≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME

2023年01月28日(土) ■
『高橋徹也 × 小林建樹』2

(続き)

『高橋徹也 × 小林建樹』@Star Pine’s Cafe

アンコールは小林さんの楽曲「満月」をふたりで。「(デビュー時)R&Bシンガーっていわれたことあるんですよ。ブラックミュージック得意なんですか? って訊かれて、いやあ、得意じゃないですぅって」と小林さん。ジャズやラテンミュージックのコード、南米(遡ればアフリカ)のリズムを他の誰とも似ていない手法で使うところもふたりの共通点だ。デビューする際、不特定多数に紹介しやすいようジャンル分けをしたり、レッテルを貼るという手順は必要かもしれないが、このふたりは「他の誰とも似ていない」ためジャンル分けしづらいというところはある。似ていないところが似ているというのは矛盾だが、だからこそ他に代えがたい。

「シンガーソングライターって、バンドみたいに一緒にバンに乗ってツアーに出たりしないし、横の繋がりがなくて孤独ですよね」と高橋さん。「集まると皆シャイですもんね。(それぞれの)世界がいっぱいある感じ」と小林さん。そうだなあ、誰にだって代えはいないのだ。

「自分の歌をクセのある声のひとに唄ってほしかった」「やっと唄ってもらえます、うれしいです」と小林さん、資料(といったのが印象的)をもらって聴いていたとき「タイトルが最初のフレーズにないんだ、と思った。格好いいなって」と高橋さん。「小林さんのファンはすげえ大目に見てやってください」と謙遜した直後、導入の“見上げれば”。息を呑む。つくづくギフトな声。サビはユニゾン。ハモる箇所は高橋さんが上を唄う。グリッドがズレる、揺らぎが生まれる。ラジオで小林さんがいっていた「(高橋さんの楽曲を)唄えてると思うんだけど、実際唄うと微妙にズレる」は、小林さんの楽曲を高橋さんが唄う場合でも同様だ。この微妙に合わない辺り、カッチリ合っていないのにどうしようもなく魅力的な響きが生まれているところはストーンズぽくもあるじゃないか。これはソロでは聴けない。今だけだ。また楽譜が落ちる。高橋さんがハミングし、ふたりでスキャットから輪唱へ。こんなに演奏が終わってほしくないと(以下同)。

高橋さんの「互助会が必要、シンガーソングライター互助会」との言葉に笑いつつ、それは確かにと思ったりもする。同い歳、90年代後半にデビュー、バンドセットでのベースが鹿島達也さんだったりと共通点もあり、共感するところも多いというふたり。何故接点がなかったのか……と疑問ではあった。しかし考えてみれば、あの頃のふたりはそれどころではなかったのだろう。当時の高橋さんのことは知らないが、かなり葛藤の時代があったようだ。高橋徹也の屋号のみで作品をつくり続けてきた。自分の世界を表現出来るのは自分だけだという自負も感じる。だから今回、『1972』に続き小林さんに自分の歌を一部任せたことは大きなエポックに感じる。一方小林さんも悩んでいたし、苦しんでもいた。プロデュース、楽曲提供、サポートミュージシャンの活動を経て、ソロシンガーとしての活動に再び主軸を置き、「楽曲提供とは違う自分の曲」を誰かに唄ってほしいと思っていた。

小林さんは高橋さんと自身の楽曲から共通点のあるセットリストを組んだ。高橋さんは自身の歌詞から、対象として小林さんが浮かび上がるような楽曲を選んだ。小林さんは演奏で親愛の情を示し、高橋さんは詩で時間を辿った。これぞ互助会。交流が始まったのが2013年でよかったのかもしれない。機会をつくってくれた山田稔明さんに感謝するばかり。

---
E. Gt.:
SE Overture - Blackbird
01. ブラックバード
02. 八月の流線形
03. サマーパレードの思い出
04. Blue Song
05. 無口なピアノ
06. 夜はやさしく
07. La Fiesta
08. 新しい世界(w/小林建樹)
09. 怪物
en. 満月(w/小林建樹)
---

「記念に写真とか撮って帰ってください」と撮影タイム。高橋さんのライヴではよくやっているけど、小林さんは初めてなので戸惑っていたような。手を繋いでわーってやったり、慣れてない感じ。だいたい小林さんがひとと手を繋いでるの初めてみた気すらする。「また必ずどこかで会いましょう、気をつけて帰ってね!」と高橋さん。寒い(とはいわないんだが・笑)なか足を運んだ観客を気遣い、帰って行かれました。

照明の基調はブルーとイエロー、ウクライナカラーだった。演者から指定があったのか、照明スタッフの方が普段からテーマにしているのか……。高橋さんがブログに書いていた「実際に積雪で大変な思いをなさってる方」というのは、日本の豪雪地帯に住むひとびとだけではなく、住処を失ったウクライナのひとびとのことでもあるのではないか。ふとそんなことを思う。愛と平和(と書くとソフトバレエだわね)、世界平和というちょっと照れくさい、しかし絶対に守らなければならないことが根底に流れているようなライヴだった。

-----


「またやりましょう」、楽しみに待っています


演者側も楽しまれたようでよかった

・二月モードへ┃夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
「今後もオリンピック周期くらいの頻度で、お互いの現在地を確認できるようなライブが出来たらと思います」
待ってる〜(再)

・ツーマンライブ終わりました。┃小林建樹オフィシャルサイト
「母も配信で観ていて、感想が『高橋さん、声が綺麗わ〜』と開口一番でしたから」
わ・か・る!!! そういえば小林さんが佐野元春聴き始めたのって、お母さまがきっかけでしたね。
HPリニューアルにより『風の発光体』ってサイト名なくなりましたね。ちょっとさびしー

・あと面白かったところ。
-「寒いとかいいませんよ」といっていた高橋さんに、「もう、寒くてぇ!」とド直球を投げる小林さん。「それ、禁句……」「禁句なんですかぁ」。ウケる。「いや、いいんです……」ボソリと高橋さん
-ライヴ日程を決める際、候補日のひとつだった27日を「誕生日の翌日なんです」とメールしたら、高橋さんが「この日にしましょう!」と返事をくれたそう。しかし当日が近づくにつれどんどん寒くなり、「道がどんどん凍っていって」
-単純に寒いからというのではなく、声が出るかとか風邪ひかないかとか、お客さんが来るのたいへんかも、といった心配事からの「寒くてぇ!」だったのだと思いますょ(フォロー)

・コード進行で見る高橋徹也┃古い土地
・【楽曲解説】高橋徹也 - 『夜に生きるもの』(コード進行で見る高橋徹也�◆萌�古い土地
高橋さんの楽曲アナライズといえばこちらの記事が素晴らしかったので(高橋さんには「そんなことあなたにいわれたくない」っていわれそうだが)リンクを張っておきます。
「高橋徹也はジャズやボサノバに出てくるいわゆるオシャレコード(m6やm9)を全くその文脈でない方法で用いる。その用い方は、普通ポップスの人間がそういったコードを輸入して作るやり方(渋谷系を念頭においてる)とも趣が異なる。」
これは小林さんにもいえるところだな。ラテンミュージックのコード、アフロキューバンのリズムを全く独自の方法で使用し演奏している

・「AIのべりすと」に歌詞は書けるか〔高橋徹也編〕┃古い土地
この方のブログ、これも面白かった。というか、高橋徹也でブログ内検索すると興味深い論文が沢山出てきます。オススメ



2023年01月27日(金) ■
『高橋徹也 × 小林建樹』1

『高橋徹也 × 小林建樹』@Star Pine’s Cafe


お互い相手の曲/詞を己に取り込んだ上で構成したデッキバトルという印象だった。興味深かったのは、小林さんは高橋さんの楽曲をアナライズし、高橋さんは小林さんの歌詞に着目していたところかな。それを念頭に両者ともセットリストを考えていたように感じた。それがああなるってところが凄すぎてな……恐ろしい恐ろしい。

『1972』以来、6年半ぶりのツーマン。今回おふたりとも、ライヴにあたっての取り組み方やヒントのようなものをweb上で公開していた。小林さんはYouTubeラジオで高橋さんの「ハロウィン・ベイビー」「Feeling Sad」を実際にピアノで演奏し乍ら楽曲解説。字足らず/字余りな言葉の載せ方に初めて佐野元春を聴いたときと同じような衝撃を受けたこと、YMO(坂本龍一)「Behind The Mask」のコード展開との類似性について話す。高橋さんへインタヴューも行い、あーこりゃ相当興味をもって研究しているなというのが窺えた。

一方高橋さんはブログで、「本を読むこと」により「日常生活と多層的に並走するもうひとつの時間軸」を持てることの心地よさを書いていた。

-----

さて当日、先攻小林さん。強いストロークでギターをカッ、と鳴らし、一気呵成に3曲。チューニング的なピッキングを曲間のブリッジにしてグイグイ進める。つっかえた箇所をやり直したりもするが、そこで停まらず同じテンポで繰り返し、そのまま「そういうフレーズ」にしてしまう。これはいつものことなのだが、恐らく脳内にクリックとグリッドがあり、やり直す際起点をそのグリッドに「置く」ことで演奏を停滞させないようにしている。ひとりでポリリズムを演奏しているようなものだ。どこ迄意識しているか判らないが、夢中で弾いている結果そうなっているようにも見えるので、やはり天性のものだなあと思ってしまう。そこに至る迄には相当練習している(本人曰く「オートマチックに弾けるようになる迄」)訳でもあるが。

そんな凄まじい演奏と歌の間に、ジャカジャカジャカ(ギター)「はいっ、こんばんは〜こばやしたてきで〜す♪」てなノリで話すもんだから聴いてるこちらは脳がバグる。なんだか壮絶なギター漫談を聴かされているみたいでもある。チューニングをしつつスターパインズでの思い出話と、当時のライヴ音源を今日持ってきてるんで〜と告知(?)するものの、それが収録されているアルバムのタイトル(『流れ星トラックス』)をいわないもんだから物販のスタッフさんは質問されるだろうな〜と思う(笑)。

それにしてもハードなセットリスト。「ロックンロール」「ラブ」という強いワードが入った歌詞、挟んでくるコード、ラップとフェイクを詰め込んだパーカッシヴなヴォーカル。高橋さんの作品から見つけた要素を自分の作品で応えるならこうかな、という選曲にも感じる。「告白」が圧巻。これはもともと「殺」「死」といった強烈なワードが入っている歌だが、今改めて聴くとここ数年の社会情勢にピタリと合うような歌詞。リリースされたのは2003年だ。中盤ギターから手を離し、声だけで進める。“だけども”のフレーズを、オクターブを変えて唄う。頭のなかで鳴っている音楽に身体がビュンビュンついていくのだが、それでも間に合わないときがある。そうなると言葉が追いつかないからストレートで強いワードが出てくる、声一本に絞って表現する。剥き身というか生(き)の歌を突きつけられているようで、思わず身震いする。かつて「言葉より先に行きたい」といっていたことを思い出す。そして、ラジオで言及していた「(高橋さんの歌詞の)字足らず/字余り」についても思い出し、そこから選曲したのかな、とも思う。

しかしここでも、演奏を終えると「『告白』でしたありがとうございま〜す♪」ジャカジャカジャカ、ジャーン(ギター)とニッコリ。チューニングをしつつ、「めちゃくちゃ寒いじゃないですかぁ」などと話し出す。このスイッチングは何なんだ、こちらもついていくので精一杯ですわ。しかし「練習の想定以上に寒い」という言葉に、アスリートのコンディショニングを思う。そこから「寒いのに合う曲」と平原綾香さんに提供した「誓い」を。おおおレア! 冬を愛せる楽曲!……私個人は冬がいちばん愛着ある季節なのだが、寒さで苦しんでいるひとも多いので、あんまりおおっぴらにいわないようにしているのだ(ボソリ)。ちょっと胸のつかえがとれた気持ち。

閑話休題、ここでギターパートが終了。ピアノに移り、指慣らしのウォームアップ(ハノンのあれ)から、そのまま「イノセント」の導入へ。これも移調しているかな、運指が結構変わっている気がする。コードの妙に聴き入る。こちらでもフレーズのリピートあり。そのままブリッジで繋げて「最初のメロディー」「スパイダー」。アウトロで「空想故郷」(!)を入れてきた。おおおこれ、音源でピアノ弾いているのはうさヲさんという方なので、ご本人がライヴで演奏するのは初めて聴いた。うさヲさん演奏のYouTube音源はこちら、ご本人による演奏はYouTubeラジオ『ムーンシャインキャッチャー “R”』第13回で断片が聴けます。『鎌倉殿の13人』での政子の話し方に影響を受けているとのこと(!)。大河ドラマ大好きなんですよね。

こちらも一気に3曲演奏し終わってひとこと、「緊張しぃでごめんなさいね」。

ううーん、緊張によるミスと気にしているのだろうか。高橋さんとの会話でも「きっちり決めてるんでアドリブに弱い」「時間通りに出来た〜!」と話していたので、「タイムテーブル通りきっちり進行する」ことを重視しているのかもしれない。もはやそういうのもひっくるめて物語として見られるな……。今月2日にリリースされたばかりの『何座ですか?』を紹介するとともに、その12星座の主旋律を順番に全部演奏。「牡羊座!」「牡牛座!」と矢継ぎ早にどんどん弾いていく。ライヴ前日に「僕は10曲やります」とツイートしていたけど実質22曲演奏しとるがな。しかしここは楽しかった。自分の星座を待っちゃうし、順番が来たらやっぱりうれしくなっちゃう。

「がんばって明るい、陽気な感じでやっていこうと思って」「あまりにも、あまりにも世の中が暗い感じなんでね」「パリピっていうんですかぁ、ああいうの絶対やだ! って思ってたけど、今はそういうのっていいのかもしれないですね」と話し、最後に「祈り」を唄った。少しでも音楽が、世界を明るく照らすように。

---
A.Gt.:
01. M&R&R(『Mystery』)
02. Love(『Mystery』)
03. 進化(『Rare』)
04. ヘキサムーン(『Music Man』)
05. 告白(『Shadow』)
06. 誓い(平原綾香提供曲)
---
G.Pf.:
07. イノセント(『Music Man』)
08. 最初のメロディー(『Blue Notes』)
09. スパイダー(『Emotion』)/空想故郷
10. 祈り(『Rare』)
---

あちこちからはあ、と嘆息。背後のふたりづれは「すごかったね…」「やっぱりすごいね」と話していた。ちいさな台風というかつむじ風のような小林さんの演奏のあと、高橋さんはどう出るか? 折しも王将戦第3局の前日、羽生善治九段のコメントを思い出す。将棋でも後手は若干不利というが……。しかし高橋さんが指してきた駒は、それはもう見事に場の空気を変えてくれたのだった。

-----

客電が落ち、聴こえてきたのは『大統領夫人と棺』のオープニングテーマ。登場した高橋さんは珍しくシャツをボトムスから出している。普段はカチッとした着こなしなので、珍しいなと思う。リラックスした雰囲気で、彼の部屋に招かれたようだ。SEからそのまま「ブラックバード」へ。第一声でフロアがワァ…(ちいかわ)とした空気に包まれる。

高橋さんと小林さんが共演した[monologue]での一曲目が「ブラックバード」だったと記憶している。丁度10年前のことだ。それ迄テキストと写真でしか認識していなかった“高橋徹也”の、初めて聴いた曲がこれだった。あっという間に虜になった。それを思い出した。続いて「八月の流線形」、夏が来た。2曲を終えて「絶対寒いとか、そういうこといいませんよ(笑)」。すっかり高橋さんのペースだ。

ここからのMCがなかなか興味を惹かれるもので、「同級生の、よくわかんないかっこいいひとがいたなーと久々に(小林さんに)連絡してみました」といった話から、自分のデビュー時代の話題へ。「鳴り物入りですごい予算をかけて」「空前絶後の」「後で聞いた話なんですけど。すごい期待されてデビューした(んだなあと)」。何をいい出す……と思ったのだが、ライヴが進むにつれなんとなくイメージが見えてきた。憶測だが、時間についてがテーマにあったのではないか。

リスナーとして惹かれたのはドーナツ盤のB面曲。自分がデビューした時代のシングルは8cmCD。と、デビューシングル「My Favourite Girl」のカップリング曲「サマーパレードの思い出」を。こちらも夏を振り返る曲。「今日は無礼講なんで」と、小林さんともデビュー時のことを話す。多くの作品を出した40代を「充実した10年だった」と振り返る。そして「本を読むこと」と同じような「日常生活と多層的に並走するもうひとつの時間軸」を、音楽で奏でる。高橋さんの歌詞の世界には物語がある。

こうやって聴き比べると小林さんの歌詞は直截的な言葉が多い。「言葉より先に行きたい」思いがあるためか、ときどきギョッとするような単語も出てくる。一方高橋さんの書く歌詞はシュールな情景描写含め文学的で、アルバムやライヴがそれこそ一冊の本のように感じられることがある。そう思っていると、犬と猫の話が始まった。またもや何をいい出す……と思っていると、「無口なピアノ」が始まった。犬猫の話が導入だったが、主眼はピアノとギターというワードにあったのではと思う。ギターも弾くがやはりピアノマンの印象が強い小林さんと、ギター一本サラシに巻いて(巻かない)の高橋さん。おお、これは……まるで愛の告白のようではないか。いつもとは違う方向から光をあてたプリズムのように、歌詞の違う一面が見える。

「La Fiesta」を終え、「いやあ、スターパインズって気持ちいいですね」。恒例の大晦日イヴェントに出られなかったので、新年一発目のライヴがここで出来てうれしいとのこと。「では、ヤツを呼んでみましょうかね……愛すべき、一月生まれの同い歳、小林建樹!」。

顔をあわせるなり「すみませんなんか、小林さんについて勝手なイメージで話しちゃって」と高橋さん。「今回はリハにも付き合ってもらってすごく楽しかった」「電話したりごはん食べに行ったりするような仲ではないんですけど、ふとしたときに、ああ小林さん元気かなあって」「勝手にいつも共感してるひとりです」といったあと口にしたのは「どうですかこの、僕のラブレター」。おお、照れつつもハッキリいった。対して小林さんは「ああ、和音っていうかコードとかにシンパシーを感じますねえ」と予想に反して(?)楽曲についての話を始め、ピアノをパラパラと弾き始める。ほら、ほら、こういうの、とコードを弾きつつニコニコと高橋さんを見上げる小林さん。「それはちょっとあなたにいわれたくない」と高橋さん。お互いすごく気を遣っているようなのに、聴いてるこっちがヒヤヒヤする(笑)堅い会話が続く。どちらもずっと敬語。小林さんは何度も鍵盤の上に手を置きなおし、いつ始めるの? とでもいうように高橋さんのことを見ていた。

「元気でしたか?」と恐らく気軽に近況を訊こうとした高橋さんに、「世の中変わってきたので、合わせるのか迷いがありましたね」と、活動そのものについて深い話を始める小林さん。「100%我が道を行ってるように思われてるひとでも迷ったりしてるんですよね」と高橋さん。「ああ、そうかもしれないですね」」と小林さん。「いまいち盛り上がらない……(笑)」「何か話してくださいよ」「僕ライヴはきっちり決めてるんでアドリブ弱いんですよ」「ああ。僕はストーンズが好きなんですけど、あのひとたちいつも終わりが合わないんですよねー。ジャーン、ジャン。……あっあれっ、合わなかった。そういうところが好きなんです」。この噛み合わなさよ……。

そういえば[monologue]のときも、ストーンズの話をしていた。皆でセッションするならビートルズかねえと山田さんが提案したら高橋さんに「僕はストーンズ派なんで」と返された、という。そういう当時の話もしたかったのではないだろうか。デビューが1996年と1999年ということで、「じゃあ俺の方が先輩風ふかしていいんですね」と高橋さん、「いいですよ〜全然♪」と屈託なく応える小林さん。慌てて「いやいや、冗談ですよ……」という高橋さん。高橋さんが拡げたい方向に話が運んでいないように感じる(笑)。

さて、セッション。当初はお互いの曲をそれぞれカヴァーするのかなと思っていて、小林さんのパートがそのまま終わったのであれれ? と思っていた。お互いの曲を一緒に、セッションだったのだ。なんて貴重な。「何をやったら皆が喜んでくれるかなと……」と始まったのは、なんと「新しい世界」。すごいの出してきたな! 美しいピアノの前奏から、1番のヴォーカルは高橋さん、2番は小林さん、ポイントでハモり、転調部分のサビは交互に唄う。演奏に熱が入り、ピアノから楽譜が落ちる。聴いたことのない編成、聴いたことのないアレンジ、そして聴いたことのないデュエット。あの名曲にまだこんな光のあて方があったか。まさにプリズムだ。アウトロで小林さんは「チャイナ・カフェ」と相似性があるフレーズを入れてきた。意識してかはわからない。アナライズの答合わせをしているようでもあった。ただただ、固唾を呑んで見守る。こんなに演奏が終わってほしくないと思ったことはなかった。

ハケる小林さんを見送った高橋さん、「やぁ〜、自分以外の人が『新しい世界』を歌ってるのを初めて見ましたね」だって。「昔話もしてしまったんですけど」40代はアルバムを4枚出し、様々な企画でライヴも出来て充実した10年だったと話し、「とりあえず50まではがんばろうと思っていた」が、創作の泉が涸れることはなく「まだ、まだあるんだ、俺」と思ったと。「これから先のことをいつも思ってやってます」。小林さんも昨年のライヴで「人間の土台は未来によってつくられる」と話していた。ふたりとも前を向いている。最後の曲は「怪物」だった。正体見せてみろよ、君はシャイニングスター、マイフレンド。その対象は自分のなかの怪物か、それとも。

(文字数制限を超えてしまったので(…)分けます、続きは翌日)



2023年01月15日(日) ■
BONOBO DJ SET

BONOBO DJ SET@Spotify O-EAST


うえ〜んやっぱ楽しいね、クラブ仕様。終電終わって帰れなくなるオールも恋しいけど、もうリカバリに時間かかるから(笑)デイタイムスタートだと気軽に行ける。

昨年のフジ配信で今更ハマったBONOBOがDJで来るというので。ちなみにフジには『Fragments』のバンドセットで来たんですが、そのツアー2022年の2月からずっとやってて、全日程終了したのが先月中旬。そっからすぐDJのショートツアーに出てる。働き者だねえ、元気でいてね。

さて16時開演。サポート・アクトのYamarchyとYo Nishijimaは3Fフロア(2F席入口)でずっとやっていたので入退場時にちらりと聴けた程度。メインフロアに入ってみれば、前述したようにBoiler Room仕様。フロア前方にDJ、ステージ上には客がいる。お立ち台ですな。Little Dead Girlは初見でしたが格好よかった、バキバキで踊れるやつでした。やがてBONOBOことサイモン・グリーンがヘッドフォン片手にDJブースに入ってきた。どうやって来た……? プロレス入場みたいに人波をかき分けて……? 見えなかった。大阪は3hのロングセットだったそうなので、トイレ行きたくなったらどうするんだろうと余計な心配もした。ハケらんないもんね。

LDGの耳元でサイモンが何か話してる。そうそう、長丁場のDJ交替シーンを見るの好きなんだー。「あと何分?」とか話したり機材の説明したりしてるんだろうなというのが想像出来て。サイモンがLDGに拍手を贈り、フロアもそれに続き、音を切ることなくそのまま繋ぎ。そうそう音を切らないチェンジも好き。

かなり混んでいたのでずっと2Fにいました。まあ2Fも混んでたんだが。なのでサイモンの姿は8割方見てない。でもねえ、照明+レーザー、ストロボ、そしてミラーボール! が! とにかく美しくて!!! ああこれだよ、これ!!! と感じ入ってました。BONOBOの曲、ひとりで家で聴くリスニングにも向いてると思うけど、やはりクラブで“体感”するとたまらないものがある。光、音圧、クラウドの声、拍手。

初心者なのでわからない曲も多かったけど、自身の曲を中心に(最新トラック「Defender」も)、トライバル、ハウス、ブレイクビーツ、と、かなりごた混ぜ。アリアナ・グランデもかけたで。てかここフロアの反応微妙で(笑)誰だっけこの曲……と思ってたら周りのスマホ画面が次々にShazam起動させてるのが見えて笑った。思わずチラ見してしまった(「Into You」でした)。

腹にくるキック。これはフロアならでは。アンビエントなヴォーカルチョップ使いもデカいスピーカーから出てくると強い強い。中盤で「Kerala」〜「Otomo」という大ネタがもう来たんだけど、そのときのフロアの盛り上がりは見もので。ステージ上の最前ど真ん中(つまりサイモンの真後ろ)にいた女性がおいおいと泣き崩れ、周りのひとに頭をなでられたり肩を叩かれたりしている。それに気付かず黙々と機材をいじるサイモン。おいおい泣き続ける女性。すごいシュールな図だった……。いや、わかる。お立ち台にいるからめちゃ目が行ったけど、大好きな曲がかかってフロアで泣き崩れる客というのは、自分含め珍しい光景ではないのよ。はたから見ると不気味だけどな。

もうずーっと山場みたいな感じでずーっと楽しかった。ニコニコしたまま踊ったりウロウロしたり(これがまた楽しいのよ)して、いつの間にやら時は過ぎ。150分+アンコール10分てとこだったかな、どうも有難うございますを英語と日本語で、また会いましょうを英語で。いい踊り始めでした! 翌日は筋肉痛。普段の運動不足を思い知った。

-----

・BONOBO / プリミティブと洗練の両方から生みだされる圧倒的多幸感! アルバム『Fragments』の繊細なサウンドのレイヤーをよりインティメイトなモードで体感することができた、忘れがたい一夜!┃BEATINK
またこんなアオリを(笑)

・そうそう、長丁場だったからかバインミー屋さんが入ってた。再入場不可だったし、こういうのいいですね

・夜中に高橋幸宏さんの訃報。呆然としたまま寝て、ボーッとしたまま出かけたのでした。エレクトロ好きというか音楽好きの出発点がYMO。血肉になってる。そのことをずっと考え乍らフロアにいました



2023年01月14日(土) ■
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』@シネマート新宿 スクリーン2



そもそものきっかけはこれでした。


Orange Juiceが最初にシングルをリリースしたレーベル、Postcard Recordsのネコ。かわいい。


で、このネコを描いているのが、ルイス・ウェインだったということを今回初めて知ったのです。反転で使われているのも初めて知った。欧米って結構気軽に反転使いするイメージがある。人物写真ですら反転してたりするし。本来の方向で使うことより、レイアウトの都合とか据わりの良さを優先する文化なのかしら。

閑話休題。映画のことを知ったときは「ベネディクト・カンバーバッチとネコかあ、かわいいそう(かわいい+かわいそう)な話っぽいな」くらいの印象だったのですが、ポストカードのネコなんだ! と知ってからは俄然興味が湧きました。確かクロスビートの荒野さんがこのツイートをRTしていたんだったかな、おかげで知ることが出来た。twitterのいいところ。

その後年末進行のバタバタで記憶が飛び(毎年この時期は無になる)、年が明けてようやく落ち着いた頃今度はニック・ケイヴが出演しているということを知る(これもtwitterで知った…ありがてえ……やっぱ役立つ、なくならないで〜イーロン・マスク余計なことしないで〜)。丁度2週間限定でシネマートにかかるというので慌てて観に行きました。

原題は『The Electrical Life of Louis Wain』。彼の人生には常に“電気”があり、彼は“電気”を通して世界を見ていた。そして、見たままを描いた。今だったらメンタルについて適切な診断やケアを受け、もう少しは生きやすい環境が作られたかも知れない様子があちこちに。しかしときは1880〜1930年代。父を早くに亡くした6人兄妹の長男であるルイスは、家長として母と妹5人を養わなければならない。そこへ妹たちの家庭教師としてやってきたエミリーと恋に落ちる。身分と年齢の差を乗り越え(そういう時代なのね)結婚したふたりは一緒に暮らし始めるが、実家への仕送りと、家庭教師と結婚するなんて(そういう以下同文)と憤る家族との諍いはずっと続く。ネコをペット? ねずみとりだけさせときゃいいじゃん、魔女の使いだよ!? みたいな時代にネコのチャームを描き、“ネコ派”の人々から支持を得る。ネコの社会的地位(!?)をあげることに貢献し、作品を量産するが、金に無頓着なため評価は得ても報酬は少ないまま。

それにしてもつらい。噂好きのブルジョワと、どこ迄もついてくる家族のしがらみつらい。そういう時代なんだが。貧乏というけどいい服にいい食器使ってるなあとか、いいとこに引っ越せてよかったねえとかつい思っちゃうけど、それは援助してくれるひとが現れたからで、そこに至る迄にルイスとその家族がどれだけ差別と偏見に晒されたのか想像に難くない。エミリーは病に倒れ、ルイス自身も統合失調症を患ってしまう。エミリーの死の場面での、演出とカンバーバッチの演技が白眉。朝食をつくり、エミリーの部屋に入ったルイスが目にしたものは、画面に全く映らない。カンバーバッチの表情、その後の行動で、そこに何があったのか伝わるようになっている。愛する妻を失った彼が受けた衝撃と絶望が、映像に焼き付いていた。美しくも恐ろしくも映る、“Electrical Life”を視覚化したヴィジュアルも素晴らしかったです。

つらく苦しい人生。それでもルイスにはエミリーとネコがいた。幸せな時間があった。彼を理解し、あるいは理解出来なくとも歩み寄ってくれるひとがいた。ルイスにイラストの仕事を依頼するイングラム卿、アメリカでの仕事相手(タイカ・ワイティティ!)、そして“ネコ派”の人々。そう思えたのはよかったな……。あのとき犬の肖像画を描いたひとが! というのは実話なのだろうか? あまりにもドラマティックだけど、そのシーンではただただ「よかった!」と涙が出たよ。このひと、ルイスがいう「電気」のことを「それはきっと愛のことなんだね」と理解を示してくれて、最後には彼を迎えに来てくれる。アディール・アクタルが柔らかなユーモアと優しさに満ちた人物造型で演じていました。

で、ニック・ケイヴ! なんとH.G. ウェルズ役だった! Wikiにも載っている「彼は自身の猫をつくりあげた。猫のスタイル、社会、世界そのものを創造した。ルイス・ウェインが描く猫とは違うイギリスの猫は、自らを恥じてしかるべきである」というウェルズの言葉を語るのがニックな訳です。これが冒頭に流れる。「ニックの声だあ!」とワクワクしたものの、いつ迄経っても姿を現さない。その後悲しくも美しいストーリーに入り込みつつも、ときどき「あれ、ニックいつ出るのん……」と我に返ったりしていた。出てきたのは終盤も終盤。ウェルズはラジオでルイスへの援助を呼びかける。ここで冒頭の言葉が繰り返される。ルイスが何度も夢に見た船の丸窓と、ウェルズのいるラジオブースの丸窓が重なる。出演場面は1分もなかった。でも、とても印象的で、とてもいい役だった。

ルイスの絵はポストカードのしか知らないと思っていたけど、見たことのある絵がいっぱい出てきた。レーベル名じゃない、所謂“ポストカード”の絵柄として。知らぬ間に出会い、記憶に残されていたのだなあ。時代も国境も超え、彼のネコたちは世界中を駆けまわっているのだ。



2023年01月08日(日) ■
壽 初春大歌舞伎 第二部

壽 初春大歌舞伎 第二部@歌舞伎座


やーめでたく気持ちのよい演目揃い。年明けならでは。どちらも神奈川を舞台とした作品なので、売店で神奈川名物が売られておりました。これっていつから始まったっけ。特産物がわかって楽しいし、支援にも繋がればうれしいことです。

■壽恵方曽我
幸四郎と猿之助が曽我兄弟を演じます。このふたりの踊りが観られるってだけでも有難いのに、白鸚、幸四郎、染五郎の高麗屋三代が揃います。めでたい。
万歳(門付=大道芸)となり、工藤の前に現れる兄弟。荒々しい兄五郎は終始足を踏み鳴らし、弟の十郎はたおやかに舞う。三番叟を基とする足拍子がリズミカルに鳴り、五穀豊穣への感謝となる。
舞台には鶴亀、そして干支うさぎが散りばめられ、衣装も色彩華やかでかわいらしい。そろい踏みの見得が絵になること!

■人間万事金世中 強欲勢左衛門始末
イギリスの戯曲『Money』を黙阿弥が翻案し……とのことで、誰だそのイギリスの劇作家ってと調べたらあの「ペンは剣よりも強し」のエドワード・ブルワー=リットンだった。そもそもこの格言が『リシュリューあるいは謀略(Richelieu; Or the Conspiracy)』からの台詞だというのも初めて知りました。ひとつ賢くなった。
-ペンは剣よりも強し┃Wikipedia
明治維新以降の風俗を世話物として取り入れた「散切物」。思えば初演時はこれが「現代劇」だった訳で、聴き取りやすい言葉遣いだったり洋装だったりと、肩が凝らず楽しく観られる作品でした。
彌十郎さんの主演舞台は6年ぶり、お父上と兄上(=初世坂東好太郎三十七回忌、二世坂東吉弥十三回忌)の追善狂言『修禅寺物語』以来。お金が大好き辺見勢左衛門を演じます。やはり『鎌倉殿の13人』効果なのだろうか。開演前や幕間でも、“時政パパ”の話題があちこちから聞こえました。
引き戸がパン! と開き、彌十郎さんの大きな身体が現れた瞬間、客席からほおぉ…というような嘆息と声が漏れる。思わず頬が緩む。うれしい。平成中村座『双蝶々曲輪日記 角力場』の濡髪長五郎登場シーンを思い出しました。
筋としては実直に働いてきた林之助が遺産を手に入れ、やはり実直に働いてきたおくらと幸せになるお話。揃いも揃ってお金が大好きでいじわるでがめつい勢左衛門一家はシンデレラの継母とその娘たち的なポジションです。
しかしこの家族、なんだかんだで呑気というか気のいい奴というかお調子者というか、あんなにお金にがめついのに、最後はそれくらいのご祝儀もらえればいいんだ……と苦笑してしまう。愛嬌あるわー。あれよね、ちょっといぬとかりすとかの動物っぽい。ごはん貰ったら以前のこと忘れちゃうみたいな(暴言)。これは憎めないな、実際に近くにいたら嫌だけど(笑)。彌十郎さんの「ニン」を味わえるよい演目でした。
芝翫さん演じる五郎右衛門が遺言を読み上げる場面があるのですが、デタラメ読んでるんじゃない? それ白紙なんじゃない? といわれ、「勧進帳じゃあるまいし」と答えます。何度も弁慶を演じている芝翫さんにこの台詞をいわせるってところ、洒落てるし粋ですね。

-----

・『鎌倉殿の13人』“時政パパ”こと坂東彌十郎、6年ぶり歌舞伎座主演作にかける意気込みを語る┃SPICE
「明治というのは、それまで日本が歩んできた時代の中で、かなり大きい変化が起きたと思うんです。今からみると江戸から明治というのは、ちょっとの変わり目のような気もしますけれども、当時の人たちにとっては大きな変わり目だったはず。そこがおもしろい。この芝居は時代の先端を行っていたのかもしれない。松竹新喜劇にも、新派にもなっただろう作品だと思いますが、それを歌舞伎でやる意義を改めて考えたいですね。」

・1月お勧めのお食事メニューをご紹介┃歌舞伎座
「坂東彌十郎丈監修!新春を彩る、壽 初春大歌舞伎 第二部『人間万事金世中』の辺見勢左衛門のように、“強欲”に因んだ御膳。
彌十郎丈の好物の「すき焼き」や、お正月の縁起物食材「数の子」など、初春の華やかな御膳を歌舞伎座で是非ご賞味下さい。」
『「強欲御膳」坂東彌十郎丈サイン入りお品書き付』3,600円也。商機を逃さない松竹(笑)

・2020年初春特別公演『人間万事金世中』かいせつ┃前進座
こちらによい解説。前進座でも上演されていたんですね。
「文明開化がもてはやされたこの時代、『人間万事金世中』のセールスポイントは、1840年にロンドンで初演されたエドワード・ブルワー=リットンの戯曲『マネー』の翻案である事だった。作者河竹黙阿弥に『マネー』の筋を教えたのは西洋通として名高い東京日日新聞社長兼主筆の福地桜痴である。」
「主人公林之助の立身出世譚、おくらとの純愛物語の体裁を取ってはいるが、この芝居の筋を進め行くのは金である。徹底した金の亡者であるという点で辺見勢左衛門とその妻おらん、娘のおしなこそがこの芝居の陰の主役といえるのだろう。」


やっぱり大向うはいいな。コロナ禍を理由に不要論をぶつ輩がいましたが卍卍卍やっぱり声が飛ぶっていいよおおお!



2023年01月04日(水) ■
『ハッピー・トゥゲザー』

『ハッピー・トゥゲザー』@シネマート新宿 スクリーン1


こちらも「のむコレ」、このチラシの画像がかわいくて楽しみにしていたのよー。原題『해피 투게더(ハッピー・トゥゲザー)』、英題『Happy Together』。2018年、キム・ジョンファン監督作品。以下ネタバレあります。

パク・ソンウンが演じるのは、シングルファーザーで売れないサックス奏者。息子を不安にさせないよう、努めて明るく振る舞い暮らしています。ところが息子に音楽の才能があることを知り、自分のようになってしまったらという不安から、楽器店でレッスンを受けることを禁じてしまいます。

ハートウォーミングな話ではあるがあたたまる前に心に氷水を浴びせ続けられます。父子の不憫っぷりつらい、いい父さんでいい子なのに……。前日観た『僕の特別な兄弟』同様、出てくるひとが(ヤクザと金を使い込んで出てった母ちゃん以外)皆気のいいやつ。で、それを想像出来る余白があるところがいいんですよね。父さんの出番を奪った売れてる(フリをしていたと後に判るんだが)サックス奏者は根っからの冷酷な人物ではなく、要所要所でこどもを助けてくれる。サックス教室の経営者も、あんなに文句いってたのに結局そんな兄貴をサポートし続けたんだなあと終盤わかる。ふたりで協力して、凱旋コンサートを企画するんだもの。

しかし、それにしたって……借金返済のため三年間漁船に乗せられちゃうというのはインパクトあり過ぎた。なくはない話らしいけど…なんか、すごく昭和な……。いちばん狼狽えたのはこどもはどうなるの? その間ひとりぼっちになっちゃうの!? だったんだけど、遠洋漁業で海に出っぱなしという訳ではなく、漁村に家族で引っ越して社宅みたいなとこに住むんですね。だからこどもはそちらの学校に転校して、友達も出来てる。夜にはおとーさん帰ってくるし、ごはんも一緒に食べられる。ホッとしたものの、それはそれでジワジワ怖いじゃんと気付く。逃げたらどうなるんだろう……村中から見張られてるようなものじゃん……あの船長さん親切で優しかったけど、監視役みたいなもんだしね……。

で、そんな環境でも人に好かれるってところが、ソンウンさんのキャラクターというか。漁船に乗ったらすぐ馴染んじゃうし。お人好しを演じるのがホント巧いな! 最後の最後迄いい父さんでした。つらい。子役のチェ・ロウンもとにかく巧い。そしてかわいい。黒々とした丸い目がめちゃめちゃ強いです。で、その子がおっきくなったのがVIXXというアイドルグループのヒョギことハン・サンヒョク。初めて拝見しました。ロウンくんと顔立ちは全く似ていないのに、物静かな空気を纏って「ああ、あの子が彼の地でがんばって帰ってきたんだなあ」と思わせる演技でよかったな。

キーとなる曲が「Danny Boy」だったんだけど、それが何故なのかはよくわからんかった……いい曲ですけども。別れの曲ではあるけど。それにしてもヤクザはそれなりにバチがあたったけど、金を使い込んで出てった母ちゃんはどうなったのかなー、バチがあたってればいいなー。前日「許すってだいじよ!」な映画を観て感じ入ったという舌の根も乾かぬうちにそんなことを思いました。人間って愚かね。

-----

・『僕の特別な兄弟』に気にいいのんべえの神父役で出ていたクォン・ヘヒョがこちらにも出ていて、やはり気のいい優しい楽器店のおじちゃんだった。で、姉が修道院にいるという設定。プロフィールによるといろんな社会活動もされている方のようです

・“天才子役”の演技がヤバい!! 子役の演技が心を打つ名作!感涙必須の韓国映画4本 『おばあちゃんの家』『ハッピー・トゥゲザー』『優しき罪人』『大統領の理髪師』┃PressWalker
ロウンくん紹介されてます。しかしここでも「挫折した音楽でもう一度自分の人生を輝かせていく」ってストーリー紹介。なんでこうなる……

・チェ・ロウン┃韓国俳優DATABASE
現在15歳。わあ大人っぽくなってる、こどもの成長は早い。ドラマに沢山出ているみたいですね

・VIXX ヒョギ、映画「Goodbye My Father」に出演決定…パク・ソンウンとの共演に“関心集中”┃Kstyle
当初のタイトルは『Goodbye My Father』だったんですね。これだと結末わかっちゃう感じだから(…)変更されたのかな



2023年01月03日(火) ■
『僕の特別な兄弟』

『僕の特別な兄弟』@シネマート新宿 スクリーン1


シネマート新宿/心斎橋の番組編成担当である野村武寛氏が、劇場未公開作品をセレクトする恒例「のむコレ」の1本です。原題『나의 특별한 형제(私の特別な兄弟)』、英題『Inseparable Bros』。2019年、ユク・サンヒョ監督作品。

頭脳明晰だが身体が動かないセハと、身体が大きく水泳が得意だが知的障害のあるドングは、呑んべえの神父がきりもりする「責任の家」で助け合って生きてきた。20年経った頃、その呑んべえの神父が亡くなり(ずっと呑んでたもんなー)、施設が閉鎖されることに。兄弟のように暮らしていたふたりに数々の難問が降りかかり……。以下ネタバレあります。

とても優しい映画でした。冒頭に書いたように、脚本がとても細やかな配慮により書かれている。冷たい社会をチクリと刺しつつ、解決へ向かうヒントも示す。カトリックの性悪説に基づいているようにも思う。皆間違える。皆罪を犯してしまう。だから許しなさい、という宗教観。

基本的に皆気のいいやつです。神父は施設の運営資金を集めるためセコセコ立ち振る舞うけれど、神に仕え人々と愛を分かち合うという根幹は揺るがない。役所の独身男性は、担当部署が変わったのにと文句をいいつつも兄弟を援助する。就職浪人のミヒョンは、ボランティアから兄弟のよき友人となる。やる気のない介護士は(まあこれは気の緩みが命取りになるので反省して! してたみたいだけど!)終始機嫌の悪いセハに屈託なく接する。セハと裁判で争うことになったドングの母親も、最終的にはセハの身体を気遣うようになる。

神父は結婚式(謝礼目当てで引き受けてたっぽい)の誓いの言葉で、「変わらぬ愛を誓うのは無理、相手は必ず道を間違うので、そうしたときこそ許しなさい」という。このシーン妙に説得力があって、出席者は皆「これから共に生きていくふたりに何をいい出すのよ」って顔をするんだけど、やがて「……そうかもねえ」って神妙な雰囲気になるの。「責任の家」という施設の名前は「人間生まれたからには生きる責任がある」が由来。ここにも、自殺は許されないという強い宗教観が感じられる。セハはドングを「利用して」生きてきたというが、終盤、施設に入ったばかりの頃にセハが自殺を試みたこと、それを助けたのがドングだったことが明かされる。

罰するではなく許すのよ。お互いさまなんだから。人間生きてること自体が罪で、死ぬ迄それに対する罰を与えられているようなものというなら、重ねて罰を科さなくてもいいじゃない。宗教には戒律というものがあるけれど、それが罰を与えるエクスキューズになっていないか? この映画には宗教への皮肉と、同時に揺るぎのない信仰心が示されている。宗教を持つということ、それを「利用する」ことについては常に疑いをもってあたらねばならないと思っているが、この映画はそれを優しく描いたものだった。

いんやそれにしても役者が皆達者だった。兄(セハ)のシン・ハギュン、弟(ドング)のイ・グァンス、巧い! ハギュンさんはいつもすごいが、グァンスさんも『奈落のマイホーム』で観たばかりだった(茶髪のキム代理ね)のに同一人物と気づかなかったくらいの演技。神父を演じたクォン・ヘヒョはクリスチャンネームも持つカトリックの信徒とのことで、成程それであの説得力と納得させられました。ミヒョン役のイ・ソムもしっかり者の女性を爽やかに演じて好感。就職決まれ〜! と応援したくなる。呑気な介護士を演じたキム・ギョンナムも憎めない愛嬌があったなー、麒麟の川島に似てたし(笑)。

実話ベースとのことで、兄弟たちが観に行った映画が『建築学概論』ってところで時代がわかる。タイトルはいわないけど「ナプトゥク」ってワードが出てきて、「あれ何て役者だっけ?」「えーと、チョ…」までいうの。当時この映画がどれだけ話題だったか伝わる。あれから十数年、モデルとなった「兄弟」が今も穏やかに暮らしているといいけれど。