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2025年10月08日(水)
『ワン・バトル・アフター・アナザー』

『ワン・バトル・アフター・アナザー』@新宿バルト9 シアター4

あ、アメ〜リカ〜(The KLF)THEアメリカといえばPTA、PTAといえばTHEアメリカ〜! めちゃめちゃ面白くてめちゃめちゃ怖い! てかこれの原案ピンチョンの『ヴァインランド』だったの!? いやマジおっかねえ 『ワン・バトル・アフター・アナザー』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Oct 9, 2025 at 0:17

「今何時?」の合言葉はThe KLFにいわせれば「What Time Is Love?」だな!

『ヴァインランド』は池澤夏樹編集の河出書房新社版(2009年)で読んでいた。1998年と2011年に新潮社版が出ている(全て訳は佐藤良明)。いわれてみればこういう話だった…そう、いわれてみなければわからない、ヒッピー、ニンジャ、ハローキティ……「アーッこんな話だった!」「エーッこんな話だった?」の塩梅が見事、見事過ぎた。予備知識も何も入れずに観て、キエー面白かった! とエンドロールをぼんやり見ていたら「inspired by the novel "Vineland" by Thomas Pynchon」って出てきて再びキエーとなったのだった。ポストクレジットにも愛がある、あれでまた余韻がグンと深まった。THEアメリカでTHE映画。

久々ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)。『インヒアレント・ヴァイス』以来……って10年ぶりだわ、そんなに経つか! 大好きな監督なのだが、ランタイム的にも内容的にも、いつも観終わるとふらふらになるので体力(+情緒)が要り……とちょっと疎遠になっていた。今回もノーマークだったのだが、予告編でベニシオ・デル・トロが出ているのを知って慌てて観ることに。で、やっぱりふらふらになって映画館を出た。思えば『インヒアレント〜』もピンチョン原作だった。そんでベニーも出てた。

ストーリーはシンプル。登場人物の心理は複雑。1シーン毎の情報量がめちゃ多い。長尺なのに体感時間が短い。父子間の確執。生きてる人間がいちばん怖い。クラシックでホラー。と、いうのがPTAスタンダードだと思っているのだが、今回はそのスタンダードを維持しつつこれ程エンタメに振ったのかという驚きも。原案があるからか、PTAにしてはやさしみもあった…あんなだけど……。

いやーしかし、このひとが? こんな? エンタメに振った映画を? 10年の間に何があった? それでも今作が突出してエンタメなのか? あれだ、以前どなたかがいっていた「リュ・スンワンは映画が上手!」だ。「PTAは映画が上手!」。話の転がし方といい、緩急の付け方といい、リズム感のよさといい。木から落ちるとこととか、果てしなく続くように見える〰〰〰(この書体機種依存かな、出るかな。出てくれ)な道路のカーチェイスとか。おらワクワクしっぱなしだぞ。で、緊張のあとのカタルシスもちゃんと用意されている。そして、なあ、あんな爽やかな終わり方…おばちゃん泣いちゃうわ……。いつもある父子間の確執、というのが父と息子、ではなく父(母)と娘、というところは原案ある故だろうか。そして父は娘から学ぼうとしている。they/themにしても、スマホのフラッシュにしても、そして“革命”にしても。娘は父とは違う、新世代の闘い方を実践している。そこに未来を見る。

といいつつ、3人のサクリファイスが用意されているところは流石の厳しさ。泣いちゃうとかいってられん。ロックジョーは文字通り生贄にされたが、センセイとデアンドラのその後が祝福に満ちたものであることを祈る。祈ることしか出来ないこのもどかしさ。

レオナルド・ディカプリオの瞳の美しさをしっかり捉えているところに愛があった。序盤のスーパーマーケットでのショットとかすごかったもんね。見惚れた。ディカプリオに限らず、人物の顔面アップショットが多かったなあ。画面が強い! 力のあるツラ構えばっかり! そしてツラ構えといえば背筋も凍るショーン・ペン! いや〜キモかった(素晴らしかった)……もはや哀れを誘う。あの血管が浮き上がる筋肉はドープなのかCGなのか気になるところ。

背筋も凍るキモさといえば“クラブ”のメンバー。皆さんクリーンな血筋でですか、ああそうですか。見た目で選んだ(というか、そう選ぶしかない)悪意を強く感じるのだが、引き受ける側も偉い。これもアメリカの理想と現実、美徳と悪徳。演じる側にメンタルのケアが必要なのではとも思う。必要なかったらそれはそれで怖いが。そう思わせてしまう、死人のようなツラ構えのひとばかりだった。対して女優陣は生命力溢れるツラ構えのひとばかり。レジーナ・ホールテヤナ・テイラー、そしてチェイス・インフィニティ! チェイスはもう名前が格好よすぎるよな。走る姿も美しい。

で、ベニーですよ。センセイ…センセイが……何あれホワイトナイト? 王子様? 天使? ベニー、綺麗よ〜! ひととしてこうありたい〜! こういう役をベニーがやるとすごい説得力だわ……一週間で全く違うタイプの役柄を演じるベニーを2本も……! ありがてえありがてえ。

それにしても『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ばりに音(楽)がデカかった。このひとの映画って総じて音がデカいけどね。最高! 音楽は毎度のジョニー・グリーンウッド。音楽そのものも毎度の凄まじさだったけど、今回はあのガジェット(“デバイス”な!)──仲間を知らせるあの音──もつくったのだろうか。あの音最高だったよね……。使用曲も含みがあり過ぎた。古き良きアメリカですか。ヴァン・ヘイレン作戦て。

先週観た『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の共通点といえば、まずベニーが出ているということ(にっこり)、父と娘の話だということ、監督がアメリカ人であること、その監督はどちらもアンダーソン姓であること。ふたりのアンダーソンは、ひとりは相対的に、ひとりは真っ向からアメリカを描いたということ。絶好(最悪?)のタイミングで観てしまった気すらする。“憎むべきアメリカと愛すべきアメリカ”(後述リンク参照)はこれからどこへ向かうのだろう。

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・パンフレットのPTAのインタビューによると、センセイの“You Know What Freedom Is? No Fear. Just Like Tom Cruise.”という台詞はニーナ・シモン(!)の言葉がベースになっているとのこと。台本にはなかったけれど、現場でこの言葉をベニーの口から語らせるべきだと思ったのだそう。有難う有難う

・あ、“Just Like Tom Cruise.”の部分はニーナ関係ないです(笑)

・池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第2集┃河出書房新社
このシリーズの装丁が好きで好きで。『ヴァインランド』はこれの3冊目

・波 2011年11月号より ピンチョンと真剣勝負 佐藤良明┃新潮社
三度目の刊行の機会を得た。(中略)今まで気づかなかった原文の意味や仕掛けが見えて、背筋が寒くなり通しだった。
訳文はすっきりしたと思います。地図や年表の他、“時の森”を這う蔓(ヴァイン)のような語りの運動を図解したページも用意しました。憎むべきアメリカと愛すべきアメリカが、よりよく見える本になったと思います。
2011年版刊行時、訳者である佐藤さんによるレヴュー。こういわれたら2011年版も読みたくなるやん…年末年始にでも読むか……(すぐに手をつけ(られ)ないところがピンチョンズクオリティ)