきました。
自分をずいぶん深く耕すことが出来た気がします。
「結局のところ…」というスタイルが見えてきた気がします。
本に反映していきたいです。

で、二人の先輩からのご意見を頂戴しました。
ひとつ、「音函」は安すぎる。1000円以内で「光函」の体裁を、自分で作るように。
ひとつ、もう投稿を止めるべし。本で勝負しなさい。どうしても投稿するなら詩誌にすること。

ただいま考えています。どちらとも出来ない話ではありません。

ただいまの興味はピーター・グリーン。
ギタリストです。

だけどやっぱりウエス・モンゴメリーがいちばん好きですね。



2006年04月22日(土) ネットの「私」はどこにいくのか

平野啓一郎さんの「顔のない裸体たち」のこと。

この作品は単行本になる前に「新潮」で読んでいた。今年の彼の作品は出来るだけ早く読み進めていきたかったので、掲載された文芸誌で読んできた。

いくつもの短編群の中で、もっとも長く、また核となるのも「顔のない裸体たち」だと思う。
だけどはっきりいって本作を読むのはかなり苦痛だった。ネット上で起きた「事件」からリアルな主体たる人間が揺さぶられていく物語だったからだ。

主人公たちは性的な欲望を暴走させる。何も歯止めがない。
何故か。タイトルにあるように自らの「顔がない」、つまり何者かというところをカモフラージュ出来るからだ。
しかし、それがどこの誰だかわかってしまったら…。
読んでいて苦痛に感じたのは、物語りが実際あり得ると感じたからだろうと思う。

平野さんはネットに潜む心理を剥き出しにして見せた。それが何か生々しく、それが嫌で顔を背けたくなったのかもしれない。
しかし、提起されている問題は苦々しいほど深刻だと思う。

今日の京都新聞に平野さんの本作に対する発言が書かれていた。
その前段でこう語っている。
「今の作家は2種類に分離されつつある。ネット上で起こっている出来事がピンとくる作家とこない作家に。少なくとも若い作家はネットでの問題を深刻に受け取るべきです」


では問題意識はどこにあるのかというと次のようになる。
「ネット生活が定着したことで『実生活の自分』と『ネットの中の自分』の境界が内面化してしまった」
「人間の内面で分裂が起きている。つまりネットは、意思によって統一されていたはずの『近代的な主体』の概念を脅かしたのです。だから、当初大きな拒絶反応があった」

で、平野さんの興味は
「そうした自己の分裂状態の継続は可能なのか」ということだという。

実際にネットにかなりかかわっている自覚がぼくにはある。
だから、そのあたりのことは自分でもよくわかる。意識はしていないけれど分裂した自己というのもたぶん経験したと思う。匿名の誰か、になるということである。
だけど分裂した自己にまかせるような欲望がなかった。そして、ある時点からぼくはネットに対してかなり「構える」ようになった。

だけどこれからどうなるのだろう。
ネットにいる人たちのそれぞれの手で、ネットそのものは刻々と変わっていっている。

ネットはどこに行き着くのか。もちろんポジティブな側面も含めて見つめていたいと思う。



2006年04月21日(金) 投稿について

発売日より前だけれど婦人公論が届いた。
投稿仲間のりりこさんが見事に入選。他にも新しい顔がみえる。
ぼくはここのところまったく選からはずれている。
はずれるたびに、勉強しなければ、と思う。

書く事の重心が投稿から自主製作本のほうにかかってはいる。
本を読んだ方からのメールや口頭で感想を伺ったりすることが
とてもありがたいし、うれしい。
だからそちらを優先していくのは変えないけれど、

投稿はたとえ死ぬまでボツでも止める事はないと思う。
落ちるのは「勉強」が足りないだけのことだから。

いい感じで集中できそうです。



2006年04月20日(木) 風の荒れた日

多和田葉子さんの「旅をする裸の眼」の感想を書きました。
感想に書き忘れたのだけれど、物語のスピードを感じました。
短いブロックで散文をまとめ、それの繋がりで小説を形成しているからだと思います。
だからスタイルとしたら散文詩にとても近い小説だともいえるのではないでしょうか。

今日はレモンミストと、イソトマを植えました。実はタキイ種苗に発注した苗がまだ届くのです。いったいどこに植えるのか…。
検討ししなければ。

天候は晴れてはいるものの風か強く、だんだん雲が多くなって来ました。

読書を少し中断して創作へ重心を移動していきます。



2006年04月19日(水) 読み耽る

ずっと読んでいる「旅をする裸の目」(多和田葉子)をもうすぐ読了します。
何ともいえない感慨がひたひたと押し寄せてきました。
映画を見終える前の感慨に似ています。
明日ぐらいに感想を書きたいと思います。
傑作だと思います。



2006年04月18日(火) 「庭仕事の愉しみ」




今日はとても暖か。
散文を少し書き、本にする原稿を少し進める。


本日の植え込み。
ミヤマホタルカズラ、2株
エニシダ…昨日より小ぶりを1株
土と鉢底の土が足りなくなって、買い足す。
スライラックスさらに5株。
西側のデザインと配置はほとんどできあがった。
東側では薔薇たちがいっせいに蕾を付けはじめた。

ヘルマン・ヘッセ「庭仕事の愉しみ」のカヴーァに使われている
写真がとても好きで、この時期、机にたてかけている。
むろん、時々読みかえしてもしている。

ヘッセ曰く「庭仕事は瞑想である」。
ヘッセのこの本は日本では大評判になった。この本と「人は成熟するにつれて若くなる」は愛読書です。


画像は同書。横のマウスパッドはアボリジニの絵です。オーストラリアのおみやげ。



2006年04月17日(月) 最初の蕾

ようやく晴れ間のひろがった今日、朝のうちに植物の状態を見ておきました。
5月の開花を目指してぐんぐんと若葉がでている薔薇。東側のいちばん風と光の当たるところの薔薇から咲くと思っていたのですが、意外や意外、いちばん日の当たらないところに生えている、ツル薔薇のピエール・ド・ロンサールにいくつもの蕾ができていました。

今日も時間の隙をついて植え込みをしました。同じく西側のスペース。
ミントブッシュ…2株
スライマックス…3株(観葉植物)
エニシダ…1株
●エニシダは黄色い花のついているものを。鮮やかです。
ジャスミン…2株
●ジャスミンはこれで全部で5株。うち鉢が3つ。2つの株を地植えしました。壁に繁るといいんですが。イタリア・トスカーナ風。無理かなあ、冬寒いし…。
香スズラン…1株
これは雨が当たってはいけないもの。庇の下に。

明日はさらに気温が上がりそうです。植物たちがぐんぐん伸びていきます。



2006年04月16日(日) テラコッタプランター

西側のスペースに直方体のテラコッタプランターをずらりと並べて、小さい花を主体に植え付けをしました。

植え付けたもの。
イングリッシュラベンダー…2株
小花サフィニア(ヴァイオレット)…2株
バーベナ(白)…2株
バーベナ(ヴァイオレット)…2株
ステラ…(白)…2株

これで西側のスペースはフレンチラベンダー、ピエール・ド・ロンサール、バーベナ、ステラ、サフィニア、ロベリア、撫子、イングリッシュラベンダー、檸檬、ニュードーンというラインアップになりました。

このうち、つる薔薇が2種類。ラベンダーが2種類。あとは全部小さい花。だから名前の多さのほどにはスペースはとっていません。それでもジャスミンのスペースはもうなくて、思案中。
さらにフレンチラベンダーの前にも小花を植える事になっているので、さらに増えます。

小さい花は全部テラコッタのプランターに植えました。鉢が水を吸うので夏場の水遣りは気を使わなければなりませんが、質感と存在感があるのでよく使います。

日中ずっと作業してたら、お隣のニューカマー、ミニチュアダックスの「夢ちゃん」が登場。抱き上げたら顔中舐められました。

いいっーねっ!!!



2006年04月15日(土) 「永田農法」

唐突ですが永田農法で野菜を作ってみようか検討中です。

植栽好きが高じて、今まで大型のプランターでトマトやキュウリを作ってきました。ローズマリーやラベンダー、バジル、イタリアンパセリなどはずっと育ててきて、料理によくつかってもいます。

永田農法とはなにか。上のリンクで糸井重里さんの「ほぼ日」のなかにある永田農法の紹介を読んでもらう事がいちばん手っ取り早いのですが、ぼくがいちばん惹かれたのは、レベル以上の作物が素人でも(素人だからこそ)できる農法だということと、育てる土地を選ばないということでした。むろんプランターでもできます。

特徴的なのは有機栽培ではないということ。植栽を好む人間にはよくあるのですが、野菜をつくっているのか肥料をつくっているのか本末転倒になりがちなことがあるのです。そうではない、と。野菜本来の生命力をひきだすやりかたです。痩せた土地で、ほぼ液肥のみで、という育て方。

きっかけはクロワッサン4/25号「日々の食事。」でした。
食のあまりの貧困ともいうべき乱れ方と、まったく逆の精神と肉体の健康をきちんと配慮して暮らしている人との記事を読んだ時、これは後者をきっちり見習わなくては、と思ったのでした。

食の基本を野菜、魚、穀物にするとして、その肝心の野菜がより多くのビタミンやミネラルを含む、「本来の野菜」として自分の手で育てられるのだとしたらやらない手はないように思えたのです。

自らが健康を害し、潰れていくのは因果応報だとしても、人にまで害毒を垂れ流すような生き方は選びたくないし、ぼくにはまだ大切にしたいものがあります。
健康オタクになるというわけではないけれど、病気になった時のしんどさ、経済的負担、周りへの影響を考えたら、できることに取り組む事に
てらいも躊躇も必要ないでしょう。

実際、多くの友人や身内の苦しみをみてきたし、過去のある時期、自分が苦しみを振りまいていたという「負い目」のようなものも正直あります。
自助努力をしなくては。

幸い、薔薇づくりを筆頭に草花は毎年栽培してきましたし、野菜も経験があるのですんなりはいっていけると思います。
やるぞっ。



2006年04月14日(金) 文字について

文章を書くことが嫌になる理由の一つに、自分の字の汚さがある。
いい歳をしてなんだと思われるだろうけれど、小学生のころからぼくは自分の書く字が大嫌いだった。

ここのところずっと、意識して字を書いている。「変えている」ともいえるか。
鉛筆をつかい縦書きで書いているうちに、3Bでは柔らかいように感じ始めた。ついこないだまでは4Bでちょうどよかったのだが。筆圧が強くなってきたのだろうか。それぐらい暇さえあれば何かしら「字」を書いている。

それはさておき、字がきれいになるという事は、書き始める際の障害が減るように思えた。いやそれどころか言葉の扱い方が変わり、思考方法が少し変わり、生活の質まで変わるのだという思いがある。
個人的には確信に近い。

小論文試験対策のひとつとして、ボールペン字講座の受講をすすめる人がいる。そんな外面をいじってどうする、と思うなかれ。ぼくもその意見に賛成だ。
まず字が驚くほど「読みやすくなる」ことは間違いないし、高い確率で「美しく」もなる。それはなにより、試験官が「読んでくれる字」に変身した事を意味する。これは大きいよ。
それと、ぼくの個人的な意見だけれど、美しい字(読みやすい字、でもいいんだけれどあえて美しい字)は必ず自分にフィードバックする。
読み直しが苦ではなくなり、文面の見通しがよいから文章の直しがスムーズにできる、はずだ。

パソコンで「書く」のはいいけれど、ノートに書くのはどうもとという意識がずっとぼくにあったのも、字面の悪さにうんざりしていたことに原因があったのだと思っている。
ぼくは悪筆だ、という劣等感がずっとあった。

「音函」や「光函」を封筒に詰めて宛名書きをするのだって冷や汗ものだった。懸命に書いたけれど、うっかり私信まで気が回らなかったりした。
申し訳なく思っています。すみません。
(それにしても返信してくださる人たちの字の綺麗さ。素晴らしいと思いました)

だから、自分の字が好きな人は、きっと筆まめになると思う。それはとても大切な事に思え、今、意識して字を修繕中なのである。
よく美しくなくとも読みやすければいい、というけれどそれでは自分を合理化してしまいそうなので、美しい字(なるべく客観的に……)、人に不快感を与えない字、自分が顔をしかめなくてすむ字を目指している。

(講座を受講しているわけではありません。ある新書を参考にしています)



2006年04月13日(木) 「春樹をめぐる冒険」


「春樹をめぐる冒険」という国際シンポジウムが東京で二日間にわたって行われた。
「春樹」とはもちろん村上春樹氏。村上先品は現在三十以上の言語に翻訳されているという。
歴史も風土も異なる国々を貫いてひろがる魅力を探るシンポジウムなのだ。

『現存する日本の作家について、翻訳者たちがこれだけいろんな国から集まって国際会議を開くのは初めてではないか』
(沼野充義・東大教授)

むろんぼくは東京には行っていないから、地元紙の記事からいろいろと考えた。記事といってもそれは詳細なもので、一面全部を使うぐらいだから、村上作品がいかに注目されているかという証左でもあろう。

昨日まで読んでいた辺見庸さんの「審問」の余波が頭に残っていて、くらくらしながら考えた。村上春樹氏に関する記事を読んでいるのに、辺見さんの文言がふいに浮かんでくるのだ。

ふう…。
ところでぼくは村上春樹「ファン」だけれど、周りの人間は「アンチ村上」が多い。だからといって、みろよ国際的にはこんなに評価されてるんだぜ、とは自慢しない。「アンチ」の人もまた強固なのだ。なにがなんでも嫌いなのだ。だからそんな事はどうでもいいのだ。

ぼくが考えてみたかったのは、どうしてこんなに村上春樹の作品にぼくは惹かれるのか、ということ。それと世界の村上ファンはどう考えているのかとても興味があった。なぜ世界で彼が読まれるのだろう、そのこととぼくとの間に何か共通点があるのだろうか、という興味である。

具体的な意見をいろいろと読んだけれど、やはりまったく新しいのだ、と思う。日本文学の新しい文脈、という人もいるけれど、ぼくか最初に村上作品に出会って感じたのは『断絶』というイメージだった。村上春樹の前と後で線が引けるほど、あるいは村上春樹の周りに円を描けるほど、くっきりと孤絶、断絶している作品群だ、というイメージ。それは今も変わっていない。

『「私」というものをどう考えるかという歴史的変化と大きな繋がりがあるような気がする』
(柴田元幸・東大教授)

「断絶」していると感じたのは、日本文学史上だけではない。世代として、例えば団塊の世代とも断絶していると感じたし、日本の特定の地方のどこの匂いもしなかった。
それは村上さん自身が小説を書いていく上で、当時の作家に対してのイメージのまるっきり逆のスタイルで書いてやろうという決意があったという述懐を読んだ時に、選びとった「断絶」なのだと知ったのだった。
それはつまり「自己蕩尽型」の人間にはならないという決意なのだなとも思った。
「自己蕩尽型」。
(それは辺見さんの「審問」にでてくる言葉。意味は文字通り)
そして村上作品はぼく自身の生き方を変える分岐点のひとつになったように思う。ぼくもたぶんに作品に出会ったころ「自己蕩尽型」の生き方をしていたからだ。

小説が分水嶺。しかも村上春樹が?
ぼくの友人の多くが首をひねるのはそこだ。
だけどそれははっきりと言えないけれどぼくだけの理由がある。

とまれ、彼は日本語で書いているわけだから無国籍の作家ではなくて日本の作家なのだ。
だけれども
『人間のいちばん深い部分に触れる文学だからこそ普遍性がある』
(コリーヌ・アトラン/フランス)
という見方もある。

そこで辺見さんの言葉が浮上してきた。
それは『人間的な非人間群のひとり』ではないのか、という問いである。


『<人間的な非人間群>とはなにか。人の存在は今、恐るべき多義性の罠に没している。眼には見えない殺戮システムの一端を自ら知らず担いながら、同時に殺戮に反対したり、殺戮を憂えたり、殺戮を評論したり、無関心を決め込んだり……のいずれの態度決定もできるけれど、不可視の殺戮システムのなかで日々、生きている事に変わりはない。そのような文脈の中での<人間的な非人間群>なのだ。殺戮システムというと穏やかでないようだが、万物の商品化を実現しえている世界市場は、実のところ最も合法的な殺戮システムではないだろうか』
(辺見庸・「審問」より)

これを見極めるのは難しい。辺見さん自らが自身、その<人間的な非人間群>の一員であるかどうかを見極められないのだから。
ただ、世界のありようの中で、村上作品は深く深く潜行し、そこからもう一つの道筋を見つけようとしてはいないだろうか。


韓国、中国でもファンが多い事が興味深い。
『韓国人には歴史的経緯から日本文化には抵抗があるが、ハルキはその壁を壊した。何十万ものファンがいる』
(金晴美・韓国/翻訳家)
韓国では386世代に人気があるという。60年代に生まれ、80年代に学生運動に参加した、深い挫折をあじわった世代だという。
現在三十代から四十代の人たちだ。

『村上作品は国境を越えているが、日中関係の歴史を踏まえた視点がある。それがいい』
(梁乗釣・中国/作家)
香港・台湾では圧倒的に若い人がファンであり、そのことに後追いで上の世代が注目しているらしい。

ぼくは村上作品には「挫折・喪失感」というものをとても強く感じる。そこから起ち上がる時に下へ下へ、地下へ、内へと向かうのが村上作品で、そのことが共感を得ているのではないのかと思う。
消費社会の中の孤独を描いている、とかポストモダンの世界に引きずり込むという指摘にも説得力があった。

『断絶、孤絶、挫折、喪失』どうやらそのあたりがぼくにとってのキーワードになりそうだ。そのままそれを受け入れて、なおかつきちんと立ち、暮らしている風景に惹かれているのかもしれない。 
心の中がびしょぬれだとしても、それをまるで水彩画のように見つめる自分自身がいるというあり方にひかれているのかもしれない。そしてそれでもなお人と繋がろうとする主人公たちに。

『「鏡」という概念は村上作品にとって大切だ。現実とは自分の内面の反映であり、個人が世界に投影する願望や恐れだといえる。「鏡」は現実と幻想、歴史と現在、東洋と西洋という考え方につながる』
(コリーヌ・アトラン/フランス)
『村上文学はロマンチックな愛や、倒錯した愛、自分勝手な愛などあらゆる愛によって支配されている。人と人がつながり得るという可能性であり、この奥深い叡智が魅力だ』
(リチャード・パワーズ/アメリカ/作家)

村上春樹という人は日本的演出を一切しない。だから受け入れられやすいのだろうという意見もある。
じゃあバッグラウンドがないのかというとそうじゃない。
やはりジャズだろうと思う。ロックやポップスも語っておられるけれど、やはりジャズなんだと思う。
ジャズの事を語ったパネリストはいたんだろうか。たぶんいないと思うけど。


<あらゆる意味でジャズ的だから>
それがぼくの好きになっているおおきな理由の一つでもある。

余談になるけれど、大好きな吉行淳之介さんの全集の15巻には、吉行さんが選考されていた各文学賞の選評がまとめて掲載されている。
芥川賞を受賞していない村上さんだけれど、村上春樹を推していたのは吉行さんだと知って、少し嬉かった。好きな人はいたのだ。



2006年04月12日(水) 「衒うな」という声がする

心のどこかで、自分だけは…、と思っていないか。
ふいにそんな思いにとらわれた。
身近にいる癌患者をみているにもかかわらず、自分は癌ではないなどと…。

他人の災厄を傍観している余裕があるのかとも思う。
「傍観」。
当人の肉体に替われないのなら何をしたって傍観者だ。

さて。
辺見庸さんの「審問」読了。
辺見さんは脳出血でたおれ、その治療の過程で
癌が発見された。
優れた作家・記者であり時代に異議を唱え続ける人の、遺書ともとれる同書は様々な問いを投げかけてくる。
モノローグであり、自分自身との対話であるが故にその苛烈さに刮目してしまう。黙するほかない。

脳出血からの回復途上の辺見さんが真っ先に「記憶」として浮かんだ詩が、
紹介されていた。それはこんなフレーズである。


物言うな、
かさねてきた徒労のかずをかぞえるな
肉眼が見わけうるよりもさらに
事物をして分明あらしめるために。

(中村稔・「鵜原抄」 より)

「内側の眼」…果たして生きているだろうか。
「衒うな」という声が聞こえる。



2006年04月11日(火) 菜種梅雨


菜種梅雨だという。
今週はずっと雨模様のようだ。

近所の大学も本格的に新年度がスタートし、家の前をゆく学生の数が増えた。毎年の事とはいえ、通りに活気が出る。

新入生というのはだいたいわかる。やはり服装が違う。
どうしたってまだ子供っぽい。
かたや三回生や四回生になると、木屋町か祇園のお店の方ですかと聞きたくなるような人もいる。実際バイトしてる人も多い。

毎年、着ている服でおおづかみの流行みたいなものがわかる。
街じゃなくて大学だから、びっくりするようなのは少ないけれど。
バブルのころはジーンズの子は少なかった。数えるぐらいだった。
今は圧倒的に多い。

ぼくが学生のころは高校生も大学生もとにかくジーンズだったから、なんだか懐かしい気がする。

それとやはりバブルのころは壊滅した「下宿」が復活しつつあるらしい。
ぼくらのころと同じぐらい、今の学生は経済的に苦しいからニーズが出てきたんだろうね。
いや、今のほうが苦しいかもしれない。学費も物価もあがっているけれど、バイトの給料ってほとんど変わらないんじゃないのかな。

辺見庸さんの「審問」を読んでいる。
こういう「ごりっ」とした人の表現を忘れてはいけないと自分自身いつも思う。
飛び交う哲学と文学の言葉の重さ。
そして「眼」のさまざまなありようを感じる。

多和田葉子さんの「旅する裸の眼」も並行して読んでいる。
想像力の飛躍に舌を巻く。こちらもキーワードは「眼」。そして「映画」。

ふたつの「眼」はみつめているところもまったく違うけれども抽象的なようでそうではない。
あくまで身体的であり、生理的だ。



2006年04月09日(日) ゆるりと春は

朝は相当冷えた。
車には結構、砂がついていた。
近所の桜はまだ七分。木蓮、雪柳、沈丁花などは満開から
散りはじめていて、通りは沈丁花の匂いが漂っている。
柳の、新芽の黄緑がとても綺麗だ。

今日から多和田葉子さんの「旅する裸の目」を読み出す。ぐいぐいと物語は進んでいく。多和田さんは詩も書かれるからだろうか、散文のテンポや表現が詩そのものをおもわせる。物語は万華鏡のように進む。スピード…。とてもおもしろい。
むろん手放さずに持って歩いては読む。
大好きな作家が増えた。
並行して辺見庸さんの「(自分自身への)審問」も読み出す。とても重く、鋭い。

自転車を洗車する。それからチューブ交換。0.15�从戮い里砲垢襦�たまたまだけど。
コセキで脳梗塞が原因で、自転車によく乗っていた二人が亡くなった事を知る。コセキの親父さんも脳梗塞で倒れている。ロードレーサーのライディングポジションに問題があるのだろうか。水分の補給も大事だ、外気に皮膚を晒して走るから、発汗しだすともの凄い勢いで水分が失われる。しかも下半身と上半身の運動差が甚だしい。そんな事も原因なのか…。よくわからない。

ぼくも左半身が一時的とはいえおかしくなったのはロードレーサーで走行中のことだった。今では事なきを得ているけれど、頸に負担がかからないようなポジションにした。もう突っ走る歳でもない。水を意識して飲むようになった。

春がゆるりと進んでいく。
明日は雨が降るらしい。

今日は猫のチャチャの誕生日。二歳になった。
二日前にはピピとルルが誕生日。こちらは五歳になりました。



2006年04月08日(土) 黄砂が降る

朝から西風がきつい。
どうもあたりが黄色いと感じたのは午前10時ころから。
黄砂が降った。
日本海側はもっときついのだが、京都市内も「黄色い空気」になる。

トレックがパンク。チューブそのものがもう交換の時期だった。
上七軒のコセキまで買いに行く。
途中、平野神社、北野天満宮の楠や桜が黄色く霞んで揺れていた。

太陽が白い。



2006年04月07日(金) 「黄色い雨」

春らしい暖かな日。
日射しが素晴らしい。ようやく、という気がする。
桜もあっというまに満開宣言がだされた。
それでもうちの近辺だとかは五分咲きだし、山のほうはこれからだ。

フリオ・リャマサーレス「黄色い雨」を読み続ける。
どこに行くにも手放せなくなり、空いた時間には必ず目を通し続けた。
午後9時50分ごろ読了。

凄い本だった。今年、読んだ本の中でも読後に残った強烈さはいちばんだった。
これほど徹底的に孤独で、哀切で透明な物語はあまり読んだ経験がない。
断章で構成されていて、その一つ一つの積み重ねで全体の小説が成立している。

スペインの風土が書かせている面もあるのだろうか。
日本の作家にこんな乾いた透明感は書けないかもしれない。

キャリアのスタートは詩人だったフリオ。彼へのインタヴューも訳者の後書きにある。
一つだけ書いておくと
「自分にとって詩は祈りのようなものですが、祈りに似た思いを散文でも表現できるようになったので
小説や短編、紀行文を書くようになったのです」

凄い読書体験だった。もとより読書体験は人間を変え、作り上げていくものだけれど
今回のものはなにか「決定的」な気がしている。
凄い本だ。
読み終わって、ぼくはずっと愛犬ハナの体を撫で続けていた。



2006年04月06日(木) 「a music start」




リャマサーレスの「黄色い雨」を読み続ける。

それから自作の詩をノートからパソコンへ。
パソコンから原稿用紙へ
封筒に入れ
投函。

とても静かな一日。

「にゅわん」さんの作品「a music start」が届いた。
ホームメイドのCD。封筒にペン字のあて名で。
「にゅわん」とはタケコさんのソロプロジェクトのことである。

彼女の声はかつて在籍していたバンブー茂のCDでも聴いていたし、野外ライヴでも聴いた。FMラジオでも聴いていた。
だから彼女の口癖ではないけれど「あろはー」なのだ。「久しぶり」という意味で。
ピアノを弾きながら、時にブルースハープも吹きながらタケコさんが歌う。

歌は「いきもの」なんだなと感じた。
だからタケコさんは歌から滲み出る感情をできるだけ無傷なまま、加工しないでみんなに差し出したいのだなと思った。

一曲目「あいさつ」は文字どおりの曲。彼女のソロでの姿勢がわかる。
とてもハートウォーミング。
二曲目の「口」は言葉がおもしろい。このままそっくり現代詩だわ。
五曲目の「ファミレス」にも言葉遊びの仕掛けが。「ふぁ、み、レス」なのだ。

三曲目はこれから歌い出そうとする自分を鼓舞するような歌。
そうだ「きっと跳べる」。

四曲目の「ヨルノニジ」、六曲目の「ベイビー」はとても切ない。
タケコさんの世界の基本的な姿がみえる。
以前からそうなのだけれど彼女の詞のなかには「死」という言葉がすっ、と使われていて
自由で伸びやかな音や声には乗せられているけれど、それを聴くたびに
はっ、とする。
あなたもわたしも「いつか必ず死んで消えてしまう」
           の「だから」前を向こう。
           の「だったら」愛しあおう、と。
くるおしいぐらい愛を求めていて、愛しあおうと歌う。
声のニュアンスがぼくに本気なのだな、と感じさせる。
だから切ない。壊したくない歌たちができた。

音楽的にはどんな風だろう。
ブラック的な要素がでているのかな。ブルーベックの「テイク5」風イントロあり、ブルースハープあり、スキャットあり。
とても自由にやっていてピアノの強いタッチから歌がフライトするところは
矢野顕子さんを思ったし…。

とてもおいしいホームメイドクッキーを戴いた気分。ビターチョコ味もありで。
おかげで25分ほど、血が熱くなって体が柔らかくなる時間を過ごしましたとさ。

タケコさんこれからも歌いつづけてくださいね。
体に気をつけて。

●「にゅわん読み」はこちらです。



2006年04月05日(水) 何故

生い立ちや生活の癖が読書の質も決めているのだろうか。
昨日ふとそんな事を思った。
「質」というのはどんな本が好きなのか、ということはもちろん
そもそも何故本を読むのか、ということまでも含めての事である。

そんなふうに朝のうちに書き留めておいたのだけれど、午後本が届くと、そっちのけで読みはじめてしまった。
フリオ・リャマサーレス「黄色い雨」。
リディア・デイヴィス「ほとんど記憶のない女」は
ぼくの読書経験では詩なのか小説なのか判断できない作品だった。
どちらともいえるし、どちらでもないともいえた。
フリオはスペインの作家である。経歴は詩人としてスタートし、ある時期から「散文に移行した」とある。
これは散文なのか。詩とも読めるし、小説とも読める。
訳はむろん原書のニュアンスに忠実なのだろうが、なんとも不思議な文体である。一章のほとんどの文末が推量の形であったりする。
異化作用がぼくに及ぶだろうという予感が膨れあがる。
日本語でできたぼくの世界がぐらぐらと揺れる。
ぼくには長い長い散文詩のようにも読めるのだ。

「詩と小説」のどちらでもあり、どちらでもない、ということと
もう一つの関心事がぼくにはあって
それは「日本文学と日本語文学」があるらしいということ。
リービ英雄、多和田葉子の本が読みたいと思い、多和田さんの本から注文したのだが、彼女の事を調べていてみつけた言葉だった。
とすると翻訳はどうなのだろうか。
翻訳の文体だという村上春樹さんは日本文学なのか日本語文学なのか。
「日本語文学」というのはドイツの多和田、アメリカ、台湾のリービというような
「もう一つの言語」を持つ人が意識的に日本語で書いた作品群だとして、それならば
在日外国人の書いたものも「日本語文学」なのか。「日本文学」ではないのか。
そんな問題意識がわけのわからないままに刻まれてしまった。

ただここのところ読んでいる外国文学の「翻訳」が刺激的で面白いのは事実なのだ。
そしてたぶん「日本語文学」も面白いはずだという予感がある。
こないだ読んだ伊藤比呂美の「詩」も見方を変えれば「日本語文学」とだっていえるのだ。


何故その本を手にとって読んでいるのか。
何故CDじゃなくて本なのか。
何故ギターを弾かずに本を読むのか。
何故絵を描かずに本を読むのか

たまたまそこにあったからだとしても、それでも「何故」読めてしまうのか。
顔を背けたり、くだらないとか、わからないとかいう理由で本を閉じる事は何故起きるのか。
何故くだらないと思うのか。何故難しいと思うのか。逆に何故面白いと思うのか。
「ほんとうに」おもしろいとはどういうことなのか。
おもしろい本だけ読んでいればそれでいいのか。

アタマの中が「何故」だらけになった。
そして「おもしろい」からまた本に向かおうとするのだった。
どっちみち読まないとわからない気がしたからだ。
しかしそこにも「何故」がずっと隠れている。
まるで「何故」と思うために読んでるようだ。
しかしおもしろいと「何故」を忘れてしまう。

本を閉じ、散歩に出て考えをめぐらせた。
読む時間があるから読むのだということ。
(え、だけど読む時間をつくっているんじゃないのか。)
そして「読まないと書けない」ということも
うすらうすら本当そうに思えてきた。
「書かないと読めない」かどうかはわからない。案外そうかもしれない。
だけどそれにしたって
何故なんだ。

何故書くのだろう。
すべては「物語」のためなのか。
今のところの答えはそこで止まっている。



2006年04月04日(火) 2006年4月の竹林柚宇子展




竹林柚宇子さんの個展を観にいった。
花曇り。
自転車で走る京都の町はとても暖かだった。

今回の個展はこれまでとはずいぶん趣が違う。
喫茶店の壁の三面(しきり壁がなければ二面)に長方形の絵が10枚ほど、一繋がりの絵として
展示してあった。「一繋がり」とはそれぞれの絵の中に「赤い糸」が描かれ、
それが「繋がって」いるのだ、その糸を何人かの女性が指でつまみ、はさみ、触れている。

店に入ったら、「一名、非喫煙者」なので絵から少し離れた窓際の席に案内され
そこから店内を含めた形で観ていた。
これはおもしろい。絵によって場が括られている。
お客さんのほとんどはおしゃべりと飲食に夢中。
あなたたちはもう少しで赤い糸でくるりと巻かれてしまうところだったんだぞ、なんて思うと
さらにおもしろい。

そこで席を立ち、絵の仔細を観にいった。
感じたのは「熱」。
桜色のような地に繊細な血の色をした線がたゆたうように画面を泳いでいる。
絵によっては糸が横断しているだけのものもある。
それがあおりの角度に(だから赤い糸は宙にあると思われる)
描かれた女性たちの指で整えられ、角度を与えられ、次へ次へと
引き渡されていく。絵の繋がり全体からとても上品な熱が発せられている。
混じりけがない。

以前、竹林さんとお話しした時、絵という概念からはみ出してしまうものがつくりたい
とおっしゃっていたことを思い出した。
それは絵に直接、古い建具そのものをつけてしまうような形態も生みだしたけれど、
このシンプルな表現であっても絵は絵でありながら、さらに
「そうではない何か」を生み出していた。

それはその場に行かなければ感じる事ができないもの。
天候、人の存在、音、そのなかに密やかに糸を繋ぐ女がいるという「空気」。
「赤い糸」は愛しあう男女を結ぶものとして語られる。
竹林さんの製作意図もそこから発している。だとしたらなんと一途なんだろう。


プレスリリースに書かれた竹林さんの言葉。

寝ても 覚めても 恋しくて
恋しくて 恋しくて
あなたが 恋しくて
あなたを 愛する わたしが 恋しくて
わたしを 愛する あなたが 恋しくて
寝ても 覚めても 恋しくて

恋ふように 絵を描く

(竹林柚宇子)


さてぼくはカフェオレを飲み干し、起ち上がる。
店を出て外階段を下り自転車に乗った。
たぶん赤い糸は目に見えなくなって、ゆらゆらと天まで伸びていたに違いない。
桜の異名は「夢見草」だったなあと、そんなことも思いながら。

●竹林柚宇子展
2006年4月3日〜4月22日(土) 日祝休み
午前11時より午後9時まで
京都市中京区丸太町通り小川西入ル 京都ITPクリエイターズビル2F
カフェ・ブランチ内
入場無料。

●お昼時などは混み合うので外した方がおすすめです。



2006年04月03日(月) 「ロンサールの生家」についてのご返事

昨日、「ロンサールの生家」についてエンピツフォームメールでお問い合わせのかたへ、ここの場でお答えしておきます。
というのもあなた様へのメールがことごとく届かないからです。
アドレスの間違いか、その他の原因が考えられますが、こちらのプロバイダOCNでも現在、照会中です。
しかしそちら様も気を揉んでおられると思いますので早めにことの次第をお伝えしたく思います。

確かにヤフーで「ロンサールの生家」を検索しますと、この「散歩主義」2003年4月がヒットします。
お尋ねの件ですが、
「ロンサール」は薔薇の品種ピエール・ド・ロンサールとして2003年4月の「散歩主義」には何度も登場致します。
一方、「生家」「雁金や」「宮中御用達の呉服商」は2003年4月4日の「散歩主義」に登場します。

「生家」「雁金や」「宮中御用達の呉服商」は尾形光琳についての記事です。
ですから「ロンサールの生家」というキーワードで検索された時、
2003年4月のファイルすべてにひっかかったのだと思われます。検索エンジンが当該ファイルすべてに反応したために、

散歩主義. 2003年04月30日(水) Satin Dall. セロニアス・モンクの名曲 ... さて、もういちど薔薇ですが たぶんランドラとピエール・ド・ロンサールが同時に咲くと思います ... 歴が大きく影響しているからです。. 彼の生家は「雁金や」という宮中御用達の呉服屋だったのです ...


というような表示になるのだと思います。

以上、ご返答まで


●検索エンジンに対する反応はブログでも同じなのでしょうか。
ブログが当該のものだけを選ぶのかどうか。
またコメント欄があればメールを介さずとも素早い応答ができますね。
「散歩主義」どこかに移しましょうかね。



2006年04月02日(日) 明日から竹林さんの個展が始まる

吉行淳之介さんの短編を読む。
「童謡」「家屋について」。
鋭い。鮮やかだ。1961年作品。

「童謡」。
肉体の衰弱を通して自身と他者にみえてくるもの。そしてそれぞれの変容を描いている。デフォルメされた表現が鋭い。
「家屋について」
自伝的な述懐のようでいて、常に自身の孤独が浮き彫りにされる。
最後の黒猫の描写に凝縮されている。時間に対する吉行さん独特の感覚がわかる。
ともに風景の描写に、はっとするような詩的表現がある。

吉行さんといえば「官能的」と思われがちだ。確かにほとんどの作品のモチーフは女性だけれども直接表現はまったくない。
ぼくはむしろ「明晰さ」を感じる。書かずしてそのシーンを読者の脳裡に現出させるのは、やはり筆力なのだろう。
上の二作品はモチーフもまったく違う。

今日は朝から雨である。いくぶん気温も上がり、春雨といいたいところだが激しく降りしきる。
夜。雨は東へ去った模様。

明日から竹林柚宇子さんの個展が始まる。
どんな絵だろう。楽しみだ。
彼女のモチーフはなんだろう。
いつも彼女の絵の前で佇んでしまう。今回もじっくりと観たい。

●竹林柚宇子展
2006年4月3日(月)〜4月22日(土)
石田大成社ICBにて。
京都市中京区丸太町通り小川西入ル
11:00〜22:00まで 日祝休み
入場無料



2006年04月01日(土) 謎

もう寒くはならないのだろうか。油断できない。
気象台の桜の開花予想はだいたい当たっていたのだけれど、ここのところの冷え込みで開花が全然、進まない。

桜で有名なところもまだまだだし、うちの近所もちらほら程度。
嵐山に至ってはまだ咲いていないといったほうがいい。
鴨川の土手も咲いてはいるけれど、もう一息というところ。

ところが御所の桜だけはほぼ満開に近く咲いていて、これが謎。
車の排気ガスを浴びていないからなのか、土地がとても肥沃なのか原因は不明。
早咲きの桜ではないのだ。
おかげで今年は梅、桃、桜を全部そろってみる事ができる。

夕方、ハナと散歩に出る。
空き地のフェンス沿いに「犬の食べる雑草」が繁っているところがあって、近所の犬たちのほとんどがここで草を食べる。
ハナも胸やけ気味の時はよく食べる。細長い草で、それを何本か噛みちぎって飲み込んだあと、胃液もろとも全部吐き出す。あるいはそのまま飲み込むと腸の掃除になっているようだ。吐き出したあとはすっきりするのか、とてもご機嫌である。ただ人間と同じような嘔吐の音を出すので、道行く人には少し悪いなと思う。

今日、ハナはがつがつと草を食べていた。するとそこへデジタルムービーカメラ持参の若い男性がやってきた。
「もしもしすみませんぼくはR大学のものなんですけれど、ゼミに使いたくていろいろと取材しているんですけれどよろしいでしょうか」
「はあいいでいすけど」
「ありがとうございます」といってムービーカメラを回しながら質問をしてきた。
「好き言葉はなんでしょう」
「はあ!うーーーん。なんだろうね。うーん。そう『自由』」
ハナがさらに草を食べている。これは吐くな、と思い鞄からティッシュやら袋をごそごそと出す。
「えっ!『自由』!!!何故ですか」
「何故?」
「いえぼくも好きな言葉なもので」
「何故だろうねえ。高校のころから好きなんだよね」
ハナがうろうろしだす。
「ハナこっちによりなさい」
「ハナちゃんっていうんですか」
「うん」

うげぇーー、とハナが草を吐き出す。

「おおお吐きましたね」
「ああ、これは犬たちが食べる草なんだ」
「どの犬も?」
「どの犬も」
「みんな食べるんですか」
「うん」
「なんていうんですかね草の名前」
「え、雑草だよ」
「あ、雑草ですよね」

うげええ。ハナ最後の嘔吐。すっきりしたのか尻尾を振って歩き出そうとする。

「これで胃とか食道とかがすっきりするらしいんだ」
「へえ、お酒のあとの水みたいなものですか」
「うーん、いやあ太田胃散みたいなもんだよね」
「太田胃散」
「うん太田胃散」
「ははははははははははははははは」
「ははははははははははははははは」
「どうもー」
「じゃね」

なんのゼミなんだ。
謎だ。


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