無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年04月30日(金) 東京の夜は更けて(1)/中洲の夜のキティちゃん

 就業時間ギリギリまで仕事。
 旅行行きの準備は昨日、寝るまえに済ましていたので、慌てる必要はなかったのだが、ヘタをしたら、残業して飛行機の離陸時刻に間に合わない可能性すらあった。それくらい、トンガリさん相手の仕事は神経が疲れるのである。
 いよいよ時間が間に合いそうになかったので、新入社員のAさんを巻きこんで、仕事を手伝ってもらう。トンガリさんの事情を知っている人にはとても協力はしてもらえないので彼にお願いしたのだが、これもAさんにとっては本来の仕事ではないので、うまくダマくらかして給料外の仕事をさせているわけである。我ながら悪人であることだが、切羽詰まっているので、なりふりかまってはいられないのだ。心の中で手を合わせて、黙々と仕事を進める。トンガリさんはそういう様子を見てもこちらに挨拶一つせず、自分の「仕事」だけをし続けている。あとでAさんからやはり「あの人は何なんですか? どうしてあんな人を放っておくんですか?」と聞かれるが、それが言いたいのはこっちなのである(T∇T)。


 帰宅して、出発時刻まで少し間があるので、ピザクックでピザを頼む。しげに「何か食いたいものがあるか?」と聞いたら、最初はやっぱり「うどん」と言っていたのだが、ポストにちょうどピザのチラシが入っていたのを見て、急に気が変わったのである。何だかよく分らないが、「ダイエーホークス応援」とやらで、新発売の「大えびクック」とやらが安いのに目が止まったらしい。Sサイズをしげが3分の2、私が3分の1で分けて食べるが、結構プリプリした歯応えで美味い。
 腹ごしらえをしたらすぐに空港に向かうつもりだったのだが、急にしげが「パソコンのモニターを代える!」と言い出して、私のパソコンを抱えて、コードを外し始めた。私のモニターは旧型の場所を取るデカイもので、しかも画像が歪み始めていたので、しげが前に使っていた薄型のモニターと取り替えようとしているのである。
 なんで出かける寸前に、と思ったが、しげは「何か仕事してたら、あんたとケンカせずにすむから」とヘンなことを言い出す。よくよく聞いてみると、要するに、毎年東京に出かける寸前になると、しげは「向こうで会う人に嫌われるんじゃないか」とか疑心暗鬼に陥って心が落ちつかなくなり、「もう行かん」とか言い出してしまい、私と口論になるので、そういうことを忘れるために作業に取り組んでいるのだそうな。分ったような分らないようなリクツだが、ともかく「出かけたくない」という気持ちにならずにすみはしたようだ。
 
 午後7時半に家を出る。空港まではタクシーで10分、出発は8時40分なので、1時間も早いのだが、しげは心落ちつかない病なので、早めに到着。
 出発までの時間、ロビーでお土産を物色。昨日のうちにキャナルシティでオフ会参加のみなさんへの土産は買っていたのだが、もう一品、何か面白いものはないかと物色していたら、これがあった(^o^)。
 あのサンリオのキティちゃん、もちろん数限りないキャラクターグッズがあるのだけれど、地方に行くとその地方限定の郷土色溢れた「演技」を披露してくれていることをご存知の方は意外と少ないようである。福岡でもよく「山笠担いだキティちゃん」というのはよく絵柄として使われているのだが、今日見つけたのはそんなかわいいものではなかった。
 いくつかミニタオルが並んでいて、そのうちのいくつかは「博多とよのか」いちごの帽子をかぶってたり、まあごく普通のものだったのだが、そのうちの一つがえらくぶっ飛んでいた。
 何とキティちゃんが「中洲の夜の女」になって、ワイングラスの中で「私をめ・し・あ・がれ」ってな感じのポーズを取って誘っているのである。
 ……いいのか、サンリオ、こんなの作って。
 果たしてこんなん貰って喜んでもらえるかどうかわからなかったが、もう買うとしたらこれしかない。迷わずこれを選んでレジに行ったが、実際、こんなん売れてるのかねえ。
 「土産に何を買った」なんてことは日記にはあまり書かないようにしているのだが、これはさすがにびっくりしたので書いちゃいました。この日記の読者で、近々福岡に立ち寄られる予定がおありの方は、ぜひこの「夜の女キティちゃん」をお土産にどうぞ(^o^)。


 飛行機は落ちもせず、無事羽田に到着。機内ではずっと桂歌丸師匠の『お化け長屋』を聞いてました。……師匠、まだ68歳だったんだねえ。『笑点』に出始めたころはまだ三十歳そこそこで、まだ二つ目だったわけである。ちょっとご面相に騙されていたな(^o^)。
 浜松町でグータロウ君に出迎えてもらって、お宅までワゴン車で連れて行ってもらう。一年ぶりになるが、しょっちゅう掲示板だの電話だのでやりとりをしているので、あまり久しぶりという感じがしない。
 「一年ぶりだっけ?」
 「そうじゃない?」
 「違うよ、その間に秋頃一回来てるよ」
 「だったっけ?」
 殆どいい加減である(^_^;)。
 もう深夜で午前様だというのに、四方山話をしながら、ウチから持ってきたシティボーイズのライブDVD『鍵のないトイレ』をグータロウくん、しげと一緒に見る。持って来たのはこれだけではなくて、12年分、11本なので、これから先、グータロウくんはシティボーイズ漬けにさせられるのである。まあ「洗脳」したがるのはオタクの悪いくせではあるが、頭を固くする洗脳ではなくて柔らかく空っぽにするものだから、別に構わんだろう(^o^)。

2003年04月30日(水) メモ日記/白い人たちの夜。
2002年04月30日(火) 今もまだへにょへにょ(疲れてんだよ)/『開田無法地帯』(開田あや・開田裕治)
2001年04月30日(月) 別れのトワレ/映画『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』ほか


2004年04月29日(木) 旅行前でも駆け込み映画鑑賞&ポエムの日々。

 「みどりの日」で休日。でも、旅行前にちょっとでもコンテンツを更新しとこうと、CSを横目で見ながらなんたらかんたら書いて時間を過ごす。
 『クレージー大作戦』、久しぶりに見るが、音楽ギャグのシーンが一番精彩を放っている。とは言え、クレージーに限らずコメディアンの「映画は舞台・テレビに比べて劣る」という法則はクレージー・キャッツについても当てはまってしまうので、テレビで『シャボン玉ホリデー』を楽しみにしていて何度も舞台中継を見ていた幼少時代を過ごしていた身にしてみれば、今の若い人にこれらの東宝娯楽映画シリーズでクレージー・キャッツを評価してほしくはないなあ、と、そんなことは不可能だということは分かっていても、どうしても思ってしまうのである。小林信彦の「同時代に生きていたのでなければ批評は不可能である」という主張は、“遅れてきた”世代の人間にしてみれば、そんなムチャな、という反駁の一つもしたくなるのだが、否定できない真実ではあるのだ。
 小林氏がいかりや長介を追悼して書いたエッセイにあった通り、ザ・ドリフターズの最近の過剰な評価は、かれらの『全員集合!』のVTRが現存しているからである。言っちゃなんだが、「それ」しか見たことのない人間にはそれが最上のものかそうでもないのか、識別などできるはずもない。「テレビの黄金時代」のVTRの大多数が消失してしまっている不幸を、今更ながら憂えるしかないのである。


 朝方、書庫から本を取ってこようとして、積み上げてある本につまづき、こける。けれど、床に散乱していた新聞紙の束がクッションになってくれたおかげで、膝をちょっと打ちはしたが、特に腫れたりするほどのことはなかった。部屋を散らかしていたのが不幸中の幸いであった。……って、部屋を片付けておけば、そもそもすべって転んだりはしないっての。
 ちょっとだけ痛む足を引きずりながら、しげとキャナルシティまで出かけて、AMCで『スクール・オブ・ロック』を見る。
 しげは、予告編でこれを見て、興味を抱いてはいたのだが、主演のシャック・ブラックを一瞬、自分の好きなダン・エイクロイドと見間違えたと言うので、ショックを受けている。この二人が似てるかどうかと聞かれれば、「似てないだろ」としか言いようがないのだが、それを言うとしげは、ますます「オレ、ダンの顔の区別まで見分けつかなくなったのか」と落ちこんでしまうのである。落ちこみすぎて、今日は仕事まで休んでいるが(-_-;)、映画自体は楽しいものであったので、ちっとは元気になってくれたらよかったのだが。

 帰宅しても、パソコンの前に座ってコンテンツの更新。
 今日見た映画の感想を今日のうちに書いておかないと、アップするのが旅行明けになってしまうので、慌てているのだ。アッという間に午前様となってしまうが、劇団ホームページの日記の担当が金曜日、とは言え、もう旅行に出発する日なのでんなもん書く時間はありゃしないのである。日が変わったついでに、そちらの方の書きこみもちゃっちゃとすますことにする。でも慌てているのでネタが思い浮かばない。どうしたらいいものかとしばし悩んで、ふと、ちょうど今、劇団の連中がちょこちょこと連載で「ポエム」を書いていて、大いに笑わせてもらっていたことを思い出した。そこで、私もいっちょう、「ポエム」とやらをでっちあげてみようかと思い立った。
 しかし、実を言うと「詩」と名のつくものを書いた経験など私には殆どないのである(芝居の台本のために書いたものは除く)。高校時代にワケありでちょっとやったことはあるのだが、そもそも、「詩を書く」というモチベーション自体が私の中にないかのだ。
 ふと目の前を見ると、ウーロン茶のペットボトルがあったので、何も考えずに3分で書いたのが次の詩(?)である。

 私はあなたの烏龍茶
 苦くてさみしい烏龍茶
 いつも底には飲み残し
 最後までちゃんと飲んでほしいのに
 苦くて全部は飲んでもらえない
 仕方がないから水で薄めて飲んでもらうの
 緑茶よりはましだと思うけど
 玄米茶と麦茶にはちょっと負けそう
 ほうじ茶ほど辛気臭くはないけれど
 梅こぶ茶の甘酸っぱさには敵わない
 だから私はいつでも二番
 永遠に一番になれない二番茶なの
 ダイエットになら私が一番だと思っていたのに
 最近はカテキン茶ってライバルまで現れてきたわ
 プーアル茶やヤンロン茶はたいして敵じゃないってたかを括ってたけど
 最近は全然見向きもしてくれないのね
 ほんとはあなた太りたいのかしら
 そんならいっそのことお茶でごまかしたりしないで
 ジュースでもポカリスエットでも飲めばいいのよ
 私に気兼ねなんかしないで
 もっと太る飲み物を飲みなさいな
 ほおら増えるわ増えるわあなたの体重
 私はしがない烏龍茶
 苦くてさみしい烏龍茶
 リフレインが入ったからそろそろこのポエムもおしまいね
 お茶を濁してさようなら 
 そう言えば『デカレンジャー』ってみんなお茶の名前なのね
 もう何が言いたいんだかわからなくなってきたからやっぱりやめるわ

 こっちの日記しか読んでない人もいらっしゃるだろうから転載してみたが、我ながらアホな詩である。でも書いたあとで読み返してみると、ミステリや評論の評論や日記より、こういうアホなものの方が私の人格が一番よく表せている気がするのだ。実際、こういうのなら書こうと思えば、数だけなら芭蕉なみになんぼでも書けるのである。
 評判がよかったら、コンテンツに「ポエムの部屋」でも作ろうかとも思ってるんですけど、どうしましょう。いや、「読みたくない」という意見があっても、私は書く時は書きますが(^_^;)。

2003年04月29日(火) メモ日記/メモ日記な夜。
2001年04月29日(日) 涙涸れるまで語ろう/DVD『新しき土』


2004年04月28日(水) 出張の中身はヒ・ミ・ツ。

 午前中で出張はおしまい。
 泊まりの仕事で、しかも会議の連続というチトばかしハードな状況ではあったが、秘書の二人が八面六臂の活躍をしてくれたので、私は実にラクであった(^o^)。
 上司が「うちの秘書は『やすきよ』みたいでいいコンビだねえ」と評していたが、一応相手は女性である。せめて「ビューティ・ペアのようだ」くらいは言ってやらねばかわいそうではなかろうか。……どっちも知らないかな(^_^;)。
 例のトンガリさんは今回の出張には不参加。されても困るが、一応、今日の出張の内容の報告は休み明けにしなければならないのである。「……こういう結果になったって知ったら、怒り出すかもしれませんね」と秘書の一人が心配していたが、あとあとネチネチと絡んでくることは分かりきっているからこそ、会議の類には極力出てもらいたいのである。でも出ても会議で決まった内容を片っ端から忘れて行くんじゃ、どの道、意味はないわけだが。


 昼からしげと待ち合わせて、キャナルシティへ。
 「ラ・ブーン」にいつの間にかオムライスの専門店ができていたので、そこに入る。なんと「手持ちで食べられるオムライス」ということで、オムライスをクレープのように巻いて出される。これは面白いアイデアなあ、と感心したが、しげはなんだか浮かない顔である。「だってオレ、絶対『落とす』もん」。そう予告しておいて本当に落とすバカもそうそういないものだが、不器用なしげは、一口オムライスにかぶりついたかと思うと、本当にボトッとトレイの上に落としてしまうのであった。「ほらね!」と眉根にシワを寄せてトホホな顔をしているが、情けなくて涙を流したくなってるのはこちらの方である。何をやってもドジるやつなんて、マンガの中だけにして欲しいもんだ。
 
 AMCは、今日、レディースデイ、あれでもしげは女なので、千円で入場できるのである。しげのポイントカードも招待券が溜まっていたので、私が1800円で買いとって、二人で入ることにした。
 「せっかくポイント溜めたのに損してる」としげは文句を垂れていたが、正規料金で買い取ってるのにどうして「損した」と思えるのかねえ。
 客は10人弱。公開後十日、平日の昼だから、まあこんなものだろう。けれどこないだのカップルだらけの『CASSHERN』と違って、こちらは一人で来た見るからにオタクな客ばかりであった。最近はアニメ・特撮系のものばかり見てるのに、客層が全然違うのだから、もう「オタク」というカテゴリーは本当に通じなくなってきているのだなあ、と感じる。
 映画は「フルCGでなく、普通のアニメだったらおもしろかったろう」としか言えないシロモノ。製作者の意図を根本から否定してるようだけど、その作品を表現するための最も適切な手法とは何かってことを考えることができないマヌケには、こんなもんしか作れまい。同じ士郎正宗原作でも『イノセンス』とは雲泥の差であった。
 パンフレットを買おうとしたら、「完売です」とのこと。いったん諦めかけたのだが、「もうしばらく待っていただければ、追加が参りますが」と係りの人に言われたので、急いで帰る必要もなし、待つことにする。そしたらしげが怒ること。「何で待たないかんと?」とくってかかってくる。「5分くらい待ってもいいだろ?」と言い返したら、「じゃあ計るよ!?」といって、ホントに時計で測り出した。……こういう行為がどれほどイヤラシク見えるかってことに、気がつかないのかね。結局「9分」待たされたので、そのあともずっとしげはブーたれていたのであった。


 帰宅してパソコンを開いてみると、たった1日家を空けていたただけなのに、「迷惑メール」が140件も来ている。一年前はここまでのことはなかった。つか、こんなん一ヶ月かかってもこんなに来ることはなかったので、迷惑メールの数、30倍とか40倍に増えているのである。
 中には、「リクエストをお受けできません」なんて、なんのことだか分らないものもある。私ゃ、どこかに何かをリクエストした覚えなんてないのだが。内容は「あなたのメールアドレスでは、cctalk を利用できません」というものだったが、この「cctalk」、グループメールを作るサービスをしているらしい。誰かが私のアドレスを使って、どこかのグループメールに入ろうと思ったらしいが、未然に防がれたということなんだろうか。しかし、身元を隠すことが簡単なネットで、他人になりすまそうというのはどういった類の人間なんだか、わけがわからないのである。

2003年04月28日(月) メモ日記/インモラルな夜。
2001年04月28日(土) 掲示板開設!/映画『バンパイアハンターD』ほか。


2004年04月27日(火) お客さまに感謝。してるんだって、ほんとに。

 この日記のアクセス数、だいたい平均すると日に、4、50件なのだけれども、そのうちホームページにまず来てくれている人が常時20人ほどいらっしゃる。もっともその中には「日に三度は開いてるよ」と言うヒマな某友人もいるので、実数はその半分くらいだろうか。多分「お気に入り」にでも入れてくださっているのだろう、全くありがたい限りである。もちろんその中には「バカなこと書いてるやつがいやがらあ」という興味で御覧になってる方もいらっしゃるだろうが、そういう方も含めて、自分の女房からも扱き下ろされ続けている駄文の群れにお付き合いいだけているということは、やはり嬉しいのである。
 これだけ好き勝手なことを書き散らしている日記だから、私の書いたものの内容にムッとされたことはきっとあると思うのだが、そのことで文句をつけてきたお客さんは殆どいない。みなさん、「人にはいろんな意見があるからな」と鷹揚に構えていらっしゃるのであろう。昔からいつも感じているのであるが、私と長く付き合ってくださる方と言うのは、殆ど「神」のような(^o^)人格者ばかりである。日記等を御覧になればおわかりの通り、私は性格がかなり歪んでいるので、よっぽど性格のいい人間でないと、すぐ「疲れる」とか「付いてけない」とか言われて、縁が切れてしまうのである。若いころにはそれで振られたイタイ思い出が(~_~;)。
 いやね、昔の彼女とは「一緒にアニメを作ろう」と紙アニメの制作を始めたんだけど、何しろ私は「真剣」だったものだから、彼女の描いて来る絵、描いて来る絵にダメ出ししまくってね。で、仲がちょっとこじれたなあと思ったら、ほかの男に走られてしまいました(T∇T)。
 教訓。オタクはたとえ彼女が同じオタクであっても、オタクの趣味を相手に押しつけてはいけない。まあ、たいていのオタクはそのことを10代20代のころに学ぶと思うのだが、学んだからと言って、失敗を繰り返さないでいられるという保証もないのである。なんかねー、オタクな男って、どんなに世間にまみれて汚れてもココロのどこかにピュアなものを(^o^)持ってるからね〜、どうしても女性に対して夢見ちゃうとこあるのよ。
 だからも一つ教訓。世の独身オタク諸兄、「どこかに自分の趣味を理解してくれる女の人がきっといるはずだ」なんて考えは捨てなさい。それはただの妄想です。
 ……なんか感謝しときながら、読者(多分殆どがオタクであろう)に対してケンカ売ってないか、オレ(^_^;)。
 いやまあ、最近はオタクでありながらオタクを扱き下ろしたマンガ描く人とかも多いから(阿部川キナコさんとか金田一蓮十郎さんとかね)、ちょっとマネしてみました。


 まあ、日記とも何とも言えないことをツラツラ書いたのも、今日は出張で家に帰らなかったので、ニュースも見てなきゃしげとの会話もない、仕事関連のことはヒミツなんで書けないということで、書くことが何にもないからである。
 書けることっつったら、こっそり『ハレグゥ』の2巻と『名探偵コナン』の45巻持ってって、読んでたこととか、夜中にしげから「寂しいよん」とメールが来たことくらいかな。ちょうどその時私はズボンのほつれた裾を自分で縫ってました。うちにいるときは、しげがしょっちゅうまとわりついてくるもので、こういうちょっとした家事もできないのである。

2003年04月27日(日) メモ日記/アニメとマンガな一日。
2002年04月27日(土) 東京再訪� 浸安襪凌好献屮衄�術館/アニメ『くじらとり』ほか……“NEW”!
2001年04月27日(金) 祝、2000ヒット/映画『チキンラン』


2004年04月26日(月) まあ比較的平穏だった一日。理由は明白(~_~;)。

 今日はトンガリさんが休みであった(もちろん連絡はナシ)。
 途端に一日全くチックが出ない。なんとまあ、クリアーであることよ(^_^;)。このままずっと休んどいてくれれば、ともなかなか言えないのは、どんなにヘンな人でも、その人がいないと回らない仕事があるからである。技術屋というのは強いやな。
 夕方から雨が降ると言うので、昼間のうちに運動しておきたかったのだけれど、仕事が立て込んで、結局、午後しか時間が取れなかった。雨がパラつく中、職場の周囲をぐるっと回るが、我ながらよく続いているなあと思う。体重も体脂肪率もたいして変化していないが、これをやめるとまた太ることは分かっているので止められない。せめて目に見える効果でもあれば、もう少しやる気も出るのだが。
 もうひと月以上、この運動が続いているので、私の姿が見えなくても、同僚は「ああ、また運動だな」と理解してくれるようになった。当然、ほかの部署の人にもみんな知れ渡っているのである。ありがたいことではあるが、こう「有名」になってしまったら、やっぱり止めるに止められないのである。いや、そういうところに自分を追いこみはしたのだけれどもね。


 今日はしげの仕事が昼間だったので、夜は一緒。
 久しぶりにほか弁を買って帰って食事。期間限定販売とやらの天とじ丼はしげ、私はデラックス弁当。本当は普通の幕の内にしたかったのだが、夕方はたいてい売り切れていて、カロリーバランスがまだしも取れているのはこれしかなかったのである。おかずをいくつかしげに食べてもらって、量を調整する。
 明日出張で。一晩家を空けるので、しげが甘えてくること。「だってもしかしたら出張先でアンタが隕石に当たって死ぬかもしれんやん!」
 あってたまるかい(-_-;)。

 たけしの『TVタックル』、例の三馬鹿の自己責任論話であるが、ただのがなりあいで、討論にも何にもなっておらず。しかし日本人というのはディベートというもののヘタな民族であることだ。なんかもう、相手がどんな立場で、何をもって根拠としているか、把握しようとする努力自体を放棄してるんだよねえ。そりゃ、ケンカにしかならんて。
 みんな、討論を「相手を負かす」ことだと勘違いしているから、結局は討論にならない。討論って、勝ち負けのためにあるんじゃなくて、結論を出すためのものだという弁証法の基本すらわかっちゃいないのである。仮に相手が大馬鹿野郎で話すに値しない相手だと思える場合でも、それならそれで、さっさとこちらが手を引きくということもできるし、テレビで何か言わなきゃいけない立場上、それができないというのなら、それは相手だって同じはずだから、相手のベースを理解してその上で何ができるか考えていきゃいいのである。朝ナマとか、この手の番組は、全部そういう基本的なことすらできなくて、結局はどっちもどっちの泥沼に陥ってしまっているのだ。……『サンデーモーニング』がまだしもマシに見えてくるけど、アレはまだしも人数が少ないおかげもあるか。こんなん見せられたら、イラク問題について考えること自体、馬鹿らしくなってくるよなあ。
 今日は大竹さんが舞台のために休みということであったが、いよいよ我々の上京も今週末に迫ってきているのである。いつまでシティボーイズの公演が続くかわからないけれど、ことしも楽しい舞台であってくれたらいいなあ。


 録画しておいた古谷一行主演の金田一耕助シリーズ31弾『臘美人』を見る。まあもう今更このシリーズに完成度は求めない。老境に入ってしまった、古谷、谷啓ご両人のやりとりを楽しむばかりだ。
 夜、今一つ寝付けなかったので、深夜の『探偵学園Q』まで見てしまった。作画はマンガ原作よりスッキリしてるんだけど、声優さんたちのアニメ演技がこの手のミステリーものだと妙に浮いて聞こえてついていけないっス(-_-;)。

2003年04月26日(土) メモ日記/口にチャックな夜。
2002年04月26日(金) アッパレ再び/『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/佐藤竜雄・滝沢ひろゆき)ほか……“NEW”!
2001年04月26日(木) イシャはどこだ!/映画『黒蜥蜴』(1962年・大映)ほか


2004年04月25日(日) おじょうさま、ごめんあそばせ。

 夏から秋にかけて、またぞろDVDの販売攻勢が始まり、財布の中身も心配しなければならなくなるのだが、『ピンク・パンサー フィルム・コレクション』と『ロード・オブ・ザ・リング コレクターズ・エディション トリロジーBOX』は外せない。特に『ロード』はこれを待って、今まで単発で出ていたのを買っていないのである。でもどっちも発売が8月なんだよなあ。ボーナスが一気に出て行くなあ。どっかに1億円くらい落ちてないか(こればっか)。


 今朝の『サンデーモーニング』で、人質事件のフリージャーナリスト、安田純平さんが出演、「自己責任論」についての討論が行なわれた。つか、わざわざスタジオに呼んでその話題か、とちょっと呆れる。普通、「テロリスト」はどんな人たちだったか、とか、そっちの方を聞かんかね。
 世論が圧倒的に人質たちの馬鹿さ加減に呆れているのだから、サヨク的なマスコミがやっきになって人質たちを擁護しようというのは分らないでもないのだが、そのやり方がもうアタマ悪いったらない。うじきつよしが「自己責任論を言い出す方が間違い」って、言ってたけど、日頃、言論封殺に対して文句ばっかり言ってるやつが言論封殺しようとしてどうするんだろね。
 今日も田原総一朗が「高遠さんが『イラクに残りたい』と言ったのは、その前にイラク・イスラム聖職者協会のクバイシ師から『イラクに残ってくれ』と言われて返答したものだ。そこがカットされているのに小泉首相が高遠さんを非難するのは軽率である」と非難してたけど、そこの部分カットしたって結論は変わらないと思うけどな。つか、逆に「やっぱあんた、イラクは向いてないわ」という判断しか出てこない。
 前にも書いたが、あのクバイシ師ってのは間違いなくテロリストたちと通じているのである。「恩人」ではあるが、形の上でしか感謝はしようがない。高遠さんは、あいつの誘導尋問にまんまと乗せられて、「イラクに残りたい」と言わされてしまったのだ。自分の発言が政治的に利用される危険を想定していれば、「まだ今はそういうことは考えられません」とか、「かわす」こともできたろうに、そんなこともできないほどに彼女は「お嬢様」だったわけである。世間知らずな人が、いや、そういう人だからこそ無謀な行為にも出られたのだろうけれど、戦場にいたって戦争が見えない人にいられても、最終的には骨までしゃぶられるだけである。やっぱり地元にすっこんでて、地道にボランティアでも何でもしてくださいな、としか言いようがないんだよねえ。
 サヨクは海外のマスコミも使って、「人質を非難するな」キャンペーンをやっきになって張ろうとしているけれど、外人さんたちは三馬鹿がボランティアじゃなくて政治屋だってことを知らないのだから、トンチンカンな反応になるのは当然である。そういう卑劣な手段を取っていけば、サヨクはますます孤立していくだけなんだが、それも分らないくらいに馬鹿になり果てているのだな。


 練習に顔を出すつもりが、疲れて寝過ごしてしまい、しげからえらく怒られる。日頃、叱られることが多いので、こちらがちょっとミスるとすぐに突っ込んでくるのだが、こういうところがせせこましくてイヤラシいのである。
 言っとくがわしゃ、おまえのように14時間も寝てたわけではないぞ。私のは事故だが、しげのはいつも優柔不断が原因なんで、同じミスでも質が違うんである。
 練習が終わったら映画に行くつもりだったのだが、しげが時間を間違えて覚えていて、間に合わないと勘違いし、行き損なう。これもしょっちゅうで、自分に記憶力がないということが分ってるんだから、自信たっぷりで断定したりなんかするなよ。
 食事だけはしないとからだが持たないので、スーパーまで買い物。いつものうどんのほかに豊の果イチゴを買ったが、これが今朝取り立てのもので、瑞々しくて美味い。明日になれば味が落ちると分かっているので、今日のうちに食べておきたかったが、これも一日の量が決められているので、五個以上は食べられないのであった。残念。

2003年04月25日(金) メモ日記/シカゴな夜。
2002年04月25日(木) あの人にだけわかるナニの話(^^*) /DVD『エイリアン9 DVD対策BOX』……“NEW”!
2001年04月25日(水) おむすびころりん/『最終兵器彼女』4巻(高橋しん)ほか


2004年04月24日(土) 『CASSHERN』とヘンなメール続報。

今朝はトリアス久山で「わくわく動物ふれあいランド」(だったかどうか名前は忘れたが、要するにそういうもの)に行く予定だったのだが、いつものしげの寝坊のせいで結局中止。起こしても起こしても「うーん、もう起きてる」とか寝言を言うばかりで、いっかな目を覚まさないのだ。どれくらいしげが寝惚けていたかというと、「うどん食うか?」と言っても「食う」と返事をするだけで目覚めないことである。あの、食欲だけは普通の人間の3倍はあって、寝ていても匂いさえすれば起きてくるしげが何としたことだろう。
 しげが起きてきたのは午後3時。だからどうして平気で14時間も眠れるのだ。寝ようったって眠れるもんじゃないぞ。あああ、せっかくラマに触れるチャンスだったのに。


 どこにも出かけないのもサビシイので、前売券を買っておいた『CASSHERN』を見に、キャナルシティに行く。
 しかし見事なくらいに若いカップルばかりで、オタクっぽいやつが殆どいない。初日ということもあるのだろうが、満席で、座れない人は次回に回されているようだ。この感じだと、かなりヒットしちゃうんじゃないか。恐るべし宇多田の夫。
 でも、映画を見たあとの若い人たちの感想は「わかんね〜」とか「まじめ〜」である。見事なくらい「戦争反対」スローガン映画だったからなあ。アニメの『新造人間キャシャーン』とは明らかに別もの。けれど昨日見た『コナン』に比べりゃ、今の私にはどんな映画もおもしろく見られてしまうのであった。思いが上滑りする映画というのも若さの証明だし、何の思いもない映画よりは数段マシである。
 「宇多田の夫ってこんな仕事してたんだ〜」と言ってた人もいたが、いつまで経っても「宇多田の夫」としか認識してもらえない紀里谷氏もチトかわいそうである。大評価まではしないものの、そこそこ映画が撮れることはわかったんだけどね。情に流され過ぎてまるで大林宣彦の初期作品を見るようではあったが。
 帰宅してネットニュースを見ると、実は『CASSHERN』にはGLAYのTAKUROとHISASHIが「ほんの一瞬だけ」出演しているとか。この客の多さはそれを確かめる意味もあったのかも。


 先日、ヘンなメールが来たってことを日記に書いていたのだが、そのあとすぐに受信拒否しちゃってたので、「続き」があるとは全く知らなかった。かなり広範囲に渡ってばら撒かれていたものらしく、交際を求めているわりには随分活動範囲の広い方のようである。
 もう正体はバレちゃってるので、フルネームでお名前も紹介しておきましょう。
 最初のはこないだもアップしたものだが、ほぼ同じ内容だが文面が私のところに来たものとはちょっと違っている(誤字もあり)。

> 「突然ですが、私の月収85万円です。その中の20で契約しませんか?
 急ではありますが連絡させて頂きました。私は関係を求めています。それによる代価として金銭が発声するのも覚悟しています。条件は色々とリードして欲しい、一緒にいる時間を月最低二回。以上が私の望みです。私自身既婚者と言う事もあり、貴方が既婚者である私とでも問題がなければ。代価として月に20万円サポート致します。それで契約関係になってはいただけないでしょうか?興味頂ける内容とは思えます。まず明日はお手すきでしたらお会いしてみませんか?場所は指定して頂きたいので、どこにお住まいかお教え願えますか?明日の場所は指定して頂いて結構です。場所指定と共に返答お待ち申し上げております。 小野愛」

 私のところに来たのをもう一度掲載すると、以下の通り。

>「急ではありますが連絡させて頂きました。私は関係を求めています。それによる代価として金銭が発生するのも致し方ないと考えています。条件は癒しと開放、月最低二回。以上それが私の望みです。既婚者である私とでも問題がなければ。代価として月に20万円のサポートをお約束します。上記を踏まえた上で契約関係になってはいただけませんか?興味頂ける内容と思います。まず明日お手隙でしたらお会いしてみませんか?場所はご指定ください、重ねてどこにお住まいかもお願いします。」

 日付けは私のところに来たものの方があとなので、誤字などを訂正したものであろうか。何日にも渡って送り続けたということは、「反応した」人もいたのであろう。馬鹿はいるねえ。受信拒否をせずに単に放置しておくと、次のようなメールが来るらしい。

> 「返答が無いのは提示額のせいですか?50万円ならいかがでしょうか?
 初見で50を用意するのは私にとっても難しいので、一度お会いして貴方の値踏みさせて頂きたいのですが。それを了承して頂けるのなら、50用意する事も悩みません。どうですか、それで契約は無理でしょうか?それとも明日はお忙しいですか?出来ましたら、夜が希望なんですが。都合のいい時間もしっかり確認したいのですが。」

 だからどうしてどこに住んでるのかもわからん相手の「都合」を勝手に決めつけるかねえこのひたー。しかも「値踏みする?」。顔のことか、それとも一回「お手合わせ」ってことかい。自分を信用させる手段というものが全くと言っていいほどないねえ。けれど「詐欺」というものは決して高等な手練手管は要しないのである。こういう馬鹿なメールに引っかかる程度のアタマの持ち主だからこそ簡単に騙せるわけで、怪しい宗教の教祖なんかがたいていいかがわしい格好をしているのもそのためだ。だからまあ、こういうのに引っかかってイタイ目に合うやつもやっぱり「自業自得」ってことになっちゃうんだけどね。
 で、これで返事しないで終わりかと思うと、まだ続きがあるんだって。


> 「言いづらいのですが私の条件を飲んで頂きたいのです。
 条件は二つ。一つは貴方の顔の写真をお会いする時のために確認としてお願いしたいというのと。もう一つは、私の持っている携帯電話は主人名義の物なのでアドレスをお教えする事はかないません。当日にお会いする時はこのパソコンからメールする事が出来ないのと、電話番号にしても携帯のアドレスと同様教える事はかないません。ですからお会いする時に連絡手段として『ある出会い系サイト』へ登録して下さい。そこで私は「約束の人を待っています」と登録しています。そこで当日はそこで連絡とりあいおちあいましょう。それと顔は伏せさせて頂きましたが、私は身体には自信があります。これが証拠になると思いますが。どうでしょうか。」

 これと一緒に何やらの写真が送られてくるらしい。しまった、ここまで待っていればよかったかな。けどこれでこのメールの正体が分かりましたね。「出会い系サイト」に登録させることが目的で、あとで馬鹿高い使用料が送られてくるという仕掛け。「人妻」って設定も、本当はありもしない自宅の電話や携帯を教えないための口実なわけだねえ。
 本人はうまい手のつもりかもしれないけれど、さすがにどんな馬鹿でもここで気がついて「これは怪しい」と思うんじゃなかろうか。でも千人に一人くらいは馬鹿の上を行く大馬鹿三太郎がいるかなあ。
 次がいよいよ最後のメール。

> 「今、すませました。
 □□□-□□-□□□-□□□□□□□□□.□□□に空メール送ると無料だそうです。登録したら一報ください。主人が携帯をチェックする前に登録の確認をしたいのでお願いします。お金は明日の朝、銀行に立ち寄り用意します。では、明日。いい時間を過ごせるの期待してます。」

 「行く」とも何とも言ってなくても勝手に話を進めるのだね。こういう女と付き合いたいという男がこの世にいるとも思えんが、世間って広いしね。これに引っかかって、イタイ目に合ったって人、いないかね。いたら見てみたいよ、どんな人か。

2003年04月24日(木) メモ日記/マクドな夜。
2002年04月24日(水) しげ伝/『人生は五十一から』(小林信彦)ほか……“NEW”!
2001年04月24日(火) ギャグマンガの地平に/『相原コージのなにがオモロイの?』ほか


2004年04月23日(金) 今度の『コナン』は覚悟しろ!&「Aemaeth賞」受賞。……って私!?

 今日もまたチックと戦いながら仕事。
 いやもう、溜まった仕事片付けるためにほぼ一日、トンガリさんの隣で仕事してたから(~_~;)。
 もちろんその間、トンガリさんは独特の言葉遣いでずっと話しかけてくるんである。
 実を言うと、この日記では意味が少しでも通りやすいように「意訳」して内容を紹介しているが、このトンガリさん、意味不明な言葉をしょっちゅう喋っているのである。
 例えば、いきなり「おうちはいかがですか?」なんて聞いてくるので、初対面のころは、いったい私の家のことをこの人はどうして気にするのだろう、と不審に思っていたのだが、この「おうち」というのは、「あなた」と同義で、つまり挨拶のつもりで「あなたの今日のご機嫌はいかがですか?」と言っていたのであった。「おたく」と似たような使い方らしいが、あまり知らない用法である。どこかの方言なのかもしれないが(って、地元の人のはずなんだが)、少なくともこんな言葉遣いする人は職場にはほかにいない。こういう「この人だけが使っている用語」がやたら挿入されるので、意味を理解するのがかなり難しい。
 更にはやたら言い間違いや用語の間違いが多いので、その点でも同僚はみんな、この人が何を喋っているのか意味を汲み取るのに手間がかがって苦労させられているのである。今日も「担当」というのを「担任」と言い間違えていたので、「担任」って誰やねん、ここは学校とちゃうぞと苦笑させられた。
 たいていの場合、この人の喋る内容は、やたらと長くダラダラと続く。「こんなことを申し上げるのは余計なことかもしれませんけれど、また○○(トンガリさんの名前。自分のことを名字で自称するのである)が要らないことを言ってると思われるかもしれませんけれど、これもおうちのためだと思いますからあえて申しますが……、」と前置きがやたら長い。
 短く喋るときもあるのだが、そのときは主語や目的語が省略された(そんなことはわかっているだろうと思いこんでいるのだろう)意味不明な言葉が多いので、これも意味を想像するのに骨が折れる。まあ、普通の人でも、「困りますねえ」とかいきなり声をかけて来て、何が困るんや、と相手をビビらせるというやり方をしないわけではないが、この人の場合、そのあと何を困っているのか言わないで、そのままスッと去っていったりするものだから、「だから何を困ってるの! 一人ごとかい、今のは!」ということになってしまうのである。
 それから、あとは「解読不能なメモ」。これも今日の出来事だが、私の机の上にメモが置かれていて、ヒトコトただ「規則」と書いてある。いったい何のことやら全く見当がつかず、これは私が何かのルールを破りでもしていて(身に覚えはないが)、そのことを注意でもしたいのかと思って、首を捻り、さすがにこれはどうにも解読できずに、仕方なく「どういうことでしょう?」と本人に聞いてみた。そのときの返事もかなり意味不明で、読解するのにひと苦労したのだが、要するに「パソコンのマニュアルを読んでおいてください」ということなのであった。……どうやら、「教本」の意味で「規則」という言葉を使っていたようなのである。それにしても、「何の規則か」書いてくれないと、意味なんか取れやしねえ。ともかく同僚がみんなこの人を避けているのは、「何が言いたいんだか分からない」点が大きい。
 でもねー、一番つらいのはねー、言葉遣いそのものよりもその内容がほぼ全て職場と職場の同僚と上司への愚痴と呪詛だってことなんだよね〜。
 「こちらに勤めさせていただいて、初めは○○もいろいろと言わせていただいておりましたし、こちらにはこちらのやり方があるのであろうと理解はしておりましたけれども、だんだん○○も知恵がついてまいりまして、こんなことを言っても全て忘れられてしまうのだな、○○の言うことなど聞いていただけないのだな、言っても仕方がないのだな、と○○も学習いたしましたので、もう何も申し上げるつもりはございません」と前置きして延々と愚痴を言い始めるのである。
 今日も出たくもない宴会に付き合いで出なきゃいけないことを仕事をしている最中の私の隣で延々と愚痴る愚痴る。だったら出なきゃいーじゃん! 「おうちならお分かりいただけるでしょう?」って、私だってわかんね〜よ!
 ……あなた、それをまる一日聞かされて御覧なさい、どんな気分になるか。
 私も最初はこの人の言葉を「解読」するのに時間がかかったが、ヘタにある程度「解読し慣れ」てしまったために、「あの人のことは頼むよ」ということになってしまったのである。これもやはり意味不明な言葉を喋りまくる女房と長年付き合ってその言葉を「解読」してきた努力の賜物であろうか。しげに言わせると、「そりゃあんたが世間との『勝負』に『負けて』んだよ」ということになるのだが、当のお前がそれを言うか。
 でも言葉の意味は解読できても、気持ちまでは理解できない。ココロの中で私は「助けてくれ〜」と叫んでいるのだが、その気持ちを「解読」してくれる人はいないのだ。
 あああ、なんて楽しい職場(T∇T)。


 ぶっくたびれはしているけれど、神経は高ぶっているので、仕事を終えたあとは眠いのに眼ぶたが閉じようとしないという疲れた状態。
 迎えに来たしげと、姉の店まで散髪に行く。散髪してもらうのはしげだけの予定だったのだが、結局私も父からむりやり「散髪してけ!」と椅子に座らせられる。それはいいけど親父、客待ちにどでかくMEGUMIのカレンダー飾るのはやめてよ(~_~;)。
 父親と例のイラク人質事件について、雑談。性格も考え方も親父譲りなものだから、意見はほぼ一致で、父ももともと自衛隊の派兵自体には反対だったのだが、あの三馬鹿に対してはかなり呆れていた。
 「偏見かもしれんが、差別で言うとやない」と前置きして、父は「結局、北朝鮮のことがあるけん、アメリカの言うことば聞かなならんもんな。俺もそげんとは好かんばってん、自衛隊以外にイラクには行かれんめえが。それを人質になった人たちは何も考えとらんもんなあ」と憤る。
 「本人たちはいいことしようつもりやろう、ばってん、あげん『正義』ば振りかざすのが一番好かん」
 唐沢俊一さんは「裏モノ日記」で、彼ら三馬鹿への憤りの裏には大衆の、ええご身分やねえ的な「ひがみ」がある、と指摘されていたが、それが全くないとは言わないが、私自身は、それはかなり希薄なのではないかと思っている。ボランティア活動自体に反対する意図は父にも私にも、いや、世間の怒れる人々の大半にそれはさほどなかろうと思うからだ(いつも思うのだが、唐沢さんの周囲には「そういうことをロコツに感じさせる」下卑た人間が多すぎるんじゃなかろうか。職業柄、それも仕方がないのだろうが)。ネットをあちこち散策してみても、「あの3人に怒りは覚えるが、だからと言って中傷の手紙を自宅に送りつけたりするのは許せない」という意見もかなり見受けられる。
 もしあの三馬鹿が、危険区域に無謀にも入りこむことをせずにNGO活動を続けていたとしたら、残された家族が「自衛隊撤退」を訴えた政治活動をしなかったら、ここまで世論が沸騰し、「自業自得」論が語られることはなかったはずだからである。
 「自分が正しいことをしている」「いいことをしている」という思いこみは、一切の批判を拒絶する。マトモな神経の持ち主なら、彼ら三馬鹿を批判しつつも、それが自分にもはねかえってくる可能性を充分知っている。善意の虚偽性は自らを殺すのだ。だからこそ、彼らへの怒りは「公憤」となりえていると思うのであるが。

 店を出しなに、近所のおじさんが私を見かけて、「随分スッキリされとりますなあ」と感心したように言った。最初、散髪したことを言ってるのかと思ったが、「前はなかなか立派な体格でござらっしゃったが」と続いたので、痩せたことかと気付いた。
 けど、顔のデカさは変わってないので、「痩せた」というより「やつれた」という印象の方が強いのである。それに肉が落ちてるのは肩と腕ばかりで、腹は落ちてないんだよなあ(T∇T)。


 そのまま、夜はキャナルシテイまで出かけ行って、映画『名探偵コナン 銀翼の奇術師(マジシャン)』を見る。
 毎年毎年、どんどんどうしようもなくなってくる『コナン』映画シリーズであるが、今回のは特に最低を通りこし、見ている最中は脱力をはるかに越えてただひたすら「無」としか言いようのない境地でいられるほどのスバラシイ出来であった。これはもう、『アルマゲドン』とか『パール・ハーバー』の比ではない。制作者たちが何を作ろうとしているのかははっきりと見えているのだが、それが見事なくらいに「何も描いていない」のだ。この超絶脳天逆落とし大馬鹿三太郎ムービーの前では、「こんなの映画じゃない!」なんて罵倒すら甘く聞こえてしまう。ここまでひどいと、もう笑っちゃうしかないというか、世にこれ以外の駄作は存在しない、と断言してもいいくらいなのだが、私は既にこの映画を批評する言葉自体、失ってしまっているようだ(^_^;)。
  隣に座っていた子連れの20代と思しいママさんが、見終わったあと、感極まったように「面白い! 面白すぎる!」と声をあげていた。口調から慮るに、「本気で」面白がっているのではないことは明白であった。いや、ある意味「本気」か。実際私もそう叫びたくなったしな(^o^)。ああ、この映画の感想、コンテンツの方にはどんな風に書いたらいいだろうか。
 ともかくこの筆舌につくしがたい超ケッ作を見逃すのは一生の損である。みんなぜひ見なさい。


 帰宅して郵便ポストを開けると、どこぞから書籍小包が届いている。
 本を送られる覚えなどなかったし、送り先の会社にも見覚えがなかったので、どこぞのシューキョーの宣伝本か何かかと訝みつつ開けてみたのだが、中から出てきたのは、押井守著『イノセンス創作ノート』。
 これは既に買ってるし、注文した覚えもなかったので、どこかほかの人への荷物が紛れこんだのかと、宛先を見てみるが(封筒を破く前に見ろよ)、間違いなく私宛てである。本の間に手紙が挟み込んであったので、表紙をめくってみて手紙を取り出そうとした途端、私の目はテンになってしまった。
 こ、こ、こ、こ、これは押井守監督のサイン!
 慌てて、震える手で手紙を読んでみる。

〉「このたびはイノセンス感想文コンクールにご応募いただき、ありがとうございました。公開後、短い募集期間にも関わらず、イノセンスと向き合い真剣な感想を文章にして、わざわざご応募いただいたことを深く感謝いたします。
 あなたがお送りいただいた作品は、全作品を読んだ製作委員会のスタッフが特に多くの方に読んで欲しいと切に願うほどの作品でした。押井守監督も喜んでサインしてくれた直筆サイン入り関連グッズを贈らせていただきます。ご査収ください。」

 イノセンス感想文コンクール。そう言えば映画を見た直後に勢いで書いた感想を、『イノセンス』の公式ホームページに「感想文募集」のコーナーがあったので、押井監督やスタッフへのエールのつもりで書き送っていたのであった。受賞することを考えて書いたわけではなかったから、そのまますっかり忘れていたのである。
 慌てて『イノセンス』の公式ページを開いてみたら、発表は既に今月の14日に行なわれていた。私の文章は、確かに百選の中のNo,50に掲載されている(私のホームページの「黄泉比良坂電気館」にアップしたものを、字数の規定があるために一部カットしたもの)。
 よく見ると、私のものには★印が付いていて(数えてみると29作品に★が付いていた)、「★Aemaeth賞★」という名前が付いている。これはつ、つ、つまり、なんか「賞」をもらったということ? あああ、賞なんて賞なんて、中学校のころ、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』の読書感想文を書いて、校内コンクールで優秀賞を受賞、賞品として『二葉亭四迷・幸田露伴・樋口一葉集』をもらって以来じゃないか! 小躍りしたくなる気持ちを抑えて、前書きに書かれてある選考の経緯を読んでみる。

>「多様に感じることができる「イノセンス」という映画においては、応募作品に明確な順位をつけるというのは、ナンセンスであると判断し、順位はつけておりません。掲載された作品の順序は無作為であり、作品の優劣とは無関係であることをご了承下さい。ちなみに★印がついた作品は、製作委員会スタッフが、文章の技巧の優劣ではなく、特に多くの方に読んで欲しいと切望した感想文です。」

 つまり、中身の優劣ではなく、「『イノセンス』って、こんな読み方もできるんだよ」っていう「多様性」を感じさせるものを選んだ、ということだ。私は日記でも何度となく書いていることなのだが、自分の文章というものに全くと言っていいほど自信を持っていない。今回書いた『イノセンス』の感想文も、勢いで書いただけのしろものだから、読み返すだに「こいつはつまり何が言いたいのだ? 『愛』を肯定したいのか否定したいのか?」と、その論旨の曖昧さに赤面してしまう。だから、決して「優劣」ではない、このような基準で自分の文章が選ばれたということがとても嬉しいのである。
 ともかく、「映画」はいろんな見方ができるから楽しいのだ。賛否両論、毀誉褒貶、様々な意見が飛び交うということは、それだけ作品に力がある証拠であり、批評とは誉めるにしろ貶すにしろ、その作品の持っている「力」を引き出してみせることにその使命がある。当たり前の話だが、「主役」なのは批評の対象となる「作品」そのものなのだ。
 ところが世の中には、作品の批評や感想を、自分を語るため、世間に自分を認めさせるための手段だと勘違いし、半可通な知識で「映画論」とやらをぶつ腐れた人間が山のようにいる。これは自己宣伝のために「映画」を利用しているだけであって、映画に対する「愛」に全くと言っていいほど欠けている行為である。
 宣伝されるべきは「作品」なのであって、「自分」ではない。自己宣伝をあえてせずとも、そこに「魂」が、「愛」がこもっていたならば、自然、「自分」は表出されるものだし、「作品」を壊してしまうことにもならない。「イノセンス感想文」にはその「愛」に満ちた文章が多々あった。私のようにくどくもなく、すっきりと内容の伝わってくる文章や気の利いたものも多い。その中に私の駄文も並べてもらったことは、言葉を尽くせぬほどにすばらしい果報だと思うのである。
 まあ、そういうことなんで、ささやかな受賞ではあるが、浮かれちゃっているのである。数少ない読者のみなさん、もしよかったらサイトが消える前にちょっくら覗いてみてくださいませ。↓

http://www.innocence-movie.jp/comingsoon/kanso.html

 リンクの色、解りにくくてすみません。

2003年04月23日(水) メモ日記/顔面神経痛の夜。
2002年04月23日(火) くましげ。/DVD『紅の豚』(フランス語版)ほか
2001年04月23日(月) 駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか


2004年04月22日(木) 映画トラブルあれこれ。

 今日は仕事が糞忙しくて、帰宅が午後9時。
 仕事の中身はもう書きたくないので、ほかのことをいろいろ書く。


 今年は久方ぶりにダン・エイクロイドの出演する映画、ジョン・グリシャム原作の『スキッピング・クリスマス』が、日本にも輸入されることが決定しているが、この映画、クランクインしたばかりだというのに、ちと困ったトラブルに巻き込まれてしまっている。
 でもなんかそれが実につまんない理由で、同時期に公開される予定のベン・アフレック主演の『サバイビング・クリスマス』とタイトルが似ているので、レイティング審査をするMPAAからタイトルを変更するように指導されたというのだ。
 何か私にはこれがどうしてタイトル変更の理由になるのか全然理解できないのだが、タイトルが似てたらダメっていうんだったら、日本の一連の『愛と○○のなんたら』ってやつ、全部取りしまわれちゃわないか。第一、原作のタイトルは既に発表済みなんで、これを変えろってのはもっとややこしい問題を生みはしないか。何となくグリシャムを標的としたいやがらせのようにも思えて、ウラをいろいろと想像するとちょっと怖くなる。
 なんだか、昔、マルクス兄弟の『オペラは踊る』(原タイトル・『カサブランカの夜』)が制作されていたときに、『カサブランカ』の制作会社であるワーナーがクレームをつけて、それに対してグルーチョ・マルクスが「賢明なる観客は、きっと、ハンフリー・ボガートとうちのハーポ・マルクスを見分けられることでしょう」と手紙を送って事無きを得たというエピソードを思い出したけれども、そんなふうに円満に治まらんものか。MPAAも、こういう下らんクレームをつけるヒマがあったら他にやることないのかと言いたくなる。
 まあ、最終的に映画が完成してくれれば問題はないんだけれどね。



 本家中田秀夫監督が監督することになったハリウッド版『ザ・リング2』に、前作でサマラ役を演じていたデイビー・チェイス(表記が変わったな。前は「ダヴェイ」だったのに)が出演しなくなったとか。アーレン・クルーガーの執筆した初稿に存在した生前のサマラが登場するフラッシュバックのシーンが、決定稿からカットされたためとか。
 まあ、貞子っつーか、サマラは姿を見せない方が怖さは出せるから、この決定は悪くはないかもしれないけれど、前作の彼女の魅力は捨て難いものがあったから、ちょっともったいないなとは思う。でも本家『リング』シリーズも『2』以降はどんどん失速していったし、さて、ハリウッドリメイクがそれを越えられるかどうか。基本的にアレは一作こっきりにしといた方が面白いネタだと思うんだけどなあ。


 友人から、あるサイトの日記に『カスカベボーイズ』について、お笑いな批評が載ってるぞ、と教えてもらったので覗いてみたのだが、なるほど、なんだかトンチンカンなことばかり書かれてある。
 どうやら映画をあまり見たことはない人のようで、若い人が背伸びをしてモノを言おうとすると、乏しい知識を総動員して語るものだから、往々にして引用や例えが的外れなものになってしまうアレをやらかしてしまっているのである。
 あの映画の中の世界を「時間が動かず太陽が中天に止まったままという明らかにペルシダ−を思わせる不条理世界」なんて書いているのだが、この人、本当にバローズの『ペルシダー』シリーズを読んでいるのだろうか。別にアレは地底世界ってだけで、時間がとまってるわけでも何でもない。「不条理世界」なんて表現は当たらないんだけれど、どうやら「不条理」という言葉の意味自体もよく分からずに使っているようである(それとも私の記憶違いであの世界は時間が止まってた世界だったのか? もう読んだの何十年も前なんで細かい設定忘れてるんだけど)。つ〜かね、映画の中の世界なんだから、引用するならほかにいくらでも適切な例もあろうに、『ペルシダー』ってこたなかろうよ。バスター・キートンの『探偵学入門』も見てないのだなあ、この人。半可通だとしても、かなり軽率な御仁のようである。
 「悪役中の悪役たるジャスティス、彼は恐ろしくパラダイスキングを思わせる」なんてのも『クレしん』映画くらいしか見てないんだなあというのが丸分かりで、どうもジョン・ウェインすら知らないらしい。昔の映画をまるで見てないのは若い人の共通項みたいなものだから、もう今更責めたって仕方ないとわかっちゃいるのだが、『クレしん』映画を批評する例えとして『クレしん』映画を引用したって何の意味もないってことに気が付いていない。一応その人本人としてはこのあたりで『カスカベボーイズ』を誉めているつもりなのだろうが、阿呆が誉めると映画自体が阿呆に見えてしまうので、逆効果にしかなっていないのである。どうにも困ったちゃんである。
 極め付けのトンチンカンな文句は次の一節である。
 「ただ、どうしても私としてはこの映画を良作であると結論づけながらも、前作『ヤキニク』にシンパシーを感じざるを得ない。『ヤキニク』のごとく、シチュエーションコメディよりもギャグ映画を目指した作品は“映画”として“奇形”にならざるを得ず、その“奇形”こそが私のような人間をひきつけるのだ。同時に、それが『ヤキニク』があれほど世間の理解を得られない理由の最たるものであるのだけれども」
 ああ、この人は喜劇映画を殆どマトモに見たことがないのに喜劇映画を語っているのだなあ、と脱力してしまった。「シチュエーションコメディ」に対置する概念は「スラップスティック・コメディ」であって、「ギャグ映画」などというものではない。説明するのも馬鹿馬鹿しいが、「ギャグ」は喜劇を成立させる要素であって、それはシチュエーション・コメディにもスラップスティック・コメディにも存在する。このあたりの用語の間違いも文意をかなり意味不明にしてしまっているのだが、更にアタタなのは、コメディが「映画として奇形にならざるを得ない」というくだりだ。この人はキーストン・コップスからバスター・キートン、ハロルド・ロイド、チャーリー・チャップリン以降のもろもろのコメディアンたちの映画を全て「奇形」と切って捨てる気なのだろうか。見てないからこそこんなことが言えるのだろうが、見ていてこんな発言をしているのであれば、これは相当な阿呆である。全くいったいいくつなんだ。中学生くらいか? この人。
 前作『ヤキニクロード』が世間の理解を得られない、というのも、いったいどこの「世間」の話なのだろうか。昔から『クレしん』映画は認めている人は認めていたし、観客動員も決して落ちこんではいない。無知にもちょいと程があるというか、どうも自分の妄想だけでモノを語るタイプのトンデモさんのようである。
 映画の歴史も知らず、映画自体もまるで見てないのは、その人がそういう巡り合わせだったのだろうから仕方がないとしても、そんなんでヘタに「映画論」を偉そうに語っているのがお笑いなのである。……にしても、ここまでの馬鹿はちょっと珍しいぞ。どこの馬鹿サイトか紹介してもいいのだが、往々にしてこういう手合いは粘着さんだから、逆恨みでヒレツなことをされてもめんどくさいのでどこかは書かない。
 ネットが一般化して以降、こういうぱーぷーな猿言が横行するようになってしまったが、つくづく思うのは「日本にはもう批評は存在しえない」という小林信彦の箴言である。昔は高校や大学などでもクラブやゼミやサークルとかが少しは機能していて、阿呆な意見が飛び出してもセンパイたちからたしなめられていたものだったが、年齢不詳経歴不詳なネットからはそういう機能が全くなくなってしまった。
 それはまあ、憂えるべき事態ではあるのだけれども、ネット上の発言は今や全て拡散して、一つ一つの意見は重みを失ってしまっている。こういう馬鹿な意見ばかりではなし、『カスカベボーイズ』に関しては快楽亭ブラックさんや唐沢俊一さんのようにプロの方がちゃんとした批評をしてくださっているので、我々はこういう泡沫猿言を目にしたら嗤ってやってればよいのであろう。
 ……でもだからってわざわざ教えてくれなくてもいいんだけどな。


 ここんとこ散々イラクの三馬鹿について書いてきたのだけれども、ネットの某掲示板に(^o^)彼らの住所が掲載されて、3人の自宅に大量の中傷の手紙が送られてきたとか(現在は札幌法務局の指導により削除ずみ)。多分その殆どは無記名で送られてきたものだろう。
 あそこまでの馬鹿は近年つとに珍しかったから、弱いものイジメが大好きな日本人がいっせいに叩きたくなった気持ちもわからなくはないが、無記名の中傷の手紙は彼らを「被害者」に仕立て上げることになるから全くの逆効果である。批判をするならちゃんと記名入りで反論受ける覚悟でやんなきゃ。こういう「批判の尻馬に乗った中傷」をしたがる手合いは、結局は「自己責任」を果たしてはないわけで、あの三馬鹿以下の糞である。全く、人のことが言えた義理かね。
 もちろん、中傷されてるからと言って、彼ら三馬鹿を擁護する気などサラサラないのだが、あれだけ堂々と批判できる相手に対して、何を陰湿な方法を取っているのか、馬鹿じゃねえか、ということなんである。まあこの日記読んでる人で、彼らんちに中傷メールや手紙送った人はいないと思うけれど、もしいたらアンタ糞だから蝿にたかられて死になさい。
 

 仕事帰りに寄った紀伊國屋で買った、DVD『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』と『爆発!温泉わくわく大決戦』を見ながら寝る。この映画シリーズもコンテンツに書きたいこといっぱいあるんだけど、書き出したらキリがなさそうだから、手をつけるのが怖いのであった。

2003年04月22日(火) メモ日記/待ちぼうけの夜。
2002年04月22日(月) 全国の○○はみなアホか?/『てけてけマイハート』2巻(竹本泉)ほか
2001年04月22日(日) おしゃべりラブ/DVD『キングコング対ゴジラ』ほか


2004年04月21日(水) 『イノセンス』、カンヌ映画祭ノミネート!

 イラク関係のこと日記に書き出してから、アクセス数がどんどん増え出して、一時期は一日百件近くも覗きに来られてしまった。たかが無名人のサイトにはちょっと過ぎた数字である。お客さんが増えるとまた心配性の某友人が「荒らしが来るんじゃないか」とか神経過敏になっちゃうので、まあその不安を取り除いてあげないといけないんだが(^o^)、ヒトコトで言っちゃえば「取り越し苦労だよ」ということである。
 いろんなサイトをネットサーフィンしてて思うのは、基本的に「荒らし」なんてのは無名人のところには来ないということである。荒らしさんには荒らしさんのプライドらしきものがあるようで、噛みつく相手ははっきり選んでいる。「あんな有名人を怒らせてやったぞ」とか、「イタいねーちゃんをからかってやった」とかいうのは快感に繋がるが、どこの馬の骨とも分からぬ中年男の藤原某などと諍いをしたところで、誰かが注目してくれるわけでもない。かえって、そんなネットの隅の隅のかすっペたで下らん喧嘩をしているのを誰かに見られたら、馬鹿と阿呆が何かやってるとせせら笑われるだけである。それでは荒らしさんの自己顕示欲はいっかな満たされない。必然、無名人が「荒らしさん」に狙われる危険なんてのは殆ど考慮する必要もないのである(無作為に送られてくる迷惑メールの類は除く)。
 つか、そんなん心配していたら、それこそ「何様のつもり」ですがね。どうも私の友人には私のことを過大評価してくれる人が多いのだが、自分がそんなたいそうな人間じゃないことは私自身が一番よく知っている。「もっと有名になってほしい」旨のことを何人かから言ってもらったことはあるが、中身のない人間がそこかしこに偉そうにしゃしゃり出たって、お寒いばかりである。人間、「身のほどを知る」ってことは大事だよなあとは、今度のイラク人質事件でも痛感したことだ。友人、知人に気にかけてもらえていること自体はありがたいことなのだが、疑心暗鬼に過剰反応して、自分がさも大物であるかのように錯覚してしまうようでは情けないだけである。結局、一番の「荒らし」対策は、「ネットで書きものをすることをやめる」ことだってことになってしまう。
 でまあ、そうなったらなったで私にネットに対する執着はないことは何度か日記にも書いてきたとおり。荒らしさんが喧嘩売るには一番張り合いがない相手ではないかと思うんだが、それでもまだ友人諸兄は心配してくれるのであろうか。それに、人質解放で世の中もすっかりおとなしくなり(まだやっきになって騒いでるのはあくまで自衛隊撤退を唱えているサヨクくらいのものである)、昨日今日はもう、アクセス数が一気に40くらいまで減ってきているのである。新しく定連さんが居付いた様子もない。通りすがりさんがいきなり荒らしさんに変貌することなど、そうそうあるこっちゃないということである。
 ま、これからもこんな感じで好き勝手書きはするけど、細々とやってくつもりなんで、私にあまり過剰な期待はかけないでほしいのである。


 会議に出ないトンガリさんに対して、ついに上司が直談判をすると宣言。
 宣言するのはいいけど、実行できるんかいな。相手はマトモな神経の持ち主ではないということは充分わかってるだろうに。もっとも上司がそういう態度を示すようになったのは、多分私が殆どトンガリさんとの渉外を担当するようになったものだから、上司として手をこまねいたまま、何もしないでいるわけにはいかないと判断したものだろう。
 実際、トンガリさんとのやりとりを一手に引き受けるようになって以来、私がかなり疲労していることは周囲も気付いていることである。ここ数日、チックがまた激しくなっていて、ちょっとごまかしきれなくなっているのだ(仕事が終わった途端に痙攣が収まっちゃうから、原因はもうソレ以外にないんである)。
 上司が本来の仕事をしてくれるのなら私は大いに助かるのだが、かえって傷を広げるようなことになりゃしないかと、それが心配なのである。願わくば、ホンモノの「傷」をつけあうような事態にはならないことを、ひたすら、切に。


 夜、しげと待ち合わせて、キャナルシティで映画『ピーター・パン』。
 ディズニーよりはマシだったけれど、原作を読んでる身にはちょっとツライものがある映画であった。しげがラストで私が泣いたかどうか、確かめようとして顔を覗きこんだけれど、私ゃつまらん映画では泣きません。
 帰りにロイヤルホストで遅目の食事。だもんで注文したのはお粥。しげはステーキ膳を頼んだが、一緒に付いていたカキフライを要らないというので、それをおかずに食べる。これでもせいぜい500kcalくらいであろう。昼はカレーだったけれどご飯は残したし、一日で1000kcalくらいしか取ってはいない。
 とりあえず、ずっと体重80キロを越える事態だけは避けられているし、体脂肪率も17%と、完全に正常値なのだけれども、東京行きまでにせめてあと1、2キロは減らしときたいのである。ずっと外にいるとどうしたって食っちゃうからねえ。 


 5月12日から開幕する第57回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に、押井守監督『イノセンス』と、是枝裕和監督『誰も知らない』の2作品が正式にノミネートされた。
 ご承知の方も多いと思うが、カンヌを始め、国際映画祭のコンペというのは、推薦したから即ノミネートされるというものではなく、やはり事前に選考された上で出品が決まるのである。つまりは『イノセンス』は立派に世界に通用する「映画」として認められたわけで、こんな重畳なことはない……と言いたいとこなんだけど、審査委員長がクエンティン・タランティーノだから、ちょっとヒイキが入ってたんじゃないの? という気がしないでもないな(^o^)。
 押井監督のコメントは実に淡々としていて、まるで宮崎駿のようである。
>「アニメーションのノミネートは、史上5本目だとか。日本のアニメが映画として認知されたことの証明だとするなら、喜ぶべきことだと思います。タキシードを着るのはイヤですが、これも監督の仕事です。行ってきます」
 もっとも宮崎さんはベルリンのときはケツ割ってたけど。

2003年04月21日(月) メモ日記/南洋の夜。
2002年04月21日(日) えっちな話をしても中身は書きません/アニメ『サイボーグ009』27話
2001年04月21日(土) 帰り道涙道/映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』ほか


2004年04月20日(火) 今日はぶっくたびれてるので短い。

 職場のホスト・コンピュータが突然アクセスを受け付けなくなってしまった。
 昨日、そのパソコンを最後に扱っていたのが私だったものだから、何かやらかしたのではないかと疑いをかけられるが、別に誤作動させた覚えなんかないぞ。あちこちいじくって、反日が経ってようやく何とか回復したのだけれど、その間、例のトンガリさんが「おたくが何かやらかしたんですか?」「おたくが最後に触ったんでしょう」「その時どんな様子だったんですか」「何かヘンな画面を開いたりしてませんか」としつこいこと。わしゃ何もしとらんちゅ〜に。
 半日コンピュータが使えなかったので、仕事が押す押す。今日も残業でしかもメシ食う時間もなし。疲れたので今日はサッサと寝ます。

 手塚治虫文化賞も発表になったけど、岡崎京子の『ヘルタースケルター』は確か買ってたんだが、読む間もなく本の山の中に埋もれた。新生賞のもりもと崇氏は未読。短編賞の秋月りす氏は、好きなマンガ家さんではあるけれど、もっと早くに受賞しててもよかった気がする。『OL進化論』が20巻を越してる今、「なんで今頃?」感が強いのである。でもそれを言い出せば特別賞のみなもと太郎氏も、手塚さんの生前から評価しとれよまったく、と言いたくなるほどに「今更」な受賞であったが。

2003年04月20日(日) メモ日記/壊れていく夜。
2002年04月20日(土) スゲーナ・スゴイデス!/『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』ほか
2001年04月20日(金) ただいま治療中/『クラッシャージョウ』(細野不二彦)ほか


2004年04月19日(月) 謎の柴田と、『漫画アクション』の復刊

 先日、しげが開設した掲示板と言うか日記と言うか、「だにえる宙」に、お客さんがちらほら来始めている。それはまあめでたいことなのだけれども、しげがなんだかよくわからないみょうちくりんな変換プログラムを仕込んでいるものだから、書きこみされた文章が「宙語」っつーのか? まるで全然少しもいっちょん意味のワカランものになってしまっていて、解読するのがめちゃ厄介である。
 「おっ、お客さんが来てくれてるね。よかったよかった。」と書き込んだら、これが、
 「おっ柴田プッシーキラーは、お客シャアってさ っ! そこはダメッ! が来てくれてるね・でぶ☆今日はこれくらいでカンベンしといたるわ!よかったよかった今日はこれくらいでカンベンしといたるわ!」
 ……なんて変換されてるのである。誰なんだよ「柴田プッシーキラー」って(-_-;)。そんないかがわしい知り合いなんぞおらんわ。それに、いきなりヒトに向かって「でぶ」なんてシツレイなことは言わんぞ、私は。まあ、しげがデブなのはその通りだから、これは自業自得というものだが。
 「みんなにここのこと教えてあげたら?」と書き込んだのが「ピロリン星のこと教えてあげたら?」と変換されていたので、「何だよこれは」としげに聞いたのだが、「オレ、ピロリン星とかわけのわからんところのことなんか知らんよ!」と「宙」に向かって悪態をついていた。んなこと言うても、そう変換するように仕組んだの、お前だろ〜が。
 自分が書き込んだ文章だけは元の文がわかるわけだが、他人のものは全くわからない。もう激烈だったのは某君の書き込みである。
「アーアー、ハッテーシーナイぃ〜!アーアー、ハッテーシーナイぃ〜!柴田プッシーキラーは、俺も早く「カスカベボーイズ」観に行きたいむ〜う〜だけど柴田プッシーキラーは、家族連れプッシーキラーは柴田プッシーキラーは、動きが取れにくくてなぁ・・「コナン」もセットにシャアってされちゃってるし柴田プッシーキラーは、トホホるーるーるーるー、ナッマッスッテッ!!アーアー、ハッテーシーナイぃ〜!ぁ柴田プッシーキラーは、早く柴田プッシーキラーは、行こうヨオるーるーるーるー、ナッマッスッテッ!!って柴田プッシーキラーは、お前が子供じゃむ〜う〜るーるーるーるー、ナッマッスッテッ!!」
 どうやら『カスカベボーイズ』を見に行きたいと言ってるらしいが、その熱情のあまり、このヒト、アタマがイカレてしまったらしい(--;)。お気の毒なことである。だから「柴田」って誰。
 仕込んだ本人は面白がってるのかもしれないが、「やりすぎ」はかえって興を殺ぐというものである。……もちっと別のささやかなのに変えようよ(-_-;)。


 例の職場のトンガリさんが、ついに仕事を拒否し始めたので、その人の分の仕事まで引き受けることになり、やっさこいて(=苦労して)働く。その方は一応、技能職なんで、本当は資格のない私がやるべき仕事でも何でもない(つか、やっちゃマズイんだがね)のであるが、ほかに人材がいねえ(T∇T)。層が薄いぞ、ウチの職場。
 全くなんでオレだけこんな目に、とブルース・ウィリスみたいなことを愚痴りたくもなるが、何分、二人分の仕事をせにゃならんので、愚痴ってるヒマがあったら手を動かすしかないのである。結局一休みする時間も取れず、8時まで残業。……疲れたけど実はまだ仕事の5分の1も終わってない。だから専門じゃない仕事を肩代わりしてるんだから、どうしたって手間はかかるのだ。……で、この仕事片付けなきゃならないのが明日までってことになってるんだけど、終わるんかいホントに。終わらせるしかないんだけど。
 トンガリさんは「だって私にばかり仕事を押しつけてみなさん『忙しい忙しい』って仰るけれども、私からはみなさんが遊んでいるようにしか見えなくて、もうみなさんに仕事をしていただくためには私が何もしないでいるしかないって悟ったんです」というご意見である。
 ……だったらよう、今アンタが勤務時間が終わると同時にスタコラサッサと帰ったあとも居残って仕事引き継いでる私はいったい何なんだよ。ヒマでやってるとでも言うつもりかい。~凸(~~ ;)
 でもトンガリさんがもし病院(どこの、とはあえて言わない)に担ぎこまれるようなことにでもなれば、結局は私が跡を引き継ぐしかないのである。もともとその立場にある人間じゃなくたって関係ないのだ。
 自分でもすげえお人好しだとは思うが、誰ぞのようにあえて危険地域に足を踏み入れるナルシシズムに酔っているわけではない。なんでかわからないけれど、親代々、うちの一族はこういう星回りになってるのよ。もう笑うしかないやな。
 ……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
 さあ、トンガリさんと私と、どっちが病院に入るのが早いか。


 今日は終日雨。運動ができないので、なんか食ったら血糖値が馬鹿上がりなのは目に見えてるので絶食。……のつもりだったけれど、しげが「うどん食わせろうどん食わせろコロッケうどん食わせろ」とうるさかったので、結局「レッドキャベツ」まで買い物に行って、コロッケとメンチカツを買って来る。冷食で安いとは言え、揚げ物ばかり食いたがるから太るのだ。けど、コロッケって、私が子供の自分には「おかずの王様」だったんだけど、今どきゃ10個250円で売ってるんだものなあ。「わあ、今日はコロッケ!?」なんて歓声を上げて喜ぶ子供なんて、もういないんだろうな。
 もちろん昔のコロッケは、出来合いのものじゃなくて親がタネからちゃんとコネて作っていたのである。原則として、私はおかずの七割を手作りできない親(男女ともに)なんてのは子供を持つ資格がないと思ってるんだが、こういう感覚って、現代ではもう死滅してんだろうな。でも親の作る料理で一番美味いのが「カップラーメン」って答える子供が本当にいるんだぞ。たとえ時代遅れだとか頭が固いとか言われたとしても、私ゃイマドキのヤンママの方が狂ってんだって断言するからな。
 ……うちも私が主夫できないかぎり、子供はムリだなあ(T.T)。


 スペインのサパテロ新首相が、昨18日、イラク駐留のスペイン軍部隊、約1300人を即時撤退させるよう、ボノ国防相に命じたことを明らかにした。理由は「イラク駐留の条件を満たすような国連安全保障理事会決議が採択される見通しがつかない」からとのこと。
 小泉首相は「それぞれ国には事情がある」として自衛隊を撤退しない旨、改めて強調していたが、これがほんの十日ほど前であったなら、「いい機会だから、日本も自衛隊の駐留を少し考えなおしてみたらどうか」くらいのことは考えていたかもしれない。自分でもまさかここまで「小泉さん正しいよな」と思うようになろうとは、まあビックリ(~_~;)。
 三馬鹿の影響の大きさをひしひしと感じるところであるが、こりゃもう自衛隊の撤退はしばらくはありえんなあと大多数の日本人が感じているだろうこのときに、日本弁護士連合会は、こともあろうに自衛隊の即時撤退を求める会長声明を発表した。
 「自衛隊は『非戦闘地域における人道支援』というイラク特措法の要件に従って派遣されたはず。民間の日本人が拘束されるという許し難い事態も発生し、もはや法律の要件を満たしておらず、即時撤退と今後の派遣中止を求める」なんだとよ。
 だからその民間人とやらは自分から「戦闘地域」に捕まりに行ったんじゃないかよ。それと「非戦闘地域」で救援活動に従事している自衛隊と、いったい何の関係がある? こういうねじれた論理(にもなってないへリクツ)でもって大衆を折伏できると思ってるなんて、いくらなんでも世間サマをあまりに嘗めてやしないか。
 でもって、NGOは向こうに行きっぱなしってわけかい。またぞろ人質になる馬鹿を出すか、テロリストと意気投合して支援者になるかのどっちかな状況を作り出そうってか。「人権派」とやらの弁護士どもの正体は、こんな後先考えない、イデオロギーに凝り固まった阿呆の集団なんである。何か事件に巻きこまれたとしても、こういう弁護士だととてもこちらの「人権」とやらを守ってもらえそうにないよねえ。自分のことはやっぱり自分で守るしかないんだよねえ。全く、「自己責任」ということをいやというほど教えてくれる事件であったことである。
 で、肝心の三馬鹿はどうしているかって言うと、7日くらいは人前に顔は出さないんだってさ。まあ、その間にできるだけいろいろと、楽しい言い訳を考えててくださいな。


 昨年秋に休刊していた『漫画アクション』が、月2回刊で復刊。発売は明日20日から(福岡は多分明々後日くらいか)。
 廃刊直前はエロの軟派路線で失敗した轍を踏むまいとてか、連載のラインナップ、見た目は「硬派」っぽいものが並んでいる。メインがなんたって北朝鮮拉致被害者家族会事務局長の蓮池透原作『奪還』のコミカライズ作品である。これ、誰か面白がって読む人いるんかね(~_~;)。やっぱり冒険してるんじゃないか、双葉社。
 マンガの持つメッセージ性というものを私は基本的に信じていない。マンガの作業というものは、複雑多岐に渡る人間の思考をいったん単純な「記号」に変換して提供し、それを受け手が再び自らの「想像力」でもって複雑化するという過程を取る。いや、マンガに限らず、「表現」というものは全て「記号」でしかないから、その記号に反応する素因ないしシステムが受け手である読者の側になければ、想像力は機能せず、どんなメッセージも届きはしないのである。ま、『オトナ帝国』が万博体験者と未体験者とではその反応にかなりな「温度差」が生じていたことを想起していただければ、このことはピンと来ますかいな。
 で、同じ「表現」でも、「活字」に比べて「マンガ」の特徴はそれが「カリカチュア」である点にある。どんなにリアルでシリアスな劇画仕立てにしたってね、マンガって、基本的に「ギャグ」なんだよ。マンガの本道はギャグマンガであって、決してストーリーマンガではないのだ。しりあがり寿が白土三平の、田中圭一が手塚治虫の、トニーたけざきが安彦良和の、“元の絵柄のままで”ギャグが取れるという点にお気付き頂きたい。
 『奪還』のマンガ版がどういう展開を見せるかは分らないけれど、現実の人間が戯画化されてしまうことは如何ともし難かろう。少なくとも原作者が語っているような、「日ごろニュースを見ず漫画を読む人たちにも拉致について関心を寄せてもらい、沈静化する世論を少しでも食い止めることができれば」という目的はなかなか果たせないんじゃないかって思うんだけどねえ。
 でも復刊号には『ルパン三世』の特別DVDが付録に付くらしいから、とりあえず私は買うけど。

2003年04月19日(土) メモ日記/腐れた夜。
2001年04月19日(木) 今日は眠いので短いよん/『クレヨンしんちゃん』29巻(臼井儀人)


2004年04月18日(日) 『カスカベボーイズ』余燼とPTSDな人々

 今朝は普通に目覚めて、『デカレンジャー』以降の番組をひと通り見る。
 『レジェンズ』は3話目で早くもキャラクターの先行きが心配になってきた。シュウがマトモに覚醒するのにはかなり時間がかかりそうだし、ハルカ先生はた結局ただのレジェンズオタクだったし、マックが意外に深みのあるキャラになりそうだけれど、体形的に大活躍は期待できない。デブはヒーローにはなれないのだよ(T.T)。今週も「カニ〜!」とか小出しのギャグはまあ好きなんだけど、なんか今イチ骨がしっかりしてないのである。でも今んとこ新番の中で毎週見る気にさせられてるのはこれだけなんだな。

 今日は練習には参加せず、一日ウダウダ。『カスカベボーイズ』の余韻も覚めやらず、『荒野の七人』の吹替え版とか見返したりする。やっぱりジャスティスの小林清志の声はジェームズ・コバーンの方にアテてほしかったな、とか思ったりする。ちょうど『電撃フリント』をWOWOWでもやってたので、今日はコバーン一色の一日であった。

 食事は冷蔵庫の中をあさって、スパゲティを作って食う。おかずがないのでカロリー的にはちょっと偏りがあるが、そのうち給料が出たらたっぷり野菜を取ろう。


 あぐにさんから『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』の初日舞台挨拶レポートが届いていたので、早速ホームポージの表紙にアップする。個人ホームページではあるけれど、自分だけの原稿で構成しようとは思っていないので、こうして寄稿して頂けるのは本当に嬉しい。ああ、私もナマ矢島さんやナマならはしさんやナマこおろぎさん(八橋かい)のご尊顔を拝して見たかったぞ!(T∇T)。パンフレット、昔はみなさん顔写真を載せていたのだけれど、今年のには一切顔出しがなし。レポートにもあったけれど、13年も経つとみなさん充分いいおトシになられているので、ちょっとご遠慮なされたのかも。でも身も心も美しい方はおトシを召されてもやっぱり美しいものだけれどもね。
 ……いや、藤原啓治さんを羨ましがるのはよしひと嬢に任せます。

 しげに言わせりゃ私の文章は「いつも高飛車」に見えるそうなので、優しげな文章があると清涼剤のように安らげることである。でも私の文章って、ヒクツだって意見もあったのだが、要するに何を書こうが「読みたいやつはそのように読む」ものなのである。でもどうせ批評するのなら波多野完治の『文章心理学入門』くらいは読んだあとにしてもらいたいんだけどね。もちろんこの本だってかなり古くはなってるんだけれど、自分の意見ってのは過去の研究の上に積み上げていかないと、ただの傲慢な意見の押し付けにしかならないのである。


 山本弘さんの「SF秘密基地」、『カスカベボーイズ』の感想でも誰かか書いてないかなと思って覗いてみたのだが、『名探偵コナン』に『アップルシード』はあっても『しんちゃん』は無かった。
 この2本もそのうち見るつもりではあるのだけれど、優先順位がやはりあそこの人たちと私とでは違うのだなあと寂しく思う。多分、オタクとは言っても、『オトナ帝国』以降、多少の注目は集めてはいても、『クレヨンしんちゃん』まで見に行こうとするオタクはまだまだ少ないのだ。脚本、作画、音楽、演技、演出、あらゆる面から総合的にアニメを見ようとするほどの濃いオタクな人なんて、プロ以外には会ったことがないし、たいていのオタクは「キャラクター萌え〜」的な感覚から一歩も外に出ていない(本人はそうでないつもりでいるのがお笑い種なのだが)。と言うか、「萌え」という感覚があまりに手頃だったために、そこで「手を打つ快感」を覚えてしまった。手塚治虫じゃないけど、「マンガばかり読んでちゃだめです! 映画をもっと見なさい!」と今更な愚痴の一つも叩きたくなるのであるが、スタージョンの法則がここでも作用しているとすれば、広く開放されているサイトには基本的にクズしか集まってこないのである(悪口ではなくて事実である)。
 でもクズがいなけりゃその中から玉も生まれては来ないわけで、「こういう痛いオタクにゃなりたくないな」と感じたROMさんたちがそれを他山の石としてひっそりと実力を磨き、ある日突然プロの世界で頭角を表す、ということもあると思う。言い替えればオタク系サイトでの痛い発言の数々はそのための布石であるのだ。その意味で、「○○萌え〜」な個人サイトにも、当然のごとく存在意義がある。馬鹿だの猿だの屑だのと罵倒はしているが、その存在を否定しているわけではない。だいたい私自身の文章も何度もはっきりと「馬鹿発言」であると断言している。別にご意見番を気取っているわけではなく、若い人にはただの踏み石程度に思って頂ければよいのだ。でなきゃ誰かさんみたいにお偉いさんに取り入って媚び打ってますがな(^o^)。(←かなり多数の人を想定しているので、自分のことだと思い込まないように)
 『クレヨンしんちゃん』の魅力に気付いている人たちは、多分いっぱいいるのである。けれどそういう人たちは痛いオタクの集まりの中に混じりたいとは思っていないのだ。『オトナ帝国』から、『カスカベボーイズ』から、「自分が生きるべき現実がどこにあるのか」を感じ取ることができた人たちは、思いっきり狭苦しい世界で充足しているオタクたちよりもずっとずっと先の未来を見つめているのである。


 ここのところ、いつの間にかイラク人質事件の追っかけになってしまっているけれども、事件自体は解決したのであるから、興味は自然と三面記事的なものに以降しつつある。
 三馬鹿の一人、今井紀明さん(「馬鹿」と言っときながら「さん」付けもヘンだが、呼び捨てにするとかえって記号化されて客観的に歴史的有名人扱いすることにもなりかねないので、それを避けているのである。だからまあ、個人を特定する時以外は固有名詞はあまり出さない)のサイトみたいなの(メルマガみたいだが)を覗いてみたのだが、高校3年生にして既に相当サヨク的政治活動やってたんだねえ。もちろん親の薫陶を受けてのことだろうけれど。
 「劣化ウラン弾の禁止キャンペーンに絡ませてのイラク派遣反対の活動を札幌の市民活動家や市議会議員、道議会議員、マスコミ各社に呼びかけを始めました」って文章がまず笑える。つまりは「劣化ウラン弾の禁止」よりも「イラク派兵反対」の方が「主」になっちゃってんのね。「本末転倒」とはまさにこういうことを言います。
 「この活動は札幌で活動することに意義があります。たとえば、広島や東京で派遣反対の劣化ウラン弾のことを取り上げればマスコミの人や一般市民は『またか』ということを感じるでしょう。しかし、札幌での劣化ウラン弾を取り上げての活動はあまりありませんし、さらにいえば放射能汚染から派遣論議を出すとなれば、注目を浴びる可能性は高まると考えたのです」
 どこでやろうと『またか』としか思わんてば(^o^)。第一「またか」と思われるということはその意見そのものに現実性や説得力が欠けているということなんだから、自分たちの意見のどこに問題があるかを考えるのが先決でしょう。「自分たちのやっていることは正しい」「それが理解できない大衆は馬鹿だ」「馬鹿にはちゃんと啓蒙してやらなきゃならない」、そう考えて高慢になっているから、こういうことを堂々とオモテで語れてしまうのですね。「これは戦略です」とも語っているが、戦略のつもりならオモテで語っちゃダメですがね(^_^;)。
 彼の目を「イッちゃってる」と評した人は多いけれど、まあ本当にイッちゃってる人だつたわけだわ。

 で、その三馬鹿はようやく今日になって帰国。ところが予定されていた記者会見には、ドバイの医師から「3人はPTSD(心的外傷後ストレス障害)で、記者らと面会せず、安静と休養が必要」と診断されたということで、欠席し、家族がメッセージを代返するに留まった。
 解放直後は「イラクに留まって活動を続けたい」とか「自衛隊撤退」を主張していたということだから、もし本当にPTSDだったとしても、その原因は武装テロリストに拘束されたことではなく、家族から「お前ら日本じゃ糞バカ扱いされとるで」と知らせられたショックなのだろうな(^o^)。自分たちの価値観が殆ど認められていない、これまでの人生そのものを否定されているという事実を突きつけられたら、そりゃ病気にもなりましょうが、だからまあ、一つの価値観に凝り固まっちゃうのは危険なのである。
 三馬鹿がドバイから関西国際空港へ向かう機内で書いたというメッセージは以下の通り。

 高遠菜穂子さん「この度、日本の皆さま、そして世界中の皆さまに大変なご心配、ご迷惑をおかけしましたこと、伏しておわび申し上げます。誠に申し訳なく思っております。また、私たちの解放のため多大なるお力を尽くして頂きましたことに全身全霊で感謝申し上げます。本当にありがとうございました。解放されたことは徐々に受け止められるようになりましたが、まだ現実を掌握しきれていません。心身共に回復するまで今しばらくお時間を頂くことをお許し下さい。必ずお話しします」
 今井紀明さん「皆様、ご心配おかけして本当に申し訳ありませんでした。また、救出に向けて多くの方が協力していただいたことに感謝しています。体調に関しては食事があまりとれず、いいとはいえません。今になって非常に疲労感が出ています。本当にご心配おかけしました」
 郡山総一郎さん「このたびは国民の皆さまに多大なるご迷惑、ご心配をおかけしたことを深く反省し、おわびの言葉もございません。本当に申し訳ありませんでした。こうして無事帰国することができたことを感謝しております。ありがとうございました」

 「余計なことは言うな、ともかくアタマを下げまくれ」と家族から指示されたのがモロ見えの文章であるが、「必ずお話しします」との言葉がどこまで実行できるものだか。「狂言」説を受け容れずとも、無事解放された事実は、武装テロリストたちが彼らを自分たちの「同調者」として認定した、ということなのである。さて、特に危害も加えられず(例のナイフを突きつけられた写真を信じていた人もいるようだが、狂言でなくともあんなんヤラセに決まってるじゃん)、どうやら「客人」として厚遇されていたらしいその過程を正直に語れますかね。更なる反感を買うのは目に見えているけど。
 今、発言できないのは、3人がうまく口裏を合わせて、できるだけ世論の怒りを買わない「ウソ報告」を捏造するための時間稼ぎって気がしてる人も多いだろうね。でも何言っても今更ムダじゃないかな。会見で今井さんの母親は「未来のある子ですから」とま〜だどまぐれたこと言ってるけど、どこの企業が彼を雇うかね。組合活動ガンガンやって会社の業績下げまくるのが目に見えているではないの。彼らにはもう「ほとぼりが冷めるまで隠棲する」以外の道は取れないと思うぞ。多分一生だけど。

2003年04月18日(金) メモ日記/危険な女の夜。
2001年04月18日(水) 中華思想の尻の穴/『名探偵コナン』32巻(青山剛昌)


2004年04月17日(土) 映画『クレヨンしんちゃん』とイラク人質事件解決(一応)

 今日あたりから、見たい映画が目白押しで公開。正直な話、今月から来月にかけては恒例の東京行きも控えているし、いくらおカネがかかるかわからないのである。ホントに毎日うどん生活するしかないなあ。
 まずはこれだけは見逃してはならない、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を天神東宝まで見に行く。第1回の始まりは10時から。確か去年までは休日は7時半なんて早朝上映やってたと思うんだけど、人件費や光熱費がもったいないってことにでもなったんだろうか。到着したのは9時20分。何でそんなに早目に、というのは今更で、相変わらずのしげのせっかちさんのせいである。まあど真ん中の席に座れたからいいけど。
 『名探偵コナン』は2館上映なのに、『クレヨンしんちゃん』は1館のみ。まあそこで愚痴を言ったって仕方がないけど、なんだかなあ、映画のレベルと人気は必ずしも一致するもんじゃないとわかっちゃいるけど、『コナン』に「大人の鑑賞に堪える」なんてこと言うのやめようよ、『週間文春』。
 お客さんの入りは天神東宝一番の大劇場での上映だから(一応実績は評価してもらえているようである)、200人くらいは入ってたと思うけれど、やや空き席が目立つ印象。思ったほどオタクな大人は目立ってない。初日の一番に来ないとは、福岡のオタクも薄いことである。今に始まったことじゃないけど。
 子供嫌いのオタクって多いけどさあ、劇場に足を運ぶってのは、お客さんの反応を見たり、劇場での一体感を味わうってことにも重要な意味があるんだから。それがやれないと結局オタクは「引きこもり」って烙印を圧されちゃうのである。そこでまた「引きこもりで悪いか」なんてアホな開き直りはしないでほしいんだけどねえ。病気の「引きこもり」とは違う意味で使ってるんだから。
 ワーナーマイカル大野城でも上映してるのに、わざわざ天神東宝まで足を運ぶのは、直営館だけあってグッズ類が一番充実してるからなんだけど、これも初日の第1番に行かないと売り切れも多いのである。こちらもさすがに子供掻き分けてゲットする訳にはいかないから並んで待つが、記念メダルはあっという間に売り切れていた。
 しげの注文で、キーチェーン、お名前ワッペン、体操着袋、夕陽のバンダナ(^o^)、クリアファイルセットを買う。バンダナやら袋は芝居の練習の時に携行して行けるとしても「お名前ワッペン」って何に使うんだ、と聞いたら、二人ペアで名前を書いてカバンに付けようと言うのであった。カバンはさすがにアレなので、携帯に付けさせることにする。高いう時は女房に逆らっても無駄である。察せられよ、読者諸兄(T∇T)。
 予告編は『ゴジラ FINAL WARS』の速報や『ポケモン』『ハットリくん・ザ・ムービー』など。香取慎吾、意外にうずまきほっぺが似合うが、特筆すべきは伊東四朗の出演であろう。しっかり「ニン!」とやってくれていたが、これだけでも見に行く価値があるというものだ。しげは「今の人にアレ分かるん?」と疑問視していたが、わかんないほうが悪いんである。もう最近は、昔のことを知ろうとしない若い人は相手にしたくないんだよね。だって、その気がない人間って、そもそもトシヨリと会話しようと思ってないとしか解釈できないんだもの。「教わる機会がないんだからしょうがないじゃん」って開き直るんだったら、もうオタクを名乗らんでほしいわ。
 映画本編の感想はコンテンツの「映画の部屋」の方に書いたので、そちらをご参照のこと。ともかくお子さんたち、笑うだけじゃなくって、クライマックスの列車追っかけ(西部劇にはこれがなくちゃな!)シーンでは「うおおお!」「すげえ!」の大歓声。これまでの『クレしん』映画の中でも一番の盛り上がりだった。これをこそ劇場で味わわなけりゃウソってもんである。
 しげはしんちゃんたち春日部防衛隊を評して、「あいつら幼稚園児のくせに言葉知りすぎ」と言っていたが、もちろん『クレヨンしんちゃん』は大人向けアニメだから、全然問題ないのである。ホントに勘違いしている向きが多いのだが、原作だってオトナ雑誌に連載されてる立派な大人マンガ、大人アニメなんだよ。子供には大人の楽しみを分けてあげてるだけなんだから、「子供でも楽しめる」と評するのが正しいのです。
 しげはラスト、もうちょっと余韻がほしかったようだけれど、水島努監督は『ハレグウ』でもそうだけれど、感動させる直前で「引く」傾向がある。多分、日本映画的な愁嘆場に陥ることを嫌ってるんだろうと思う。


 帰宅して、今日はうどんではなく、そばを作って食う。いや、しげが「そろそろうどんは飽きた」と言ったから。やっとかい。でもだったら冷蔵庫に買いこんだうどんはどうしてくれるのよ。
 メールを確認するが相変わらず外人さんからはモテモテさんなのだけれど、また一通だけ日本人名前が混じってた。以下はその文面。

> どーも♪はじめまして彩菜です♪←ちなみに「あ・や・な」っ
 て読みます♪なんかの掲示板でおにーさんのアドレス
 乗ってたからメールしてもた(^^ゞ急にメールして「何事?」
 って思うかもしれへんけど、彩菜と会ってデートしてみません
 か?こういう出会いでドキドキ体感してみたいから。。。彩菜の感
 でいい人って勝手に思っても〜てるし♪あー、ちなみに23歳に
 もなって派遣会社でのんびり働いてま〜す(゜ー゜;A ほら、
 なんとなく寂しい時期ってヤツやから(-"-;A 迷惑かもやけど
 お暇な時間、彩菜にちょ〜だい♪いつでもええから気軽に連絡
 してなぁ〜、待ってんで〜♪  ☆彩菜☆

 なんかの掲示板ってどこの掲示板やねん。ネット始めてから他の掲示板に書き込みしたとこなんて、片手で足りるんだが。
 けれどなんつーか、読んでるだけで虫唾が走る文章だなあ。
 まず、「あ・や・な」って黒マルで区切って自分の名前を語ってる時点で殺意が芽生えますね、私は(⌒―⌒メ)。(←顔文字に殺意抱く人もいるでしょうが、私の文章って、固くて読みにくいという批判も多いんで、これは私なりの努力なんであります。それに「顔文字ないと気持ちがわかんない」なんて言ってた読解力のない情けない中年男性もいたんですよ)男がやったら気持ち悪くて仕方がないのに、女なら許してもらえてると思ってるあたりがねえ。23歳でそれかよ(まあ、トシも性別もあてにはならないけど)。
 「おにーさん」と勝手に自分の方が若いと決めつけているけど、アンタ私のトシ知ってるの? どうやって知った? 馴れ馴れしさ&ナルシシズム爆発で気持ちが悪いったらない。「してもた」って関西人っぽく見せかけてるけど、「もうた」の「う」を省略するの、長音の野暮ったさを嫌う、ええかっこしいなんだよね。つかこれ、80年代の流行だったんだけど、お前本当はいくつよ!? 「ドキドキ体感」なんてカビが生えてウジがわいて腐臭漂うような言葉遣いにはもう脱力するしかありませんわ。
 「みたいから。。。」なんて句点を三つも並べるなっ! 「彩菜の感」の「感」は「勘」だっ! 中学校行きなおせ! 派遣会社で働いてるやつはお前みたいにのんびりなんぞしちゃおらん! 何となく寂しいくらいで見も知らん他人に頼るなっ! 人を勝手に「暇」なんて決めつけるなっ!
 それにしても毎回思うことだけれども、こういうアホメールに引っかかるやつの心理って、どういうのなんだろ?
 

 イラクで行方不明になっていたフリーライター安田純平さんと、NGOの渡辺修孝さんの2人も午前中に武装テロリストからバグダッドで解放され、日本大使館に保護されたとか。前の3人の親の馬鹿っぷりがあるものだから、今度の二人の家族はひたすら低姿勢。本音はいざ知らず、「自衛隊撤退」なんてアホなことはおくびにも出さないが、それが「常識」というものだろう。
 これで一応、人質事件は解決したことになるけれども、前に解放された3人も含めて、今後オモテに出ることができる人間がどれだけいるものだろうか。
 まあ見事に「馬鹿」の烙印を圧されてしまったお歴々である。もう一度NGO活動したいと言っても、あれだけ名前と顔を売っちゃったのだから、「普通の感覚を持っていれば」それはもうムリだということに気付きそうなものだが、これまでの「馬鹿言動」を聞く限りでは、あの脳天気ぶりは死んでも治りそうにない。ああいうボランティアに名を借りたナルシストのおかげで、「ボランティア」という行為そのものが胡散臭く見られてしまう結果になったのは全く残念なことだが、実際、表面的には自己満足のためにやってるやつと、本気で「仕事」としてやってるやつとの区別がつかないことが困りものなのである。
 彼らに対する批判者も、どうしても「彼らの善意は認めるけれども」と、一定の評価はしなきゃならないという気にさせられてしまっているが、善意があること自体がそもそも大間違いなのである。「ボランティア」は絶対に「善意」を介在させてはならない。ボランティアは確かに無償の行為であるが、それはれっきとした「仕事」である。「人の命を助けること」それ自体が「報酬」なので、そのためには仕事を遂行するために何が必要かを冷静に判断する「能力」が求められている。「善意」はその能力の代わりにはならないどころか、「善意があればほかに何も要らない」と錯覚させる妨げにすらなる。
 言ってみれば「ボランティア」とは一つの「技能職」であるので、今回の件で彼らはそのための能力がないと判断され、「免許」を剥奪されたも同様なのだ。二度とこういう「仕事」に関わってもらっては困る。ブラック・ジャックじゃあるまいし、無免許医に治療してもらいたいと願う患者がいるだろうか?

 それにしてもどうも気になるのは、仲介役を買ったというイラク・イスラム聖職者協会のアブドルサラム・クバイシ師である。まあ、日本政府としては人質の解放に尽力してくれたのだから、感謝しなきゃならないんだろうけれども、言ってることがテロリストたちと同じ「自衛隊撤退」である。しかも、「今度の解放は日本政府の交渉のおかげではなく、人質たちがイラクのために尽くした者だから」とか「日本政府はまだ感謝の意を示していない」とか言って、日本政府を批判、そして「日本国民」に呼びかけているところもソックリである。「交渉のおかげでない」って、そりゃテロリストとの「交渉」自体を拒否したんだから当たり前ではないの。昨日も書いたが、この手の意見は「交渉を拒否されたテロリストたちが手詰まりになって仕方なく人質を解放した」という可能性を故意に無視している。
 つまりはこのクバイシ師、実質的に犯人たちと「一脈」通じている訳で(だからこそ仲介役もできたんだろう)、あまり信頼してよい相手でもない。こういう海千山千、魑魅魍魎が跋扈しているようでは、「善意」だけの日本人エセボランティアなどは体よく利用されるだけだ。NGOは危険地域外であろうと、全員さっさとイラクから撤退した方がいいと思うが、する気もないんだろうな。

2003年04月17日(木) メモ日記/手抜きの夜。
2002年04月17日(水) オタクによるオタク否定/アニメ『ヒカルの碁』第二十七局/『学校って、なんだろう』(産経新聞)
2001年04月17日(火) どこまで続く死のロード/ドラマ『陰陽師』第三回『迷神』ほか


2004年04月16日(金) 横山光輝の死。いったいいつまでこの訃報ラッシュは続くのか。

 昨15日、日記を書いてアップした直後に、マンガ家、横山光輝氏の訃報を知る。まただ。こないだうちに遊びに来た知り合いが、本棚の『バビル2世』を取って熱心に読み耽ってるのを見て、ふと「横山さんも長くないかも」とか思ってたんだが、まただ。もうなんだか人生なんてどうでもいい気がしてきた。人はどうせ死ぬのだ。
 闘病生活が長く続いていたが、寝タバコが原因で起きた火災のために全身をやけどして亡くなったという。なんでそんな下らん死に方を。なんでそんな苦しい死に方をしなければならない。やりきれない。どうにもやりきれない。享年69。遺作は未完に終わった『殷周伝説』か。
 『殷周伝説』の「絵」は無残だった。闘病明けとは言え、全くと言ってよいほど閉塞線が描けず、目も鼻も口も線が震えていて、笑ってるんだか泣いてるんだか分らないような顔まであった。ストーリーテリングも、『三国志』以降は単調で、お世辞にも面白いとは言えなくなっていた。悲しいことだがマンガ家としては既に終わってしまっていた。
 横山さんはある意味手塚治虫以上にマンガの「記号」に忠実だった人である。普通、「表現者」は定型を嫌う。複雑な人間心理を描こうとすれば、自然、表現は定型の中には収まりきれない。抑制されればその中で蠢き、それを破壊し、新たな表現を生み出そうとする。しかし、そんなことには全く無頓着だった。全く別のキャラクターなのに、喜怒哀楽の表情は全て同じ。あるのはせいぜい男と女、善玉と悪玉の区別くらいのものである。その意味では横山さんは全く「表現者」ではなかった。
 にもかかわらず、横山さんのマンガに我々が熱中したのはなぜか。まさに横山さんのマンガが「定型」で、揺るぎがなかったからだ。
 横山さんがストーリーやキャラクターを既存の作品から数多く拝借していたことは周知の事実である。それは模倣、というよりモロに剽窃と言ってよいものも多かった。けれど昔はマンガに対する目が今ほどには厳しくなかったから、特に問題になったことはない。だいたい剽窃と非難するなら、石森章太郎も赤塚不二夫も藤子不二雄も少なからずやっている。横山さんが非難されやすかったのは、そのやり口が余りにロコツだったからだろう。この20年ほど、横山さんは殆どオリジナルを描かずに歴史原作ものばかり描くようになっていたが、それは恐らく、世間のマンガに対する目が厳しくなって、安易な剽窃ができなくなったからだろう。
 多分、横山さんに盗作の意識はなかったと思う。元ネタは小説が多かったから、マンガにした段階で「換骨奪胎になっている」と自己評価していたのではないかと思う。そしてそれはあながち間違いではなかった。横山さんの「定型の絵」に元のキャラクターが嵌め込まれることによって、小説の複雑なキャラクターは単純化され、陰影を失ったが、それがかえって「マンガ」としてはよかったのである。アーティストぶったマンガ家が陥りやすい「思想」とも「芸術性」とも無縁でありえたために、ただひたすら「面白い」マンガを量産することができた。超能力SFあり、破滅SFあり、ロボットものあり、忍者ものあり、歴史ものあり、中国もの、馬賊もの、青春学園もの、少女もの……。たとえ元ネタがあったとしても、これだけ傾向の違うマンガを描き続けた人もそうはいない。横山さんのマンガはどれも「堂々と」していた。盗作者の後ろめたさなど微塵もなかった。だからまあ、正直な話、山田風太郎には横山さんのことをあまり非難してほしくはなかった。薬師寺典膳と阿魔野邪鬼は、決して同一人物ではない。
 私と同世代のファンなら、みな『鉄人28号』の絵をソラで描けるだろう。ハッキリ言ってしまえば、ライバル手塚治虫に我々男の子は、実は『鉄腕アトム』一本の恩恵しか受けてはいない。他の作品は『ビッグX』も『ジャングル大帝』も『W3』も『どろろ』も、好きではあったがその時々の「ナンバー1」ではなかった。しかし横山さんの『鉄人28号』は、『伊賀の影丸』は、『仮面の忍者赤影』は、『バビル2世』は、いつも「ナンバー1」であった。
 『バビル2世』の出来の悪い続編、『その名は101』だって好きだった。尻すぼみに終わった『時の行者』や『狼の星座』だって好きだった。私にとっての横山光輝ベスト1は『マーズ』である。この作品では少年向けでありながら、横山さんはあえて「定型」をはずし、救いようのない終末を描いた。その意味では横山さんらしくないマンガである。けれどこれくらい横山さんらしい作品もない。横山さんにもやはり、「戦争」の影が色濃く残っていたからである。
 
 何が腹が立つって、どの新聞もあのイラクの三馬鹿が解放されたなんて別にめでたくもないニュースを一面から三面まで大見出しで載せていて、そのせいで横山氏の訃報が本当に囲み記事程度の、新聞の隅に追いやられていることである。人間の格が違うだろうが。\(`0´)/。これがあいつら三馬鹿の犯した最大の罪だということには、ご賛同頂ける人は多いと思う。


 で、そのイラクの三馬鹿、性懲りもなく当地に居残って活動の継続を希望しているとか。
 小泉首相は「いかに善意の気持ちであっても、これだけの目に遭っても、これだけ多くの政府の人たちが寝食忘れて努力して、なおかつそういうことを言うのか。自覚をもってもらいたい」と強い不快感を示したというが、当たり前だろう。
 これであいつらが使命感とかそんなもんで行動してるわけじゃなくて、ただのヒロイズムに酔ってるだけだってこともハッキリした。戻って来なくてもういっぺん向こうでとっつかまって今度こそ、とも思うが、まあ、帰国して非難の嵐にあってみて、その時またどんな糞馬鹿な口を利くか、聞いてみたくはあるな。


 職場で同僚に「鷺沢萠、自殺だったんですね」と話したら、「でしょう? 普通、35歳で心不全で死にます? まあ、死ぬこともあるでしょうけど。でも自殺なら理由はなんだったんでしょうね。きっといろいろ悩みがあったんでしょう」と早口でまくしたてられて、しかも自己完結されてしまった。こっちが口を差し挟む余地なんてありゃしない。
 まあ、自殺について陰陰滅滅とした会話をしなくてすんだから結果的にはよかったのだけれど、「残念ですよねえ」「そうですよねえ、これからの人だったのに」くらいのやりとりはして、ごく普通に悼みたかった、


 晩飯はまたまたまたコロッケうどん。よく飽きないなと思われるだろうが、もうそれは言いっこナシである。
 しげ、今朝方から落ち込みが激しく、「病院に行きたくない。行っても治らんもん」なんてこぼしていた。そういう心理状態の時こそ診てもらった方がいいように思うんだけれど、本人にその意志がないんじゃ仕方がない。
 「行きたくないのなら無理して行かなくてもいいよ」と言ったら、口をへの字に曲げて「だって行かんやったらアンタが悲しむやろ」とまたふてくされた。どう声をかけても今のしげには無駄なようだ。こっちも疲れてばかりはいられないので、それでもう口を効くのをやめた。こうして夫婦の会話は少なくなっていくのである。どないしたらええものやら。


 映画監督の今関あきよしが、携帯電話の出会い系サイトに「芸能人を紹介する」などと書き込んで知り合った中1の女子生徒を買春、逮捕された。
 小粒な大林宣彦ってな感じで(つか、助監督やってるし)、作ってる映画はそう嫌いではなかったんだけれど、まあ確かに少女に拘りすぎてはいたな(^o^)。なんだかいかにもな人がいかにもな犯罪を犯したわけだけれど、これまでの主演女優さんたちの中にも毒牙にかかってた人とかいやしないだろうか。三留まゆみとか富田靖子のコメントを聞いてみたいものである。

2003年04月16日(水) メモ日記/冤罪の夜。
2002年04月16日(火) タコを求めて三千里/ドラマ『盤嶽の一生』第3回/アニメ『あずまんが大王』第2話
2001年04月16日(月) オー・ド・トワレ/『夜刀の神つかい』3巻(奥瀬サキ・志水サキ)


2004年04月15日(木) 鷺沢萠の自殺と、人質解放

 しげ、なんとか体調はもとに戻ったよう。けど、気分まではまだなようで、まるいちんちイライラのし通し。朝方、職場まで車で送ってくれたところまではよかったのだが、別れ際に「ウチに帰ったら少しは家事をしとけよ」と言ったら、「そんなヒマはない」と言い切って帰ってった。自分でただの寄生虫であることを認めるような発言をしてどうする。かなりアタマがイカレているのである。
 でもあとで聞いてみたら、しげの仕事、いつもと違って今日は昼間だったのであった。だったらそう言えばいいのに、いつも表現が舌足らずだから何が言いたいのかわからないのである。

 仕事を終えて帰宅したあと、買い物に「レッドキャベツ」まで行く。買い物ったって、また「うどん」なんだが。実はここしばらく麺つゆが切れていて、仕方なくサラダドレッシングを薄めて代わりに使っていたのだが、「酸っぱい」と評判が悪かった。だもんでちゃんとした麺つゆを買う。これでまたしばらくは「うどん職人」生活が続くことになる。まう好きだからいいけど。
 帰宅して「うどんはどれくらいるか?」と聞いたら「少し」と答える。しげの「少し」はだいたい普通の人の一人前半である。うどんで言えば1.5玉か。私が0.5玉で、2玉作って分けるとちょうどいい。
 台所でうどんを作りながら、「コロッケ何個入れる?」と聞いたら、しげ、即座に「2個!」と答える。でもそのあと急にモジモジしだしたので、どうしたのか聞くと、「少ししか食べんって言ったのに、『2個』って言ったから馬鹿にされるかと思って」
 「だからそれがお前の被害妄想なんだよ。お前が『馬鹿』なのは今更だろうが」
 ともかくしげは、こっちが思ってもいないことを勝手に思いこんで拗ねたり落ちこんだりヒス起こしたりするので厄介なのである。でもこのくらいはまだ序の口であった。きょうはいったいどうしたものか、しげのヒスは更に鬱陶しいくらいにエスカレートしてくのである。

 しげがパソコンしている側で私がテレビを見ていると、しげ、突然立ち上がってツカツカとテレビの側まで歩いてくると、いきなりスイッチを切ろうとした。
 私が、「何すんだよ!」と怒ると、「テレビがうるさい!」とキンキン声で言い返す。聞いた瞬間、何を言ってるんだこいつは、としげの頭を疑ったのは、うるさいと言われるほどたいして音を上げているわけでもなかったからだ。「別にうるさくないじゃん!」と言うと、「テレビから日本語の声が聞こえてきたらどうしても耳に入るやん。オレ、『1ヶ月で1万円生活』なんて聞きたくないんだよ!」と悲鳴をあげた。いくらアホなしげでも、普段はこんなことは言わないので、今日は明らかに常軌を逸しているのである。
 「俺はお前がパソコン終わるのをテレビ見ながら待ってるだけじゃんか。何ヒス起こしてんだよ!」
 「ヒスなんて起こしてないよ! そうやって待ってるから威圧感感じてヤなんだよ!」
 それをヒステリーと言うのである。これはもう話しても無駄だと思ったので、「たいがいにしとけ!」と一喝して黙らせた。
 こんなこともしげは今までに何百回も(誇張ではない)繰り返している。しげの記憶喪失は(比喩ではない)ここんとこかなりひどくなってきているので、自分が何をどう謝らなきゃいけないかもわからなくなってしまっているのである。こういうときにセルフコントロールをしてほしいからこそ神経科にも通って薬も飲んでるんだろうに、まるで効いていないのだ。
 しげ自身、自分を持て余して「劇的に変わりたい」としょっちゅう口にしているのだが、変わりたいならどうしたらいいか、自分で考えなきゃいけないはずだ。けれど、しげの場合、そうして考えたことを片っ端から忘れてるから変化のしようがないのである。どうせ忘れるならヒステリーも一緒に忘れてくれたらいのに、なんでそれだけ覚えているのだ。全く都合のいい記憶喪失である。これじゃしょっちゅう既知外に絡まれてるのと何も変わらん。私は家の外でも中でも既知外に絡まれてなんぞいたくはないのだよ。


 作家、鷺沢萠(さぎさわ・めぐむ)さんが、11日、心不全のため、東京都内の自宅で死去していたのを、知人が12日になって発見。享年35。父は作家の鷺澤祥二郎(公木龍太郎)である。
 ホームページの日記を見ていると、ここのところずっと風邪に悩まされていたようである。体力が衰えていたところにもってきて、急激な発作に襲われたものか。やりきれない。ここのところの連続する訃報にかなりうちのめされてきていたけれど、とどめをさされた気分である。
 若死にだけれど、もう35か、という印象が強い。デビューが18歳、高校3年生のときで、第一短編集『帰れぬ人びと』の巻頭に付せられている写真は化粧っ気もないのに瑞々しい美しさに輝いていて、小説を読む前からちょっと惚れてしまっていた。結婚前の話だから、女房に文句言われても困るが。その頃のイメージが定着していて、最近の『週間ブックレビュー』に出演している時の急激に老け込んだ表情などを見ていると、仕事、無理しすぎてるんじゃないかなあ、と勝手に心配していた。また私の不安が当たったようなものである。誰かを心配すること自体が不幸を呼ぶのかという迷妄にとらわれてしまいそうで苦しい。
 若くしてデビューした作家には、常に「若い感性が」とか「透明感のある」とかいう形容が付いて回る。けれど処女作の『川べりの道』を私が一読して感じたのは、「なんて老成した文章だろう」というものであった。
 女を作って家を出て行った父と、23歳の姉と15歳の弟との確執。少年は月に一度、姉に命じられて父の家まで養育費を受け取りに行くが、それは父に対する姉のささやかな復讐であった。父と愛人の家庭はそのために諍いが絶えない。少年は父に会いたいという気持ちと、自分が火宅を誘導している思いとの間で葛藤する。姉が引っ越しのどさくさになくしたと思いこんでいるガラスの器――それを父の家で見つけた少年は、こっそりと盗み出し、川べりに捨てる。
 設定もそうだが、文章も乾いたハードボイルドを読んでいるような印象だった。最近の綿矢りさの『蹴りたい背中』の「軽さ」に比べたら、同じ十代の少女の文でも、鷺沢さんのそれは「切なさ」よりも「やりきれなさ」が漂う。主人公は十五歳の少年でありながら、こんなことを思う。
 「あり余るほどの幸福のもとでしか生きていたくない。そう思うことはそれほど傲慢なことだろうか。そう思うことはいけないことだろうか。(中略)たくさんの人たちの顔が浮かぶ。何千人、何万人という「生きている大人たち」を思う。奴等は、今俺が思っていることなど超越してしまったというのだろうか。それぞれに何かしら意味や理由を見つけて――。そんなはずはない。そんなことがあるわけはない。奴等は『超越』したのではない、あきらめてしまったのだ。生きているのではなく生きながらえているのだ」
 一昔前の十五歳なら、これくらいのことを考える力は充分あっただろう。大人への呪詛を真剣に語ることもできただろう。けれど、今時の若者の大半はこの程度のエネルギーすら持ってはいない。自分をそのように追いつめることから逃げるずるさは身につけているが。だから鷺沢さんの文章は私には「古臭く」感じられたのだ。今どき、こんな子供はいない、と思われた。けれど、それが決して非現実的に感じられないのは、その呪詛が作り事ではなく、鷺沢さん自身の叫びであったからだろう。
 うまいな、この人、と思ったのは、少年がなぜガラスの器を捨てたのか、心理描写を殆どしなかったことだ。少年はただ、「これから夏が始まるのだ」と思うだけである。この結びの一文で私はまた鷺沢さんに惚れた。
 鷺沢さんには、そういうほどよく「抑制された」作品が多い。ご本人はインタビューなどに答えて「マシーンのように書いていただけ」「全然オトナじゃない」と謙遜されていたが、人が時として行う衝動的な行動。それは本質的に描写それ自体を拒否する。そこでムリに描写を試みる者が失敗に陥るのだが、その愚から鷺沢さんは美しく回避していた。「機械的」と仰ってはいるが、それが鷺沢さんの自然体であったのだと思う。
 実は鷺沢作品は、中学・高校の国語の教科書への掲載数が現時点で最も多いのだが、それはその「書かれざる心理」を読み取らせようとする教科書編集者の意図の表れなのだろうと思う。けれど書かれぬものは書かれぬだけの理由があるのだ。それをあえて表現させようというのは野暮の極みであると思う。日本の国語教育の下らなさを感じるが、思春期に鷺沢作品に出会えること自体は、現代の高校生にとっては幸せなことであると思う。時間があればコンテンツの方で鷺沢作品のレビューを書いておきたい。映画化された作品にも『大統領のクリスマスツリー』、『F』がある。
 数年前『キネマ旬報』で連載していた映画エッセイ『スターはアタシの手の上で』も楽しみだった。ただひたすら哀しい。

 ここまで書いたところで、新たなニュースが入った。警視庁の調べで、鷺沢さんの死因が首つり自殺と発表された。
 なんでだ。
 鷺沢さんを愛していた人は、たくさん、本当にたくさんいたはずだ。なぜそんな人たちの思いを踏みにじった。そんなに疲れていたのか。魔がさしたのか。
 今更言っても仕方がないが、結婚に失敗して以来、どうしてずっと、一人でいたのだ。誰かと一緒に生きる道を見つけられないはずはなかったろうに。
 このやり場のない憤りをどこに持って行ったらいい。


 今日8時40分、イラクの放送局アルジャジーラが、武装テロリストに拉致されていた日本人の人質3人、今井紀明さん、高遠菜穂子さん、郡山総一郎さんが、ついにバグダッドで解放された、と報道。でも私ゃ善人なんかじゃないから、もちろん「おめでとう」は言いません。世間には喜びの声が上がってるらしいけど、何を「喜んで」るのか自覚してるんかね。状況は「いろいろと」かえって悪化してんだけど。
 ここ数日、家族は世間の非難を浴びてすっかり「自衛隊撤退」を口にしなくなっていたが、これでまた喉元過ぎればなんとやらで同様のことを言い出すようなら、またぞろ馬鹿を繰り返すことになろう。マスコミが手薬煉引いて取材してくるだろうが、全部断ってノーコメントで通した方がリコウである。
 なんたって、三馬鹿を拘束していた反米テロ組織は、「今回の解放は、日本人が自国内で自衛隊撤退をデモしたためで、日本政府が何かをしたためではない」と明言しているのだ。これでなおも「自衛隊は撤退すべき」と言い出そうものなら、テロリストの主張に同調することになる。まあ、そう表明したい人はすりゃいいけど。もちろんこんなのはテロリストたちのただの牽制で、これであの3人を解放しなかったら、自分たちの立場が不利になるからそうしただけのことだ。「自衛隊は撤退しない」と小泉首相が言い切ったからこそ、テロリストたちは途方に暮れ、彼らを解放するしかなくなったのである。でもそれが読めない馬鹿も世間にはゴマンといるんだろうなあ。ああ、やだやだ。
 これから家族がやるべきことは、帰国したあの三馬鹿に謝罪をさせた上で、絶対「自衛隊撤退」を口にさせないことだろう。さんざん叩かれたんだから、さすがにそれくらいの知恵はついていると思う。ついてろよ、頼むから。
 ……ああ、くそ、これでもう完全に「自衛隊、イラクからさっさと帰ろうよ」と言えなくなっちまったじゃないか。何が腹立つって、あの三馬鹿のせいでイラク派兵を肯定する意見に鞍替えしなきゃならなくなったことである。頼むからNGO、もう馬鹿をイラクに送らないでくれ。これで「拉致されても助かるんだ」なんて勘違いしたヤツラが続々乗り込んでいったら、また標的にされるぞ。自衛隊撤退とか直接的な要求が通らないと分かった以上、今後テロリストたちは「ただの報復」のためだけに誘拐、殺人を行うだろうから。
 既に新たに、バグダッド郊外のアブガリブ付近で、フリージャーナリストの安田純平さんと、市民団体メンバーの渡辺修孝さんの二人が武装集団に誘拐されている。三馬鹿よりも、彼ら二人の身の方がはるかに危険なのである。そういう状況を作った原因はあの三馬鹿にある。両手を上げて喜んでていいのか。

2003年04月15日(火) メモ日記/探偵映画の夜。
2002年04月15日(月) 興奮する電話。でもアッチ方面ではナイ/DVD『エイリアン9』4巻(完結)/『楽園まであともうちょっと』1巻(今市子)ほか
2001年04月15日(日) My guest is my Lord/『まかせてイルか!』1巻(大地丙太郎・たかしたたかし)


2004年04月14日(水) シロウオ料理とタランティーノの暴走

 今朝もしげはぶっ倒れたまま。
 これでもう三日も具合が悪いんだけど、医者に行かなくていいのか。夕方迎えに来た時には幾分調子がよくなっていたようだけれども、それでも「おなかイタイ」を繰り返している。「食事はどうする?」と聞いたら、食べられないと分かっているのにやっぱり「肉」と言う。さすがにそれはムリだろう、ということで、「ざうお」で妥協することに。いや妥協って言えるほど安い店じゃないんだけど。
 しげはネギトロ丼、私はカロリーを考えてお子さまランチみたいなのを選ぶ。ふりかけごはんが少量、おかずはミニハンバーグに唐揚げと、およそ和食の店で食うもんじゃないが、自分の体のことを考えればこんなもんで抑えるしかない。値段も安かったし。あと、しげが舌なめずりをしたので、白魚と新わかめの卵とじという季節限定メニューを頼む。シロウオは今が旬だけれど、本当は踊り食いをしたいところであった。魚料理の店なのにシロウオ料理を出しといて踊り食いがないというのは片手落ちもいいところなのである。まあ、卵とじも美味かったからいいけど。しげもからだが温まって、少し体調が持ちなおしたようである。

 帰宅して風呂に入ったあと、『トリビアの泉』。
 「トリビアの種」、「笑いの研究者がギャグを作ったら?」は、「青年の主張で性欲の強さを訴える」というギャグそのものよりも、その企画自体が面白い、ということは、これはメタ・フィクションの面白さなわけである。こういう企画を考え出せるようなら、この番組も立派なもの。ほかのネタが相変わらずなんということもないのも、許せちゃうかな。


 お隣りの北九州市の人口がついに百万人割れしたとのニュース。
 高齢化と少子化のダブルパンチが原因、ということだけれども、北九州市が全国一、高齢者率が高かったとは知らなんだ。もともと八幡製鉄所だけで持ってたとこだから、親亀コケたらでジリ貧になってくのは仕方ないんだけれど、ここ10年の北九州はなんとかその凋落を食い止めようとやっきになってたのが、見ていて胸が痛くなるものがあった。
 でもやっぱりあの北九州博の失敗と、暴力団の爆弾騒ぎなんかのイメージダウンが大きいと思うんである。駅前歩くのも危険ってんじゃ、そりゃ人は集まって来ないって。警察は総力あげて追放に乗り出してるということだけれども、目立った効果は上げられていないようである。政令都市としての指定は50万人以上だから、これですぐに何がどうなるということはないのだけれど、何でも北九州市は現在、中間市との合併を検討中とのことである。そうなるとまた「百万都市」に返り咲けるわけではあるが、「それが合併の目的なのか」と聞かれた末吉市長、「それを目的としているわけじゃないんだけれど、そう言われると弱いんだよねえ」とホントに弱った顔をして見せていた。ちょっと正直過ぎて同情を誘ってしまうが、もう無理して人口増やそうとしなくてもいいんじゃないかって思うんだけど。なんか目的と手段が逆転してるんだよね。市政としてはまず「暮らしやすい街」を作ることを念頭に置くべきじゃないのか。そうすりゃ自然と人は集まってくるはずなんだけどね。


 ディズニーがかなり危ないことになっている。
 『トイ・ストーリー』のピクサーとの絶縁のニュースも「あーあ、やっちゃった」だったけれども、作る映画作る映画が、ここんところ軒並み不振、新作映画『ジ・アラモ(アラモ砦)』も先週末に封切られたばかりだと言うのに出足が鈍く、既にアナリストからは「失敗作」との烙印を圧されちゃってるとか。だいたい題材が「アラモ」って、ファミリー層に訴えるネタじゃなかんべよ。かつてジョン・ウェインも『アラモ』で大コケしたけど、もしかしてメキシコ人の怨念でもかかってるんかね。
 株主による首脳の追放運動が表面化して、経営陣に対する不信が高まっているところにもってきて、このテイタラクだから、更に非難が高まるのは明らかなんだけれど、セルアニメの製作も中止することにしちゃったし(CGのミッキー・マウスなんて誰が見たいものか)、もうディズニーをアニメブランドとして見る時代は過去のものになってしまうんじゃないか。ディズニー嫌いの私だけれども、それはそれで残念に思うのである。
 やっぱ、『リトル・マーメイド』以降、長編を立て続けに作ってったのはいいけれど、あれでかえってスタッフが疲弊しちゃったんじゃないかなあ。どうせ作るなら、『ルーニー・テューンズ』のように、ミッキー・マウスほかのキャラクター総登場の新作長編を作ればよかったんである。少なくとも『ポカホンタス』とか『ムーラン』とかよりはヒットしたんじゃないかと思うけど、どないかね。


 さて、も一つ、実現はまずムリだろうけれど、できたらいいなというニュース。
 OO7シリーズ・ジェームズ・ボンド役を次作も引き受けるかどうか、製作会社と揉めているというピアース・ブロスナンになんとクエンティン・タランティーノが接触し、「俺と一緒に『カジノ・ロワイヤル』をリメイクしないかい?」と申し出たとか。
 知る人ぞ知るOO7シリーズ第一作、ところがこれだけはシリーズ製作のアルバート・ブロッコリーが映画化権を取得しておらず、結局、映画はチャールズ・フェルドマンの手によって、「七人のOO7」が登場するという大スラップスティック映画として完成し、超酷評を受けた。でもこれがやはり大デタラメ映画(誉め言葉である、念のため)である『キル・ビル』の監督であるタランティーノが目をつけたというのは実に納得が行く。ブロスナンがセルフ・パロディを演じるというのも嬉しいが、旧作でイブリン・トレンブルを演じたピーター・セラーズを、ジミー・ボンドを演じたウディ・アレンを、ル・シッフルを演じたオーソン・ウェルズを、ヴェスパー・リンドを演じたウルスラ・アンドレスを、いったい新作では誰が演じるのか、と想像するとこれはもう楽しみが尽きない。
 でも、タランティーノ、『キル・ビル』のスピンオフ映画も作るとか(ビルの若き日をアニメ化するんだと)、『キル・ビルvol.3』も十五年後に作るとか言ってるけど、どこまで本気だか分からんのである。でもこういう冗談企画に乗ってこその役者だと思うんだけれど、そういう度量が果たしてブロスナンにあるかどうかって考えると、やっぱり実現性は薄いんだよねえ。

2003年04月14日(月) メモ日記/一人ぼっちの夜。
2002年04月14日(日) にほんじんにえーごはむりれす。/『ウラグラ!』(唐沢俊一)/『探偵学園Q』4巻(さとうふみや)ほか
2001年04月14日(土) 土曜ワイド「女三人露天風呂殺人事件・湯煙の向こうに殺意が見えた」……ってウソだからね。


2004年04月13日(火) 食欲のない家

 今日もしげは具合が悪くて起きられず。
 仕事も休んで寝たきりであるが、私も仕事にいかなきゃならないんで、ほっとくしかない。タクシーで職場に着くと、玄関で挨拶した同僚が「今日は奥さんはどうしたんですか?」と質問してくる。もうすっかり女房に送ってもらってることが同僚に知れ渡っているのだ。
 「今日はカラダ壊して寝てます」
 「藤原さんの病気がよくなったと思ったら今度は奥さんですか。大変ですねえ」
 同情していただけたようではあるが、眠ってる間に布団をとっちらかしてヘソを風にさらしてるからおなかも壊してしまうのである。
 私は逆にもう3日も便通がない。夫婦でも腹具合のベクトルは逆向きなのである。しげは「気が合わんね」とか言うが、一緒に下痢してたらもっと困るだろうが。
 帰宅したあと、うどんを作ってやるが、気分が悪くてろくに食えずに残した。けれど食欲はあるらしく、「外に出てなんか食う」と言う。
 「具合悪いなら寝とけよ。外うろついたらまた気分が悪くなるだろ」
 「でもなんか食わんと落ちつかん」
 「具合が悪いのになんか食えるとは限らんだろう」
 「でも食うと!」
 あまりに強情なので、仕方なくロイヤルホストに行く。私も食欲はなかったので、頼んだのは野菜スープ飲み。ところがしげはと言うと、アホなことにまたステーキとか注文しようとするものたから、押しとどめて、お粥を食うように勧めた。けれどこれも一口二口食べただけで「食べきれん」と言う。こんなときまで自分の好き嫌いの方を優先させるのだから、いったい何を考えているのか。そのくせやっぱり「腹が減った」と文句だけは言うのだ。しげは、自分で体調を悪化させてるとしか、私には思えないのである。


 イラク人質事件が当人たちの「狂言」ではないかという説が、ネットでかなり出回ってることは前の日記にも書いたことだけれど、新聞やテレビはその件に関しては慎重に、明言を避けていた。それが、今朝の毎日新聞、例の解放宣言声明文を「日本の事情に詳しすぎる」などの理由でその信憑性を疑う記事を一面に堂々と載せてきた。
 この一件の疑念をもって、事件全体が狂言と断定することはできないけれど、「いったいあのテロリストたちは何を考えているのか」と首を傾げたくなる状況が多々あることは間違いのないことである。実際、日本政府に要求を明確に拒絶されている以上、人質を解放するにしろしないにしろ、何らかのリアクションを取らないことには自分たちが苦しくなることは分かりきっているはずである。日本でどんなにデモが起ころうが、自衛隊撤退がないことは、それこそ「日本事情に詳しい」らしい彼らには理解できているだろうから(^o^)。いったい何を「待って」いるんだろうかね。
 私の中では、あの「サラヤ・ムジャヒディン(戦士隊)」とかいう連中の印象が、なんだか頭の悪い日本のヤンキーどもと重なるくらいレベルダウンしてしまっているのだが、小林よしのりあたりは、これでもあの連中を「レジスタンス」と呼び続けるのだろうか。
 
 さらにカタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」は、「カタイブ・ムジャヒディン(戦士大隊)」(名前は似てるが日本人誘拐した連中とは別らしい)を名乗るイラクの武装勢力が、ファルージャでイタリア人4人を人質に取り、イタリア軍のイラク撤退を求める映像を放映した。日本人拉致監禁に続いて2件目だけれど、イタリア軍だってこれで撤退しないのは間違いない。全く、なんの効果もないただ卑劣なだけの作戦とすら言えない手段をなんでまたこうも取りやがるかな。おかげでアメリカがどんどん「正義」に見えてくるぞ。こんなことやってたら、予定されていたアメリカからイラク暫定政権への統治の完全移譲すらできなくなりかねない。逆効果にも程があると思うんだが、もう反米勢力は殆ど掃討されていて馬鹿しか残ってないってことなんだろうかね。

 でもって日本国内のテロリスト同調家族だけれど、中傷や嫌がらせの無言電話や「自業自得」と書かれたファックスなどに悩まされているそうである。もちろんそういう卑劣な手段を取ってる糞野郎は大っ嫌いだけれども、相手が馬鹿親どもだから、なかなか同情する気になれないのが困りものなのである。同情してやりたくても、それ自体がテロリストに賛意を表明することに繋がってしまうからできないのである。そこんとこ安易に「自衛隊に撤退してほしいと訴えている家族には同情するけれども」とか言っちゃってる人は考えた方がいいと思うけどね。
 あの家族たちは、政府に陳情するだけなら特に問題はなかったと思うが、「市民」に訴えかけるなど、政治活動をしすぎた。自分たちの行動が「イラクの治安を悪化させてかまわない」と主張しているのと同義だということに気付かない限り、今後も非難はされ続けるだろう。今からでも遅くはないから「自衛隊撤退を訴えていたのは間違いでした。ともかく政府には息子たちの救出の手段を考えていただきたいと思います」って言える勇気があの連中にありゃいいんだが、思想信条に凝り固まった人間には土台、ムリな話なのであろう(-_-;)。

2003年04月13日(日) 夢の中の足蹴り/映画『動脈列島』ほか
2002年04月13日(土) 多分それはアニムス(~_~;)/アニメ『アベノ橋魔法☆商店街』第2話/『裏モノ見聞録 怪網倶楽部』(唐沢俊一)ほか
2001年04月13日(金) ファイティング・スイーパー/『こち亀』124巻(秋本治)


2004年04月12日(月) イラク事件の膠着と『ハウル』の声優

 しげ、朝になっても睡眠薬が抜け切れず起きれず。
 夕べしげは、薬が効きすぎてトイレで座りこんでしまい、私に助けおこされて寝床まで運びこまれたのだが、「結婚しててよかった〜。そうでなかったらトイレで寝てたよ」としみじみ呟いていた。別にトイレに放置してても良かったのだが、それじゃ私がトイレ使えなくなるから仕方なくそうしたのである。つかよー、薬飲むなら寝る直前に飲めよ。
 すっかり寝惚けて「添い寝して〜ん♪」というので側に来てやったのだが、すぐにイビキをかき出したしげ、ふとんは跳ね飛ばすわ、エルボーにニーキックは食らわしてくれるわ、とても寝られたものじゃなかったのである。
 結局しげは朝になっても悠々と寝ていて、仕方なく私はタクシーで通勤することになったのだが、まる一日睡魔に襲われるのに耐えながらの仕事になってしまった。週の初めからこんなに疲れたかなかったんだけどなあ。

 結局しげはまたも夕方まで寝こいていたようである。14、5時間は寝てる計算になるなあ。全く私もいっぺんそれくらい寝てみたいわ。
 一応、寝ぼけ眼をこすりながら迎えに来てくれたしげと、久しぶりに外食。といってもジョイフルで400円の焼きサバ定食である。金欠病の時には、ジョイフルや吉野家は強い味方であるのだが、しげは貧乏人のくせに、外食となるとこういう安い店にはなかなか行きたがらないのである。来月東京行きを控えていることでもあり、しげにしては珍しく「節制」しているつもりなのであろう。でもあいつが食ってたのは600円のしょうが焼き定食。……まあ、おごってもらったんだから、文句は言わないけど。


 イラク人質事件の続報、ここに来て動きがピタッと止まってしまう。
 日本政府がまるで動揺してないので、犯人グループが対策を協議している、あるいは意見が分かれてあっちも膠着状態に陥っている(~_~;)ためとも考えられるが、情報が錯綜している現在では、全て憶測の域を出ない。言い換えるなら、その「憶測」に踊らされて、国内で「自衛隊撤退」デモを起こしてる連中なんかは明らかに常軌を逸している。だから自衛隊の問題と、テロリストの要求を飲むことと、いっしょくたにしちゃダメだってば。じゃあテロリストが「コイズミを処刑せよ」っつったら、あのデモやってる連中は「コイズミ逝ってよし」ってプラカード掲げるんかね。あいつらはテロリストの要求が「たまたま」自分たちの政治信条に合致してるから撤退撤退と騒いでるだけなんで、それが犯罪者の尻馬に乗ってる腐れた行為になってるということに少しも気がついちゃいないのである。
 「報道ステーション」で古館伊知郎が「人質のみなさんを自分たちで危険地域に入ったんだから自業自得などと非難するのは間違い」と発言しているのを聞いて、この人も「守り」に入っちゃったなあ、とちょっとガックリと来た。NGOやらピースボートを過剰評価するとこういう意見になるので、こいつらが過激な抗議行動に出た時、法を犯すことも辞さないことはこれまでにもいくらでも例のあることだ。いつだったっけ、ボートで自衛隊の船に体当たりして転覆した馬鹿がいたのは。ペシャワールで活躍している医師、中村哲さんのような行動を一概に否定しようとは思わない。ただ、それだって時と場合による。あの三馬鹿は自分たちの無謀な行動が、どのような事態を招くことになるか、それこそ現地にいて「わかってて」やったんだから、「あえて人質になる道を選んだ」と批判されるのは当然のことだろう。百歩譲って、別にヒロイズムに酔ったわけでもなく、やむにやまれぬ行動だったことを認めたしても、それで批判をかわせるわけではないのである。
 番組は「そもそもアメリカにこそ非がある」ことに話をスライドさせようと躍起になっていたが、そんなこたぁ言われなくったって分かってるのだ。だからそれだって「それはそれとして」って話なんで、「アメリカが悪いからテロやっていい」ってムチャな論理を押しとおしたいのかこいつらは、と頭が痛くなる。これが通るようなら、世界でテロは花盛りである(もうなってるけど)。小学生は「運動会を中止しないと道子ちゃんを殺しちゃうぞ」と女子トイレに立てこもり、中高生は「修学旅行を中止しないと良子ちゃんを殺しちゃうぞ」と女子更衣室に立てこもり、大学生は「単位をくれないと教授の秘書の奈々子ちゃんと○○しちゃうぞ」とヒミツの小部屋に立てこもり、寝たきり爺さんは「シモの世話をしてくれないと、なんもかんも垂れ流しちゃうぞ」とホントに垂れ流す(それはいいのか)時代になってしまうのである。いったいどこまでこの国は既知外を増やしていけば気がすむのだろう。
 あと、3人の家族をマスコミに露出させるのはそろそろ控えたらどうか。あの人たちも政治活動やってることは明々白々なんで、少しも同情を買えないのである。「みなさんのお力を」と、なぜか市民に協力を求めたり、人質がナイフ突きつけられてる写真の載った新聞を振りまわしたり、政治的パフォーマンスが過ぎるのである。だから三人の救出を求めるのなら、政府の方針に従う以外なかろうに、なにを「活動」してんのよ、この人たちは。
「誘拐された人質の家族が、人質の身を案ずるあまり『身代金を払う』と言うのと同じ」と擁護する向きもあるようだが、場合が違うでしょ? だってその場合、「身代金」を払うのは家族たち当事者だけれど、今回の場合、家族は要求突きつけられてる「日本政府」の当事者じゃないんだから。全く黒澤明の『天国と地獄』そのまんまで、犯人は「誰でもいいから誘拐して、関係ない人間に要求を突きつけてる」のである。あんた、あの映画で子供を誘拐されたタクシーの運ちゃんが、テレビに向かって、「うちの社長は身代金払わないって言ってるんですよ! 市民のみなさん助けてください!」なんて訴え出したら、どう思いますか(-_-;)。自分が何かを主張できる立場にいるのかいないのか、少しは頭を使って判断してもらいたいものである。
 土台、勧告無視してとっ捕まった馬鹿の面倒まで政府に見ろというのが大間違い。現時点で政府はできる限りの努力をしていると言えるだろう。情報収集に努めてくれてるだけでも充分なのに、その政府を批判して足引っ張ってどうするのか。あの人質たちを危険に落とし入れているのは、誰よりも何よりもあの家族なのである。こんな「情のない」鬼畜のような親をどうして擁護などできようか。


 国立天文台の縣(あがた)秀彦助教授らが今年の2月、長野市と北海道上富良野町の公立小学校の4、5年生計116人を対象に行った調査の結果、「地球は太陽のまわりを回っている」「太陽は地球のまわりを回っている」という2つの文章から正しいものを選ばせたところ、41%が“天動説”を選んだとか。
 同助教授らはまた、2001―2004年の間に、長野市、上富良野町、広島市、東京都三鷹市の小学校4―6年生の約500人に対する調査も実施。「日が沈む方角はどこか」「月の形が毎日変わるのはなぜか」という質問の答えを4つの選択肢から選ばせたところ、日没の方角を「西」と答えたのは71%にのぼったが、月の形が変わる理由を「地球から見て月と太陽の位置関係が変わるから」と正しく答えた子供はおよそ半分の49%、「月が地球のかげに入るから」という誤答が多く、少数だが「いろいろな形の月があるから」という解答を選んだ児童までいたとか。いいなあ、見たまんまを信じる素直な子供(^_^;)。
 この結果について、縣助教授は「現在の学習指導要領が、目で見える事象の観察や実験を強調し、なぜそういう現象が起きるのかを考えさせる仕組みになっていないため」と分析しているが、「学校教育」のレベルで語れる問題じゃないでしょ。こんなん、親が子供になーんも常識を教えてないって証拠じゃないか。日常のこと以外なら知らんでもいいと親は考えているのか。いや、日常のことすら教えてるかどうか疑わしいよ。子供に朝食すら作ってやらない親もどんどん増えてるらしいから。
 シャーロック・ホームズが地動説を知らなかった(実はそのフリをしていただけ)というのは笑いばなしだったんだけれど、笑ってられなくなった。だってこの子供たち、いったい何歳まで、その「間違った」知識を信じたまま大人になってくかってこと考えると、ちょっと恐ろしくなってくるしね。この調査、小学校の5、6年生、中学生、高校生と調べて行ったらどうかね。誤答者がゼロになることはないんじゃなかろうか。


 上戸彩主演の映画『あずみ』が米、英など世界21ケ国で上映決定とのニュース。
 言われてみりゃ、世界的に受けそうなネタではあるかな、と思いはする。『ラスト・サムライ』で時代劇にまたちょっとスポットが当たってる時期ではあるし、ニンジャものは受け容れやい土壌がもともとあるだろうし、女性アクションヒロインは向こうでも一つの潮流を作ってはいるし。
 ただ、上戸彩のカオが、アチラのひとの好みに合うのかどうか、という、そっちの方が気になってしまうのだが、実を言うと、日本で上戸彩が人気を呼んだというのも私にはよくわからないのである。あずみに岡ひろみとマンガキャラの実写化に連続して主演してるけど、なんだかしっくりきていない。印象だけでうまいこと言葉にできないのがちょっとはがゆい。どっちかっつーと、私には「主人公のトモダチその2」レベルの平凡な顔にしか見えないし、加藤夏季とかが演じたほうがよっぽど個性が強くていいと思うんだが、世の中、女の子の趣味もいろいろだからねえ。
 続編『あずみ2』も、前回の北村龍平監督から金子修介監督にバトンタッチされて製作、ということだけれど、私はもう最近は誰がどんな形で映画を作ろうがすっかり寛容になってしまっているので、素直に期待しちゃいますよ。いやもう、ヒロイン撮ってナンボって言われてる監督さんですからねえ。でも実は、安田成美とか大寶智子とか斉藤由貴とか、八割方の映画で、ブ○にしか撮れてないのであった(^_^;)。


 宮崎駿監督の新作アニメーション映画『ハウルの動く城』で、ハウルの声優にSMAPの木村拓哉が決まったとか。またぞろ「客寄せパンダか」とか「声優をないがしろにするのか」とか「宮崎監督の上昇志向」とか、見当外れな批判が続出しそうだが、要は演技がヘタじゃなきゃいいのである。
 私の見るところ、宮崎監督の「声優以外」の起用は、8割は成功している。前回の『千と千尋』だって、内藤剛志や沢口靖子は見事なものだったと思うが、声優フリークはアレまで否定する気なんだろうか。まあ確かに、失敗した過去の例として、「なんだあれは」的な糸井重里とか立花隆ってものすごいのがあるんで、文句つけたくなる人がいるのも分らないではないが、あれだって「既成の型にはまった声優演技よりはマシ」という見方だってあるのである。一面的に「声優じゃないからダメ」というのは偏狭なオタクの勝手なヘリクツに過ぎない。
 実際、実績を残している人を宮崎監督は再度、再々度起用している。今度の『ハウル』でも、ヒロインのソフィーに倍賞千恵子、荒地の魔女には美輪明宏が出演することになったそうだが、この二人まで「声優として疑問がある」と言い出すやつがいるんだろうか。いそうだよなあ、最近のオタクはもう何も知らないから。


 相変わらずヘンなメールは届いてるけれど、こないだ「英語で書かれても読まねえよ」と日記に書いたら、珍しく日本語のメールが来た(^o^)。もしかしてやっぱ読者がいたのか。
 笑っちゃったので、個人宛てメールにもかかわらず公開しちゃうが、差し出し人、訴えたいなら訴えなさい。

>「急ではありますが連絡させて頂きました。私は関係を求めています。それによる代価として金銭が発生するのも致し方ないと考えています。条件は癒しと開放、月最低二回。以上それが私の望みです。既婚者である私とでも問題がなければ。代価として月に20万円のサポートをお約束します。上記を踏まえた上で契約関係になってはいただけませんか?興味頂ける内容と思います。まず明日お手隙でしたらお会いしてみませんか?場所はご指定ください、重ねてどこにお住まいかもお願いします。○○○」

 多分、同一内容のメール受け取った人間は多いと思うが、どういう目的なのかがちょっとわからない。返事が来たとして、何かのやりとりをする気があるのだろうか。それとも返事が来たというだけでイタズラの目的が達成できたと満足できるものなのだろうか。まあ馬鹿の心理などわかりたくもないが(イラク人質事件に対する腹立ちが、こんな殺伐とした気分にさせているのである)。
 仮にこれに応じたやつがいたとして、「癒し」の正体が「私とオセロしましょう」だったら楽しいけどね。

2003年04月12日(土) 夢は続くよ/『全日本妹選手権!!』4巻(堂高しげる)/『Heaven?』5巻(佐々木倫子)/『本気のしるし』6巻(星里もちる)
2002年04月12日(金) オトナ帝国、四たび/『寄生人』(つゆき・サブロー)ほか
2001年04月12日(木) 驚天動地/『ストレート・チェイサー』(西澤保彦)ほか


2004年04月11日(日) とりあえず台本完成。人質のアレはもう、なんつ〜かねえ(-_-;)。

 昨日から今朝にかけて、やっさこいて(=ひと苦労して)台本書き。第二稿であるが、こないだ書いた第一稿が評判悪かったので、後半は殆どまるまる書き直しである。先週の書き直しも含めれば、ページ二十枚くらい(原稿用紙なら三十枚くらいか)全く構想を練り直したことになるわけで、確かに好きじゃなきゃやってられないよなあとも思うのである。
 でも不思議なもので、書き直して悪くなるということは滅多にない。時間をかけて、あとから思いついたことは確実に前のアイデアよりもよくなっているので、こうなるとシメキリをどんどん伸ばした方がどんどんよくなる計算になるが、それで毎回メンバーには迷惑かけちゃっているので、今回はともかく「シメキリは守る」はスローガンに掲げている。眠気なんぞ何のそのである。
 なんとか朝8時半には仕上がったので、起きてきたしげに手渡す。しげは私が突然「構想が膨らんだからシメキリ2週間伸ばしてね♪」とニコヤカに語る、庵野秀明か大友克洋かってな夢を見たそうで、それが正夢になるんじゃないかと心配していた。全く信用がないことであるが、せっかく原稿上げたってのに、夢にまでそんなん見んでもええやん、とちょっと文句も言いたくなる気分である。
 そのあと、アニメ『レジェンズ』の第2回を見る。第1回を見逃した人のためなのだろう、ストーリー展開が第1話と殆ど同じ。シュウを含めて主役キャラ3人に殆ど魅力を感じないのがネックなんだけれど、その分、シロンの井上和彦とハルカの渕崎ゆり子の両ベテランが頑張ってくれているおかげで、少なくとも前作の『鉄腕アトム』よりは見応えのある作品になっている。ランシーンの声、テロップでは「?」になってるけど、私の耳には飯塚昭三さんの声に聞こえてるんだけど違うんかな。でもわざわざネットで調べようってほどの気は起こらないのである。


 ひと寝入りして夕方に起きる。テレビを付けたら「谷亮子」という聞きなれない人が柔道アテネ五輪出場を決めていたが、田村亮子選手のことだった。しかし確かに戦ってる姿を見ると、ワザのキレが他の選手とは雲泥の差で美しいのである。「ヤワラちゃん」の仇名は決して遜色のあるものではない。問題はこの人の場合、その称号が「技だけ」にしか適用できないことと(だからさあ、あの髪を結んだチョンマゲまで猪熊柔のマネするのやめようよ)、喋らせるとナマイキにしか聞こえない、というのが最大のネックになってるんである。「柔道家」のイメージは、どうしたって「姿三四郎」なみに寡黙でストイックってのが定着して壊れようもないんだから、オモテに出る仕事をしている自覚があるなら、世間の求めるイメージに合わせてあげるくらいのことはしてもいいんじゃないかって思うんだけど。


 練習の終わりに慌てて顔を出す。バスの中で寝過ごしたんで、練習場に着くのが時間ギリギリになって、すんでのところでみんなとすれちがうところであった。遅れたお詫びを言ったが、しげ、ニコニコしながら「いいっスよお、けいちんは。キャストでさっき来た人もいるから。誰とは言わないけどお」。でもキャストって3人しかいないし、一人うなだれてた人がいたから誰かはバレバレなのであるが。今日のメンツはカトウくん、鴉丸嬢、其ノ他くん、ハカセ(穂稀嬢)、しげに私。カトウくんとハカセはそれぞれの理由で最近落ちこみ気味ということだったのだが、外見の印象はそうでもない。顔で笑って心で泣いているのであろう。いかにも日本人らしくてよいことである。
 それからロイヤルホストに移動して、台本の打ち合わせ。前回ダメ出しが入りまくったのに比べると、今回はやたら評判がいい。打ち合わせの最中にもみんな実に楽しく突っ込んでくれること。何しろ普段ジョークを全く言わない其ノ他くんまでが「このシーンはオカマがカマをかけてるんですね」と駄洒落を飛ばしていたくらいなので、みんなどれだけノッていたか、ご想像頂きたいくらいだ。でも、後ろに座ってた爺さんは「なんだこのウルサい連中は」とこっちを睨んでたとか(^_^;)(この爺さんはロイホを出るときも一緒になって、わざと鴉丸嬢にぶつかり、ブツブツ言って出て行った。どうやらトンガリさんだったらしい)。
 全編ギャグで通したのが効を奏したようだが、最後にちょっとしんみりさせるのも狙いとしてはある。オタクネタを散りばめてはいるが、マニアックにはなり過ぎない程度だし、一見スラップスティック風ではあっても内実は昔ながらの人情喜劇である。つか、完全ナンセンスが日本人の好みに合わんことは解りきっているので、そこまで「跳んじゃう」わけにはいかないのである。そこが趣味と実益との間で心が揺れてしまう点ではある。けれど、キャストのノリがいいと、こちらも頑張りがいがある。今後は細部の手直しだけですみそうであるが、キャストのアドリブにも期待したいところだ。
 鴉丸嬢と其ノ他くんを車で送って帰宅。今週の休日もあまりコンテンツの更新ができなかったが、このようにやんなきゃなんないことが多かったので、ご容赦願いたいのである。


 イラク人質事件についての続報。
 ヨルダンからイラクに向かっていた日本人男女3人が武装集団に拘束され人質となった事件で、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」は、日本時間の11日午前3時前、犯行グループが3人を24時間以内に解放することを決めた、と速報した。イスラム教スンニ派の指導者の説得に対し、犯人グループが応じたためということであった。
 しかし、昼過ぎには解放される見込みだった人質は、夕方を過ぎても解放確認の情報がもたらされず、家族の不安は時間を追うごとに高まっている。家族は午後5時25分、小泉首相に対して自衛隊のイラク撤退を求める約15万人分の署名を持って内閣府を訪れ、内閣総務官室の鈴木俊彦参事官に手渡した。
 わずか数日で15万人もの署名が集まったというのも驚異的だが、つまりはあの家族の背後には、短期間にそれだけの運動を展開できる「支援団体」とやらが存在している、ということである。だから、彼らの活動は親も含めて「政治活動」であるわけで、決して彼らはただの「私人」ではない。いや、テレビという公共機関を利用してあれだけの政治発言を行っているのだから、「公人」として糾弾されるのは当然だろう。
 それを、「親の情」に基づいて行動してかのように振る舞い(昨日も書いたことだが、「情」に基づくのなら、専門家でもないのに人質解放の手段にまで口出しできるものではない。「イラク撤退」を訴えるのは、そこに確実に政治的意図が働いているのである)、国民の同情を利用して政府に圧力をかけようという行為は、姑息で卑劣な手段以外の何物でもない。それにまんまと乗せられた馬鹿が15万人もいるってのも情けない話であるが、政府はどうやら彼らの訴えを表面的には受け入れていても実際は一蹴する模様であるから、日本の政治家も一応、本物の馬鹿よりゃマシってことになるか。
 Yahoo掲示板では一秒に数10件の超ハイペースで書きこみが続いているが、殆どが「あの三馬鹿が」というものばかりである。反論もたまに見られはするが、それも「そこまでいうのは言いすぎ」程度のものや、撤退反対派を装った煽りが定期的に書きこんでるくらいで、世論も圧倒的にあの三人および家族に「ふざけるな」と憤りを感じているようだ。実は人質になってるということ自体、「ジサクジエン」だという説まで飛び交っていて笑えてしまう。この手の事件で人質に対する同情がここまで起こらなかった例というのも珍しいんじゃないか。
 ……とかなんとか書いていたら、また、未確認情報ではあるけれども、「アルジャジーラ」が日本時間午後10時すぎに、ファルージャの反米抵抗勢力との仲介役を名乗るイラク人男性へのインタビューを放映して、「イラクの日本人人質3人の解放条件として、(1)、24時間以内の自衛隊撤退、(2)、連合軍によるファルージャ攻撃に対する日本政府の公式な謝罪――の要求が抵抗勢力からあった、と述べたとか。しかもその要求が認められなければ、24時間以内に1人目の人質を殺害、その12時間後に2人目を殺すと脅迫している、という。
 未確認情報だからどこまで信じてよいかは分らないけれども、もしこれが事実だとしても「3日以内に3人の人質を殺す」と言ってた期限は過ぎて、要求の形を変えてきたことは間違いないのである。テロリストの要求にウカツに乗ってはならんということを当のテロリストが証明している。言っちゃ悪いが、たとえ要求を飲もうが飲むまいが、人質の命の危険度に変化は全くないのだ。その程度のこともわからずに「自衛隊撤退」を現時点で主張するヤカラは、当人がテロリストの一味と断罪されても仕方ないということをよーっく覚悟しといてもらいたい。
 不謹慎とか人非人と言われようが、私は現時点で言い切っておく。これで本当にあの三人が殺されたとしても、私は一切のお悔やみを言うつもりはない。……ああ、なんかここしばらくの中でこんなに本気で腹の立つ事件も珍しいよ。

2003年04月11日(金) ヒゲもリビドーに関係あったかな/『ブラックジャックによろしく』第1回
2002年04月11日(木) 幻想のステキな奥さん/『八犬伝』14巻(碧也ぴんく)/DVD『ルパン三世 生きていた魔術師』ほか
2001年04月11日(水) ヒマなし貧乏/『学活! つやつや担任』A(吉田戦車)ほか


2004年04月10日(土) 勇気を持って言おう。

 イラクの邦人人質事件についてはあまり書くつもりは無かったのだけれど(書き出しゃキリがなくなるから)、日本に残された家族が「自衛隊撤退」を訴えてるのを知って、気が変わった。
 あの家族は馬鹿か、でなけりゃテロリストの仲間か?
 心情としては私も「自衛隊、イラクに行かなきゃいいのになあ」とは思っていた。アメリカ追従の腰のない政治戦略は、結局はアメリカの暴走を抑止することが不可能になる(もうなってるか)。どこかでそれを見直さなければ、現実として性根のない日本は、しなくてもいい犠牲を強いられるばかりになろう(イラク派兵はどう拡大解釈しても安保の範囲越えてるべえよ)。
 ただ、だからと言って私は反作用的にイラクの反米勢力が正しいとも全く思っちゃいない。自国民の、しかも政治的に別段親米派でも何でもないただの一般人を巻き添えにした爆弾テロ繰り返してるやつらのどこがレジスタンスか。仮にアメリカ追い出してあいつらが政権取ったって、どうせまた恐怖政治やらかすに決まっているのだ。あんなのは所詮、糞と糞の争いだ。
 けどそりゃあくまで私の個人的な心情なんで、国家としての日本の立場なら、同じ糞でもマシな糞に付くしかないのは仕方がない。日本はその糞にたかってる蝿なんだから。
 けど、「国」の代表である自衛隊がイラクに行くのは仕方ないとして、民間人がいったい何のためにイラクをうろついてたのか。NGO? けれど、自分で自分を守るすべも知らぬ民間人が、今のイラクでいったい何の役に立つというのか。結果的に「足手まとい」であることが証明されただけではないか。もしも、彼らが「人間の盾」のつもりで入国していたのだとすれば、脳みそが膿んでいる。「人間の盾」が「盾」としての意味を全く持たないことはこれまでのイラク戦争の経緯でも明らかだろう。日本政府だって、かつて「ダッカ事件」で人質の命を優先したために世界中にテロリストをばら撒いた痛い過去がある。そのことを世界各国から散々非難されてきたことを実感している小泉首相が、テロリストの要求に屈して自衛隊を撤退なんかさせるわきゃないのである。
 あの人質たちは自己犠牲に陶酔しているだけの馬鹿であろう。自分たちの命が国家への圧力に利用される可能性を考えていなかったわけではなかったようだから、テロリストに同調していると断じられても仕方がない。いや、間違いなく、自分たちが捕らえられることを意図した上で乗り込んだのだろう。そんなやつらを送りだしといた家族が、何を堂々と「自衛隊を撤退させろ」と要求できるのか。
 私はてっきり、家族は政府に「息子たちの行方をつきとめて、助け出して下さい」と願い出ると思っていたのだ。それが親としての「情」というものである。それが「自衛隊を撤退させろ」「民間の命を救うはずの自衛隊がなぜ息子たちを見殺しにするのか」って……。それが「愛情」のつもりか、ふざけんな。「情」を越えて「政治」を行おうとしているよ、この馬鹿親どもは。
 だから、あんたらの息子たちは「民間人」じゃなくて「テロリスト」なんだってば。つか、あんたらもそうだろう。さっさと火あぶりにでもしちまえばよいのである。


 体調はほぼもと通り。朝も普通に目覚める。
 よし、今日こそは『セラムン』が見られると思ったら、特番で中止であった。『クレヨンしんちゃん』も潰れているし、なんだか面白味のない土曜日である。映画に行こうかともちょっと思ったが、風邪がぶり返したらいかんなあと思って、今日は控えることにする。
 ホームページを更新したり、テレビを漫然と見たり(『カトケン』の特番見てたら、MEGUMIがジャンケンの「最初はグー!」の掛け声がドリフから生まれたことを初めて知った、と言っていた。ジェネレーションギャップもここまで来たか……)、「レッドキャベツ」まで水をガメに(=盗みに。いやホントに盗むわけじゃないが)行ったりして一日を過ごす。まあ細かく書いてくといろいろあるんだけど、明日の練習のために台本を書かねばならんので、今日はこんなもんで。どうせ食事はうどんだし。

2003年04月10日(木) 最近教育テレビづいてるかも/『名探偵コナン』41巻(青山剛昌)
2002年04月10日(水) ヒミツ、ヒミツ、ヒミツのしげ/『クロサワさーん! 黒澤明との素晴らしき日々』(土屋嘉男)
2001年04月10日(火) 大江山枕酒呑草子/『カエル屋敷のベンジャミン』(玖保キリコ)ほか


2004年04月09日(金) うどん談義と『新選組!』低迷

 今朝はまあ、爽やかな目覚めとは言えない、少しばかりシャレにならない事態が起きてしまった。つっても仕事に寝坊したってだけなんだけど。ハッと目覚めて時計を見たら8時半である。もう始業時間になっちゃってるじゃないの! いやもう慌てた慌てた。
 イラク情勢が急変とか、新聞の見出しが真っ黒けになってるときに、この程度のことでオタオタしているというのは客観的には微笑ましいことではあろうが、当人にとってはイラクなんかもうどうでもいい気分である。でももともと寝起きは決して悪いものではなかったし、ここんとこずっと風邪っぴきだったのも、昨日あたりから随分回復していたつもりだったので、まさか目覚まし時計が鳴っているのにも気づかずに眠りこけたままでいるとは思いもしなかった。ともかく服を着替えて、隣で寝こいているしげを叩き起こす。こいつも今朝は通院の日だというのに、すっかり予約の時刻を忘れてぐわげげ、ごごごとイビキをかき、ヨダレを垂らし、鼻提灯を膨らませているのである。
 「寝過ごした! すぐ車出して!」
 「えっ? オレも病院行かなきゃならないから今日は送れんよ!」
 「だったらタクシー代貸せ!」
 こういう切羽詰まった時には人間の本性というものが出るのである。金欠病で手許不如意だったものだから、しげから問答無用で金をふんだくった。そのまましげを顧みもせず表通りまで飛び出していって、タクシーを拾って職場に直行した。全く、とんだ暴力亭主だが、日ごろは私の方がしげにたかられまくって同じ目に会っているので、たまにはいいだろう、と勝手に自己正当化するのであった。

 なんだかんだで仕事もバタバタと息つくヒマもない一日。最近記憶力の減退が激しいので、やらなきゃならない仕事はできるだけ後回しにしないで片っ端からこなしていく。おかげでこの一週間くらいは同僚に「ありがとうございます」と感謝されることがやたら多い。欠勤もあって遅刻もしてるってのに、まるで白い目で見られずにすんでいるのは、一応、その努力が実を結んではいるのだろうが、なんとも面映いことである。
 四月とて、うちの部署に新人さんも入ってきているのだが、今日は上司から「藤原さんを見本にするように」とまで言われてしまった。だから私ゃ病気持ちの欠勤魔なんですってば。そういうことを言われるとくたびれていても休むに休めないのである。もちろん休むときにはどうしたって休んでしまってるんだけど。

 しげもどうやら病院に間に合いはしたようである。夕方、帰りは迎えに来てくれるのかどうか、携帯に連絡を入れてみたが、アッサリと「起ききらん」と寝惚け声で断られた。
 しげ、どうやらもらったばかりの睡眠薬を飲んでいるらしいが、最近は薬に慣れてきたせいか、通常の量ではなかなか寝つけなくなっているのである。で、結局現在は2倍の量の薬を飲んでいるのだが、素人考えだと薬が増えるというのはどうしてもよくない兆候なんじゃないかと思ってしまう。でも、しげに言わせれば、2倍にしたほうがグッスリ眠れて目覚めもスッキリするそうだ。逆に通常の量だと起きてもしばらくはアタマがボーッとして、仕事にならないのだとか。
 帰宅してみると、しげは朝同様、だらしない顔で寝ていた。足をカニのように広げているのも同じだ。前世、カニなんじゃないか。でなきゃ、妖怪寝肥(ねぶとり。ホントにそういうのがいるのである)。一日のうち、しげと会ってるのはこの寝姿の方が多いので、これがコイツの本性なんだよなあとどうしても感じてしまう。
 でも、こんなにグッスリ寝ていていも、「うどん食うか?」と声をかけると「くうー!」と何だか清涼飲料水のコマーシャルみたいな声を出して飛び起きるのである。訂正。前世は戦後すぐに栄養失調で死んだ某作家さんの妹だろう。
 しかし、こう毎日「うどん」「うどん」ではお読みに鳴って頂いてる方々にも「いつまで続くんだ」と言われてしまいそうだが、昨日、しげにカレーを作ってやったら、「やっぱりうどんが好き!」と言われてしまったので、結局今日もうどんを作るしかなかったのである。
 おかげで、某サイトの日記では「うどん職人」という仇名まで付けられてしまっていた(^_^;)。確かに毎回同じうどんじゃつまらないので、麺をしょっちゅう変えるくらいの工夫はしているが、そんなにたいしたことはしていない。なんというか、苦笑するしかない呼称ではある。
 けれど実のところ近所のスーパーでは昔ながらの博多うどんがすっかり姿を消して、讃岐うどんばかりになってしまっていて、あまり選択の余地というものがなくなっている。讃岐うどんにはコシはあるけれど取り柄はそれだけで、うどんとしての個性がない。なにより博多うどんの引くと伸びるモチモチ感がないのが昔ながらの博多の人間には美味くないのである。福岡のうどんはコシもなけりゃ引くとすぐ千切れる柔か過ぎる麺なので、一番うまくない、というかうどん食ってる感じがしない。私が「博多のうどんが一番美味い」と言ったら、若い人から「コシがなくてまずいっスよ」と返されることが多いのだが、これは「博多うどん」と「福岡うどん」と混同されているのである。この二者は全く別モノなので、ここでも「福岡と博多を一緒にするな!」と叫ばなきゃならなくなるのだが、するとまたすぐ「また博多至上主義が」としげに睨めつけられる。でもたとえ「刷り込み」だとしても、美味いと感じるものは美味い、不味いものは不味いんだからしょうがないじゃないの。
 老舗の博多うどん屋もどんどん潰れているし、名店「かろのうろん」も代変わりして少し味が落ちた。ほんの十年くらい前まではあっちこっちに博多うどんの店舗があって、そこで麺も買えたんだが、めっきり少なくなってしまった。博多うどんも絶滅の危機にあるのである。
 という次第なので、「博多うどん」はもう食いたくとも食えない。仕方なくほかのうどんを、といろいろ物色、食いっくらをしてみると、今んとこ一番口にあうのはなんと名古屋の「きしめん」か山梨の「ほうとう」になってしまった。でも、これがほかのうどんよりちょっとお値段が高目になってしまうのがいささかネックなのである。
 いつもは「夕飯はうどん」だけの記述ですましてしまっているが、せっかく「うどん職人」とまで書いてもらったことでもあるし、特に今日はしげから「ンま〜イ!」と藤子不二雄A風のお褒めのコトバも頂いたので、どんな風に作ったか、レシピ風に書いてみることにする。

 1,鍋にお湯をたっぷり、キャベツ、ニンジンの千切り野菜と一緒に、うどん玉を湯がく(こうするとうどんがあまり鍋の底にこびりつかない)。
 2,ドンブリにアブラゲ、ネギ、天カスを入れ、「水」で混ぜる(しげは猫舌なので)。あと、カツオだしのつゆを少々、ノンオイルの青じそドレッシングを少々、醤油を少々。量は適当(^o^)。それぞれあまり入れすぎないように注意して、味をととのえる。
 3,冷凍コロッケを予め電子レンジで2分間、温めておく。それから充分に熱した油でサッと表面がちょっと黄ばむ程度に揚げる。
 4,ドンブリに麺をあげて、軽く混ぜ、上に油をよく切ったコロッケを乗せてできあがり。

 まあ、いかにもな男の手料理で、たいした工夫っちゃないんである。
 それはそうと、一昔前のマンガで、さいとう・たかをの『うどん団兵衛』というのを覚えてる人はいるかな? 今思うに、あれは隠れた「うどんグルメマンガ」の嚆矢であった。


 ここんとこ、時間が合わないこともあって、NHK大河の『新選組!』もここ数回は見ていなかったのだが、当初は20%近くあった視聴率が、最近は15%程度で低迷しているのだとか。脚本家の三谷幸喜はコメントを求められて、「15%は自分にとっては高視聴率」と言い訳をしていたようだが、こんな誰にでもあっさりと「苦しい弁解」だと見抜かれるようなことを言ってる時点で、相当追いつめられてるんだろうなという見当はつくので、まだまだ先は長いというのに大丈夫だろうかという余計な心配までしたくなるのである。
 言っちゃなんだが、「新選組」の見せ場って、結局は「池田屋」しかないのである。あれが『忠臣蔵』の「討ち入り」の縮小版であることは昔から指摘されていることなんだが、『忠臣蔵』には他にも冒頭に「松の廊下の刃傷・内匠頭切腹」という見せ場があって、この二つの「見せ場」の「サンドイッチ状態」の間をエピソードで繋いでいくことでドラマを持たしているのである。ところがその「冒頭の見せ場」を作ることに『新選組!』は失敗しているなあと、最初の数回を見た感じでは思わざるをえなかった。これまで作られてきた『新選組』ドラマの根底には常に「狂気」が介在しており、それは三谷幸喜が私淑しているみなもと太郎のギャグマンガ『冗談新撰組』においてさえそうなのだが、これが『新選組!』では見事にケツラクしてしまっているのだ。土方があんな「不貞腐れたヤンキー坊ちゃん」じゃ、『新撰組血風録』や『燃えよ剣』(どっちもドラマ版の方ね)のファンは納得しないでしょ。前にも書いたが、『風光る』の少女マンガファンを取りこもうという意図の方が強く出た失敗じゃないかと思うが、だとしたら、新撰組は既に壬生にあるものとして、キャラクターが確立した前提でドラマを始めるべきであったろう。少女マンガが最も忌避するものは、実はキャラクターが「揺れ動いてしまう」ことなのであり、個人が「成長」するドラマなのである。『ガラスの仮面』とか『エースをねらえ!』とか、ありゃ主人公は実は全く「成長」なんてしてないんだからね(念のために言っとくが、少年マンガのキャラの大半も成長なんてしない)。

2003年04月09日(水) 最近日記に書けないことが多いなあ/『エンジェル・ハート』6巻(北条司)
2002年04月09日(火) 正義なんて要らない/DVD『指輪物語』/『UAライブラリー10 すごいけどヘタな人』
2001年04月09日(月) ハートブレイカー/『DRAMATIC IRONY』(藤崎竜)ほか


2004年04月08日(木) もう好きなだけトンガッちゃってください(-_-;)。

 昨日よりは体調が回復していたので、今日は出勤。
 鼻水と喉の痛みは続いているのだけれど、昨日の用に目眩がして前身がだるく、身動きできないほどではない。回復力も去年に比べれば少しはマシになっているらしい。
 職場に戻ればまたまた例のトンガリさんが朝っぱらからトンガってて、屋内のホスト・コンピュータの前に陣取って動かない。ちょっといろいろとデータを参照しなけりゃならんことがあったので、「すみませんが、ちょっと覗かせてもらえないですか?」と伺ったら、「ほかのコンピュータじゃダメなんですか?」と、こう来る。ホストでじゃなきゃデータが管理されてないからわざわざ覗きに来たんで、そりゃダメに決まっているのである。機嫌がいいときには「いいですよどうぞ」と仰る方なのだが、今日はそうではないらしい。気分次第でこうまでコロコロと態度が変わる人も困りものなのだが、トンガリさんだからどうしようもないのである。事情を説明して、何とか場所を譲っていただきはしたが、例によって例のごとく、席を明け渡しながら口の中でブツブツと何やら愚痴のような言葉を呟いている。よく聞くと「コンピュータ、あるんだから、データ、移しかえて、あっちに」と単語と単語があまりうまくつながっていない。眼はもう宙を泳いでどこを向いてんだかわかんない。むちゃくちゃエズイ(=怖い)んである。これくらいのことでテンパられてもほんと、困っちゃうんだが。


 帰宅して、夕食はカレー。ちょっとうどんが続きすぎなので、たまには変えてみた。具にコロッケとロールキャベツを入れて、一つの皿でしげと二人で分けるつもりで差し出したら、コロッケだけ食ってロールキャベツは残した。
 「なんで一人でコロッケ全部食うんだよ!」と怒ったら、「野菜はアンタのかと思って」とヘタな言い訳をする。予め二人分で半分ずつと言っといたのに、聞いちゃいないのである。この食欲優先の意地汚さ、これも病気なんかね。


 関西の喜劇役者、芦屋雁之助さんが昨7日、死去。享年72。
 ……ここんとこ続きすぎと言ってもほどがあるんじゃないか。誰かが亡くなったとき、その人の業績を称えるのは過去を過去のままに放置したままでいてはいけないと思うからこそなのだが(だいたい、事実を歪めて報道されることも多いし)、こう立て続けだともういい加減、追悼の文章も書きたくなくなってきているのである。
 私は雁之助さんの『裸の大将放浪記』は芝居が臭くて好きになれず、風貌的にも映画版の小林桂樹のほうが似ていて適役だよなあと思っているのだが、軽い役から重厚な役まで演じられる役者として素晴らしい人だったことには違いない。一番古い記憶だと『てなもんや三度笠』なんかに願人坊主か何かの役でゲスト出演していたころからの馴染みの顔だった。
 頼むからこのへんでしばらくうちどめにしてほしい。気分が回復するのに時間がかかるのである。

2003年04月08日(火) 新番組攻勢始まる。/『アニメ『キノの旅』1話「人の痛みが分かる国」/カレイドスター』1話「突然で! 初めての! ステージ」
2002年04月08日(月) ゲイは身を助く/『光の島』2巻(尾瀬あきら)ほか
2001年04月08日(日) デイ・アフター/『漫画 巷説百物語』(京極夏彦・森野達弥)ほか


2004年04月07日(水) 1st. Anniversary!

 実は昨6日で、ホームページを開設して丸1周年が経っていたのだが、風邪でダウンしてしまい、日記を書く元気も残っていなかった。今朝になっても体調は元に戻らず、結局職場に連絡を入れて欠勤。四月そうそう、休みたくはなかったのだが、鼻水と喉の痛みが激しくて、仕事ができる状態ではなかったのだ。
 しげにうどんを作ってもらい、食いながら風呂に入り、血行をよくする。昼を過ぎたころには少し気分が落ちついてくるが、鼻水はやっぱり詰まったままだ。咳も時折激しく出る。去年みたいに4、5ヶ月も体調不良が続くような事態にならなきゃいいがなと思う。

 以前にも書いたことだが、昔、私は個人のホームページを開くことに何の意味があるんかいな、と思っていた。作家とか芸能人ならいざ知らず、ただの一般人が別に商売をするわけでもないのにホームページを開着たいと考える、その思考が理解できなかったのである。実は劇団のホームページに日記を書いていたころもそう思っていたのだが、それが180度ひっくり返ったのは、森下裕美のマンガ、『ここだけのふたり』を読んでからであった。このマンガに登場する、主人公の妻の友達の、たきえという主婦が、最初登場した時には気弱で引きこもりで奇行もあり、リストカットでもしそうなキャラだったのに、「えっ、ホームページって、自分のつまらない趣味とか、ペットや赤ちゃんの写真をむりやり人に見せて楽しむものなの!?」と叫んで、「街で見かけたヘンな人」みたいなホームページを開設して以来、すっかり「強く」なってしまったのである(奇行は治らなかったが)。
 ああ、ホームページって、「個人の反逆」なんだなあ、と気付いたのはその瞬間であった。『太平記』に紹介されている作者不詳の「二条河原落書」の、「このごろ都にはやる物、夜討、強盗、謀綸旨(にせりんじ)、召人・早馬・虚騒動(そらさわぎ)、生頚(なまくび)・還俗・自由出家、偽(にわか)大名・迷者……」、と続くアレがホームページでならやれるんだなあ、と気付いたのである。となれば、出番はむしろ作家のような専門家ではなく、“シロウトでなければならない”。立場のある人間ならば書けないことも自由に書かなければ、個人がホームページを開く意味などないのである。もちろんこれはただの「ラクガキ」である。これをもって誰かに自分の言うことを聞かせようとか、影響を与えようとか、そんな姑息なことは考えていない。けれど、そういったシロウトの声が呼応し重なり合って蔓延すれば、現代の世界の“ありよう”も少しは照射されていくのではないかと思うのだ。
 まあ、そのあたりの事情のわからぬ妻がヒス起こしたりして、中断もあった。いくつかの掲示板で謂われのない悪口を書かれたりもしたが、私本人は「まあなるようになるさ」と鷹揚に構えていて、気がついたら喧しかった外野もすっかり静かになって一年が過ぎたのである。やっぱ、あまり心配性になって気苦労するもんじゃないやね。
 特別なことを書いているつもりはないが、熱心に読んでくださるお客様もいらっしゃるようで、ありがたい限りである。更新がサクサク進むというわけにはいかないが、今後とも「またバカなこと書いてやがらあ」と笑って読んでいただければ幸いである。

 チョコチョコと書いてはいたものの、アップできないでいた記事を5本、ホームページのマンガの部屋にアップした。唐沢なをきの『新・電脳なをさん』は元ネタがわからないのがいくつかあったが、それも自分の現実であるので、そのまんま掲載した。知識をひけらかすやからはネットにやたら氾濫しているが、世の中、知らないことの方がいっぱいだという当たり前の事実をもうちょっと自覚した方がいいと思うのである。
 この日記を「マンガ・アニメ」のカテゴリーに入れておきながら、その手の話題が少なくなっていたので、1周年記念にちょっとだけ頑張ってみたつもりである。

 しりあがり寿の『真夜中の弥次さん喜多さん』が宮藤官九郎「監督」で映画化とか。脚本家が監督にまで手を出すと失敗する例も多いが、旬の人ではあるし、ワケシリ顔の半可通どものヤッカミの声に遠慮する必要はないと思う。失敗するならするで大いにコケてもかまわないから、好きなものを作ってほしいと切に願う。

2003年04月07日(月) もう迎えは要らない/『花田少年史』1話「はじまりはじまり」/『ドラゴンボール 完全版』9・10巻(鳥山明)
2002年04月07日(日) 少女はやがて怪物になるのだ/映画『WX�掘。丕腺圍味腺贈錬辧。圍硲邸。唯錬孱稗釘魁戮曚�
2001年04月07日(土) 初めての花見/DVD『ブルース・ブラザースBBパック』


2004年04月06日(火) 日記っつーより伝言だな、こりゃ。

 しげ、『文春』の小林信彦のいかりや長介追悼の記事を読んで、「これはいい文章だ!」と感嘆している。日頃、人の文章をあまり誉めないしげにしては珍しいことだが、それくらい、そのへんの有象無象が書き散らしている、追悼文と称したただの思い出話or自分語りの実のない駄文にウンザリさせられているのだろう。大衆の大半はサルだが、サルであるがゆえに無意識的な権力を行使している。自分が権力者にならないためには、あえて「他人の賛同を得ない勇気」というものも必要になるのだが、安易な追悼を口にする人たちに、そんな勇気は期待すべくもないのである。

 昨日までの数日、台本だのコンテンツの更新だので、睡眠時間がかなり不規則になった。それが祟ったせいか、今朝から頭痛と喉の痛みと鼻水が激しい。仕事はフラフラしながら何とかコナしたけど。
 つーわけで、元気が無いので今日はこれで終わり。クレヨンしんちゃんが春日部市民になったとか、いくつかちょっと気が引かれたニュースもあったけど、ともかく寝ます。

2003年04月06日(日) マジ!? ホームベージ開設!/『鉄腕アトム』第1話『パワーアップ!』
2002年04月06日(土) スランプで寝てたっス/『COJI−COJI』完全版1巻(さくらももこ)
2001年04月06日(金) プレ花見/『ミスター・クリス』3巻(秋本治)


2004年04月05日(月) 誰を、なんのために追悼しているのか、ということ。

 ここのところの立て続けの訃報に関して、あちこちで追悼文が書かれているが、若い人の書く文章はやはりどうにも読むに耐えない。本人は気持ちを込めているつもりかもしれないが、どうにも「持ち上げすぎ」なのが気になるのである。亡くなった人を悪く言っちゃイカンという歯止めがかかるのかもしれないが、功罪含めてその人の経歴を俯瞰するのでなければ、歴史そのものを見誤る危険がある。『週間文春』の4月8日号の『本音を申せば』で、小林信彦はいかりや長介について「コントの努力家」以上の評価をしてはいない。いかりや長介自身が、クレージー・キャッツとザ・ドリフターズを比較して、「プレイヤーとしてもコメディアンとしても比べものにならない」(もちろんクレージーの方がはるかに上である)と自伝で語っているのを引いて、しかし、その語っていることの意味が現在のテレビ、新聞のリポーターにはわからなくなっている、と小林さんは説く。まさしく至言で、本気でドリフのことを、長さんのことを思っているのなら、その死に際しても、安易に誉めることなどできないはずなのだ。ドリフターズは「テレビの大衆社会」を築き上げはしたが、喜劇の継承をそこで途絶させた。そのことを一番痛切に感じていたのは長さん自身だったはずである。
 中谷一郎の死についても、「風車の弥七はミスキャスト」としっかり書いてくれたのは「裏モノ日記」の唐沢俊一さんだけであった。それが言えるのは、唐沢さんが中谷さんの他の映画を、舞台を見ているからである。恐らく『テアトロ』のような演劇専門雑誌なら、今後中谷さんについての「マトモな」追悼文が載るであろうが、ネットや新聞、雑誌の類の追悼文の9割はクズだろうと断言できる。若い人に限らず、情報の氾濫の中で自ら必要な知識を渉猟する能力自体を失ってしまった人々には、なにが「マトモ」なものであるかも見分けられなくなっているのである。

 で、昨日の練習中のことを思いだした。
 話題が最近の訃報についてのことになって、悲しいことに鴉丸嬢が「“弥七”が死んだね」と言ったのである。若いんだし、そりゃ「弥七」しか知らんだろうということはわかっちゃいるんだが、思わず「死んだのは弥七じゃねえ!」と言いそうになってグッとこらえた。バカなマスコミの影響を受ければどうしてもそうなってしまうのである。
 何でも昨日は、鴉丸嬢、藤本弘と安孫子素雄の区別がつかなくって、しげに本気で怒鳴られたらしい。仮にもマンガ描きなんだから、この二人の区別がついてないってのは、叱られても仕方がないと思うが(小学生時代の私にすら見てハッキリ区別がついていたのに、なぜわからんのだ)、ヘタをすると昨日はしげと私とダブルで怒鳴られるハメになってたかもしれないのである。
 「モノを知る」、というのは空気を吸うのと同じで、自然と体の中に取りこんでいくのが一番いいのだが、その空気の中にやたらと混じり物が多いせいで、こういうトンチンカンなことを平然と言ってしまう若い人ばかりになっていくのだ。もちろん、その「混じり物」を現在提供しまくっているのがマスコミであり、もう一つは「学校」なんである。だからいつも言ってるんだが、下らん説教垂れ流すだけの学校なんか、今の半分に減らせって。


 今日はしげの仕事が休み。夜、久しぶりに一緒になったので、台所を片付けさせる。
 普段は朝、車で職場に送ってもらうときに会話するだけなので、その時に「あとで台所の洗いもの片付けとけよ」と言いつけているのだが、しげは家に帰るころにはすっかり忘れてしまっているのだ。次の日に言っても忘れる。その次の日に言っても忘れる。だいたい、一週間で洗い物をすればいいほうで、たいていは一ヶ月近くかかる。しょうがなく私が料理を作るだけでなく、ちょくちょく洗いものまでしているのだ。どうしてこんなに忘れるのか本人自身が自分のことを理解できないので、ともかく一緒にいる時にこうしろああしろと言うしかない。
 でも、目の前でやらせても、やっぱり途中までで止めてしまうのである。
 「なんで途中でやめるんだよ」
 「洗いもの置くかごが一杯になったもん」
 「布巾で拭いて水屋に入れりゃいいだろ?」
 「布巾が汚れてるからダメ」
 「じゃあまず布巾を洗えよ!」
 「洗うのも忘れたんだもん」
 「じゃあ、キッチンペーパーで拭けよ!」
 「そんなこと、気がつかないもん!」
 底無しのバカを相手にするのはムチャクチャ疲れるのである(-_-;)。

2003年04月05日(土) やっぱりヨッパライ(^o^)/『ヒカルの碁』21巻(ほったゆみ・小畑健)
2001年04月05日(木) 鼻血ブーって覚えてる?/『ブレーメン�供截牡�(川原泉)ほか


2004年04月04日(日) 『レジェンズ』とリメイク版『犬神家の一族』と花見の夜と。

 ボチボチ、春の新番アニメのチェックの時期であるが、昨日は『ケロロ軍曹』を見損ねてしまった。今朝の『レジェンズ』は大地丙太郎監督の新作だが、私はこの監督さんをそんなに買っちゃいないので(アニメ界の山田洋次だと思っている)、感想としては悪かないが、積極的に褒め称えたくなるほどのものでもない、と言ったところ。センスがどうも一昔前と言うか、かわいいキャラが竜巻で吹っ飛ばされたくらいで「なんて残酷なアニメなんだ〜」と叫んだりするのって、それ楽屋オチか自虐ギャグのつもりかどうか知らんが、笑うないんスけど、としか言えないのである。かろうじてあかほりさとるほどには堕落してないとは思うのだけれど。

 劇団の芝居の台本、直しを午前中かけて8ページほど付け足す。まだまだ直さなきゃならないところはあちこちあるのだけれど、ドラマ後半の山場の一つは何とか書けたという感じ。でも一番のクライマックスはまだヘボいままである。ここをどうするかがチエの絞りどころであるが、絞って出てくるようなら苦労はしないのである。
 しげが練習に出かけたあと、昨日録画しておいた『犬神家の一族・誰も知らない金田一耕助』を見る。原作『本陣殺人事件』に数行しか書かれていないアメリカ時代のヤング・金田一の「書かれざる事件」を映像化したアイデアは買うが、それがあんなオチャラケた『名探偵コナン』並のストーリーとトリックじゃ幻滅である。ダイイング・メッセージものを原作者の横溝正史はトリックとしては下級のものと考えていて、ストレートな形では殆ど使っていないのである。中途半端なマニアに脚本を書かせるとこういう凡ミスをやらかすから困りものなのである。
 『犬神』本編が市川崑版の殆どリメイクといった趣きで、一部のカットはセリフのタイミングからアングルまで同じだったのには笑った。原作の改変の仕方もほぼ同一で、盗作扱いされても仕方がないくらいだ。ネタバレになるので細かくは言わないが、市川版を意識していながらディテールにおいてはミステリの昨劇技術が脚本家にも演出家にもないために、結果的に「改悪」版になってしまっている。期待していただけにガッカリ感も大きかった。しかし今度の映像化でも宮川香琴(岸田今日子)は原作のあの人ではなかったのですね。横溝正史本人は大好きだった「実は……」のパターン、嫌われてるんだなあ。もちろん、原作がヘボいのて、その改変だけは正解なのだけれど。
 自己顕示欲が結構強い稲垣吾郎金田一は、原作のイメージに近くはあったのだけれど、でもやっぱり「貧相」ではない。鳴り物入りだったわりには今度の金田一もちょっと物足りなかった。けれど小日向文世の横溝正史は、若き日の本人にソックリで驚いてしまった。これなら横溝正史が事件に関わる「病院坂」も映像化できそうなくらいである。次回作は『八つ墓村』だとか。しかしどうしてこう映像化となると横溝作品の中でも完成度の低いやつばかり選ばれるのかね。


 夕べから今朝にかけては原稿書きで半徹夜だったので、あとは夕方まで寝る。
 5時過ぎにようやく目覚めて、風呂に入って千代町の練習場に向かう。其ノ他くん、鴉丸嬢、カトウくん、ラクーンさんと、今日は比較的揃いがいい日のよう。ただ、穂稀嬢が先週から鬱だとかで、連絡なしにバックレたとか。なんかフォローしてやればいいのにと思うんだが、しげにそういう甲斐性はないしなあ。
 台本の打ち合わせを簡単にしたあと、其ノ他くん、鴉丸嬢としげ、私の4人で、山王公園に夜桜見物に行く。桜の名所と言えば西公園だが、こっちはどうせ込んでて座る場所を探すのにもひと苦労だろう。山王公園は意外と穴場なのである。
 桜は満開で見ごろ、適度に屋台も出ていて、4人でイカ焼きだのタコ焼きだのトウモロコシなどを食いながら、花見らしく写真を撮ったりもする。「『トウモロコシ』って名前、英訳したら『チャイナ・チャイナ』か?」とか他愛ない会話。シラフで酔ってるようなものである。月もほぼ満月で美しかった。こういう花見は久しぶりなので気分がいい。ちょっと寒かったけど。


 ディズニーが、現在本国で公開中のアニメ映画『ホーム・オン・ザ・レンジ(牧場のわが家)』を最後に、手描きアニメの制作を廃止し、今後は全ての作品をコンピューターグラフィックスに切り替えるとか。CG制作の『ファインディング・ニモ』以外の手描きアニメが軒並みコケたせいだが、手描きだろうがCGだろうが、つまらん作品ばかり作ってりゃ、どうせジリ貧になると思うが。
 ピクサーとケンカして決別、『トイ・ストーリー3』はピクサー抜きでディズニーは作る腹らしいが、優秀なスタッフがかなりの数、ドリームワークスとかに引き抜かれてる現在、デイズニーがそこまで傲慢になれているのには何か裏の理由があるのだろうか。 ただの思いあがりで二十年後にはディズニー社そのものがなくなるなんてことにならなきゃいいのだけれど。

2003年04月04日(金) 遠い〜気球よ〜/『フライト・オブ・ワンダー』/『OO7/ダイ・アナザー・デイ』
2001年04月04日(水) ちかれた日〜(死語)/映画『宇宙怪獣ガメラ』ほか


2004年04月03日(土) 本物の外人さんって何%だろう。

 相変わらず外人さんからのメールが毎日何10通も届いているけれど、全部迷惑メールに強制移動させられている。この日記で「外人名前で送ってきても読まないよ」とハッキリ書いてるのに、同じことを繰り返しているというのは、やっぱりこの外人さんたち、日本語が読めないのである。中身を読んでみると「あなたのホームページを読んで感心しました」とか書いてあるんだけどな(^_^;)。だから、それなら日本語で送ってこいっての。
 ネットが世界に開かれてるとは言っても、日本人の、しかもたいした内容も書いてないHPをいちいち丹念に見て歩く外国人なんているわきゃない。世界世界って、大袈裟に騒ぎすぎてるよなあ。最近も知り合いで「ネットにハマると危険ですよ」と忠告してくださった方がいたのだが、そういう感覚持ってる時点で、その人の方が危険に片足突っ込んじゃってるんじゃないかねえ。
 私自身、ネットを見てまわると言ってもニュース関連の危険のないところを見て回るのが殆どで、あとは好きな作家さんやマンガ家さんのホームページを時々覗きに行く程度、これも殆どROM専門だし、エロサイトはおろか、2ちゃんねるだってごくたまにしか覗かない(映画の感想を見るためくらいである)。ネットに踊らされようにも踊るほど見ちゃいないのである。自分のホームページを更新するのに追われてるし、だいたい本読む時間と映画見る時間の方が私にとっては大事なので、そんなにパソコンにハマってるヒマなんてない。
 ネットにハマらないのは、ある程度調べものをしていると、ネットじゃ情報が不充分だということがわかるからである。単語でGoogle検索かけても他愛無い感想文や印象批評に当たるのが殆どで、ホームページ作るために必要な情報がまるで集まらない。文献資料なんてのは特にそうで、本屋や図書館に直接足を運ばなけりゃ、見つからないものが腐るほどあるのだ。ネットを過信しちゃいけないのである。
 言い替えれば、情報はネットを見てさえいれば充分、というのは自分がその程度の情報で満足しているということなんで、人間がどんどん薄くなるばかりだと思うがどうかね。


 午前中に、キャナルシティまで出かけて、AMCで『花とアリス』鑑賞。しげは眠いと言うので、家に置いてきぼり。もっとも、しげの好むタイプの映画かどうかは微妙なので、無理に誘わなくて正解だったか。こういう青春映画に感動してしまうというのもちょっと年がいがないのだが、したものは仕方がないのである。10代でそれなりのアイドルになれる歌手や役者はどの世代にもいるものだが、「伝説」になれるのは稀である。運もあるけれど、資質を見抜けるだけの監督と出会えることが重要だろう。鈴木杏と蒼井優は、岩井俊二と出会えて幸福だったと思う。
 ……しかし、ここしばらくAMCに足繁く通ってたけど、『花とアリス』の映画チラシ、一度も目にしなかったな。誰かごっそり取ってったマニアがいるんじゃないか。


 いったん帰宅して、しげを叩き起こす。昼には起きると言ってたくせにやっぱり寝こいているのである。こちらが時間に遅れそうになるとすぐヒス起こすくらいせっかちなくせに、待ち合わせの約束はこうしてすぐに反古にするんだから、ふざけているのである。
 起きしなにまた「うどんうどん」と言い出したので、「台所片付けてないし、待ち合わせの約束も破ったくせに何言ってやがる」と一喝する。そしたらまた不貞腐れて出ていこうとしたので懇々と説教。薬を飲むようになって少しは落ち付いてきたかと思ったが、効き目が薄れてきてるみたいである。
 博多駅で、来月の東京行きの新幹線のチケットを購入。いつもは往復とも飛行機なのだが、今度は行きは飛行機にしたけれど、帰りは新幹線にすることにしたのだ。ゴールデンウィーク中なので、飛行機代が馬鹿高いのである。そのかわり、博多どんたくの真っ最中に博多駅に帰り着くことになるから、どれだけ混雑するかわからないのだが。

 そのまま快速に乗って折尾まで。やんちゃんこと下村ミサト嬢の所属している「うずめ劇場」の公演、『火あぶり/斑女』を見に行ったのである。下村嬢はほんのチョイ役。セリフを言ってない時の方が雰囲気があるというのは役者としては問題だろう。本人がやる気を出せば伸びる素質はあるんだけど、練習サボってたんだろうな。全く困ったもんである。
 芝居自体は、原作が三島由紀夫だから、うずめの役者さんにはちょっと荷が重かったろうという印象。私はアンケートに感想を書いたが、しげは何も書けなかった。芝居がハネて、下村嬢とちょっと話をしたが、しげがムスっとしてたのが気になったそうな。
 「そんなにつまんなかったんですか?」と聞かれて、しげの口がモゴモゴと動いたのを見て、私が慌てて中に割って入った。「いつもこんな顔だから」。そのまましげに喋らせたら、ホントに「つまんなかった」とストレートに言いそうだったのである。
 我々のような芝居好き、映画好きというのは、つまんないモノであっても見所というものは心得ている。完全な芝居がないのと同様、完全にダメな芝居というものもない。だから決して損をしたとは思わないし、義理だけで芝居を見に行ったりはしないので、申し訳なく思う必要はないのである。

 帰宅して、風呂に入ったら、そのまま爆睡。疲れはまた澱のように溜まりつつあるようである。

2003年04月03日(木) 地元企業救済旅行(^o^)/葉加瀬太郎プロデュース「フォーシーズンズ・イン・ザ・スカイ」
2001年04月03日(火) ボクの地震、キミの地震/ドラマ『陰陽師』第一回ほか


2004年04月02日(金) 初めての……。

 昨日のホラ話で思い出したこと。
 何年か前のことだが、まだ私が劇団のホームページでブウブウ言わせていた(^o^)ころのことである(今また復帰してるけどね)。やんちゃんこと、うずめ劇場の下村ミサト嬢から、「『雪の降る夜は楽しいペチカ〜♪』の『ペチカ』って何ですか?」と掲示板で聞かれたことがあった。もちろん「ペチカ」とは、“ロシア式の暖炉”のことである。そんなことも知らんのか、それくらい辞書引け辞書、と思った私は、イタズラ心を起こして適当なことをでっち上げてレスした。
 「『ペチカ』というのは、ロシアに出没する妖怪の名前です。冬のさなか、ロシアの子供たちが、寒がってお母さんのお手伝いをしなかったり、イタズラをしたりすると、この妖怪が『ぺ〜チカ〜、ペ〜チカ〜』と声を上げながらやってきて、子供たちをさらっていくのです」
 まあ、『なまはげ』ですな。こんなアホなでっちあげ、信じるわきゃない、やんちゃんもすぐにからかわれてるんだなと気がつくだろうと思っていたのだが、なんと信じちゃったんですね(-_-;)。……これだから、ヘタな冗談は言うものではない。
 この手のホラ話で私が好きなのは、ゆうきまさみが『究極超人あ〜る』の中で紹介していた「バレンタインデーは、戦後、進駐軍のバレンタイン少佐が飢えた日本の子供たちにチョコレートを配ったのが始まり」というやつである。いそうだよな、バレンタイン少佐。


 職場の周りを運動療法で歩いてることは前にも書いたが、ぐるりと回る途中に団地がある。団地にはたいてい小さな公園がついてて、砂場や滑り台があるものだが、春休みで、昼間から子供たちが遊んでいる。
 ちょうどそこを通りかかった時に、なんだか妙に間延びした声が聞こえてきた。
 「……ぽが痛いと〜」
 最初は何と言ってたのか聞き取れなかったのだが、幸いにもその声の主は、同じ言葉を3度も4度も繰り返してくれた。
 「ちん○が痛いと〜、ちん○が痛いと〜、ちん○が痛いと〜」
 何なんだいったい、と思って声のほうに眼を向けると、5階か6階か、小学4、5年生くらいの男の子がベランダに立っていて、ズボンの真ん中をギュッと握ってモミモミしながら、件のセリフを公園の方に向かって投げかけていたのである。
 想像するに、その子はちょっと前まで遅目の朝寝をしていたのだ。ふと、公園で遊んでいる友達の声が聞こえてきて、ハッと目覚め、外に飛び出した。友達もその子を見つけて、「一緒に遊ぼうよ!」とか声をかけたのだろう。もちろんその子はすぐにでも公園に向かおうと思った。けれど、ふと、自分のズボンの中が突っ張ってることに気がついた。
 どうして? どうして? 今までこんなこと一度もなかったのに。狼狽したその子は、どうしたらいいかわからずに、「ちん○が痛いと〜、ちん○が痛いと〜、ちん○が痛いと〜」とつぶやき続けるしかなかったのだ。
 わあ、今「その」瞬間に立ちあったんだなあ。男の子って、こういう反応するものなんだなあ。言ってることは間抜けだけど、これはちょっとした感動である。男の子は、こうしてオトナの階段を登っていくものなんだからね。……女の子にはこの感覚は分らないだろうなあ。ちなみに私の過去のその瞬間は親戚んちに泊まりに行ったときに起こったので、やっぱりすごく焦ったのであった(^_^;)。
 もちろん、その子のちん○がイタかった理由はソレではなかった可能性もありはするけど、寝てる間にイタズラ好きのお母さんが先っちょにカラシ塗ったとか。ないか。


 夜、『ドラえもんスベシャル』を見ていたら、映画に出てくるひみつ道具が25作全部で253個、というクイズがあった。今朝方、どこぞの教授さんが原作マンガの方を調べて1963個、と書いてたけど、アニメも全部含めて調べた人はまだいないだろう。誰かこれ、『トリビアの種』に送らないか。これを調べきれるようだったら、あの番組のスタッフもさすがなものと感心してあげてもいいけれど。


 大阪で警察にとっつかまった暴走族の中に、エンジンの爆音で「ドラえもん」や「メリーさんの羊」を演奏しながら暴走していたやつがいたとか。さすが、別名、珍走団と呼ばれるだけのことはある(^o^)。
 暴走行為自体のバカさ加減は今更言うまでもないんだけれど、「ドラえもん」鳴らすバカっぷりはまた一つ上を行っている。バカに対して、スタイルとか、ありようとか、そういうものを求めたってムダだということはわかっちゃいるつもりだけれども、仮にも反体制、反社会的行為を標榜する暴走族が、そんな軟弱なことして、みっともないとか、ダサイとか、全然感じなかったのか。仲間の誰も「何鳴らしてやがんだ、ふざけんな」とか言わなかったのか。
 この「似合わなさ」に本人たちが気付いてないってのが何だかなあ、なんであるが、既に現代の暴走族は、一昔前の行き場のない若さの情熱の爆発とか、そんなイメージとは無縁になってるのだ。「だってオレ、ドラえもん好きだも〜ん」ってなノリなんだろうね。やっぱ「珍走団」と呼んであげるのがヤツラにゃ「似合ってる」んじゃないか。


 こう立て続けだと、気が滅入ってかなりイヤになってくるのである。
 俳優の中谷一郎さんが、昨1日、咽頭がんのため死去。享年73。
 『水戸黄門』の風車の弥七のイメージが強すぎるようになってしまったが、まず俳優座の舞台役者であり、映画ではこの人もまた岡本喜八組の一員であり、その役の幅は広い。ついこの間もCSで『いのちぼうにふろう』に出演していたのを見たが、卑劣な同心役で弥七のカッコよさとは似ても似つかない。もちろん「名優」と呼んではばかることのない一人である。渥美清を「寅さん」としてしか認識しなかったのと同じように、こういう人を「弥七」としてしか見ようとしないエセ映画ファンが、日本の映画・演劇シーンをダメにしていったのである。もちろん、イメージでしか役者を見ようとしないマスコミの愚劣さも輪をかけて悪い。訃報も全部、「弥七死す」ばかりだ。弥七は死んでないだろうが(`´)。
 中谷さんの印象深い映画の出演作を挙げていくと、たいていが岡本監督作品ばかりになる。『独立愚連隊』の石井軍曹、『戦国野郎』の銅子播磨、『ああ爆弾』の矢東弥三郎……挙げていけばキリがない。遺作も岡本監督の『大誘拐』だった。

2003年04月02日(水) ハカセ暴走!/『漫画アクション増刊 9人の宮本武蔵』/『手塚治虫マガジン』5月創刊号
2002年04月02日(火) だから仮病じゃないってば/DVD『京極夏彦・怪 隠神だぬき』ほか
2001年04月02日(月) 桜の森の満開の下/『イギリス人はおかしい』(高尾慶子)ほか


2004年04月01日(木) 四月馬鹿さ。

 エイプリル・フールだけれど、粋なウソってのが思いつかないから正直に行く。
 で、正直な話、日本人に四月馬鹿は不必要なんじゃないかと、昔から思っている。それは日本人にマジメ人間が多くて、ジョークを解さないから、ということではなくて、本人はジョークのつもりでホラ吹いても、センスのないやつが圧倒的に多いから、寒くていたいオヤジギャグにしかならないからである。
 ……あのさ、「今日、あの山んとこにUFO飛んでたの見たよ」って真顔で嘘つくやつ、ホントにいるんだよ。これがジョークになってると思い込んでる神経がもう、私には信じられませんがね。それから、○○というスターのファンに向かって「○○が死んだよ」とウソつくやつ。もう、根性が心から腐ってるよな。藤子さんの『帰ってきたドラえもん』の「ドラえもんを見かけたよ」並にゲスな冗談で、一瞬ではあるけれど、そいつの脳天をぶち砕いてやりたくなる。
 ブラックなギャグは好きだけれど、こういうのはブラックでも何でもなくて、ただの品性下劣な悪ふざけにすぎないのである。

 で、思い出したんだけど、ン十年ほど前の四月馬鹿んときに、こんなウソをついて、ある女の子(って、当時の彼女だが)を騙したことがある。
 「……ニュースで聞いたんだけど、魂の存在が科学的に証明されたんだってね」
 「え? うそ! ホント?」(どうやら今日が四月一日だとは気付いてないらしい)
 「マサチューセッツ工科大の研究チームがさ、ある種の電気抵抗が死んだ人の体外でも検出できるメーターの開発に成功したんだって」
 「ふーん、すごい。じゃあ、やっぱり死後の世界はあるんだ!」
 「……うーん、それがどうもちょっと違うらしいんだ。あまり喜んでもいられないみたいなんだよ」
 「……どういうこと?」
 「魂の実在は確認されたけれど、それは空中を漂ってるだけでさ。つまり人は死んだら浮遊霊になるんだけど、これって、天国にも地獄にも行かないってことじゃない?」
 「ああ、そうか……」
 「大変だよ、これ。天国も極楽も存在してないってことも同時に証明されちゃったんだから。キリスト教も仏教もウソだったってことになるんだからさ。ヘタすりゃ宗教戦争が起こるよ」
 「……やだなあ、そんなの」
 「さっき、アメリカ大統領が全世界に向けて『冷静になるように』ってメッセージを出してたよ。ローマ法王もなんかコメント出す準備してるらしいけど、ドタバタしてて明日にずれこむみたい。……ホント、戦争にならなきゃいいけどな」(と、ここで遠い眼をする)
 「怖いよ、そんなの……」(と、私に寄り沿ってくる彼女)
 「……大丈夫だよ、何があったって、僕は君を守るから……」
 これからあとの展開は詳しく語るつもりはないが(^_^;)、“しばらくして”、ちゃんと正直に「さっきのはウソだよ」と言いました。結構怒られたけど、嫌われることはなかった。まあ、こういう“手”もあるということで。f(^^;)
 しげにはこの手のウソは絶対に禁物である。それこそ「UFO見たよ」と言ったって騙されるくらい単純なやつだから、パニックにでも陥られたらあとのフォローが大変なのである。


 年度初めの会議があったのだが、例のトンデモさん、もう初手からトンガリまくっている。最初の会議くらいは出てくれないことには話にならないから、ともかく席に着いてもらいはしたものの、そのあとがいけない。
 「ご挨拶だけはいたしますけれども、私にも仕事がありますし、みなさんのお仕事は私にはわかりませんから、この席におりましても意味がありません」
 そう言い捨てて会釈もせずに席を立ってしまった。仕事が分からないって、それじゃ、あなたはなぜこの部署にいるの。もうみなさん憮然とした表情で腕組みをしている。ああ、こんなんじゃほかの人には喧嘩を打ってるとしか思われないやんか(+_;)。
 会議が終わって、“取り成し”に行ったのだが、ますますトンガッてて、「もう許してください、私これ以上頭を悩ましたら病院に行きそうです」。そりゃ、みんなあなたに病院に行ってほしがってますがな、とは口が裂けても言えない。だからまた「まあまあ」と適当になだめるのだが、全く、どうしていいトシをしたオトナを子供みたいにあやさにゃならんのか。
 今思いついたが、この人のことはこれからトンガリさんと呼ぼう。多分、この一年は、このトンガリさんが私の胃に穴を空けていく一年となろう。ううううう((((T∇T) 。


 ようやく、劇団の公演の会場予約ができたようである。
 先月はアクロスのカチョーだかカイチョーだかがインケツで抽選に外れたとかボヤイていたしげだったが、今日は競合する相手もなく、すんなりと決まったようである。ただし取れた日は12/25,12/26。んな、クリスマスの直後の年の瀬も押し迫ったころに客が来るのか(--;)。

2003年04月01日(火) K嬢のえっちな絵/『戦国秘帖 黒の獅子』vol.1(永井豪)/『20世紀少年』12巻(浦沢直樹)
2002年04月01日(月) 心機一転?/映画『ビューティフル・マインド』ほか
2001年04月01日(日) 四月バカ/『ブンカザツロン』(唐沢俊一・鶴岡法斎)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)